時は少し遡り、場所は古聖堂、礼拝堂。
銃声が石造りの建物に響いた。
地割れによって大きく破損した古聖堂はしかし、未だ荘厳な存在感を湛え、所々瓦礫を床に落としながらも健在であった。かつて多くの聖徒が祈りを捧げた礼拝堂、その赤く長い絨毯の上に……一人の女性が倒れ伏す。
「……任務、完了」
アリウス・スクワッドリーダー、錠前サオリは銃口から硝煙を揺らす銃を下げ、倒れた先生を前にして……己に与えられた任務全ての完遂を宣言した。
エデン条約の乗っ取りとミメシスの起動を成した秤アツコは、別のチームと共にアリウス本拠へと既に戻されている。そしてマダム・ベアトリーチェからサオリ達、スクワッドへ与えられた任務は……先生の排除であった。アズサが世話になった相手だ、恨みはない。だからこそ、せめて苦痛なくと一発で仕留めた……。
「スクワッド、終わったか」
見届け役の督戦隊隊長が問う。スクワッドチームは精鋭だが、マダムから信用はされていない。アツコの供回りとして必要とはされてはいたが、その程度。督戦隊がその行動を監視する程度に「教育不十分」の面々だった。
もしアズサの関係者だからと先生へ手心を加えていれば、この場で処分されていたのはスクワッドだったろう、サオリには隊を預かる者として……引き金を引く理由があった。それが、たとえ家族の恩人であっても。
「……ああ」
「死体を確認しろ、撤収……⁉︎」
サオリが倒れ伏す先生へと近づこうとした……その時。スクワッドチームの背後で、複数の音がした。それは……まるで人が。
「なっ!?」「!?」「えっ!?」
倒れる音。
アリウス督戦隊5名、そのうち隊長を除く4名が、床に力なく倒れていた。それを認識した瞬間、鍛え抜かれた学兵として恥じない反応速度で飛び退くスクワッドの3人は、中央で1人立ちすくんでいる督戦隊の隊長へ問おうとするが……。
否、彼女は立ってなどいない。
隊長は既に意識を失っていた。その首を背後から掴まれ、何者かに持ち上げられているのだ。吊るされ力なく揺れるその姿の向こう、背後に……誰か、何かがいる。
「何者だ!!」「督戦隊が、一瞬で……」「ひ、ひぃ……」
何者かと問うサオリの声が聖堂に響く。その残響が消えるのを待っていたかのように、アリウス隊長の首から手が離され、重々しい音と共にその身体が床へと崩れ落ちていった。落ち行く人影の向こうから現れた、その姿。
頭頂に獣の耳、獣の尾を持つ少女。鋭く、そして黄金を溶かしたかのような眼光を湛える目、その上がった眼尻には戦化粧の紅。
「……主殿と知って、撃ちましたね?」
艶やかな着物とセーラーを崩した可愛らしい制服を纏い、桜が舞い散るかの印象を与える色彩に彩られた、その生徒の名は。
百鬼夜行連合学院、忍術研究部……久田イズナ。
「その制服、トリニティの生徒では!?」
即座に銃撃しようとしたサオリをあざ笑うかのように、イズナは瞬時にフェイントを混ぜた地を這うような機動を見せた……瞬間に。槌永ヒヨリの側に、もう居た。
「あっ!?」
距離が近く、対物ライフルという取り回しに難のある長物を持ち、サイドアームを持たず、そして3人の中で1人反応が僅かに遅い……それを瞬時に見抜いての目標選定であった。久田イズナの身体能力は1年生にして12使徒をも上回る、忍者の歩法である縮地を使えば8メートル程度の距離など無いも同じだ。
サオリの射線はヒヨリ自身の身体で遮られ、ミサキがサイドアームの拳銃を向けるには遅すぎる。左逆手に銃剣を握ったイズナに対して、ヒヨリができることはもうなかった。逃げるには遅く、ヒヨリの影を踏んだイズナがその身体を縫い止め、猶予は刹那も無い。
ヒヨリは悲鳴をろくに上げることもできず、イズナに首と腕をするりと絡め取られ、瞬時に身動きを封じられたままに拗られた手からライフルを取り落とす。そして彼女の首に銃剣が押し当てられるまで……瞬きの間。
「ヒヨリ!!」「リーダー!! こいつ不味い!!」「だ、だれなんですかぁぁぁ」
「………」
イズナは答えない、一言も発しない。彼女の平時を知る者がいれば、その静けさに驚いたことだろう。彼女の本来の明るさ、闊達さを全く感じさせない今の姿は、正しく闇の生徒たる者。
今まで遭遇したことのない異様な存在感を前に、アリウス・スクワッドは混乱に陥りつつあった。督戦隊はアリウスの中でも最精鋭、マダムの直下部隊。それを単独で音もなく無力化? しかも今の動きはまともに追えなかったのだ。
ヒヨリを人質に取られ、サオリは判断を迷った。救出し、後退するためには相手を倒さなくては不可能だ、それが可能かどうか……そして、一つの違和感。
これほどの実力者が、あえてヒヨリを盾にしているという不可解な状況。やろうと思えばミサキまで手が伸びた筈だ、それができるだけの身体能力であることは明白、その気ならば初手でヒヨリは既に……。だが今明らかに撃破ではなく無力化、拘束を優先している……それはまるで、サオリ達をこの場から逃さないための……。
焦るサオリ達の背後から、靴が床を鳴らす音が静かに響いた。
何者かが、礼拝堂に現れた。崩落と破壊の混乱にそぐわぬ静けさの中にあって、それはゆっくりと、焦り一つ感じさせない「余裕」すら感じるしとやかな足音。
挟撃、それを悟った戒野ミサキはサオリの背後を守るようにして背を預け合う。崩れかけた礼拝堂の入口、そのアーチの向こうに見えたのは。
「イズナさん、お疲れ様でした」
側仕え二人を連れた……シスターの服に身を包んだ生徒。見る者に悪寒すら与える、澄んだ微笑を湛えた、周囲の空気が凍る程の威圧感を放つ……明らかなる支配者。シスターフッドの首座たる者、トリニティの最上位生徒が一人。
「サクラコ殿!! 目標を捕獲しましたよ!!」
歌住サクラコ。
「ありがとうございます、以後は私達が。イズナさんは先生の元へとお願いいたします、彼女達とお話ししている間、今暫く……力をお貸しくださいますよう」
「はい!! ではまた後ほど!! ニンニン!!」
イズナはヒヨリの口をテープで塞ぎ、両手足を瞬時に紐で結んで床に倒すと同時に煙玉を使って消えた。サオリはその去っていく姿を捕捉することもできず、一発も銃弾を撃ち込むことが出来なかったことに震撼したが……それを振り払い、背後の生徒へと向き直る、今の発言に聞き捨てならないことがあったのだ。
「サクラコ……お前はまさか……。いや、先生? 先生の元へだと!? どういうことだ!?」
サオリが今撃った筈の女性は、先生ではないと? そんな筈はない、目標の選定は確かな筈だ、誤射でなどあるはず……だが。
「!? あれは!!」
ミサキの声にハッとして、サオリが先生である筈の誰かを見ると……。
「人形!? そんな、ばかな!?」
確実に射殺した人間だと思っていたそれは、明らかに人形と分かる物にすり替わっていた。いや、サクラコの言からすれば、それは最初から人では、先生などでは……。
「先生は最初から、こちらにはおられませんよ」
「ッ……」
崩落と古聖堂の損壊の時点で、これを攻撃とみなしていたシスターフッドの反応は早かった。古聖堂は正面こそ崩れ落ちたがサクラコ達のいた内部は無事である、全ての連絡が不通になった時点で「先生を守る」シフトに入ったのだ。
そして幸いにも、今日ここには百鬼夜行から先生を慕う生徒が馳せ参じていた。12使徒がその実力を認める忍者、久田イズナが。
イズナはある理由で百鬼夜行・陰陽部からの依頼で派遣されていたが、忍者がそれを明かすことはない。しかし先生自身の証言によって信頼を得、親しくなったサクラコに、先生の側へと密かに付くことを許されていた。
イズナの扱う身代わり術。それは人形と煙玉に隠れて入れ替わることで行われる、身体能力に頼った術……だったのは以前の話である。
12使徒が1人、忍者有識者、羽沢エイカ曰く……真に優れた忍者は幻術を使うとされる。それなるは伝説の忍者「鳶加藤」が奥義「夢幻」。凄まじきはその幻術、人形を糸で操り、まるで生きている人間の如く見せる技であるという。
その話を聞いた、忍者を目指す久田イズナは手縫いのぬいぐるみを己と誤認させる技を鍛えた後。人形を使った身代わりの術を研鑽し……糸で操るばかりか、迫真の鍛錬のあまり、ついには幻影というテクスチャを身代わりに貼り付けてしまう位階に達してしまった。
崩落と襲撃に驚き、蹲っていた先生の姿。襲撃者に気づき、立ち上がって逃げようとする先生の姿。背中から撃たれて床に沈むその姿を……糸で人形に演じさせることなど容易い。
久田イズナは今や、お遊びのニンジャなどではない、現代に蘇った忍びなのだ。
この襲撃を認識すると同時に、古聖堂へ現れるだろう襲撃者を狩るためにイズナはここにいた。既にこの場以外の侵入者は狩られている、これから追加で現れる者も同じ運命を辿るだろう。そして「話があるという生徒」をこの場に縫い留めるべく……サクラコの意向で埋伏し、待ち受けていた。
アリウス・スクワッド……錠前サオリを。
「……罠だというのか、一体どうやって……!!」
「貴女のためなのです」
「何を言って……」
「貴女方、スクワッドのことはアズサさんから「聞いて」おります……一度お話ししたいと思っておりました。貴女が錠前サオリさんですね? 私は歌住サクラコ、シスターフッドを預かっております、お見知りおきを」
サクラコは優雅に礼節をもってサオリに挨拶を行う、敵対している両者の関係を思えば考えられないほどの穏やかな所作……それはサオリに言い知れぬ威圧感を感じさせた。銃を向けられながら、なんという余裕。
だが……その余裕に対して、怒りよりも納得が、畏怖が勝った。
眼前の生徒は名乗ったのだ、歌住サクラコと。
「!? お前が!! お前が歌住サクラコなのか!!」
「? はい、そうですが……」
「リーダー……ヒヨリを連れてなんとか離脱して、私が殿を」
「馬鹿なことを言うなミサキ!! 相手があの歌住サクラコでも、二人でかかれば!! アツコの元に、皆で帰るんだ!!」
「?? 手荒なことはしたくありません、降伏して頂けませんか? 悪いようにはいたしません……既にアズサさんを始め、多くのアリウス生達はトリニティの「庇護下」にあります。シスターフッドの名において、けして無体なことは……」
「アズサに「話」を聞いたと言ったな!! アズサに何をした!!」
「??? お話を伺っただけです、貴女方のことを「知る」必要がありましたので。アリウスのこと……家族に等しい小隊のこと、多くを「語って」頂きました」
「アズサ……やはり拷問されて……!!」「アズサが口を割るなんてマトモなことじゃない……サオリ、早く、早く離脱して……!!」「そんなことができるか!! 歌住サクラコに捕まったらどうなるかわからないんだぞ!!」
「???? 拷問などしておりませんよ? アズサさんは今、シスターフッドで身柄を「預かって」おりますが、トリニティで「不自由なく」暮らしていけるよう、後援をしております。以前捕らえたアリウスの皆さんも同様です」
「捕まった皆も、お前が……」
「ええ、酷い怪我を「された」方もおられましたので。救護騎士団の支援の元、今後を見据えた「更生活動」の最中にあります、まだ身体も癒えておりませんが、いずれ「自然に」トリニティで過ごせるようになるでしょう」
「これが、これがトリニティの暗黒卿……」
「????? あの、暗黒卿とは……」
サオリ達スクワッドは、アズサを通じてトリニティの情報を入手していた。その中にはシスターフッドの情報もある、クラスや補習授業部のメンバーから伝え聞いたというシスターフッドの活動は、一見すると善意の活動のように見えるが、それは全てカバーであると思われた。
そもそもシスターフッドの前身はユスティナ聖徒会である。苛烈な暴力を今に伝える伝説の組織の後継、それがトリニティにおいて名を変え存続している……まともな組織である筈がない。
実際、収集した噂には怪しい物も多くあった。特に目立つのがシスターフッドの長、歌住サクラコのもの。曰く、生徒を洗脳し意のままに操るという。しかもそれは歌住サクラコにとっては児戯にも等しいものであり、政治から軍事にと影響力は大きく、その力はトリニティ全土に及ぶ、強大な支配力を持つと言われていると。
12使徒のように荒唐無稽な存在ではない分、欺瞞と切って捨てるには存在感がありすぎた。調べれば調べるほど、サクラコと「対面」した生徒は、それまでのトラブルが無かったかのように好意的になるという、これは学外での外交面でも同様で、記録に残っている。
トリニティ総合学園の暗部、シスターフッド。その闇の左手の長、首座たる者は学園を裏から操る、影の支配者。暗部の生徒達が「猊下」と呼ぶ存在だという……それこそが「トリニティの暗黒卿」。
「ミサキ、両隣の二人を先に排除する、頼む」
「……わかった」「もごー!?」(ほどけませんー!!)
「どうか、銃を下ろし、話を聞いてくださいませんか?」
「断る、お前の言葉を聞くのは、危険すぎる!!」
「……主よ、どうか彼女達の心に救いを……」
サオリはその言葉を聞くことはできない、何が洗脳のトリガーかわからないのだ。そして今、眼前にサクラコ本人がいる、あの異常な生徒が去った今、好機でもあるのだ。
正しく、歌住サクラコはトリニティにおいて極めて重要度の高い存在だった。これは真実である、アリウスも認識していた……当初の暗殺予定案では、百合園セイアか歌住サクラコかという二択であったほど。
未来予知の危険度を懸案したマダムが目標を百合園セイアと決定したため、歌住サクラコへの奇襲攻撃は断念されていた。しかし、今この状況を鑑みるに、誤りだったかも知れないと……サオリは感じていた。
トリニティとゲヘナの条約会場に、無関係な他校の生徒、それもあれほどの実力者を埋伏させておく周到さ。奇襲されているにもかかわらず、瞬時に立て直して逆に待ち受ける果断と冷静さ。
そもそも他校生がなぜ、シスターフッドの長に対して、あれほど親しげなのか……やはり洗脳としか思えない。そして洗脳で無限に手駒を増やせるのだとしたら、配下にしている実力者があれだけとは限らないのだ。
そもそも規模はわからずとも、奇襲を察知していたからこそ、あの生徒を埋伏させていたのでは……。考えるほどに、ただ不気味だった。しかし、相手はトリニティの暗黒卿、歌住サクラコ……全てがありえないという事はない。
「サクラコ様、私どもにお任せくださいますよう」「お下がりくださいませ」
「いえ、それには及びません。一度目は言葉を交わせずとも、ぶつかることもまた通じ合うこと。そして二度三度と諦めず、語りかけることが大切なのです……アリウスの生徒の皆さんと同様に、彼女達ともそうでありたいと思います」
「「猊下の御心のままに」」
「よしなに願います」(最近皆さん私のことを変わった呼び方をしますけど、あの子達の影響でしょうか?)
「!?」(やはり、この供回り二人は……!!)
「サオリ、皆はもう……」
「諦めるな!! きっと解く方法が……」
「?????」
前回のトリニティへの攻撃が完全に察知されており、突入した部隊が一人残らず未帰還となった衝撃は……あまりに大きかった。
アリウスはあの攻撃に殆ど全ての生徒を費やした、アリウス分校は事実上……壊滅したとさえ言える損害。それにはサオリ達でさえ、冷静ではいられなかった。人影の消えてしまったアリウスの光景に、マダムへの疑義、いや……反感さえ高まった。督戦隊がそれらを鎮圧して回る中、スクワッドにも嫌疑の目が向かう。
奇襲失敗は情報漏洩だとされたのだ。だが、その原因としてアズサがアリウスを裏切っている可能性を示唆された時、サオリ達の中によぎったのは、アズサへの疑いよりも先に……歌住サクラコの噂だった。
歌住サクラコが洗脳を行うという話を聞き、怖れていたのは誰よりもアズサだったのだ。そしてアズサの身柄はシスターフッドが押さえていた……。
湧き上がる疑念、高まる恐ろしい予感。白洲アズサは歌住サクラコの魔の手の中にあったのではないか……そして襲撃の夜以降アズサと連絡が取れず、その行方が知れない。
危険な任務に送り出した家族が、どんな仕打ちを受けたのかと、スクワッドは怒りとともに恐怖を感じていた。アズサの性格を思えば口を割るとは考えにくい、つまりマトモではない方法でアズサは……。
歌住サクラコの洗脳、そうでなくては説明がつかない。聴取でその話を聞いた督戦隊でさえ、その脅威度には納得していた程だ。
そんな最大の警戒対象が直接出てくる事態。攻撃自体は成功している、別チームがカタコンベを爆破して主力を生き埋めにすることに成功した、神秘破壊ミサイルが空崎ヒナに命中すれば最大戦力も失い、トリニティとゲヘナは戦う術を失う、筈なのだ……しかし、サオリは言い知れぬ悪寒と戦っていた。
本当に上手くいっているのか。歌住サクラコを前にすると、謎の焦燥感に思考を掻き乱されてしまう。
だが、怖れていてはだめだ。アツコのため、そしてアズサ救出のため、錠前サオリは家族に等しい仲間達を救うために、この巨大な邪悪……トリニティの暗黒卿と謳われる存在と、今ここで、戦わねばならない。
「アズサを返してもらう!!」
サオリの銃撃がサクラコを襲う……しかし。
「……アリウスへと、お返しすることは出来ません」「!?」
サクラコの右手の銃「浄化の織り手」から発射された銃弾によって逸らされる。バーストの3連射、あろうことかサクラコはそれを、撃って弾いた。そしていつの間にか彼女の左手には……12使徒から贈られたという、伸縮した赤い色の。
「警棒!?」
「手荒なことはしたくありませんでしたが、致し方ありません。無力化させていただきます……ではお二人共、そのように」
左右のシスター二人が、長柄の銃剣を両手にクロスして構えた。銃ではない、銃剣だ。シスターフッドの一部生徒達は、去年の中頃から銃撃に重きをおいていない、それは聖堂に度々現れる12使徒との交流によって生まれた思想、そして鍛錬の結果である。
曰く、弾は弾けばいいし、殴ったほうが早いだろ。
「こんな!?」
サクラコの近習は、そんなシスターフッド聖堂騎士の最精鋭だ。
銃弾など見てから避けるし、切れて当然。
ミサキのサイドアーム、拳銃が連射されるが、振るわれる銃剣に全て弾かれていった。そしてサクラコを狙うサオリの弾丸も、サクラコの警棒が手首のスナップだけで振るわれ、弾かれていく……銃撃を意に介さず、火花を散らしながら、そして歩み静かに迫る、3人のシスターが、来る。
「ミサキ!!」
サオリの声にミサキはランチャーを構えた、頭上へ。ためらいなく引かれたトリガーに呼応して、ジャベリンミサイルが天へと上り、天蓋を打ち砕きに飛ぶ。
「もんごーーー!?」
地面に向かって噴出したバックブラストに叩かれたヒヨリが、後方に吹っ飛んで転がっていった。その隙にサオリはグレネードを複数投げ込み、射撃姿勢から復帰できていないミサキの腕を掴むとバックステップで後退する。
着弾したランチャーの弾頭は建造物破砕用だった、爆砕された天井の構造物がサクラコ達に襲いかかる、普通ならば追撃を断念させるには十分な攻撃……だった。しかし、シスターフッドの最上位生徒に至る者は、キヴォトスの常識の外にあった。
弛まぬ祈りと研鑽、狂気の鳥と過ごした日々がシスター達に与えた力は、正義実現委員会の学兵達よりも更に尖った面を持つ。彼女達は学兵ではない、戦うための部活ではないのだから。しかし聖徒たる者、己の信仰を神に捧げる方法はやはり、力の研鑽である。
祈り、信じること。それはある種、神秘の研鑽だ。できる、やれる、そう信じることが、本当に力になる。それを何よりも体現してきた存在こそが12使徒、だからこそ、彼女達と修練を同じくした生徒達は、昨日の自分よりも強くなる。
多くの生徒達は祈るという機会を持たない、しかしシスターフッドでは違う。祈る、主に。祈る、隣人のために。祈る、自分のために。だから、不可能だったことが、できるようにもなる。
刹那のいとま、飛び込んできた手榴弾の信管部分「だけ」を、二人のシスターは狙って切った。炸裂、ならず。そして落下する瓦礫は……サクラコがノールックで上に向かって銃撃した弾丸が打ち砕き、弾倉を撃ち切ると同時に、3人に当たりそうなもの「だけ」が砕けて消えた。
神業だ、御業と称していい。三人の祈りが「力」となって現実に発現した証。
粉塵の向こうから3つの人影が無傷で歩み出る姿はシスターの服と相まって現実感がない。今の防ぎ方自体、一体何が見えているというのか……この結果に、さしものアリウス・スクワッドも震撼した。
「これほど、とは!!」
「主の導きがあればこそ……!?」
古聖堂の外、大きな爆発音が響く。ヘイロー破壊弾頭を搭載したミサイルの着弾だ、崩落した穴の中で、それが炸裂し……空崎ヒナを倒す、そして間もなく追撃のミサイルが大挙して飛んでくる。その混乱に乗じれば……。
「着弾時間だ、やったか……!!」
「なるほど……そういうことでしたか」
「これで、空崎ヒナは……」
追い詰められた状況だ、サオリから願望が漏れるのも致し方ないことだった。しかし現実は非情なのだ。そんなものが有効なのであれば、キヴォトスはあの大怪獣に怖れ慄いてなどいない。
「貴女方はご存知ないのでしょう……彼女が12使徒とただ1人にして互角なのだという意味は、とても重いものなのですよ」
「ヘイローを破壊する攻撃だ、無事である筈がない!! それに12使徒など……」
「真実を知らず、だからこそ挑む……悲しいことですね」
12使徒。サオリは以前、その部隊を偽装かあるいは高練度部隊の一つ程度だと認識していた。それが誤りである可能性を、確かにトリニティ襲撃失敗で考えなくもなかった。
だが、アズサの報告書が全て真実だなどと、ありえない、考えられないことだ。誇張されすぎている、そうでなければ……そうでなければ12使徒は。
言葉なき連携で12人全く同じ動きをするばかりか、無限の体力で6日間無休で戦い続け、戦車砲を翼で弾き返し、肌にさえ何の攻撃も通用せず。一撃で戦車を破壊したあげくに空を飛び、時速70キロ以上で大地を駆け、海を30ノットで泳ぐという、一晩で都市を4つも破壊するモンスターの集団になってしまう。
イカれてる……こんな存在が12人? あり得るはずがない、そんなことはあってはならない。人間にそんなことができる筈がない、もう恐竜か何かだ。いや、恐竜だって空までは飛ばない。
空崎ヒナは、こんなのとたった一人で互角? そんなのもう人間じゃない……。
常識で物を考えればわかるはずだ。聖夜事変? プロパガンダだ……十三人対数千人で、戦いになる筈がない、その筈なのに……。
サクラコの目には、憐憫があった。
「錠前サオリさん、戒野ミサキさん、槌永ヒヨリさん……そしてこの場にはおられませんが、秤アツコさん。無知からくる無謀、それは致し方ないこと。ですが過ちは償うことが出来ます、主は貴女方にも必ず、幸福を得るための道を授け、導いてくださるのです」
「結果はまだわからないだろう!!」
「いいえ」
「何故断言できる!!」
「1年以上、私達は間近でそれを見てきたからです……嵐のような日々でした……主の救いを信じねば、心折れていた子達も多くいたことでしょう。アリウスが知らぬ1年以上、このキヴォトスはずっと火の海でした。それは熱く、そして苦しい、けれど明日の救いのため、必要な試練だったのです……」
それは切実な声であった、あれほどあった悪寒が消えるほどの、サクラコの素の表情、言葉。サオリは初めて、歌住サクラコという人間の感情が表に出たように感じた。それほどの体験をしたのだと、思わず感じてしまうほどに。
「火の、海……」
「そして今、彼女達に対し、最もしてはならない事をアリウスはしてしまった……錠前サオリさん、これは貴女方のためなのです。彼女達と目が合ってしまう前に、私達の手で貴女方を保護しなくてはなりません、命に関わります……いえ、それだけで済むかどうか」
「そこまでか!?」
サオリ達は知らないが、これは本当にサクラコの善意からくる行動だった。アズサの家族なので、最優先で保護しなくてはならない、キレた恐鳥に冷静な判断力などない、おそらくアリウスとみた瞬間に全身の骨を折られることになる。
ナギサの状態次第では、それで済まない可能性が高い。去年頃、恐怖の鳥達は潰した悪党を紐に繋げて引きずり回すことを「パレード」と称してよくやっていた。しかも引きずって歩くのではない、走るのだ。そのあまりにも恐ろしい光景を今の2年・3年生は見せつけられてきた。
サオリ達に待ち受ける運命は、それを超える可能性すらあった。
悪い子達ではない……ないのだが、いくらなんでもそこまでする? という行為を平然とやってくる暴力性は冗談では済まない。そして今回ばかりは絶対にキレているので、もう危険が危ないでは済まされない。
そもそも、空崎ヒナは一線を越えたら12使徒よりも危険だ。今回の事件は明らかにラインを越えている、今空崎ヒナがどんな感情であるのか、想像もしたくない。
シスターフッドの長として、彼女達への拷問は避けねばならない。被害者でもある彼女達を保護したい……歌住サクラコは勘違いされやすいという雰囲気を持つ悲しい生徒であったが、心の底から善意だけで動いている善良な少女である。
「ナギサさんに危害を加えようとしたのです、一体どれほどの暴力が加えられるかわかりません……アズサさんのためにも、皆さんを先に保護しなくては、凄惨な姿で彼女の前に連れ帰るわけにはまいりません」
「クッ、だが……」
弛緩した空気が戻りかけた、その時。
崩落した時もかくやという大音響が、古聖堂を震わせた。
それはまるで、何か巨大な力が天へと撃ち出されたかのような、異様な怪音。
「ぐもーー!?」(何!? なんなんですかぁーー!!)
「ヒヨリ!! ミサキ、ヒヨリを!!」「わかった」
「ぁぁ……始まってしまいましたか……」
「何がだ!?」
「サクラコ様、このままでは古聖堂も危のうございます、退避の必要があるかと」「我を忘れた12使徒の破壊が、どれほどになるかわかりません、空崎ヒナもいるのです、急ぎ先生と合流すべきと考えますが……」
「そうですね、今少し、お話ししたくありましたが……以後は先生と皆さんの身の安全を優先しなくてはなりません、下がりましょう」
「歌住サクラコ!!」
「錠前サオリさん、お二人を連れて、どうか我々と共に退避を。急がねばなりません……」
「だから何が始まるのかと聞いてるんだ!!」
「夢でも見ているかのような大破壊が始まります、残念なことですが……この古聖堂も消えて無くなるかもしれません。奥に地下シェルターがあります、そこに向かいましょう」
「夢!? 分かるように言ってくれ!!」
「このキヴォトスが、再び火の海になるのです」
その言葉の次にきた轟音は、正しくキヴォトスを焼き払うにたる力の発露であった。
・光よあれ、たぶん主はそう言ったと思うんだけど、冗談じゃねぇよ……という感じでいる、一応眩しい未来が解除されていないかなと思って、調印式寸前に仮眠でためしてみたセイアちゃん様
眩し……くない!! やった!! 未来が!! 変わっている!!
やったぞナギサ!! ミカ!! 未来は変わったんだ……!!
よかった……ついにやってくる、私達の穏やかな未来、平穏な生活が……!! ありがとう皆、よく、よくやってくれた……そしてありがとうゲヘナ、意外と仕事してくれる感じでよかったよ、ゲヘナへの考えを改めないといけないね。
起きよう、せっかくの調印式だ、現実のほうで見ないとね。
これでエデン条約もつつがなく終わるに違いな………。
ちょっとまて!! 今の何!? 何なんだい!?
キノコ雲じゃないか!! 何が大爆発したらこんなことになるんだい!?
もう原子爆弾とかいうやつだよこれ!! 会場に大穴!? もう外周全部更地じゃないか!!空崎ヒナがビーム連射してる!!(絶句)ダチョウが空爆しまくって全部ふっとんでいってる!!(絶句)
というかちょっとまて、なんでだい!? なんで君が登場するんだい!?
お呼びじゃないんだよ!! これはトリニティとゲヘナの条約だぞ!!
白石ウタハ!! 調月リオ!! その飛行船何!? 何しに来て……。
ヤメロー!! 白石ウタハ!! 何をしたんだ!! 何をする気で来たんだ!!
というかダチョウも何を抱えて…… そ れ は !?
やめろーー!! やめるんだー!! キヴォトスを燃やすつもりなのかい!? やりすぎだって何度言ったらわかるんだい!? 何がしたいんだ!? 破壊からは何も生まれないんだよ!!
ちょっとまて!! それ何だい!? あれは特車の斯波!? それアバンギャルド君だろう!! どうしてトリニティの倉庫から!? なんでそんなもの持ち出して……!?
ウワーーーーーッ!!!!! なんかまた眩しく!? 目がーーー!!