桜色に手をのばす   作:かなで☆

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第9話『止める手』

 昨夜の冷え込みが嘘のように、今日は朝からあたたかい。早咲きの桜はますます蕾を膨らませ、その先を広げはじめていた。

 「いよいよだな」

 もう今日の午後には開花する蕾もありそうだと、カカシは日差し眩しげに目を細めた。

 その先に、ふと火影棟の下を歩く人影をとらえて眉間にシワを寄せる。

 今日は休みであったはずのサクラが白衣を羽織ってそこにいたのだ。

 「しょうがないやつだね。ホント。」

 気になる仕事があったのか、緊急の患者か。

 どちらにしても、あとで様子を見に行って帰らせようと、仕事に手を付けてゆく。

 シカマルがいくつかを引き受けてくれているというのに、書類の量は増える一方。

 戦いではなく、こういった書類仕事が増えたのは平和になった証拠。とはいえ、ほぼ1日机に拘束されている状態だ。ストレスを感じずにはいられない。

 かつては任務で休みなく戦い、多くの命を奪ってきた自分が、こうして1日書類を見つめているなどカカシは今でも信じられない。

 「こんな時代がくるとはねぇ」

 1枚手に取れば、その内容に柔らかく目が細められた。

 アカデミーからの申請書。書かれていたのは、アカデミー生の課外授業の許可申請であった。

 「温泉街への二泊三日ね」

 フ…と笑みがこぼれる。

 温泉街は確かに護衛対象の宿泊に使われる場所ではあるが、そう頻繁にあるわけではない。

 観光施設が多く、アカデミー生にとっては楽しい時間になるだろう。

 書類の目的欄には『将来的な要素を踏まえた視察』との文字。

 「ただの旅行でしょ」

 ハハ…と笑いが落ちた。

 自分達の時代では、課外授業といえばサバイバル演習が主であった。

 本当に平和になったものだと読み進めると、備考欄には護衛をつけて欲しいとの旨が書かれていた。

 確かに、あちらこちらから人の出入りがある温泉街には、子供たちの護衛が必要だろう。

 「出発は5日後か」

 申請者にはうみのイルカの名前。ナルト達の恩師だ。

 カカシは、アゴに手を当て考えを巡らせた。

 「なるほどね」

 書類に許可の印を押し、ピュイっと小さく口笛を鳴らす。

 すぐに暗部が姿を現し、カカシからその書類を受け取って姿を消した。

 手を止めず、カカシは任務の司令書の作成に入り、書き上げたそれを持って火影室から出た。

 「火影様。どちらへ」

 扉の向こうに控えていた護衛の忍が声をかけるが、足を止めずに進む。

 「木の葉病院へ行く。護衛は不要だ」

 思いの外発した声が明るく、何か吹っ切れたような気がした。

 外に出れば、あたたかい陽射しに胸が静かに弾みながらも癒される。 

 気持ちが定まれば、同じ景色も違って見えた。昨日まで桜の開花に焦りを感じていたというのに、今では待ち遠しく愛おしい。

 景色を楽しみながらも、やや急ぎ足で木の葉病院へと向かう。

 正面から入れば目立ち、皆が手を止めてしまうだろうと、裏手に回り壁をつたって3階廊下の窓に手をかけのぞきこむ。

 向かった先、サクラの部屋の前にシカマルが立っていた。

 どうやら何か書類を持ってきたらしく、中に入る前に内容をもう一度確認しているようであった。

 「シカマル」

 窓を開けて声をかける。

 突然の事にシカマルがギョッとしてカカシに駆け寄った。

 「六代目!何かあったんですか?」

 驚かせてしまったかと、カカシは頭をかいた。

 「いや、何もない。大丈夫だ。サクラにちょっとね」

 チラリと部屋の扉に目を向けながらシカマルの手から書類を抜き取る。

 「これサクラに渡すの?」

 シカマルはしばしためらった後に頷いた。

 「オレから渡しておくよ。急ぎの案件か?何か伝えることは?」

 「いえ。急ぎではないです…。渡せば、分かります」

 どこか戸惑いを含んだ口調。

 サクラに何の話をしにきたのか、サスケの事はどうなったのか、サクラをどうするつもりなのか。そんな不安が表情に出ていた。

 「不安にさせてすまなかったな。心配するな。砂の姫にもそう伝えてくれ。」

 落ち着きはらったその空気に、シカマルはホッした顔を見せて一礼を残して背を向けた。

 しっかりと見送ってから、カカシはドアを小さくノックする。

 「サクラ。今いいか」

 少し待つが返事がない。しかし中に気配は感じる。

 どうしたものかと悩んだが、まさか倒れているのではと不安になり、そっとドアを開く。

 「入るぞ」

 中を覗き込む。ちょうど正面に置かれたデスク。そこに自身の腕を枕に、眠っているサクラが見えた。

 やはり疲れが取れていないのだろう。

 静かに近寄れば小さな寝息が聞こえる。少しだけ開いた窓からは時折柔らかい風が流れ込み、サクラの美しい髪を撫でては消えてゆく。 

 そっとデスクに書類を置き、風で飛ばぬよう何かで押さえようと見回して写真立てが目に入る。

 はじめて4人で撮ったあの写真であった。

 まだ本当に幼い子どもの顔で写るサクラたち。今となれば自分さえも未熟に見えた。

 写真立てを手に取り、思いを馳せる。

 彼らは本当に様々な事を乗り越えてきた。時には間違いながら、すれ違いながら。それでもいつか必ず。自分達ならきっとと、そう信じて戦ってきた。

 それでもやはり辛く、悲しく淋しく、そして心細く。けれども、やっとここまでたどり着いたのだ。

 「本当に大変だったよな」

 写真立てを戻し、近くにあった巻物を書類に乗せて押さえる。

 風が吹き。揺れたサクラの髪がカカシの手に一緒触れた。

 その場所からカカシは手を動かせずにいた。

 何かに耐えるようにグッと力を入れて手を握りしめる。

 それに動かされた書類がカサリと音を立てた。

 「カカシ先生…」

 目を閉じたままのサクラが呼んだ。

 トク。とカカシの胸が音を鳴らす。

 昨晩近づいた空気が蘇り、サクラを見つめる眼差しに熱が宿る。

 握りしめた拳がゆっくりと開き、サクラにむかう。

 頬にかかった桜色の髪を掬い取ろうと手を伸ばし、止まった。

 「だめだ」

 それはカカシの声ではなかった。

 一体いつの間にそこにいたのか。声の主がカカシの手を掴んで止めていた。

 本の少しも気づかせずに、カカシの後ろに立てる人間は数少ない。

 「だめだ。カカシ先生」

 切実に訴える声。

 そうか。と心でつぶやき振り返った。

 「お前は止めるんだな。ナルト。」

 敬愛してやまない師の大切な存在。火影の立場からも、そして何より、同じ木の葉の忍として大切な存在。

 ナルトの姿がそこにあった。

 「カカシ先生、ダメなんだってばよ。サクラちゃんは、その、何ていうか…。色々オレも分かってるんだけど、とにかくちょっと待ってくれってばよ…」

 最近のサクラの様子はもちろんナルトも気づいていただろう。周りからも何かと聞かされていたであろう。

 それでも、やはりサクラとサスケに一緒に幸せになって欲しいという気持ちは誰よりも大きい。

 複雑な表情でカカシを見つめていた。

 こんな顔をさせてしまうとは。心の中でナルトの両親に謝罪の言葉を述べた。

 「ナルト。分かってる。大丈夫だから心配するな」

 今だ掴んで離さぬままのナルトの手をゆっくりとほどいて、優しく肩を叩く。

 「ちゃんと分かってる。オレに任せてくれ。」

 長く深く共に過ごしてきた2人。全てを話さなくとも信じ合える絆がある。

 ナルトは安堵して頷いた。

 その表情に幼い頃のナルトが重なり、愛おしい。

 もう一度肩を軽くたたき、カカシはサクラに目を移す。

 「とりあえず、サクラを家に送ってやってくれ。今日本当は休みなんだよ」

 「え?サクラちゃん、また無理して。」

 呆れた口調でナルトはゆっくりとサクラを抱きかかえて窓を開けた。

 少し強い風が吹き込み、春の香りが部屋に広がった。

 「カカシ先生」

 窓に足をかけ、ナルトが振り返る。

 「ありがとうな」

 光を背に、笑顔を残してナルトが姿を消した。

 「相変わらず眩しいやつだね、ホント」

 小さく笑えば部屋を包む柔らかい香りが身にしみて心地よい。ゆっくりと吸い込んで呼吸する。

 「さてと」

 窓を閉めて、もう一度写真立てを手に取る。

 この時には考えも及ばなかった様々な事を超えて今があり、そして未来が作られていく。

 その未来がより良い物であるように、出来ることをしなければならない。

 「テンゾウ」

 静かに呼ぶ。数秒後、暗部の面をつけたヤマトが現れて控えた。

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