目が覚めた。
彼は隣で鳴り響く目覚まし時計を止め、ベッドから起き上がる。
時刻は5時40分。学校に行くのに充分な時間があった。
彼は洗面所で顔を洗い、歯を磨いた後、冷蔵庫から食パンと牛乳を取り出し、食パンはトースターに、牛乳はマグカップに注いで電子レンジにかけた。
彼の名は影山彰。3ヶ月前の4月から高校入学を機にアパートで一人暮らしを始めた高校1年生である。
彰は着替えを済ませ、焼きあがった食パンをトースターから引っ張り出してそのまま平らげ、温まった牛乳で流し込んだ。
マグカップを洗って食器乾燥機に入れてタイマーをかけると、鞄を持って玄関へ向かった。
いつもならそのまま靴を履いて玄関から出て、学校へ行くために駅へ向かうのが日常だった。
しかし、玄関の前に来た瞬間、彰は突然身体が痺れてその場に崩れ落ちた。
「(何だ・・・?)」
彰は起き上がろうとしたが、全身が麻痺していて動くことすらできなかった。彼は次第に呼吸も出来なくなり、そのまま意識を失った。
彼が目を覚ますと、目の前に天井と蛍光灯が見えた。
どうやらどこかの病院に運ばれたようだった。
彰は身体を起こそうとすると、全身に違和感を感じた。いつもに比べて、身体を動かすときの感覚が明らかに違った。
「気がついたかい?」
彼の目の前に突然、男性の顔が現れた。
「わあっ!」
彰は驚いて馴れない身体をジタバタ動かした。
何故なら、その男性の顔は巨人のように大きかったからだ。よく見ると周りの机や扉などもかなり大きくなっていた。
「落ち着いて下さい!」
そこに彰と同サイズのオールベルン型ナース神姫2体が彼の身体を押さえつけた。
それを見て彰は理解した。
周りが大きくなったのではなく、自分が小さくなっていることに。
「どうなってるんだこれ・・・」
しかも彼は人間の身体ではなく神姫の身体だった。
黒髪と緑色の瞳、ボディーカラーは黒と白にオレンジと緑色のラインが入れられていた。
だが、窓に映っている自分の姿は、普通の神姫とは少し違う感じに見えた。神姫にしては肩幅が少し広く、全体的に少しがっしりしていて、まるで男性のようだった。
「実は、君の身体はアパートで発見された時点で UWNP に感染していたんだ。 」
「UWNP?」
UWNPとは、 Unknown Whole nerve paralysis の略であり、 未だ適切な治療法が発見されていない未知の病だった。
「そして、UWNPが君の脳にまで侵攻する前に、脳内に蓄積された情報を電子化し、その神姫の身体に移したんだ。」
男性は気まずそうな表情でそう言った。
「俺の記憶を・・・神姫に?」
彰は男性が話したことを受け入れることが出来ないでいた。人間の記憶を神姫に移したという事例など今までに無いからだった。
だが、事実上、彼はこうして神姫の身体になってしまっている以上はその話を認めざるを得なかった。
「じゃあ・・・俺はずっとこのままなんですか!?」
彰は急に不安になって男性に尋ねた。
「いや、理論上、君の身体に脳内情報を戻すことは可能だ。ただ、今、元の身体に戻るのは危険すぎるから、治療法が見つかるまではその身体で居て貰うことになる。」
彰は元の人間に戻れることを聞いてホッとしたが、まだ幾つか訊きたいことが残っていた。
「あの、あなたは・・・」
「ああ、そう言えばまだ名前を言ってなかったね・・・私は湯田川総一朗。この大学病院の院長だ。」
彰はその名前を聞いたことがあった。
湯田川総一朗は境界大学病院の院長で、数々の難病を解明してきた名の知れた医者だった。
医療以外にも神姫の研究を行っており、今回、彰の身体となった神姫は世界初の男性タイプの神姫で、境界大学病院とFRONT LINE社が共同開発したものだった。
この神姫のもう一つの特徴は、レーダー及び視界から姿を消すアクティブ・ステルス機能を搭載していることだ。
湯田川の話によれば、まだ正式に名前がつけられておらず、現在決まっているのは“ステルス型”というところまでらしい。
「先生、俺を発見したのは誰ですか?確か玄関の鍵を開ける前に気を失ったと思うのですが・・・」
彰が倒れた時点で、全ての窓及び外へ繋がる扉には鍵が掛かっていたので、合い鍵を使うか、物理的に破壊しない限りは部屋の中へ侵入出来ないはずだった。
家主なら合い鍵を所有しているはずなので、発見したのは彰が住むアパートの家主だろうと思ったが、念のために確認を取った。
「ああ、理比理人って高校生だよ。君のクラスメートだって言ってたけど・・・」
「理人が!?」
彰はその名前を知っていた。
理比理人は、彰が通っている高校のクラスメートで、入学して比較的初期によく話すようになった相手だ。彼は両親の都合でそれまでは海外で暮らしていて、ちょうど彰がこの街に引っ越して来た頃とほぼ同時期に高校入学を機に日本へ帰国して、彰のアパートとは少し離れた所にあるマンションで一人暮らしをしている。
「でも、何で・・・」
「彼は外で待っているから呼んで来るよ。詳しい話は彼から訊くと良いだろう。」
そういって湯田川は立ち上がって部屋から出た。
「本当に・・・彰?」
アルトアイネス型の神姫が彰の顔をじっと見たまま訊いた。
この時、理人は自分の神姫達も連れており、アルトアイネス型の神姫は連れてきた4体のうちの1体だった。
「まさか、人間が神姫になるなんてな・・・」
ストラーフ型の神姫が鋭い目つきで腕組みしながらそう言った。
「まあ・・・彰さんがこんなイケメンの神姫さんに・・・これは衣装の作り甲斐があるのです!」
アルトレーネ型の神姫がさっそく何らかの計画を立てているようだった。
「私、男性タイプの神姫、初めて見ました・・・」
アーンヴァル型の神姫は赤らめた頬に手をあてて彰を見ていた。
ちなみにアーンヴァル型はアン、ストラーフ型はヒナ、アルトアイネス型はアイネス、アルトレーネ型はレーネという名前だった。いずれも彰は何度か会ったことがあるので、理人の神姫達とは面識があった。
「それで、どうやって部屋で倒れている俺を発見したんだ?」
彰は4体の神姫達を余所に、理人に事情を訊いた。
「えっと、今日の朝、学校の先生に欠席している彰の事情を知っている人は居るかって訊かれて、後で先生に詳しく話を訊いたら、彰から何の連絡も来ていないって言ってたから、あれだけ真面目な君が無断欠席するはずがないと思って、放課後、アパートに来てみたんだ。だけど、インターホンを鳴らしても返事がないし、おかしいなと思って家主さんを呼ぼうとしたら、ヒナが「私達が行った方が早い」って言って換気扇から中に入って、玄関前で倒れている君を見つけたんだ。そして僕は直ぐに救急車を呼んで、現在に至るんだけど・・・」
彰はそれを訊いてある程度事情が分かった。
自分の事をよく分かっている彼が居なかったら、今頃自分は死んでただろうと思った。
理人は普段、よく遅刻をしたり物を忘れたりとだらしない人間ではあるが、同じ高校生にしてはそれなりに高いプログラミング技術と人や神姫などのことを思いやる心は人一倍である。
時間を見た。もう8時過ぎだった。
「あの、もう帰ってもいいですか?」
彰は湯田川に訊いた。
「ああ、もうこんな時間だしね・・・そうだ、君の事なんだけど・・・」
「何ですか?」
彰は不思議そうな表情で訊いた。
「君はUWNPが解明するまでの間、理人君に引き取ってもらうことになった。」
湯田川は少し間を置いてから答えた。
「え・・・、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
こうして彰は、人間の影山彰ではなく、神姫のアキラとしてしばらくの間、理人の元で生活することになった。
アキラは、理人と4体の神姫達と共に、街から少し離れた所にある理人の住むマンションへ帰宅した。
「ようこそ、マスターのお部屋へ。」
理人がバスルームで入浴している間、アンがアキラのちょっとした歓迎会を開いていた。
「ようこそって、まぁ、何度かここにはお邪魔したことあるんだけどね・・・」
アキラは気まずそうに言った。
「もう、細かいことは気にしないの!」
アイネスがツッコんだ。彼女はいつもこの役目である。
アキラはヒナの方を向いた。
「えっと、君のことはやっぱり────」
「ストラーフと呼んでくれ。たとえマスターの友人だろうが何だろうが、名前で呼んでいいのはマスターだけだ。」
「だよね・・・」
アキラは苦笑した。ヒナが不快に思ったかもしれない。
ヒナは理人の父親がフロントライン北米支社のストラーフ型のモニターに応募して受け取った神姫であり、理人がここに引っ越して来た時にモニタリングとして贈られていた。
理人以外に名前で呼ばれることを嫌い、周りにはストラーフと呼ばせている。
アキラが見た限り、いかにも周りとまだ馴染めず、1人で居ることが多そうに見えた。
「皆さ~ん!ヂェリカンを持ってきました~!」
台所の方からレーネがヂェリカンを5つ抱えて走ってきた。
ヂェリカンとは、神姫のおやつとして好まれている神姫用の飲み物で、味には様々な種類があり、ご当地ものなどレアリティの高い商品も存在する。 元はアーク型とイーダ型のメーカー、オーメストラーダが発売したもので、それが神姫用の嗜好食品として広まっていった。また、ヂェリカン以外にも神姫用嗜好食品がいくつか発売されている。
「あっ!」
レーネはもう少しで4人の元へたどり着くところで躓き、抱えていたヂェリカンを落としてしまった。
「あーもう、何やってるんだよレーネ・・・」
アイネスは呆れた表情でレーネに言った。
「大丈夫か?」
アキラはレーネに手を差し伸べる。
「すみません、アキラさん・・・」
レーネは少し恥ずかしそうにアキラの手を握り、立ち上がる。
そして、レーネが持ってきたヂェリカンを全員が持つと、
「それでは、アキラさんの入居を記念して、乾杯!」
「乾杯!!」
アンに続いてヂェリカンをぶつけた。もっとも、ヒナとアキラは“乾杯”とは言わなかったのだが。
「入居って・・・俺の病気が治るまでの間なんだけどね・・・」
アキラは苦笑しながら言う。
「そういう細かいことは気にしなくていいから、まずはヂェリカンを飲んだ飲んだ!」
またしてもアイネスがツッコんだ。
アキラは言われるがままに右手に持ったヂェリカンを飲んだ。
ヂェリカンは神姫用の飲み物で、人間が服用することは出来ないので、アキラは人間で初めてヂェリカンを味わったことになる。
今回のヂェリカンはストロベリー味で、飲んだ瞬間、確かにイチゴの味が口の中に広がった。感覚としては、普通の人間がイチゴジュースを飲むのと大して変わらなかった。
「どうですか?初めてのヂェリカンのお味は。」
レーネはアキラがヂェリカンを飲んだのを見計らって感想を訊いてきた。
「ああ、美味しいよ。思ってたより、ジュースを飲んでるときの感覚とあまり変わらないし・・・」
「ねぇ、アキラにも武装あるんでしょ!?ちょっと見せて!」
アイネスが会話に割り込んでそんなことを頼んできた。
「確かに!アキラさんも今は神姫なんですし、アキラさんの武装が気になりますね!」
アンもアキラの武装に興味があるようだ。
「アキラさん、私にも見せて欲しいのです!」
レーネもアキラの武装を見たがっていた。
「ほう、私にも見せて貰おうか。最新型の武装を・・・」
ついにはヒナまで武装を見せるよう希望してきた。むしろヒナが一番、こういう事に興味がありそうだが。
「分かったよ。えっと、確か・・・」
アキラは立ち上がり、メモリーに記憶されていた説明通りに武装を呼び出した。
アキラの身体が光に包まれ、光が消えた時には武装を纏った状態になっていた。
彼の武装は、頭部には特殊なセンサーを装備したバイザーを、両肩にマントのようなバインダーが装備されていて、裏側に武器をマウントできるようになっていた。背中にはステルス戦闘機のF-117を思わせる後退翼の大型ウィングに、横長のスラスターが装備されていた。両腕にはガントレット、脚部には補助スラスターが装備されていた。
色は全体的に黒がメインカラーで、所々にグレーのラインが入れられていた。
ちなみに武装はFRONT LINE社が開発していることもあって、背中の飛行ユニットと両肩のバインダーを合体させると、ミラージュとよばれる支援戦闘機になる。
「へぇ~、結構カッコいいじゃん。ちょっとボクにも付けさせてよ!」
「アイネスが装備してどうするのです・・・これはアキラさんの装備なのです。」
前のめりにアキラに顔を近づけたアイネスを、レーネが引き戻した。
「だが確かに、なかなかいい装備だな。」
ヒナはアキラの装備に対してそう感想を述べた。
「何というか、いかにもFRONT LINE製って感じですね!」
アンがそう言った直後、理人がバスルームから出てきた。
「何してるの?」
「あ、マスター。ちょっとアキラさんの歓迎会を・・・」
「そうなんだ。でも、そろそろ充電した方がいいんじゃない?もう、こんな時間だし・・・」
時計を見ると、もうすぐ10時になろうとしていた。
「そうですね。それではみんな、クレイドルに行きましょう。」
アンに続いて、窓辺に置かれたクレイドルに向かった。
クレイドルとは、神姫用の充電器で、エネルギーチャージと同時に、メモリー内の情報を整理する役割もあり、分かりやすく言えば人間で言う睡眠を行うのだ。
「あ、そうだ。湯田川さんから貰ったアキラ用のクレイドルもセットしなきゃ。」
理人は少し慌ててクレイドルを取りに行った。
まだ用意してなかったのかと、アキラは呆れた顔で理人の方を見ながら思った。
しばらくして理人が5人の元に来て、アキラのクレイドルを4つ横に並んだクレイドルの横に置いた。
「それじゃあ、おやすみ。ゴメンね、アキラ・・・」
「おやすみなさい、マスター。」
理人はアンの挨拶を聞くと、自分の寝床へ戻っていった。
「それじゃ、ボク達も寝よっか。」
アイネスが両腕を頭の後ろに組みながらそう言った。
「そうですね。」
アン、アイネス、レーネ、ヒナ、そしてアキラの5人はそれぞれ自分のクレイドルに戻っていった。
アキラは、充電するときはどんな感じなのだろうと少しゾクゾクしていたが、特に痛くも苦しくもなく、ただ自然に力が漲ってくるという感覚があった。
「どうですか?初めてのクレイドルでの充電は・・・」
目を開けると、いつの間にかアンが目の前でアキラの顔をのぞき込んでいた。
アキラは突然の出来事だったので、流石に少しびっくりした。
「あ、すみません。少し驚かせてしまいましたね・・・」
「あ、いや・・・別に何ともなかったよ。充電してるときは、力が漲ってくるくらいで・・・」
「そうですか。良かった・・・」
「良かったって、何が?」
「あ、いえ・・・元々アキラさんは人間の方なので、何か大変な思いをされたりしてないか気になって・・・」
アンは前のめりの状態のまま、顔を背けて言った。どうやらアンはアキラのことを気遣ってくれているようだった。まだ馴れない身体で馴れない生活を送るアキラの手助けをしようと色んな所で彼を気にかけてくれているのだ。
「ありがとう、アン。これからも宜しく。」
アキラはアンに微笑みかけた。
「はい!」
アンも嬉しそうに微笑んだ。
「さて、明日はもう少し早く寝ないとな。今日はあまり動いてないからいいが・・・」
「あ、そういえばアキラさんの身体は通常の神姫の倍、充電に時間が掛かると湯田川さんが言ってましたね。」
「武装側にも大容量バッテリーがあるからだって言ってたな。」
アキラの武装には、神姫のメインバッテリーの3倍の容量をもつ小型の大容量バッテリーが装備されていた。理由は、ステルス機能を使用した際に膨大な電力を消費するため、活動時間が戦闘モード時の半分以下に減ってしまうからだ。それを補うため、武装側(正確な位置は背中の飛行ユニット)に最大で通常モード位はステルス状態で活動できるように新型の大容量バッテリーを搭載していた。
これにより、通常モードでの活動時間は倍に増えており、もし、仲間の神姫がバッテリー切れを起こして近くに充電設備が無くても、この武装を付けさせることにより、相手のバッテリーを充電することもできる。
ちなみにこの大容量バッテリーは、次世代型の神姫のバッテリーにも活用される予定である。
「それでは、おやすみなさい。アキラさん。」
「ああ、おやすみ。」
アンが自分のクレイドルに戻っていくと、アキラは目を閉じた。
しばらくすると、意識がだんだん遠のいていった。メモリー内の情報を整理しているのだ。
アキラは、自分はどれくらい経てば人間に戻れるのだろうと考えながら、静かに眠りについた。
まだ連載中の作品があるのにも関わらず投稿してしまいました。
作業はとある技師と神姫の物語の制作をメインに進めていきますので、こちらの投稿はかなり遅れると思います。