ちょうどひと月程前。シカマルから、自分達の式の日取りが決まったと報告を受けた。
カカシはもちろん喜んだが、風影の姉弟を木の葉の里に花嫁としてむかえるにあたって、様々な不安もあった。
特に懸念したのは、風影の後継ぎの問題であった。
忍里は近年かなり発展し、過去の古い風習は刷新されつつある。それでもどの里もまだまだ上役は古株で、過去からのしがらみに縛られがちだ。
そのひとつとして、影の世襲制があげられる。
木の葉においては早くにその流れは取り払われたが、全ての里がそうではない。
影を担うものは、里の表も裏も、光も闇も知る事となるため、できる限り世襲制をと考える流れは否めない。
我が子、兄弟であれば幼い頃から様々な事を徹底できるからだ。
女性とはいえ十分に影を担える力を持ち、また、次の影候補を産む事のできるテマリは、いわば砂の宝といえる。
そのテマリを木の葉にむかえるならば、いずれそれに値する対価を求めてくるだろうと、カカシはそう考えていた。
もちろんそれはシカマルも同じく。
だが、二人ともまさかそれがサクラだとは思いもよらなかった。
しかしよくよく考えてみればあり得ない話ではなかったのだ。
今回話にあがった見合いの相手を聞いて、カカシもシカマルもそう思った。
「カンクロウ君とはね」
カカシは、なるほどと胸中でつぶやいた。
我愛羅にはすでに他から縁談がいくつもきており、サスケの事もあって我愛羅自身が、サクラとの話をそれとなく拒む素振りをみせているとテマリはそう話した。
「察しの通り、砂は私が木の葉に嫁ぐ対価としてサクラを要求している。」
テマリは出された茶を一口含んで話を続けた。
「サクラは家門こそ大きくないにしても、大戦で大きな功績をあげ、今や伝説の3忍に謳われる忍だ。これ以上の人材はいない。すぐに名があがり、反対する者はいなかった」
「まぁ、そうだろうね」
「しかも、サクラはカンクロウの命の恩人だ。砂隠れとしては大歓迎のムードだ」
「そうだろうね…」
「その上サクラは薬学や医療、毒の知識もある。その方面に長けたカンクロウとは相性もいいだろう。しかも、家族の贔屓目を抜いても、カンクロウはなかなかいい男だ。優しいし、いい旦那になるだろうよ」
その通りだと、カカシは黙り込んだ。
「それに…」
テマリは言い淀んでシカマルをチラリと見た。
視線を受けてシカマルがうなだれる。
「なるほどな」
ため息混じりのシカマルに、テマリは「すまない」と気まずく返した。
テマリを木の葉に嫁がせるために、我愛羅達も強く反発できずにいるのだろう。
「いや。お前が謝る事じゃねぇよ」
シカマルがテマリの頭に手を乗せてなだめる。
「あちこちしっかり手を打ってきたつもりだったが、オレの詰めが甘かった」
テマリはその心遣いに気を取り直して話を続ける。
「カンクロウは、里のためならとこの話を納得してる。あいつには我愛羅ほどサスケを気遣うつもりはない。里を優先する考えだ。」
カンクロウとサクラか…。とカカシは想像する。
互いに友好のためのいわば政略結婚となれば、愛情は育たなくとも、共通の知識や経験を生かした研究や開発等でよい関係を築き、案外穏やかに過ごすのではないか。
しかし、サクラへの気持ちに気づいた今、自分以外の誰かがサクラの隣にいるのは許しがたい。
だが砂隠れから正式に申し込まれてはそう簡単に断る事は出来ないだろう。
あちらが心配しているように、シカマルとテマリの結婚に支障をきたすかもしれない。
「六代目、サスケに連絡を入れた方がいいんじゃないですか?」
シカマルに言われ、カカシは迷いを見せた。
サスケがこの話を聞いたら、慌てて帰ってくるだろうか。
それとも里のためならと、身を引くのか。
「だから聞いたんだ」
テマリが苛立ちを吐き出した。
「サスケは本当にサクラにそういう気持ちがあるのか?もしそれでサスケが帰って来なかったら、サクラがどれだけ傷つくと思ってるんだ」
テマリは拳を握りしめて体を震わせた。
「私はサクラの友人だ。木の葉に外交で来る中でサクラとの仲を築いてきた。互いに相談しあい、励まし合ってきた大切な友人だ。サクラには幸せになってほしい。だから、里同士の友好の道具になんかしたくない。まして、自分の結婚のために政略結婚させるなんて絶対に嫌だ!」
だからこそ、この見合い話を断るだけの大義名分が必要なのだとテマリは言った。
「もしサクラとサスケが結婚の約束をしているなら、それが口実になると思って確かめに来たんだ。サスケは、まぁ色々あったがそれでも世界を救った1人だ。火影とナルトが口添えすれば何とか通るだろうからな。」
しかしテマリが木の葉に来て、いのやヒナタに聞いた話は思いもよらない物であった。
「結婚の約束とまではいかなくとも、サスケと付き合っているのかと思っていたら、そうではない上サスケの気持ちを誰もはっきりと知らないし、今では火影のあんたとの噂が上がってるっていうじゃないか。もしふたりが同じ気持ちでそうなってるなら、それがこの見合い話を断る一番の理由になる。」
それで慌てて確認に来たのかとカカシはそう思いながらも、言葉を詰まらせた。
そんなカカシの代わりにシカマルが口を開いた。
「確かに里の中にはそんな噂が上がってる。だがあり得ない。六代目がサクラにそんな感情持つなんて。ですよね、六代目」
いわばアスマがいのに恋愛感情を持つような物だ。想像もつかないと、シカマルはカカシを見た。
しかし、カカシはどこか気まずそうに視線を逸らした。
「あー。まぁ、なんだ。その…なんていうか、サクラはそうじゃないとは思うけどね。」
シカマルの額からひと粒汗が滑り落ちた。
「まさか、本当に…」
信じられない。との眼差し。しかしシカマルはすぐにそれを否定した。
「でもまぁ、よくよく考えれば別に不思議な話でもないのか。サクラの近くにいつもいたのはカカシ先生だしな」
火影と補佐官ではない口調に、その場の空気が随分と軽くなった。
「それで、カカシ先生」
シカマルの言葉をテマリが継いだ。
「どうするつもりなんだ?」
カカシはすっかり冷めた茶をすすり飲んでしばし考える。
もちろんサクラを砂隠れに行かせる気はない。今となってはサクラの隣にサスケがいる事を想像するのもいい気がしない。それでも…
「少し時間をくれ。」
「あまり猶予はないよ。我愛羅が木の葉に到着するのは10日後だ。その時にはっきりとした事実がない限り、厳しい状況になる」
カカシは「分かってる」と返して茶を飲み干した。
「私はサクラに幸せになってほしい」
念を押すようにテマリが言う。
「サクラの気持ちを考えれば、サスケと一緒になるのがいいのかもしれない。だけどはっきりしないサスケには正直腹がたっている。だから、あんたがサクラの気持ちを動かせるならそれがいいとも思う。」
テマリは複雑な表情を浮かべていた。シカマルも。
サクラの身近にいる人間は皆同じ気持ちだろう。
サクラにはサスケと幸せになってほしい。だが、サスケの気持ちがはっきりと分からないまま、寂しい思いをしているサクラを救いたい。
そしてそれができるのはカカシだけなのだと。
それはカカシにも分かっていた。