トリニティの12使徒   作:椎名丸

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「いやぁ……なんか思ったよりすごいことになっちゃったねぇ黒澤ちゃん」
「好き放題した結果では? ドブネズミの手伝いなどするからです」
「や、ここまでの事になるとは思わないじゃない? でも派手で中々見応えあるね、けどこれは後々大変かなぁ」
「課長、どうします?」
「流石に連邦生徒会が倒れるのは困るなぁ、場末の学園出の私達が、ようやく潜り込めた綺麗な場所の椅子だからね、大事にしないとさ」
「わかりました……課長、暫く大人しくしていてくださいね」
「心配性だな黒澤ちゃんは、でもさ……正直どころじゃないんだよね!! そろそろ寝たいよね!! おかしいなぁ!! 上手くいってる筈なんだけど!!」
「上手くいってるからでは? 仕事増やさないでくださいよ」




19・臨界点

「ぁ……え?」

 

「な、何? なんなの!?」

 

 外の見えるカフェ、その一席でタブレットを使ってエデン条約の調印式中継を見ていた補習授業部4人は今、凍りついていた。会場を襲う突然の地震、そして古聖堂の広場が陥没し崩れていく様を見た。古聖堂自体も前面が剥がれて大きく崩れ、広がる巨大な落盤穴に次々と……広場にいた生徒達が飲み込まれていく姿を、見てしまう。

 

 そこには、この4人にとっての。

 

「「ツバメちゃん!?」」「「ツバメ!?」」

 

 この場に居ない補習授業部最後の一人、城島ツバメは12使徒のリーダー。調印式会場で学園旗を先頭で掲げ、行進し整列していたのだ。そもそも4人が調印式の中継を見ようとしたのは、式典仕様の凛々しい姿のツバメを見ようという話だったのだから。

 

 だからこそ、見えてしまう。12使徒達の先頭の一人が、地面に蹲った桐藤ナギサの元に走り、そのまま共に奈落へと飲み込まれていった姿を。遠目には12人全員姿は同じ、けれど……トリニティの12使徒、その先頭に立つ者は、リーダーである城島ツバメ以外に……ない。

 

「ツ、ツバメ……そんな」

 

 中継のクロノスのレポーターが何かを叫んでいる、それがまるで頭に入ってこない。どんな時でも頼もしかったその姿が、果たして助かるのか……そう思ってしまう程の、恐ろしい光景の中に消えてしまったことに、皆固まってしまった。

 

 ハナコは特に動揺が激しい。無理もない、これでは生き埋めだ。キヴォトス人は頑丈だが、それでも死なない訳では無い。水に溺れれば死ぬ、息ができなければ死ぬ。なら、瓦礫と土砂に埋まってしまったら?

 

 いくらあの12使徒でも、生き埋めにされてしまったら……。

 

 そして。

 

 画面の向こうが突然爆発と共に白くなり、異様な閃光でホワイトアウトした。同時に中継のカメラがダウンする。クロノスのスタジオが現場を叫ぶように呼ぶが、応える者はいない。

 

 爆発、それは爆発だった。そして爆発と共に閃光が起きる……その一瞬前、何かが飛来して崩落した穴に向かって飛び込んだことを、白洲アズサは見逃さなかった。

 

「あれは!!」

 

「アズサちゃん!?」

 

 机を叩きつけるように立ち上がったアズサは、今の一瞬映った物、そして直後の爆発の理由を知っているのだ。だからこそ、飛び出した、走り出した。その場所へと走るしか、なかった。

 

「アズサちゃん!! 待って!!」「どうしたのよアズサ!!」

 

 だが、店を出た瞬間にコハルが追いつき、その手を掴んで止めることができた。それでヒフミとハナコも追いつく。

 

 補習授業部での日々でツバメに鍛えられたコハルの足腰は、全速で駆け出す寸前のアズサに追いつくことが出来たのだ。それが、あるかも知れなかった運命への分岐点、至るかもしれなかったアズサの……未来を分けた。

 

「コハル……行かないと、行かないといけないんだ……」「だったらワケを話してよ!!」

 

「アズサちゃん、待ってください!! 今のは!?」

 

「アズサちゃん……まさかあれは」

 

「アリウスなの!? もう戦力なんて残ってないって言ってたじゃない!!」

 

「みんな……私は、私は……!!」

 

 白洲アズサは知っている。

 

 アリウスに運び込まれた、真新しい兵器群の中に1つのランチャーがあった。巡航ミサイルなどという高度兵器が入ってくるのは初めてのことで面食らった記憶がある、そして運用担当がスクワッドとなり、操作方法も学んだ。

 

「さっきの……爆発は、アリウスの……兵器なんですね?」

 

「うん……でも、あれは……あれは!!」

 

 しかし弾頭に問題が起きたということと、誘導システムも不調で安定飛行が見込めないということで、運用は中止された筈だった。それからはスクワッドも触れていない、倉庫にしまい込まれたままの移動式ミサイルランチャーシステム。そして搭載されたミサイル。あれは……あれは使えなくなっていた筈なのに。

 

 けれど、間違いなく同じものだった。

 なら……ならば。あれの弾頭は、あのミサイルに積まれた弾頭は。

 

「ヘイロー破壊爆弾だ……!!」

 

 その叫びを聞いた三人の喉から、ヒュッと息の漏れる音がした。

 

 

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 ガァンという音と共に、机が蹴り上げられる音が部屋に響く。

 

「ふざけるんじゃないですよぉぉ!!」

 

 連邦生徒会の政庁、防衛室の室長室で不知火カヤは怒りに任せて自身のデスクを蹴り上げていた。今日この日まで溜め込んでいたストレスが怒りと焦燥に任せて、マグマの爆発のごとく吹き出し、足の痛みも麻痺するほどの激情の中にあった。

 

 非力なカヤの脚力では重いデスクは動かないが、それでも引き出しがひしゃげるほどの力が限度を超えた怒りで顕となっている。普段穏やかな物言いと佇まいの上司が、見たこともない怒りのままに荒れる様は同室していた役員達が腰を抜かすほど。

 

 先日、連邦生徒会長代行・七神リンが記者会見で漏らした、エデン条約に対しての考えられない失言でさえ、深いため息で済ませた上司が、まさかこんなという姿である。

 

 当然だ、エデンの調印式には彼女が敬愛するトリニティの主、桐藤ナギサがいた。それも中継を通して崩落に巻き込まれる様が見えたのだ。そして追撃の巡航ミサイルは直前までレーダーに映らなかった。それが意味するのは、これが事故ではなく周到に計画された攻撃だということ。

 

 あまつさえ、先程入った緊急電で、キヴォトス国防のための護衛艦隊がジャックされ、動いているという知らせ。連邦生徒会長が失踪した今、あの艦隊は運用権限が宙に浮き、SRT共々責任者不在で動かせなくなっていた物。

 

 それが今動いているという知らせ、エデン条約と重なるタイミング。それが意味するところを察し、総毛立った不知火カヤは焦燥と共に防衛室長室の壁に埋め込まれた金庫へ駆け寄り、三ヶ月に一度の点検でしか使わないパスコードを打ち込んだ。

 

 そして開かれた開かずの金庫の中には、防衛艦隊の火器制限解除キーが……。

 

 あった。

 

 あったのだ、ファイアコントロールキーは、確かに防衛室の中にあった。なのに、護衛艦艇が動いていて、先程射撃レーダーが起動したという急報が入る、何故?

 

 おかしいではないか。キヴォトスを守るためのレーダーサイトが、洋上からの射撃誘導波を検知したというならば……火器管制はもう立ち上がっている。封印されている筈の攻撃システムが動いてる事を示しているのだ、こんなことはありえない。

 

 既にミサイル迎撃命令は発された、しかし高射砲群の移動も、展開も間に合うかどうか。

 

 艦隊を運用するオデュッセイア側は、火器管制システムを解除するためのパスコードを持っていない。たとえネットワークにアクセスできたとして、どんなハッカーだろうと「4列3段の合計12の暗号鍵」を解除することなど不可能。このファイアコントロールキーがなければ起動など到底……。

 

 しかし、パスコードキーはこれ1つではない。

 

 連邦生徒会長室に、もう1つ、ある。それを封印している金庫のパスコードを知っているのは……今は無き連邦生徒会長以外に……1人。

 

「室長、状況は切迫しています。我々は対応せねばなりません、指示を」

 

 激情にかられそうになっていたカヤに、冷静な声がかけられる。それはヴァルキューレから「警護」の名目で引っ張ってきた、元SRT隊長・七度ユキノの「落ち着いてください」という戒めの言葉。

 

 そうだ、この場で机など蹴っている場合ではない。今すぐにでもあの方を救出しなくてはいけない。冷静にならねばとカヤは深呼吸をする、12使徒の一人から教わった特殊な呼吸法だ。あれほどの勇士が教えてくれた技である、実際に続けている内に苛立った神経が落ち着いていくような感覚と共に、判断力がカヤに戻ってきた。

 

「恥ずかしい姿を見せましたね、確かに遊んでいる時間はないようです」

 

「はい、我々が向かいます。室長……行動の許可を、お願いできますか?」

 

「かまいません、なんとでも言っておきますよ……ユキノさん、どんなことをしてでもナギサ様をお助けしてください。あの方を失えばキヴォトスは終わりです、そして先生もおられます……いいですね?」

 

「アイ・コピー」

 

「以後適切と判断した全ての行動を事後承認とし、火器の使用制限を解除します。移動は防衛室のヘリを使ってください……よい報告を期待していますよ」

 

 全権委任の信頼に、無言の敬礼で答えた七度ユキノが速やかに室長室を後にする、おそらく急報の段階で他の隊員が準備を整えている筈だ。元SRTのヴァルキューレ移籍組にとって、学園健在の頃からSRTの流儀とあり方に十分な理解を示してくれる不知火カヤは仕えやすい上司だ。全隊員のSRT時代の装備を密かに回収し、保管しているのもこのような事態に備えてのこと。

 

 元FOX小隊は防衛室長の警護が任務、しかしその場にいなくとも、カヤが「警護していますよ」と言い張れば、ユキノ達は何処に居ようとその場に居たことになる。法的にはスレスレどころかアウトの手段だが、それを躊躇う気はなかった。

 

 必要な時に力の行使を躊躇わないこと。それこそ不知火カヤが、桐藤ナギサから受けた薫陶の証だった。力を以て事態に当たると決めたなら、何が後に待っていようと躊躇ってはならない。

 

「さあ皆さん、急いで情報を集めましょう……それと、崎守さん」

 

「は、はい室長」

 

「未だに緊急呼集をしてこない役員会に防衛室の職責にて連絡を。事態は切迫、急ぐようにと……何をしているんでしょうかね? 不思議だと思いませんか? ああ、最近皆さん寝不足でした、居眠りしているのかもしれませんね?」

 

「は、はひ……直ちに」

 

 完全に開いている不知火カヤの瞳孔に見つめられて背筋が震えた次長・崎森が転げるようにして部屋を出ていく。防衛次長クラスを直接送り込まねば話が先に進まない、今の連邦生徒会の半身不随ぶりにカヤは嫌気がさす、事態は喫緊だというのにだ。

 

「ヴァルキューレに、直ちに現場に急行するように、機動隊装備にて考えうる全てを想定し、適切に動けと。言うまでもなく動いてくれていると思いますが、防衛室の職責ですからね」

 

「はい室長……緊急事態宣言は、どういたしましょう?」

 

「役員会の決定もなしにそれは出せません。尤も、出したところで動かせる札などありませんけどね……SRTがないのですから」

 

「そう、ですね……」

 

 カヤは思わずため息を吐いた、桐藤派であれば役員でなくとも、一生徒だろうとこれぐらいの進言はしてくる。だが他の派閥はそうではなかろう……自分達も以前はそうだったのだが、連邦生徒会役員は「自分達は上に呼ばれる側」という意識が染み付いている。連邦生徒会長という超人に従い、その手足となり官僚として働くことに特化した面々は、基本受動的。

 

 特に防衛室はその職責を殆ど生徒会長が自身でやっていた現実もあり、去年まではほぼお飾りの部署であった。その比較的「暇」だった時間があったからこそ、不知火カヤは桐藤ナギサという偉大なる君主に出会うことが出来たので、これはいい。しかし人員が育つような環境ではなかったのも確かだ。それは大なり小なり他の部署も同じ。

 

 かかる事態となった場合、呼集をするのは生徒会長である。自分達は準備をして待つ、自分達にも権限はあるが……使うことはないのだという無意識の感覚があった。生徒会長代行となった七神リンも本来は官僚方のトップ、リーダーシップを取ることに向いているとは到底言えない。

 

 そもそも失言が多すぎる。徹夜三日目という酌量の余地はあれど……先日の記者会見では、あれほど言ったのに余計なことを口走り、自身が敬愛している筈の生徒会長の残した同盟案件を、軽視していると捉えられかねないような失態を犯した。

 

 このような失言、トリニティ・ティーパーティーならばありえない。

 

 誰も彼も、あの超人の抜けた穴を塞ぐには不足。そもそもが官僚集団であるので致し方ないが、だからといって不甲斐なさを許される身分では無い。しかし皆……基本的には「使われる側」の人間。七神リンは、代行といえど生徒会長は君主であるという意識が無さすぎる。

 

 足りない、このキヴォトスの頂点に立つには、あまりにも足りない。やはり……あの方が、あの慈愛の君だけがこのキヴォトスの主に相応しいのだ。

 

 そうすれば、誰も彼も向いてない仕事に苦心することもない。考えなしのリンなど実務を只管やらせておけば十分以上にあの方の役に立つ……カヤは融通の利かない同僚を、そういう面では認めているのだから。

 

 不知火カヤの桐藤ナギサこそが最上主という思想、それは……連邦生徒会における彼女一人の願望などではない、派閥の者だけではなく、今や無派閥の役員達さえ、そう思っている。最も優秀な執行役員であるリンの仕事ぶりは全役員の認めるところだ、しかし……あまりにも言葉の選択が悪い。外向きの仕事を任せられる人間ではないのだ。

 

「もう少し、組織の体面というものを考えてほしいんですけれど……いえ、後にしましょう。各機関への通達を急いでください、現地と通信は不通のままですか?」

 

「応答ありません。室長、緊急回線が不通ということはジャミングの疑いが高いと考えます、イーグルアイを使用できれば映像と共に通信も復旧できるかもしれません」

 

「それを使うためにも、役員が集まらないと申請ができないんですよねぇ……」

 

 無人高高度偵察ドローン、イーグルアイは連邦生徒会の虎の子だ。使用には防衛室といえども統括室首席行政官の裁可が必要……つまりこれも決済者はリンだ。すぐ許可は出るだろうが、実際動かすまでに必要な書類を思えば遅すぎる。

 

 君主の即決で、瞬時に全員動けるトリニティのなんと羨ましいことか。

 

 最良の主人を得られればこんな苦労など……いや、それは今考えることではないと思い直し。カヤは、今必要なのは身の程知らずにもナギサ様に……トリニティとゲヘナを同時に攻撃した勢力への対処と割り切った。

 

 12使徒が側についている、お命はきっと……それを信じ、できることをするしかないのだ。FOXを送り込んだ今、不知火カヤがするべき事は連邦生徒会の尻を叩いて動かすこと。愚かにも自治区の案件と様子見を決め込んでいる役員会を動かさねばならない。

 

 そうしなければ連邦生徒会はキヴォトスの首班としての存在感を失う、政治的な立場で物を考えられる生徒が、殆ど自分一人だという現実に……カヤは忸怩たる思いがあった。これは明確に防衛室の職責ではない……。

 

「クロノスの報道を下げるよう要請を、攻撃が続くなら巻き込まれます」

 

「言うことを聞いてくれるといいのですが……」

 

「要請した事実があればいいのです、あとは現場のヴァルキューレにまかせましょう、高射砲群はまだ移動中ですか?」

 

「渋滞が発生しており、現地までは1時間はかかるかと思われます。飛行ルートを想定してその経路上に配置いたしますが、それでも10分、いえ20分は……」

 

「とにかく、急がせてください」

 

 これでは、間に合わない……。そもそもCHEETAH隊の追撃にRABBIT1小隊しか送り出せず、MOUSEが共にいると判明したのに増援を送ってやれない現実が不愉快だ。最後の手札であるFOXを出すべきだったかは迷う、しかしそうしていたら古聖堂へは送り出せなかった、歯がゆい……本来ならSRTは3学年9小隊。手札に不足などなかったのだ。

 

 犯人は確実にアリウスなる勢力の残党、なのだが……把握していた残存戦力で可能な行為とは思えない、何か見落としが……。いや、そもそもMOUSE小隊の4名だけで何故護衛艦隊が動かせる? 艦隊データリンクの制圧など電子戦の範囲を超えている。

 

 その時、カヤの中に一つの事件が浮かぶ。カジノ船沈没事件だ。

 

 オデュッセイア海洋学園の大型船は全てデータリンクできるようになっている、護衛艦と有事に船団を組む必要のため、規格は同じ筈。あのカジノ船は船団旗艦クラスだった、なら艦隊データリンクの暗号乱数表が……。

 

 オデュッセイアの船を沈めたのは状況的にCHEETAH小隊の可能性が高かった、しかし本当にCHEETAHだけだったのか? その場にいたのは、実際に工作をしたのは、MOUSEだったのでは?

 

 不知火カヤの推理は、かなり正しい部分を当てていた。MOUSE小隊はSRTの訓練記録で、潜入工作で最高得点をマークしている。そもそも工作員だったのだから頷けるが、それだけの能力を持っているのだ。

 

 そして核心の部分へと思考は奔る。この状況を引き起こすために必要な2つの鍵に。

 

 カジノ船事件の狙いは金などではなく……本当に盗み出したのは、船団編成用の艦隊データリンク、そして統合指揮システムのパスコード……それだけではだめだ、どうやってそれを解除した? それに火器管制も、仮に七神リンの失態でキーが奪取されていたとして、それだけでは攻撃はおろか護衛艦隊を動かせる筈はないのだ。

 

 そのはずなのに……。

 

「室長!! 緊急電です!! 護衛艦隊からミサイルが発射されました!! つ、次々と発射されていきます!! 推定目標……トリニティ、古聖堂!!」

 

「他の防空部隊は!! 間に合わないのですか!!」

 

「だめです!! 間に合いません!!」

 

 不知火カヤは、自身のデスクをもう一度、自身の足が痺れるほどの強さで蹴りつけた。

 

 

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「……何だったの」

 

 空崎ヒナは、崩落した古聖堂の奥深い地下にいた。

 

 謎の地震から続く地面の崩壊で地下へと落とされた後、マコトの襟を掴んで崩れる瓦礫を空中で踏み砕きながら脱出を図っていた最中……おそらくミサイルと思しきものが降ってきて、ヒナに直撃……爆発。その力と光に叩かれて瓦礫とともに地下深くへと押し込められていた。

 

 驚いたことに、空崎ヒナは短時間ながら意識を失っていた、おおよそ10秒といったところか。ミサイルらしきものは、爆発したというよりは「光」だったように思う。閃光弾だったのかもしれないと思ったが。それなら自分が「負傷」している筈もない。

 

 更に驚いたことに、ヒナは怪我をしていた。負傷、怪我といっても大したものではないが。そもそも空崎ヒナという存在が傷を負う事自体が稀だ。外的な傷は擦り傷と打撲、この程度怪我の範囲でもない。しかし何かこう……自身の中に、芯に一撃を入れられたような、鈍い痛みがあった。

 

 そして端的に状況は生き埋めだ。天蓋は古聖堂の壁面だったと思われる瓦礫で埋まり。空は見えない。狭いながら瓦礫が支えになり、立っていられるほどの空間がある。この瓦礫に挟まれずにいたのは運が良かったのかもしれなかったと、ヒナは思った。

 

「キキキ、起きたか空崎ヒナ」

 

「マコト?」

 

 背後で瓦礫に腰掛けていたのは羽沼マコトだった、落下の時に掴んでいたのだから同じ位置にいてもおかしくはない。腹立たしいことに薄汚れている以外は特に外傷はなく。いつもどおり、余裕の姿勢だ。

 

「あの程度で気絶とは情けないぞ、キキキ!! 最強の名が泣くなぁ」

 

「名乗ったことはないけれど……これは、何があったのかしら」

 

「アリウスの攻撃だ、百合園セイアの能力でこの手の事は防げると思っていたが、過大評価だったな、キキキ!! 所詮未来視などアテになる能力ではないということだ」

 

「もう、戦力はないと思っていたけれど」

 

「ま、予定通りよな。キキキ」

 

 予定通り、その言葉にヒナは瞬時にマコトとの距離を詰める。

 

「何を企んでいたの」

 

「まあそう怒るな空崎ヒナ、何のことはない。アリウスが襲撃してくることはわかっていたのさ!! しかしトリニティも情けない、防いでみせると思っていたがな」

 

「……知っていたのね、何のつもり?」

 

 ヒナは拳を何時でも繰り出せる心づもりをした、マコトとのこういったやり取りは一度や二度ではないが、今回は規模が規模、これが策謀の結果だというのなら、制裁してやらねば気がすまない。

 

「簡単なことだ、せっかくのETOだぞ? これだけの戦力が集まる中、全力で歯向かおうという輩は少なくなる……キキキ!! だというのに態々全力で向かってくる命知らずがいるんだ、望みのままにしてやる良い機会ではないか」

 

「それだけの理由で、これを許容したと? マコト、貴女……」

 

「何を言う空崎ヒナ、大事なことだ。これは必要なアピールなのだぞ? 2大学園の融和を妨害する敵対勢力の存在を知らしめるのだ。想定より派手だが……会場を吹き飛ばしての大事件、犯人はどうなると思う? パブリックエネミーの完成だ。ETOに歯向かえばどうなるか、力を示すいい機会ではないか」

 

「必要あるの? 事前にわかっていたなら、止めれば済むじゃない」

 

 抑止力というのなら、12使徒と自分がいれば十分すぎると思っているヒナは否定的だ。無駄に被害を受ける必要はなかった、巻き込まれた生徒達は精鋭とはいえ、崩落で生き埋めになれば……一週間以内に掘り出してやらねば流石に危ない。

 

「わかっていないな空崎ヒナ、これはETOの決定として行われる最初の狩りだ。全く鈍いやつめ、私が何故エデン条約に前向きなのかを態々語らねばならないか? これだから風紀委員というのは学がない、キキキ!!」

 

「手早く説明しなさい、変な理由だったら一撃入れるわ」

 

「まあ待て空崎ヒナ。これは私が桐藤ナギサから12使徒を手に入れる第一歩なのだ。そして、お前の大好きなあの娘を手に入れることのできる手段でもある、キキキ!! どうだ、素晴らしいだろう!!」

 

「どういうこと? あの子達は主替えなんてしないわ」

 

 12使徒の性格からして、それはありえないと一蹴できる。しかしマコトは本気だ、何故なら根拠もある。羽沼マコトは条約条項を一字一句逃さず見ているのだ。抜け穴を見つけ、利用することなど容易い。

 

「ETOは両校の要請で指定した治安部隊を動かせる、わからないのか? エデンが成り、ETOが出来た瞬間、ゲヘナ総領であるこの羽沼マコト様も12使徒の主になるということが。私はあの娘達への命令権を得るのだぞ!! つまり、12使徒の主が桐藤ナギサだけではなくなるということだ!!」

 

 こじつけもいいところなのだが、確かにETOがある限り、ゲヘナの総領であるマコトにも12使徒への出撃命令を行う権利が発生する、それは要請と言うべきものだし、言うことを聞くかは別問題なのだが……。

 

「あとは私の偉大さを知らしめ、完全に心服させることで桐藤ナギサよりも、この羽沼マコト様こそが主に相応しい事を知って頭を垂れるだろう、キキキ!! 楽しみじゃないか!!」

 

 何故か普段からマコトに対して敬意を示す12使徒は、確かにある程度従ってくれるだろう。そうなのだが、どれだけ楽観的なのかとヒナは呆れる、しかし呆れだけでない思いもあった、何故なら。

 

「私にもその命令権、要請する権利ができる筈だけど」

 

「その通りだ風紀委員長!! キキキ!! イトの奴はお前にくれてやろう、一人ぐらいは構うまい、私は寛大で器の大きなゲヘナの主だからな、キキキ!!」

 

 元々、ヒナがマコトの進めるエデン条約に協力的だったのは治安維持のためだけでなく、12使徒……もっと言えば仲の良いその中の一人……夕立イトと、共に過ごせる時間が増えることを期待してのものでもあった。治安の維持自体は13人で練り歩けばいいだけなので……それほど苦労はしない、ほぼ完全に私心である。

 

 マコトはそれを知っている。平穏を願いながらも、心の底では常に「あの時」のような激しい戦いを。12使徒と共に「暴れられる」時間を、混沌を欲している……そんな一人の、ゲヘナらしい生徒の性根を、見透かしていた。

 

「想定より大事になったが方針に変更はない……良い感じに場が温まってくるじゃないか空崎ヒナ。我ら悪魔の大好きな混沌が、向こうからやってきたぞ。楽しまねば損だろう、お前が望む混沌だ、キキキ!!」

 

「……」

 

「どうだ? お誂え向きに用意してやったぞ? 連中と共に存分に暴れられる機会だ。私は寛大で、配下思いの総領だと思わないかヒナ? キキキ!!」

 

「……はあ、なんだかしゃくだわ」

 

「もっと曝け出せ、悪魔たる者欲しいものは手に入れる、そうだろう? キキキ!! あの娘を手に入れる第一歩だ、どうだ? 楽しくなってきたじゃないか」

 

「貴女ね……」

 

 頭上から音が響く、それは爆発音、攻撃が続いているのか、それとも。

 

「来たぞ来たぞ、自分達が勝っていると思い込んでいる哀れな連中がな。さあ戦ってこい空崎ヒナ、精々奮闘するといい、私の権威アップのためになぁ!! それとも傷が深くて戦えないか? だとしたら失望だな、その程度でキヴォトス最強だなどと笑わせるぞ?」

 

「貴女のために戦うのではないわ、それに……」

 

 だが実際、傷はあった。自身の芯に響く痛みは、おそらく以前聞いたことのある「神秘特効爆弾」の亜種、ゲマトリア神秘研究所から盗み出されたという物のコピー品であろう。

 

 ヒナは落下中にマコトを庇った、一応は我らがゲヘナの総領だからだ。そして神秘特効爆弾を弾頭とした巡航ミサイルを自身の身体で受けた。しかし、あれの狙いはおそらくヒナ1人だったのだ……最強の生徒、たった1人を潰すためにミサイル一発を使った。

 

 神秘特効爆弾をもって空崎ヒナの殺害、あるいは無力化を狙ったのだ。ミサイル一発をたった1人のためにとは豪勢なこと、周到な計画と言える……だが。

 

 

「この程度で私をどうにかできると思っているのなら、驚きよ」

 

 

「え? マジ?」

 

「? 当然でしょう? ミサイル一発程度で何がしたいのかしら……けど、私だから平気だけど、他の子だったら危ないわ。許せるものではないわね」

 

 空崎ヒナは、ほとんど無傷だった。

 

 元々、試作品の段階で12使徒を3秒気絶させることしかできなかった代物だ。巡航ミサイルの弾頭に詰められるだけ詰めたところで、12使徒を圧倒的に上回る存在に有効な筈など無い。空崎ヒナは12使徒の12倍のパワーとアーマー、スタミナを持つ……そして。

 

 スゥーハァー!! スゥーハァー!!

 

 ヒナは12使徒の一人、羽沢エイカから教わった「茶道の呼吸」を行う。エイカは古代のサムライとニンジャの技と知識に堪能だった。心身を急速に回復させるニンジャの秘密の技だというそれは、単なる深呼吸のように思えたが効果は絶大。魂につけられた傷も何故か癒える。

 

 5秒の深呼吸で、空崎ヒナは全回復した。

 

 身体の芯にあった鈍い痛みは消え、全身の擦り傷は消え失せる。見ていたマコトは改めてドン引きしたが、これが現実。キヴォトス最強の生物は深呼吸すればどんな怪我も治るのだ。

 

 ちなみに12使徒も、茶道の呼吸は効果あって本当に凄いな……とか思っているが。単に自分達が深呼吸すれば傷が癒える様子がおかしい生物であるだけなので、茶道の呼吸も何も、そう思い込んでいるだけの単なる深呼吸である。ヒナも同じ生物枠なので回復しているだけで、普通の生徒がやっても気持ちが少し落ち着くだけである、怪我は治らない。

 

 そもそも茶道にニンジャも呼吸も関係ないし怪我なんか治るわけ無いだろと、呼吸法を力説された時一緒に聞いていた天雨アコはマジレスしたが……ヒナと訓練して折れた、イカれた鳥共の骨が瞬く間に治っていったので、考えることをやめた。

 

「ここから出ないとね。マコト、下がってなさい」

 

「キキキ、どうするつもりだ?」

 

 ヒナは愛銃デストロイヤーを掲げると、集中して力を込めていく。僅かな間に赤黒い光が銃口に集まり、恐るべき圧力が加えられた神秘が凝縮されていった。渦巻く異様な力が、赤い光となって可視できる領域にある……異常すぎる光景。

 

「全部吹き飛ばせば瓦礫も何もないわ……何?」

 

 妙に満足そうに、不遜な姿勢で瓦礫に腰掛けたマコトにヒナは問うた、マコトは何時も大体楽しそうなので腹が立つこともあるが、そういう面では「万魔殿向き」なのだろうとヒナは思っていた。この状況で高笑いできるのだから、弱って喚かれるよりはずっといい。

 

「キキキ、空崎ヒナ。去年の聖夜までのお前は、まるでトリニティの連中を見ているようで鼻についた。無駄に真面目で、邪魔、ただ仕事を片付けるだけの、くだらん奴だと思っていたがな……キキキ!! 今は悪くない。悪くないぞ空崎ヒナ。今のお前は、まさにゲヘナだ」

 

「……そう」

 

「精々暴れてこい、私の名声を稼いでくるのだ!! そしてついでにあの娘達も奪ってこい!! 望みのままに、悪魔らしくな!! キキキ、キキキ!!」

 

「……貴女の甘言に、乗ったわけじゃないから」

 

「キキキ!! そうかそうか!! キキキ!!」

 

 これ以上マコトの戯言を聞いていられない、そう思ったヒナはデストロイヤーの銃口から、臨界点に到達する寸前となった……12使徒の言うにはビームマグナム? という光学兵器をイメージしたチャージショットを放つべく、天へ向けて銃を構えた。

 

 下から撃つが、上にいるだろう面々はおそらく容易に避けるので、ヒナは気にしないことにした。そんな様子がおかしい光景に……。

 

( マジでビームとか出せるの? こわ…… )

 

 マコトはドン引きした。

 

 そしてヒナは……キレた。

 

 当たり前だ、準備してきた調印式をぶち壊しにされた上、大勢に怪我をさせ。ETOという望んでいた盟約の場を中断させられている……一回殴る程度で済ませる気など毛頭ない。

 

 そもそも式典が全て終わった後に、皆でハルナ推薦だという夜の洋食屋に二次会へと行くつもりだった。これではそれも叶わない。アリウス……何処までも余計なことをしてくれる……。

 

 12使徒が側に居たので、桐藤ナギサも怪我はないと思う。そして明らかに今頭上で、馴染みのある気配が動いている雰囲気があった。皆無事だ……だったらやるべきことは一つしかない。

 

 なめやがって、全部ぶっ潰してやる。

 

 トリガーが引かれた軽々しい音をかき消し、聞く者の魂を震え上がらせる怪音と共に、粒子化した神秘のビームが閃光と共に射出された。

 

 地の底から天へ、赤黒い閃光の塊が迸る。瓦礫の山など紙以下の抵抗しか示さない、瞬時に溶解し、蒸発して消えた。巨大なビームの球体が紫電を迸らせながら空へと消える……それは天を穿つ、禍々しきブラックホールの射出であるかのよう。

 

 開けた天蓋の先に、曇天が見えた。その暗い雲を赤黒い閃光が撃ち抜き、空に一点の青空が生まれる……そして、穿たれた青空を背景に大穴の中で空を舞う、12の翼がそこにあった。

 

 ヒナは自身の翼に力をこめ、大きく広げると地面を蹴り、そこへ舞い上がる。最後の一人を迎えるかのように、円環を描いて旋回していた12人の天使が、上昇してきた悪魔を迎えると空中で即座にヒナを中心に陣形を組み始める。

 

 この言葉の要らない連帯感、13人で戦うこの万能感。追い込まれている気など全く無かった。勝利など当然という全能感がヒナの身体を満たす……何が来ようともう関係ない。マコトの言ではないが、内から溢れるこの歓喜を、ずっと手に入れられるのならば……空崎ヒナはやっぱり欲しい。

 

 だからまず、邪魔者は潰す。

 

 空崎ヒナは今日再び、ゲヘナの風紀委員長としてではなく一人の悪魔として、思うがままに戦うことを決めた。

 

 





・茶道の呼吸

さどう、ではなく正しくはチャードーであるとされているが、キヴォトスでは「さどうのこきゅう」と呼ぶのが一般的。お茶を点てる茶道との関係は不明であるも、古代のニンジャが使用したとされる特殊な呼吸法。特殊と言っても「スゥーハァー!!」といったように、オーバーアクションな深呼吸という体であり、特殊性は感じない……のだが、特定の生徒が行うと「怪我が治り、体力が回復する」という壊れた効果を持つ。

いわゆるリキャストタイムの無いリジェネ、空崎ヒナあたりのクラスになると5秒も使用すると5割は回復するらしく、戦闘中でも事実上無限に回復できてしまう。ただの深呼吸なのでナーフはされない、イカれてるのか。

12使徒が火の七日間をほぼ無休憩で暴れられたのは、この茶道の呼吸があるからだと注目されているが、真似ても望んだ効果が発生することはなく、習得は難しい技能であると考えられている。

著名な習得者は12使徒と空崎ヒナの他に、剣先ツルギ、美甘ネル、小鳥遊ホシノ、春日ツバキ。

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