エデン条約後の世界……ここは楽園に至りしキヴォトス。
諸問題が解決され全てが楽になる…… は ず で し た が 。
ご覧の有り様ということです、現実は何時だって厳しい。
新章、サマータイム・オーストリッチ、始まります。
25・楽園は楽土ではなく
・特集!! エデン条約機構(ETO)!!
・連邦非登録学園アリウス? その謎に迫る。
・トリニティの混乱は収束へ? 百合園総領主代行に聞く、学園の今。
・桐藤首席生徒会長の復帰は何時に? トリニティの現状は。
・飛行戦艦ミレニアム号、ついに正式就役!! その驚異の性能とは!!
・連邦生徒会内部に動きあり? 不知火防衛室長の動向に注目が……。
空崎ヒナは彼女の暮らす学生寮のオープンスペース、広いフロアの一角でソファーに身を沈め、クロノスのニュースをタブレットで見ながら……ゆったりとした夜の時間を過ごしていた。
夜のゲヘナ学生寮。常々騒がしいゲヘナ学園とて、夜も更けた今に騒ぎ立てる生徒は少ない。特にヒナの自室があるこの学生寮区画は、ゲヘナの中では特に物静かな土地、そういう生徒の集まりやすい閑静な学生寮地区。
フロアを通る生徒達はヒナを見かけると皆会釈して去っていく、世間では宇宙怪獣と恐れられるヒナも、自身の領地とすら言えるこの場所では安息が約束されている。騒ぎ立てるような輩は居ないし、出会い頭に命乞いされるようなことも、脱兎のごとく逃げられることもない。
夜も騒ぎたいような生徒は、そういう気質の面々で集まった寮区画に部屋を固める傾向が……去年の聖夜以降、明確にできていた。ゲヘナといえども穏やかな生徒はいる、この地区はそういった生徒達も暮らしやすい雰囲気が形作られ、ゲヘナはその無法の印象からすれば驚くほど多様性に富んだ学園へと変化し、人口もその分増えていた。
そのためか、近年ゲヘナでは学年で寮が分けられない。3年生のヒナと同じ寮や階に、1年生や2年生もいたりする。実際、ヒナの自室近所には見知った下級生が住んでいた。
「や、奇遇ですねぇ」
棗イロハもその一人。
「2人分のカップを持って?」「そういう時もあるんですよ」
微笑んだヒナに促され、隣に座ったイロハが渡すカップには温かいミルクが蜂蜜入りであった。夏が近づく季節だが、空調の効いた夜の寮内ではむしろ心地良いそれに、二人は口をつける。
「ここでニュースを見てるなんて珍しいですね?」
「部屋で見ていると眠くなっちゃうから」
「最近忙しかったですもんねぇ、やっと落ち着いてきて何よりですよ。けど今そんなに気になる程のニュースありましたっけ? ま、他所はまだお祭りのままですけど」
「トリニティの動きが鈍っているもの、仕方ないわ」
「エデン条約も結ばれ、ETOも成って楽ができると思いきや……ですねぇ」
エデン条約襲撃事件。
キヴォトスを震撼させた大事件は、その被害の大きさと範囲の広さから、まさに歴史的な事件の一つとなっていた……わりに、その顛末は穏やかなもので済んでいる。
事件の構造自体はシンプルで、2大学園の同盟を妨害しようとした悪の大人によるテロ、それが結成されたETOによって制圧され事件は無事解決という構図だからだ。人的被害はなく、概ね物損で済んだ。これならキヴォトス恒例行事の暴力祭と変わりない……行使された力の規模が桁違いなこと以外は。
とはいえ、損壊した自治区はトリニティ領内に止まっている。火の七日間に比べれば、中央が見渡す限り火の海になってないだけまだマシで、閃光による被害を除けばキヴォトス中央周辺は軽微と言えるし、事件は実質1日で終息した。
エデン条約機構の意義を開幕証明した形となるだろう結果。両校の存在感はキヴォトスの中で更に高まり、その権勢は連邦生徒会を凌ぎつつある。
良い面だけを見れば、大事件を上手く乗り切ったと言えた……しかし。
両校の権勢が連邦生徒会を「凌ぎつつある」という点が問題なのだ。エデン事件にて改めて全土に見せつけられたトリニティの主、慈愛の君……桐藤ナギサの影響力、人望。ゲヘナの主、羽沼マコトの扇動力。これが合わさって発動した連合生徒軍の総数は最終的におよそ6万人。
著名な闇の生徒「ファウスト」の全土通信ジャックによる放送、通称ファウスト宣言による扇動も込みとはいえ、キヴォトス中央の全地区から生徒達が集まりに集まった。6万人もの生徒が共通の目的……桐藤ナギサの救出と事件の首謀者の打倒に動いたのである。その影響力が自治学区において最早連邦生徒会長に匹敵……いや、それを超えているのではと思われるのは当然のことであった。
それはつまる所、まだトリニティ自体が立て直しの最中だというのに、トリニティのさらなる台頭を求めて声を上げる自治体・自治区が増加することを意味する。
これまで表立ってはその声を上げてこなかった自治区の生徒会長達が結集し、トリニティ……桐藤ナギサを盟主とした新しい自治区のあり方を模索し始めたのだ。
その規模は以前とは比べものにならない。連合生徒軍として1つの目的がため共に駆けた彼女達の連帯感は、事件の以前と以後では全く違う。これまで自治区と所属によって分断されてきた小勢力が、精神的連帯を持って纏まるきっかけになってしまったのだ。
自治区生徒会連合構想。ETOによる庇護の下に集まった自治学園の連合。
それはキヴォトスの中に、もう一つの連邦生徒会を生み出しかねない事態……。
こんな構想は通常なら一顧だにもされない、しかし現在半身不随の連邦生徒会に対して、エデン条約機構が機能している現状であれば話は別だ。
「おかげでナギサさん、また倒れてしまいましたけど、次席のセイアさんがいるからなんとかなってるの……総合力でいえばやっぱり一番ですか、層が厚すぎですよねぇ」
「総合学園というのは、名ばかりではないということね」
「今回ばかりは、流石にキャパオーバーみたいでしたけど」
「アコ達を送り出したけれど、助けになっているかしら」
「万魔殿からも人足出しましたけど、正直連邦生徒会がするべき部分もわりとありますよ」
「そうね……けれどあちらも今、ガタガタだもの」
「だから隙を突かれるんですよねぇ、小勢力は大きい物に巻かれるのが常、けど弱いなりの戦い方があるってことです……それにしても大胆なことを」
連合の中核にいる小自治学区連合は連邦生徒会を殊更、冷めた目で見ている。彼女たちの母校が廃校となる危機を救ってくれたのはトリニティであって連邦生徒会ではない、苦境の時期に見捨てられたのだという感情は根強く、その恨みは深い。だからこそ今、こういった思想を表に出してきている。
「けれど、あれではトリニティへ負担を強いるばかりだわ。こうも求められるばかりでは……彼女の機嫌を損ねるかもしれないという危機感はないのかしら」
「慈愛の君と名高くても、かつてのティーパーティーを粛清して今のトリニティを一代で作り上げたわけですから。あの方も一線を超えたらかなり怖いと思うんですよね、よくやりますよ」
忘れられがちだが……桐藤ナギサによって先年の最初期に行われたトリニティ内部の粛清は凄まじいものであった、ゲヘナ情報部ですらトリニティに何が起きているのか……慄く程の嵐が吹き荒れたのだ。
生徒会ティーパーティーは勿論。あらゆる部活、組織、生徒に至るまで、不埒者には容赦なく恐鳥12匹という暴力の猛威が襲いかかり、僅かな期間でトリニティの統一は成された。異常に勘と嗅覚の良い走鳥類達は……お嬢様学園らしい悪辣な罠を正面から力でブチのめし、悲鳴を上げて許しを請うお嬢様達を轢き潰し、噴水に漬けては心ごと粉砕してきた。
常軌を逸した暴力性を見せつける12使徒(ピカピカの1年生・まだ入学二週間経ってません)への抵抗は儚く虚しい。中学時点からして、そもそも一般生徒が実力で排除できるような存在ではない。
ヴァルキューレをぶっ潰してきた回数は数え切れない、毎週のようにパトカーを中の生徒ごと廃車にしては手で押して警察学校にお届けしていたのである……お嬢様学園に入学して良い存在じゃねぇだろ。
これが単なる恐怖政治で終わらなかったのは、徹底したナギサの慰撫があったからに他ならない。しかし、その恐鳥達の飼い主もナギサなのだから、マッチポンプと言って良いのではないだろうか。実際には……恐怖の鳥達にリードをつけたはいいものの、そのまま時速70キロで引きずられていて、止まるに止まれないだけであるが。
「学区連合は危険な賭けには勝ったけれど、勝負には負けているわね……たとえ怒らせなくても、彼女が倒れては意味がないわ……心配よ」
小自治学区連合から出てきた意見書を見た瞬間、とっくに色々限界ながら……かろうじてトリニティの復興を差配していた桐藤ナギサはストレス性の胃炎が再発し昏倒。そのまま同席の蒼森ミネ救護騎士団長に救護されると、シームレスに百合園セイア次席生徒会長がホスト代理となり、彼女がこれを退けている。
曰く、甚大な被害を受けているトリニティに今そのような懸案について考える余裕はなく、本来連携すべき連邦生徒会との関係悪化必至の選択などできない、だ。
「ホスト代行がセイアさんじゃ、寝言は通じませんよ。ミカさんだったらワンチャンあったかもしれないですけど……いえ、そもそもあの方に陳情するほうがずっと勇気がいりますねぇ、お調子発言したら鉄骨が出てくるかも」
「失礼よイロハ、あの子は普通に暮らしたいだけなの……身に余る力があるだけ。それが悲しい事なのだけど……それでも皆のために戦ってくれたのよ」
「お労しいことに、そこで力を振るってしまう善意の人なんですよねぇ……」
実際、ホスト代行が聖園ミカであれば……小自治学区連合は陳情を控えた可能性が高かった。彼女に対して何かを願うなら、先ずするべきは命乞いだというのが、悲しいことに世間一般の認識になってしまっている。
いくらキヴォトス人でも、拳一発で亡霊を捩じ切ったり、振るった鉄骨の衝撃波で周囲全部が更地になったりするような存在を前にしたら……単純に恐怖が勝る。実際、空崎ヒナに近しいラインの生物だと思われているのだ。ちなみにヒナはエデン事件でビームをあからさまに連射しすぎたため、扱いが大怪獣から宇宙怪獣にランクアップしていた。
「百合園セイアと話したことはあまりないけれど、はっきりと物を言う人ね。役割分担が明白というのは、首長が3人いる強みを感じるわ」
「挙げ句に彼女、未来視持ちですよ? 隙がないったら」
「けれど代償が大きすぎるわ……何かある度に倒れて起きての繰り返しよ。便利なのかもしれないけれど、基本的に可能性しか見えない上に身体への負担も絶大、文字通り身を粉にしてる」
「どうしてこう、ティーパーティーの生徒は皆して奉仕的なんですかね? 社会と母校への献身にしても、そこまで頑張らなくてもと思いますよ」
「そうね」
まあ、皆頑張りたくて頑張っているわけではないのだが。そういう面は外部からは見えないので、ティーパーティー所属生徒の学外からの評判は殆ど聖人の集団であった。実際、茶会の白制服を着たまま他学区やD.U.等に出向くと、何処だろうと下にも置かれない。
当然その筆頭の一人であるセイアへの対応も、かなり丁寧なものになる。そんな彼女が案件に「否」と言うなら、連邦生徒会ですら口答えは中々できない。
連合構想、これは小自治学区連合が連邦生徒会を有名無実化しようとする策謀だ。それを見抜いている百合園セイアは意見書を明確に退けた。融和的で鳩派な桐藤ナギサに対し、百合園セイアは保守的で鷹派と見られており、ホスト交代の段階で学区連合も成算無しと見て強くは押していない。
彼女がホスト代行の地位にあるかぎり、全ての政治的判断は保守に傾き、締め付けが強まる傾向にある。異なる性格の生徒会長3人が首席の立場を入れ替えることで、二重・三重政治が可能なトリニティらしい躱し方だ。
組織の性格が二転三転するというのは本来弱点なのだが、桐藤ナギサの下に完全な結束が成されている今のトリニティにはメリットしかない。
「セイアさんはナギサさんと違って甘やかさないタイプだし、保守路線で助かりますよ。連合の話はゲヘナにも筋通しに来ましたけど、マコト先輩もしっかりハネつけてくれましたし……ま、連中も当分は大人しくしてるでしょう」
「意外ね、これを機会にやらかさないか心配だったけれど」
「自分が主役じゃないなら用はないみたいですよ」
「マコトらしいわ」
「ですよねぇ」
笑い合うカップの空いた二人は揃って給湯室に行き、二杯目を傾け暫く歓談すると明日に備えて自室に戻り、休むことにした。忙しいといってもお互い自室に仕事を持ち帰らなくて済む程度だ、温かいミルクが効いてよく眠れるだろう。
夜は深まり、心地いい就寝の時間がくる。
今のセイアが見たらブチ切れそうなほどに穏やかで幸福な学生生活が、ゲヘナにはあった。
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「いったいどうなってるんですこれ……」
「……室長……」
「崎守さん、もう一度、説明をお願いします……私は今、冷静さを失おうとしています……これは一体何? どういうことなんです?」
「け、けど室長……私も、室長の方が良いかなって思いますし……」
「崎守さん!? リン代行の仕事量見てるでしょう!? 私あんなの絶対無理ですからね!!」
「そんなこと、ないと思いますけど……一回、やってみるというのは? ワンチャンあるかもしれませんし……ど、どうでしょう?」
「お試し期間みたいなノリで連邦生徒会長代行なんてできませんよ!?」
「ワンチャン……ワンチャンです、きっと、ありまぁす……」
「貴女結構押し強いですよねぇ!?」
連邦生徒会防衛室の執務室で、不知火カヤは絶賛困惑の中にあった。
気の狂ったような忙しさは……まあいい。正直もう日常だし、最近は皆慣れてきたのか働きながら寝る技を大体の連邦生徒が会得しているので、茶道の呼吸と合わせれば……まだ頑張れる気がしている。
先日のエデン事件での致命的な破局を防いだ手腕をナギサ直々に褒められたばかりか、両手を握られ深く感謝までされたカヤは……肉体的疲労はともかく精神的にはエデン状態であり、ほぼ無敵だった。よってエデン事件後も執務室に直帰して普通に働いていたので……本来政敵である筈のリンとアオイからガチ目の心配をされる始末だったのだ。
そう、不知火カヤは働き過ぎだった。
この一週間、彼女はシャワー以外で仕事していない時間がなかった。唯一の完全休息時間は身だしなみを整える意味が大きく、どんな時でも外面は維持する鋼のお淑女茶会魂を継承していたに過ぎない。
ドン引きな七神リン以下、全最上位役員達だったが……モモカを除いて皆人のこと言えないレベルなので連邦生徒会のエリートチームはガチで大概なのだが、それにしても最近のカヤは限界ぶっ飛んでるレベルである。
それを見ていた連邦生徒達は思った「カヤちゃんもしかして超人じゃね?」
中でも主に1年生といった下級生達が、そう思いだしていた。
「でもですよ、実際カヤちゃん先輩のほうが働いてますよ。この前なんて拳銃握って突撃してきて「うお眩」の後にその足でまた戻ってきて仕事してたじゃないですか……リン代行にはそんなの無理ですよきっと」
「ヘリ壊れたからって徒歩で帰ってきてましたもんね……」
「いや、電車止まってましたし……どうですかね……リン代行はこう……必要ならやりそうというか……それに会長も似たようなことしてましたし。キヴォトス航空相撲!! とかいって瞬間移動しながら強盗生徒制圧してたりとか……いや、今思えばなんですあれ? キヴォトス航空相撲って何?」
「? キヴォトス航空相撲ですか? 動画見ます? けど瞬間移動じゃなくて舞空術(脚力)だったように思いますけど……生徒会長も使い手だったんですね、知りませんでした」
「あれマジで本当にある武術なんです!?」
そう、彼女たち下級生は今は無き連邦生徒会長というガチの異常超人を殆ど知らない。
リン達は彼女という「本物」を知っているので、スーパーカヤちゃんを見ても「まあこの程度ならまだ……でもちょっとヤバい領域に入ってきたな、本物かも?」ぐらいの感覚である。しかし、今年連邦入りした1年生徒達からしてみれば、カヤのそれは椅子から悲鳴を上げて転げ落ちるレベルの稼働率。
常に意識して外面を維持しているので、余裕がありそうに「見える」という点もいけない。それでいて腰が低く、言葉も丁寧。しかも今やヴァルキューレの現場レベルからの支持は「忠誠」という言葉が正しく当てはまる領域にある。
そして連邦生徒会は常々自治区学園との関係が悪い。彼女達が悪いというより、連綿と続いてきた歴代連邦生徒会長の方針や、行政リソースの足りなさが不幸にも重なってきた結果ではあったが、基本嫌われている……のだが。
そんな中で、不知火カヤは自治区生徒会長達から唯一連邦の最上位役員として尊敬を勝ち取っている生徒だった。調停室が対外折衝で一杯一杯の中、自治区生徒会長達とサシ会談をひっそりしてきて話を纏めてきていることも多々あった。
連邦生徒会で唯一「政治」ができる人、という評価を外部から受けており、先方からも内々に話がカヤに来ることが頻繁にあるのだ。どう考えても「防衛室」の職責でもなければ仕事でもないのだが「お前じゃ話にならんからカヤちゃんに代わって」が頻発する段階でお察しだ。
「つーかあの失言癖をどうにかしてもらわないと困るっす……あと目つきが普通に怖くて、1年の子とかは声かけづらいってやっぱ言いますもん」
「それで部署飛び越えた話が私の所に来てたんですか……いや、彼女あれは別に怒っているわけではないと思うんですけど。単に眼精疲労で目つきが悪くなってるだけで……昔はもっとこう、目尻も緩くて……自分で言うのもなんですけど、私の糸目も大概だと思いませんか? 相談窓口分散しましょうよ?」
「たまにキレてて瞳孔開いてる時はやべーなと思いますけど、カヤちゃん先輩はちっさいからそんなに……威圧感基本ないっていうか、実際一般通過生徒レベルのザコじゃないすか。でもリン代表はタッパもゴツくて、睨まれたらビビっちゃいますわ」
「なんかディスられてませんか私!?」
「で、でも……やっぱり室長が一番外交上手いので。調停室の子も永遠に感謝してますって言ってて。それにナギサ様とお話できるじゃないですか、直通のお電話がある役員なんて、室長以外だと……代行だけですよ」
「慈愛の君にお茶のお呼ばれしたの、ガチでヤバいっすよ……」
不知火カヤは手広く顔が広いのも特徴だ、思いもよらぬところに伝手があったりもする。そして何よりもあの慈愛の君、桐藤ナギサと関係深く、先日は直々に会って手を握られてまでの感謝を受けていた……これは尋常なことではない。
あまつさえ、彼女にティーパーティー・テラスで「お茶の席」に招かれたのだ。このキヴォトスで明確に、片膝を突いて頭を垂れてその入室を迎えねばならないような人物に、出迎えまでされた。
そもそも桐藤ナギサとティーパーティー・テラスで、それも単独で会える生徒などキヴォトス全体でもかなり限られる。トリニティ中枢の中の中枢、総領主館。その首長席のあるティーパーティー・テラスで茶会を開かれ、歓待を受けるという栄誉に与った生徒は……連邦生徒会では彼女だけだ。
「ありがたいことでした……あれこそ本当の栄誉ですよ。けれどできればナギサ様に連邦生徒会長になって頂きたいのですが……中々上手くいきませんね」
そう言いつつ、ナギサ様ファンクラブこと慈愛の君を慕う会……小自治区学区連合と密かに繋がっているカヤであった。その手腕……連邦生徒会に対して敵意を隠さない学連に、伝手を作れる領域なのだ。
そう、どう考えても外交が上手いのである。
トリニティ経由のコネクションなのか、それとも彼女本人の繋がりなのか不明ながら、マスコミにも深い繋がりがある生徒がいる気配もあり。悪い癖の出たリン代行の失言カバーもしている雰囲気があった。
おい調停室、アユム何やってんだという叱責は連邦生徒会に対しての見識が無いと言わざるをえない。そもそも彼女はイカれた仕事量のリンの秘書的役割を、イカれた仕事量な対外折衝をしながらやっている。リンの仕事上必要な、自治区情報の外付け記憶装置兼相談役を兼ねているので、居なくなると流石のリンも床の上で冷たくなって発見されてしまうだろう。
そういう隙間を埋めているのであって、全部が全部カヤの功績では当然ない。ないのだが、いざ困ったときにスッと出てきて話をまとめていく人当たりの良い上司……シゴデキにしか見えないし、頼りにされるのは当たり前なのである。
本人は推し活拗らせてナギサを連邦の頂点にと拘っているだけで、ナギサ様強火勢であることも周知。そして連邦と揉めてくるのは大体「同志」なので、どしたん話聞こか、じゃあ後は2人で別室にて……という体でナギサ推し活プロ同士多くを語らない会話した後、カヤちゃんがそう言うならしゃあねぇなあ……で、纏まるだけの話なのだが。
リンとアオイがわりと性格キツ目に見える(そんなことないのに……)のもよくなかった。地獄の忙しさな連邦生徒会の内部は、実際そんなでもなくても修羅場未経験者にはギスっているように見える。ブラック生徒会の悲しさ……温和な人物に人馴れしていない年下の生徒達が付いていこうとするのは自然なこと。
そんなこんなしていたら「リン代行凄いけどやっぱ外向きだめだわ、カヤちゃんさんにしようよ」という声が上がってくるのも仕方ないことだった。この傾向は2年や1年組に多く、3年組は連邦生徒会長帰還を信じているのでこれを受け入れられない。3年生組にとってカヤは微妙な存在なのだ。
「でもナギサ様、トリニティから離れる気無さそうじゃないすか、なってくれますかねぇ連邦生徒会長、栄達にはあんまり興味なさそうだし」
「そこなんですよねぇ……どうにか口説きたいところなんですけれども。あのお方さえ迎えられれば、連邦生徒会の問題は大体全部解決するんです。リン代行やアオイさんも協力してくれればと思うんですが、何時までも居なくなった人を探していては……」
「やっぱクーですよ!! クー!! 全員ぶん殴って「ナギサ様バンザイ」言わせれば確実っす!! カヤちゃん先輩がクーすればヴァルキューレもついてきますって!! クーの機運高まってますよ!!」
「甲斐さん!? 最終の最終な手だと言っているでしょうが!! 大体クーしたら全部焼け野原確定なんですよ!! 軽々しく言うんじゃありませんよ!!」
とはいえ、エデン事件のあたりでは当のカヤも「クーしちゃおっかな……」というギリギリのラインだったりした。リンがもし緊急事態宣言をせず、介入を拒んでいたらクーデター実行していた程度には。
そう、不知火カヤは連邦生徒会の役員としては「不忠」。彼女が忠誠を誓っているのはトリニティの桐藤ナギサであることは誰もが知っている。連邦生徒会の独立性とその存在意義を思えば、1自治区の総領主に忠誠を向けている役員など裏切り者、獅子身中の虫。
仮に代行に就任したとする、連邦生徒会をトリニティの意のままに動かそうとする可能性が僅かでもあるのなら、たとえ連邦役員として職務に忠実でも……代行なりとはいえ、これを連邦生徒会長の座に就けることなどできはしない。
しかし、下級生達にとっては……そんな事情よりも先ずは現状の改善が優先すべきという思いが強かった。リン(官僚レベル100)でもキツい、こんなハイレベルの地獄に自分達は長く耐えられないし、慈愛の君が台頭し、そこから始まったキヴォトスの変革をその目で見てきた2年生以降の生徒達には……トリニティとの関係親密化は「悪い」事とは全く思えないからである。
「会長、リン代表達がそこまでする程の人だったんです? 実際」
「まあ……一言で言えば超人でしたね。未練はわかりますよ」
「ふーん、まあいいっす、私らはカヤちゃん先輩を押していくんで」
「嬉しいこと言ってくれますね……いやまって、代表選に票をいれんじゃねぇですよ!? フリじゃないんですからね!? わかってんですよね!? クーもだめですからね!!」
「うっす」
「ホントにわかってますかねぇこの子!?」
かくして……下級生たちに神輿に載せられそうになっている、善意にて舗装された地獄の出世ルートに乗りそうな不知火カヤであったが、一つ重大な問題があった。
「というより、そろそろ室長職辞すことになりそうなのに、代行なんてやってらんないですよ、ありえないでしょう……」
「「「「「 は? 」」」」」
「え? いや、だって護衛艦隊の件は防衛室管轄で預かりなんですから……半数撃沈で作戦能力喪失ですよ。しかもジャックされてミサイルを本土に撃ち込まれるなんて即時首がとんでもおかしくない不祥事でしょう……落ち着いたらリン代行からここらの話があると思ってたんですけど。まだ来ませんね、そういえば」
「「「「「…………」」」」」
「流石に疲れてきましたし、室長降板したら休暇がてら海とか行くのもいいですね。最後に水着着たのいつでしたっけ……1年生以来だったり?」
普段これでもかと政治センスを発揮しているのに、こんなところでボケているのはツッコミ待ちなのかと全員思った。この状況で自治区に唯一顔の利く不知火カヤを引責させたら、いよいよ連邦生徒会が倒れる(倒される)ということに思い至らないのが当の上司であるとは、信じられない現実だ。
彼女を連合生徒軍で共に走った学友だと思っている自治区生徒会長以下一般生徒達は確実に沸騰するし、最悪……慈愛の君すらキレかねない。遺憾の意でも示されてみろ、そんなことになったら連鎖した世論が怖すぎる。数時間経たずタワーの前にデモが押し寄せてくる光景が見える、そしてほぼ間違いなく連邦生徒会内部も桐藤派と無党派下級生達が……。
ちなみに防衛室生徒、甲斐(1年生)の「クーの高まりを感じる……」ゲージは今70%なので結構危ない。そしてカヤはそれに気づいてない、冗談だとでも思っていたのか? 最近の若者(2歳下)はキレやすいんだぞカヤちゃん。
つまるところカヤをリコールしたら、連邦生徒会自体がリコールされるのだ。終わりの始まりになりかねない……だからリン代行も今現在何も言ってこない。このあたりの責任問題をどう着陸させるのか、考えあぐねているから時間を稼いでいるのだろうと思われた。
一方、カヤは課長あたりまで降格しても平気だし、最悪ヒラになってもまあ暫く「院政」敷けばいいし……と余裕の姿勢なので、あまり自分の進退について重要視していない。色々仕込みもあるので、室長復職までどうせ一月もかからないという「かんぺき」な計算があるからだ。
まあその一ヶ月以内で、連邦生徒会は火だるまになるけどな。
そこが計算できて、なんでそれ気づかんのよという話なのだが。カヤも大概疲れてきている証拠だった。疲れていないわけがない……この一週間、寝落ち(印鑑つく手は動いてる)以外はほぼ寝ていない、仮眠室の寝台に一度も身体を横たえていないのだ、無理もなかった。
彼女のフィジカルは一般通過生徒に毛が生えた程度だ。今現在はナギサとティータイムしてお話するという、推し活の末に得た極限のファンサ。ナギサブーストで精神が肉体を超越しているからスーパーカヤ状態、フィーバータイムなのであって、燃料が切れたら廊下かエレベーターあたりで静かに息を引き取っている感じで気絶することになる。
このクソ忙しい現状で、防衛室の職責を超えて各部署のあれこれをアシストしている彼女が倒れた場合……連鎖して大爆発することは確実だった。
カヤが根回しできなくなると当然だが初手アユムが詰む、そうするとリンが床で静かに息を引き取った感じで気絶し、後の全部をどうにかするハメになったアオイも自動で昇天する。後は連鎖爆発だ、最後に残されたモモカが見ることになるのは、焼け野原になった連邦生徒会の姿である。
不知火カヤの気づかぬうちに、連邦の命運が彼女の肩にひっそり乗っていたりした。そして流石にそろそろ限界なので、破滅の時がひっそり連邦生徒会に迫っていた。
救いは……連邦生徒に救いはねぇのか!?
わ、私らこのまま、死、死んで……っ。
「こんちゃーす、カヤちゃんさんいる?」
「やや困ってるって聞いたから、来た」
「お助けダチョウ、だよ」
「……? 皆顔色悪いね、どしたん?」
破滅の方が先に歩いて来ちゃった。
・連邦生徒会からの大事なお知らせ
本日より連邦生徒会は4日間、業務を停止いたします。
各行政システムがメンテナンスに入り、オートモードでの作動しますので、トラブル発生時は緊急連絡先(シャーレ)へお願いいたします。また各申請の受付・交付も4日間停止されますので、再開後に改めて窓口にお越しください。
連邦生徒会ビルも全体清掃のため一時閉鎖されます。サンクトゥムタワーの動作は平常通りです、万一のトラブル発生時、対応はシャーレが行いますので、異常発生時は連邦捜査部の窓口へご連絡ください。
連邦生徒会からのお知らせは以上となります、世に平穏のあらん事を。