テンゾウにサスケを託した後、カカシは別の部屋へと向かっていた。やはり目立たぬように窓から訪ねる。
ノックしようとかざした手が、ガラリと開いた窓の向こうで受け止められた。
「自来也みたいな事をするんじゃないよ」
掴んだ手を軽く払い戻し、腕を組んで呆れたように笑ったのは綱手であった。
「火影ともあろう者が窓から入ってくるとは」
そうは言いながらもカカシの気持ちを汲み取り、綱手は「さっさと入りな」と促した。
カカシが中に入り窓を閉める。綱手はドサッと音をたててソファに座り込んだ。
「それで、答えは出たのかい?」
カカシは無言で先ほど書き上げた司令書を綱手に差し出した。
受け取り目を通して、綱手は目をしかめた。
「アカデミー生の課外授業の護衛をサクラとナルトに?」
子供達の人数、日数、危険性の有無から考えてもCランク程度の任務。それをこの2人にとは、何を今さらと言いたげな表情だ。
しかし、少し考えてから綱手は司令書をカカシに返して「まぁ、いいんじゃないかい」と笑った。
「アカデミー生にとって護衛の勉強にもなるだろうし、今や里の英雄である2人が一緒なら子供達も喜ぶだろうしね。しかし、勉強になると言う点ではスリーマンセルの方がいいんじゃないか?」
カカシは頷いて司令書をもう一度綱手に渡した。
内容を改めて確認して綱手は再びしかめた。
「現地にて一名合流?」
備考欄に書かれたそれを読み上げてカカシに目をやり、綱手はパッと表情を明るくした。
「なるほど、お前も一緒に行くために私にその間の執務代行を頼みに来たのか」
その課外授業でサクラとの事をきちんとしようとしているのかと、綱手はそう考えた。
しかしカカシは今度は首を振り否定した。
「いやいや、もらいにきたのはサクラを借り出す許可ですよ。最近サクラは綱手様の手伝いが多いですからね。それに、オレは行きません」
「行かないって、お前。じゃぁ誰が」
言いかけて綱手はハッと思い当たり、空いた手で顔を押さえながら大きく息を吐き出した。
「カカシ。お前本当にそれでいいのかい?」
カカシは迷いない表情で「はい」と歯切れ良く返事を返した。
しばし無言で見つめ合い、綱手が再び息を吐き出した。
「分かった。好きにしろ」
返された司令書を受け取り、カカシは頭を下げた。
「ありがとうございます。それから、もう一つお願いが」
「なんだ?」
「任務の日まで、サクラを離さず側に置いてやってもらえませんか?」
出発まではまだ数日ある。その間の事を心配してであった。
随分と過保護だと揶揄しながらも、綱手はそれを承知した。
「しかし、サスケは大丈夫なのか?子供達はまだしも、宿場町となるとあいつの色々を多少なりとも知った輩もいるだろうからな」
確かにそれはカカシも懸念した。それでもそう決めたのは、信じていたからだ。
「あいつらならきっと大丈夫です。」
サスケ一人ではまだ辛いかもしれない。しかし、3人一緒ならきっと乗り越えられる。
確信あるカカシに綱手は頷いた。
「ま、イルカも一緒のようだしな。うまくフォローしてくれるだろうよ。あとはなるようにしかならないね」
ソファに体を預けるようにもたれ込む綱手に、カカシは一礼して背を向ける。
やはり窓から去ろうとするその背中に、綱手の眼差しが細められた。
一瞬。自来也の背中が重なった。
「カカシ」
呼び止めに振り向く。
「自来也はお前の事を息子か孫のように思っていた。」
「はい。」
大事にされていた事はしっかりと感じていた。
綱手は優しく笑みを向け言葉を続けた。
「それは私も同じだ。お前もちゃんと幸せになれ。」
ジン。とカカシの胸の奥からぬくもりが広がった。
「はい。」
スッ…と静かに姿を消したカカシの気配の後に、桜の花びらが1枚舞って窓辺に落ちた。
「咲いたか…」
その花びらを綱手はそっと風に乗せ、舞い飛ばせた。
その後の日々は静かに過ぎた。早咲きの桜は五分咲き程となり、景色に彩りを添えている。
温泉街での課外授業を前日に控え、火影室にはうみのイルカが呼ばれていた。
姿勢良く佇みカカシを見るその表情は、何かを期待するようにも見えた。
「明日からのアカデミー生の課外授業の護衛には、うずまきナルト、春野サクラをつける。」
Cランク任務に振り分けられたそれに、錚々たるメンバー。しかしイルカは驚いた様子もなくただ静かに聞いている。
「それから、温泉街にて一名合流予定」
今度は本の少しイルカの顔が持ち上げられた。
その反応に、やはりとカカシは確信して笑いをこぼした。
「うちはサスケを合流させます。」
火影としての空気を払い、はたけカカシとしてイルカに話しかける。
「ご満足いただけましたか?イルカ先生。」
今度はイルカが笑う。
「子供達のために、ご配慮ありがとうございます」
あくまでも、自分からは言わないつもりのその様子にカカシは苦笑いを浮かべた。
「あなたも中々の策士ですね。ホント」
「何の事でしょう」
とぼけながらも満足気な表情に、カカシは感心すら覚える。
アカデミーを卒業した子供たちをも、いつも気にかけているイルカからの今回の申請。しかも5日後という日程。アカデミーでは以前から考えられていたのだろうが、それにしてみても急な要件。その上、校長ではなくうみのイルカの名前で。
その名前は必ずナルトを連想させ、ナルトを選出すればサクラが。そしてサスケが伴うのだ。
里に流れるサクラの噂は、イルカも聞き及んでいるであろう。それらを踏まえれば、必然となる結果。
うまく導かれたのだ。
「中忍にしておくのも、アカデミーの教員にしておくのも惜しいですね」
皮肉を交えた言葉に、イルカはわざとらしく頭を下げる。
「もったいないお言葉。光栄です」
ここにもくえない男が一人いたかと、そんな事を思いながら立ち上がり、カカシは窓から里を眺めた。
「正直なところ、どうしたものかと悩んでましたから助かりましたよ」
「何の事か分かりませんが、火影様の力になれたなら嬉しかぎりです」
隣に立ち並び、イルカも里を見つめる。
その先では子供達に囲まれたナルトとサクラの姿があった。それに気づいた彼らの同期や仲間が集まりだす。
そこに幼かった自分達と、恩師達の姿が重なった。
彼らも、こんな風に愛おしい気持ちで見守ってくれていたのであろうと、そう感じれば胸はあたたかさで極まった。
「イルカ先生。子供達をよろしくお願いします」
里の英雄。伝説の3忍。そう呼ばれる彼らも、共に成長した仲間たちも、まだまだ幼い子供で、大人たちが支え導くべき里の若葉。見守り共に生きてゆく、何よりも大切な家族。
「オレも火影として彼らの幸せのために尽くします」
「もちろん俺も同じ気持ちですよ。それこそが、我々が引き継ぎ伝えてゆく火の意志ですからね」
明るく力強い笑顔につられるようにカカシも笑う。
里の桜が満開になる頃には、きっとサクラの笑顔も咲くだろう。それを願ってやまない。
窓を開ければ春の風。
可愛らしい花びらが舞う景色の中にカカシは手を伸ばす。
指先をかすめた一枚が空高く舞い、カカシの思いをその揺らぎにのせて、導くように空の青に吸い込まれて行った。
完
久しぶりの小説に、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
書き足りない気持ちや、まだまだ未熟な箇所もありますが書き上げることができて嬉しい気持ちです
読んでいただき本当にありがとうございました