黒属性でもエースカードになれますか?   作:秋巻灰兎

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第5話 切り札

 横からの視線と前からの視線、その交点にボクは立っていた。両手を握って開くと自分の思い通りに動く体を得たことを再認識できた。喉に手を当てて声を出すと声帯の震えが伝わってくる。エンマに向き合えば固まったままで、そっと身を反らすと眼球だけが動いて追従する様子は、動かないはずの絵と目が合い続けるモナリザ効果の体験だった。

 

「なんだお前!」

「なんだって……なんだろ?」

 

 息を吹き返したエンマの問いに対する答えは持ってなかったけど、今しがたプレイエリアの上に落ちたライフカードがヒントだった。<灰の命運リンネ>の名称をもつカードはボクと同じ黒の衣装に身を包んでいて、髪を掴むと灰色がちらつくのも同じだ。 

 

「精霊ではないのですか」

「精霊?ボクが?」

「ええ、人型の精霊でしょう。しかし、見分けられないほど人間に似通った精霊は初めてです」

 

 体を捻ったり動かしてみても人間だった記憶と相違なかったが、自分のカードを捲ろうとしてもその表面を滑るばかりで、感触はあっても物体に干渉する術をもたないようだった。ボクは二度とカードを持てなくなった手をじっと眺めていると、横から呟きが聞こえた。

 

「オレの精霊……?」

「そうみたい。よろしくねエンマ」

「なんで名前知ってんだ!?」

 

 話せば疑問と驚愕で二転三転としていく表情は、ボクの存在が人に影響を与えられるという実感もあってからかいたくなる。ふと思いついたことがあってエンマの頭に手を置くと、これにも反応があった。

 

「うおお、触られてるのに感触がねえ」

「やっぱりそうなんだ。背伸びしてよ、背伸び。……お、貫通した」

「すげえ中もやもやしてるぜ」

 

 頭に腕を刺した奇怪な姿で楽しんでいるボクたちに、さすがに試験官が口を挟んできた。

 

「積もる話もあると思いますが、すぐに終わらせますので、試験後にしてもらえますか?」

「……すぐにとはいかないかな」

 

 このターンで終わりともとれる試験官の宣言はボクにとって挑戦的だった。<灰の命運リンネ>が表向きで倒れたことからライフは0枚の判定だろう。向こうはアタックできるモンスターがいるため、それを通してしまえば敗北になる。勝てば合格とも負ければ不合格とも言われてないため、精霊憑きになった現状では合否にある程度のお目こぼしを貰えるかもしれないけど、せっかくのお披露目を敗北で飾るのは嫌だった。ボクとリンネ(ボク)の効果があるなら、まだ足掻ける。

 

「<灰の命運リンネ>の”エクスチェンジ”。バトルゾーンの……」

「まってくれ、オレのファイトの途中だ!」

 

 勢い込んだボクに待ったがかけられた。流れでファイトするつもりだったけど思うところがあったようだ。試験官に確認を取ると精霊の助言は許されるとのことで、この世界で初めて人間らしいことができたボクは気分が舞い上がったままなんとかこの機会を物にするために説き伏せにかかった。

 

「勝ちたくないの?」

「勝ちてえけど、人任せのファイトで勝っても意味無いだろ」

「大丈夫、力を合わせるだけだよ。ボクならキミを()()()勝たせてあげられる」

 

 断れないよう強く押すために絶対という強い言葉を使った。そもそもカードゲームの腕前はデッキ構築から始まり、相手の行動を予測しながらドローした手札で勝ち筋を組み立てる戦術眼とアドリブ力によるもので、終盤に介入したところで勝ちを拾うのは難しいがファイトを託してくれるだろうか。精霊のボクとは違ってカードを握りしめることができる手が葛藤で揺れていた。カードを握れても振るう自由が無いのなら、カードを握れない不自由と同じだ。同情はできるけど、もう見ているだけは御免だった。

 

「……わかった。力を貸してくれ」

「まかせて」

 

 信頼関係のないボクへ人生を左右するファイトを任せるのに、いかなる葛藤が頭を巡ったのだろうか。安心させるように自分の胸を拳で叩いた。

 

「ボクの手の動きに合わせて」

「おう」

「それじゃあ改めて、<灰の命運リンネ>の"エクスチェンジ"を発動」

「初めて聞く効果ですね」

「そうだね。"エクスチェンジ"は自身と対象の位置を入れ替える召喚方法。だから……」

 

 エクスチェンジはボクも聞いたことなかったけど、精霊としての感覚なのか使い方は手に取るように理解できた。<灰の命運リンネ>をバトルゾーンに送り、代わりにランク0モンスターをライフゾーンに送る。ボクの動きを小さい手が残像のようになぞった。

 

「ライフが増えた?しかしその場しのぎですよ」

「それだけじゃないよ。召喚時効果で山札から<熱暴走機関>を手札に加える」

「<灼熱波>じゃないのか?」

「しーっ」

 

 人差し指を唇に当てるポーズをとると、エンマは慌てて口の前でバッテンを作った。<灼熱波>は育ちきった<サジタリウスの星鎧>を容易く破壊できる強力なカウンターだけどそれ以上に勝利に直結する手札が欲しい。そのうえ、山札から<灼熱波>を持ってこない動きはそれだけで手札にあることを警戒させ判断を鈍らせるブラフになり得るから、情報を確定させるようなことはしたくなかった。

 

「今は私のターンです。<サジタリウスの星鎧>を<ランクダウン・マテリア>の対象に取り、<スコーピオンの星鎧>にエクシード」

 

 同じ星鎧を冠する新たなカードによってさらなるパワーの上昇に厄介なブロッカーまで加わり、こちらの勝利に繋がる頼みの綱はたった一枚のか細いカードしかない。

 

「<熱暴走機関>発動……」

「スペルカードの効果で打ち消します」

「……ありそうだとは思ったよ」

 

 それすら止められるとお手上げだ。強力な<サジタリウスの星鎧>を守るカードがあることは予想できていたから、<灼熱波>の可能性を握ることでどっちを止めるか悩ませたかったけど、判断を間違えてはくれなかった。

 

「私はターンエンドです。どうぞ」

 

 延命したターンのドローは振るわなかった。ランク0をエクシードし、さらなるドローのために山札にかけた手を一度止めてエンマに声をかける。

 

「あるカードが引きたいんだけど、お祈りしててくれない?」

 

 運要素の強い勝利はお祈りと揶揄されることがある。ここから相手の妨害が無いことに賭けるため藁にもすがる思いだったけど、返事は思いもよらないほど漫画やアニメの主人公のようだった。

 

「祈らなくたって、信じればデッキは応えてくれるぜ」

「じゃあ<烈豪アンストッパブルライガー>をお願い」

「よし、こい!」

 

 ためらいを横一線に引き千切った。たった一枚しか持っていないはずのそのカードには、望めば手元に来てくれるという絶大な信頼があり悩む素振りすらみられなかった。エンマはカードを頭上に掲げ、にやりと笑みを浮かべながらそのカードの名前を呼んだ。

 

「<烈豪アンストッパブルライガー>にエクシード!」

 

 勝利への道筋を切り開くうえに呼べば来るなんてまさしく切り札の風格だ。あとは潔くこの道を突っ走っていくしかない。ボクは矢継ぎ早に宣言をしていく。

 

「<烈豪アンストッパブルライガー>は効果によりブロックされない。そのままアタック」

「それが通っても、まだライフは1枚残ります」

「ライフチェック+1のエクシード元効果はこっちにもある。2枚同時にチェック」

 

 表向きになり、バトルゾーンに散らばったモンスターの効果は戦況に影響ない。

 

「ですがブロッカーを超えられるのが一体だけではとどめを刺せませんよ!」

「それはどうかな?」

 

 ようやく試験官の焦った様子が見えた。声量が大きくなった試験官に突き付けるように一枚のカードを公開した。

 

「<炎王の号令>を<烈豪アンストッパブルライガー>に発動。レストからアクティブにし、再アタックを可能にする。通るかな」

 

 試験官は……手札をプレイエリアの上にそっと置いた。ボクの初勝利の瞬間だった。エンマとカイトの精霊ファイトを遠い昔のように感じていた。あの時は止められた<炎王の号令>がとどめになるのは感慨深い。エンマに向き直ると、少し呆然としたままごくりと唾を飲み込んだ。

 

「……私の負けです」

「勝った、のか?」

「ええ、エンマさんの勝利ですよ」

「おお……うおっしゃあああ!」

 

 両手を振って喜び叫ぶエンマを一歩引いたところから見守った。ひとまずの勝利にボクも緊張がほぐれたみたいで、ほっと息をついた。

 

「お疲れさまでした。試験の結果は指定の日時に通達いたしますので、確認をお願いします」

「はい、ありがとうございました。ほらエンマも」

「え、あ、ありがとうございました!」

 

 首が取れないか心配になるほど高速でお辞儀するエンマに苦笑しながら、教室の扉を二人でくぐって出ていく。失礼しました、と言った時のエンマのお辞儀を試験官も苦笑しながら見送ってくれた。一人で入る試験場を二人になって出たボクたちを見た職員の驚いた表情も、すれ違った親子に保護者と思われてされたためらいがちな挨拶も、真正面から浴びる暖かな日差しも、すべてが新鮮に感じた。緊張からの解放と気持ちいい疲労は足取りを軽くした。

 

「お昼過ぎちゃったけど、なにか食べてから帰らない?」

「いいけど、お前はなに食べるんだ?」

「あー……なんにも食べれないなあ。喋ってようかな」

 

 精霊になって変わらないこともあるけど、それ以上に手に入れたものを噛みしめると、自然と笑顔になっていった。久々のエクスファイトだったけど、やっぱりこれが一番好きだ。

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