トリニティの12使徒   作:椎名丸

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ファンアートを頂きました、深く感謝を。

壺一郎さんより 「12使徒、整列」
https://www.pixiv.net/artworks/126315396
ティーパーティーモブの雰囲気を残しつつ、威圧的な存在感となっていて凄くいいですね。こんなのが12匹並んでるとヘルメットさんでなくても命乞いしそうなると思います。これで乱れぬままに全員全く同じ動きしてくるわけで。

正拳さんより 「FA一式まとめ」
https://xfolio.jp/portfolio/seiken/works/3746781
アバーッ!! ダチョウ!! たしかにカオルですけどもね!?
セイアちゃん様がご乱心しておられる……。



29・笑ってはいけない連邦生徒会24時

 

 < 9番歌住がバッターボックスに入ります、ここまでの記録は本塁打1、安打1。不慣れさを感じさせた初打席から急速にアジャストしてきています、どう思われますか解説の駒込さん。>

 

 < トリニティに名高い暗黒卿……シスターフッドの長というだけはありますね、走力こそ平均的ですが選球眼の素晴らしさが光ります……おっと初球から際どい死球のコースでしたが問題なく回避、見事なものです。>

 

 < 優雅ささえ感じさせましたね。ですがチーム反晄会、試合開始直後こそ不安視されましたが中々どうして、次第にエクストリーム野球のそれへとアジャストしていっております。>

 

 < 打席ごとに強化されていく様は驚嘆に値しますよ、リアルタイムでモーションソフトウェアの改良だけでなく、補充で新しく出てくる野球ロボのカスタマイズも同時に行っていますね、良いガッツですよ!! >

 

 < これはその場で改良設計したマシンを随時新規生産しているんでしょうか? 流石ミレニアムの生徒です、これほどのことが可能だとは……ロボによる参戦と舐めていましたが、面白いですね!! >

 

「いいぞ!! それでこそエクストリーマーだ!!」 

 

「一体何やってるんですかね……」

 

 ホテル・アラバのラグジュアリーフロア……スイートルームで、不知火カヤは同僚の体育室長ハイネと共にクロノスの中継を見ていた。画面の向こうで繰り広げられるのはエクストリーム野球、ミレニアム対有志連合という中々見られないカード。

 

 カヤはスポーツには興味がないので噂程度に聞いていた暴力野球を見るのは初めてだ、しかし酷すぎる……これがスポーツ? 野球って相手選手を釘バットで直接ぶん殴るようなものでしたっけ? という顔でドン引きだった。

 

 一方ハイネは大興奮で中継に熱中している、マジかお前。

 

 体育って健やかな成長と健康うんぬんの概念なかったですっけ? 釘バットお出しされてる時点で健やかでもなんでもねぇよ……という感想しかカヤからは出てこないが、体育室的にはアリらしい。

 

 < おや? 1塁の才羽(モ)が、かなりリードしています。>

 

 < これは……走る気ですね。>

 

 < なんと才羽(モ)、初出場で盗塁を狙いますか!! エクストリーム野球でのスチールランは皆さんご存知の通りかなりリスキーです。失敗は即、死に繋がるチャレンジ……まだ1年生ですが勇敢ですね!! >

 

「なんだって盗塁が即時死に繋がるんです……」

 

「スチールアウトが確定すると走者は反撃できないから一方的に殴られるんだよ。大抵スライディングで飛び込むから大上段からの釘バットが脳天かお腹にドカン!! 大体そこでデスアウトだね!!」

 

「イカれてるんです!?」

 

 < 歌住、バントかスイングか読みづらいバッティングポジションとモーションに変えました、スチール・アシストでしょうか? 野球は未経験とのことですが、高度な判断に驚きます。>

 

 < 歌住、これは誘っていますね。才羽は先ほどの打席では「釘かかり」してのゴロを内野安打に変えています、かなり足が速いですよ。期待できます……。!! 歌住バントせず見送りましたが才羽スタート!! キャッチャーセカンドへ送りますが間に合わず!! スチール成功です!! お見事!! >

 

 < 素晴らしい盗塁です!! 駒込さん、今のはどうでしょう。>

 

 < 完璧ですね、ミレニアムの生徒にこれほどの選手が隠れていたとは驚きます。スタートの判断が最高でした、同時に歌住のアシストも見事です、明らかにキャッチャーが捕球しづらい位置にボール球を誘うテクニックに驚きます。>

 

「うおお!! すごいよ!! カヤ今の見た!?」

 

「はいはい、みてますよ……」

 

 気のないカヤの返事だったがハイネは気にしない、こういったやりとりは二人の仲では「よくある」馴染みの距離感だった。

 

 連邦生徒会の最高幹部、室長クラスが揃ってスイートルームでお揃いのラグジュアリーなバスローブに身を包み、ソファーに気だるく身を任せたカヤと野球観戦に熱中しているハイネ……そんなリラックスの極みな二人が、まさに休暇と今を満喫しているのはこれで本日三日目である。

 

 連邦生徒会の生徒達はこの休暇で随分と回復してきており、それぞれ温泉やビーチに繰り出したり、部屋で久方ぶりのベッドでの穏やかな就寝を満喫していたりした。

 

 現在のホテル・アラバとビーチは連邦生徒会とゲヘナ風紀委員による貸し切りだ。浜辺には多くのゲヘナ風紀生徒と共に、忘れかけていた海遊びに戸惑いながらも仕事から解放された連邦生徒の姿がある。

 

 尚、ゲヘナ風紀委員長は「私がいると皆緊張してしまうだろうから」という名目でダチョウ1匹+少数の幹部と万魔殿からのお目付け役(という名目のサボり)を連れて、ゲヘナ総領主専用プライベートビーチとコテージにいる。(マコトがほぼ使わないのでイロハの隠れ家になってる)

 

 ゲヘナ生徒は全く気にしないが、連邦生徒は宇宙怪獣空崎ヒナが眼前にいたらHRS(ヒナ・リアリティ・ショック)で失神してしまう可能性があるので、悲しいことに必要な措置であった。

 

 疲れ切った連邦生徒の心身を安んじるための救護と治療・休養。一流ホテルを貸し切り、専用の温泉すら急造するほどの手厚い保護と警護の心配り。

 

 一切仕事はさせないとトリニティ救護騎士団長、蒼森ミネが騎士団員とゲヘナ風紀委員と共に巡回しており、初日に隠れて仕事しようとした生徒達が「強度の高い救護」をされた結果、組織的抵抗力を喪失した連邦生徒会は無事、休暇(軟禁)とあいなった。

 

 そんな「こんな穏やかな日々、本当に久しぶり……」とか泣き出す生徒さえいたこの休暇でカヤは、主にハイネに連れ回されてビーチと温泉と部屋を行き来していた。彼女を慕う防衛室や桐藤派等の後輩達と行動を共にすることもあったが、概ねハイネがカヤを連れ回している。

 

 連邦生徒会の室長クラス、最高幹部層の中でハイネはカヤに好意的な執行役員。その働きはともかく、桐藤派を名乗るカヤの思想を受け入れられない最上位役員達が多い中ではレアケースだ。

 

 < 歌住打ちました!! しかし釘かかりか!? 飛距離が伸びません、ですがセンターに高く、大きな飛翔です!ロボが捕球、歌住センターフライに倒れますが才羽走る!! タッチアップからのスチールですか!! >

 

 < サードを蹴りました!? ホームを狙う!! 送球間に合うか!? >

 

 < 僅かに届かず!! 才羽今ホームイン!! 流石の俊足です!! >

 

「すごい!! カヤ!! あの子セカンドからホームスチールしたよ!!」

 

「いや足速すぎでは?? あー……才羽モモイさん、12使徒の子から鍛えたって前聞きましたね。数日鍛えただけで走るのが速くなるものなんですかね……」

 

「へえ!! 流石12使徒!! いい選手を育てるね!!」

 

「いや、野球選手として育成したわけじゃないと思いますけど……」

 

 カヤは12使徒の一人、コーヒー豆フレンドの九字キリコが「鍛えた」という意味を体育の指導程度に考えていたが、実際は特殊戦として短期間ながらガチに仕込まれていることを知らない。

 

 キリコがミレニアムの制服を着る機会の度に追加で「講習」しており、最も重点的に仕込まれた才羽姉妹の実力は既に、ツーマンセルなら連邦生徒会に忍び込める領域にあった。

 

 才羽モモイは直感も良いが洞察力にも優れる、相手の僅かな挙動から隙を探す能力に長けていた。盗塁を選択したのは賭けではない、成算が確かだから走ったのだ。

 

 この能力と経験が生かされデザインされたゲームは中々に強烈で、後にTSC・GAIDENとして結実。キヴォトス中のゲームプレイヤー達を地獄に送ることになるが……それはまた別の話。

 

 < 野球ロボが長距離送球するためには一度ランチャーに装填する必要があります。送球先がサードからホームに変わった場合の再装填モーションが遅いことを見抜いてのタッチアップからのホームスチール、素晴らしいプレーです!! 魅せてくれます!! >

 

 < ホームインと同時にすり抜けながら決めたキャッチャーへのソバットも見事でした!! 中継を見ている全土の視聴者からも絶賛のプレーです、LIVEコメントが称賛に溢れておりますね。この特別試合はなんといってもプレイングの面白さです!! エクストリーム野球とは何たるかを「魅せる」プレーの数々で実にエンターテイメントですよ!! >

 

 < 手練れの12使徒達も意図してエクスト技の数々を披露しているように見えます。順次交代して控え選手の出番を作るなど試合を盛り上げようという意思が感じられて好感が持てますよ、何より見ていて楽しい、エクストリーム野球に興味を持つ生徒も増えると思いますね。>

 

 < ええ、この形式の試合は需要があると思います、ミレニアムには是非このエクストリーム野球ロボを販売してほしいですね、練習試合にも有用ですし、これは楽しいですよ。>

 

 < 練習試合で負傷者多数、本戦で控えが足りずという事態が度々ありますものね。>

 

「練習でも負傷者多数とか頭おかしいんです!?」

 

「最高だよ!! ミレニアムもベースボールコロッセオに出てくれないかな!! きっとチャンネル独占さ!!  打診してみよ!! カヤも手伝ってよ!! ツテあったよね!!」

 

「ありますけど、スポーツの話でミレニアムにアポ取るとか何事なんですかね……セミナーに話通しておきますから、後はご自由に……いやまって、そんなに大勢見てるんです!? そんなに人気のスポーツなんですこれ!?」

 

「ん? 今同接8万6千人だね、ベースボールコロッセオの決勝とかだと20万人超えてたと思うな。今年も楽しみだよね!!」

 

「8万!? どうかしてますよ!?」

 

「エクストリームテニスとかもっと多いよ?」

 

「他にもあるんですかこんなの!?」

 

 防衛室と体育室の関係は悪くない。

 

 何かと政治闘争が派閥の暗闘という形で繰り広げられる連邦生徒会役員会内部では例外的に「気にしなくて良い」間柄というのもあった。

 

 桐藤派の居城である防衛室は意外なことに他派閥を切り崩すといった、あからさまな行動はしていない。

 

 これはカヤの「ナギサ様の偉大さを理解しない輩を無為に取り込んでも邪魔なだけ、納得すれば向こうから来る」という……トリニティ・ティーパーティーの意思統一を優先とする有志・精鋭主義を参考にした方針によるもので、どちらかといえば受け身の姿勢である。

 

 実際、派閥闘争を主に仕掛けているのはアオイ率いる財務閥だ。リン自身は「それどころではない」ので権力闘争的には後手に回りがちだが、直下の部下たる統括室の面々が行政11室の長たる室として存分に権力を振るっていて、修羅場もいいところ。

 

 そんな中、キヴォトスの保健体育を司る体育室は国家運営的には軽んじられがちの部署ということで、何かと割を食うことが多かった。

 

 体育室が主導するキヴォトスの体育行事の中で最も大きなものは晄輪大祭であるが、これは2年に1度しか開催されない。2年に一回ということは、晄輪大祭を在学中1度しか体験できない世代の生徒が存在することを意味する。

 

 これを忸怩たる思いで受け止め、改善を願い、公平なる「毎年開催」とし、全ての生徒に平等な機会をと熱望しているハイネにとって……国政が優先だからと切り捨てられている現状を理解はするが愉快ではない。

 

 そんな中、最高位執行役員の中でただ一人、晄輪大祭の重要性を認め、ハイネに同調してくれた生徒がいた……防衛室長、不知火カヤだ。

 

「カヤもやってみようよ!! エクストリーム野球!!」

 

「ハイネ!? 私の運動成績知ってるでしょう!? 冗談じゃありませんよ!! 釘バット出てくるんですよ!? 死ぬでしょ!?」

 

「そんなことないって!! いけるいける!!」

 

「釘バットなんですよ!? そんなわけないでしょうが!」

 

 キヴォトスの治安維持を預かる防衛室としては、むき出しの暴力性を日々顕にしている生徒達が「武器を置いて」スポーツに熱中する晄輪大祭は、その前後の期間も含めて治安が自然的に向上する「ボーナスタイム」。

 

 スポーツに集中させることで僅かな間でもキヴォトスが平和になるのなら、2年に1度と言わず毎年でも四半期に1度でもやってほしい。しかも実務は自治区学園が主導するので連邦生徒会の負担は少ないという素晴らしい行事なのだ。

 

 去年初期の頃のカヤならスポーツの祭典が生み出す効果など知る由もなく、他の役員のように……あるいはもっと見下して「部署の格落ち」まで考えたかもしれなかったが……。

 

 今の不知火カヤはキヴォトス全体を見ることができる広い視野を持つ「政治家」だ。行事に費やされるリソースやコストを費用対効果で計算して「必要経費」だと考えられる程に成長している。

 

 これら「中身のある根拠」を並べてハイネへの援護射撃という自覚なく、お得意の弁舌を披露した結果……賛成4反対8で毎年開催は却下されたものの一定の成果をハイネとカヤは得たのだが……その日からハイネはカヤを役職では呼ばなくなった。

 

 これまでほぼ味方無しの中……自身は運動不得意勢であるのに体育を肯定してくれ、言葉を尽くして助けてくれる小さな同僚への好感度が一体どういうものになるのか、推し活で忙しい不知火カヤは興味がないのでご存じない。

 

 だから政治的にノーマークの体育室長がひっそり、連邦生徒会長代行の代表交代選動議発動に精力的だったり、朗らかな人柄で引き寄せた人気を無自覚に使って「自分ではない誰かの」影響力増強を図っていることも知らず。自分の部下(次席・崎守以下多数)と体育室の幹部を交えて世間話の体で接触していることを……気にも留めていなかった。

 

 ( なんか最近ハイネの距離が近いですね? 体格差(意味深)が目立つからあんまりベタベタしないでほしいんですけど。あと脇に手を入れて持ち上げるのやめてくれません? イラつくんですけど?)

 

 とか呑気に思っているカヤは、今にも自分が「王子様」に食われ……陥れられそうになっていることに全く気づいていない。

 

 リンもアオイも完全に勘違いしているのだが、ここ暫く活発だった勢力暗闘を主導していたのはカヤではなく……。

 

 今隣で暴力野球の高まりに興奮している体育馬鹿はカヤにとって、政治的無能である筈なので完全に気を抜いて付き合える同僚だった。

 

 少々デカくてうるさいが、何かと神経を使う役員会の中では清涼剤。感情的でわかりやすい人柄なので言葉の裏を探る必要はないし、職分もほぼ交わらないので衝突することもなく、隣に居ても特に気張らなくて良い関係……そうでなければ、この休暇を同じ部屋で寝泊まりなどしていない。

 

「野蛮なもの見てたら喉が渇きましたね……ルームサービスでも頼みますか」

 

「さっき頼んだからそろそろ来るよ、カヤの分もあるからね」

 

「おや、気が利きますね、で……何を頼んだんです?」

 

「おにぎり!!」

 

「一流ホテルのルームサービスに何てもの頼んでるんです……それに私は喉が渇いてるんですが? 明らかに水分もっていかれるでしょう?」

 

 そんな、お政治する必要がない相手だからこその距離感で接したことも裏目に出る。

 

 無限連勤の疲れからきた油断であった。

 

 カヤは自身の居城防衛室の雰囲気と「自分を代表にしたい部下達に困っている」という情報を朝の恒例(時間感覚を失わないための徹夜明けリセット行為)給湯室コーヒータイムで自分の口からハイネに晒してしまったし、防衛室一年生の問題児である甲斐と接触されることで「ある準備」が整っていることも彼女に把握されてしまった。

 

 そしてそれに「味方になってくれればご希望(毎年開催)も叶うかもですよ?」とかいう甘言を最後まで聞かずに「カヤなら歓迎だよ!」とかいう、意味を理解してるのか怪しい軽いノリで乗ったばかりか「実行後」の協力まですると約束した。

 

 ある準備……それは、クー!!

 

 そう、キヴォトス国政の中枢たる連邦生徒会ビル・サンクトゥムタワーの警護体制が「やる気のない生徒」で構成されることなど……ヴァルキューレ警備部より出向の生徒が「1フロアにつき僅か2名」など本来ありえない。

 

 それは「ご内意」があれば即座に「信頼の置ける部隊」が連邦ビルに突入し、警備の生徒は健闘するも抵抗虚しく制圧されるというシナリオのために配置された、桐藤派(防衛室閥)ではない生徒、生贄の羊。

 

 ヴァルキューレ警備部はほぼ桐藤派(防衛室閥)で不知火カヤに「忠誠」を向けている筆頭、その影響力は総務・交通・生活安全・刑事部といった各部署に跨る。機動隊から末端の交番勤務生徒に至るまで浸透していた。

 

 ヴァルキューレの一部は桐藤派(防衛室)と単に同調しているのではない、自らの意思で「相応しい代表」を擁立する準備を整えているのだ。決起にあたるヴァルキューレは少数などではない、それだけの信頼と実績が今の不知火カヤにはあったし、現場軽視と思われている七神リンへの不満もある。(リンちゃんは余裕がないだけです……)

 

 予算不足でろくな武装も回されない中、色々と奔走し何かと現場に気を使ってくれる上に、いざとなれば体を張ってくれる今の防衛室長に「立ってほしい」生徒は多い。

 

 心情的には桐藤派ながら、義務と法に忠実たると宣誓する公安局には悟られぬよう、ヴァルキューレ各部の有志から選抜された「信頼の置ける部隊」が組織され、決起準備は整っていた。

 

 そう、連邦生徒会も、ヴァルキューレも、全ての準備は既に終わっていたのだ。

 

 防衛室長不知火カヤの「一言」があればクーデターは速やかに、そして容易に完結する段取りが成されていた。下級生たち一般連邦生徒の多くから支持があり、人材資源室と体育室を中心に執行役員複数の協力も得られることが確約された今、残すは次なる代行……いや「生徒会長」をその気にさせ、彼女の意思で「決起します」と宣言してもらうだけ……。

 

 ただ、これが容易ではなかった。

 

 世間知らずで楽観的だったどこかの世界線と違い、桐藤ナギサ率いるトリニティ・ティーパーティーの薫陶篤い、今の不知火カヤは冷静沈着で老獪な政治家で、国防という義務の遂行を宣誓した連邦幹部だ。

 

 必要がなければ不正規の手段など取らない、まして行政停止が確実視されるクーデターなど……なので、由緒正しきクーデターの老舗、レッドウィンター自治区出身である甲斐は。

 

「やっちまうか? ガン押しすればカヤちゃん先輩もしかたねぇなぁ……って感じになるやろ!! 乗せるしかねぇ!! クーのビッグウェーブに!!」

 

 というマジでヤバい領域(クーの高まりを感じるゲージ70%)に突入していた。

 

 レッドウィンターの生徒としては、これでも冷静なほうである。

 

 本場の赤冬生なら「やっちまうか?」の瞬間にはもうクーしている、この僅かな冷静さこそ彼女が連邦生徒としてやっていけている理由だったが、状況はまさに薄氷のそれであった。

 

 そして連邦生徒会の運営が修羅場過ぎて「今やったら連邦大爆発じゃすまないな……」という冷静な判断力が防衛室次長とヴァルキューレ警備部にもあったことで押し留められ、強行は延期されていた。

 

 だが、そのままであればいずれある日……カヤが給湯室で仮眠明けのコーヒーを終えて執務室に行こうとしたら、何故か連邦生徒会長代行室に案内されて椅子に座るように促されたと思ったら緊急放送スタンバイです、はいこれ原稿、LIVEまであと1分なんでよろしくお願いします……という流れで。

 

「チェンジ!! 連邦生徒会長代行!! カヤちゃんの日常最後の日!!」

 

 となっていた、確実に。

 

 

 

 ダチョウが突然襲ってこなかったらね。

 

 

 

 品の良いベルの音、ルームサービスの来訪を告げる音色が控えめに部屋に響く。

 

「来ましたね、取ってきますよ」

 

「僕がいくよ」

 

「ついでに頼むものがあるのでいいです、暴力野球見ててください」

 

「エクストリーム野球だよ!!」

 

「はいはい……」

 

 不知火カヤが部屋を離れ、ラグジュアリーフロアらしい豪奢な扉のロックを解除すると、メイドの姿で音もなく入ってきたのはワゴンを押した……。

 

「報告に上がりました……不知火室長」

 

「……進展があったようですね? ユキノさん」

 

 SRT特殊学園、FOX小隊長……七度ユキノの姿だった。

 

「救護騎士団長や風紀委員に見つからず、よく潜り込めたものです」

 

「手練れではありますが、特殊戦の心得はないようです、さほどのことは」

 

「頼もしいですよ……そもそもなんで医療チームが騎士団名乗って暴力前提なんですかね……仕事があるって言ってるのに話が全く通じませんし、気絶させといて救護はないでしょ、おかしいですよ……では、FOX1、報告を」

 

「はい、防衛室長。詳しい記録は書面でこちらに……室長の読み通りでした、沈没したオデュッセイアのゴールデン・フリース号には艦隊データリンクの暗号乱数表と共に、統合指揮システムへの接続IDが存在しました」

 

 防衛室長警護の任に当たっている……事になっているSRT元FOX小隊(ヴァルキューレ移管の後、配属は警務部)は、密かに特命を受けてエデン事件の背景を探っていた。その内容は主に護衛艦隊が乗っ取られミサイル攻撃が実行された件についてだ。

 

 防衛室長として到底そのままにはしておけない問題だと言える、自身の責任問題でもあるが、連邦生徒会の威信に関わるし。ナギサの白服に泥をかけるがごとき所業だ、許せるはずがない。

 

「データリンクが起動できても、統合指揮システムに接続できるだけでは火器管制は動かないはずです、どうやって? リン代行のコントロールマスターキーは盗まれていませんでした、もちろん私のも……FCSのパスコードロックを自力で解除したと?」

 

 連邦生徒会長と防衛室長のみが持つファイアコントロールキーが無ければ使えない筈のものを、MOUSE小隊は起動させていた。その方法を調査し、原因を特定しなければ二度目もありえる、それはキヴォトスの国防を預かる者として看過しがたい事態。

 

 結果こそ大した被害なく終わったが、360発のミサイルが十分に機能していれば大惨事にも程があった。

 

 キヴォトス市民や生徒の殆どは、ミレニアムの誇る超兵器……超弩級飛行戦艦ミレニアム号の勇姿に釘付けで、360発のミサイルが本来もっていた威力を、殆ど意識していないのは幸いである。

 

 ミレニアム号の戦力評価は1隻にして標準型護衛艦128隻分と見積もられており、あまりに圧倒的で隔絶した性能差(事実上護衛艦の武装で撃沈は不可能だからである)に、護衛艦隊の存在感が霞んでいるからこその現状であった。

 

 しかし海運の守護者たる艦隊が機能不全なのは問題だ、最近北方航路に不穏な反応があるとモモカが気にしており、生徒会長権限の関係で使えるか怪しくとも……艦隊再建は急務である。

 

 連邦生徒会管轄の護衛艦隊を電子制圧できるということは、キヴォトスの航路を保全しているオデュッセイア海洋学園の学園主力艦隊も制圧できることを意味する。必ず原因を特定しなければ……。

 

 捕縛したMOUSE小隊から証言が引き出せない以上、自らの足で調査するしかない。カヤはユキノ達に今までに無く厳命し、詳細を調べさせていた……結果。

 

「にわかには信じがたいことなのですが……キーコードが解析され、解除されています。ゴールデンフリース号のIDを使った遠隔接続によるパスコードの解錠です。沈没事件当日、衛星通信経由で解錠が行われていました。オデュッセイア本校艦との並行通信記録に暗号化された信号のログが、残存護衛艦のシステム解析でも同様の結果です」

 

「12列の暗号鍵ですよ!? 一体どうやって……」

 

「気になることが。ミレニアムの生徒が一人、当日ゴールデン・フリース号に搭乗しておりました。氏名は黒崎コユキ、元セミナーの生徒で、特殊技能として解錠技術に優れる……と。そして乗船記録はありますが、沈没時の救助後安否確認記録には名前がありません」

 

「沈没に巻き込まれて……という線は?」

 

「黒崎コユキはミレニアムに今も在籍しています、セントラルに潜入したFOX4がスコープ越しですが本人を確認済みです。乗船していたのが黒崎コユキ本人であったのか、名を偽る別人であったのかは……これからの調査になりますが」

 

「中々興味深いことですね……わかりました、引き続き調査をお願いします。ミレニアムには私の方からも探りを入れておきましょう……ちょうどセミナーと話す機会が近々あるので」

 

「はっ」

 

「すみませんね、特殊作戦部たる皆さんに密偵の仕事など……連休期間だというのに休暇も出せず」

 

「いいえ、重大案件の調査は正しくSRTの任務です。我々は戦うだけでなく情報収集もこなせなくては特殊戦ではありません、お詫び頂く必要など……どころか、我々は連邦生徒会への襲撃を防ぐことができず……」

 

「ああ、それはいいんですよ……ナギサ様のコントロール下にない12使徒は天災みたいなものですし。結果的には良かったかもしれません、思えば正直14連勤7徹とかどうかしてましたね」

 

「14……7徹……」

 

 SRTの生徒すら絶句の稼働率であった。

 

「ユキノさん、よくやってくれました……これでようやく完全に、リン代行を疑わずに済みます。まあそういうことをするタイプではないと思いはしましたが、関与を否定する情報の裏取りがないままでは、責任者としては困りますしね」

 

 ユキノは完璧な敬礼でもって、信頼する上司の称賛に答える。

 

 困難な任務だった、オデュッセイアの本校艦に侵入するのは骨が折れたし、情報を抜くのも言わずもがな。当然ミレニアムの中枢であるセントラルに忍び込むのも容易なことではない、ミレニアムを守る特殊戦、C&Cの練度は相当なものだ、しかし自分達ならばできる、SRTの精鋭たる自分達なら……。

 

 だから……七度ユキノには充実感があった。

 

 いつか自分達が帰るべき場所、誇りあるSRT特殊学園は無くなっていない。不知火カヤが手を尽くし、RABBIT小隊の立場を「上手く」使うことで廃校処理は停止しており、解散はしたことになっているが事実上健在だった。

 

 最新鋭を極めた武装は個人用の歩兵装備を除いて失ったし、それを支えた潤沢なバックアップも無い。だが今、立場こそヴァルキューレの生徒として席を置きながらも、以前と変わらぬ誇りを胸に職務に打ち込めている。

 

 エデン事件のように緊急時には、SRT生徒の移籍時にヴァルキューレに対してカヤが油断なく付けた「有事の特殊条項」が適用され、その場限りではあるがSRTとして緊急編成され原隊が復活する仕組みがあった。

 

「これは支給された元官品ですが各々が私費で大幅にカスタマイズしてるのですから、個人の装備です。今更純正に戻せといっても費用がかかるし中古ですよ」と室長が言い張って全隊員の銃を取り返し、特殊戦用装具を保管していたことも大きい。

 

 実際エデン事件で存分にその真価を発揮し、万単位の生徒を蹴散らした盗難スーパーアバンギャルド・ターボカスタムの撃破とアリウス督戦隊の捕縛を達成している。

 

 エデン事件・アリウス制圧作戦に投入されたSRTチームの損害は、ゼロだ。

 

 訓練され極まった特殊戦というものがどういうものか、ユキノ達は改めてキヴォトスに知らしめた。

 

 この活躍で再評価の波が大きくなっており、作戦に参加した連合生徒やクロノスを通じて世論が特殊戦の能力への認識を新たにし、後押しが始まっていた。

 

 SRT特殊学園復活は……夢物語ではない領域にある。

 

 この小柄で……本当に得難い上司の力で。

 

 

「引き続き、よろしくお願いしますね」

 

「はい……それではFOX1、任務に戻ります」

 

 

 雨の中の解散式を覚えている。溢れる涙を隠すため……皆、雨に打たれていた。1年生達は去り、武装もバッジも奪われ……心はあの時の空そのものだった。

 

 連邦生徒会直属校の廃校・解散式だというのに、連邦生徒会から来た役員はたった一人だけ……けれど、その人が……。

 

 

 < 私はまだ諦めてないですからね、まあ任せておいてください。SRTは必要な組織で、貴女達は得難い精鋭です。ヤケは起こさずにお願いしますよ……どうにかしますので >

 

 

「ええ、ご安全に……あ「本職」と入れ替わる前にコーヒーのオーダーを入れておいてください、ブルーマウンテンで頼みますよ。ハイネには緑茶を……ほんとにおにぎりしか頼んでないじゃないですかあの子!! ホテル・アラバのスイートルームですよここは!?」

 

「ふふ……承りました」

 

 七度ユキノは、あの時の言葉を信じてよかったと……そう思っている。

 

 

 





・不知火カヤちゃんさん

この暴力蔓延るイカれた世界キヴォトスで、桐藤ナギサ様という自分と同じ身体能力クソザコの貧弱生命体なのに「強い意思と本気の献身」でダチョウを心服させ「力ある者を従える」ことで暴力に対する反抗と統治を行い、キヴォトスに平和な社会を作り上げようとしている……そしてそれを本当に成しつつある偉大な「超人」に焼かれちゃった人。

やればできるんだ精神で頑張ったら自分も「いけるやん……!!」になり、本当にできるようになった勢。「この仕事の苦しみはきっとナギサ様の助けになっている……つまり、推し活ってことよ」となっているのでマジで無敵のスーパーカヤちゃん、潜った修羅場の分だけ成長しすぎている。

人品と能力を備えた超越者には相応しい地位がある……という拗らせ方をしているので、ナギサ様を連邦生徒会長……キヴォトスの主人にしたいので頑張っている……が。

視界が広いのか狭いのかわからない感じの残念さは正史から変わりないので、頑張った分だけ自分が連邦生徒会長の椅子に向かって全力で走っている自覚がない。

わかっていただろうにのうカヤ……自分が焼かれたように「行動」すれば、自らも他の誰かを焼いているだろうことなど。理想の君主をトレースすればすなわち、お前も誰かの理想の人なのだということが。興味がないからそれに気づかないお前の姿はお笑いだったぜ。

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