桜色に手をのばす   作:かなで☆

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第7話『苛立ち』

 火影棟へと続く道すがら、今までの事を思い出しているうちに、カカシは「そういえば」とふと立ち止まった。

 昔良く行った飲み屋が近くにあったはずだと思い当たる。

 大通りからは少しはずれた場所にあり、人目につきにくい事から暗部達も時折使う店であった。

 騒がしくなく、静かすぎず。ゆっくりと落ち着いて酒が呑める良い店だ。

 「焼き魚がうまかったんだよな」

 思えば、夕方シズネから差し入れられた握り飯を食べただけであった。

 サクラの事をあれこれと考えているうちに忘れていた空腹が一気に襲いくる。

 「ちょっと行ってみるか」

 確か大戦後に店を建て直したはずだ。カカシは細い路地へと足を踏み入れた。

 静かな道を突き当たると、以前と同じ店構えが目に入り、暖簾が揺らめいていた。

 懐かしさに笑みがこぼれる。

 妙な安堵感を胸に暖簾をめくると、すり硝子のドアの向こうに人影が見えた。

 誰か出てくるのかと体を引き、しばし待つ。

 開いたドアの向こうから現れたのは見知った顔だった。

 くわえ楊枝にバンダナ型の額当て。千本を使った戦いを得意とする特別上忍。

 「ゲンマ」

 呼ばれて顔を見合わせ、ゲンマは小さく舌を鳴らし、すぐ様にこやかな表情を浮かべてみせた。

 「六代目じゃないですか。」

 年はカカシより3つ程上だが、以前からカカシには時折敬語で話しかける。カカシのエリート性を皮肉っての言葉遊びのような物であったが、カカシが火影になってからは自然とそういう事の方が多くなっていた。

 「珍しいですね。」

 ハハ…と、不自然なまでの笑顔にカカシは訝しげに返す。

 「お前今舌打ちしなかった?なに?何か良からぬことを企んでるんじゃ…」

 ずいっと詰めより、言葉半ばにギョッとして言葉を失う。

 ゲンマのその腕の中に誰かが抱えられていた。

 一瞬、隠す素振りをみせたゲンマより早く、カカシが動いた。

 ゲンマから奪い取るようにその人物を引き寄せる。

 桜色の髪が揺れた。

 抱きとめるが反応がない。眠っているようであったが、それでも一瞬開いた瞼の中に、翡翠色の瞳が見えた。

 「お前…」

 サクラに何かしたのかと睨みつける。

 「何もしてませんよ。」

 さほど怯んだ様子も見せない。

 「一緒に飯食って飲んでたら寝ちまったんですよ。それで家まで送ろうと思っただけです」 

 抱きとめたサクラを見れば、不安定な姿勢にも関わらず目を覚ます様子もなく眠っている。

 「一体どれだけ飲ませたんだ」

 ナルトやいのから聞いた話では、サクラは酒に弱いタイプではないはずだ。

 こんな状態にした上、送る口実で今は一人暮らしのサクラの部屋に上がり込むつもりかと、カカシは殺気立った。

 「お前まさか、サクラに気があるのか?」

 無意識に、サクラを支える手に力が入る。

 チラリとそれを目に留め、ゲンマは開いたままになっていた店のドアを後ろ手に閉めた。

 「だったらどうなんだよ」

 突然に話し方を昔のそれに変えてカカシに向かって一歩足を踏み込み、ただ真顔のままで見据える。

 本心を読みきれないその表情は、多くの場面でゲンマが見せてきたものだ。

 かつて4代目火影の護衛を務めたほどの高い戦闘能力の持ち主であるが、4代目をはじめ歴代の火影から評価されてきたのは、冷静沈着な判断力と相手に思考を読ませぬ感情のコントロール力。

 その能力は、カカシを相手にしても遺憾無く発揮されていた。

 「いや、お前…でも」

 ゲンマとサクラでは自分よりも年の差があると、それを口にしかけてカカシはつぐんだ。

 それはもはや問題ではないのだと身を持って実感している。しかし、一体いつの間にそんな事になっていたのか。驚きを隠せない。

 「だとしても、このやり方はないだろ」

 酔わせて連れ帰るなど…

 「いい大人のやることじゃない」

 今度はゲンマが小さく息を吐いた。

 「サクラはほとんど飲んでねぇよ。最初に頼んだ生ビール半分飲んだだけだ」

 「それでこうなるわけないだろ」

 しかしゲンマは「本当だって」と、今度は少し笑いながら返した。

 「サクラは最近かなり忙しかったからな。疲れがたまってたんだろ。明日は久しぶりの休みらしいし、気が抜けたんじゃないか?食べるのもそこそこに寝ちまったんだよ」

 随分とサクラのスケジュールを知っている様子に、胸の中にモヤがかかる。

 「せっかくの休みの前の夜に、何でお前と2人で飯食ってんのよ」

 どうにも気に入らない状況に苛立つカカシとは逆に、ゲンマはどこか得意げな態度をみせた。

 「結構前からオレとサクラは飲み仲間なんでね。サクラから聞いてないのか?」

 思いもよらない言葉にカカシは動揺していた。

 どこにそうなる程の接点があったのか。一体いつから、どれくらいの頻度で会っているのか。なぜ自分にそれを話してくれなかったのか。言えないような何かがあるのか。

 「1年くらい前からだよ。」

 まるでカカシの疑問に答えるようにゲンマが言った。

 「何回かこの店で偶然会ってから一緒に飲むようになって、休みの前は大体2人で飲んでる。色々相談受けたりしてな」

 「相談って、サクラがお前に?」

 「まぁ、大体がサスケの事だ。オレはサクラ達の初めての中忍試験で試験官だったしな」

 なるほど。と少し納得する。

 サスケの人生を大きく変えるきっかけとなったあの中忍試験。その場に居合わせたゲンマにならサスケの事を話しやすかったのかもしれない。カカシはそう考えながらも、なぜそれが自分やナルト達ではなかったのかと、サクラに視線を落とした。

 またもやカカシの思考に答えるようにゲンマが言う。

 「六代目は忙しいしいでしょうし、幸せムードたっぷりの同期達にはサスケへの悩みなんて相談できないでしょうからね」

 皮肉った口調に『ちょっと考えれば分かるでしょ。』と、ヤマトの声が重なった気がした。

 「とにかく」

 ゲンマがサクラに手を伸ばす。

 「今日はオレが誘ったんだ。オレが責任もって送り届ける」

 しかしカカシがその手を払った。

 「それは容認できない」

 確実に。そしてかなりカカシは苛立っていた。

 自分の知らない所で自分ではない男を頼り、夜に2人で酒を飲み、無防備にも寝落ちして触れられて、連れ帰られそうになっているとは。

 しかも、この店をサクラに教えたのは他でもなくカカカシであった。何もかもに腹が立つ。

 カカシは口当てのなかでグッと唇をかんだ。

 サクラやゲンマに腹をたてているのではない。こんな事になっているのは全部…

 「お前がはっきりしないからだろ!」

 とうとう怒りをあらわにしたゲンマが語尾強く吐き出した。

 「容認できない?何言ってんだカカシ。普段接点のなかったオレを頼らせたのはお前だろうが。もちろん元々の原因はサスケだが、サクラがお前に助けを求めてた事に気付かなかったのかよ」

 サクラがカカシの為に色々としてきたのは、何かとそばにいようとしたのは、寂しさを埋めて欲しかったからだ。

 サスケを想う気持ちに変わりはない。それでもやはり淋しく、誰かに寄り添ってほしいと、本能が求めていたのだ。

 「お前がいつまでたっても行動を起こさないから、オレが動いただけだ」

 普段見せないゲンマの本気で苛立った様子にカカシは意を突かれて黙り込んだ。

 「サクラはそれでも必死に前向きに生きようと、いつもほとんど弱音ははかなかったよ。」

 ゲンマは一度言葉を切って、サクラを見つめた。その視線がまっすぐにカカシに向かう。

 「オレは本気だ」

 真剣な眼差しに、カカシはやはり何も返せなかった。

 「色々考えて結構長く我慢してきた。けど、もうオレも限界なんだよ」

 再びゲンマがサクラに手を伸ばす。だがやはりそれをカカシが拒んだ。

 すんでの所でゲンマの手首を掴み止める。

 正直な所、ゲンマの言い分に反論する余地はない。話を聞く限り本気でサクラに気持ちを寄せているし、サクラの強さも弱さも、見守ってきた事がわかる。それでも、サクラに触れさせる事はできなかった。

 「ゲンマ」

 カカシの手に力が入り、掴まれた手首が軋み痛んだ。

 ゲンマは警戒した。

 カカシの体からの圧が強くなっていくのを感じ、まさかこんな所でやり合うつもりなのかと、額に汗を浮かばせた。が、ややあってカカシは体の力を緩めてゲンマの手を離した。

 深夜に近づき始めた夜の冷たい空気から守るように、カカシはサクラを火影の羽織で包む。

 「ゲンマ。頼む」

 その声があまりにも切なさを漂わせ、ゲンマは言葉をなくした。

 てっきり、殴られるか言い争いになるかと思って覚悟をしていたというのに、まさかの言葉であった。

 火影としてではなく。上忍としてでもない。里の誉の名を使うでもなく、ただ一人の男としての言葉に、カカシのサクラへの想いを汲み取った。

 ゲンマはややあってから大きく息を吐き出した。

 「今回だけだ。次は渡せないからな」

 「すまない」と、そう言ったカカシの声が届いたかどうか。ゲンマの姿は静かに消えていた。

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