トリニティの12使徒   作:椎名丸

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・佐藤アキ(さとう あき)
「そう……すねえ……」
学園 トリニティ総合学園
部活 ティーパーティー(特別保安警務隊、通称12使徒Cチーム/C3)
学年 2年生
年齢 16歳
趣味 絵を描くこと・メタルモデル鑑賞



28・カイザーホビー工場見学

 

「ようこそ先生、我がカイザーホビー本社工場へ、歓迎いたします」

 

 ゛どうも。今日は電力供給の事で相談があると……。゛

 

「ええ、お忙しい中にお手間を取らせます。申し遅れました、私がカイザーホビーを任されておりますCEO……なのですが。工場長とお呼びください。プレジデントには申し訳ないのですが、どうにも性に合わなく」

 

 ゛ええ、改めましてシャーレの先生です、そしてこの子は。゛

 

「佐藤アキさんですね、いつもご贔屓に」

 

「……」

 

 12使徒の1人、佐藤アキはカイザー工場長に向かって言葉なくカーテシーによって挨拶を返した。寡黙と噂される12使徒らしいそれであったが、見る者が見ればその所作は努めて慇懃で、機嫌が良さそうに見えたかもしれない。

 

゛いつも?。゛

 

「ええ、彼女達12使徒の皆さんはカイザーグループ・プレミアム会員でホビー優待ユーザーなのです。最上位商品のデラックスメタルモデルは子供達には高価と言える価格帯ですが、いつも楽しみにしていただけているようで」

 

 ゛デラックスメタルモデル!。゛

 

 それはカイザーホビーのフラッグシップシリーズ、超合金で再現されたカイザーメカのそれは見事なスケールモデルで、フル稼働でかつ静謐に彫り込まれた意匠の出来栄えから、飾ってよし、動かしてよしのトップブランド製品。平均価格4万円前後という、色々あって何時も金欠の先生では到底手が出せないハイソな代物であった。

 

 ゛あれって結構するような……。゛

 

「本来はモデル元機材の販売開始時記念品スケールモデルなのですよ」

 

 ゛ですよね……。゛

 

 つまり大量生産はされない高額な玩具。そんなメタルモデルを大量所有している12使徒、どこからそんなお金が出ているのかと言うと……学園、生徒会だった。

 

 実態はナギサの私兵なのだが、12使徒の所属は生徒会ティーパーティーであり、生徒会生徒……総領主直属の実働部隊。

 

 日々正実即応部隊以上の稼働率で動いていれば、そこらの役員生徒よりも遥かに報酬が多いのである。そして今、絶頂期にあるトリニティ総合学園……その栄光を形作った実働部隊である12使徒の給与レートは、大人である先生の尊厳が危ぶまれるレベルにあった。

 

 ついでに駝鳥は貯蓄という概念を持たないタイプの鳥類なので、思い立ったら何かと派手に使ってしまうのである。よってサブスクとかも基本入りっぱなしだ、その一つが……。

 

「まさかプレミアム会員に、かのトリニティの12使徒が入会しているとは思いませんでしたよ、私も最近まで知りませんでした。プレジデントも驚いておりましたね」

 

 ゛そうでしょうね……。゛

 

 何回ボコしたかわからんような敵対企業の優待会員に入るわ、製品も楽しみにしてるし、応援メール(煽りではない)まで送ってくる。そんな謎の鳥の行動に、大人達は困惑しかない。

 

 12使徒の価値観では、抗争していない時ならカイザーグループも単なる民間企業でしかないのだ。得意分野の民生品ならミレニアムに頼むより、信頼と実績のカイザーとすら思っているまであった。

 

「お持ちなのはカイザーホビーだけでなくカイザーグループ全体で使える優待パスですからね。少し前にはモビリティ部門が大型車両を受注しておりますし。グループとしてもお得意様なのですよ。変わった品を特注するときはプレジデントに直接電話があるとか」

 

 ゛プレジデントに電話するの!? 直接!?。゛

 

「亀吉丸? いい仕事だった」

 

 ゛ルミのあの車、カイザー製だったんだ……いくらしたの?。゛

 

「1億」

 

 ゛1億⁉︎。゛

 

 先生は驚いたが、実際のところ適正価格であった。特注にも程がある移動防弾店舗を一棟建てるようなものだからだ。外観はもとより山海経規格のキッチン設備についてはルミに直接カイザーの営業が内容伺いに現れた程で、アキの言う通り正しく「良い仕事」であった。

 

「納車も早かった、感謝」

 

「モビリティの社長も張り切っておりましたよ。屋台車はキヴォトスに数多いですがやはり銃撃戦での被害が多い、装甲屋台車は新たな商材になるのではと役員会でも話題でしてね」

 

「そう――」

 

 ゛先生もうわけがわからないよ……。゛

 

 カイザーコーポレーションの「お金を払うなら誰であろうとお客様」の精神は徹底されている。依頼され、見積もりに納得され、契約し入金が正しく行われたのなら……相手が12使徒であろうと例外はない。

 

 それにキヴォトスの常識から言えば、値切りといったゴネや暴力沙汰は日常茶飯事であるが……12使徒は「前」の感覚が残っているせいか、不思議なほどにビジネスの場では大人しく、値切りなどしない上に金払いも良い。

 

 詐欺を働けば全て破壊されることがわかりきっている相手であるし、必要な費用を説明して提示すれば常に満額回答なのでする意味もない。だからカイザー側も誠実な「顧客」への対応をする。

 

 つまりキヴォトスでは珍しい「行儀の良い優良客」なのだった。しかも一回に使う額が額なので、プレジデントも無下にはできないのである。

 

「頼んだ通りの物、納期通りマトモに出てくるのなんか、殆どカイザーぐらい――」

 

 ゛そうなんだ……。゛

 

「嘆かわしいことですが……金属材を社外に発注したら指定と違う素材や基準値外品が送られてくるなど当たり前でして、カイザーグループがコングロマリットに至った理由もこのあたりにあるそうです」

 

 外注が信用できないのだから社内で完結させたいというのは自然な流れだ、キヴォトスのビジネスパーソン達には民度相応な苦労が日々あるのだった。

 

 ゛キヴォトスだなぁ……あ、じゃあ、この前学連に参加した所の子が皆に「贈られた」ってオートセントリーガン、トリニティで見ないタイプだと思ってたけど、あれもカイザーに頼んでたの?。゛

 

「そう、30基即日納品即日取り付けなんて、カイザーぐらいしかしてくれない。小自治区にゴリアテやクソダサ(アバンギャルド)は負担が大きいから――セントリーで良い」

 

「アバンギャルドタイプは自動警備ロボットとしては破格の高性能ですが、小学園の税収で維持するのは厳しいと聞いておりますな。これは我々カイザーのゴリアテも同様です」

 

 それを理解している12使徒は、自由警邏で救援した後の各学園にセントリーガンを贈ることが多かった。プロ学兵からすれば、ないよりはマシ程度のガードメカだが、贈られた側からすれば涙が出るほどの「自力で維持できる支援品」だった。

 

 ゛アヤネもかなり悩んでたね……。゛

 

 少人数のアビドスには自動警備ロボットの需要はあれども維持負担が大きい。アビドスにある大物……雨雲号と春風号(V-22)はトリニティから整備維持の支援があるため負担は無いに等しいが、警備ロボを新規導入するとなると話は別だ。

 

 連邦生徒会には警備ロボット導入のための支援金制度があった、しかしこれは購入費だけで維持費等は一切補助されない。ある程度の経済力がなければ導入できてもろくに使えず、意味がない。

 

 カイザー製品など心情的に使えないアビドスにとって、選択肢は殆どミレニアム・エンジニアリング……つまりアバンギャルドタイプしかないのもネックになった。アビドスの財政を預かるアヤネからすれば、汎用ヘリの3倍近いというそれは到底許容できないランニングコスト……。

 

 そういったアビドスの感情面と負担を考慮した「支援」が、元ティーポット3号予備機(正確にはそうなる予定だった)、V-22オスプレイ……現在の春風号。

 

 これがアビドスに寄贈された背景には、12使徒達からの嘆願……ナギサへの陳情があり、彼女がそれを認めたからだ。

 

「春風号、もっと使えばいい――気を使わなくても」

 

 ゛負担が実質燃料代だけといっても、ね……。゛

 

 そんな春風号が多用されないのはアヤネの倹約癖だけでなく、気遣いを受けすぎているというアビドス側の心情もある。

 

 資金援助ではなく物品……生徒活動機材の寄贈だったのは、外部からの支援(介入)を警戒する気質を持つ小鳥遊ホシノの心情を慮っての判断。

 

 アビドスは自活できる、自活を望んでいる。トリニティによる「借金の整理」を辞退したあたりで、外部に「借り」を作りたくないのだという感情を察したナギサの心遣いだった。

 

 だがそういった「配慮」こそが、他学の介入を心情的に拒みがちだったホシノに、トリニティを……ナギサを信じても良いのだと思わせたポイントだったのだが……慈愛の君はお気づきでない。

 

 こんなことばかりしているから各自治区の長から湿度高い矢印が向いているのだし、そんな連中がエデンで全ギレになってユスティナの面々を死ぬほどボコすのも当然すぎる。

 

 ナギサ的にはこの2年の間に異様に膨らんだ税収を、キヴォトス広域の治安維持(トリニティの安全保障)のために還元しているだけなのだが……そんなことをしてくれるのは彼女率いるティーパーティーだけだ。

 

 トリニティは元々裕福だし積極財政方針である、増収分を単に内外の投資や支援に回している程度のつもりなのだが……お嬢様学園なこの気質が好循環を生む。トリニティ生徒は全体的に「お金で解決できるならそうしようね」になっているので経済が活発だった。

 

 だから宵越しの金は持たないタイプの鳥類も例外なく散財する。

 

 装甲屋台車とかを勝手に作っては贈ってしまうし、シスターフッドに特殊な武装を大量に寄進したり、ミレニアムに良くない類のアイデアとセットで開発資金を大量送金してしまう。

 

 給与とは別枠でナギサからお小遣い(活動費)も出ており、白石ウタハの傑作にしてミレニアムの最終兵器、回転式荷電粒子強照射砲「サテライトガトリングキャノン」の開発製造費もここから出ていた。

 

 セイアを苦しめる超兵器の資金源が実質ナギサであることを、実は二人共ご存じない。

 

 それに元々ミレニアムは友好校だ、裕福で高級志向のトリニティ生徒・および自治区の一般市民は高性能だが高値というミレニアムの製品を好んだ……ので、駝鳥のそれが小銭に見える貿易額がある。

 

 ミレニアムを毎秒強化しているのは、他ならぬトリニティなのだ。

 

 そして今、調月リオという最強の協力者にしてハジケの友を得た白石ウタハ率いるエンジニア部から……「トリニティより提供される潤沢な資金」と、総領主生徒会長の権力と優先使用できる製造開発力をもって……ミレニアム・サイエンススクール脅威のメカニズムがキヴォトスに現出しようとしている。

 

 その一端こそ、ミレニアム級超弩級飛行戦艦「ミレニアム号」であった。

 

 

「では、早速ですが工場をご覧になりますか?」

 

 ゛そうします……。゛

 

「メタルモデルはカイザーホビー、一択」

 

「そう言って頂けると作り甲斐がありますね」

 

 先生に随行しての道中さえ殆ど口を開かなかった12使徒、佐藤アキが言葉少なに語るのはカイザーホビー製品への明確な賛辞。お世辞という概念がないアキのそれは心底本心。

 

 そう、今彼女は機嫌が良い。12使徒達の愛する玩具の製造元、カイザーホビーからの電力インフラについての相談事が連邦生徒会の業務代行をしている先生に入り、出向く準備をしていることを察知した12使徒達から一人護衛……。

 

「楽しみ」

 

 ……ついでの工場見学に付いて来ている。

 

 誰が随行するかの厳正な選抜(色を塗った羽根のくじ引き)によって選出されたのはナンバーC3。驚異的に高い隠密能力を誇る闇の猛禽達、凶鳥12羽の中でも最も隠形に優れる佐藤アキは単独であれば通常、警護対象に気づかれずに随行する。

 

 そんな彼女が姿を晒し、先生の横にいるのは常にないこと。

 

 様々な行動パターンを見せるシャーレに来ている時の12使徒達の中でも、気配を殺しているため他の生徒達が存在に気づかない事が多い彼女が……存在感をもってそこにいるのは先生にとっても中々新鮮なことだった。

 

 ゛皆もだけど、やっぱりアキもメタルモデルが好きなんだね。゛

 

「そう、全員――工場長に、これ」

 

 アキがカイザー工場長に差し出したのは、写真。12使徒全員が持ち寄った、それぞれの最推しDXメタルモデルを抱えて並べた集合写真であった。その中には明らかに楽しそうにヘリを持ってブンドドの姿勢な……炭沢リクを中心に、同じ姿の12人が揃っている。

 

 余談であるがリクの最推しヘリ、駝鳥達がケツイキ(ANUS)なる、あんまりな読み方をしているが……カイザーの名誉のために訂正すると、正式にはバトルヘリAH-1919/ANUBISです。

 

「おお……嬉しいですね、こうして手にとって遊んでもらえているのは、玩具屋冥利につきますよ。これは頂いても?」

 

「そのために撮った――」「ありがたい、社宝にしますよ」

 

 ゛皆と撮ったんだね。アキが持ってるの……これは? 戦車?。゛

 

「カイザー戦闘偵察車。あんまり数がない、レア」

 

 装輪式のライフル砲を持つ装甲車はキヴォトスでは珍しい、戦車の方が人気なのだ。

 

「モデル採寸の際にインダストリの社員から聞きましたが、どうにも打たれ弱いそうでして、PMCもそれほど調達していないそうです。先生も目にしたことはおそらく無いかと」

 

「メタルモデルの見た目は好き、本物はゴミ。玩具以下の産廃」

 

 ゛酷い言われよう……。゛

 

「インダストリCEOが聞いたらまた肩を落としてしまいますな。しかしカイザーグループの製品は民生品が主力ですし、得意でもない軍用とはいえ……この程度のやる気の感じられない機材では妥当な評価と言ったところでしょう」

 

 ゛身内からすら辛辣!?。゛

 

「カイザー戦闘偵察車、好きなの私だけ――まぁいいけど」

 

 先生は12使徒達が全員同じ容姿を心がけながらも、個性はそれぞれ色濃く、全く違う感性を持っていることは知っていたが、全員共通の趣味の中でも異なった感性があるのだと先生は改めて思った。

 

 出会った当初は全身全霊を戦いに費やしている生徒だと思っていた12使徒も、子供らしいところがあるのだと感じると先生はどこか嬉しく、微笑ましく思う。

 

 何せ揃って「特技は暴力、趣味は拷問」とか言い出す鳥類なので、一般的な感性がちゃんとあるとわかっていても……心配になりすぎる。16歳の少女から自己紹介で出てきていい文言じゃないだろ。

 

 だから、無表情ながらアキの羽が時折動いているのを先生は可愛らしく思っていた。

 

 彼女が内心、襲撃があったらどうやって全部ぶっ潰そうか常にシミュレーションしており、先生を抱えて脱出のための経路把握と……この工場を破壊して離脱する算段までしているなど、思いもしない。

 

 メタルモデルは好きだ、しかし襲撃に関与があるなら話は別。

 

 そう、今も気持ちが工場見学に向いているように見えて、佐藤アキはプロとして……全く油断などしていないことに、先生は気づいていなかった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「おおー……」

 

 しかし襲撃などあるはずもなく、先生が思うより普通に……結果としてただの工場見学になった、トラブルもない。

 

 電力の相談とある通り、確かに大電力が必要な設備が節々にあるので、カイザー工場長の懸念もわかる。連邦生徒会への「急な停電をなんとかしてほしい」という陳情も理解するところだ。

 

 ソフビ人形が「型」からスポンと抜けてくる様を、どこか輝いた目で見つめているアキを横目に見ながら、先生は工場長と「大人」の話をする。

 

 ゛工場に電力が必要なのはわかりました……本題をお願いできますか?。゛

 

「おわかりになりますか」

 

 ゛ええ、電力に問題という気配が感じられなかったもので。゛

 

「先生が連邦生徒会の支援を始めてからは、不意の停電も収まり、大変感謝しております……その上でこういった名目でお呼びしたのは引き続き安定供給の要請と……先生、貴女とお話ししたい事があったためです。ですが、これはプレジデントの指示ではありません」

 

 ゛……伺います。゛

 

「外から来られた貴女に、このキヴォトスの国政はどう見えたものかと、お聞きしたく」

 

 ゛どう、とは?。゛

 

「キヴォトスの首班は連邦生徒会であり、その頂点は連邦生徒会長です。大人は一人もおりません……国政は自治区のそれを含めて全て子供達、生徒の手によるものです……我々にとっては常識ですが、外では違うと聞いております」

 

 ゛そう、ですね……。゛

 

「今回の連邦生徒会もそうですが、トリニティのティーパーティーも執務で倒れるほどの状況と聞けば、心配にもなります。国政など本当に子供のすることなのかと、学生自治とは? とも」

 

「外」の知識があれば当然の疑問だった。そして大人達の中には、自身がキヴォトスの支配者になろうと考える者達もいる……。

 

 ゛……。゛

 

「私は金型屋で、玩具屋です。今でこそカイザーグループで役員などしておりますが……多くの子供達に私の作る玩具で遊んでほしい、それが願いなのです。皆、本来であれば遊びたい盛りの歳頃な筈、それが執務でストレス性胃炎などと……」

 

゛あー……ナギサ……セイア……。゛

 

 ……のだが、このカイザー工場長は何故ダークサイド企業、カイザーグループにいるのか、マジでわからない感じの紳士で大人だった。

 

「先生一人の身でどうにかできることではないと、理解はしております。ですがこの現状、お話を……お考えを聞きたいと思いまして」

 

 ゛そうでしたか……確かに「外」の体制とは違います、良い面と悪い面、多くがあるとは。その中で……皆の助けになりたいと、常に思い、動いていますが……我が身の非力さを感じるばかりです。゛

 

 ゛ですが同時に、彼女達の逞しさ、思い……それを信じることも大事だと。゛

 

「信じる、ですか」

 

 難しい問いだし、実際常に悩み、考えていることでもあった。

 

 ゛全てが彼女達にとっての重荷……というわけでは無いと、そう思うからです。助けが必要な子もいれば、既に精神的に自立しかけている子もいます。頑張る理由と意思がある子達から「可哀そうだから」と、大人が生徒のやりたいこと、今していることを取り上げる……それは、違うのではないかと。゛

 

 しかし「教え導く」という行いに唯一絶対の答えはなく、必ずしも正しさを持つとは限らない。先生という役割、大人としてあるべき良識、そして取るべき責任、先生もまたそれを探し、学ばねばならないと思っている。

 

 生徒達は子供だが、高等部3年ともなると同時に……大人へと変わろうとしている階段の最終段にある。既に「こうしろ」と他人が方向を指し示すべき段階ではない子もいるのだ。

 

 キヴォトスの生徒の多くは逞しい、熾烈な社会経験を積んだ彼女達には幼さと同居する……強い自立心が存在した。

 

 だからこそ、助けを求めている生徒は……それだけ追い込まれているといえる。助けてほしいと声に出せる生徒ばかりではない……時に声をかけ、どうしたいか、願いを聞かねばならない。

 

 ナギサはかつて「助けを求める生徒の声には真摯という言葉すら温いほどの献身を捧げてくれる」と、先生を評したが、それだけ日々走り回ってくれるからこその信頼でもあり、同時に助けを求めていない生徒へ「過度な干渉をしない」という距離感だからこその関係性でもあった。

 

 キヴォトス人の生徒はキヴォトスの大人という存在を見すぎている、自分達に干渉しようという大人の存在を、潜在的には拒絶してくるのだ。

 

 生徒達は大人を頼らない、自分の足だけで立とうとしてしまう。

 そうあるべきではない……時であっても。

 

 キヴォトスではヘイローを持つ生徒の立場こそが大人よりも上。頼られるために、頼ってもらえるためには慎重かつ無私の献身が求められ、そして何より生徒の意思を尊重しなければならなかった。寄り添うにも距離感が大事。

 

  間違えれば拒絶されるし、加減を誤れば依存させてしまう。依存とはつまり自立心を削いだという意味だ、それでは彼女達は……このキヴォトスから旅立てなくなってしまう。

 

「先生は私を信じてくれる」

 その信頼こそが、生徒達に受け入れられている根幹。

 

 頑張りを褒め、成果を喜び、諦めないでと支える。そして彼女達の力ではどうにもならない事態がやってきたとき……大人の果たすべき責務がやってくる。そのためにはまず、信じなければ。

 

 ゛かわいそうだから、それを言ってはいけないと思っています。私も全ての答えを持っているわけではありません……ですがどんなに苦しい場にいても、役割であっても、本人が納得し、望んでいるのであれば……その役目を、立場を、私が取り上げては……ならないと。゛

 

 先生とシャーレの権限は連邦生徒会長に匹敵する。

 

 シッテムの箱はそれを成しうる力のあるオーパーツだった、だが……その力は行使されず、連邦生徒会にキヴォトスを支配する力の権限は戻される。それをリンが、生徒が……このキヴォトスの国政を預かる者として望んだのだから。

 

 だから先生は、このキヴォトスの王にはならない。

 

「それが貴女の信じる、なのですね」

 

 ゛それを越えてでも助けねばならない生徒もいます。だからこそ……日々どうすればよいのかと、思うばかりですが。゛

 

「箱」にいる誰かが、先生に選択を願った誰かがそれを聞いていれば。何時か列車の中で語ったか、いつか語るだろう未来か過去の出来事を思い出したかもしれなかったが。

 

 今「箱」の中の誰かは絶賛キヴォトスのシステム管理を「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」とか言いながらワンオペしてる真っ最中なので……幸か不幸かまるで聞いていなかった。

 

「やはり貴女は良識ある方だ。いや、話が聞けてよかった」

 

 そんな先生を肯定できるカイザー工場長も、キヴォトス基準から……正直かなり離れた大人であった。

 

 先生もこれだけ色々な大人と接してきていれば、ロクデナシ揃いのキヴォトス民度を実感しているので、尚の事「なんでこの方、カイザーにいるの?」と思ってしまう。

 

 先生は普段、生徒の相談事対応が本来の務めなので、キヴォトス市民の……言ってしまえば大人からの相談を受けることはまずない。先生の役目とは別に、一人の良識ある大人としてするべきことは行うが、連邦捜査部シャーレの役割ではないからだ。だから良識ある大人同士の会話というのも新鮮なところであった。

 

 黒服? 紳士マエストロならともかくダークサイド男性に良識とかないでしょ。ゴルコンダも結構怪しいところだと先生は思っていたし、デカルコマニーも基本的にゴルコンダのノリには全肯定だ、ゲマトリアやっぱおかしいよ……。

 

 ゛その、私からも聞きたいことが……。゛

 

「何故カイザーグループに? ですかな、ええよく聞かれますよ」

 

 ゛ですよね。゛

 

 そうだろうなと先生は思った。

 

 プレジデントと話したことはないが、カイザーPMC理事とは直接相対したし、言っては何だがあれがカイザーグループ役員の標準だと思っていたので、面食らうなんてものではない。

 

「実は今でこそカイザーホビーと大きな会社になっておりますが、以前はここも町工場の一つでした。プレジデントに買収という形でグループに統合していただいたのです」

 

 ゛あ、それで工場長。゛

 

「ええ、今も製品の金型や原型は私が作っております。プレジデントのご厚意で役員会の末席におりますが、どうにも場違いというか、スーツは襟がキツくてかないませんな。ですがそれをお許しくださる方なのです、世間の風評とはまた違った面をお持ちですよ」

 

 ゛そうなんですね……。゛

 

 思えば、エデン事件でも支援に戦闘ヘリを派遣してきていた。ダークサイド大人であるとは12使徒達もはっきりと言っているし、ホシノ達アビドスにした所業は許せるものでもない。しかしそれだけの人物ではないのだろうし、立場も違えば印象も違う。

 

 ゛想像していたカイザー役員の方とあまりに違うので、不思議に思いまして。゛

 

「PMC理事の方ですね? 一悶着あったと聞いておりますが、彼は解任されまして、今は営業職に降格されましたな。まあご想像の通り、彼のように野心を滾らせた役員のほうが多いですよ、私のような者は少数派ですので」

 

 ゛ですよね……その、買収については……?。゛

 

「ああ、ご心配なく、円満なものです。経営という煩わしいことから解放され、ありがたく思っております……それに先生、私は私なりに考えをもってカイザーグループに所属しているのですよ」

 

 ゛考え……ですか?。゛

 

「先ほどお話ししたことと同じです、私は子供達に玩具で遊んでほしいのです。政治等という煩わしいことから解放され、あのような苦労をしなくてもよいのではないかと、笑って玩具で遊べる日々を過ごしてほしいと」

 

 ゛……。゛

 

「学生自治というキヴォトスの伝統を変えることが正しいことなのか、それは確かに難しいところです。ですが……やはりしなくてよい苦労は大人に任せても良いのではないかと、政治も言ってしまえば経営です、大人がやるべきではと思うのですよ」

 

 だからカイザー工場長は「外」から来た先生に問うたのだ。

 子供が政治をしないという、外から来た大人に。

 

「プレジデントが子供達のため、キヴォトスの実権を望んでいるとは私も思っておりません、浪漫と野心の方ですからな。お考えを全て余人に語る方でもありませんし、知る者はいないでしょう……」

 

「ですが、プレジデントは私のような者にもこうして報いてくださる度量をお持ちの方、けして悪い政治はしないのではないかと思うのです」

 

 それは彼の予想でしかなく、結果どうなるかはわからない。ただ、どちらかというと野心と浪漫はあってもビジネスは堅実なタイプなので、そう悪いことにはならないだろうと工場長は思っていた。

 

 厳しい方だが「公平」だ、実力主義であり契約したことは必ず守るビジネスマンとして確かな実績と……信頼があった。ダークサイド企業と言われているがカイザーグループの評価は「大人達の中では」悪くない、正しくキヴォトスのトップ企業なのだ。

 

 何よりグループ社員の扱いを見ればわかる。カイザーPMC理事は「詰めを誤った」失態とPMCの多大な被害(12使徒+ヒナに殴られて壊滅してないわけがない)で降格、PMC事業から異動となったが理事を免職にはなっても解雇はされていない。

 

 別事業の営業職となっているが実績を積めばまた役職を得る機会もあるだろう、そういった寛容さがカイザープレジデントにはある、だからこそ彼も支持している。

 

「生徒を助ける先生の立場では意見の相違もありましょうが、このような考えを持つ大人もいるのだと、知って頂けたらと思います」

 

 ゛ええ、来てよかったと思います。゛

 

「そう言って頂けると」

 

 彼らもこのキヴォトスで暮らす人なのだから、それぞれの考えがある。そしてカイザーグループの内情、動向の一端を知れたことは悪い結果ではなかったと思う先生だった。

 

 ファーストコンタクトがアビドスだったので、カイザープレジデントが話し合いの通じる相手だとは今も思っていない、しかし違う視点を持つ人がいると知れたことはポジティブだ。

 

 自身が生徒を最優先とする事には変わりない、しかし相手の考えを知っておくことは大事、理性的な対話がカイザーの役員とできたことは収穫だった。

 

「話、終わった?」

 

 ゛うん、そろそろお暇しようか、アキ。……まだお仕事いっぱいだからね……。゛

 

「帰ったらルミさんご飯が待ってるよ」

 

 ゛玄武商会も忙しいのに、本当に助かるよね……。゛

 

「お見送りしますよ……お疲れ様です先生、本当に……」

 

 ゛ええ……それでは。゛

 

 

 先生に休みはない。

 

 実はキヴォトス赴任から実質休日ゼロな真のブラックである連邦捜査局は、薄給でかつ有給もなければ……そもそも纏まった休憩時間もなかった。

 

 ダークサイド企業である筈のカイザーコーポレーションと、そのグループ各社のホワイトぶり(基本週休二日・各種福利厚生・有休制度あり)と対照的なのは笑い話にもならない。

 

 国政はいわば経営なのだから、プレジデントならこんな酷いことにならないだろうな……やっぱ学生自治だめだろ。そう思ってるカイザーグループ社員が殆どなのも、宜なるかなであった。

 

 

 

 

< 先生!助けてください!>

 

゛ユウカ?。゛

 

「フトモモ?」

 

< 誰がフトモモか!そうじゃなくて、このままじゃ晄輪大祭が!大変なことに!>

 

゛何があったの?。゛

 

< 晄輪大祭反対派がっ!野球部を乗っ取ってエクストリーム野球部に! 野球部勝負に負けたら、出場選手をみんなロボにされちゃいます!>

 

゛?????。゛

 

「?」

 

 





・野球
キヴォトスでも外と同様のルールで行われるスポーツ、キヴォトス人の筋力に合わせてバットとボールは強い素材に変わっている以外特に変更はない。暴力蔓延るキヴォトスにおいては珍しく平和なスポーツであるため、あまり人気があるとはいえない。

それでも各校野球部が存在し、晄輪大祭でも種目として存在する。今季は大会1日目のナイターで実施される予定。ミレニアムの野球部は弱小で知られており、主催となる本年度も優勝は難しいと思われていたが……。

通常の野球とは別に、エクストリームルールで行われるエクストリーム野球が存在し、近年競技人口を増やしている。発祥はゲヘナ学園。

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