トリニティの12使徒   作:椎名丸

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時刻・PM11:33
トリニティ・スクウェア。
ティーパーティー・テラス。



9・千年王国の階

 

「……全て、とは言えませんが、お話はわかりました」

「その上でお答えするならば、彼女達に撤収を命じることはできません」

「そして……先生達を止めるために、戦わせることも」

 

「……理由を、お聞かせ願えるかしら? 桐藤生徒会長」

 

 桐藤ナギサはトリニティの最奥、ティーパーティー・テラスの席で月光の中、ミレニアムの生徒会長、調月リオからの通信に答えていた。

 

 発端は彼女の建設した要塞都市エリドゥが12使徒の襲撃にあっている、これはどういうことか。速やかに撤収させろ……という内容。こんな夜も更けた今に、ミレニアムの生徒会長からのホットラインが鳴っているという状況がまず嫌な予感しかしない中、出てみればこれである。

 

 同席していた外務の安藤共々、正直飲んでいた紅茶が戻ってきそうな事態。

 

 しかしナギサは、トリニティの首座という……望まざるとてこのキヴォトスの今や頂点に近しい支配者の身。同格自治区領ミレニアムの首長とホロ・ビジュアルフォンが繋がっている状況でそんな醜態は見せられない。

 

 この約2年で極めきった、外面を完全に維持する生徒会長たる者のスキルを持って相対し、これまた極めぬいた「状況を自分は既に知っているように見せつつ、相手から詳しい事情を抜く」スキルを駆使して状況の把握に努めた。

 

 その結果、彼女が出した答えは……。

 

 

「貴女に、殺人を行わせる訳にはいかないからです、調月さん」

 

 

 ナギサにはこの約2年に及ぶ長く苦しい期間……彼女達のリードを掴んできた経験から、ある種の直感、背景を察する感覚が芽生えてきていた。それは12使徒達が通常よりも異様なほどに暴力性をあらわにする時は、何か理由があるのだということ。

 

 誤解されがちだが、12使徒は3小隊編成。12人フルメンバーで作戦行動をすることは少ない。学区外派遣においては、1小隊か分隊(2名)での行動が主。「目標を定められ、処理を命じられた」時なら、被害者の有様はともかく……仕事はスマートなほうである。

 

 常に破壊を振りまくわけではない、平時は不思議なほど大人しいのだ。

 だというのに、今回は先ず単独行動、追加で姉妹を呼び寄せている。これがおかしい、作戦行動であればツーマンセルをほぼ崩さない12使徒が、まるで呼ばれたから急いで行ったかのような、逐次投入に近しい動き。

 

 それも都市を1つ蹂躙するかのような行為、絶対に尋常の事態ではない。

 

 いかに12使徒とて、理由もなしにこのようなことはしない。先日の火の七日間でもそうだが、拡大解釈の傾向が強く、あいまいな命令を与えると想像を絶する破壊を振りまく困った性質を持つとはいえ……その根底にあるのは善性。

 

 鍛え抜かれたナギサの危機管理能力が、調月リオの言葉の背景を探るために急速に立ち上がり、その優れた頭脳と記憶力がこれまでの出来事をティーカップに口をつけることで稼ぐ、僅かな時間で思索の書棚から真実を見つけるための情報を並べていく。

 

 以前ミレニアムに出向していた12使徒の1人……九字キリコから、ゲーム開発部関連での出来事は聞いている。先生の絡んだ案件だったので、油断なくナギサは茶席に招いた彼女から、その詳細を聞き出していたのだ。

 

 心温まる微笑ましい内容から、卒倒しそうになる出来事まで色々とあった。特にセミナー襲撃参加を止めた先生の判断には喝采しかなかった、ただ一方で他校の生徒を特殊戦に仕上げているという異常事態、それも生徒会襲撃のための訓練で、しかも成功したというので胃が痛んだ。

 

 まあこれはいい、訓練はしたが襲撃犯はミレニアム生だ、内輪もめの範疇であるし、セミナー会計の2年生、次代の生徒会長候補であろう早瀬ユウカとは懇意にしているので、後日それとなく話した感じでは全く問題となった様子はなかった。

 

 九字キリコがミレニアムで過ごした2週間。

 その中で、今回の事件とピースが繋がる名前があった……天童アリス。

 

 ミレニアムへの入学とゲーム開発部加入の経緯は全て聞き出している。あの不可侵領域「廃墟」で見つかった「推定機械族」の少女。彼女にはヘイローがある……つまりは生徒の資格を有する人間、キヴォトスの民の1人ということ。しかし廃墟だ、あのアンタッチャブルゾーンで見つかった少女、絶対にマトモな背景は無い。

 

 知るべき情報の起点はここだ。そう決め打った桐藤ナギサの優れた話術が冴え渡り、少しずつ聞き出した事件の背景。登場する人物・組織、そして彼女の名称が一致する。12使徒が明確に暴走しているその理由に、察しがついた。

 

 無頼であった中学生の当時からして、彼女達は友誼に厚い。山海経の生徒達に言わせれば「侠客」のような気質があった。これと決めれば譲らないし破壊も死ぬほど振りまくが、築いた友情、義理、仁義に背くことはないのだという一貫した、ある種の「わかりやすさ」が存在した……だからこそナギサは彼女達12使徒を「上手く扱って見せる」と当時のホストに語り、自信を持って引き入れたのだ。

 

 まあ、その結果はご覧の有様であるが。

 

 だからこそ判る、暴れ狂う恐鳥のタガを外したのは、友と呼んだ彼女への……。

 

 

「……彼女は、アリスは人間ではないのだと説明したはずよ」

 

「本当に、心から……そうお思いでしょうか?」

 

「……」

 

「貴女が気に病まれていることこそが、答えではないのかと……思うのです」

 

 ナギサは正直、リオから話を聞き出している途中で気を失ってしまいそうだった。想像を絶する厄ネタが出るわ出るわ、無名の司祭? Divi:Sion? 冗談と一笑するにはあまりに真に迫った情報の羅列。しかも件の天童アリスはそのキーユニットだとか。要塞都市の建設や、例の戦闘ロボットの件もそう、全て繋がっている。

 

 天童アリスの破壊、つまり殺害すれば事態は収束できると語る、ホロビジョンの向こうにいる調月リオの顔には……悲壮の色があった。

 

 相容れないのも判る、先生率いるミレニアム生、そして12使徒。彼女達は全て天童アリスという個人を見ている。それはそうだろう、このキヴォトスで「生徒の殺害」など一般的感覚から言って受け入れることなど不可能だ。

 

 しかも見ず知らずなどではない……友人が殺される様を黙って見ていろ、受け入れろと? できるわけがない。まして先生がいる、生徒の心を何よりも大事にする彼女が居るのだ、絶対にそれを肯定することはないだろう。天童アリスをまず助け、別の道を探る筈。

 

 それが、検討されなかった筈はない……だからこそ。

 

「……苦しいですね」

 

「え?」

 

「この話を知る者、全てが貴女を責める……多のために個を捨てる、その辛さを誰もわかろうとはしない。寄り添おうとは、してくれない。苦しい道を……選ばれましたね」

 

「!! …………先生は、答えて……くださらなかったわ」

 

「そう、でしょうね……」

 

 失望はなかった、それが先生だと判っていた。

 

 むしろそこで切り捨てる方にいかないからこそ、あの方は信頼に値するのだとナギサは思った。時に……立場無き人には、絶対に答えを出せない問いというものが存在するのだから。

 

 先生は執政者ではない。助けを求める生徒の声には真摯という言葉すら温いほどの献身を捧げてくれる、しかし学園領土に住まう何百万人という住民、何万人という生徒の明日のために……決断を、判断をする立場にはない。先生は生徒会長ではない、大勢の今日という暮らしと、明日という未来を背負った……キヴォトスという国の領主、学園自治区という一国の君主ではないのだ。

 

「先生には、出せない答えもあるでしょう」

 

「それでも、キヴォトスの未来のために必要なことだと。その選択を願うのは、いけないことかしら。私は、否定されなければいけないのかしら」

 

「いいえ」

 

 即答だった。端的で、迷う余地の無い否定。トキの純粋さゆえの阿諛追従のようなものではない、明確で、強固な……それは調月リオへの、肯定。ナギサのその一言にリオは息を呑む。

 

 それはリオが、この事件の中で得た……初めての肯定だった。

 

 合理と理性が感情とぶつかる対立。一般的な見方をすれば、多数のための1の犠牲を強いる彼女の選択は……個人にとっては悪だろう、天童アリスの正体など、彼女を「友」とする側には全く関係ないのだから。しかし、多を背負わねばならない者は違う。

 

 彼女は、キヴォトスのための善意から、使命感から、1人それと戦おうとしていた。彼女程の立場であれば「命令」ができる、他人に汚れ仕事を強いることが可能なのだ。それをしない、1人全てを背負おうという気概、決意。

 

 キヴォトスを破壊するかもしれない脅威と相対して尚も折れない矜持。

 手段は褒められない、しかしなんと気高い。

 

 君主とは、褒められない手段を取らざるを得ない時があるのだ。それを受けいれる覚悟の有無、12使徒という暴力を翼下に入れ、その在り方を肯定した今、桐藤ナギサはそれを受け入れている。苦しい決断、苦痛もある……それでも、これが選択した君主としての責任。

 

 ナギサは同じ君主として、この真に尊敬に値する……キヴォトスを共に背負う盟友の艱難辛苦に心が痛んだ。殺人という十字架を背負おうとする、彼女の心を思えば張り裂けそうな辛さがあった。押しつぶされそうな責任、心痛。血の気の失せた彼女の顔を見れば判る、何故ならば、桐藤ナギサはその立場の苦しさを知っているからだ。

 

 だからこそ……まだ、やれることはある。最後の一線を超える前に力を尽くせる時間がまだ残されていると、決断し、その答えを出した。

 

「ですが、引き返せない先に踏み入れる前に……私の話を聞いて下さいますか? 調月リオさん」

 

 状況はおそらく悪いのだろう、けれどまだ……。

 分の悪い賭け、それでも「彼女」が何も言ってこないなら、きっと。

 

 桐藤ナギサの手には、12枚のカードがある。

 盤面を破壊してしまう手札、それは窮地にあってこそ頼れる鬼札。

 切り時だ、状況の全てが、まだ「力」でどうにかなる盤面を示している。

 

 躊躇うこと無く、ナギサはテーブルの上に置いた自分の端末から……12使徒に向かって一斉通知を用いて端的に命令を発した……。

 

「所属不明ロボットを捕捉次第、排除」

 

 凄まじい破壊が待っているだろう、後始末は地獄だ。

 それでも、決断するべき時はある。

 

 三大校程の大領の生徒会長、君主ともなれば、キヴォトスの明日のために決断しなければならない重責がいかほどのものか……それを知る者は、連邦生徒会長無き今、このキヴォトスに僅か3人。

 

 羽沼マコトと調月リオ……そして桐藤ナギサ。

 

 その苦しみを分かち合えるだろう、数少ない1人が……今ここに。

 

 

 ---------------------------------

 

 

「話とは、なんでしょう」

 

「そうですね、少し……辛い話になってしまうかもしれませんが」

 

「今以上に、辛い話があるかしら」

 

「そうですね……けれど、その今を招いた事柄に関係すると思います、どうでしょう?」

 

「聞くわ、貴女の話であれば」

 

「……ありがとうございます」

 

 ホロ・フォンの向こうの天使が微笑んだのが見えた。この窮地、もう一秒たりとも無駄に使える時間はない……それでも、彼女の話を聞くべきだと、理性とそして感情がそれを後押ししている。

 

 それに、今しがたトキが撃破された。全てのオプションを失った今……リオの敗北と目的の達成は困難となってしまった面もある。

 

 パワードスーツ「アビ・エシュフ」はエリドゥの演算力と電力を使用して未来予測と超反応を可能にしていた。全身を覆う電磁装甲システムの電力リソースもまた、エリドゥのマイクロ無線給電システムに依存している、理論上エリドゥが陥落でもしなければ無敵の存在……の筈であった。

 

 アバンギャルド君40体が撃破されると同時に、新たに現れた12使徒達がエリドゥそのものを攻撃し始めた結果……アビ・エシュフに送られる演算力と電力が乱れ、その間隙を突かれた上に、重力落下の罠によって飛鳥馬トキは敗北、アビ・エシュフは大破……美甘ネルによって討ち取られてしまった。予備のアバンギャルドこそ残っているが、事実上もう戦力はない。

 

 加速度的に悪化していく状況を前に、リオは一縷の望みを抱いてトリニティへとホットラインを鳴らした。12使徒の主に、細い可能性に賭けてのコールは……僅か3回で繋がる。ティーパーティーへの直通であるそれに出たのは、見知った顔の外務の役員生徒。

 

 全くの無表情でホロフォンの向こうにいる外務室長安藤は、生徒会長……桐藤ナギサと今すぐ話がしたいという、時間を考えても、立場を考えても非常識な要求に全く逡巡せずに肯定の意を返し、ホロ・フォンの本体をティートレーに載せると……月光に照らされたティーパーティーテラスへと向かったのだ。

 

 もう夜も遅い、普通なら生徒は就寝している筈の時間……それなのに、その場には彼女が居た。呼ばれて今起きてきた様子など無い、丁寧に整えられた衣服が、公務など無い筈のこんな時間に、隙無く襟をつめて整えられた制服に身を包む、桐藤ナギサが……テラスの席で1人、月の光を浴びて座っていた。

 

 12使徒を繰り出しておきながら、まるで何も知らない体で話を進めるナギサの話術は巧みだった……焦りはあった、防火シャッターを下ろして稼ぐ時間も実際多くは残されてはいない。動揺、焦り、だからこそ隠したかった情報は細やかに、それとなく追求され、出すべきでない名前も出してしまう。

 

 天童アリスの名が出たその瞬間から、桐藤ナギサは韜晦を止めて事件の詳細を聞き出し始める、まるでリオ自身の口からそれを語って欲しいとでも言うように。

 

 もうここまでくれば隠しても仕方がないと、キヴォトスの危機と先生に語ったそれを、ナギサに話す……そう、これはおそらく彼女が知らなかった情報。だからこその反応が読みきれなかった、それが恐ろしくもある。

 

 トリニティの慈愛の君、そう呼ばれるだけの人柄……聖人と名高い。

 

 その人に対して、その本質はともかく「生徒」の殺害を示唆するなど、どんな反応が返ってくるか……12使徒を全員差し向けられても文句は言えない所業……しかし、返ってきたのは、殺人の否定、そして……決意の肯定。リオを慮るかのような、優しい言葉。

 

 リオは初めて、自身の苦悩を理解してくれる人間と会えたことに……狼狽えた。

 自身、やり切るのだと心に決めた今、どんな批判がきても押し通ると決意していた。それでもやはり、辛いものは辛い……先生でさえ、リオの苦渋の決断を否定する。

 

 そんな中、12使徒を繰り出し、今自身の計画を破壊しようとしている本人から出てきた言葉は……まさかの肯定、そして慈愛の慈しみだった。立場ある者の決意、力ある者の決断を肯定し、その苦しみに理解を示してくれる、同じ生徒会長という立場の人間がそこにいた。

 

 たった1人の理解者。12使徒を下げないということは……殺人という行為には否定的なのだろう、それもリオにそれをさせないためだと言う。それはもう、仕方がないのかもしれない。しかし否定は、その決断と意思の否定を……彼女はしなかった。

 

 誰にも頼れなかった、危機感を共有したヒマリとは決別し、後輩達は巻き込めず。トキを連れて事実上1人で現実と戦うことを強いられてきたリオにとって、これは衝撃だった。狼狽えた、何故今になってとさえ思えた、けれど。

 

「キヴォトスの危機、わかりました……ですが。それはミレニアムだけで対処する必要のあるものでしょうか? 同じキヴォトスに住まう他校は、それほど頼りになりませんか?」

 

「……」

 

 考えなくはなかった、実際それで助けの手を送ってくれそうなのはトリニティだけであろうが。少なくとも12使徒を今とは違う立ち位置で送ってくれた可能性はあった、それをしなかったのは……。

 

「彼女達に、アリスの破壊を任せることはできないわ」

 

「そうでしょうね、私もそれは認めません」

 

 それにつきた、他の誰かの手を汚させてしまうぐらいならば。ナギサも言う通りそれは認めもしないだろう、いかに絶対の忠誠を誇る12使徒でも、どうなるかわからないほどの罪だ、そんなものを背負わせることはできないし、させられない。

 

「調月さん、私はこう思います……1人でできないと思った事は、案外人数がいれば解決できることもある、と。これは体験ですけれど、私は1人では到底ティーパーティーを差配できません、ですが役員の皆さんがいればこそトリニティを運営できます。多くの人に支えられているという自覚と現実があるのです」

 

「頼ったわ、全知を名乗る者、エンジニアの頂点、それでもこの有様」

 

「ミレニアムの中でだけ、でしょう? それに今は……だからこそもっと多く、望んでもいいのでは? 私を支えてくれる人達は多く居ます……そう、学外にも。苦労はあります。けれど、だからこそ今があるのだとも思っています……選択肢は、1つしかありませんか? 調月さん、我がトリニティは、信頼に足りませんか?」

 

 甘い、言葉だった。強い言葉はそこに一切ない。止めるとも、助けるとも言ってはいない、なのに力になってくれるのだという安心感が広がるような、優しい声音が……苦しみでヒビの入った、決意の氷を溶かそうとしていく。

 

 他に手段などない、多くを検討した、真実が判る度に……絶望さえあった。

 ここで理解者の甘言に流されてはどうなるだろう、確かに協力をとりつければ12使徒というあの圧倒的な力が味方になる。アリス本体以外であれば対処可能なのではないかと……今のエリドゥの有様を見れば思ってもしまう。

 

 しかしそうではないのだ、アリスがAL-1Sとして覚醒すれば、おそらくは……。

 

「信頼できないとは、言っていません。ですが……対処が可能だとは思えないのです」

 

「それほどの可能性を見ているのですね?」

 

「ええ」

 

 集めたデータから、軍団の規模は無限に近いと思われる。自己増殖し、あらゆる経験データから無限に強化されていく軍団……いくら12使徒といえども無限には戦えない、限界を超えればその先は。

 

「ならもう一つ、別の可能性を見てみましょうか」

 

「え?」

 

「調月さん、我がトリニティには未来視が1人おります……ご存知ですね?」

 

「噂、程度は」

 

 百合園セイアが「そう」だというのは三大校の生徒会クラスの間では公然の秘密だ。けれど……使い勝手の良いものではないと聞いている。可能性の示唆であり、確定した未来でもなく、消耗もかなり激しい、実際ここ最近は寝込んでばかりだとも……。

 

 ふと、思う。火の七日間からもう随分と経つ。

 何故まだ寝込んでいるのか……まさか。

 

「桐藤さん、百合園さんは……」

 

「お察しの通り、ですよ」

 

「!? なら!?」

 

「確定した未来ではないのでしょう、ですが……死力を尽くす必要はあると思います」

 

「そう……そう、だったのね」

 

 全てが繋がった。……最初からあった、違和感。

 

 今、ある種の確信があった、彼女は……桐藤ナギサは。

 自分からの連絡を、待っていた……待ってくれていたのだ。

 

 リオは通話に誰も出ないかもしれないと思いさえしていた、それなのに安藤はもちろん、ナギサまでもが公務さながらに完全に制服を着込み、ホストの首長席に座っていた。ティーテーブルにはナギサの紅茶一式と彼女の端末しかない、他には何も。

 

 トリニティ側から声はかけられなかったのだ、未来予知はルートの選定に近く不確定でもある。確実性のない、しかも他校の内部で行なわれている事態。トリニティから直接動くことは難しい……だからこその12使徒。何時も行なわれる桐藤ナギサの慈悲、彼女の意思、その代理人が送り込まれるそれは……未来への岐路が来たのだ、今ここで。

 

 待っていたのだ、初めから。このつもりで……安藤と二人、必ず連絡があると確信して、こんな時間までテラスに座り、その時を……。リオは胸に詰まった、慈愛の君という二つ名を、どこか冷めた目で見ていた自身を恥じた。

 

 死力を尽くす、そこにはトリニティの力……12使徒も含まれているということ。

 ならば8人で済んでいる筈がない、おそらく他の4人もどこかに待機している筈。

 

 なら、12使徒が過剰にエリドゥを破壊しているのも、アビ・エシュフの無力化のためだけではないのかもしれない。それ以上の何か、他にも何か……理由が。

 

「12使徒がエリドゥを破壊しているのにも、理由があるのね?」

 

「…………結果は、確定してみなければわかりませんが」

 

「それだけわかれば十分よ」

 

 結果を見ただろう百合園セイアも、命令した桐藤ナギサも。おそらく経緯は断片的で、その必要性まではわからないのだろう。けれどそれはこちらで調べれば良い、エリドゥを破壊しなければいけない理由から探ればいいだけなのだ。それが翻っては破滅の危険性を潰すことになる。

 

 調月リオの顔に、生気が戻り始めていた。

 

 別の未来が見えている、それは確定した情報でもなければ、失敗する可能性も秘めた曖昧なものにすぎない。普段のリオであればそんなものは切って捨てた筈だった。しかし追い込まれた状況、強いストレス。そして苦しみを分かち合ってくれる理解者の言葉、そこで示唆される別の未来……合理性の塊と評された調月リオに熱病のように希望という名の熱情が戻り、その優秀な頭脳が「あるかもわからない」選択肢を探すために回転し始めていた。

 

 そんな調月リオに、桐藤ナギサは……まるで一山を超えたかのように、穏やかに声をかけた。それは誘い。まるで全てが上手くいく、そんな未来を確信してるかのような、信頼に満ちたもの。

 

「調月さん、全てが終わった後……貴女をお茶会に招待したいと思います」

 

「……そう、なら……楽しみにしているわ」

 

「私の代理人にエスコートをさせます、後ほどお迎えにあがるでしょう」

「お会いできることを……楽しみにしております」

 

 月光に照らされたナギサのその白い横顔、たおやかに微笑んだその姿が、リオの脳裏に強く残った。

 

 

 ---------------------------------

 

 

 Divi:Sionと輝くエリドゥの制御モニター。それを前にして、リオは不思議なほどに焦りがなかった。最も危惧された事態、女王の覚醒が迫っている。その破滅へのカウントダウンで先生を迎える……。

 

 ゛リオ、これは!?゛

 

「私が避けようとしていた事態、そのものよ……先生」

 

「会長!! アリスは!?」

 

「そこにいるわ。中身は……違うようだけれど」

 

「わけわかんないよー!? 説明して!!」

 

「いいでしょう」

 

 ゛なんだかリオ、雰囲気変わった?゛

 

「……」

 

 敗北が確定し、別の未来を示唆された今。アリスを拘束しておく意味はないと解除した瞬間に始まった事態。一斉に侵食されるエリドゥの制御システム……これだったのだ。百合園セイアが見越し、桐藤ナギサが命じたエリドゥの破壊、その必要性。

 

 しかし、女王のエリドゥ支配は遅々として進まない。

 

 12使徒が手当たり次第破壊して回った、エリドゥ各地の通信センターと通電施設が機能していない。いかにハッキングして侵食しようにも。壊れているものを利用はできないし、通信できない物を支配することは出来ない。

 

 まるで進まない「プロトコルATRAHASIS」とやらに、無機質ながら苛立つ様子を見せるKeyとやら、焦るゲーム開発部。手立てを考え込む先生。危惧された最悪の事態が起きたというのに、まるで凪いでいるリオは、必要な説明と処置を手早く施していく……もちろん事態は楽観できない、それでも。

 

 Divi:Sionのロボット軍団が、何時の間にかエリドゥを囲んでいた。起動以前からここに向かっていたとしか思えないような数がエリドゥの全周にあり、一斉に侵入してきていた。

 

 だが……手抜かりのないこと、会談の最中に命令を下したのだろう。

 Divi:Sionの軍団は、一斉に各地に散った12使徒が殲滅して回っていた。

 

 瞬時に統制された暴力へと一変した12使徒の小隊連携が、当たる端からロボット軍団を押しつぶしていく。ついにその数は12人、全員揃った。その光景は圧殺と称するにふさわしいもので、中央ブロックであるこのタワーへ繋がる主管路に立ちはだかり、C&Cと共に……全く寄せ付けない。

 

 時間は稼がれている、取るべき手段は……ある。

 

「ヒマリ」

 

「あら、気づいていたんですね」

 

「12使徒達に、エリドゥの通信センターの位置を送っていたのは、貴女」

 

「ご明察、まあ可能性の一つでしたが……どう転んでも通信を制圧しておくことは大事ですからね。危惧の通りになりましたか」

 

 でなければ、ああも的確にセンターが集中砲火されるわけもないのだ。

 防御施設と通信、電力網も寸断されて半身不随の要塞都市、自分達を守る筈だったそれが、むしろ無いことで我が身を、キヴォトスを守っている。虚しさはあった、しかし今は……。

 

「……そのようね……時間がないわ、対抗を」

 

「……なんだか調子が狂いますね、まあいいでしょう」

 

 ゲーム開発部の絆に賭けるというヒマリの、不合理な解決法。アリスを呼び起こし、Keyを封印するその一手、以前のリオであれば理屈ではないと叫んだかもしれない。

 

「……ほんとに調子狂いますね、どうしたんです? 合理性がーとか、言わないんです?」

 

「いいからはやくして」

 

「せっかちなところは……何があったんですかね」

 

「後で話すわ」

 

「ほんとに何か変なもの食べたんです!?」

 

 今、理解者に示された「到達可能な」不確定の未来という希望の熱情に動かされる調月リオは無敵だった。後悔はある、悔恨の連続、努力が全て水泡、無駄な頑張り……ここまでやった準備の全てが裏目……それでも、計画の「途中」で12使徒が送り込まれなかったということは、ここに至るべき理由があったのだと、思いたい。

 

 揺らぐ未来の可能性に賭けることに、彼女は決めた。

 

 < お話の途中悪いね、仲直りできたのならアバンギャルドの予備機を回してもらえないかな、彼女達の援護をしたい。それにコレの起動には電力が必要でね >

 

「白石ウタハ」

 

 < ああ、なんだろうか、会長 >

 

「今から送る場所に行って、起動しなさい。モードはマニュアル……できるわね?」

 

 < ……もちろん。なるほど、ハンガーから消えたと思えば、ここにあったのか >

 

「けれど、貴女の持ち込んだソレの起動には、電力が足りないわ」

 

「こちらからマイクロ無線給電システムを制圧して回しましょう、さあ後輩達……出番ですよ。チーちゃん、エイミ、Divi:Sionをカウンターハックします、サポートを」

 

 <<< はい!! 部長!! >>> < 了解、ヒマリ > 「はーい」

 

「乙花スミレさん、引き続き護衛を。彼女達が制圧されたら負けよ」

 

 < 実践ですね、おまかせください >

 

「……白石ウタハ、存分に」

 

 < 助かるよ。ヒビキ、コトリ。準備しようか >

 

 < ほ、ほんとに使うの? でもあれはまだヤバくて > < 実戦テストですね!! >

 

「ユウカ、ノア」

 

 < うぇ!? 会長!? どうして!? >

 

「エリドゥへ回している中央発電システムのラインを制圧しなさい、急いで」

 

 < は、はい!! > < わかりました会長 >

 

 ゛リオ……゛

 

「先生、また……後ほど」

 

 ゛うん……がんばって゛

 

 制圧されていくエリドゥのシステム、明確に鈍るその動きの中。ヒマリがこじ開けた、生き残ったシステムを動員してリオは、防衛システムの警備ロボットハンガーに安置されていた、一体のマシーンに火を入れる。

 

 自律制御困難の失敗作、マニュアル操作すら危うい欠陥品。最後の最後に残った自分の「力」がそうであることに不合理を感じつつも、委ねると決めたその流れに。そして襲い来る悪意に抗うと決めた。

 

 苦しかった、辛かった。

 理解されず、非難され、糾弾され、裏切られ。

 

 そして至った今、計画は全部砕かれ、無理だと思っていた希望の流れに結局縋っている。

 

 それを自覚した時、リオの中で限界が来た。

 

 そもそも、私なんでこんな辛い思いしなきゃいけなかったんだ?

 

 許さねぇぞ、無名の司祭。もう全部ぶっ潰してやる。

 

 調月リオはキレた。

 

 

「スーパーアバンギャルド君、RSC(リオスペシャルカスタム) リフトオフ」

 

 





・桐藤ナギサは眠れない。

「ナ、ナギサ様……」

ナギサは卒倒しそうだった、けれどそれはまだ許されない。
キヴォトス爆発案件はいい、セイアが何も言ってこないので「なんとかなる」範疇なのだと思う、思いたい。12使徒さえブチこめばなんとかなる程度ならセイアは一々お知らせしてこないようになって久しいからだ。ティーパーティーはそんなに暇じゃない。

ただトリニティとしては、それどころじゃねぇんだわ。

「安藤さん……室長達を、全員起こしてください……」

「はい……」

人命のかかった案件、これでは責めれない。責めれないが……。
いくらなんでも都市1つは……ここまですることある?
いや、人命より重いものはない。お金で解決できるならもう、これは軽傷。きっとかすり傷……それだけの意味がある戦いなのだ、だから……。

「明日か明後日にでも、調月生徒会長とお話し……今回のこと、どうにか……どうにか宥めて事態が地獄になる前に収めてきますから。賠償とか色々……なんとか丸く、超頑張って話術で……ですから後のことは……皆さん、どうか」

「おまかせ……くださいますよう……」


・百合園セイアは起きれない

ちょ、ちょっとまて、キヴォトス爆発案件ってどういうこと?
私そんなの知らないぞ!! ナギサ!! 待ってくれナギサ!!
私への信頼が重すぎる!! そんなに万能じゃないって知ってるだろ!!

まって、今すぐ……今すぐ見てみるから……。

ほげぇぇぇぇ!? なんじゃこりゃぁぁぁぁ!!!!!
しかもなんとかなりそうなの凄すぎるけど何なんだいこれは!?

ちょ、ちょっとまってくれ!? 白石ウタハ!?
それは危ないからやめろって便りも出しただろう!! なんでもう完成してるんだ!! 無線給電式にすれば盗難対策も万全!? そういうことじゃないんだよ!! 安全装置をつけろって言ったんじゃないんだよ!!

ふ、ふざけるんじゃあないぞ!! やめろー!! やめるんだ白石ウタハ!!
君は何を作ってしまったのかわからないのか!! 何と戦うつもりなんだ!!
み、未来が……光に染まっていく……!!

まってくれ!! チャージを始めるんじゃない!!
ミ、ミカ!! 今すぐ鉄骨で白石ウタハを!!

ミカ? ミカ!?

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