活気づく観客席には保護者だけでなく上級生も全員詰め寄っているが、席の三分の一も埋まっていなかった。それは精霊ファイトを並行してできる広さを確保しているためだ。あっちでモンスターが召喚されるとおおっとどよめき、こっちで綺麗な攻防が起こるとわっと歓声が上がる。一つの試合が終わった空間に、赤髪の少年が足を踏み入れた。もちろんエンマのことだ。初めて都会に来たおのぼりさんみたいにきょろきょろと観客席に目を移ろわせていた。
エンマの一回戦が始まろうとしていた。対戦相手である金髪の女の子との間に光のプレイエリアが広がる。相手は電子回路のような直線が点滅する機械の精霊と一緒に、怪訝そうに首を傾げた。ボクの隣に座るエンマのお母さんも何かに気付いたように慌て始めた。
「リンネさんここに居ていいの?エンマの試合始まっちゃうわよ」
「いいんです。デッキにも入ってませんから」
「あら……自分の精霊を置いていくなんてあんまりね!」
もっと言ってやってください。エンマのご両親はボクを家族のように扱い良くしてくれて、温かさを感じていた。ちょっとくすぐったい気持ちもあるけど、エンマに関して心強い味方だ。
改めて一回戦の相手は金髪の女の子。使用するのは<ストライク>デッキ。各色に配られる<ストライク>の名称がついたカードの破壊効果でアドバンテージを稼ぐスペル主体の構成だ。カードをひとまとめにしたコンセプトデッキに近い作りで、<烈豪アライバル・フェニックス>の蘇生効果が見事に刺さりライフを一枚も削らせない完勝となった。
続く二回戦の相手は茶髪の男の子。<扇動トサカ・オンドリード>でサポートカードを何度も起動し、”反乱軍”を横に展開していくプランは<オンドリード>が除去されたことで瓦解した。”速攻”で畳みかけたエンマが再びの完勝だった。
「へへ、ライフ1枚譲らない完璧な2連勝だぜ!」
「やるじゃん」
勝利のV、あるいは二連勝の二を表すピースサインを喜々として突き付けるエンマに感心していた。日本一を掲げる学校でここまで余裕のある勝利ができるとは思っていなかった。それは欲しい時に引きたいカードが引ける運命のような引きの強さのおかげだろうか。エンマも手応えを感じているのか、ピースサインをしまおうともせず、観客席に戻る道のりを大手を振ってついてくる。
「やっぱ、世の中にはいろんなファイターがいるんだな」
「まだ二人としか戦ってないよ」
「なんつーか、たった二人でもファイトに対するスタンスの違いを感じたんだよ。最初のヤツは淡々としてて、仕事ですからって今にも言いそうな感じで、でも次のヤツはファイトを楽しんでて、こっちまで楽しいファイトだった」
「試合終わってもずっと喋ってたもんね」
「おう、エクスファイトで心が通じ合えば、その瞬間から友達だ!」
「……その、心が通じるって本気じゃないよね?」
異世界に来ると常識の線引きはぐちゃぐちゃだ。以前の実技試験中にも似たようなことを言っていたし、まさかという思いが拭えないでいると、エンマは得意げに実例を出してきた。同級生とファイトすると悲しい気持ちが伝わってきたので、話を聞くとペットのハムスターが死んだとか、道端で五百円を拾った嬉しい気持ちのような細かい機微までわかるそうな。これだけで食っていけそうな特技だった。
「お金に困ったら占い師になろう。エクスファイトもできて一石二鳥だよ」
「でも未来がわかるわけじゃないぜ」
「そこは適当に」
「詐欺じゃん」
「おい見たか、さっきの1年。ライフを1枚も割らせない完勝だったぜ」
ボクらの会話の横で気になる話が飛び込んできた。エントランスで上級生と思わしき生徒の話に心当たりのあるエンマは鼻を大きくして、ふんすと荒い鼻息を吐いた。腰に手を当て胸まで張った、これ以上ない完璧なドヤ顔をこちらに向ける。
「完封って言ってもよ、1年同士での話だろ?」
エンマの顔が若干不満げになった。話を聞き終えるまで聞き耳をたてるつもりらしく、上級生たちは話に夢中で気付く様子はないが、すれ違う生徒は不自然に立ち止まったエンマを奇異の目で見ていた。ボクはそっと距離を置いた。
「有望な1年ってだけで十分じゃねえか。俺らのクラブに誘えば来てくれるかもよ。覚えとけよ。海堂カイトって名前だ」
エンマは自分のふとももを平手打ちした。心なしか瞳から光が薄れたような気がする。たしかにエンマが完勝できるなら、ライバルのカイトもできないはずがないか。ボクはカイトがこの会場にいることに安堵と嬉しさを覚えていた。カイトも頂希中学校に合格し、早くも注目を浴びるようになったのだ。エンマとしては悔しさもひとしおだろう。
「それだけどよ、完勝した1年は他にもいるぜ。それも1回戦と2回戦の両方だ」
エンマは巻き戻したように、数秒前の完璧なドヤ顔になった。ここまで情報が一致するのはさすがに他にいないよね。これで満足してくれるだろう。
「名前は、
「まじか!花朱鷺カノンって、あの花朱鷺グループのご令嬢だろ。今年入学だったのかよ」
見当違いな名前が出されてついに膝を抱えてしゃがみ込んだエンマ。上級生たちは喋りながら離れていったため、エンマの名前が挙げられたかどうかは知りえなかった。慰めをかけてあげようと近寄る。
「まあまあ、言わせておきなって。勝ち進んでいけばみんなエンマの話でもちきりになるよ」
「うう……やってやる……やってやるぜ。目指すは全戦完勝だ!」
エンマは心機一転に成功し、気持ちを振り切るよう勢いよく立ち上がった。切り替えの早さはさすがだ。ボクは階段そばの液晶にでかでかと映し出されたトーナメント表を確認した。海堂カイトは真反対のブロックにいて、もし当たるとするなら決勝の舞台しかない。エンマの次の相手はどうだろうか。勝者の赤い線を辿って、思わずあっと声を漏らした。
「リンネ、早く戻るんじゃないのか」
「エンマはもうちょっと次の対戦相手のこと気にしなよ」
階段を上るエンマから声が降りかかった。次の対戦相手は今しがた名前を知ったばかり──花朱鷺カノン。噂のその人だった。
カードは各企業の手によって製造されており、花朱鷺グループはそのカード製造にて日本トップ3のシェアを誇る会社である。幸い<烈豪>デッキは花朱鷺とは別の企業によるものであるが、グッズ展開など花朱鷺の事業は手広く、火路家にあるストレージボックスやデッキケースだけでなく、映像や音楽のマネジメントまで手掛けているらしい。広く市民に知られる企業だとエンマのお母さんは語った。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。美人を例えることわざに花を用いたのは、人が花に抱いた耽美がゆえだろうか。とにかく花とは美しいもので、そこに
「セバス、デッキを」
「ここに」
エンマの前で彼女は手を叩くと、後ろから燕尾服とモノクルの、いかにも執事といった装いの壮年が現れる。手には意匠が凝られた宝石箱を持っており、開かれた中には、キズ一つないデッキが光沢のある布に包まれていた。それを取り出して、音も立てずに並べていく。
「おまえ、ライフを一枚たりとも削られてないって聞いたぜ。オレも同じなんだ」
「そうですか。
「まかせな。最高のファイトにしてやるぜ」
はなから興味がないみたいに、エンマの言葉に何を返すわけでもなく、ただスカートの裾を持ち上げ、優雅な一礼をした。気持ちのこもっていない見掛けだけの礼儀は、それでも目を引く美しさがあった。
「高名なる花朱鷺が才媛、花朱鷺カノンと申します。お手柔らかにお願いしますわ」
「オレは火路エンマだ!よろしくな!」
審判の合図とともに、エンマの三回戦が始まった。