黒属性でもエースカードになれますか?   作:秋巻灰兎

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第12話 享受

「なるほど、話はだいたい理解しました」

 

 エンマはホームルームが終わって教室から出ていった先生を廊下で呼び止め、精霊について両手を合わせて口止めを懇願した。先生は理由を尋ねるも歯切れが悪い返答で、何かを察したのか追及をほどほどに切り上げた。

 

「生徒の精霊も個人情報です。元より口外するつもりはありませんが、精霊は……リンネさんは納得していないと」

『もちろん。ずっとカードに籠もるなんて苦痛だし』

「うわ、バレるって」

 

 先生にも届くように声を張ってみると、廊下を横切る生徒から隠すようにエンマが胸ポケットを押さえた。きゅっとせばまった視界の隙間から何とも言えない表情の先生を覗いた。

 

「カードの中は精霊の力に満ちていて、精霊にとって居心地が良いはずなのですが。人と同じ姿なら感性も人に寄るのでしょうか」

『ボクは特別だからね』

 

 合いの手でエンマの薄っぺらい緊迫感は煽られたのか、ついに真っ暗になるまできっちりと塞がれた。見かねた先生がボクの味方になって助言をくれた。

 

「休日にご両親から宿題を終えるまで家から出さないと言われたら嫌でしょう。どんな思いにしろ制限にストレスを感じるのは人も精霊も同じです。相手の気持ちになって考えてみてください」

「……わかったよ」

「とはいえ、リンネさんが他人のデッキを軽視しているのも看過できません」

『うぇ、ボクも?』

 

 突然矛先が変わって潰れたカエルみたいな声が出た。<烈豪>を使いたいエンマと<リンネ>を組み込みたいボクの折衷案としてデッキ改造を考えたのは、思いを最大限汲み取ったつもりであった。

 

「精霊には分からないかもしれませんが、時に人間は家族以上の親愛をデッキに注ぎます。物心ついたときから傍にあって、どこへ行くのも一緒。多くの思い出と好きなカードを詰め込んだデッキは自分の半身ともいえる存在です。それを念頭に置かなければいけません」

『……はい』

 

 カードゲーム趣味がマイナーな元の世界にも特定のデッキタイプやテーマに固執する人はいるぐらいだし、エクスファイトが普遍的ならデッキへの思い入れは元の世界の比にならず。おいそれと他人の介入を許さないわけだ。ある種、デッキは自己紹介みたいなもので、名刺交換代わりにファイトが勃発するのも納得である。

 

「結局先生はどっちの味方なんだよ」

「生徒の夢が叶ってほしいだけですよ」

 

 口をとがらせたエンマに苦笑いで答えた。生徒の夢……エンマなら、ファイトの楽しさを世界に届けたいだったかな。まずはすぐそばにいるボクを楽しませてほしいところだけど。

 

「世界の舞台に立つには精霊の力が不可欠です。だからこそ、お互いの声に耳を傾け力を合わせて進んでいくお二人が見たい。お二人が信頼し合える仲になれることを願っています」

 

 先生はそう言うと、次の授業に備えると言って早足で去っていった。ボクはボクの哲学を持ってカードゲームをしてきたが、精霊では二人三脚を強要される。相手の歩幅を考えないと歩くことすらままならないのだ。まずは一緒に授業でも受けてみようか。

 

 

 

 

 

「つ、疲れたぜ……」

『濃い……みんな濃すぎる』

 

 初回の授業なんて、大抵が生徒の自己紹介や軽い説明だけで終わるものである。しかし頂希中学校は格が違った。オネエ口調の男性国語教師、レクリエーションが筋トレの数学教師、英語がすべて去年生まれた自分の赤ちゃんかわいいに収束する英語教師、挙句に等身大ロボットのリモート操作で自己紹介を始める理科教師。あのまま本人が登場しなかったら教員の無人化を信じるところだった。担任のケンサ先生がまとも過ぎて涙が出てくる。

 

「不安も期待もまとめて吹き飛ばすような個性的な先生たちだったと思いますが、私ともども、これからよろしくお願いします」

 

 帰り際のホームルームで締めに入ると、腕枕をして机に突っ伏していたエンマが顔を上げた。あっという間に授業が終わり、初めての放課後になる。どこへいくのもなにをするのも自由な時間をどう過ごすのだろうか。いや、エクスファイトか。

 

『なにするの?友達とエクスファイトとか?』

「いや、カイトに会ってくる」

 

 そういえば休み時間中、何度か他クラスを覗くなど素振りは見せていた。その時に行かなかったのは積もる話が休み時間で足りないからか、あるいは再び拒絶されるのが怖いからか。意を決したエンマを遮るように先生の声が教室に響いた。

 

「最後に一つだけ。今日は部活動への勧誘が熱心になりますので、困ったことがあればいつでも職員室にいる先生に相談しにきてください」

 

 同時に鳴った最後のチャイムを椅子を引く音が上書きしていった。鞄を置く音、ファスナーを閉める音、喋り声と喧騒が教室を埋めていく。部活の話じゃ、エンマはクラブに一直線な気がする。運動神経もいいからどこに所属したって目立つだろうけど。

 

「どの部活にするか決めたか?」

 

 部活について、ボクが尋ねるより先にクラスメイトの林タツが肩を叩いた。

 

「数が多くて決められねえ。タツはどうすんだ?」

「俺は男子バレー部に行く」

「バレー?クラブじゃなくて?」

 

 日本一エクスファイトが盛んな頂希中学校まで来て、関係のない部活に入ろうとする者は当然少ない。疑問を鼻で笑い、タツは理由をひけらかし始めた。

 

「いいか、エクスファイトのクラブに部員が吸われて、バレー部は人が少ねえ。その上、コートの使用時間も限られている。だから、男子バレー部はある工夫をしてるんだ」

「なんだよ」

「女子バレー部との合同練習だ!」

「うわあ」

『うわあ』

 

 下心100%の発言に心底ドン引きしたボクたちの心は初めて一つになった。気にも留めずにやれやれと首を振ったタツが、まるで慰めるようにエンマの肩を何度も叩く。

 

「お前を置いて一人の男になる。悪く思うなよ」

「まあ、応援はするぜ」

 

 呆れながら人の流れに乗って教室から出ていくと、立ち止まった人の背中にぶつかった。謝ろうとして、はたと気付いた。廊下に上級生と思わしき人たちがビラと旗を持って、イベント前日の待機列のようにずらりと並んでいた。

 

「ループ研究!ループ研究に興味ありませんかー!!」

「こっち世界考察クラブだよー!体験入部してよー!」

「スポーツとエクスファイトが融合した、新感覚のエキサイトファイトクラブ、楽しいぞー!!!」

「ビラだけでも貰って!」

 

 人の大渋滞に、クラクションを鳴らしたような大声の大合唱で部活への勧誘が行われていた。熱心とは先生が言っていたけど、ここまでとは。一歩進むたびに荷物が増えていく。

 

「そこの赤い髪の子!」

 

 振り向くと、恰幅のいい生徒と目が合った。エンマがお目当てらしく、堂々と人混みをかき分けやってきた。

 

「君、大会で見てたよ。あの花朱鷺といい勝負してたじゃないか。どうかな、うちのクラブに入らないかい?」

「おお!オレの実力を分かってくれる人もいるんだな!」

 

 指名を受けて鼻高々なエンマに、さらに横から声がかかる。

 

「まてまて、先に目をつけていたのは俺たちさ」

「いや、うちのクラブこそ……」

「そんなとこより……」

「われらの……」

 

 だんだん雲行きが怪しくなってきた。もはや人が人を呼ぶといった状態で、タツに助けを求めて振り返ると既に姿をくらましていた。エンマは逃げ道が封鎖される前に逃走を図った。

 

「タツの裏切り者!……悪いけど、用事あるんでまた今度!」

「逃げたぞ!追え!」

 

 もはやカイトに会うどころではない。多勢に無勢の鬼ごっこが始まった。なんで追っかけているのか理由も掴めない人まで加わっていき、広大な敷地を走っていく。廊下を走り、芝生を踏み、階段を上り、下り、それでも追いかけてくる。長い道の先で、同じように人を引き連れた男が向こうから走ってくる。あのメガネはまさか……

 

「カイト!?おーいカイト!」

「エンマお前も追われているのか!?くっ……こっちだ!」

「お、おう!」

 

 鋭い声に従って同じ方向に曲がる。後ろでは足音がごちゃごちゃと混ざり合って、振り返るのも嫌になるほどの人の波となって押し寄せてきた。

 

「あいつらいつまでも追いかけるぞ。どうすんだ」

「任せておけ。仮にテロリストが現れたとしても逃げられるよう、31の逃走経路を用意している」

「まじかよ、頼りになるな」

 

 いやよくある中学生の妄想だよ。ただ、戦うんじゃなくて逃げるあたり若干現実味を帯びていた。異世界とはいってもそんなこと起こらないよね?ちょっと不安になってくる。

 

「ここだ」

 

 二人が駆けこんだのは、物置棚にファイルや段ボールが積まれた備品室であった。いくつかは床に直置きされ、過去に使われただろう大きなポスターは丸められて壁に立てかけてある。

 

「この中だ!この中にいる!」

「誰か鍵を持ってこい!」

「よし、俺たちは裏に回るぞ!」

 

 鍵を閉めたドアはがたがたと揺れながらも必死に耐えているが、長くはもたないだろう。息を切らす二人はもう後がないはず。だが、メガネを拭く姿には余裕が見受けられた。

 

「ここって……もう逃げ道ねえぞ」

「あれを見ろ」

 

 カイトは人が通り抜けるのに十分な大きさの高窓を指さした。しかし、ジャンプしても届くか怪しいほどの高さである。

 

「あそこから出た地点に回り込むには最短で90秒。校内でもっとも長い猶予を得られる場所だが、窓に俺一人では届かない。そこで……」

「オレの出番ってわけか」

「俺が踏み台になる。お前が先に登り、俺を引き上げてくれ」

 

 そう言って窓のある壁に寄りかかったカイト。切羽詰まったタイミングだが、エンマは離れ離れの間に何度も頭をよぎったのだろう疑問を押さえきれずにぶつけた。

 

「なあカイト、オレのこと嫌いじゃないのか?」

「なぜそうなる」

「喧嘩別れみてーな感じで、口もきいてくれなかったじゃん」

 

 実際、あの日の精霊ファイト以前に戻ったかのように軟化した言動をしている。

 

「俺の話を聞くまで、お前は何度だって突っかかってくるだろう。お前を巻き込みたくはなかった」

 

 不幸を悟ったときに悲しませまいとわざとつらく当たって突き放すタイプだ。後で心情をつづった日記とか出てきて読む側の感情を破壊する羽目にならなくてよかったよ。

 

「なるほど、な!」

 

 エンマはカイトを踏み台に使うことなく、狭い部屋でのわずか一歩の助走でバネのように大きく跳ねた。腕の振り子も使った全身運動で側面を蹴り上げ、三角跳びの要領で距離を伸ばしてやっと窓枠に指先が引っかかった。スポーツ選手としても大成しそうな運動神経の良さだ。

 

「でもここまで来ちまった。何回だって突っかかってやるよ」

「ふっ」

 

 窓から手を差し伸べる。カイトは跳んで、その手をがっちりと掴んだ。きれいに切りそろえられた芝生に二人して着地し、追われているのを忘れるような静かな時間が流れた。

 

「そろそろここから……」

「待っていたぞ」

「だ、誰だ!」

 

 唸るような低い声が二人の晴れやかな気分を破いた。制服の上からでも主張された筋骨隆々の男がそこに居た。ボクの骨なんかパンチ一発でへし折りそうなほど立派な体格をしている。

 

「待ってたって……オレたちが来るのを先読みしたのか!?」

「何を驚くことがある。相手の思考を読み行動するなど、エクスファイトでは常だろう」

「カイトの行動を読むなんて、相当だぞ」

 

 エクスファイトをしていれば先読みができるようになるなんて、絶対おかしい。しかし、二人にとってそれは実力の証明らしい。立ちはだかった男に、カイトは心当たりがあるようだった。

 

「まさか……砕牙(さいが)メツか」

「ほう。知っているなら話が早い」

 

 糸目が感情を映す瞳を隠しながら、そうであることが当然のように、男の口から目的が告げられた。

 

「海堂カイト。我とともに双門会に来い」

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