つぼみが見られる桜を横目に、エンマは十人も一斉にかけっこできそうな幅の通りを駆けていった。校門前で気合いをいれたのはいいものの、日が頭上に昇る試験開始時刻ギリギリの滑り込みであった。敷地の中央に陣取る銅像を躱し、本校舎までの広場に切り込んで職員に「こんにちは!」元気よく挨拶をした。急いでいるエンマに懸念を抱いた職員にどうしたのか声をかけられ、両肩で息をしながらいくつか応答したのち、無事試験場まで案内されることになった。乳白色の廊下を渡って親同伴の子たちもいる待機列を追い越し、一つの教室の扉が開けられた。
「受験番号A20083、火路エンマです!」
「エンマさんはじめまして。私は試験官を務めさせていただきます、四位ケンサと申します。ゆっくりしてから始めましょうか」
試験官の男はエンマが呼吸を整えるのを一挙手一投足見逃さないような鋭い目つきで少し待ったあと、懐からデッキケースを取り出し、簡素な光で出来たプレイエリアに並べていく。精霊ファイトのときとは違って今にもほどけそうな光の線は、精霊憑きでなくても精霊の力の残滓を利用することで誰でも展開できるもので、いつでもどこでもエクスファイトが可能なのだ。
「それでは準備をお願いします」
「はいっ!」
元気よく返事をして、ケースからエクスファイトに必要な二つの山を取り出した。四十枚以上のカードからなる山札とは別に、白い裏面をした専用のランク0モンスターで構成される六枚のライフカードの山がある。
「あ、あれ?」
エンマがすっとんきょうな声を上げたのはそんなライフカードをライフゾーンに並べているときだった。何度も服のポケットというポケットに両手を突っ込み、やがて動きを止めると動揺によって視線は波を描いた。
「ない、ない」
「……ライフが一枚足りていませんね」
ライフカードの一枚をバトルゾーンに置いて、残りをライフに置くと五枚並ぶはずなのだが、そこには四枚しかなかった。ケースをひっくり返すエンマを横目に、試験官はこめかみを指で突いて悩むような素振りを見せた。
「追試験はよほどのことがないとできません。ルール上では四枚でもファイト可能ですが、こちらからニュートラルのライフカードを貸与することも……」
「いや、このままで大丈夫です」
「ほう」
「ライフ1枚落ちのハンデで戦ってやる!……ます」
大方遅刻に慌ててデッキに入れ忘れただけだろうけど、すかさず大きく見栄を張る方向転換したのは精霊憑きしか入れないという噂を知ってか知らずか感じ取り、実力を示す機会とみたのだろう。まさしく取って付けた敬語はビシリと突き付けた人差し指によって結局失礼だったが、試験官は大人の対応だった。
「一世一代の機会にハンデですか……わかりました。でしたらこのまま始めましょうか。エクスファイト、セット……」
「「オープン!」」
声を合わせて、互いにバトルゾーンにある一枚のライフカードを表向きにした。エンマのモンスターは尻尾に見立てたパイプから蒸気を噴き出す赤属性の機械ネズミ。不思議なことにファイト開始時に先行がどっちになったのか直感的に分かるらしく、続けてエンマが声を上げた。
「オレのターン!ドロー!」
「先行1ターン目にドローはありませんよ」
「あー、えーっと……じゃなくて、手札のランク1<烈豪ライガー>にエクシードしてドロー!」
ライフが足りない状態でのファイトは流石に焦りがあるのか、また遅刻しかけた申し訳なさも手伝ってお手付きになりそうなところを咎められた。気まずい間を埋めるようなエクシードで山札から一枚ドローした。
「<烈豪ライガー>は”速攻”。バトルゾーンに出たターンでもそのままアタックできる!」
カードゲームにおけるデッキタイプの分類は境界があやふやで難しいところもあるが、序盤からライフを削ってさっさと倒そうとするデッキは”高速”と呼ばれ、ライフを削る算段が後ろ倒しになるほど”低速”になっていく。ボクの主観ではエンマのデッキはやや高速寄りだ。このように人のデッキを勝手に分類していくのはカードゲーマーの嗜みだろう。
「たしかに手札のリソースを叩きつけるスピード勝負なら、相手のライフを見るだけでいいですからね。ただ、私も高速デッキの場合なら、ライフの削り合いになって不利ですよ?」
「そんときはそんとき!」
「なるほど、威勢がいいですね」
もはや敬語をなくしたエンマはもう一枚の<烈豪ライガー>を召喚して勢いを重ねていく。手札を覗くと、モンスター除去のカード<灼熱波>が二枚あった。開始時の手札五枚にツーペア揃っていたみたいで、今日はずいぶんツキに見放されているようだ。相手との共通コストが0を下回り相手のターンに移った。試験官はドローしながら説くように喋りかけた。
「ライフは3枚ですがランク0モンスターが並びましたね。1体をランク1にエクシード。そしてエクシード元になったモンスターにより”ブロッカー”を得ることで、アタックを阻止できます」
「げっ!」
攻め手にとってブロッカーはそびえ立つ壁だ。特に高速デッキにとっては、ブロッカーに凌がれた一手が致命的になることが多い。試験官はコストが許すまでエクシードを重ね、その壁を補強していった。ブロッカーのパワーは手札のモンスターカードでは届かないところにあった。ならば切れるカードは限られている。
「スペルカード<灼熱波>を発動!味方の赤属性モンスターを破壊して、そのブロッカーも破壊!さらに余ったライガーでライフを削る!」
「やはりなにかしらの対応策は握っていましたか」
「上のカードが破壊されてもランク0は場に残るから、そこにエクシードしてドロー!このモンスター効果でランク2<烈豪アライバル・フェニックス>を手札に加え、そのままエクシードでターンエンドだ!」
<烈豪>で固められたエンマの主軸こそ<烈豪アライバル・フェニックス>だ。アライバルとかフェニックスとか、いかにもな名前が示す通り蘇生効果があり、盤面かライフに触ってアドバンテージを稼いでくる。そんなエンマの盤面構築を、試験官は冷静に眺めていた。ドローする手つきが前のターンと全く同じで、一切の気負いや焦りが見えないのはエンマと対照的だった。
「ランク2<夢見のタイラント>までエクシード。手札の<ランクダウン・マテリア>をサポートゾーンに置いてターンエンドです」
「ランクダウンだって?どうしてそんなカードを……」
「どうぞ、エンマさんの番ですよ」
軸があるのは相手のデッキも同じである。<ランクダウン・マテリア>は一度置けば何度でも使用できるサポートカードの一つ。使用したターンの間自分のカードのランクを一つ下げる効果は、何かのギミックと組み合わせることが前提である仕掛けの準備だ。ライフの少ない試験官の余裕に、攻めているはずのエンマは不安を拭えない顔をしていた。これからの展開を考えているのか、長い間があった。
「手札から<灼熱波>を発動!<烈豪アライバル・フェニックス>を破壊して<夢見のタイラント>も破壊!」
「破壊時の効果を発動します。手札にあるモンスターをエクシードし、エクシード元効果でブロッカーです」
二枚目の除去札を切る判断だった。<灼熱波>の代償に蘇生効果をもつ<烈豪アライバル・フェニックス>を利用するのは賢いやり方だ。ただ自分のバトルゾーンにいるモンスターの数だと、攻め手が足りない。もう一体のランク2を盤面に呼び込んでターンが移り変わったところで、満を持して試験官は動き始めた。
「スペルカードを発動し、コストを前借りします。ランク0をランク2<サジタリウスの星鎧>までエクシード」
「パワー8000程度のランク2?」
パワーを抑えられたカードなんて、大抵が効果でバランスをとられるものだ。星空を背景に、いて座をなぞるような形をした金色に輝く鎧にある特徴的な効果に、エンマは遅れて気付いた。
「ランク2なのに”エクシード元効果”がある!?」
広く普及しているデッキは大半がランク2が最高ランクだ。そのためランク2はエクシードできないのが基本になるので、エクシード元になって発動する効果を持つランク2はほとんどいない。エンマの驚きようは当然だった。
「そして<サジタリウスの星鎧>に<ランクダウン・マテリア>を使用し、手札にある<サジタリウスの星鎧>にエクシードします!」
「同名モンスターにエクシードするのか!」
「<サジタリウスの星鎧>のエクシード元効果は、自身のステータスと等しい8000のパワーとライフチェック+1という、強力なものです。合計のパワー16000を超えることはなかなかできませんよ」
止める間もなくライフにアタックされ、試験官より少ない一枚になった。ターンは終わらず、ランク0モンスターを二体エクシードし、二体のブロッカーと<サジタリウスの星鎧>が残る強固な布陣だ。
「さらにスペルで割り込みます。相手のレストしているモンスターと自分のモンスターを戦わせます。対象は<烈豪アライバル・フェニックス>と<サジタリウスの星鎧>」
「くそ、盤面にランク1がいないから<烈豪アライバル・フェニックス>が効果が発動できない!」
「ターンエンドですが、エクシード元効果によって<サジタリウスの星鎧>をレストからアクティブにします」
<サジタリウスの星鎧>を筆頭にモンスターが立ち並ぶ試験官の盤面と反対に、<烈豪アライバル・フェニックス>の除去も加わって、エンマの盤面は寂しいものだ。残り一枚になったライフは命綱と呼ぶには細すぎて、仮にライフカードを忘れていなかったとしても、同じ結果になることは想像がつく。形成は逆転された。エンマの手元に前借りされていたコストが返済され莫大なコストが入ってくるが、足掻いても<サジタリウスの星鎧>のパワーを超えることが出来なかった。
「アタックだ!」
「ブロックします」
「……っ。ターン、エンド」
奮闘もむなしく、<サジタリウスの星鎧>と一体のモンスターが残ったままターンが渡った。劣勢でも視線をそらさないエンマに、試験官は世間話のような会話を投げかけた。
「頂希中学校への入学者、そのほとんどが精霊憑きであるのは知っていますか?」
「……それは、関係ないだろ」
絞り出すような声で返事をした。
「もちろん関係はありません。私どもの審査を経て、入学された精霊憑きでない方もおります。しかし、そういった方々が学校生活に馴染めていないのもまた事実です。ひどいときには、いじめのような形であったと」
「……」
「ここにはしがらみが多い。友達と同じ中学校に通われる道もあるでしょう。それを蹴ってまでこの学校に入学する覚悟を、誰に言われるまでもなく、あなた自身が持っていますか」
なんとなく、この試験が一対一で行われる意味が理解できた。入学希望者との対話の機会も兼ねているのだろう。この世界のエクスファイトは口よりも雄弁で、実技試験と銘を打っているが、やってることは面接だった。
「ここには、親友がいる。あいつは精霊憑きで、ちょっと前に負け越しちまったけど、それまでは対等だった。あいつが一人で抱え込んで行ったから、オレも追いかけてきたんだ」
もちろんカイトのことだ。互いに親友と言い合えるような関係を失いたくないために来た。
「それだけじゃない。父ちゃんも母ちゃんも応援してくれたから胸張って応えたいし、オレも夢がある。見てたらエクスファイトがしたくなってくるような、熱いファイトを全世界に中継したい」
ただ世界一になりたいんじゃなくて、熱を届けたいっていうのがエンマらしくもある。
「だけど、それ以上に……今は勝ちたい!」
向こうの廊下にも響き渡るような叫び声だった。
「オレはファイトしている相手の気持ちが何となく分かる。楽しいとか怒ってるとか簡単なことだけどな。あんたが本気で勝ちたいって思ってるのもビシビシ伝わってくるぜ。だから、オレも本気で応えたい!」
そんな特殊技能は初めて聞いたけど、試験官は本気で勝ちにきている、という言葉にある合点がいった。他の受験者を相手取ったデッキと、試験官である四位ケンサのデッキパワーが違うのだ。おそらく、精霊憑きでない受験者に対して、実技で負けたから合格できなかったという理由づくりのためだ。なら、勝つ。有無を言わせない実力を示すことは、エンマが最初に決めたことだ。
しかし、主導権は渡っている。試験官は無慈悲なアタックを告げた。
「<サジタリウスの星鎧>のアタックで、残りのライフは0枚」
「くっそおぉぉぉぉ!負けたくねえ!」
「あと一体のモンスターのアタックで……!?」
試験官の驚愕の先に、光が生まれていた。エンマの目の前で、落っこちてきた星のような光が鳴動している。その光に、ボクは引力を覚える。光が強くなるほど、ボクを引きずり込むような力も強くなり、一瞬教室を全て白に包んで、やがて光は収束していき、何事もなかったように元通りになった。ボクは胸をなでおろしたが、ある変化が目に留まった。光が生まれた場所に一枚のカードが浮いていた。白い裏面はそれがライフカードであることを示していた。エンマの横から見てみる。
<灰の命運リンネ>
「おー、かわいい女の子カードだ」オタクの琴線にぶっ刺さりましたよ。あまりエンマの趣味には合わないだろうけど。どう思っているか表情を見ようとすると、驚きで固まったまま、視線はカードではなくボクの方に向けられていた。
……あれ?
試験官に目をやると、同じように目が合った。
…………あれ?
カードが落ちたぱたりという音は、静寂な教室に鮮明だった。