時間の経過とともに空気はどんどんと冷たさを増していた。月も星もその分美しさを際立たせたが、それよりも映えたのは夜の中に光るカカシの銀色の髪。
輝きをなびかせながら、カカシはサクラを抱きかかえ、並ぶ建物の屋根づたいに里の中を駆けていた。
風邪をひかせるわけにはいかない。少しでもあたたかくと、深く抱きしめる。が、波打ちを隠せない鼓動にサクラが気づくのではないかと少し気まずい。
自分の気持ちを自覚してから触れるのが、こんなにも緊張するものなのかと驚く。
「…ん」
サクラが小さく見じろいだ。起きたのかと様子を伺うが眠ったままだ。よほど疲れが溜まっていたのだろう。
勤務状況を確認しなければならないなと、そんな事を思う。
「あんまり無理するなよ」
カカシが抱えた手を少しずらして髪を撫でると、サクラは眠ったまま擦り寄りカカシの胸元をキュッと掴んだ。
「っ!」
思わず立ち止まる。
うるさく脈打つ心臓。足の先から全身に巡る熱。数センチしかない距離で、カカシとサクラの呼吸から生まれた白い染まりが混じり合う。
目を閉じたままのサクラの唇が小さく動いた。
「カカシ先生…」
甘い声。頭の奥がジン…と熱くなる。
「サクラ」
無意識にサクラを抱く腕に力が入り、伴って互いの唇が近づく。
が、まるでその距離を振り払うように、カカシは空を仰ぎ見た。
「何やってんだ。オレは」
月に向かって大きく息を吐き出す。
「情けないな。ホント」
もう一度息を吐き出し何とか気持ちを落ち着かせ、カカシは再び駆けた。
ややあって、たどり着いた先でカカシはホッと安堵する。時間が時間なだけに、起きているか心配したが、目指した家の窓から灯りが漏れている。
サクラを抱えたままでドアをノックする。
少ししてから現れた気配に声を掛けた。
「こんな時間にすまない」
「えっ?!六代目?」
浮かんだ動揺と同時にドアが開く。
長い金色の髪が揺れ、淡い空色の瞳が驚きに揺れた。
幼い頃からサクラと共に過ごしてきた親友。山中いのの姿がそこにあった。
サクラを自分の家に連れ帰るわけにはいかず、サクラの家に一緒に入るわけにもいかない。どちらも理性が保てそうになかったカカシが、今最も頼れるのはいのであった。
サクラの実家にとも思ったが、娘が外出先で男と食事中に寝てしまったとしれば心配をかけるだろう。そう思っての選択。
いのはサクラと同じく今は実家を離れて1人暮らし。
しばらく前から付き合い出したサイは昨日から長期任務。サクラを泊める事は可能だろう。とは言え、急な訪問は申し訳がない。
「突然悪いね。いの」
「どうしたんですか?…って!サクラ?!」
カカシの腕の中で眠るサクラに目を見開く。
「一体何が!」
サクラの様子を確かめるいのに、カカシは「眠ってるだけだから」となだめる。
「外で夕飯食べてる間に寝ちゃったらしいのよ」
「らしいって…。あ、まさか」
いのがハッとしたように顔を上げた。
「ゲンマさんと?」
すぐに思い当たったその様子に、本当に2人はよく会っていたのかと、自分の知らないその時間に腹を立てた。
眉間にシワを寄せたカカシに、いのは一瞬のためらいを見せて苦笑いを浮かべた。
「やっと気づいたんですか?」
綱手と同様に、カカシのサクラを見る目がそういう物だと、いのも気付いていたらしい。
今度はカカシが苦く笑った。
「サクラを頼めるか?」
いのは頷いてカカシを中に招き入れた。
「とりあえず、私のベッドに…」
寝室のドアを開けて促す。カカシはそっとベッドにサクラを寝かせて布団をかけた。
静かな寝息。カカシはホッと息をつく。
「この子最近、かなり忙しくしてたから」
いのがサクラの顔を覗き込んだ。
「多分、わざと忙しくしてたんだと思います」
何も考えなくていいように。がむしゃらに働いて、仕事の事で頭をいっぱいにしようとしたのだろう。
「オレのせいだな」
安心して心身共に寄せられるのは自分だけであったのに。気持ちを汲んであげられなかった事が情けない。
「六代目だけのせいじゃないですよ」
そうかもしれない。だが、やはり不甲斐なかったのだと自分を責めた。
「カカシ先生」
懐かしい呼び方に、空気があの頃に戻る。
「先生はどうするつもりなんですか?」
不安気な表情でカカシを見つめる。
「私は、今でもやっぱりサクラにはサスケくんとうまくいってほしいと思ってます。必死にサスケくんの為に戦ってきたサクラを見てきたから。でも、最近のサクラは正直見てらんない。」
咲き頃をむかえ艶をまといながらも、想い続けてきた男はそばにおらず、その気持ちすらはっきりとしない。溢れる寂しさを抑えきれないのだ。
「何か、無防備っていうか、危なっかしくて…」
ヤマトの同じ言葉が蘇る。
数日サクラの様子を見ただけのヤマトでさえもそう感じたのだ。誰よりも仲の良いいのは、どんなに心配している事か。
「すまない」
火影としても、かつての上司としても、1人の男としても、申し訳がないと思った。
「カカシ先生…」
いのは複雑な眼差しでカカシを見つめた。
「私サクラには幸せになってほしい。」
カカシは頷く。
「オレもだよ」
「サクラは今でもやっぱりサスケくんを好きなんだと思う。だけど正直サスケくんの気持ちが私にはわからない。ちゃんと聞いたことないし。」
離れていた時間も長く、大戦後は仲間との交流もそこそこに旅に出たのだ。当然だろう。そしてそれはサクラも同じなのだ。
サクラにはサスケが。との勝手な思い込みで、サクラのその不安に気づけなかった。改めて不甲斐なく、カカシはサクラに視線を向けた。
「そりゃそうだよな」
愛おしげな色を浮かべてサクラを見るその眼差しに、いのはためらいながら言葉を紡いだ。
「サクラの気持ちを動かせるとしたら、それはきっとカカシ先生しかいない。サクラもそれを感じてると思います。だから…」
一度言葉を飲み込んで、いのは意を決したように瞳を強く色づかせた。
「サクラを守ってあげて下さい」
悩んだ末のその気持ちを受け止めて、カカシは柔らかく笑みを見せた。
「オレが何とかする」
何とかしなければならい。これ以上サクラに寂しい想いはさせたくない。
誰よりも悩み苦しみながら頑張ってきたのだ。
誰よりも幸せになるべきで、そしてそこに導くのが自分の役目なのだ。
「心配するな」
いのは心底ホッとしたように頷いて目尻に涙を浮かべた。
「とりあえず、今日のところはサクラを頼むよ」
空気を変えようとカカシが努めて明るい声で言う。
「わかりました」
同じく明るく答え、いのは自分が使う布団を取りに部屋を出た。
カカシはサクラが眠るベッドに静かに座り、そっと髪を撫でて見つめた。
「すまなかったな。サクラ」
愛おしげな声が静かな夜に溶け込んだ。