「サオリ、アズサは大丈夫だろうか」
「報告書の体を成していなかったからな……心配だが、アズサならやってくれると信じよう」
「それもあるけど、補習授業部に入ると連絡があったよね」
「ああ、それが?」
「私達はマトモな学生の勉強なんてしていない、合格できると思う?」
「……そういえば、落第しすぎると普通の学校は退学になるんだっけ」
「退学!? 辛いですね……苦しいで……ってそれ任務失敗では!?」
「ア、アズサ……」
「ごめ゛ん゛な゛ざい゛……」
「ツバメちゃん……」
「すまん、つい」
2年3組落第組の眼前には、土下座姿勢の正実制服を纏った一年生の姿がある。下江コハル、この度無事落第となり、補習授業部入りの若鳥。
その……一年坊の身でありながら、先輩2年生のヒフミ・アズサ・ハナコにナメた態度をとった刑(なめとんのかコラ)が実行された姿である。城島ツバメは礼儀にわりと厳しい部類の鳥類だった。
ちなみに同僚の礼儀欠如の件でこの後、大内達正実入りした特殊戦研究会後輩達への詰問が待っているので、被害は下江コハルに留まらない。恐鳥達のリーダーは、平時おおらかな性格だが、指摘するべき時は指摘する女である。
ツバメは当初先生の背後に居た(警護ムーブ)のでコハルは気づかなかったのだ。お調子発言を繰り返した結果、見慣れぬ大人の女性の背後から音も気配もなくスッと登場した、ティーパーティーの白制服に身を固めたその姿を見た瞬間、コハルは凍りついたが遅かった。
12使徒の威圧は自称エリートの一年生にはあまりにも強すぎる圧力だったので、可哀想なことに震えながら床に蹲るしかコハルには選択肢がなかったのである。
「その、城島さん……そのあたりで、人馴れしてない子だと思いますし」
「そうか……」
土下座のコハルをかばう浦和ハナコは今、水着である。出だしからしてカオス極まる光景に、補習部顧問としてやってきた先生はドン引きだった。先生は必要なら人の足も舐めていくスタイルだったが、それはそれ、これはこれである。
カズサも昔そんな感じだったな。そう思った城島ツバメは補習授業部唯一の一年生、下江コハルを許すことにした。許すと決めたら特に後を引かないのも、この連中に共通した特徴である。だが基本、この暴の生き物は存在が怖いので、コハルは初手から完全にビクついてしまった。
「立て、一年。以降はタメ語でいい」
「は、はひ……」
「ツバメちゃん……」「城島さん……」
「?」
「ツバメは上下に厳しいな、指揮官らしい」
「そうかな?」
「うん」
補習授業部。阿慈谷・白洲・浦和・下江、そして城島の5名が揃い、正義実現委員会の反省室前で、ここに後にやらかしの伝説を立てるハジけた部活が混沌の中、結成された。
「ところで浦和、なぜ水着?」
「…………色々ありまして」
「な、なんで急にしおらしくなってるのよ!! おかしいじゃない!?」
「真顔で詰問されるとこう……」
「恥ずかしがるなら初めからやらないでよ!? 連行する私だって恥ずかしいんだから!!」
「そんな……水着で出歩いてはいけないのですか? 水泳の時には困りますね……」
「と、時と場合ってものがあるでしょ!? プールで着るのが普通でしょ!!」
「噴水がありましたしね」
「噴水は!! プールじゃない!! 人が入っちゃだめ!!」
「去年は何人も漬けてたが?」
「……あれ、今年はしないほうがいいですよ城島さん」
「必要ないならしないが、近日中に一人予定があるんだ」
「こ、怖すぎる会話しないで!? 漬けるって何!? 人を!? 何があったの!?」
「話せば長くなる……最近は居ないが、去年は陰湿なカスが居てな。他人に水をかけて濡らすのが趣味だったようだから、噴水で自分も濡れてみてはどうかと……ついでに空気の美味さを教えていたんだ」
「ひ、ひぃ……」
「城島さん……」
「対拷問訓練か、あれはつらいものだな……」
「わかるかい、アズサ」
「ああ」
「あはは……ど、どうなっちゃうんでしょうね……先生……」
゛どうしようねぇ……。゛
「賑やかだね」
゛アズサは動じないなぁ……。゛
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「えっと、そういうわけなので……皆さん、なんとか合格して補習授業部脱出のために頑張りましょう!!」
「それはいいのですが、何故この別校舎に?」
補習授業部はその開始から、中央と離れた別校舎にて合宿形式で行われることとなった。言うまでもなくティーパーティーの差配である、そして校舎は事前に清掃されていた。
下見をしたミカの「さすがにこれはなくない?」の一声で決まった大掃除が、ツバメ以外の12使徒と正実選抜隊の面々で実行されていた。当然、掃除のついでに仕込みもされている。
「補習授業部は期間中、こちらの校舎で集中授業になるみたいです」
「……去年はそんなことなかったように思いますけど、城島さんは何かご存知ですか?」
「……いいや。それと浦和、私のことはリクの奴と同じでいい」
「なら、ツバメさんと呼ばせてもらっても?」
「かまわない」
「なら、ツバメさん。私のことも、ハナコ……と」
「わかった、ハナコ」
「白洲さんも、アズサちゃんと呼んでも?」
「別にいい。ヒフミも、ツバメもそう呼ぶ」
「ならコハルちゃんも」
「わ、私は馴れ馴れしくなんか……!!」
「下江」
「はひ!?」
「ツバメさん……」「ツバメちゃん……」
「いや、脅かしているわけじゃない……同じ隊だ、そんなに尖らなくてもいいだろ。馴れ合いとは違う、仲間だ、違うか?」
「なるほど、ここは追試という強敵に立ち向かう、同じ部隊だと言いたいんだな、ツバメ」
「そうだアズサ……下江。いや、ハナコに倣うか。コハル、よろしく」
「……その、よろしく、おねがいします」
「敬語はいらんて。大内から聞いてる、優秀と」
「え!? あ、その!?」
「頭以外は」
「ウッチー!? なんでよ!? アンタだって赤点ギリだったでしょ!!」
「あはは……でも、ツバメちゃんも含めて、この場にいる全員落第なので……」
「……!!……………」
「ぅぅ……」
「表情ほぼ動かないですけど、意外というか、わりと感情判るものですね……コハルちゃんもなんだか」
「そうなんですよハナコちゃん、わかりますか? このツバメちゃん独特の……あ、それわかります、コハルちゃんも何か通じるものありますよね」
「なんだか可愛らしく思えてきました……まあ油断はできませんけど……」
「ハナコちゃん?」
「いえ、なんでも」
微笑ましいやりとりとは別に、浦和ハナコはこの補習授業部の裏に隠されたものを感じていた。
補習授業部は通常であれば編成されない部活……なのだが、去年は何処かのティーパーティー所属の生徒が大量に送り込まれたので、ここ二年は連続で結成されている。ただその時でもこのような、隔離まではされなかったと記憶していたから、よけいに気になっていた。
この5人が集められた意味、それを知るためにも近づかねばならない生徒がいる……ティーパーティー・ホスト、桐藤ナギサ直轄部隊、12使徒……そのリーダーである、城島ツバメ。
これは異様にも思える。彼女は去年末合格しており、あまり賢くないと噂の12使徒達の中では抜きん出て頭が……一般生徒レベルだとは思われるので、彼女一人だけが落第という点で、ハナコにとって違和感が勝った。作為的なものを感じるのだ。
確実に何かを知っているだろう城島ツバメ、しかし親しくしておいて損はない。それに本人には……特に思うところもない。コハルへの対応を見るに、世間の噂ほどの恐ろしさは感じない。
クラスメイトの12使徒、炭沢リクもそう。彼女達は善性で、悩んでいるとみれば助けがいるかと走ってくるタイプだった。ただ基本彼女達には問題解決手段が暴力しかないので、ハナコの悩みには無力なのだが。
元々ティーパーティーの制服を着ている生徒としては、トリニティ生の間では特に慕われていると言ってよかった。ティーパーティー所属となると、多くは憧れの対象であって、近づくのも憚られるという高嶺の花だ。しかし12使徒はあまり賢くないという親しみやすさがそうさせるのか、最近は一般生徒達との距離も近くなってきている。
そもそも学区外での暴れぶりはなんだったのかというほど、普段から大人しいのだ。下級生の間では彼女達の羽根に包まれることに憧れでもあるのか、よくせがまれている光景を目にする。
羽根を欲して引っ張るという、去年の光景を知っている身からすれば恐怖に凍りつくような行為も横行していた。初め見た時は何が始まってしまうのかと恐ろしく思っていたが……12使徒達は一般生徒には殆どされるがままだ。
それもあって雰囲気ほどに、恐れる必要はないと感じている。そもそも12使徒というなら、B小隊隊長の炭沢リクと浦和ハナコは既に親しいといって良い関係だ、去年からの付き合いであったし、今更である。
……しかし、親しくなりすぎると危険な香りもしている。ティーパーティーが浦和ハナコと城島ツバメを同じ場所に配置する……それは、ハナコにとって、考えたくないことであったが……。
「そういえば落第のこと、伊藤さんに叱られたのではないですか? ツバメさん」
「伊藤? 伊藤がうるさいのはいつも。ハナコは伊藤と仲良かったのか、クラス違わなかったか?」
「時々お話することがありまして、ね。私のこと、何か言ってました?」
「今すぐにでも欲しいとか、寝言で言ってた」
「そ、そうですか……」
仮眠室に辿り着けず廊下で寝落ちしてる時に言ってたぞ、という補足をハナコは聞きたくなかった。その状況が様子がおかしすぎるということに気づいて欲しい、学生生活として重大な問題があることに。
「そういえばハナコちゃんも12使徒の皆とはクラスメイトでしたね、リクちゃんと」
「あの子は結構表情も動きますから、もっとわかりやすいですよ、身体も翼も、くるくるとよく回る子で……」
「そうなんですね!! 結構違うんだなぁ」
リクは……私は無敵だとか、不死身の〜だとか、とにかく言動もツバメとは大きく異なる。聞くに口数は12使徒達の中で最も多いらしいので、こうしてみると容姿は似通っていても、かなり個人差があるのだとハナコは改めて感じた。
「私のクラスにはいなかった、残念だ」
「アズサは11組だったな、隣にユイがいる、今度連れてこよう」
「同じ容姿だと聞いた、本当に実の姉妹ではないのか?」
「見た目を寄せているだけ、でも魂は姉妹」
「家族か、それはいいな」
「わかるかい、アズサ」
「ああ、私にもいる……」
どこか雰囲気の似た、少し自慢げな二人の横顔に、羨ましさを感じるハナコだった。
「……」
「えっと、コハルちゃんのクラスはどんな感じなんです?」
「あ、えっと、私のところは……」
「大内がいたな」
「うん!! ウッチーは入学した時にね、それで席も隣でね」
二年生の会話に入れず、少し疎外感を感じていただろうコハルをすかさずヒフミがフォローする。こういうところが学年で広く慕われているのだなと感じさせる人の良さ、そして面倒見の良さだった。
それだけならば、よかったのだが……。
阿慈谷ヒフミはティーパーティーの首座、あの桐藤ナギサと親しいという噂があった。それは噂などではなく真実だということが補習授業部部長就任を「ナギサ様に頼まれました」という、どう聞いても「直接伝えられた」だろう先の言葉から感じられ、ハナコは警戒を緩められずにいた。
あの桐藤ナギサにティーパーティー・テラスに直接呼ばれて? これで一般生徒な訳が無い。特定の部活に入っているわけではないと聞いている、けれど……噂のティーパーティー情報部の秘密部員という線もなくはない。
ハナコはティーパーティーの幹部からヒフミが「様」付けで呼ばれている様子を二度見ている。それはシスターフッドの長、歌住サクラコに誘い込まれ、逃げられなかったお茶会での席のこと。3年の、総務の長と砲術委員会の長にだ……本当は一体、どんな地位にある生徒なのか。もし、情報部の長、あるいは次期のそれだとしたら……。
試験を受けられずにこの補習授業部に来たという話だったが、本当に? 受けなかったの間違いでは? そういう疑念がハナコの中に渦巻いていた。疑念、疑念だ。ハナコはじわりと寄ってくる予感と戦っている。
外堀を埋められつつある、そういった……疑念と、予感が。
゛皆、仲良くなれたみたいだね。゛
「あ、先生!! 戻られたんですね!! どうでしたか?」
゛総務の藤沢って子から、色々と資料もらってきたよ。あと皆頑張ってねって。゛
「わぁ、ありがとうございます……。チャンスは3回……皆さん、あらためて頑張りましょうね」
「挽回して見せる」「ほ、本気だせば……大丈夫なんだから!!」「? コハルも手抜きしてたのか?」
「…………改めて先生、よろしくお願いしますね」
゛よろしく、皆……さっそくだけど、第一次追試だよ……。゛
「答案の見直しはしてましたから、大丈夫です。もしかしたらこれで早くも合格なんてことも…………ツバメちゃん?」
ヒフミは、前髪の奥に隠れたツバメの目が泳いでいることに気づいた。
「ツバメちゃん、見直しは……」
「…………」
「ツバメちゃん……」
12使徒は過去を振り返らねぇんだ、そうのたまったツバメの羽根を、ヒフミは思い切り引っ張った。ビクともしなかった。
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「……以上が、今私達トリニティに迫っている状況です。重大な脅威に直面している、そう言って良いでしょう」
補習授業部発足の前日。密かにセーフハウスへと集結した12使徒は、己らの主、首席生徒会長であるトリニティの総領主、桐藤ナギサから現状の詳細を聞いていた。
古きアリウスとの因縁、継承された憎悪の連鎖、それが今になって爆発しそうになっていること。事は単純ではない、しかし……やるべきことは単純であるとも。
ナギサは努めて12使徒へ「選択した」情報の開示を行った。これまでの経験から、あいまいな状況であいまいな命令を発した場合、大変なことになるのが目に見えていたからである。
伝えられること、伝えられないこと。それはあれども隠さない、選択し、今開示はできないと理由を明かし、明確に直接言う。これがナギサが12使徒から信頼を勝ち得た方法であった。
ナギサはそれとはわからぬように振る舞いつつも、相当な緊張感をもってこの場に望んでいた。呼び出した場所がセーフハウスの地下会議室なのは、ただ盗聴を恐れてのことではない、12使徒達の意識を自分だけに、強く向けるためだ。今、けして他人の言葉を混ぜてはいけない。
ナギサだけが発する言葉を、この12人に聞かせる必要があった。
「ナギサ様、質問をよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「アリウス学兵達は皆、その大人……何者かによる完全な支配下にあるということでしょうか? 襲撃は自分達の意思ではなく、命令によって実行されると」
判っていた、これが彼女達の逆鱗に触れることなど。
「そうです、アリウス閥は未確認の大人「マダム」なる人物の支配下にあります。生徒達は自分の意思のつもりかもしれませんが、状況的に考えて……強いバイアス、指向性のかけられた精神状況でしょう」
この12人は善性の娘達なのだ。たとえ狂ったような暴力性を発揮し、街1つを灰燼に帰すことも厭わない存在であっても、根底には「弱者を助く」思想が明確にあった。
12使徒の思想はシンプルだ。
己の意志で銃を取る者は、実力の如何に関わらず弱者ではない。しかし戦うことを強いられ、望み無くトリガーを引かねばならない者は……どんなに強くても弱者である。企み、弱きを強いる者の論理に圧せられる人々の代わりに、自分達が力をもってこれを圧するという思想。力による力への圧政。
それはあまりにも暴力的すぎる正義の体現。社会のそれを破壊しかねないだけの、行き過ぎた思想。その道を探して迷いし12の翼が、お前は倒すべき者か否か、その真を時に問えぬという彼女達に道を示すと言った誓い。それが果たされ続ける限り、12使徒は桐藤ナギサに従い続ける。
そんな彼女達が見ることになるアリウスの生徒達。
これから戦うことになる、アリウス閥の生徒達が置かれている状況、それは……。
悪の大人に虐げられ、戦うことを強要され、強弱で選別され。喜びも楽しみもない、優劣を決めるための闘争でもない、ただ虚しい「大人の思惑」で戦いという崖に向かって突き落とされていく様である。
恐鳥の逆鱗に触れるどころではない、引き抜くに等しい。ナギサでさえ見たことのないような暴力が振るわれることは確実、命の心配をしたほうがいい領域に入ってくる。だからこそ誤解の余地無く必要な事を伝え、その上で命令を下す必要があった。
力を振るう時は今ではない、我が意に従えと。
「洗脳状態と判断しても?」
「ええ」
その問いを肯定する。そうでなければ、アリウスの学兵達は再起不能になるかもしれなかった、それだけの暴力性を備えているのだ。状況的に手加減をさせることはできないが、過剰な暴力を防ぐ方法として、これは必要な措置だった。
この措置があっても、アリウスの学兵達は酷いことになるだろう。立ち向かってくるならば手心を加えるような12使徒ではない。たとえ同情があろうとも、友誼を結んだ相手であろうとも、眼前の者と戦うと決めた時には、全力で力を行使するからだ。
この12人は意図を読むといった器用なことは出来ない、だが適切な命令さえ与えれば、12使徒は応えてくれる。だから疑問には真摯に答える必要があるのだ。これを怠った時、ナギサは信を失う、それは彼女達を制御する手段を失うことと同義だ。
たとえ恐ろしい結果が待っていたとしても、これを避けて通ることはできない、しない。だからこそ、12使徒の忠誠は常に桐藤ナギサにあった。
事実、アリウス閥の生徒達は洗脳され、圧政下にある。これは真実と言って良いだろう、白洲アズサからもたらされた情報から見て、これを否定する要素はない。
「10年前の内戦終結の折に、アリウス閥を掌握したと考えられています。以降の所属生徒達は全て、かの大人の思想教育下にあり、学生らしい生活とは無縁の、軍事教練だけの生活であったのだと」
表情は全員全く変わらない、しかし肌で判るほどの圧力が漏れ出ていることが、ナギサには判った。微動だにしない12人、隊長である城島ツバメ以外に口を開く者は居ない。あえて伸ばされている、髪に隠れた全員の目がナギサを見ていることだけがわかった、その瞳の奥に滾るものがあることにも。
ここで手綱を緩めれば大破壊の現出が早まりすぎてしまう。敵の経路がカタコンベであることは判明しているのだ、どんな手段を取ってでも彼女達は突入してしまうだろう。できるだけ穏便な進行を心がけたいナギサとしては、ここで明確に命令を発する必要があった。
カタコンベに向けて先制攻撃をしない理由はいくつかある、エデン条約もそうだが、問題は進行ルートが不明なことだ。内部が変化するためミカが偶然使用できたルートも、既に意味をなしていない。
「あえて敵と呼びますが、彼女達アリウス閥の学兵は洗脳状態下にあります。歪められた意思によって敵となり、植え付けられた憎しみを胸にトリニティへと侵攻してくる……これを迎撃し、捕縛する予定です」
「その上で逆侵攻を行うのですね?」
「そうです、ですがそのためには段階を踏む必要があります。先ず敵地の情報がありません、アリウスの情報が失伝して既に数百年、こちらはほぼ手がかりがないのです。協力者である白洲アズサさんは帰還ルートをもっていませんでした」
「帰還ルートを伝えられていない理由は、アリウスは彼女の生還を期せずという意味でしょうか、見捨てられていると?」
「いいえ。機密保持のために本拠地へのルートは当日にしか知らされない仕組みを構築しているようです。つまり、逆侵攻のためには帰還ルートの情報を保持している生徒を捕縛する必要があるということです」
アリウスが地上の情報、今のキヴォトスの情報を殆ど持っていないと思われた時には不思議に考えたが。自分達の秘匿をここまで徹底しているなら得心が行く。秘密主義も行き過ぎれば外部情報をも失うのだ。
それにマダムとやらはおそらく、アリウス生達にあえて情報を開示していないと思われた。今のトリニティの状態を知れば、白洲アズサのように離反する者も出るだろう。あまりにも自分達の置かれた状況と違いすぎるのだ。そうやって、生徒達を思想的にコントロールしているのだろう。
そうでもなければ、この自殺的な攻撃の理由がつかない。
今のトリニティに向かって突撃しろなど、死ねと言っているに等しい戦力差だ。件の大人「マダム」の目的がわからない……勝てるはずなどないのだ。それでも実行してくる、何が狙いなのか、そこを探らねばいけないが……マダムという呼称以外、全く情報がないという不安があった。
しかし。
「私は先日、1つの決断をし、各首長達、そして学閥の長達と話し、重大な決定をしました。……アリウスを制圧し、彼女達生徒の身柄を全て……かの大人から奪還するということです、トリニティの全軍を用いての戦いとなるでしょう。その時、貴女達にも命令が下ります」
「はい、ナギサ様。我らは万難を排し、全てを打ち倒してご覧に入れます」
「必要な情報は逐次伝えます、我が意のある時、その日を待つように」
「事が起きた時……貴女達を信じ、その力に我が身を委ねます」
12人の使徒が一斉に完全な統一感のあるカーテシーをもって、桐藤ナギサの命令に肯定の意を返した。全幅の信頼を置く主人に対して、それは彼女達なりの最敬礼である。
そうだ、関係ない。大人が何を企もうと。
12使徒を全力で叩き込んで、壊れない策謀など無い。
そのマダムとやらが何を考えていようが関係ない、どんな企みだろうとも……全てを破壊してやるとナギサは決めた、だから容赦しない。躊躇いなく、たとえ結果どんな光景が待っているとしても……。
ナギサはひとつの決断をしていた、アリウスの解体である。
負の連鎖をここで断ち切り、このトリニティの日の当たる場所で、新たなアリウスとして再出発してもらう、そのためにも……その命令を下す。
「……全て破壊しなさい、容赦の必要はありません」
「「「「「「「「「「「「イエス・ユア・マジェスティ」」」」」」」」」」」」
12の翼が平伏し、天使達の王、その命令に服した。
・正義実現委員会、選抜中隊1年生ズ
「ほげぇぇぇ!? コハッおまっ!? 姉貴になんて口聞いてんだよ!?」
「怖いもの知らずがすぎるだろ……死ぬぞ……」
「でも最近丸くなってきてない? 中坊の時なら処刑だったよね」
「大将も歳とってきたから、大人になったんだよ」
「その物言い、聞かれてたらガチ処刑だと思うね」
「つーか最近タメの連中、姉貴達に気安すぎね?」
「わかる、羽根引っ張ってるの見た時は血の気が引いたね」
「でもくすぐったそうにしてるだけでキレなかったな」
「ひでー!! 昔は死ぬほどぶん殴られたのに!!」
「差別反対!! 私達特殊戦の後輩達も大事にしてほしい……」
「ちゃんと言いつけ守って後輩達も育成してきたのにー!!」
「来年は3学年オール特殊戦勢揃いだ、キヴォトスが平和になっちゃうね」
「楽しみよ、きっと喜んでくれるね」
「……カズもいればなぁ」
「つーか、カズが普通に姉貴達とつるんでるのが……なんでだよ」
「言うな、それは」
「でもよウッチー……」
「言うな!!」