「は?え?えぇ?」
綱手の言葉にしばし沈黙が流れたあと、カカシの間の抜けた声が火影室に響き、深く腰かけていたイスが小さく軋んだ。
何を馬鹿げたことを…と見つめる先で、しかし綱手は真剣な表情でカカシを見ていた。
カカシにとってサクラは元部下であり、長い時間を共に過ごしたとはいえそういった対象ではない。なによりサクラはサスケを今でも想い続けているのだ。
サスケは今は里にはおらず、贖罪の旅とのつもりで各地を回り、大戦で戦ったカグヤの痕跡をたどりながらこの忍世界に害をなすものがないか調査中だ。いつ戻るか決まってはいないが、いずれはサクラと落ち着くのだろうと誰もがそう思っているはずだ。
「いやいや、それはないでしょ。それは…」
なによりサクラが自分をそういう対象として見ることは考えられない。
しかしそんなカカシの考えを綱手は鼻で笑ってあしらった。
「お前、それは気づいてないふりをしてるのか?それとも本当に気づいてないのかい?」
一体何の事を言っているのか、少しも意に介さないカカシの様子に綱手は片手で顔を押さえて大きくため息をついた。
「ここ最近、お前の昼飯を用意してるのは、泊まり込みの時着替えを火影室に持って来てるのは、服の洗濯をしてるのは誰だい」
問われてカカシは黙りこんだ。
それらは全てサクラがしているのだ。
だからと言ってそれは綱手が言うようなそういう事ではない。
火影に就任し、日々忙しさに追われる姿を見てサクラが甲斐甲斐しく世話をしてくれるようになったのだ。
カカシにしてみても、自宅に出入りするにあたってサクラなら何も心配はないと好意に甘えたに過ぎない。
「カカシ、サクラはいわば年頃だ。そのサクラが独り身のお前の世話をする姿は今では里では有名だ。そこに加えて、お前がいくつもきてる見合い話を断り続けている事もだ」
「いや、それはただ単に見合いだなんて、そんな余裕がないだけで…」
とは返したものの、状況だけみれば周りからそうとらえられても仕方がないのかもしれない。
「サクラとお前がいずれ一緒になる。そう思ってる人間は少なくない」
綱手の眼差しは真剣な色であった。
「軽率でした」
すぐにでも状況を変えねばならない。そう思った。
「サクラにはそんなつもりは全く…」
「そうじゃない」
言葉をかぶせて綱手はカカシに詰め寄った。
「お前本当に気づいてないのか。サクラじゃない。お前だ。サクラを見るお前の目はもうそういう目をしてるぞ」
まさか。
しかしその言葉はカカシの口からは発せられなかった。
代わりに心臓がギクリと音をたてた。
「よくよく思い出してみろ。サクラがそばにいる時の空気や時間の流れ方、心の有り様を」
言われて思い返してみる。
脳が警鐘を鳴らした。
慣れない執務。上役との会議。重い責務。それらに疲れた時にサクラがそばにいた。
その時に感じていたのは、紛れもなく安らぎと癒し。
「まさか…」
今度は言葉として発せられた。
サクラと自分を繋いでいるのは、様々な事を共に越えてきたが故の、絶対的な信頼と安心感であり、それ以上の物などと考えた事はなかった。
「いや。でも、まさか、そんな」
動揺するカカシに綱手は再びため息をついた。
「サクラをずっと見てきただろう。お前は」
まだまだ未熟であった時から、1つずつ必死に成長していく姿を。サスケの事に涙を流し、それでも諦めず進み続けた姿を。挫けながらもただひたすらに戦い続けた姿を。
どんなに辛くとも笑顔を失わずに歩き続けた姿を。
これまでのサクラが脳裏を駆け巡って行く。
「誰よりも近くで見守り続けたのはお前だ。カカシ」
思いの外あたたかい口調で言われ、カカシの胸が急に熱くなった。
「サクラを愛おしく感じるのは自然な事だろう」
そうか。
不思議なほどに体から力が抜けた。
気づいて認めてしまえば、あまりにも当たり前な事であった。
俺はサクラを…
カカシにとってサクラは誰よりも愛おしい存在となっていたのだ。