「オレが他より強いファイターだって認めさせればいいじゃん!それに、やらなきゃいけないなら勉強だってちゃんとやる!」
エンマは何度だって食い下がった。やがてスーツを着た父親が早上がりで帰ってきて、「お父さんを倒せたなら受験を許してあげよう」とおもむろにデッキを構えたことで、母と子の口論は収まった。このセリフ使う父親って実在したんだ。
そんなわけで親子のファイトが始まったけど、正直に言います。お父さんのデッキは最低でした。バウンス、ハンデス、ピーピング。攻撃ロックして対象に取られないフィニッシャーが着地したときは手加減しろって思ったよね。終盤の会話で息子の思いを聞いて心打たれたのか、妨害札握りながら倒されたからちゃんと手加減になったんだけど。
「強くなったな、エンマ」
「父ちゃん……!」
「エンマがカイトくんを一人にさせたくないって気持ちも、ファイトを通じてよく分かった。それにライバルに置いてけぼりされるのも嫌だよな」
「……うん」
「母さん」
「はぁ。わかりましたよ。でも、きついのはここからよ?」
母親の言う通り、今日から試験まで三か月。短い期間だが、小学生の時間感覚からすれば長すぎるほどの期間だ。それに父親だって完璧に打ち負かしたわけじゃないから、エクスファイトの腕前もまだまだ足りないはずだ。
「ほんと、一途なんだから。いったい誰に似たのかしら」
自分の部屋へ走っていくエンマを見ながら、母親はそうこぼした。きっと脳裏に在りし日の父親の姿がよぎったに違いない……知らないけど。このセリフ使う母親も実在したんだ。
翌日、エンマは宿題のプリントを携えて、教室に千里の道の一歩目を刻み込んだ。
「先生。はいこれ」
「……エンマ君が?偉いわね」
先生の声と周囲の視線を受けながらカイトの席に近寄り、目の前の机に手を置いてハッキリと言い放った。
「カイト。オレも頂希中に行くって決めた」
「……」
「オレだけ受かっても恨むなよ!」
目を合わせようともしないカイトに、エンマが吹っ切れたような笑顔を浮かべて堂々とライバル宣言をする。返事を待たずに席に戻っていった後、彼らが言葉を交わすことはきっぱりとなくなった。二日、三日、四日……そして、受験当日までも。
時は流れて迎えた受験一日目の筆記試験。ペンを走らせる音がピンと張った緊張の弦を揺らす中、エンマは止まることなく次々と解答欄を埋めていった。ボクは他の子のテスト用紙を覗き込んだ。やばい、カンニング面白い。改修したての教室は子どもたちの無垢を映すように艶やかで、一人ひとりの特徴ある個性が映える。髪色、髪型、恰好に、テスト用紙の埋め方も人それぞれ。粛とした雰囲気のなか冷やかしのように見て回るのが背徳感があって、口角があれば上がりっぱなしだったろう。
一通り巡っても、エンマは集中して向き合っていた。一生懸命な姿を見てるとなんだかほっとけない気持ちになってきて、それから離れずに終わりまで寄り添って確認をした。名前は忘れずに書けてる。解答欄もずれてない。合格点は超えたんじゃないかな。慣れない環境と一度きりというプレッシャーの中でよくできたと思う。
終わった後のエンマは普段使わない頭の領域を酷使したからか、足はふらふら、頭はぐらぐら、といった具合でゾンビの方が元気に見えるほどの有様だった。ホテルに戻る道中で人にぶつかって倒れやしないかとはらはらしてたけど、周囲の人が避けてぽっかりと開いた空間を行進した。こんな挙動不審がいたらボクでも避ける。それがホテルに戻ってデッキ確認のためにベッドに並べたカードを眺めているだけで、みるみるうちに顔色が戻っていった。パンをオーブンで焼くようにふっくら色づいていくのだ。そんなにエクスファイトが好きか。
正念場は明日の実技試験。カードを手に取っては戻して落ち着きを取り戻す動作を繰り返してるエンマのスマホに母親からメッセージが届く。心配なのかいつもより長めの文章で、応援の言葉で締められていた。スタンプを送るエンマを眺めたところで、体を引っ張られるような感覚が襲った。行動時間の限界だった。
看板の文字も読めないほどの速度で風景が流れていく。ホテルが建物の山の向こうに消えていく。家まで3駅の乗り換えと駅まで向かうバスで稼いだ距離を巻き戻っていく。ぽんとリビングに放られたボクはネットに打ち込んだボールのように勢いをなくして止まった。母親がソファに腰をかけ通話の最中だった。スマホから父親の声が聞こえる。会話はエンマの事で間違いなかったが、心配以上に悲痛が表立つ表情に違和感を覚えた。
「さっきエンマに連絡したのよ。あの子相変わらずだったわ」
『相変わらずでよかったじゃないか。筆記試験は何事もなかったわけだろ?』
「何事もないからこそ問題よ。精霊がいらっしゃったなら喜ぶはずでしょう?だから、きっと……」
うつむいて言葉を切り、続く言葉は絞り出すようだった。
「やっぱり
『そういうわけじゃないさ。過去にも精霊を持たずに入学した生徒もいる』
「ええ、たしかにいたわ。両手で数えられる程度にね」
『それで十分だよ』
初めはその意味を飲み込むことができなかった。最初からエンマが入学することはできないと決まっていたようなことだから。たしかに精霊憑きしか入れないとは明言されていないが、それは過去の入学者でも調べれば明らかだった。それでも行かせるきっかけになったのは、エンマのとめどない熱量だ。スマホの向こうから、諭すような優しい声音が聞こえてくる。
『精霊憑きだと有利になるってだけで、そいつらに引けを取らない実力を示せば無事合格だ。カイトと腕を競い合ってたぐらいだし実力は足りてる。あとは結果次第だろ?母さんだって納得してたじゃないか』
「最初はそうだったけど、日が経つにつれて……エンマの頑張りを目にしてると後悔してくるのよ。あの子が帰ってきたときになんて声をかけてあげればいいの?精霊憑きじゃないから不合格かもしれないって思いで迎えて、よく頑張ったわねってどんな顔して言えばいいの?」
溢れた感情が言葉の洪水となり、スマホの向こうでも直接思いの丈を浴びせられたように聞こえただろう。それでも、と声が返ってきた。
『エンマなら大丈夫だ。希望が少しでもあれば諦められない性分は俺に似てる。挫けてもまた立ち上がる力を持ってる』
「……そうかしら。そうだと、いいわ」
『だからあいつが帰ってきたら、思いっきり抱きしめてやればいいんだ。何があっても頑張ったんだからお祝いだ。内緒にしてたけど、ちょっと高い店も予約してる』
「……ふふっ、あなたのボーナスから出してくれるのかしら」
『おいおい、家族で祝うんだ。家族の出費だろ?』
それからは穏やかな会話が進んだ。さよならを言って通話が切れても母親はソファから動こうとしなかった。やがて膝に肘をついて顔を覆った。そしてゆっくり、祈るように手を組んだ。
「神さま、どうか……」
掠れた声が漏れ出た心情なら、頬を伝う涙もそうだろう。子どもが岐路に立たされた時、背中を押してあげるのも間違いと信じる道を塞いであげるのもきっと正解なんてなくて、ときに後悔して、それでも悩み続けるのが親のあるべき姿か。それをボクは見ているしかなかったけど、祈る手も下げる頭もないけれど、たった一つの奇跡を願いたくなった。
エンマが合格しますように
実技試験当日。エンマは校門の前に立って、自身を鼓舞するように胸の前で掌と拳を打ち鳴らした。親の心子知らずとはこのこと。エンマは行くと決めた道を、ただまっすぐ進んでいった。