スーパーミレニアムゲーム、始まる。
5・ミレニアムゲーム
「………あの、もう一度……言ってください」
「なんと言いましたか? もう一度……判るように、お願いします。私は今、冷静さを、失おうとしています」
清々しい、1年生の時ぶりの安眠。気持ちのよい……身体の強張りの抜けた、穏やかな起床を迎えた桐藤ナギサは今……復帰初日のティーパーティー執務室で困惑していた。
「もうしわけ、ございません……」
「願わくば……どうかお慈悲を……」
「キヴォトスは今、桐藤生徒会長の助けを必要としております」
「倒れた連邦生徒会長代理、七神首席行政官に代わり、深くお詫びいたしますので、どうか……どうか、ご支援を賜りたく……」
何故連邦生徒会の面々が此処に居て、床に片膝をついて頭を垂れ、よくわからない懇願をしてきているのか。
「……セ、セイアさん、セイアさんは? どこにおられるのです? 今のティーパーティーのホストは彼女の筈です。天田さん、彼女は今何処に」
「ナギサ様……セイア様は……」
「騒乱の沈静化を見届けるようにして、お眠りになられました……お声がけしても、お部屋から出てこられません」
何故後事を託した筈の百合園セイアが既に倒れているのか。
何故同じくティーパーティーの役員達も、連邦生徒会の面々と同じ姿勢で自分に平伏しているのか。
そして幼馴染、心の支えだった、聖園ミカは……。
「ならっ、ならミカさんは!? 伊藤さん、ミカさんは何処に!?」
「ミカ様は……現在取り調べ室にて……」
「ど、どういうことなのですっ!?」
「全壊し消滅した演習場について、事情を聞いていると……」
「ナギサ様……もう一つ、お伝えしなければならないことが……」
「ま、まだあるのですか!?」
「12使徒が全滅しております、骨折を含む重症です」
「…………」
理解の限界を超えた桐藤ナギサは胃を押さえて椅子から崩れ落ち、4時間ぶり二度目の寝台に横たわる住人へと戻った。それは卒倒と称していい光景であった。
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「あ、先生。お疲れ様です、ミレニアムへようこそ」
゛やあ、ユウカ。またきたよ゛
「またゲーム開発部の件ですか? あんなことが起きたばかりで忙しいのに、あの子達ったら……」
゛大丈夫だよ、楽しくもあるしね゛
「連邦生徒会はまだすごいことになってるって聞きましたけど……でも先生が着任された日なんか対応酷かったですから、本来するべき仕事なのは確かなんですけどね」
゛リンちゃんが倒れちゃったからねぇ゛
火の7日間、そう呼ばれた騒乱の終結宣言を発した連邦生徒会だったが、その機能は連邦生徒会長失踪の当時よりも更に悪化していた。言うまでもなくトリニティの12使徒、その全開暴力行使の代償に他ならない。
鎮圧はできた、しかしキヴォトスの中心部は大体どこも火の海になった。
人々は制限解除された12使徒の本気の猛威に改めて慄いたが、同時にその力を統率してきた桐藤ナギサのカリスマと先見、そして不在だとしても麾下の変わらぬ忠誠に感謝し、この圧倒的な力を容赦なく振るうと決めたホスト代役、百合園セイアの果断さに恐怖した。
レッドウィンターや山海経・百鬼夜行等の自治区は距離があったため争乱の影響は少なく、自治区は助かったが、人・物の移動制限は重くのしかかり、痛手はあるも無傷で健在。
ハイランダーも損害こそ大きいが早期終結が功を奏し、三大自治区を始め中小学区も再建可能なレベルに収まっている。戦いは終わった。であれば、待っているのは行政側の後始末である。祭りは片付けが、一番疲れるものなのだ。
シャーレの書類地獄は先生の危機とユウカ達、事件の被害が殆どなかったミレニアムのセミナーを中心とした有力メンバーが集まり、大体は処理される運びとなった。が、連邦生徒会そのものは普通に見捨てられていた。
これまでの各自治学園への冷淡な態度を思えば仕方のないことであったが、行政機関の麻痺は本来とても不味いことである。それを知って尚このような手段に訴えるあたり、相当な憤激が溜まっているのが窺える。
自治不干渉を理由として有事に力を貸してこなかった、そんな現在の連邦生徒会を助けてくれる勢力など……先生を除けば実質一つしかない。
「また先生や桐藤さんに負担が……腹は立ちますけど、倒れたばかりの桐藤さんを助けないわけにはいかないですし」
゛ありがとうね、ユウカ゛
「いえ、私達ミレニアムは桐藤さんに大きな恩がありますし、もちろん先生にもお世話になってますから、このぐらいは」
「現状はどうですか? 桐藤さんが行政官代行に名義貸しして、トリニティ生徒を送り込んだことで大分沈静化したとは聞いています。ミレニアムからも送りましたが、力になれたかどうか」
゛もうすぐリンちゃんが復帰するそうだから、助けてくれていた皆も学園に戻れると聞いているよ。ありがとうね゛
七神リン首席行政官の過労昏倒によって発生した連邦生徒会中の混乱は、不知火カヤ防衛室長発案の「桐藤ナギサ様に連邦生徒会入りして頂く」という案が再度トリニティ側に持ちかけられ、これは激しい反発をもって再び却下されるも。支援のための人員を送ってほしいという懇願は受理され、一時的にティーパーティーからの出向という形で何名かがD.U.に向かった。
12使徒が暴れたツケを払わなくてよかった筈のティーパーティーメンバーは結局、連邦生徒会に送られて同じ目に遭う運びとなったが……病み上がりで早速苦しめられるナギサを見かねたミレニアムと、先生のお願いの成果か、なんとゲヘナからも人員が提供され想像していたよりも遥かに楽になっていた。そのせいか連邦生徒会メンバーに対して若干忘れかけていたトリニティ仕草で派遣された彼女達は応対したものの仕事は順調、マンパワーは偉大なり。
連邦生徒会は各学園から優秀な生徒が移籍する形で集められたエリートの集団である。適切な人員配置が行なわれれば業務は円滑に進む。本来はそれだけの規模の人員が必要なのだと思われたが、それを現在の人数で回せる体制で作ってしまったのが、失踪した連邦生徒会長、ワンマンの弊害である。
その個人に依存する体制の弱点はトリニティも変わらない、そも火の七日間は連邦生徒会長に匹敵する影響力を備えた人物の不予から始まる事件だった。
だが、トリニティと連邦生徒会との相違点は層の厚さにある。桐藤ナギサの代役を努めた新ホスト、百合園セイアは、あの凄まじい煉獄の一週間……トリニティという巨船と傘下自治区という船団の舵を完璧にコントロールして見せた。
果断とも言える12使徒のシャーレ、連邦生徒会への出向を始め、未来予知に等しい先見と冷徹な判断力、有無を言わさぬ果断さで全てに対処してみせたそれは、まさにトリニティの3頭の1角だと示すに十分。元々身体が弱く現在は過労で倒れているとはいえ、その実力は疑うべくもない。トリニティはこの争乱で殆ど被害を受けていないのだ。
ティーパーティーの人材層が厚いことは外部からも常に見て取れていた。でなければ数多の他自治区の面倒を見ながら、あのような巨大学園と自治区を運営できる筈もない。
理想の連邦生徒会の姿。それをトリニティ・ティーパーティーに見ているのは、何も庇護下にいる自治学区だけではない。何より連邦生徒会の内部にもその向きはある、桐藤派はその筆頭だ。
機能不全の統治機関、連邦生徒会。
その機能を部分的に代行している自治学区の存在。
歪な権力構造の欠陥と弊害。理想と現実の相違が生む混乱。
学園都市国家キヴォトスは混迷を深めていた。
このキヴォトスの脆弱な政治体系について、ミレニアム・セミナーを背負うユウカは思うところもあったが、来年自分が至る予想、未来、立場を考え押し黙っていた。理解したくなかったとも言える。
そう、ユウカは2年生。来年には会長のリオは居ない、そして何より……慈愛の君、桐藤ナギサがトリニティを去る。その中でミレニアムを背負う責任、あまりにも重く伸し掛かる破滅の予感。それを感じながらも……あえて考えないようにして、今は尊敬する先輩達と、気のおけない仲間、手のかかる後輩と共に過ごす日々、そして先生へと意識を向けた。
゛そうだ、ユウカ。シャーレの権限で1人外部生をミレニアムの立ち入り制限エリアに入れたいんだけど、いいかな? トリニティからなんだけど゛
「はい、トリニティからなら大丈夫です。どなたですか?」
゛ここで落ち合う予定なんだ、えっとね゛
その時、ミレニアム・セントラルホールにざわめきが広がった。受付の生徒ですら、動揺を隠せないその生徒とは……。
゛あ、着いたみたいだね゛
「って!? あれは!?」
先生とユウカに向けて、真っ直ぐに歩いてきたティーパーティーの白制服を身にまとった有翼の生徒。M14小銃を隙無く、しかし攻撃の意思を感じさせないよう配慮して抱えた、洗練された立ちふるまい。身体の軸が全くぶれないその歩みは優雅でさえある。
「じゅ、12使徒の!? 病院に居たはずじゃ!?」
驚くユウカに対して、そして先生に、12使徒の1人は優雅なカーテシーをもって、挨拶を済ませた。
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12使徒、入院。
その衝撃的なニュースがキヴォトスに広まるも、混乱は意外にも少なかった。のちに火の7日間と呼ばれた騒乱も、既に沈静化に向かった後の話であったからだ。
流石にこれだけ殴られていると、入院した?じゃあやり返そうなどという気力も体力も残っている勢力はいなかった。それに空崎ヒナが健在で、SRTさえ活動再開している状況で何ができるという話。大体騒乱のあった地区はもう概ね火の海になった後である。
終わってみれば何も得るもののない、無益な争いであった。重軽傷者は万に届くのではないかと思われ、砕かれた建造物や車両といった失われた資産も山のようにある。誰かの失踪騒ぎで少し前にも見た光景であった。大きなお祭りの連続に流石のキヴォトス人も疲れ切り、もう一週間ぐらいは銃撃たなくてもいいな……そのぐらいに人々は戦いに疲れ果てていた。
その破壊の当事者12使徒も、疲れていなければおかしいのである、入院したところで特に不思議はない。
そもそも丸6日間、移動に使うティルトローター機「ティーポット」の給油・補給以外、殆ど24時間飛び回っていたので、正直人間の限界を超えている活動量であったことは周知である。流石の空崎ヒナでも1人では同じマネはできないと思われる程度に異常だった。
当初、人々の反応は「まあ過労だろ」だった。当たり前だ、普通人間は144時間も活動できない、死ぬ。流石に12使徒と言えども人間には違いない筈なので、ネット上の反応は「お疲れ様」や「ありがとう」「今回は派手だったね」「もうかんべんして」「校舎弁償して」等、概ね好意的かつ労う反応が多かった。
怪我、ということが判ってもそれは変わらない。
あいつら空崎ヒナ相手以外に怪我とかするんだ、初めて聞いたかも、人間アピールかな……そういった負傷自体を疑問視する反応。
ところが、彼女達の状態が判明すると大騒ぎになった。
12人全員重症、骨折(全治8時間)。
戦車砲の直撃ですら無傷で済ます12使徒が負傷するという時点で既に異常である、それが全員、かつ重症、しかも骨折。治癒に要した時間はなんと8時間。
人々は恐怖に慄く。あの12使徒をここまで痛めつける、そんな存在がこの戦いに参加していた事……にではなかった。
骨折、8時間で治るんかよ。
ヒビとかそういう生易しいものではなく、何か巨大な鉄骨で殴られたような形で腕から肋骨まで満遍なく派手に折れている。キヴォトス人の耐久力を考えても正しく重症にもかかわらず、翌日何もなかったかのように通学してきていた。
朝普通に挨拶されたクラスメイトもドン引きだったが、世間はもっと引いていた。常軌を逸しているというレベルではない。もう人間かどうかさえ怪しくなってくる。
一体何者に12使徒が撃破されたのかという謎もあったが、トリニティはそれに対して沈黙を守り、かつ理解不能な衝撃が上回った。確かに重症までいったはずが翌日普通に出てくる連中、これを果たして撃破されたと言っていいのかどうか。
そういえば空崎ヒナとの聖夜の死闘でも、双方共に骨が折れまくっていたまま一晩戦っていたし、仲良く全部破壊してたなこいつら……という思い出したくもない悪夢が呼び起こされ、人々は考えることを止めた。
怪我はもう治った、だが暫くは救護騎士団に診療所へロープで縛り付けられ、強制休暇を強いられていた筈であったが。
「わ、わぁ……本物の12使徒……」
「す、すっご……先生!! ほんとに連れてきちゃったの!? うそでしょ!?」
「………ひえ」(ロッカーの中にいる)
ミレニアム・ゲーム開発部のモモイは以前、先生にこんな願い事をしていた。
「インスピレーションの元が欲しいの!! かっこいい動きのできる人の、モーションがみたい!! たとえば12使徒みたいな!!」
12使徒の統一され、洗練された動きはキヴォトスでは広く知られていた。トリニティ・ティーパーティーの儀仗兵も兼ねる12人は平時からして画面に映える。式典には必ず12人が揃い、桐藤ナギサに完全統一された捧げ銃を行うし、トリニティの旗を掲げ整然と並ぶ姿は象徴的と言って良い。モモイはクロノスTVで特集されていたその姿が強く印象に残っていた。
ただ、間近で見れる機会は無い。なにせSRTを上回る特殊部隊、しかもこのキヴォトス最高位の権力者の側に侍る精鋭。他校の1生徒がモーションデータを記録したいと会いに行ける存在ではない。
単にダメ元以前の、こういう機会があればいいなという願望の発露。それが先生の手にかかると叶ってしまうだけのことだった。
「や、やば……どうしよ、こんなことになるなんて!?」
「お姉ちゃんが頼んだんでしょ……」
「ほんとに来るとか思わないじゃん!? 12使徒だよ!? 12使徒!! このキヴォトスの悪党をなぎ倒してきた伝説の特殊部隊!!」
世間的にはそういう認識である。ミレニアムの一般生徒、才羽モモイの認識もそうであった。つい先日の大きな事件でも八面六臂の大活躍、6日間の寝ずの戦い。悪党をなぎ倒しているその姿を、クロノスの中継を通して見てもいた。
「……光栄」
「!? しゃ、しゃべったぁぁぁ!?」
「お姉ちゃん、失礼すぎ……」
「い、いや……一言も発しないって有名だから……」
゛そういえば、皆あまり喋らないね? 何か理由があるの? ゛
12使徒は全員が統一された容姿、装備を心がけていることは知られている。同時に全員があまり喋らないことも。特に作戦中は一言の私語もなく、連携すら隊内の声掛けを行なわないことで有名だった。発する言葉は警告か、詰問か。無駄な言葉は一切発しない。
だからこそ、極限まで鍛え上げられた最高の部隊だと認知されている。SRTすら及ばない極まった練度、一つの生物同然まで高められた連携力。それゆえか、彼女達は平時ですら同じ12使徒ともあまり会話しない、茶会で集まっているのにお互い一言も発さないまま解散するといった光景さえ見られた。
「言葉を介さずとも、理解できます、ので」
「す、すごすぎ……」
゛魂の姉妹、だったね゛
「はい」
「私達よりよっぽど姉妹の絆高そうだね、お姉ちゃん」
「否定しづらいぃぃぃ」
「というか挨拶もしてないよ、失礼すぎるって……すみません、私は才羽ミドリといいます。こちらは姉の」
「才羽モモイです!! よろしくお願いします!! んでここに……」
「花岡……ユズ、です……」
ゴンゴンと叩かれたロッカーの中から声が漏れる。その異様な光景と挨拶を全く気にせず、12使徒の1人がカーテシーをしながら、自らの個人としての名を……名乗る。
「九字キリコ」
・サブエピソード
百合園セイア、聖園ミカへ未来を託し、死闘の末……。
代理のホスト、その自分のミスは失望へ、失望は愛する友が全てに依存される地獄に至る。誤れない、判断の全てを。セイアは気づいていた、未来視の力の先、結果。その未来は強い変数を叩き込めば変化するということに。
それは……必ずしもダチョウでなくてもかまわないのだ。あれは過剰に強い力だから結果がわかりやすく変化してるだけ。
そう……変えられる、選択で、力で、未来は。
「ミ、ミカ……げん、限界だ……もう」
「セイアちゃん!! しっかり、しっかりして!!」
「ミカ、聞いて、くれ……ダチョウ共を……止めろぉ……」
「7日、以上……!! 暴れせれば未来が、壊れ……る!!」
「み、未来!? そんな大事なの!?」
「ミカ……た、頼む……ッ 君が、戦うん、だ……!!」
「え、ええーー……!?」
「聞いてくれ……勝てる、君なら、君だけが、勝てるんだ……」
「どうすれば、どうすればいいのセイアちゃん!!」
「て、鉄骨……鉄骨……だ」
「は?」
「ミカ、正実の……訓練場に、奴らを、呼び出せ……」
「端に、射撃場の……レーンを壊して、鉄骨を……取り出すんだ」
「何言ってるのかわからないよセイアちゃん!?」
「14本の、柱……トリニティ、成立以来の……この学園の神秘を、吸った……伝来の、鉄骨……それを、使うんだ」
「伝来の鉄骨ってなんなの!? しかも結構ガチっぽい由来だよ!!」
「あれなら、あれを使えば……君なら、使える。君の神秘なら……鉄骨と、共鳴……勝てる、勝てるんだ、ミカ……頼む……ダチョウを、鉄骨で殴って、骨折……止め、るんだ……そうしないと、未来が……」
「もうなんにもわからないよセイアちゃん!! 私鉄骨と共鳴しなきゃいけないの!? 未来かかってる要素あるのこれ!? おかしいよこんなの!?」
「ミカ……ナギサ……すまない……」
「セ、セイアちゃぁん!!」
「なんで伝説の武器っぽい概念出てきて鉄骨なの!? 私!! 女の子だよ!? こんなのおかしいよ!! こんなのってないよぉ!!」
一週間、未来予知を使いまくり、ただ勝利する最善の未来だけを選択しまくった結果、過負荷の限界を超えた百合園セイア、無事死亡。あらゆる最善の選択を選び続ける、ただの一つも間違わないその姿はまさに新たなる理想のリーダー。
トリニティにはまだこんな人材が!?ならトリニティは百合園セイア様におまかせし、連邦生徒会に桐藤ナギサ様をくださいよー!となるふざけるなよカス……という未来まで見えたセイアは力尽き、これは必要な処置だからと……眠るようにして息を引き取った感じで夢の中に引きこもった。