「なんなんですかあれは!!」
「おかしいでしょう!? 生身でビームとか聞いてないんですが!?」
「と、飛んでる……」
「大体あの銃はなんです!! あんな機能があるなんて!!」
「一体何を考えて……ちょっと!? 今の爆発おかしいでしょう!?」
「黒服!! 何を笑っているのです!!」
「実験は成功!? ふざけているのです!?」
「ちょ、ちょっと!! あの火球は!? なんなんです!!」
「私は一体何を見せられて……こんなのもう生徒とは……!!」
「お前たち!! 拍手などしている場合ですか!!」
「もういい!! 出ていきなさい!! こ、こうなれば計画を早めなくては」
「至りさえすれば!! たとえあのワケのわからない連中だとて!!」
「は? 何の光!?」
5人の生徒は途切れた報道の映像、その瞬間を見ていた。
つい先日開通となったエアリンクバード、高高度基地局巡回機の恩恵で、アビドス高校の周辺は安定した通信インフラを取り戻したばかりのこと。だから映像は鮮明に見えた、何が起きたのかも、そこに誰がいたのかも。
「………」
「ホシノ先輩」
立ち上がった小鳥遊ホシノは後輩の声に、ただ視線を合わせることで答えた。言葉はいらない、何をしようとしているのかなど、今更問う必要も応える必要もないからだ。
「雨雲号……いえ、春風号を準備します」「私は弾薬を集めてきますね」
「アヤネちゃん、ノノミちゃん、お願いね」
「アヤネ、手伝う。セリカも、急ぐ」「わかりました!!」
春風号、それは貧しいアビドスにとある学園から「寄贈」されたティルトローター機、V-22オスプレイ。アビドスの新たな空の足にして、重武装のガンシップ。稼働率の芳しくなかった中古ヘリ、雨雲号の状態を知った12使徒経由で機体更新で余った放出品だからと、オマケの雨雲号用整備機材と各種維持部品含めて丸ごと寄贈された、どう見ても中古ではない……アビドスの新しい虎の子。
アヤネの倹約癖から普段遣いは雨雲号のため、多用はしていない切り札の一つ……しかし切り時だ。会場の様子からして、一刻を争う事態だと言える。速度が全てだ、アビドスからトリニティは遠い……しかし春風の名を持つV22は快速、間に合う、間に合わせる……今度は間違えない。
小鳥遊ホシノはロッカーから装備を取り出す、それは後輩達の前では使ってこなかった装具一式。プレートキャリア、拳銃、持てるだけのマガジンに弾を込める。心のままに練り上げられたホシノの意志……神秘が、一発ずつ、手早く装填されていく弾丸に浸透していく。威力が過剰になるため、普段はしない手だ。だが……今日ばかりは、加減などする気はなかった。
「………何のつもり?」
それはまだ見ぬ「敵」に向けた言葉、小鳥遊ホシノの透き通った怒りが漏らした、心の声。
小鳥遊ホシノは、アビドスは。その学園に、彼女に……恩義があった。
全てを奪われつつあったあの日、弾薬すら尽きようとする、極限の日々の果て。アビドス最後の拠り所であるこの校舎を失うかも知れなかった、助けなど期待できなかったあの時。ただ二人だけが助けの手を差し伸べてくれたのだ。
先生……そしてトリニティの……桐藤ナギサ。その彼女が崩れ行く大地に飲み込まれていく様を、ホシノは見た。その背後で砕かれた聖堂には先生もいるのだと、クロノスの報道からそうも聞いた。二人が、あの場にいた……あの場所に。
事故などではない、必ず「敵」がいる……誰かはわからない。だが関係ない、知ったことか。誰であれ……これから小鳥遊ホシノのやることに変わりはない、許す気などない。
あの二人がしてくれたように、力の限りを尽くし、全てを打ち倒すとホシノは決めた。酷薄なる鷹の目が、開いたロッカーを通し、彼方の敵を睨みつけている。
「潰すぞ、お前」
その殺意さえ感じさせる声音をもって、暁のホルスは再臨した。
「……?」
ホシノの背後で流れていたクロノスの放送の様子が、突如として変わる。振り返って見た、それは初めノイズのようだった、しかし暫く荒れた後、場面が切り替わる。
クロノスの放映席ではない、白い部屋のような場所が映されると、そこには……。
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調月リオは走っていた。クロノスのアナウンサーが通信を回復させようとコールをするよりも前に、セミナーの執務室から走りだしていた。
全速だ、廊下を走るという行為を今の今まで一度もしたことがない調月リオはしかし、懸命に走っていた。ユウカの止める声など一顧だにせず、ヒマリのコールを無視し、ミレニアムの中央から2つ隣の区間にある、ミレニアム・エンジニアリングの格納庫に向けて、全力で走っていた。
論理的に考えれば、廊下を走ったところで目的地までのモノレールとその移動時間を考えれば到着時刻はほとんど変わらない。だが走った、心のままに走った。1分1秒、いやコンマ秒すら惜しい。
あの崩落は地下構造を爆砕することで意図的に発生させた落盤だと、リオの冷静な部分が分析を行う。被害状況、巻き込まれた生徒の数、プロフィール、事件の背景を探っていく……そして同時に、冷静でない部分が今、彼女の全身を突き動かしていた。
犠牲なくして未来は来ないと信じて戦ったあの日、そうではない道があるのだと示してくれた彼女が……地の底に飲み込まれていく様を見たのだ。その瞬間、リオの中で何かが切れた。
駆けつけねばならない、一刻も早く、あの場に。
だから調月リオは走る、格納庫へ向かって。
トリニティとゲヘナの条約の場にミレニアムという部外学園の総領主が現れるというのは、政治的に揉め事に至る可能性をはらんでいる……それを自分の冷静な部分が指摘をするが、もう止まらない。調月リオは止まることなど考えられない。
あの夜見た、月に照らされた天使の横顔が脳裏に浮かぶ。
かつて持ち得なかった焦燥と怒りという激情に突き動かされる調月リオは今……ミレニアムの総領主であることをひとときやめた。知ったことか、何人にも文句など言わせはしない。たとえ一人だろうともあの場所で戦うと決めていた。
論理の怪物と言われ、大人に近い存在と扱われてきた調月リオは今、激情にかられる年頃の少女となって、画面の向こうで事件に巻き込まれた友人を救うべく……ただ走る。
ミレニアムの総領として、学園の軍事力を動かすこともできた、時間をかければ。しかし、それはできない。待ってなどいられない、他学園への軍事力の投入、当然反発されるだろう、説得の時間もかかるだろう。
そんな時間はない、今すぐ、今すぐに力が必要なのだ。だからリオは1人で走ることにした、これと決めたら独善的に物事を進める悪い癖は中々直らない、しかし……今はそれでいいのだ。かつてなら彼女を助けてくれる者はいなかったかもしれない。
けれど、今は違う。
「やあ、会長。待っていたよ」「リオ会長の到着です!!」
リオの愛機、スーパーアバンギャルド君RSCがあった筈の格納庫にいたのは。
「白石ウタハ……アリス……」
今の調月リオには同志がいる。一緒に戦ってくれる、学友が……。
「整備も準備も万端さ、こんなこともあろうかと、色々整えておいてよかった。もちろんRSCは既に積み込んであるよ」
< リオ会長!! 飛行戦艦ミレニアム号、発進準備完了まもなくです!! >
< 完成度は70%、そんなに長くは動かせないけれど…… >
< とりあえず動けばヨシッ!! 銃座はゲーム開発部にお任せだよ!! >
< お姉ちゃん、未完成の船でヨシッはやめてよ…… >
エンジニア部が、ゲーム開発部の面々が、ここに揃っている。
「……よく、よく間に合わせて……くれました」
息を整えるリオの頭上、格納庫の中空にアンカーで繋がれた大型飛行船が重低音と共にその翼を温めていた。そしてホロモニターの向こうには、飛行船ミレニアム号の艦橋内で忙しなく動くエンジニア部とゲーム開発部の姿があった。
リオはウタハ率いるエンジニア部と共に、ユウカが知ったら卒倒しそうな存在を密かに建造していた。ミレニアム・エンジニアリングの地下秘密ドックで建造されたそれは、キヴォトス標準型飛行船の倍はある代物だ。
元々はエリドゥを守るエアカバーユニットとして設計した、空中待機型のミサイル・アーセナルシップである。エリドゥが役目を終えて廃墟となった今、不要となった未完成の1番艦をリオは、エンジニア部に第二部室として提供していたのだ。
空からミサイルシャワー君という脳死のネーミングが改められ、きたる宇宙戦艦建造のベースシップとして、飛行戦艦ミレニアム号と名付けられて艤装が進んでいたが……何せエリドゥ事件後も秘された秘密の船なので大っぴらに作業できず完成は遠い……。
そう思われていた船は、既に稼働状態にあった。
「よお会長、総領主が護衛なしで出歩こうってのは、感心しねぇな」
そして気がつけばリオの背後に音もなく並んでいたのは、C&Cを率いる……。
「美甘ネル……貴女達まで」
「会長、飛鳥馬トキ、警護に復帰いたします」
「降下作戦となるなら、私達が必要でしょう」
「キリコちゃん達を助けに行こうね!!」
「アスナ先輩、助けが必要なのは桐藤生徒会長ですよ、彼女達はたぶん……」
「まああの程度でヘタばる連中じゃねぇよ、けど……落とし前はつけねぇとなぁ!!」
「面子は揃ったようだね、さあ……行こうか、リオ会長」
「ええ……」
飛び込むようにして乗り込んだミレニアム号の艦橋、各々がシートに滑り込みコンソールに向かう、リオはウタハに促され、艦長席と思しき最後方の一段高い場所に座った。
「部長、完成度は70%。まだメインプロペラ1つが未装着で直進性に難あり、補助舵と舷側プロペラが4つ動かないから小回りも利かないけれど……」
「今日は現地までたどり着けて浮かんでいれば十分さ、RSCの操縦母艦だからね、落ちなきゃいい」
「武装も半分以下ですね!! けれど主砲、荷電粒子加速投射砲エクスカリバー2は2門!! CIWSは4基稼働状態!! ミサイルコンテナは2つ!! これなら火力支援には十分ですよぉ、ゲーム部の皆さん、ガンナーお願いしますね!!」
「まかされたぁ!!」「あっ、電力の関係で連射はできません!! ご注意を!!」「ええーー!?」
「舵輪は私がもらおうか、さていよいよ発進だ、準備はいいかな?」
「ええ、まかせるわ」
「チェックリスト完了、気嚢密閉状態確認、浮力中立……いきます……主機始動!! しどーう!! 点火!! 1番、2番、3番!! コンタッーク!!」
補機から送られる電力を注ぎ込まれたミレニアム号の主機に火が灯り、これまでの比でない轟音と共に、格納庫が上昇用プロペラの風圧で叩かれ、満たされていく。
「圧力上昇、フライホイール接続!! 後部メインペラ回るよぉ!!」
「格納庫扉開きまーす!!」
「バラストタンクブロー!! アップトリム5、微速前進、アンカー解除!! 離床!!」
400メートル近くある飛行戦艦が、ミレニアムの空に舞い上がろうとしていた。ゆっくりと浮かび上がるその巨体がミレニアム中央区のタワービルからもその光景が見える……当然そんなもの、もう隠し通せるはずもないので……。
< か、会長!? 会長ーー!! 今どちらに!? 何か全く覚えのないものが発進しようとしてますけど!! もしかして、もしかしてなんですけど!? 何なんですかこれ!! いくらかかったんです!? 私聞いてません!! >
「ユウカ、行ってくるわ」
< か、かいちょうーーーー!! >
「ミレニアム号、発進!!」
ユウカの悲鳴を背にし、ウタハの翼でリオは空に上った。焦りはある、焦燥が心にある、けれど迷いはなく、今は1人ではない。その事実が生んだ余裕を得た、怒れるビッグシスターは一つの目的に向かって今日再び、邁進する。その心は一つ。
よくもやりやがったな、誰だか知らないが……ぶっ潰してやる。
無名の司祭達を命乞いさせるために開発した「とっておき」を抱えた飛行船が、怒れる調月リオを乗せてトリニティに向かい、奔る。
その道半ば、ある異変をミドリが察知する。
「? あれ、なんだろう」
「どうしたのミドリ」
「クロノスの放送、何か変だよ」
状況を少しでも知ろうとしたミドリは、自分の席のディスプレイでクロノスの放送を見ていたのだ。混乱した様子は変わらなかった、一つ変化があるとすれば、謎のシスター?のような何かが各地に大量に現れている、という情報があったぐらい。
それが突如としてノイズと共に途絶え、何も無い白い一室を映し出した時、ミドリは艦橋のメインモニターにその放送を回すことにした。
そこには誰かが立っていた。
< 皆さん…… >
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「ナギサ様が……!!」
「どうしてこんなことに!!」
トリニティの庇護の下で安寧を取り戻し、苦しい自治区運営が改善され、穏やかな就学の日々を得ていた小自治学区の長達は混乱した、恐慌と言って良い。これがテロであり、敬愛する盟主の受けた攻撃であると言わずとも理解した面々は混乱の局地にあった。
エデンを見届けるために各々がホロビジョンを繋いで宛ら連合ネット会議のように回線を繋げて談笑していたのも災いした、生徒会長達全員の混乱が小自治学区連合そのものの混乱となってしまったのである。
「どうすれば、どうすれば!?」
「……そんな」
彼女達の母校のように、何れかの世界であれば「既にない」ような小学園自治区にはまともな自衛力も治安維持能力もない。それは自治できているとは言えないような体制、生徒数しか持ち合わせていないことを意味していた。トリニティの、ナギサの慈悲に縋り。正義実現委員会の学兵を派遣してもらうことで自己の軍事力を持たずとも、この混沌のキヴォトスであっても平和を謳歌できていた、そんな小さな自治区は数多い。
トリニティの庇護という力は、それを可能にするだけの力を有していた。軍事力だけではない、自治区の経営・運営自体にも幅広く支援があった。迷える生徒達にとって、これほど信用できる存在は他にはいない。信じるべきでない手合……悪い大人達に騙され食い物にされた自治区がどうなるのかは、かのアビドスを見れば判ること。
自治区が消滅する寸前までいったアビドスは間に合い救われたが、桐藤ナギサ台頭前であった2年以前は無数の小学園が倒れ、数多く消滅していったことを……この場の生徒会長達は肌で知っている。中には廃校によって統合を余儀なくされた学園出身もいるのだ。連邦生徒会は自分達を、アビドスを見捨てたが、トリニティは違う……僅か5名の生徒でさえも見捨てない、我らが盟主、慈愛の君。
そんな小自治区の生徒会長達にとって、女神の如き存在であった桐藤ナギサへの攻撃など激昂以外にない。しかし事態はそれを超えた、無事かさえも不明な状況、会場の学兵達も壊滅し、あれほど頼りになった12使徒も丸ごと全滅したかに見える……これほどの事態を想像したことはない、悪夢を超えている。
それぞれ自治区の長としては、今は身を固めるべき時だ。論理的に考えて軍事力など持たない、生徒数2桁・3桁の小勢力が集まったところで大したことはできない。混乱の暴風から身を隠し、嵐が過ぎ去るのを待つのが上策。
戦う力などないのだ、元々自衛さえおぼつかない……当然のことだ。あの場に行って何が出来るというのか、そもそも流れ続けるクロノスの報道からは、謎のシスター風のガスマスクの幽霊のようなものが各地に湧き出していて、手当たり次第攻撃し始めているという。それが自分達の所にやってこないとは限らないのだ。
駐留している正実の生徒への命令権こそないが、自治区生徒会長として要請は出来る。この場に残り守ってほしいと。そうするべきなのだ、愛する母校を守るため、先輩達が苦心の末に守り抜いてきた学園のためには。
しかし。
「各学園の風紀委員を編成して、トリニティへ戻る正実と共に……現地へ送りましょう」
小自治学区連合、代表生徒会長は守りを捨て、前に出ることを選んだ。
「で、でも風紀委員なんてどこも5人もいれば多いほうだよ!?」
「黙ってみているわけにはいかないでしょう!! 少しでも戦える生徒を送って、何が起きているのかを知るべきです!!」
防衛力をトリニティに依存する各自治区にも、学兵はいる。校内の風紀を守る風紀委員だ、しかし吹けば飛ぶような零細校には、居たところで数人程度。それでも正実が抜けてしまえば彼女達は、本校校舎を守る最後の盾だ、送り出したが最後、各自地区は全ての戦力を失うことになる。
「連合の風紀全員を集めれば、100人は超える、やろうぜ……今の今まで面倒ばかり見てもらっておいて、いざ危機って時に何もしねぇってのは仁義がねぇ、道理が通らねぇだろうがよ!! 私は行くぞ!!」
「迷っていられない、皆をすぐに集めてくれ。私だって元ヘルメットだ、まだ戦える……私も行くよ」
ある生徒会長は元スケバン・ヘルメット団の一人でもあった。足抜けし、ナギサの慈悲と助力によって復学した彼女達は、スケバン・ヘルメット団で培った根性と繋がりを駆使して廃校寸前の学園を立て直し……今は小なりとはいえ自治区生徒会長の座にある。
母校を失ったり、未来を悲観してスケバンやヘルメット団になった生徒は多い、そういった地の底から這い上がった生徒会長もこの場には何人もいる。
大きな恩義だ、受けたそれを返さないなど。特攻服を、ヘルメットを脱いだりとはいえ彼女達にとって最も唾棄すべきもの、この場で立ち上がらねば、送り出してくれた不良の友達にも、慈愛の君にも……二度と顔向けはできない。怖気づく小学区連合の長達を叱咤し、派兵を提案した生徒会長代表に同調する。
「ちょ!? 生徒会長が行って何かあったらどうするんです!!」
「今はそうするべき時なんだよ!!」
荒事耐性のある元不良会長達に押され、場の趨勢が派兵に傾いたその時。踊る会議の背景でBGM以下となっていたクロノスの報道が、突然巨大なノイズと共に雑音から切り替わり、何も無い一室に切り替わった。
それは見るものが見れば、クロノス映像研のライトルームであることに気づくかもしれない。いわゆるCG合成をするための特殊背景を合せるための撮影室だ。
「!! あれは!!」
その中心には、一人の生徒の姿があった。
< 皆さん……私の名前は >
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「………」
「姐様」
根城にしているビルの一室で、多くのスケバン達も一連の報道を見ていた。この場にいるのはスケバン達の中でも特攻隊長……団長クラスばかりだ。エデン条約機構、ETOという自分達にこれから立ちはだかることになるであろう面々の顔を見ておこうという、そういった会合であった。
トリニティは強敵だ、12使徒は言わずもがな、正実の学兵とて全くナメられるような手合ではない。ゲヘナは修羅の土地であるため居心地はいいが、やはり一線を越えれば風紀委員が出張ってくる。
両校はかつて、聖夜の戦いで敗北した相手。スケバン達にとっては強敵である。それは今も変わらない、キヴォトスでアウトローとして生きるなら、両校の影響力を無視することなどできないのだ。
「皆、私達スケバンは体制に阿るようなことはいたしません」
当然、画面の向こうに友人が居たとしても、助ける理由はない。そもそもETOはこれから自分達に強い圧力となるだろう強敵だ、その誕生が妨害されているのだから、反体制としては喜ぶべき状況だ。
「うす……」
それだけではない関係が、スケバンとトリニティにはあった。トリニティは確かに自校とその庇護下の自治区での狼藉を許しはしない、だがスケバンやヘルメット団達の完全な排斥をしようとはしていない。
何故か? 彼女達が事情あって体制から零れ落ちた生徒であることを知っているからだ。桐藤ナギサの慈悲は時に、彼女達にすら向けられる……そもそも犯罪者落ちした生徒達の復学や転入支援などしている学園は、殆どトリニティだけだ。
スケバンやヘルメットに合流するしかなかった生徒達の中には、荒事に耐性や適性がなく、生きていくことすら難しい少女達も無数に居た。誰もがアウトローとして闇の中、裏社会でやっていけるわけではないのだ。
数年前なら、そういった真の落伍者は路地裏で冷たくなっているのが常であった。しかし、今は違う。そういったアウトローとして生きていけない生徒達を掬い上げてくれる、最後のライフラインが存在する……トリニティだ。
だからスケバンもヘルメット団も、このままでは飢えて死ぬしかないような「弱い」者を見捨てずに済んでいる、本当にどうにもならない時は12使徒の一人を経由してティーパーティーに話をつけ、慈愛の君へ慈悲を乞うことができた。
12使徒の一人はスケバンと繋がりが深く、数多くの後輩達を再び陽の光当たる場所に送り出すことができていた。トリニティ本校への転入は成績面と内規の面で難しい場合、傘下自治区の小自治学区等への転入という形で学籍復帰を支援している。その中には生徒会長まで上り詰めた者もいる程だ。この約2年、状況は全く違う。
「トリニティ・ゲヘナとは何度も抗争をした仲、思うところも皆あるでしょう……けれど」
「……」
恩義だ、スケバンにとって恩義と仁義の重さは余人に比するものではない。世にツッパる不良の世界において、体制たりとはいえトリニティは別格の存在だ。戦いもする、争いもする、しかしそれはあちらも譲れぬ己の芯。生徒会ティーパーティーの面々は、この混沌のキヴォトスに対して全霊でツッパっている、恩もあれば尊敬もある……認めるべき相手だ。
「卑劣。汚らしい手を使う……例のガスマスク団の連中でしょう。矜持の欠片も感じない、何をしても勝てばよいとでも? 聖夜のあれも大概でしたが、やはり大人のやること……一度ならず世話になった相手に、礼の一つも返さぬでは仁義がありません」
唾棄すべき手だ。騙し討ちなど、風上にも置けない。
「姐様!!」
「準備なさい、マチ。借りを返しに行きましょう」
不良には不良の流儀があるのだ。
「わかりましたぁ!! オウ!! お前ら!! 行くぞォ!!」
「「「うす!!」」」
「!! マチ、ヘルメットの連中からモモトだぜ!! 珍しくトチったダチョウ共に手を貸してやろうぜってな!! 1つ2つの団じゃねぇぞ!!」
「ヘルメット共も多少は仁義ってモンをわかってるぜ、よォし、聖夜以来の共闘だ、準備しろ!! 今度は大人が絡んでねぇ、裏切ってくるようなカスはいねぇだろ、兵隊集めろ!! 付き合いあるヘルメット共もだ!!」
「「「「「オウ!!」」」」」
慌ただしくスケバン達が走って出ていく中、スケバン達の長、栗浜アケミも腰を上げる。それを見たスケバン、小野小町は恭しくM2機銃を差し出し、それを掴んだアケミの筋肉が盛り上がり、覇気を高めていった。
「マチ、ぶち転がしにいきますわよ」
「うす!! 姐様!!」
部屋を出ようとし、テレビの電源を小野小町が切ろうと近づいた、その時。
< ザザサ……………皆さん、私の名前は…… >
それはテレビジャック、クロノスの報道特番だけではない、クロノスが提供している全ての放送、そしてラジオの電波にいたるまで音声が制圧されている。今キヴォトスに配信されている全ての回線が、それを映しているのだ。
「!! こいつは!!」
小野小町は知っていた、その画面に映る者の名を。
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「クリア、制圧完了だ」
「いやあ、ヒロロちゃんのお友達、強いねぇ」
「あはは……」
クロノスの放送局の一室を占拠した6人の学生によって、気絶させられた生徒達が簀巻きにされてロッカーに収納されていく。それは妙に手慣れた手管であった。
「問題ない、しかし良いのか? 学友なんだろう?」
「かまわないよー、今はさぁ……デスクでワタワタしてる時間じゃないんだよね、やるんなら現地に走るか、状況を変えるデカい一手だよ。ヒロロちゃんから連絡来た時は驚いたけど、これだって思ったね」
「ごめんなさい遠藤さん、色々助けてもらって」
「いいのいいの、闇デュエル大会じゃ精神が燃え尽きるすんでのところで助けてもらったんだからさ。こんなの借りのうちに入んないよ、さあ皆、回線ジャックするよ。準備して!!」
「「「はーい!!」」」
ヒフミは秘密の交友のあるクロノス報道部の三年、遠藤に繋ぎをつけると、自身の言葉をできるだけ多くの生徒達に伝えるために、キヴォトス全土への配信ジャックを実行に移した。
思いつく方も方だが、提案を受け入れて自分の学校を襲う遠藤達も大概である。しかも学友に対して容赦というものがまったくない、基本マスコミ所属生徒というものは倫理観が低く、荒々しい生き物なのだ。
「クロノスの生徒がクロノスの回線をジャックするって、妙な感じですよね」
「そう? 放送優先権は学内で血で血を洗う奪い合いだからさ、基本暴力信仰だよ、特にウチはさー。政治部なんて不人気だけど必要悪なもんでさ、基本拳でわからせないと番組枠取れないのよね、大事なのに」
「ええ……」
ヒフミ達は知らなかったが、遠藤こそがクロノス政治部の主査であり。つまりナギサの潜伏シンパとして去年から影に日向に活動してきたクロノス内部の桐藤派である。盟友、不知火カヤとも当然裏で繋がっているので、トリニティや連邦生徒会関連の対外的なあれやこれをコントロールしていたのも遠藤だ。
ナギサ率いるトリニティの台頭がありながら、機能不全の連邦生徒会が自治区から不人気や無視程度の対外的好感度で済んでいるのは、ひとえに不知火・遠藤ラインで工作が成っていたからにすぎない。連邦生徒会へのリコール動議が起きていないのは、それが敬愛する君主、桐藤ナギサへの不必要な負担となることを理解しているからであって、ひとえにこの二人の努力であることを知る者はごく少数であった。
遠藤はヒフミのゲームフレンド、盟友としてだけでなく、敬愛するナギサ救出のための冷徹な判断でもって、通信ジャックを実行に移している。飄々とした雰囲気ではあるが、内心は煮えくり返り、激情どころの騒ぎではない。しかしそれを表に出すのは報道者としては二流だ……だから行動する。
「それよか、あの伝説のデュエリスト、ペロ島ヒロロがトリニティの生徒だったなんてね。このネタは卒業まで抱えてるには惜しいけど……あ、私ら報道にも仁義ってもんがあるから、皆もそこんとこわかってるから大丈夫だよ」
「? ヒフ……ヒロロ、そんなに有名だったの? 道理で強いと思った」
「あはは……まあその、色々ありましてぇ……」
「伝説だよ伝説、デュエリストの間で知らない奴なんかいないね、去年の闇デュエルなんか伝説の一夜って言われるんだから。私も魂もっていかれそうになってたからね!! 思い出すなぁーヒロロちゃんのディスティニードロー、感動しちゃったもんね私」
「ディスティニー? それにカードゲームで魂?」
「ま、まあ!! 今はいいじゃないですか!! ね!! ね!!」
心の友となったアズサにも、まだ明かせない秘密がヒフミにはあるのだった。だが、今の阿慈谷ヒフミは一般生徒ではない、一人のアウトローとして、闇のデュエリストとして……この場に戦いに来ている。
そもそもこの作戦、闇のデュエルタッグ戦までした盟友である遠藤がいたからこそ、ヒフミはこうしてまだ「穏当」な手段に出ている。このツテが使えなかった場合、最悪LIVE中継を襲撃してスタジオの占拠か中継車の強奪まで予定としてはあった。
「せんぱーい、回線何時でもいけます!! エアーリンクも含めて全土配信いけますよ!!」
「よしよし、ういやつらめ、それじゃあ一発かましてやりますか!! オンエアー準備!! ライティング用意、カメラはセンター、サブは使わないよ、マイクチェック!!」
「ライト、カメラ、マイク、配置につきまーす!!」
「ヒロロちゃん、おっけーだよ。でも顔出しで良いの? 後々面倒なことになると思うけど、いちおーやろうと思えばモザイクか目線入れられるけど」
「あ、大丈夫です。被り物するので」
「手慣れてるねぇー……って!? それはぁぁァ!?」
ヒフミ……デュエリストネーム「ペロ島ヒロロ」が取り出したその「紙袋」を見た遠藤は叫んだ、額に刻まれた数字は「5」。それは間違いなく、キヴォトスを震撼させたあの……。
「せんぱい? え? ウ、うそでしょ!? だってそれ!? え、ええー!?」
「万全のために、全員これを被ってください。はい、アズサちゃんも」
「わかった」
全員に配られたのも紙袋だ、何も刻まれていない、ただ目の部分に穴が空いただけのものである。しかし紙袋を被るという行為自体、今のキヴォトスにおいて重い意味を持つ。
「これ、本物? て、手が震えてくるよ……ま、まさか、ヒロロちゃんが? ほんとに? ほんとのあの? マジでいってる? 冗談じゃないんだよね? ね?」
「あはは…………遠藤さん、始めましょうか」
「は、はぃー」
紙袋を被った瞬間切り替わった空気、静かでいて恐ろしさを感じさせる声音に遠藤は思わず声が裏返った。これは間違いなく「本物」。それを感じた遠藤は、しかし興奮してもいた。なぜなら、今この場にいるのは、伝説のデュエリスト、ペロ島ヒロロにして、あの最恐強盗団の……。
「LIVE30秒前!! 時刻合わせ!!」「回線差し込みます!!」
「アズサちゃん」
「ヒフミ……」
ヒフミはアズサの手を優しく握り、アズサもそれに応えた。
「大丈夫です、絶対に。まずはこの一手、ハナコちゃんとコハルちゃんも、絶対うまく行きます。だから一人で戦う必要はないんです、私達皆で……ハッピーエンドを掴みましょう」
「うん……」
「私達を、信じて。そして一緒に……アズサちゃんのそばにいます」
「……ありがとう」
二人の手が離れる、アズサは遠藤の隣に戻り、撮影ライトの効果で浮かび上がった、ヒフミを目に焼き付ける……阿慈谷ヒフミの、覚悟の程を。
補習授業部は辛い思いをしていた。ハナコはツバメを失ったかもしれない恐怖に、コハルは隣の席の友達の安否がわからぬ不安に、そしてアズサは家族に等しい仲間達が、これほどの事件を起こしてしまった側にいる悲しみに。
阿慈谷ヒフミも心配していた、補習授業部の学友、城島ツバメ。そして目をかけてくれる偉大なる先輩、桐藤ナギサの安否に。しかし、3人とヒフミの間で明確に違ったことがある、それは。
阿慈谷ヒフミは、生粋のアウトローだということだ。
友を嬲られて黙っているような穏当な生徒などではない、落とし前はつけてあたり前、カードを奪われたら奪い返すし、自分一人の力でどうにもならない戦力差だというのなら……戦力を集めて殴り返す。
戦力だ、補習授業部4人では足りない。だから集める、できるだけ大勢。
それができるという冷徹な打算、判断がヒフミにはあった。一般生徒の自分では声を上げても付いてきてくれる人は少ないだろう……しかし。阿慈谷ヒフミには、違う顔が2つあった。
一つは、闇のデュエリスト、ペロ島ヒロロ。
そして、もう一つは……。
「10秒前、カウント!!」
かつて、ブラックマーケットの銀行を襲った集団が居た。この混沌のキヴォトスで銀行強盗程度、驚くに値しないと思う者もいるだろう、しかしそうではない。
12使徒、特殊戦研究会の度重なる襲撃で廃墟になっては再起し、立ち上がってきた裏社会の暗黒街は、それほど容易い存在などではないのだ。再起するたびに強化された防備は、もはや要塞都市といってよい様相を呈している。ブラックマーケットはキヴォトスの中にある事実上の独立都市、生徒会の運営しない自治区だ、闇の金と人が集まるそれが本気で防備を固めている、襲撃など成功の見込みはない。
12使徒のマネをしようとした愚か者は一人残らず闇に消えていった……だが、それを唯一成した集団が居た。僅か5名の襲撃者は鮮やかにすぎる手管で銀行を襲い、その成功の難度からすればささやかに過ぎる程度の金を掴んで悠々と去った。
マーケットガードを力任せに排除するのではなく、出し抜き、最低限度の危害に留めて鮮やかに離脱している。あまりの鮮やかさに、ニヤニヤ教授の関与を疑われたほどだ。
一夜にして彼女達は伝説となった、そしてその名を騙り金を得ようとする不埓者を許さないことでも知られている。高潔なる職人強盗集団。
その名は「覆面水着団」と言った。
そして、その頭目と目されている、伝説の生徒の名は……。
「カウント2、1、0!! スタート!!」
< 皆さん、私の名前は……ファウスト >
・阿慈谷ペロ島ファウスト、ヒフミロロ、コメント全文
皆さん、私の名前は……ファウスト。
今これを見ている全ての生徒に語りかけています、どうか私の話を聞いてください。今、トリニティとゲヘナが襲われ、大勢の犠牲が出ています……私は真相を知りました、これは、ある大人の策謀なのです。聖夜以来、再びこのキヴォトスを、私達の青春を脅かす、悪い大人の手が伸びてきています。
二大学園を落とし、周辺を飲み込み、全てを焼き払おうとしているんです……許せますか? こんなことが、私達の青春を、こんな形で無茶苦茶にしようとしている大人が、許せますか?
悪い大人は狙っています、多くの力なき人々に手を差し伸べてくれたナギサ様を。あの場で仕留めるために、ミサイルを亡霊を、洗脳した生徒を用いて襲っています、こんなことをしてくる大人を、許せますか?
私はできません、でも……私は1人で止められるほど強くなんてない。けれど、私達の青春をこんなやり方で壊されるなんて嫌です。暗くて憂鬱なお話、私は嫌なんです。
私達の青春の物語は、皆で笑って終わるハッピーエンドでなくちゃいけないんです。だから、これが私達生徒の青春を汚すものだと思ったのなら、私と一緒にあの場所に向かって欲しいんです。皆を助けて、この物語のハッピーエンドを目指して。好きになんてさせない、私たちの描くお話は、私たちが決めるんです。誰もが最後は、笑顔になれるように。
私は行きます、そして待っています、あの場所で。
一緒にハッピーエンドを目指してくれる人達が、来てくれると信じて。
・ファウストさんのお言葉を聞いたキヴォトスの皆
< 青春GETの近道……何事も暴力で解決するのが一番だ >(意訳)
>>>>> 生徒達の迷いが消えた!! <<<<<<