「……」
学園 トリニティ総合学園
部活 ティーパーティー(特別保安警務隊、通称12使徒Cチーム/C1)
学年 2年生
年齢 16歳
趣味 スイーツめぐり・釣り・メタルモデル鑑賞(ジオラマ派)
17・楽園へ向けて走る
陽の落ちた街、暗く崩れかけた裏路地を白い制服の生徒が進む。
一人きり、お嬢様校として名高いトリニティの制服を纏うその姿は場違いでさえある。それだけこの地は秩序とは縁遠い場所であった。
トリニティとゲヘナ、そしてD.U.の境界が入り交じる地区、通称ブラックスポット。それはキヴォトスでも無法地帯として名高い。名だたる2大学園の勢力境界であることは、どちらの法にも守られないことを意味する。
この場所を統治するべき学園は既に無く、自治区としての機能は失って久しい。連邦生徒会の介入も拒むこういったブラックスポットはキヴォトスに無数に存在したが……この場所は特別。
かつてはここも、闇の住人達の街があった、今はもう無い……瓦礫の山だ。
聖夜事変と呼ばれた戦争の、ここは爆心地。13の人の形をした暴風が街ごと全てをなぎ倒した、この場は最も新しき古戦場にして戦いの終着点。
その大破壊の当事者の一人が、再びこの場に足を踏み入れる。
「あっ!! カオル!! てめぇー!! やっときやがって!!」
「昨日散々ボコしまくりやがってよぅ……まだ痛えよ……」
「……オゥ、元気じゃねェか」
「どこがだよ!! 包帯まみれだわ!!」「骨折れてんだが!?」
「? すぐくっつくだろ」
「そりゃーお前らだけだよ!! 何だよ粉砕して完治8時間って!! 人間じゃねーよもう!!」
「そうかァ?」
瓦礫に腰掛けていたスケバン達は、そのトリニティ生徒に向かって荒々しく、そして勝手知ったる仲のようにして声をかけた。それに白制服の生徒も言葉短かに、そして驚くほど気さくに応える。まるで長年の友人のように、敵味方である筈の3人の空気は朗らかだ。
「姐さんはこの先だぜ」
「話があるらしいな」
「ついてきな。まー言ってもすぐだし、あそこだけどな」
「直したのか?」
「まさか、お前らのせいで完璧に廃墟だぜ? 瓦礫どけて広場にしただけよ」
未だに再建されぬこの区画を破壊し尽くした一人、13の1である生徒、花川カオルはスケバンについていく。そして崩れたビル、瓦礫の回廊を抜けた先に、大きな建物があっただろう場所があった。
かつてヘルメット団とスケバンという2つの荒くれ達が一ヶ月限りと手を取り合い、この場所で同盟を記した。連合軍が結成されるやキヴォトスを暴れまわり、聖夜のその日が来るまで……その力は天下に届く寸前だった。
D.U.だけでなく数多の自治区を巻き込み、陰謀巡らす大人達も含めた暗躍、後ろ暗い祭りの果て。ついには2つの巨大学園が相撃つ戦争の惨禍、その寸前まで達した、ここはその戦いの跡。
無惨に砕かれたコンクリートの城壁と称するに足る物だった壁が、跡形もなく崩れ落ち。大きな分厚い鉄の門、その残骸が何かとてつもない力で吹き飛ばされたようにして転がっている。見れば徹甲弾でも突き刺さったのかという、大きく窪んだ中心に……それは小さな、誰かの靴の跡。それを跨いで3人は奥の広場に進む。
広場のように瓦礫が整えられ、開けた場の先に人影があった。子供というにはあまりに上背が大きく、そして力強さを感じる鍛えられた肉体を持つ、生徒。スケバンの証たる特攻服を纏ったその大柄な生徒は。
「お久しぶりですわね、カオル」
「アケミ」
多くのスケバンを束ねる荒くれの長、総長にして矯正局を抜け出した7囚人が一人、その名は栗浜アケミ。そのスケバンの長が、因縁ある12使徒の一人を迎えた。
「出所祝いだ」
「あら、ご丁寧に。けれどこういう品はもっと華やかにして渡すものですわよ」
「リボンはつけた」
「ふふ、まあこれで良しとしてあげますわ」
カオルが投げ渡し、アケミが掴んだ瓶。飾り紙とリボンで包まれたそれはノンアルコールの……ジュース。お茶の文化が主流のトリニティでも果実飲料は人気があるが、その中でも一際高額で希少な物だ。ティーパーティーの生徒とて、おいそれと手に入る物ではない。カオルにとって、アケミはそれを用意すべき相手。
そして受け取るアケミも喜色を隠さない、二人はそこだけ見れば、まるで古い友人のような光景だった。治安維持部隊とスケバンの違いはあれ、事実でもある。馴染みの相手だ、その因縁は中学時代にまで遡るし、聖夜の時も激しい戦いをした。今でこそ秩序と混沌の両極端な立場……しかし。
「あらためて、よく来てくれましたわ」
「古馴染みの頼みだ、来るさ」
「馴染みだったら加減ぐらいしろよな……」「そうだそうだー!!」
「弱いのが悪ィ、そうだろ」
「わーっってるよ!! けど骨までは折んなよな!! 医者もタダじゃねぇー!!」
「ふふ、まあ実際間違いではございませんわね、筋トレ不足ですわ」
「そりゃねーっすよ姐様!!」
争い合う間であるというのに、不思議と関係は良好だった。12使徒の中で花川カオルはスケバンに対してかなり顔の利く一人であるが、昨日も殴り合ったというのに、幹部ではない取り巻きのスケバン達でさえカオルに嫌悪を示す者は居ない。
「まあ出所というよりは、脱獄なのですけれどね」
「出れたんなら、似たようなもんだろ」
「貴女のそういうところ、秩序の側なのか本当に疑わしいですわねぇ……」
「カオルぅ、おめーはそれでなんだって特攻服(トップク)着ねーんだよ、スケバンになってりゃよかったろうが、そしたら姐さんとも、私らともよぉ……」
「着てんだろ。これが今の、私の特攻服(トップク)だ」
ティーパーティーの白制服。それは花川カオルにとって「暴力蔓延るこの世に対してツッパる」ために纏った誇りの戦装束。トリニティに仕えるために着た物ではない……我ら姉妹の決意を肯定してくれる、桐藤ナギサのその誠意に応えて着る、決意の正装。スケバンの正装たる特攻服と、そのあり方は変わりない。
「私はそのつもりで着てる。お前らと同じ、世にツッパる覚悟の証だ。違うか?」
「……いらねぇ台詞を吐いちまった、許せよカオル」
「いい、お前と私の仲だ、そうだろマチ」
「すまねぇな」
スケバンにとって特攻服の重みは、余人のそれとはまるで違う。相手のトップクを悪戯に貶めたとなればタイマンは本来不可避……馴染みの顔とはいえ、それを許したカオルの器にアケミは深く頷く。
花川カオルはスケバンも認める、不良の、ツッパリらしい筋を通す女だった。だからこそ特殊戦研究会、12使徒として今、体制の側にありながらも、それも激しく殴り合いを繰り返しながら……この場のスケバン達に認められていた。
世が世なら、栗浜アケミの後継として総長の特攻服を継いでいてもおかしくない女。だからこそ……スケバンチーム・亜紗蛾悪団団長、小野小町の心が漏らした、秩序の側に居るという惜しさの言葉から出た「どうしてお前がスケバンじゃないんだよ」だったのだ、それはアケミも内心同じくすることでもある。
だが、己の道を貫く矜持こそがスケバンのあり方。この力が全てのキヴォトスで不良であり続ける事は、並大抵の根性では成せない。それを貫く者には皆、一目を置く……ツッパリとはそういう世界なのだ。
「それで、話ってのは」
「ええ、旧交を温めたいところですが本題を。貴女に話があるというのは、正しくは私ではなく、彼女ですの」
< ようやくですか、随分待ちましたよ >
「……ニヤ子かァ」
< 誰がニヤ子ですか!! プロフェッサーと呼びなさいと何度も言ってるでしょうに!! >
アケミが渡してきた通信機から流れる音声、それは世に憚る策謀家と名高いある少女の声音、世を忍ぶ仮のその名は……ニヤニヤ教授と言った。
「また何か企んでるのか? 懲りねぇなァ……」
< 何度も何度も滅茶苦茶にしてくれて、これでも怒ってるんですからね私!! 次はああはいきませんからね!! >
「そうかァ……。けどよニヤ子、そろそろ私らが喰らいつくぞ」
プロフェッサー・ニヤニヤ。策謀家と名高く、キヴォトスの劇場型犯罪の多くを演出したと言われているヴィランに類する存在。カオルと姉妹達も過去何度とやり合っているが……大体の策謀はパワーで全部粉砕すればいいだけのことなので、12使徒にとっては「ちょっと手間、面倒だな」程度の感覚で彼女の謀は大体爆破されてきた、が。
お調子者を何時までも野放しにする筈もないのが12使徒、B3こと雪風ヤマネは電子戦も得意とする恐鳥達の中では技工派だ、ミレニアムの機材も併用すれば暗号通信を辿ることだってできるし、協力者も多い。セーフハウスを多数持っているようだが……闇の左手が彼女の足首に伸びつつあることを、カオルは言わなかった。
いずれ直接、会うことになるだろうからだ。
< そんなわけないでしょう、この場が見つかるわけ……。と、そんなことよりですね、話があるんです、聞いているでしょう? >
「ああ」
< 火の七日間のことです、貴女方はあれを扇動したのが私だと考えてる、そうですね? >
「違うのか?」
< 違います、私はああいう雑なことはいたしません……心外ですね >
火の七日間の騒乱の規模は大きかった、大小様々な武装勢力が蜂起を繰り返し、集まっては散り、固まっては散りを繰り返していた。何者かの策謀があったとみるのが自然、当然その犯人は……と思われていたが。
< 昨日の襲撃でもしきりに私の事を尋ねていたというので、誤解を解いておかないとと思ったのです、私がやるならもっと上手くやりますし、エデン条約にも手を出す気はありませんよ >
「そうかい。なら、どいつだ?」
彼女からエデンを掻き回す気はないという言質が出たことを姉妹に伝え、あの日の真相をカオルは尋ねた。悪党にも矜持があるのだ、己の流儀から外れている、あの仕業を自身で違うとそう言うのならば……先ずは信用する、それが花川カオルだった。
< ヘルメット団に化けた何者か、ですよ。いいですかカオル、ヘルメット団では「ありません」、これは確認が取れました。ヘルメット連合に与しないハグレの団でもありません >
「……ならマダム、か?」
< ほむ……例のガスマスク団首領ですね? 可能性はあるでしょう……ですが先入観は省きなさい。そしてあれだけ広域に騒乱を撒けたという点をよく考えることです。地下の一勢力にあれだけのことができるものかどうかを >
「……わからん」
花川カオルは話の複雑な背景を考えられるほど、頭は良くなかった。
< 全く!! そんなのでほんとに毎度!! ……中央全地区の全てに手を伸ばせる人間は限られているということです、連邦生徒会に探りを入れているのでしょう? なら一人の役員に注意しておくことです >
「誰なんだ?」
< 企画室の3年に内海という者がいます、去年からの編入組ですね。油断しないことです。何せ怪しい所が無いかのように、まるで見えてきませんから >
「ないんかよ」
< 本当にそうなら態々こんな話をしに場を設けません!! いいですねカオル!! 私の話を忘れたらだめですよ!! 貴女ときたらせっかく仕込んでもすっかり忘れて全部計画パーにしてしまうんですから!! >
「ありがとよ」
< 仕込みって言ってるのに、せめて疑うぐらいしなさい!! 全く…… >
「お前、嘘をついたりはしねェだろ……切りやがった」
「貴女達と関わると、年相応に見えますわね」
「そういうもんかね」
「教授のやつ、結構適当な時もあるからな……雑な仕事はしねぇっていうけど怪しいぜ、ヘルメットの連中とシマ取り合ってる時は、いたほうが勝てるから役には立つんだけどなぁ」
「そういや夏にまた連中の集会があんだろマチ、皆で蹴っ飛ばしに行こうぜ、カオルもどうだ?」
「アウトロービーチか、普通に楽しめよ……私は無駄に暴れた方をぶっ潰すだけだぜ」
「ひでーなおい!!」
「夏といえば力比べ、いい機会ですわ。ヘルメット団と、そして貴女と力を競うのも楽しみなこと。予定を空けておきなさいなカオル」
「オゥ……それもいいな」
花川カオルの表情は変わらない、しかしどこか楽しげにそれは見えた。
夏のビーチに思いを馳せる、今年もまた夏が来るのだ。けれどそれは、エデンの先の話……試練の時が、迫っている。
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「皆…………正座」
「「「はい……」」」「うふふ、はぁい」
不服はなかった、アズサとコハルとツバメは大方その通りであると認識していたので、厳かに補習授業部部長に向かって礼節を整えた土下座で頭を下げた、ハナコも楽しそうにそれに付き合う。
補習授業部、第二回追試の結果……4人落第。
内訳は……阿慈谷ヒフミ、75点。浦和ハナコ、59点。白洲アズサ、54点。城島ツバメ、52点。下江コハル……42点。
゛……ワ……ァ……。゛
まあわかってた。阿慈谷ヒフミはなんとなく「あ、今回無理っぽいな……」と試験前から感じてはいた。しかしこれはねぇだろ、なんなんだよこの点数は。先生が椅子から転げ落ちてんじゃねぇか。
「どういうことなんですかぁ!? ツバメちゃんはともかくアズサちゃん!? コハルちゃん!? というかハナコちゃん模試100点でしたよねぇ!?」
「実は記入欄を途中から一列間違えていたみたいでして」
「そんなことあります!?」
「紙一重だったな……」
「ま、まぁあと6点ですし、最初を思えば……いややっぱり紙一重には遠いですよアズサちゃん!? 模試の時は70点目前だったじゃないですか!?」
「すまないヒフミ……これは私もツバメのようにルームランナーで走りながら勉強するべきなのかもしれない。しかし流石先生だ、凄いことを思いつく」
゛苦肉の策だから全然褒められたもんじゃないんだけどねぇ!?。゛
城島ツバメは身体を動かしているほうが頭が回転していることに気づいた先生は、勉強の効率化のために教室にルームランナー「疾走!!地の果てまでダッシュ君」(ミレニアム製)を設置。椅子の代わりにツバメを常に走らせながら授業を実行するという、キヴォトスの外の教員が見たら……いやキヴォトスの大人でさえ「頭おかしいんか?」「体罰なんじゃコレ……」というような恐るべき教育が実行されていた。
尚、効果はあった。
「しっかり点数上がったの凄いで、流石先生だ」
「ツバメちゃん、点数本当にあがりましたものね……すごいです」
「ああ、だがハナコの助けもあってこそだ。助かった、感謝する」
「ふふ……助けになれて、よかったです」
゛どんな顔すればいいのか先生もうわかんないなぁ!?。゛
驚くべきことに……走らせたツバメの模試点数は普通に68点と優良になっていた。先生はやらせてはみたものの、マジかお前という顔だった。しかしこれが現実である。
ガスマスク団(アリウス)襲撃事件の夜を超えた瞬間再び模試30点をマークしたものの、直前まで教室でフルマラソンさせながら試験対策した結果、本番で50点台に到達するという目覚ましい効果が確認できた。凄いよツバメ、感動したよ。やっぱり努力できる子だね。
けれど様子が明らかにおかしい光景だった、テスト前にすることか? これが? 試験寸前までルームランナーで走りながら模試解いて復習してる教え子の姿を見守る実績って解除されるようなことある?
あったし、点数の向上は目覚ましかった。
あまりに目覚ましいので、今後12使徒の補講教育にも導入しましょうね……という話になり、ミレニアムに急遽「疾走!!地の果てまでダッシュ君」が11台発注された。ティーパーティーは残りの12使徒にも、フルマラソンさせながら勉強させる方針に舵を切ったのだ、茶会もまた大概疲れてきてるなと先生は思った。
疲れてないわけがない、アリウス襲撃事件の事後処理と並行で調印式寸前のエデン条約関連の準備をしつつ学園を運営し、特に減るわけもない平時の自治区統治に、傘下自治区や支援を願う各地区学園からの陳情に応えねばならなかった茶会は、大概どころかとっくに限界である。
その中で並行して11羽の阿呆鳥の教育までしている、正常な判断力が持続できているわけもない。先生からの「効果が望めた」教育方針を精査なしで即採用するぐらいなので、ルームランナー11個程度安いもんだろと財務室の天田はノールックで印鑑をついた。
開発者兼ミレニアム総領主兼生徒会長、調月リオ直々の納品と商品説明とかいうフットワーク軽すぎるアポイントメントが入った段階で桐藤ナギサが事態に気づく、何時だってナギサ様は何もご存じな「い」のだ。
あれミレニアム製だったんかい、もう嫌な予感しかしないわと茶会も冷静になったが……時既に時間切れで、その日の夕刻にはミレニアムのV-22オスプレイが到着してしまったし、普通にリオ本人が来た。
有事には変形し使用者を乗せて時速50キロで自ら疾走するし、ついでに使用者を緊急脱出よろしく射出した後自爆もする……という機能があるとリオから説明されたナギサは。生徒会長たる者のスキル「どんな時でも平常心」で受け流したが、判ってたけどやっぱりこの方もミレニアムだったなと内心ドン引きした。
でも11匹をフルマラソンさせたところ効果は絶大だったので、ナギサは考えるのをやめ、他の仕事に移った。走らせてれば成績良くなるんなら時々射出されるぐらい……まあええか。
ルームランナーが自爆するぐらい今更なんだ、こちとらキヴォトスが爆発するかどうかみたいな案件ばっかり面倒見てるんだよ。トリニティ・ティーパーティーの役員は心が強い乙女にしか務まらないのだ。
「ぅぅ……私も、ダッシュ君に乗りながら勉強しないとだめなのかな……」
「えっと!? コハルちゃんは普通に座学で頑張りましょうね!? あんなの絶対ツバメちゃん以外乗ったらだめですからね!! アズサちゃんも普通に受けましょうね!! ね!!」
「けれどヒフミ、ツバメの点数は目覚ましく上がっている、やっぱり効果はあるんじゃないかと思う」
「そうなんですけど!! そうなんですけどねぇ!?」
この授業形式を実行に移された時ヒフミは、とうとう先生もハジけちゃった……と若干絶望したが、それでも部長として、全員合格のためには踏み留まらねばならないのだ。しかし常識寄りの人間ほど、この光景はキツい……夢でも見てるような有り様だった。
補習授業部の勉強風景に一人机ではなく「疾走!!地の果てまでダッシュ君」で教室inフルマラソン中の鳥類が混ざっている光景は、端的に言って頭がおかしかった。補習授業の様子を見に来た聖園ミカは二度見した後三度見もしたが……城島ツバメがルームランナーで走っている姿は変化せず、ミカは強い疲れを自覚して戻っていった。
ちなみに結構な負荷である、単純にルームランナーとしての速度が早く、トレーニング部の乙花スミレが監修したという一品は彼女基準の負荷で標準プリセットだった。霊長類の誇りである走者、パタスモンキーでさえも苦悶の表情を浮かべるだろう運動強度だ。
こんなのコハルが使ったら何処かのレースゲームアプリのトレーニング失敗シーンよろしく、後方に吹っ飛んでしまう。
しかしイカれた鳥は、特に堪えた様子がない。
「というかツバメちゃん疲れないんです!? ずっと走ってますよね!?」
「? このぐらいならどうってことはないが」
「お昼以外はずっと走ってますよねぇ!?」
144時間ほぼずっと戦闘状態でキヴォトス中を走り回れる恐鳥にとって、教室に設置されたルームランナーで8時間ぐらい走り続ける程度、大した負荷でもない。しかも昼休みと食事もあるし放課後以降は走らなくてもいいので、体力は翌朝には全快だし、元々有り余っている。
ハイポートよろしく手を伸ばし、教科書を高めに保持しながら走るという行為を思いついたツバメは実行に移し、それで更に負荷を上げるまであった。
ちなみにミレニアム驚異の技術でルームランナーとしては静粛性に優れているものの……作動音は多少はする。ツバメは足音を殺す特殊戦仕草で皆への心配りをしてくれているが、それはそれで余計に怖い。背後で奇妙な機械音と共にクラスメイトが走りながら授業を受けているという頭のおかしくなりそうな気配に、ヒフミは普通に落ち着かなかった。
脱衣癖があるもののギリ常識人枠だと思っていたハナコが、この異様な光景を普通に受け入れているし、走っているツバメとそのまま談笑している姿にヒフミは大分疲れてきていたので、ちょっと模試の点数が落ちた。
「流石だツバメ、その域には中々到れるものじゃない」
「何、慣れればどうということはない、アズサも一度やってみるか?」
「うん、そうしよう。文武を鍛えるという意味では理想の授業なのかもしれない」
「文武両道マシーンということか、先生のアイデアを即実現してくるとは……ミレニアムも中々粋なことをする。そう思わないかアズサ」
「ああ」
「せ、先生!! 先生ーーーー!!」
゛ま、まだ1台しかないからね、ね?。゛
「そうか……なら交代でしてみよう、私は流石にツバメほどは走れないだろうから」
「過負荷はトレーニングの効率を下げる、何事も程々やね」
8時間ずっと走ってる鳥類が何か言ってるという驚愕顔のヒフミだった。
「えっとぉ!? これどこが程々なんですかねぇぇ!?」
「?」「首を傾げたいのは私ですよぉ!!」
「コハルちゃん、私とちょっとお勉強してみましょうか」
「ハナコ? 私はダッシュ君に乗らなくていいの?」
「コハルちゃんに必要なところは少し違いますから、ね?」
「ハナコの厚意に甘えておけよコハル、計算の仕方はやはり全学1だなと思わせる上手さだ。なんせ私でも数学がわかる、奇跡だろこれ」
゛……ワ……ァ……。゛
方程式の解き方を奇跡とか言ってる段階で中学生レベルなのは明らかなのだが、城島ツバメはまだこれでもマシなほうの12使徒だという事実に先生は震えた。これ以下を11人仕事しながら面倒を見てるティーパーティーの皆の事を思うと涙が出そうだった。
「うん、じゃあ教えてハナコ」「ええ、もちろん……うふふ」
「ヒフミ、私も教えて欲しいところがあるんだ」
「あ、古文ですね。大丈夫……ってもう走りながらやるんですか!? えっと!? このまま!? この流れでそのまま続行なんです!?」
「? 大丈夫だ、私も、鍛えている、このぐらいなら、まだ」
「凄すぎますけど!! これもう補習なのか訓練なのかわかんないです!!」
「? 補習だろう、どうしたんだよヒフミ」
「ツ、ツバメちゃーん!!」
ヒフミはツバメの羽根を引っ張りまくったが、ビクともしなかった。
補習授業部最終日、第三回試験まで残り5日。
エデン条約調印式まで、あと……10日。
・疾走!!地の果てまでダッシュ君
ミレニアム・エンジニアリング製、トレーニングマシーン。
打倒無名の司祭に燃える調月リオの「万一に備えて身体も鍛えておきましょう」という思いつきで、トレーニング部の乙花スミレの協力の元に開発された最新鋭ランニングマシーン。
丁度のその場にエンジニア部がいたので、よけいな機能(自爆)がついたが、白石ウタハと色々共同開発してきたリオは、大分ミレニアム面が強くなってきており。特に疑問を持つこともなく、使用者の身の安全のために緊急脱出用の射出装置を組み込んだりした。
安全への配慮はそういうことじゃねぇだろと突っ込んでくれたのはヒマリちゃん先輩だけだったが、無敵となったリオに下水トークは全く通用せず、たぶん善意で車椅子に射出座席を提案されたあたりで撤退した。
変形しランニングベルトを接地することで時速50キロで疾走できるが、1本のクローラーベルトのため旋回はできない、直進するのみ。そのため障害物を検知すると使用者を自動で緊急射出し、その後障害物に接触すると信管が作動、自爆する。
ルームランナーとしては高負荷の部類のため、トレーニング初心者には向かないものの、様々なトレーニングプランを搭載しており、機材としての有用性は高い。プロ用トレーニングルームランナーとして近々ミレニアムの商品カタログにラインナップ予定。
先行量産型がトリニティに12台納入されたが、もっぱら12使徒専用のトレーニング用品となっている。使用者が使用者なので、これはかなり鍛えられるんだろうなと、正式販売前から高強度トレーニング界隈から熱い視線が向けられている。