第7話 開会式
都内に位置する頂希中学校では学生寮が遠方からの入学者を歓迎してくれる。雑木林が住宅とを隔てる切り離された閑静な土地にそれはあった。赤さび色の雨跡が年月を感じさせるが、防犯カメラなどは新品同様の輝きで実際中は玄関から清潔感の行き届いたモダンなデザインになっている。ボクたちはあてがわれた部屋へと足を運んだ。
エンマは懐からカードキーを取り出した。カードという名称に身構えたボクは、そのデザインがまんまエクスファイトのカードなことに頭を抱えた。テキスト部分に穴の空いたアナログ式だ。もう少しスリムでも機能には問題ないはずなのに、この形状の方が手に馴染むのだろうか。ここまでエクスファイトに拘るとはおそるべし異世界。
「ただいまオレの家!」
『靴はちゃんと並べなよ』
靴を乱暴に脱ぎ捨て駆け込んだエンマに、人目につかないよう潜り込んでいたカードの中から注意した。こうしているのもエンマがなかなか同行を承諾してくれない苦肉の策であった。お母さんと一緒に歩きたくない思春期のあれだろうか。ともかくしてやっと人目につかない場所に来られたと、カードの中から光で輪郭がつくられ、顕現するとそのままベッドに倒れこんだ。
プールの後のように気怠い重力を感じていた。カードの中は明るい宇宙と呼ぶべきか、光の強弱が波形になって早送りの雲の中にいるように視界と体を揺らす場所だ。音も重力も無く、ぬるい安心感がある。居続けると人間であったことを忘れてしまえるところで、少しでも外とのつながりを保つためには水面に浮上するように光を掻いて向かわなくてはならない。要するに疲れていた。
『日当たりもいいし静かなのもいいけど、すこし窮屈だよね』
「そんなことねえよ。オレはエクスファイトできるスペースさえあれば十分だぜ」
カードさえあれば牢屋でも楽しく過ごせそうな少年であった。部屋は白を基調としながらフローリングと家具の木材が淡い色で合致して、狭いながらも開放感を感じさせる一室。窓に腰掛けたエンマの背から柔らかな日差しと葉の擦れる音が入ってくる。
「あ、そうだ。受け取った制服着てみない?お母さんも写真送ってほしいって」
「どうせ明日見れるっていうのに、しょうがないな」
言葉とは裏腹に制服を着るのが楽しみなのか、窓からぴょんと跳ねて軽い足取りで制服の包装を剥がしにいく。制服に袖を通す段階になって、エンマは気づいたようにこちらを振り返った。
「あっち向いててくれよ」
「はーい」
着替えから視線を逸らすとなると、狭い部屋では居所がなくなって外か壁を見るぐらいしかやることがないのでそろそろ慣れて欲しい。いや、早めに慣れてもらおっか。
「ほほう、みずみずしい肌ですな」
「え!?こ、こっち見んなって!」
うぶだね。エンマは恥じらう乙女のように上裸を腕で隠したあと、クローゼットの中に入ってばたんと閉めた。中から衣類の擦れる音やぶつけたような音が聞こえてしばらく、明るいグレーをしたブレザーと黒のスラックスで身を包んで現れた。余裕を持たせたサイズにしたからか、あるいは単に着慣れていないだけか、まさに服に着られているといった様も初々しさを感じさせる。若干顔を赤らめたまま尋ねてきた。
「どうよ?」
「いいじゃん。ピッカピカの1年生ってかんじだよ」
「へへ」
ボクは率直な感想を伝えた。主張の少ないグレーにエンマの真っ赤な髪色が映えて似合っていた。髪色といえば、思い立つと自分の髪を一房つまんで持ち上げた。
「キミの制服とお揃いの色だね?」
「そうか?お前の髪色はもうちょっと黒っぽいぜ」
「……むむ」
直球な物言いにボクはなんとなく不満をもった。こう、もっと、落ち着いた色合いとかさ。ま、子どもには難しい言葉選びか。
「黒は嫌い?」
「いや、いい色だと思うぜ」
「じゃあ黒組めるよね」
「無理やりすぎるだろ!それはそれ、これはこれだ」
エンマは喋りながら服を整えたあと、写真を撮るために真っ赤なカバーをしたスマホを頭の高さまで持ち上げた。この子はその他の色が眼中に無いほど赤色が好きなんだろう。ランドセルも赤かったし、好きなことを貫き通すのは気持ちの良い姿勢だが、ボクにとっては困りごとだ。
「エンマ、ボクも写してよ」
カメラの画角に入るために、少しかがんでエンマに肩を寄せた。
「写るって……
「いいからいいから」
精霊が物体に干渉できない実例として、鏡にも映らないし、電話越しに声も届かない。科学が進んでも精霊を記録する手段はアナログな手法から変化がない。それでもボクの気配がどこかに残ってほしいと、写りこもうとした。
パシャリと簡素な音を立ててできた一枚は、不自然に空間が埋まっていなかった。
明日になったら母親が制服を見られるという意味は、この日が入学式だからであった。太陽が目一杯の祝福を授けるように雲一つない青空が広がっていた。正門で何人も家族が通るのを見送っていると、待ち人が見えたので手を振って声を上げた。
「お母さん。ここです」
「リンネさん、待たせちゃってごめんなさいね。ほんとはもっと早く着く予定だったんだけど……」
「いいですよ。もしかして迷われましたか?ほんとは駅まで迎えに行きたかったですけど、自分のカードからあまり離れられなくて」
「いいえ駅からは看板もあるしすぐ分かったのよ。家を出る時に……」
校門をくぐり、エンマのお母さんと会話を交わしながら、桜の花びらが舞う通りを歩いていった。母親は黒が基調のフォーマルな恰好で、パールネックレスを下げ、髪はふわりと仕上がっていた。式典に相応の姿をみていると、ボクは参列することを後悔し始めていた。ボクの服装はドレスには見えなくもないワンピースだけど、肩は露出してるし裾は焦げ付いてるし、黒で目立ちにくいけど煤で汚れていて、隣に並ぶと迷惑をかけてる気がしていた。好奇心を忍んでカードの中にいればよかった。
体育館は一学校の施設とは思えないほどの広さを誇り、スポーツセンターやアリーナといった出来だ。中に入れば多くの視線にさらされて、より居心地が悪くなるけど……えい、変に萎縮するほうがよっぽど悪い。開き直って堂々と進んで、椅子に腰かけた。
しばらく待っていると、司会の挨拶とともにざわめきが収まった。続けて名高い楽団の演奏に合わせて新入生の入場が始まった。管楽器の跳ねる音が新入生の期待に膨らんだ胸の内を代弁するような華やかな演奏だった。エンマは先頭集団に紛れていたが、右手と右足が同時にでていて緊張もわかりやすかった。
入場が終わると、今度は国歌斉唱だった。一同が起立をし、荘厳なメロディが流れてくる。ボクが知っている国歌と一言一句違わなかったのは意外だった。
そして新入生に向けた校長先生からの式辞がはじまった。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。ご家族、関係者の皆さまにも心からお喜び申し上げます。本日は入学式────
────の、はずでしたが!」
静かな滑り出しから一転、大きな声を張り上げた。なにごと?
「新たなエクスファイターの卵を見ていると、校長、もう待ちきれません!これより、新入生による新入生のための大会、"ニュービー・イタダキ・トーナメント"を開催いたします!」
校長の宣言は割れんばかりの拍手によって迎え入れられた。体育館のボルテージは最高潮だが、ボクの困惑もそうだった。にゅ、入学式は?こんな平然と受け入れられるもんなの?むしろ喜んでるし。唖然として横を向くと、鏡合わせのように同じ表情をしているエンマのお母さんがいた。よかった、異世界だろうと入学式をスキップするのは非常識的なんだ。
体育館の天井が音をたて二つに割れた。切れ目が広がっていき、ご機嫌な太陽が目に痛い。青空をキャンパスに色とりどりの花火が爆音とともにぶちまけられた。伝統と格式はどこいったの?