トリニティの12使徒   作:椎名丸

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時刻・PM21:30
トリニティ・学生寮区画
第71セーフハウス、地下会議室。



4章・史上最強の敵!? 補習授業部ダチョウ収監編
11・天使達の城塞


 

「ごめんね……こんなことになっちゃって」

 

「その、ミカさんが謝るようなことでは……」

 

「まあ、よく引き当てたものだとは思うよ」

 

 その日、秘密の会合が行われた。 

 

 トリニティの支配者、三人の生徒会長。そして正義実現委員会、シスターフッド、救護騎士団の長がそれぞれの最側近のみを伴って集まっている此処は、トリニティの政治の中心たるティーパーティー・テラスではない。そして執務室でもない、外部から完全に秘されたティーパーティーの最高幹部のみが知るセーフハウスの1つ。

 

 トリニティの最高権力者が全て、この部屋に集まっている。もしこの場で何かあれば、トリニティは……もっと言えばキヴォトスが崩壊すると言って良いだけの面々だ。

 

 トリニティ主要組織3閥。

 正義実現委員会委員長、剣先ツルギ。供するは副長、羽川。

 シスターフッド首座、歌住サクラコ。続いて次座、若葉。

 救護騎士団団長、蒼森ミネ。伴うは副長、安田。

 

 生徒会ティーパーティー、3閥3頭。

 パテル派首長、聖園ミカ。帯同するのは法務室長、富士川。

 サンクトゥス派首長、百合園セイア。侍るは財務室長、天田。

 

 そしてフィリウス派首長……トリニティ総合学園、首席生徒会長、桐藤ナギサ。両翼に従えた外務室長、安藤。そして総務室長、藤沢。

 

 この場にいるのは3首長と直下の主要3閥4室、全て最高学年の3年生のみ。トリニティを苦心して治め、混沌のキヴォトスを支えてきた実績と自負のある生徒達。2年生から3年生へとなってのこの1年以上、地獄のような艱難辛苦を共にした……確かな絆で繋がった学友、そして戦友達。

 

 この中には入学当時より1年生の間、派閥の敵として諍いあった者同士もいる、しかし今は違う。2年生となり一変した環境の中、目まぐるしく動くトリニティを中心とした混乱と混沌を共にくぐり抜け、共に戦い、皆して学生生活とは思えないような……修羅場の連続で苦しんできた仲間達。

 

 今、揺るぎない信頼が彼女達の間に……確かにそこにはあった。

 だからこそ、こうして。

 

「まさか接触できてしまうとは」

 

「本当に、一体どうやって……」

 

「えーと……なんだか適当に行ったり来たりしてたら会えちゃって……」

 

「カタコンベは迷宮も同然、怪我なく戻れたのは幸いでしたが……」

 

「サクラコちゃんはカタコンベに潜ったことはないの?」

 

「儀式で立ち入ることはありますが、深層は秘された部分が多く、危険なので封鎖されていたのです。古い記録にも明確な順路を示すものは無く……内部が変化するとも聞いております。ですがまさかその先に、アリウス派の隠遁地があるなんて」

 

 最高幹部が揃った場で語られるのは、トリニティの過去が生んだ負の連鎖、その呪いが今、現出しようとしていることについてであった。

 

 アリウス、かつてトリニティ成立以前の主要派閥の1つ。

 

 アリウス派と呼ばれた勢力は当時、武闘派の一角として合併を拒み、抵抗していた学閥である。そして排斥された、現在の主要3閥、フィリウス、サンクトゥス、パテルの3連合とゲヘナの一角によって殲滅の憂き目を見た……筈であった。

 

「そもそも、アリウス閥がまだ生きていること自体驚異的だよ。一体何年前の話だと。トリニティ成立以前なんて……3桁年は前。地下に潜り、それでもまだ学閥を維持している……しかも憎悪に身を染めてだ、困ったことだね」

 

「会った時、全然そんな感じじゃなかったよ……最初はこう、突き放すような感じだったけどね。色々話してたら、トリニティでの暮らしに興味を持ってくれた、みたいな感じで……」

 

 トリニティとアリウスの接触、数百年ぶりに果たされた、大本を同じくする生き別れの姉妹の再会……それは微笑ましいものにはならなかった。アリウスは自分達を排斥したトリニティへの憎悪を滾らせたままだというのだ。

 

「ミカ、伝え聞いたアリウスの暮らしを想像するに……トリニティでの暮らしを聞かされるのは辛いことだよ、おそらくね」

 

「うん……」

 

「セイアさん」

 

 聖園ミカは思いつきでカタコンベを探索し、アリウス閥の残党と接触することに成功した。それは偶然か、成功させられたのか、知る由もない。しかし出会ってしまった、知ってしまった、お互いを。

 

 慈愛の君が治める地上の楽園、地下に潜り塗炭の地獄の中にいる者達からすれば、それは羨望と共に憎悪を焦がすに十分なものだったのかもしれない。

 

 過去から蘇った悪意、アリウスの憎悪がトリニティへと今……牙を剥こうとしている。

 

「……好意的に考えよう、機会と言ってもいい。あちらの意思は固い、今の実行を困難と見て、また闇に潜られては後に響く……ミカが釣り出してくれた、そう思えば悪くないタイミングじゃないかな」

 

「セイア様に同意いたします。この場にいるわたくし達がトリニティを差配できるのも今年度一杯、古き絡まった荒縄を断ち切るには、最良の機会と存じます。サンクトゥスは抵抗を選択し、銃を取ることを選びます」

 

 迫る闇に対し、サンクトゥス派、百合園セイアと財務室長天田の答え。

 それは戦うこと、抵抗し、抗うと宣言した。最も穏健の一派が、最初にそう宣言した。

 

 二人の懸念は尤もである、アリウスが今は好機ではないと考え、再び闇に潜れば次の機会は何年も先になるかもしれないのだ、その時……この部屋に居る者は既にトリニティにはいない。

 

「私もセイア様と天田に賛同いたします。こう言っては……なのでしょうが、我がトリニティがこれほどに結束しているのは今代、そして次代限りでしょう。以降の世代に、過去からの悪意を打ち倒せる程の結束と力があるかどうか」

 

「藤沢さん、未来のティーパーティーを背負う子達を信じてあげなくては……それでは私達は卒業できなくなってしまいます」

 

「ですがナギサ様、私はナギサ様の去られた後のトリニティがどうなってしまうのか不安に過ぎます。特にあの子達の管理を一体どうするのか、由々しき事と……」

 

「まってまって、とりあえず、今は、ね?」

 

「申し訳ありませんミカ様……未来の後輩達に呪いを残して卒業する訳には参りません。ナギサ様、ここは最早戦う以外の選択肢はないと、改めて申し上げます」

 

「外務を務める者として、言葉は尽くすべきだとは思います。しかしながら……対話の席に着くよりも先ず騙し討ちを計画する者達に……遺憾ながら言葉は無力にございます。藤沢に賛同し、フィリウスは、戦の……備えをするべきと存じます」

 

 フィリウス、総務室長藤沢と外務室長安藤は共に「戦う」べきと己等の首長、桐藤ナギサへと意思を伝えた。この期を逃せば禍根は次代へ持ち越される、その時勝てる見込みがあるとは限らないのだ。

 

 そして最早、言葉を尽くす段階は超えている。アリウスは既に工作員を浸透させ、トリニティへの破壊工作を準備しているのだ。「敵」は最初から戦うつもりであった、交渉の余地はない。

 

「トリニティ成立以前など現在の自治区法と連続性はありません、これは完全なる自衛であり、一切……アリウスに正当性はございません。私共パテルは、アリウスなる「敵」勢力が、ミカ様の御慈悲を態々無にしようというならば……武を以て応えるのみと存じます」

 

 パテル、法務室長富士川が「闘争」を宣言する。自治区法の解釈からして、アリウスのそれは侵略に過ぎない。遡ったところで関係はない、内乱などではないのだ。トリニティ成立以前の話を持ち出されたところで意味などない、来るならば戦う以外の選択肢はなかった。

 

「フィリウス、パテル、そして我がサンクトゥス、幕閣の意見は全て一致した……ナギサ、そしてミカ。どうかな?」

 

 セイアが3閥幹部の意見をまとめ、立場を同じくする首長二人に……穏やかに決断を迫った。セイアの意思は一択だ、なにせこれを潜り抜けねば自分は死ぬ。百合園セイアに、死神の鎌が迫っていた。

 

「……こんなことに、なっちゃうなんて」

 

「君のせいでは、ないよ」

 

「セイアちゃん……」

 

 アリウスはトリニティの体制破壊を目論んでいる。

 

 それはアリウス側から来た工作員が寝返り、その情報を直接、百合園セイアと「夢の中にて接触し」もたらしたことでトリニティ・ティーパーティーは脅威が迫っていることを知った。今、トリニティは重大な決断を強いられている。

 

 すなわち、襲いくる過去に分かたれた姉妹達を……殲滅するか否か。

 

 座して受ければトリニティは大混乱に陥るだろう。破壊工作の第一段階が、生徒会ティーパーティーの破壊が目的だとすれば、自分達も無事では済むまい。事実、その工作員の潜入目的は三頭の一人、百合園セイアの暗殺であった。

 

 暗殺だ、殺人という禁忌を実行しようという集団なのだ、アリウスは。

 

「……戦いましょう、ですがセイアさん」

 

「ナギサ、全員が彼女のようには、きっとならない」

 

「ええ……ですが。苦しみしか知らないというのなら、そうではないのだと教えてあげねばならないと、思います。偽善かもしれません、それでもやらねば、何も解決はしない……」

 

 奇襲は防げる、来ることがわかっている襲撃など警戒すれば良いだけだ。けれどただ襲い来る彼女達を殲滅すればそれで良いのか? 苦しみから恨み、憎悪に染まったアリウスの呪いを受け継ぐ生徒達にしてあげられることは本当にないのか?

 

 倒すだけでは、解決にはならない。

 

 きっと、言葉だけではこちらの話を聞いてはくれない、けれど一度冷静になればどうだろう。力に頼んで全てを破壊しようとする彼女達アリウスに、冷静になってもらえるだけの「力」が此処にあれば……。

 

 できる、今のトリニティならば。

 

「そう言ってくれると思ったから、白洲アズサも……全てを打ち明けてくれたんだろうね、ナギサ。君のやってきた善意の積み重ねが、危機を前にして返ってきた、そう思うと……酷い夢見の日々も必要な事だったと思うよ」

 

「その、セイアさんには本当に、負担をかけてしまって……」

 

「ほんとうだよ……」

 

「ごめんね皆、でも……やっぱり、あの子達にも。だから……」

 

「ええ、ミカさん……アリウスの生徒達を助けましょう」

 

 桐藤ナギサの決断。それは迫りくるアリウスの学兵を倒し、捕縛することでアリウスの呪縛から……物理的に切り離すことだった。

 

 最善か、そうでないのかは結果が出なければわからない。ともすれば破壊的な潜在脅威を抱えることにもなりかねない、しかし憎悪の坩堝の中にあるアリウス閥の生徒を救うには、これしかないことも事実であった。

 

 何故ならば。寝返ったアリウス工作員、白洲アズサのもたらした情報によれば、現在のアリウスの中枢にいるのは……悪の大人だ。

 

「これだからナギサ、君は慈愛の君だなんて呼ばれるんだ」

 

「お願いするばかりの身には、どうにもその呼び名は、本当にこう……」

 

「甘んじて受けるといいよ、殺しに来る相手に慈悲をかける人間なんて、このキヴォトスに君しかいないと思うからね……さて、皆。これでいいかな?」

 

 トライアングルを描いて向かいあう、ティーパーティー3首長を囲むようにして、静かに立っていた3閥の長へと……セイアは問いかけた。本来の在り方であれば、彼女達はただ首長3頭の決定を伝えられるだけの立場である、しかしこの年代のトリニティは違う。

 

 互いに頼り、互いを信じ、互いを助け合う。重なり合う真なる2つのトライアングル、2つ重ねのトリニティ……六芒星の頂点達。

 

「救護騎士団はナギサ様の方針に全面的に賛同いたします、彼女達には救護が必要です。まず野望を砕き、打ち倒し、そして安らぐ場を与え救護する、心身を癒す時間が必要と考えます」

 

「シスターフッドも賛同いたします。そして後の彼女達には心理面でのケアが不可欠です、環境の変化に戸惑うこともありますでしょう……主の救いを信じ、何よりも自分達のために、祈る場が……必要だと強く感じます」

 

 アリウスの内偵は白洲アズサを通じ、そしてセイアの未来視の裏取りを駆使して行われた。今現在は諸事情で機能していない未来視も、白洲アズサ編入前後の時点では有効だった、セイアが視ることができたのは白洲アズサを通じた表層でしかない。神秘的な防御が施されているのか、カタコンベの奥にあるというアリウスの拠点へは潜航できない。しかし断片的な情報は得た、そして……。

 

「サクラコさんの懸念の通りだと思います。アリウスの現状は問題外です、最高強度の救護を必要としています、こちらからの逆侵攻が可能ならば直ちに実行すべき状況なのです、許せるものではありません」

 

 アリウスは学閥として既に機能していない、やっていることは虐待的な軍事訓練と異様な洗脳教育。これをただ殲滅すれば良いという訳ではないことは、全ての幹部に共有されている。異様な環境下にあるアリウス生徒達に、心身のケアが不可欠なのは明らかだった。

 

「エデン条約も迫る中、先制しての大規模攻撃は困難です。何より詳細な位置が判明しておりません……侵攻時の最大の問題は、救助すべき彼女達アリウス生徒自身が激しい抵抗を試みる可能性が高いことです、高い洗脳状態にあると考えます」

 

 救護すべき対象が攻撃してくるという問題があった、それに件の悪の大人は、生徒達の命を何とも思っていない。不用意に戦力がある状態でぶつかれば……追い込み方次第でアリウス生達に何を命令するかわからない、特攻すらありえるのだ。

 

「まず数を減らす必要がある、抵抗力を削ぐ必要があるとお考えなのですね?」

 

 救護騎士団長蒼森ミネの鋭い目がナギサを見る、しかし、そこには事態解決を急かすような不満の色はない……意図を伺う、信頼の色があった。

 

「その通りです。可能であれば地上で襲撃に参加したアリウス主力の大半を捕縛し、救護した生徒達からアリウス本拠地への道をお聞きし……それをもって「最終的解決」を実行したいと考えます」

 

「12使徒を投入するのですね?」

 

「ええ……全員送り込みます」

 

 12使徒の全投入、桐藤ナギサは絶対的忠誠を誓う麾下12人に、こう命じるのだ「全て破壊しろ、首謀者を潰せ」と。このキヴォトスにおいてこれほどの恐怖を煽る命令は存在しない。12使徒は本当に実行する、容赦などない。忠実に、実行する。

 

「そして、正義実現委員会の主力も「全て」投入いたします。アリウス自治区を「整地」し、全ての生徒を件の大人から奪還いたします……事ここにいたり、容赦はいたしません」

 

 壮烈な決定であった、12使徒ばかりか正義実現委員会を全力投入するなどもう戦争だ。だが、それだけの事をする必要がある事態なのだこれは。抜かずの剣、正義実現委員会というトリニティ最大の刃を鞘から抜く時が来た。

 

「ツルギさん……いいえ、剣先委員長。よしなに願います」

 

「正義実現委員会は義務を果たし、正義を実行いたします」

 

 正義実現委員会の長、剣先ツルギは居住まいを正し、言葉少なく義務の遂行を宣言した。

 

「最後だ……各首長、いかに」

 

「パテルの総意として……賛同を」

 

「サンクトゥスの総意として、賛同を」

 

「フィリウスの総意を合わせ、ここにトリニティの総意として……アリウスとの、開戦を議決いたします。皆様、左様に心得てください」

 

 各閥首長達が一斉に胸に手を当て、賛意をトリニティの長に向けて表す。そして全次席達が胸に手を、片膝をついてトリニティ総領主へと平伏し、その決定に服した。

 

 トリニティという巨大学園が密かに、そして静かに戦時へと移行した。

 

 トリニティの絶対権力者、ティーパーティーホスト……首席生徒会長の「開戦」の一言に、場の意思は完全に統一された。鋭い目に変わった各閥の者達は自分の役割を果たすべく邁進することになる。そこに迷いも淀みも、不信も疑義も介在する余地はない。

 

 アリウスは判断を誤っている。

 

 情報が古い。トリニティが派閥政治の権力構造で意思統一ができていないなど、去年度の初期の頃の話だ。今の三年生、この場に居る彼女達が2年生の段階で既に、トリニティを本格的に動かすようになってからの状況は全く異なる。

 

 史上最も人望を集めたティーパーティーの長、桐藤ナギサの元に団結しているトリニティの全学閥は、かつてない一体感の元にある。アリウスが想像するような、かつての脆い存在ではない。

 

 フィリウス・サンクトゥスの2閥に比べ、影の薄い印象とされるパテルを利用してトリニティの混乱を図ろうなど、児戯にも等しい浅知恵だ。聖園ミカが政治的に目立たないのは、派閥の潤滑剤となることを意識の有無に関わらずやっているからであって、影響力はむしろ大きい。

 

 軽い神輿、利用しやすい駒と見たのだろうが……大きすぎる誤りであった。日々とてつもない負荷に苦しむティーパーティーの面々にとって、あるべき日常を大事にしようというミカは精神的支えだ。彼女を利用してやろうなどと……全派閥からの激しい怒りを買うことと同義である。

 

 でなければ慈愛の君から「最終的解決」「整地」等という恐ろしい言葉は出てこない。トリニティにはそれを本当に実行できるだけの力があるのだ、冗談などではない、桐藤ナギサはアリウスを「破壊しろ」と剣先ツルギに命じた。

 

 そして工作員の選定。最も優秀なユニットであるスクワッドから白洲アズサを選出した……最大の誤りだ。白洲アズサはたとえ家族と呼んだ仲間達と相打つことになろうとも、これは正しい行いではないと、正義を貫ける少女。もっとも工作員に相応しからざる人選、そして知らされる悪意。

 

 奇襲たりえねば、そもそもアリウスに勝ち目などないのに。

 

 人の差がある、そして質の差までもがある。巨大学園閥トリニティの勢力はキヴォトス第二位、しかし総合力においては圧倒的に頂点であることに疑いようがない。

 

 正義実現委員会の総兵力は数百万に達する人口を擁する、トリニティの巨大な版図からすれば少なすぎる人数に見える。しかし実態はそうではない。警察力としてだけではなく、純然たる軍事力として練兵されている正義実現委員会学兵の集団練度はキヴォトス最高だ。プロフェッショナルの学兵として正規の訓練を受け、鍛え抜かれた精鋭しかいない。

 

 正義実現委員会とは委員長剣先ツルギの元、生徒会ティーパーティーの指揮権に完全に服している「正規軍」なのだ。少数のゲリラで打ち倒すことなど不可能。命令系統に不備のない、完全充足の軍隊に立ち向かうにはアリウスは小勢力過ぎる。

 

 自己の判断ではなく、迷いなく正義の実現がための命令を下してくれる存在に、心から従うことの出来る正義実現委員会は正しくキヴォトス最強の軍事組織だ。テロリストなど、姿を表に現した瞬間にすり潰されて終わる、勝てる筈などない。

 

 だからこそ、闇に隠れさせてはいけないのだ。大身の身がテロリズムに後手と回るのは常である、先制はできない、ならば受ける。このキヴォトスに君臨する天使達の城塞が、攻撃に備え防備を固め始めた。

 

 今のトリニティを、突けば崩れる砂上の楼閣だなどと言えば正気を疑われるだろう。この場に揃っているのは、それだけの実績を上げてきた面々だった。

 

「では、私は予定通り……爆弾で入院した感じになっておくよ」

 

「すみませんセイアさん、囮にするような真似を……」

 

「ほっんとに、ごめんね!!」

 

「それを言うなら君達もだよナギサ、ミカ。次の目標はナギサ、そして最後にミカとなるだろうからね。特にナギサ、気をつけてくれよ……君がもし斃れでもしたらトリニティは終わりだ」

 

「トリニティだけではすみませんよセイア様……」

 

「考えたくもないね」

 

 冗談では済まないだけの身だ、アリウスが知っているのか定かではないが。ナギサを失うということは、連邦生徒会長無き今、キヴォトスの破滅に繋がりかねないだけの存在感である。

 

「12使徒を常に側に置きます、ミカさんもそのように」

 

「あの子達の側は安全地帯だからね」

 

「セイアさんには都合上、あの子達を側に付けられません、そこが心配なのですが……」

 

「死んでいる筈の者に12使徒が張り付いていたら、偽装だとわかってしまうからね」

 

「セイア様、選抜中隊から1小隊回します。特戦研の直系です、十全な警護をお約束できます」

 

 12使徒はVIPの警護技術も一級である、そして彼女達が鍛え上げた特殊戦研究会の後輩達も同様だ。今年度入学し、正実へと入部した大内達選抜小隊の面々の練度は、12使徒の後継として恥じない。特に大内は1年生の身でありながら既に選抜中隊を掌握し、年次を超えて中隊長に抜擢、先日隊を預かり正式に選抜隊の隊長となった。

 

 正実選抜中隊。先輩たる12使徒を追ってトリニティに入学した付属中等部・特殊戦研究会の先の副部長、大内率いる最精鋭を中核とした5小隊20名の一個中隊。12使徒には及ばずといえども、これを撃破するには最低でも剣先ツルギが必要な戦力だ。

 

「よしなに、ハスミさん……羽川副委員長、セイアさんをどうかよろしくお願いします」

 

「羽川、拝命いたしました。全霊を尽くし正義を実行いたします」

 

 密かに警護体制が整えられていく。ナギサは自分自身を囮にして、アリウスを地下から引きずり出すつもりでいた。彼女達の最終目標であるトリニティの崩壊のためには、ナギサは必ず斃す必要がある。これほど高価値の目標は他に存在しない。

 

 だからこそナギサは12使徒という護衛を付けた上で、普段通りに振る舞うことでアリウスを誘引する。さもセイアが斃れ、不安に揺れている事を隠すかのように、心を偽り、繕っているようにだ。

 

 ミカは政治的に無能だと思われている、それを利用して「何もしない」ことでアリウスを欺瞞する。アリウス側はミカを利用することでアズサを入学させたが、以降のアクションは無い。流石にミカに首長の座を狙うように囁くのは企みが露呈すると見たのだろう。

 

 今の時点で、アリウスはまだ自身の企みがトリニティに露呈しているとは考えていない。アズサは工作員として機能しており、今後爆殺されるセイアに手を下した者が何者かは不明なまま、ティーパーティーは混乱すると想定している。

 

 ナギサ達はその企みが成功しているように見せかけ、アリウスの戦力を罠に誘い込むと決めた。このトリニティそのものが、巨大な罠となる。

 

「これでセイア様は安全でしょう。ですが12使徒が警護についているお二方に、本当にアリウスは襲撃してくるのでしょうか……」

 

「それなのですが……セイアさん、本当なのですか? アリウスが、私達トリニティの情報に詳しくないというのは……流石に12使徒を甘く見ているのは、敵手ながら心配になります」

 

 一般的に考えて、12使徒が警護するナギサへの攻撃など自殺だ。考えられないような暴力が振るわれてもおかしくない、昨今多くのトリニティ生達は忘れているが、あれらは必要とみれば想像を絶する暴力性を発揮する。

 

「本当に不思議なのだけれどね。最後に見えた感じでは、彼女達は普通に襲撃してくる未来が見えた……正気を疑うよ、愚かを通り越して自殺志望としか思えない」

 

「情報収集を怠っているのでしょうか? あれほどの戦力であれば警戒して然るべきだと思いますが……」

 

「白洲アズサに何度か、家族に等しいという部隊の説得を勧めてみたのだけどね……失敗したそうだ。アリウスの中核部隊の1つだというから難度が高い事は理解するけれど、信じ難いことに彼女達は12使徒を軽視しているよ」

 

「正気なのですか?」「ひどいことになるよ……?」

 

「流石に何か秘策があるのだと思うけれど……12使徒の能力評価を欺瞞情報か何かだと勘違いしているらしい、アズサには悪いが……酷いことになりそうだ、絶対容赦なんかしないぞあの連中、骨折で済めばいいが……」

 

「手加減させるわけにもいきませんし……」「ナギちゃん、そもそもできないよあの子達」「そうですね……」

 

「手厚い救護が必要になりそうですね」

 

「主よ……彼女達に救いを」

 

 サクラコがアリウスの無事を祈らねばならない程の事態が、彼女達に迫っているといえた。アリウスはおそらく12使徒を高練度部隊の1つ程度にしか考えていない。地下生活で地上の情報に疎いのだろう……都合は良いが、同情したくもなる。

 

「大怪我になりすぎないことを祈ろう、彼女達がこれから迎える学生生活が健やかであるように……でもたぶん無理だな。ナギサへの攻撃なんて、もう終わりだよ……死ぬんじゃないか? 止まるわけがない」

 

「なんとか、なんとかそこは止めますので……」

 

「それにヘイロー破壊爆弾だって? そんなものよりあの連中の拳の方がよほどヘイロー割りそうだよ、しかも連射してくる……秒間5発ぐらいでね、死ぬでしょもう」

 

「空崎ヒナはあれ耐えたんですよね……」

 

「おかしいよ、人間じゃない」

 

 空崎ヒナへの一般的な評価は、残念ながらそういうレベルにあった。

 

「ところでナギサ様、白洲アズサさんの身柄ですが……」

 

「ええ……しかるべき場所に匿う予定でしたが……」

 

「成績が、その……」

 

 白洲アズサは落第した、まあわかってた。アリウスは学閥として機能していないので、学生の本分である筈の学業が存在しない。全く無勉強、中学レベルでさえ怪しい、これで期間考査に受かるはずもない。

 

「実態が判明してから、ある程度追加授業という形で補助はしましたが……やはり無理でしたか。仕方ありません、プランの1つであった補習授業部を発足し、アズサさんにはそちらで追試に備える名目で、身柄の保護を行います」

 

「直ちに準備に入ります」

 

「よしなに。活動のためには他の生徒が必要です。私の信頼する生徒が一人、成績は良好ながらテストが受けられずに追試が決定している方がいます。彼女であればアズサさんと良好な関係を築いてくれるでしょう」

 

 阿慈谷ヒフミは落第した。試験を受けなかったので0点、確定落第である。ナギサはその理由を知らない、痛ましいことだが体調不良であろうと思っていたので、見舞いさえ送ったのだ。

 

「阿慈谷ヒフミ様ですね? 手配いたします……ナギサ様、例の方が落第しております。明らかな手抜きなので、何らかの意図があるのでしょうが……このままでは問題です」

 

「浦和ハナコさんですね、一体どうしてしまったのか……」

 

「そのあたりを探るためにも、今回彼女を」

 

「良きに計らってください」

 

 浦和ハナコは落第した。まあ先年ぶっちぎりの全学トップの生徒であるので、これが何らかの意図をもったサボタージュであることは明らかである。何故彼女がこのような行為に走っているのか、ティーパーティーの面々は普通に心配していた。

 

 それはそれとして絶対に欲しい人材なので、それとない勧誘は続いている。どう考えても理由はこれなのだが、疲労の極みにある彼女達は理解できないか、理解を無意識に拒んでいる。

 

「申し訳ありませんナギサ様、正義実現委員会から一人、推薦せねばならない生徒がいます」

 

「下江コハルさんですね、2年生の試験を受けるのは何か理由があってと思ったのですが……これは? 試験を受けて0点とは……ハスミさん、彼女は一体?」

 

「申し訳、ありません……」「いえ、貴女が謝るようなことでは……」

 

 下江コハルは落第した。特に理由はない、強いて言えば頭が悪かっただけだ。

 

「これで4人、補習授業部の発足には必要な人数が揃いました……しかし、アズサさんの身柄を保護するためには戦力を配置する必要があります」

 

「護衛が一人減るけど、大丈夫?」

 

「3人いれば、アリウスがたとえ一個大隊いても5分とかかりませんし」

 

「そうかな? そうかも」

 

「藤沢さん、彼女の成績はどうでしたか?」

 

 成績は低空飛行だろうが、まあ流石に受かっているだろう。伊藤の報告では試験前にもかかわらず自由警邏に出ていたという。Cチームに至ってはミレニアムの危機とはいえ、期間考査三日前でも元気に活動中だった。

 

 普通に考えて試験の日を忘れているなんてありえないだろうし、賢くはないけれど努力は惜しまない子達だと知っている。そういうところが愛くるしく思う点の1つながら、普通に心配ではあった……だが。

 

 ナギサは忘れていた、12使徒は基本的に何も覚えられないということを。

 

「ナギサ様……誠に、まことに申し上げにくいことを、お伝えしなくてはなりません……。藤沢はこの件について、ただお詫び申し上げる他にありません、どうか……どうか平に、平にお許しください……」

 

「……どう、しました?」

 

 

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「ヒフミちゃん残念だったね、受けられなかったから追試確定だもん」

 

「風邪引いたんだって? ついてないなぁ」

 

「あはは……」

 

 阿慈谷ヒフミは追試の告知を受け、クラスメイトに群がられていた。成績優秀者であるヒフミが追試となったのは風邪で休んだせい……ではないのだが。クラスメイトはそう信じている。普段真面目に取り繕っていると、こういう時に疑われないので便利だった。

 

「追試いつなんだっけ?」

 

「それなんですけど、私は補習授業部に入るのでちょっと一般追試の皆さんとは日程が違うらしいんですよね」

 

「補習授業部!? 特別補習生徒が出たんだ……」

 

 補習授業部は常設の部活ではない、特別な補習が必要と判断された面々が居る時にのみ設置される。今回、その対象とは……。

 

「11組の白洲さんかな? なんか凄い点数だったらしいし」

 

「だよね。やっぱり外部生だから、まだ慣れてなかったのかな……範囲も他校とは全然違うと思うし。こういう時不利だよね転入生って」

 

「白洲、アズサちゃん……」

 

 ヒフミはこれから補習を同じくする生徒の名を聞き、思いを馳せた。どんな生徒なのだろう、外部からトリニティへの転入は近年、それなりにあることなので、苦労しているという話は多々聞く。

 

 ヒフミは先ほどナギサから直接、補習授業部に入り、事情あって成績不振の彼女を助けてあげて欲しいとお願いされていた。補習授業部には他にも生徒が入るが、転入生であるアズサの補助が主な設立理由であったという。

 

「あれ? ヒフミちゃんも補習授業部入りなの?」

 

「……も?」

 

 不穏な台詞がクラスメイトから出る、まるで補習授業部入り生徒が他にもいるかのようではないか。そこでヒフミは、補習授業部のメンバーを話していた際に、言葉を濁したナギサの顔が、沈痛そうな面持ちだったことを思い出した。

 

 もしかして他にもいるのか? 最初の4人以外に?

 

「我が2年3組からは二人だって、ヒフミちゃんと……」

 

 その時、入口を開けて教室に入ってきた一人の生徒を皆が見る。

 

 トリニティ生徒会、ティーパーティーの証たる白制服を纏った一人の生徒。丁寧に整備されたM14小銃を肩に吊るし、大きな翼を畳んだ物静かそうな……その生徒の名は。

 

「城島ちゃん」

 

「ツ、ツバメちゃん!?」

 

「?」

 

 ティーパーティー直属、特別保安警務隊。別称使徒(アポストル)隊……名高いその名は12使徒。そのリーダーである部隊長、コードA1を持つ生徒。その名は……城島ツバメ。

 

 





・地点???にて。

「サオリ、やはり危険すぎる……とても準備が整っているとは言えない」

白州アズサは百合園セイアと接触できた時、決死の覚悟でアリウスの現状を伝え、この正しくない行いを防ぐための助けがいること、進むべき道について話した、この幸福に満ちた世界を壊すことが、正しいことであるはずがないのだから。

これはアリウスへの、家族への裏切りでもある……しかし、それでも。
こんなことは、だめだ。正しいことではない。止めなくては、ならない。

「アズサ、予定は変わらない……どのみちやるしかないんだ、準備は?」

「できてはいる……けれど。サオリ、報告書は見ただろう……危険すぎる、12使徒はマトモじゃない。このままでは大きな被害が出る、皆がどうなるか……」

マトモじゃないというか、あれ人間じゃないだろもう。

だからアズサはセイアに助けを求めたのだ……必死に。
そりゃそうだろ、あんなのと戦えるわけがない。
死ぬ、普通に死ぬ。サオリ達も一体どうなるか……。

だからアズサは12使徒の脅威度を必死に訴えた、慣れない報告書まで作った。しかし……。

「慣れない潜入で苦労しているのは判るが……」

「サオリ?」

「流石に欺瞞情報を掴まされすぎだ、一体どうしたんだ……」

「サオリ!? あれは欺瞞情報では!?」

アリウスはそれを、信じなかった。
そりゃそうだろ、こんな連中実在して良い訳がない。
マダム曰く「子供らしい嘘」だ。

「アズサ……人間は8時間で骨折が治ったりなんかしない」

「し、しかし……本当に、本当に登校してきていたんだ!!」

「確認は? 本当に本人だったのか? 連中は容姿を統一しているそうだが」

「それ……は……」

完治してから登校してきてるんだから、朝には無傷になっている。確認などしようがない。しかしアズサは死体か?という有様の12使徒が搬送されていく場を見ていた、確かに12人瀕死のはずだったのだ。

なんで朝普通にいる? おかしいよ……。

「他の、戦果の情報も欺瞞情報としか思えないものばかりだ。トリニティは権威を高めるために情報戦をしているという話も聞いている」

常識的に考えればそうだろう、様子がおかしすぎる……だが現実だ。

本当に様子がおかしすぎるのは、その狂ったダチョウ12羽をたった一人でブチのめすようなモンスターが、少なくともこの地上に二人は確定でいることだ、恐怖に凍りつく、あまりにも辛い現実である。

こんな連中に戦いを挑むとか、完全に自殺だろ。しかし寝返っている身ではこれ以上言い募ることもできない、その日が来てしまうまで、アズサは地獄に向かって走る家族を止められず、見ることしか出来ないのだ。

「アズサ、慣れない学業と並行しての任務だ、その中で報告書を作ってくれるのはありがたい。だが明らかに疲労の色が濃い……任務の開始まで休むんだ」

「サ、サオリ……」

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