窓から差し込む柔らかい陽射しが暗部の面を微かに光らせ、静寂をより際立たせる。
その反射を頬に受けながら、カカシはどこか呆れたように言った。
「呼んでおいてなんだけどさぁ。お前一体いつまでオレに張り付いてるのよ。」
せっかくの休暇に何をやっているのか。呆れたものの、正直カカシには心強かった。特に今回はそれを感じていた。
「先輩の護衛は趣味みたいなものですから。」
飄々と返しながら立ち上がる。
「それで、暗部のボクになんの用事ですか」
その時に使われる名で呼ばれ、その姿で身を現したのだ。テンゾウが命令を待つ。
「テンゾウ」
カカシは何か吹っ切れたような表情を浮かべていた。
「悪いんだけど…」
「嫌です」
言葉半ばに断る。
「お前ね、まだ何も言ってないでしょうよ」
「何を言うつもりか分かったから断わってるんです」
カカシの表情から内容を読み取り、テンゾウは面をはずしてヤマトとして向き合う。
「言いましたよね。ボクは先輩派だって。だからお断りします。」
詰め寄って強く言い放つ。
少し身を反らしながらカカシは気まずそうに笑った。
「そう言わずに頼むよ。サスケを探し出してきてくれ」
それこそがカカシの出した答えだった。
やはりサクラにはサスケなのだと。
「何でですか!」
納得いかぬ様子でヤマトはさらに詰め寄る。
「先輩、サクラの事好きなんでしょ?」
「そうだな。オレにとってサクラは本当に大切な存在だ。寂しい思いをさせたくない。悲しませたくないし、泣かせるような事はしたくない」
「だったら…」
「でもな」
カカシは少し嬉しそうに、それでいて切なげな笑みを浮かべていた。
「それはサスケに対しても同じなんだよ」
ヤマトが小さく息を飲んだ。
昨晩里を見ながら歩く中で様々な思い出がよみがえった。初めてナルト、サスケ、サクラに出会った日。鈴取りの演習。任務。中忍試験。サスケとの修行。
どれにおいても、誰一人欠けてはならない思い出で、誰か一人だけが特別であった日はなかった。
サスケが里を抜けた後もずっと、第7班の部下であるあの3人が等しく大切であったのだ。
「でも、本当に…」
それでいいのかと、ヤマトは納得しきれない様子であった。
「だって、先輩も気づいてたでしょ?昨夜も、さっきもサクラは起きてましたよ」
カカシを呼んだ切ない声。それを噛みしめるようにカカシは目を閉じた。自分を求めて呼んだあの声は、きっと一生記憶に残るだろう。
カカシにはそれで十分であった。
「だからだよ」
意味が分からぬヤマトは黙って続きを待った。
「サクラが本当に眠っていたら、呼ばれたのはオレじゃなかったよ」
「そんなの、分からないじゃないですか」
ヤマトは諦め悪く食い下がる。それでもカカシはもう心を変える気はなかった。
「分かるんだよ。オレはあいつらの先生だからね」
サクラはサスケでなければならず。サスケはサクラでなければならない。思い返してみれば、あの2人はずっとそうだったのだ。
今サクラは寂しさに耐えきれずに自分を頼っているが、すがるような愛情はいつかサクラを傷つける。
そして、ナルトもサスケも傷つくことになる。カカシはそう考えついた。そういう形の愛も救いになる事はもちろんある。幸せになれる事もある。
だが、それを選択するにはまだサクラは若い。
まずはサスケと向き合う必要があるのだ。
「だから、頼むよヤマト。」
呆れたような、困り果てたような。そんな表情を浮かべ、ヤマトは黙り込んだままだ。
「頼む」
しかし重ねられた言葉に、ようやく諦めたように大きくため息をついた。
「後悔しても知りませんよ」
「その時はお前が酒に付き合ってくれるんだろ?」
「先輩のおごりですよ」
軽く睨み、暗部の面をつける。
「テンゾウ。うちはサスケの居場所を突き止めてくれ」
改めて火影の言葉で告げる。
サスケが里を離れているのは、自身のもつ特殊な力を狙う者から里を守るためでもある。
その動きはあまり知られるわけにはいかない。故に優秀かつ秘密裏に動ける暗部への任務なのだ。
「温泉街でのこの任務に合流させてほしい。」
任務の司令書を手渡す。
アカデミー生の課外授業の護衛任務。そこにはナルトとサクラの名前が書かれていた。
「それが厳しいようなら、遅くとも1週間後にはオレの所に連れてきてほしい」
居場所のはっきりしないサスケを探し当てるには短い。今回の任務には合流できないかもしれない。しかし、砂隠れからの話を考えればタイムリミットはそれがギリギリ。
「いけるか?」
不安を帯びた声。
本の少し間を置き、テンゾウは司令書を返した。
「5日で大丈夫です」
「5日って、お前…」
確信のある見積もりに、カカシはハッとしてテンゾウを睨んだ。
先輩派ですよ。等と言いながらも、こうなる事をどこかで予想して、すでにサスケの居場所を探っていたのだろうと読み当たる。その上5日で連れ戻せるとなると、里へと向かうように仕向けていた可能性もある。
はじめに自分に会いに来たときか、もしくはサクラの噂を耳にしてすぐに調べたのか。どちらにせよ心のどこかで、やはりサクラにはサスケだと感じていたのであろう。
何にせよ、それなら向こうですぐに合流できる。
「お前は本当に、くえないやつだよ」
「褒め言葉だと受け取ります」
面の向こうでどんな表情を浮かべているのか、読めぬそれにカカシは睨みながらも何か嬉しい気持ちになった。
「オレの事よくわかってるじゃないか」
「まぁ、付き合いが長いですから」
何とも心強い。ならばもう一つ甘えようかと思う。
「それから…」
「ナルトにこっそり伝えておけばいいんでしょ。砂隠れからの話を」
やはり聞いていたかと頷く。
「ナルトが聞けば、サスケに会った時に慌てて話すでしょうし、計らずもサスケをうまく焚き付けるでしょうね」
ハハ…とカカシが笑った。
「ナルトの事もよくわかってるじゃないの」
本当に心強いと安堵する。
「頼んだぞ」
静かな言い渡しに、テンゾウは「はっ」とキレの良い返事を返して姿を消した。