トリニティの12使徒   作:椎名丸

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正実作戦部「12使徒が暴れたら大変なことになるから警護重点にしてもらってます。後続も逃さず捕まえたいので、全員静かに仕留めてくださいね」

正実選抜中隊「おかのした」(? 姉貴達は必要なら無音で暴れキメるけど?)

ダチョウCチーム「ほいよw」スゥゥゥ(闇に消える)



16・ダークナイト・ライジング

 

 斥候として、一人トリニティの庭園を進むアリウス生徒は言いようのない恐怖と戦っていた。通信は切れ、バディである小隊の仲間とも逸れ、未知の場所に一人取り残されている。

 

 周りは闇だ、街灯が僅かについている道の側は発見される可能性があるため、避けて通るしかない。そのため、彼女が走らねばならない場所は酷く暗かった。

 

 任務は斥候、索敵と探索。爆薬を設置するチームに先んじ状況を確認、その連絡。斥候は常に冷静で、高い偵察技術と隠密行動能力を持つ優秀な生徒が配される。そんな彼女でさえ、底しれぬ怖れに苛まれていた。

 

 只管に不気味だった、この闇が。

 

 そもそもバディと逸れるというのがありえない、自分達はそんな低練度のチームではなかった筈なのだ。しかし現実として相棒は消えた、何一つ痕跡を残さず……まるで最初から居なかったかのように。

 

 無線は不通……彼女は走るしか無かった。一度隊に戻り、報告し、連絡を確認して捜索のために予備隊を出してもらう……ことはできないかもしれないが、何か手が……。

 

 警戒はしていた。バッテリーの問題で常時使えはしないが暗視装備もあった、完全な闇ではない。しかし焦りがあった、恐怖があった、判断力を鈍らせるには十分だった。

 

 だからそれは必然なのだ。

 

 植木の影に滑り込もうとした瞬間、アリウス斥候の少女は口を背後から塞がれ、同時に銃を持っていた右手を手首から折られ、トリガーを引けぬまま銃がするりと手から抜かれる。壮絶な痛みに声を上げようとするが、まるで口に鉄板が溶接されたかのように声音は漏れず、首が折れそうなほど背後に向けて背骨を支点に押さえつけられ、身体の自由を瞬時に奪われている。その間に膝は崩され、足首を踏み砕かれた。

 

 そして脇腹に拳が一撃。トラックに轢かれるとかそういう次元の衝撃を超え、戦車の砲弾が突き刺さったような一打に内臓を打ち据えられた瞬間、目がぐるりと裏返ったアリウス生は気を失った。

 

 斥候の生徒は自分がその「何か」の居る垣根の影に、自ら走り寄ってしまったことすら認識できていなかった。最初から最後まで、彼女は誰に何をされたのか、理解することはなかった。

 

「……」

 

 黒いティーパーティー制服の姿が闇夜に僅かに浮かぶ。しかしそれは瞬きほどの時間で姿を消し、再び闇の中に溶けていった。

 

 

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 < 聞こえるか? チームⅧ、どうだ? >

 

 < よく、きこ……ない、どう…… >

 

「隊長、これでは……」

 

 浸透を開始したアリウス学兵先行部隊は困惑していた。地上に出るや、無線通信が不調なのだ。しかし原因は判っている。

 

「白洲からの情報通りか、今日明日は磁気嵐で無線は不調になると……」

 

 白洲アズサはスクワッドを通して「磁気嵐」の発生を伝えていた。地上での勉強で学んだというそれは、月と太陽の位置によって発生する自然現象であり、無線の電波に悪影響をもたらす……都合の悪いことに作戦決行の日に被るというのだ。

 

「白洲は作戦日の変更を願っていましたが……」

 

「……マダムの決定には逆らえないよ」

 

 有益な情報を活かせない。そんなもどかしさが彼女達の中にあれど、絶対者の命令に背くことは出来ない。アリウス生達は命令の通り進むしかないのだ。

 

「幸い完全に不通にはなってない、以後も予定通り進める。潜伏隊は予備案に基づいて、白洲の設置したビーコンの捕捉を急がせろ、電波状況が悪くても拾えるはずだ。電信、継続発信」

 

「了解。信号発信します」

 

 だが、磁気嵐などない。それは駐機場で「寝ている」筈のV-22オスプレイ、ティーポット2機のECM電子戦術システムによる、広域アクティブ電波妨害だ。

 

 ティーポットのオペレーター達は手練れだった、さも自然現象のように、上手く調整して電波妨害をしてみせた。定期的に解除したり、帯域を開けて通信できる時間を作るなど、この日のために訓練してあった。

 

 アリウスは高度なシステム兵器を保有していない、磁気嵐と電波妨害の違いを知ることはできなかったし、学生の本分である学業を受けられなかった彼女達は……磁気嵐というものがそう頻発する現象ではないと知らない。

 

 生徒であることを捨てさせられ、得られなかった力……知識。

 それがアリウスを追い詰めていく。

 

「そろそろ、第一工程の爆薬配置が済むと思うが……」

 

「先遣隊との連絡も錯綜して不通です、時折繋がったようになりますが」

 

 設置できたのか、できていないのか、それがわからないのでは作戦の可否も判断できなかった。しかしアリウス学兵は無線がなくとも活動できるように訓練されている、通信装備の数が足りないという現実が生んだ、高い練度であった。

 

「連絡を取れ、何人か送るんだ」

 

「既に送っていますが、未だ……」

 

 そうして斥候を送り出す……しかし、それも中々戻らない。

 

「……地形の把握もできてない場所への攻撃は、無理があります」

 

「言うな、わかっている」

 

 トリニティは広い、そして本来攻撃目標でない場所へ急遽爆薬の設置を決定したため、白洲アズサの送ってきた作戦地図では不足だった。元々桐藤ナギサの暗殺が目的だったのだ、その行動範囲しか調査されていない。

 

「!! 隊長、一人戻ったようです」

 

 闇夜をかき分けて、アリウス学兵の制服とガスマスクを身に着けた生徒が慎重に近寄ってくる姿があった。

 

「やっとか、どこの隊だ? 設置は成功したか?」

 

「はい、設置は……」

 

 アリウス先行隊を指揮下に置く大隊長は、その声音を聞いた時、違和感があった。暗視ガスマスクでくぐもっているため、声音は聞き取りづらい、しかしどこか発音が……。

 

「できませんでしたね」

 

「!?」

 

 指揮所となっていた街路樹の影が、一度ガサりと揺れ……静かになった。

 

「3名排除」「ティーポット、無線解析を、この隊は無力化したか?」

 

 < T1 解析中……発信電波認められず、ユニット・チャーリー4を無力化と判断 >

 

 < T2 解析中。現在コンタクト無し、先遣部隊は全て排除と思われる。確認せよ >

 

「セレクションE1よりティーポット、了解した」

 

 ガスマスクを取ったアリウスの制服を着た生徒、それは正義実現委員会選抜中隊の隊長、大内。仕留めた生徒から制服を奪い、アリウス学兵に扮して部隊に近づき、連絡員のフリをして油断させたところを小隊で背後から襲い、サイレントキルを繰り返していた。

 

 かつての中学時代、特戦研で鍛え抜かれた「直系」の2小隊は12使徒に近しい練度の隠形を持つが、相手に化けることもできる。味方の姿で気が抜けた相手の背後を取るなど容易い。ましてこの場は電子戦機の完全な支援が約束されている、トリニティの庭の中。

 

「馬鹿な連中だ、役立たずの無線機など諦めればいいのに」

 

「全部逆探で、位置と数まで特定されて追えるってのにな」

 

「不用意に電波なんか出してさ、素人かっての」

 

「暗号化も無しで垂れ流しだぜ、無知は怖いね……」

 

 貧しいアリウスに、電子戦の概念などあるわけもない。

 そうして、浸透したアリウス学兵は気づかれずに狩られていった。

 

 先遣の工作部隊はこうして1時間程で壊滅し、何も知らない後続が襲撃準備のためにやってくる……。それは早朝に襲撃を実行する本隊を援護するため、内部に浸透・潜伏し、迎撃に出撃してくる正義実現委員会を背後から強襲……本隊と挟撃するための、先行支援部隊だった。

 

 < 先行し……えるか、状況…… >

 

「 よくきこえない、設置は遅延している、どうぞ 」

 

 < ………どうな、遅延…… >

 

「ティーポットはいい仕事するぜ、ミレニアム様々だよな」

 

「ウッチー性格わりぃよー」

 

 無線が錯綜して役立たずなら、声音で敵か味方も判別などできないのだ。それは乗っ取った無線を使い、偽通信が仕放題ということを意味した。電子戦下でしか味わえないボーナスゲームだが、トリニティならば望めば何時でも手に入る支援でもある、この地力の差こそが全てだった。

 

 < こちらセレクションE1。総長、先遣隊を排除。爆薬設置を阻止しました >

 

 < よくやった、警戒し待機しろ >

 

 トリニティ総領主を警護している特殊戦研究会総長、12使徒……アポストル隊A1からの通信は簡素だ。しかしお褒めの言葉があった、それに大内は気を良くする。特殊戦としての充実感、偉大な先輩達の力になれていることが嬉しかった。皆、こういう日を夢見て鍛えてきたのだ。

 

 同時に、その活躍を直接目で見れないのが残念でもある。

 

 アポストルチームC小隊が今、全員散開してアリウスを刈り取っている……ようなのだが、大内を以てして、それに全く気づくことができないのだ。

 

「やっぱやべーよな姉貴達は、正直集まってない時のほうが怖いまであるね」

 

「居るか居ないかすら、全くわからんもんね」

 

「気ィぬくなよ」

 

「「「「!?」」」」

 

 バッと振り向いた大内達セレクションチームE小隊の面々が目にしたのは、黒いティーパーティー制服に身を包んだ……12使徒の一人、Cチームの小隊長、花川カオル。

 

 夜の闇の中にこつ然とその姿はあった、数瞬前まで確かに、そこには誰もいなかったのだ。そもそも大内達E小隊とて、完全な油断などしていない。4人が顔を突き合わせたその一瞬で、カオルは影から抜け出て背後を取った。

 

 ヴェールで覆われたように顔も黒布に隠れており、白い肌が見える部分はない。その頭上にヘイローが見えないことも、E小隊が接近を見逃した要因の1つであった。

 

 ヘイローは物体を透過する、意識あるかぎり点灯しているキヴォトス人の特徴。ではどうやってそれを? まさか無意識で行動している筈などあるまい……。答えは単純、顔を隠すヴェールは制帽を跨ぐようにして羽根から掛けられた、白い羽毛を隠すための遮光ストールの一部。広げたそれを背中で持ち上げた翼で覆い、物理的にヘイローが見えないよう隠しているのだ。

 

 ヘイローは強い意志に反応して輝くことがある、心を極限まで平静に保ち、座禅に近い領域に落としたカオルのヘイローの輝きは鈍い。遮光ストールに覆われると目視できない。キヴォトスの民にとってヘイローが光っているのは当たり前のこと。その意識の隙間にこれは刺さる。

 

 仕留められた斥候達が、真横にいるのに気づかなかった理由の1つである。闇夜で無意識にヘイローの光を探す癖がついた学兵の心の隙をつく隠形。

 

「特殊戦が背後取られるようじゃ、いけねぇよ」

 

「すんません……姉貴……」

 

 だが、それは油断と言えた。特戦研の後輩達はその手管を知っている。闇の中で近づくその動きも。一人がその方向を警戒していれば捕捉はできた……12使徒の小隊であれば、そんな隙は晒さない。必ず一人は別方向を探っている、それを怠ったことは失点といえた。

 

「作戦中だ、今日ばかりは私らもガチだってこと、忘れんな。ツバメが知ったらドヤされんぞ……ワカってんだろ、ウチ」

 

「はい……」

 

「あとな、ウチ……その制服、とっとと脱げ。お前にゃ、似合わねェよ」

 

「!! うす……」

 

 言葉少ないカオルのそれは「賢しいことをするな」という叱責ではない。悪党の服など似合わない、正しいことをするための服でいろ……そう、大内は理解する。

 

 口調こそ恐ろしげながら、アポストルチームC1……花川カオルは何かと後輩達を気遣ってくれる、情深いよき先輩の一人であった。実際この場にいたのがA1、城島ツバメであったなら初手「指導」不可避だった。

 

「おう……ついでだ、来い」

 

「「「「うす!!」」」」

 

 そうしてついて行った大内達が目にしたものは……校舎の影で山と積まれた、くぐもった嗚咽を漏らしながら恐怖と痛みで固まり、流した涙で濡れるテープで口を塞がれた……手足を全部逆向きに折り曲げられて四角く整えられた、アリウス学兵達の姿であった。

 

 人間って四角く折り畳めるものなんです?

 哀れとか、そういう表現でもう済まんでしょこれは。

 

「ワォ……」

 

 こんだけぶっ潰して完全無音だったんすか? マジで私らわかんなかったっス……流石にちょっと先輩が偉大(ヤバ)すぎて引きますわ……という顔で固まった大内達であった。

 

「仕留めた連中がな、多いからよ……運ぶの、手ェかしてくれ」

 

「うす……これ全部素手でやんの、ヤバすぎっすよ……姉貴」

 

「そうかァ? お前らも、できるようになるよ」

 

 なるかなぁ……いや、特戦研がそんな弱気じゃいけねぇよな。腕力鍛えよ……E小隊の面々は強めの筋トレを誓った。恐鳥の後輩達もあまり賢いとは言えなかったので、基本パワーを強化する方向にしかいかないのである。

 

 

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「爆薬の設置に手間取ってるらしいが……」

 

「地図も不確かな場所で夜間任務だぞ、時間通りにいくわけもない。もう無線はいい、さっきから雑音だけだ。……こっちか? 梅沢、どうだ?」

 

「ビーコンは拾えています、この建物が潜伏用の施設だと」

 

 先行潜伏部隊150名、アリウスの乏しい戦力から抽出された夜間作戦ができる精鋭が、朝を待つ場所へと誘導される。白洲アズサというスクワッドチームの工作員が設置した待機場所へのビーコンを目指して……。

 

「なんだ? この施設は」

 

 扉を開けた先に広がる空間、それはアリウス生徒には見覚えのない施設。

 

「何か、天井のない体育館?のように見えますが……」

 

 それはテニスコート。四方を壁と、その上に設置された数多の客席に囲まれた、淑女たちの遊技とスポーツという名の、社交の場。

 

 そのコート中央に置かれた鞄の中身は。

 

「隊長、ビーコンです」

 

「白洲らしくもない。ここは見下ろされるし、出入り口が少なすぎ……」

 

 瞬間、目のくらむような光がアリウス生徒達を照らす。

 

「っ 罠だ!! 全周防御!!」

 

 コートを照らす照明の眩しさの中、アリウス中隊150名は互いに背中を預け、全方向からの攻撃に備えて陣形を組む。それは図らずも方陣と呼ばれるものに近かった。瞬時にそれが組める彼女達の練度は確かに精鋭と言えた……しかし防御ではなく逃走を試みるべきだった、それが不可能だとしても。

 

「隊長!! まさか白洲が!?」

 

「今はいい!! 警戒し……あれは……!!」

 

 その時、正面中央の階段から、靴音を静かに鳴らしながら一人の生徒が闇の中から降りてくる。照らされているコートと違い、階段は暗い。その中で、浮かび上がる白い制服を着た一人の生徒。

 

 

「こんばんわ、良い夜だね☆」

 

 

「み、聖園……ミカ」

 

 ティーパーティーの生徒会長、その一人が、ゆっくりと長い階段を降りてくる。闇から浮かび上がった、明るく照らされたコート、その光の中へと歩みゆくその姿は、どこか幻想的で、優雅でさえあった。

 

「全部、罠か……白洲、失敗した、いや……これは」

 

「そ、全部……ね。貴女達は、もうここから出られないの」

 

「ほざけ、一人で何が!!」

 

「一人? ふーん、皆に気づけないんだ」

 

 ミカが左手を軽く振った瞬間、四方の観客席の影から一斉に正義実現委員会の学兵達が立ち上がり、上からアリウス生達に銃を向けた。

 

 その数はゆうに500人を超えている。その練度を物語るかのように、立ち上がる瞬間も、銃が向けられるその音さえも音色が揃い、この場にいるのが正しく精鋭であることをアリウス生徒達に知らしめた。

 

 それは正義実現委員会の基幹部隊。過半以上が3年生で構成された、正しく全員が最精鋭。トリニティの軍事力、その中核戦力。

 

「隊長!? 囲まれています!! 全周に敵が!!」

「何人いるんだ!?」「隊長!!」「上を取られて……!!」

 

「精鋭って聞いてたけど、大した事ないね」

 

「待ち伏せ……そうか、ならこの無線の不通は……」

 

「知りたい? トリニティはミレニアムと仲が良くてね……」

 

「ミカ様」

 

 アリウス隊長が目を見張る。その瞬間まで居なかった筈の生徒が、聖園ミカの側に居た。その白い制服は意匠こそ違えど聖園ミカと同じティーパーティー所属を示すもの。

 

「あ、ごめんねリクちゃん。秘密だった?」

 

「情報は与えないように願います」

 

「わお……ほんっとに油断ひとつしないね」

 

 白洲アズサの作った要注意戦力の報告書。あまりに荒唐無稽のため、マダムの「指示」で精査もされなかったというそれを、隊長は先行部隊を預かる者として手に入れ、目にしていた。

 

 白制服を纏う翼の大きなティーパーティー生徒、それは……。

 

「12使徒、欺瞞情報では……」

 

 B小隊隊長、炭沢リクが聖園ミカの立つ階段の階下に、最初から居たかのように立っている。その位置は開いている片翼を掲げれば、ミカへ向かって放たれた銃弾を即座に防御できる位置。

 

「貴女達の上にいる人は、何も教えてくれないんだね……」

 

 ミカは確信を持ちつつあった。12使徒ほどの戦力の詳細情報を、連邦生徒会にスパイを送り込む力を持ちながら生徒達に伝えない……それは、1つの予感をトリニティに感じさせていたからだ。

 

 この攻撃自体、成功を「求められていない」のではないかと。

 ならば、その目的とは何か……1つの推論が浮かぶ。

 

 ……口減らしだ。

 

 トリニティへの攻撃は手段であって目的ではないのではないか? そんな推論があった。貧しいアリウスにとって「必要でない」生徒は負担だ。ミレニアムの戦闘ロボットを入手した今、不要となったコストを削減しようとしているのではないか、そんな悍ましい分析が、真実味を帯びる。 

 

 だとしたら、彼女達は帰還を望まれていない、きっとこの場にいる誰も、帰還ルートを知らないし、伝えられることはないのだろう。トリニティの侵攻計画に支障が出る結果……それは、今はいい。それでも、彼女達に聞くべきことがある、問うべきことがある。

 

 見捨てられているだろう彼女達に、聖園ミカは問わねばならない。

 

「ねえ、聞きたいことがあるの、いいかな?」

 

「話すことはない」

 

「そういわないでさー、ね? すごく気になるの」

 

 ミカは初めてアリウスと接触したトリニティの生徒だ。好奇心から始まったカタコンベ探索は思いの外スムーズに進み、巡回だったと思われるアリウス生徒と数時間で接触できた……本当に、それは偶然だったのか?

 

「カタコンベに来た私に、接触するように命令、あった? どうかな」

 

「……」

 

 偶然ではきっとない、アリウスを支配する「マダム」の指示があった。そうして接触し、自治区に招いたミカにアリウスの貧しさを見せ、融和を持ちかける……それはきっと最初から、そういう目的だったのだ。

 

 ミカだけが、アリウス自治区をその目で見た。

 

 それはトリニティのそれとはかけ離れた世界。貧しく、辛く。苦しみだけがあるように思えた、食料さえ満足ではないという、トリニティでは考えられない世界……。

 

 そんな貧しい現状を打破したいという声を直接聞いた、だからこそ融和のために動き、白洲アズサを受け入れた……それが全てマダムの策謀、最初から罠、融和など嘘。

 

「ねえ……皆は、あそこで暮らすの、楽しい?」

 

 だが、それは本当にアリウスの総意か? 生徒達は皆、地上の暮らしを求めていないのか? 真っ当な生活が、学生としてのあり方を失った地で生きることに、同意しているのか?

 

「皆、トリニティの事、嫌い?」

 

「……」

 

 隊長は答えない、感情を押し殺し、ただ口を噤む。それが学兵としてあるべき姿だからだ。悲しい姿でもあった、マダムの命令に服すると聞こえは良い。思いも何も、悪いも何も、ただ虚しいと教えられてきた、それだけしか知らない、子供の姿がそこにあった。

 

 トリニティなど見たこともない、今の辛さの原因、自分達を苦しい場所へと追いやった元凶とは聞いている。そこから怒りを持つ者もいるだろう、しかし……結局のところ、全部虚しいと教えられてきた生徒達は、その憎悪さえも虚しい、身体の芯に熱となるほどのものではなかった。

 

 任務達成が不可能な状況、完全包囲下で抵抗も困難となった時。破れかぶれの攻撃でも撤退でもなく、固まって集団防御に入るしか無かったあたりに、それも透けて見えた。

 

 しかし完全な洗脳状態でマダムの命令を全肯定する「選定」された連中に比べ、自立判断で作戦可能な先行部隊の面々は、思想教育により命令へ従順であっても自己判断能力を失っているまではいかない。

 

 彼女達にはまだ、自分の意思があった。だからこそミカは問う。

 

「トリニティはね、平和だよ……美味しいもの食べて、したいことして……自由に暮らせると思うの。あ、勉強は大事だけどね☆ 落第したら補習とかちゃんとあるし、忙しい部活に入ると大変なこともあるけど……」

 

「……それがなんだというんだ、私達に関係ない」

 

「皆もこんな普通の暮らし、してみたくない? だから誘ったの、トリニティに来ないかって……ね、教えて。そんな暮らしで、本当にいいの?」

 

「……」

 

「望めば叶えてあげる、大丈夫だよ」

 

「……」

 

 アリウス生達は言葉を返さない、誰一人として、それに応えようとしなかった。そんなことが出来るわけがないと思う者、罠であり甘言になどと思う者、望んでいる、嫌だと思っている、しかしそれを口には出来ない者もいる。マダムの命令に否と言えば粛清もありえる、そんな環境だった。不平不満は外には出せず、同調という名の強制が思考を縛る。

 

 答えないというよりは、答えられない。

 

 自分の意思で動くことが出来ない、それが彼女達が悪しき大人の都合の良いように育てられ、至ってしまった姿だった。

 

 望みの声が一人でも出るのなら、ミカはそれを掬い上げ、助け、陽光の下に連れ出す決意をしていた。白洲アズサを迎えたあの日のように。だが、声は無かった。誰一人として、声は出ない……出せない。

 

 ならば、聖園ミカは決断しなければならない。

 

「そっか……残念」

 

 愛すべき、普通の日々……愛おしい日常のために。

 

 聖園ミカがティーパーティーに入ったのは、生まれと惰性だった。家格からして、どう所属しようといずれは首長になる定めだったが、それも興味などない。幼馴染が派閥の栄達に張り切る中、自身は地位で約束された自由な生活を気ままにする予定だった。

 

 どうなろうとお飾りだ、何も求められてはいない。適度にわがままが許される1年生の暮らしが終わり……風向きが変わり始めたのは、幼馴染がとんでもない連中を引き入れて、その恐ろしい暴虐がトリニティの内外に示され始めた時のこと。

 

 それでも聖園ミカは、これまで通りの暮らしを望んだ。学生らしい楽しい日々、別にそれはささやかな望みという程のものでもない。生徒としてあるべき姿だ。地位が上がればより自由にできることも増える……ミカの立場であれば相応のわがままが許され、実際望みは大抵許されてきた。

 

 そんなお姫様のわがままが、皆の日々の癒やしになるとは思わんでしょ。

 

 学生らしい日常を仕事の山で失い、ティーパーティー所属生徒が揃って派閥関係なく、業務に追い込まれて全く望めなくなるような環境になるまで時はかからず。トリニティの地位が上がるにつれて、華のお嬢様倶楽部はすっかり社畜部屋へと様変わりしてしまった。

 

 その中でなんとか「普通」を望んで求め、振る舞ってきたら……聖園ミカは、皆の失いつつある日常の象徴(マスコット)に収まっていたのだ。

 

 放っておいたら一週間終日夜まで仕事してしまう面々に、なんとか休みと遊びの時間を作らせるため……それはもう色々奔走した。自分のためでもあったし、皆のためでもあった、こんなの学生の生活じゃないって……。

 

 そうして学生どころか、女子としてひどい有り様になりがちな面々の面倒を日々見ていたので、気がつけば誰もが愛するマスコット……全派閥の調整者という立場に至ったのである。ミカはこうして、名実ともにトリニティのお姫様になった。

 

 君主、桐藤ナギサを側で支える、トリニティの姫。

 

 時折倒れそうになるティーパーティー・テラスの柱だ。仕事に生きすぎる生徒達に、あるべき生徒の日常を思い出させるのがその役目。遊び、喋り、よく寝て、よく食べ、好きなことをしよう。だってそれが、今しかできないことなんだから。

 

 キヴォトスで最もそれが望める場所、トリニティ総合学園。

 

 幼馴染と友人達の苦心が作り上げた楽園を、壊させるわけにはいかない。

 

「ほんとは好きじゃないんだよね……こういうこと」

 

 ミカが更に階下へと歩み、銃のコッキングレバーを引いたのを見て、アリウス生達に緊張が走る。しかし、全周の正実学兵達は銃を向けたままで、微動だにしない。

 

 ついにその歩みが階段を降りきり、テニスコートに降り立つ大天使の姿。前に出ようとする12使徒を手振りで下がらせ、右翼後方に侍らせたその姿に、隊長は言いしれぬ威圧感を感じていた。しかしチャンスでもある、3首長の中の一人をここで仕留められれば、たとえ全滅しようと後続部隊の作戦も……。

 

「なんだ?」

 

 白い制服の三人、おそらく12使徒が続いて現れた。

 

 その三人が抱えていた物にアリウス生徒は違和感を覚える、それは……。

 

「ねえ? キャラじゃないと思うんだけど……」

 

「? ミカ様にこそ、相応しい物と思います」

 

「ほんとに? ほんとにそう思う? おかしくない?」

 

 

 それは鉄骨だった。

 

 長大で、太く、明らかに頑丈そうな、むき出しの鉄骨だった。

 

 

「? ミカ様専用ですし」

 

「リクちゃぁん……」

 

「なんだ? なんのつもりだ?」

 

 アリウス生徒は理解できなかった、何故この場に鉄骨? これから闘争だというのはわかる、まさかその鉄骨を盾に? 馬鹿にしてるのか?

 

 その思いは、瞬間覚める。

 

「よっと」

 

 鉄骨が軽々しく持ち上がった。

 

 12使徒と思しき生徒3人が恭しく差し出した鉄骨が、三人がかりだろうと思われたそれが、聖園ミカの左手一本で持ち上がる。

 

「ぅ、ぁ……?」

 

 背筋が凍る、体験したことのない威圧感が全身に吹き付けるかのよう。まるで巨大な獣を前にしたような、未知の体験。ミカの手首のスナップだけで風を切る、巨大な鉄骨が夜空の下の僅かな星の光と、照明の光を浴びて鈍く輝いて見えた。

 

 自分達が想像を絶する何かと遭遇してしまったのではないか、そんな思いが溢れ出す。

 

「ま、やるなら本気で……は、やっぱり不味いから、適度にやろっか……弱いものイジメは楽しいわけじゃないけど……ね☆」

 

 アリウス隊長は震えが止まらなかった。聖園ミカの流し目が自身を捉えた時、錆びついていた感情が、彼女の奥底から呼び戻される。人間らしい情動が帰ってきたのだ、絶望と恐怖という名の。

 

「総員!! 神秘貫通弾装填!!」

 

「隊長!? あれは2マグしか!!」

 

「使えーッ!!」

 

 全員が即座に装填されていたマガジンをリリースし、それが込められたマガジンを装填する。爆破作戦によって負傷した生徒にとどめを刺すために、選抜部隊全員に2マガジン分配布された、アリウスの切り札の1つが切られる。

 

「撃てー!!」

 

 猛烈な射撃が聖園ミカを襲った、しかし。

 

「ふぅん? これがそうなんだ?」

 

 神秘防御貫通弾、それは「生徒」が持つ神秘の防御を貫き、その肉体を破壊する悍ましい銃弾……の筈だった。だが、それは……。

 

「た、隊長!?」

 

「撃ち続けろーッ!!」

 

 聖園ミカに、直撃している、直撃しているのに。

 

「き、きいてな」

 

「もう、服が汚れ……てないから、いいかな」

 

 全く効いていなかった、あまつさえ服に汚れ1つすら、許されることはなかった。

 

 マガジンに込められた30発の弾がなくなる、無情な音と共にレシーバーの動きが止まり、残弾なしを示す。こんなことはありえない、ありえるはずがないのに。

 

 アリウス生徒は体に染み付いた訓練の結果として、最後のマガジンを銃に押し込む、震える手でコッキングレバーを引いて初弾を装填……しかし銃身の先にいる、夜空の下にある白い姿が、人間にはもう見えなかった。

 

 神秘防御貫通弾の実験台にされた生徒は瀕死の重傷を負ったのだ、たった一発で、マダムの実験台にされた生徒は死にかけていた。その威力を知っているからこそ、この作戦にもある程度成算があった、筈なのだ。

 

 なんだこれは、何をされている? あれはなんだ?

 

 薄く青い光の粒子をまとい始めた鉄骨が、照明の光の中でさえ輝くように踊っている。非現実的な光景、悪い夢でも見ているような。そんな悪夢の中から出た怪物が、ゆっくりと歩いてくる。

 

 誰が命令するまでもなく、アリウス生徒達は撃ち始めていた。

 

 声にならない叫びと共に、連携などまるで無く、ただ身を守りたいがためだけに銃のトリガーを引いている。それも、ただ全てが虚しい。

 

 見ればミカの身体に命中した瞬間、いや命中する寸前で青白い光と共に銃弾が弾けている。あまりにも高強度に圧縮された神秘とその境界が、物理的な力となってミカの全身を守っているのだ。

 

 それは黒服が見れば「岩山を人の形に固めたテクスチャ」とさえ称しただろうほどの、圧縮されすぎた神秘の発露……だが、彼女達にそんなことを理解できるほどの冷静さは、もう無かった。

 

 神秘防御貫通弾が効かない存在、そんなのもう、人間じゃない。

 

 一体……どうすればいい? どうやって戦えばいい?

 

 人は、自然と戦って勝つことは出来ないのだ。

 

 

「こんなの!! どうやって戦えばいいんだぁぁ!!」

 

「全部終わったら、悪い夢だったって思えるようになるといいね。そうあって、ほしいな」

 

「来るなーッ!! 来るなぁぁ!!」「いやだぁ!! いやあぁぁ!!」

 

「じゃあ……貴女達のために、祈るね」

 

 





・翌朝

アリウスさん主力「時間だ!! ヨロシクネキー!! 裏門開けろ!! トリニティの生前葬だ!!」

ツルギパイセンwith正実主力「ギヒィィィ!! ヨ゛ロ゛ジグネギィィィ!!」

アリウスさん主力「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」(門の前で全周囲まれて死)

逃げ出したアリウスさん「こんなんきいてないで!!」

ハスミパイセンwith狙撃隊「よろしくネキ」(ヘッショ)

逃げ出したアリウスさん「クゥーン……」(死亡)

後続でギリ助かったアリウスさん「こんなんデストラだろ!! 逃げっぞ!! マダムマダム!! 帰還ルートオナシャス!! どうして繋がらないんです!? スクワッド!! 帰還ルートは!! 電話でろや!!」

サクラコ様with完全武装シスフ「悔い改めてください」(カタコン入口出待ち)

後続でギリ助かったアリウスさん「ア゙ーッ!!」(死亡)

自由への脱出アリウスさん「やってらんね、別の自治区逃げっぞ!! 隣のゲヘナなら潜り込んでもバレへんやろ!! こっから境界、自由、もろたで!!」

ヒナちゃんwith風紀委員「きちゃった」(モモト見て走ってきた)

自由への脱出アリウスさん「……ワ……ァ……」(全身骨折永眠)


アリウス学兵は全滅した……一人残らずとっ捕まり、救護騎士団のお世話になったのだ。野戦病院みたいな有様の救護所兼地下牢にブチ込まれた大体1000人は、地獄のような痛みで動くこともできず、ベッドの上で考えることをやめた。

ちょっと元気なやつはまだ頑張ってバニタスしようとしたが、蒼森ミネはバニタス論理と最も縁遠い生き物なので話を全く聞いてくれず、問答無用でブチのめされ(救護)激痛で考えることをやめた連中の仲間入りした。

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