・休暇明けのナギサちゃん様
ナギサは仕事とダチョウの負荷から開放され、リフレッシュできた結果足取り軽く、休暇の最終日を迎え、静かの館(元軟禁・今療養の屋敷)の部屋から出て、玄関の扉を開けようとしていた。
今日まで不測の事態発生で強制呼び出しが一度もなかったあたり、セイアとミカ、そして皆は上手くやってくれたのだろうと思う、こんなに身体が軽いのは久しぶり……と、屋敷から出たナギサの前に……。
バーン様に指を折られるハドラーの姿勢で平伏した、総務室長藤沢の姿!!
「ナギサ様……誠に、まことに申し上げにくいことを、お伝えしなくてはなりません……。藤沢はこの件について、ただお詫び申し上げる他にありません、どうか……どうか平に、平にお許しください……」
「……どう、しました?」
全てをお聞きになられたナギサ様の休暇は、半日延長になりました。
晄輪大祭。
キヴォトスにおける体育行事の中でも最大のイベントであり、2年に1度という間隔で行われる大型体育祭。
トリニティ・ゲヘナ・ミレニアムの中央三大校が持ち回りする体制となって久しく。中央校が主導する関係上、昨今の晄輪大祭は「中央」のイベントだと外周圏……地方の学園自治区からは見られており、もう随分と長い間……外周圏から参加する学園は少なく、減少の一途を辿っていた。
「晄輪大祭? 自分達には関係ない」
外周圏の自治区にとっては実際、その程度の行事になっていた。体育祭なら地元で、自分達でするのだ。
それはキヴォトスという国家の分断を象徴している。
外周圏の小自治区達は中央と距離を取り、ほぼ交流が断絶した状況となって長い。中央も田舎と内心蔑む外周圏のことを一次産業地域としてしか見ておらず。結果お互い無関心になり、交易以外の関係性を持とうとしなくなっていた。
次々と自治区が倒れるほどに荒れる中央、内向きに纏まることで安定した地方、お互いに関心が薄い……というより興味が無い。
外周圏は戦国時代さながらとなっていた中央学区を、見放していたのだ。
連邦生徒会の権威が行き届かぬ外周圏は今や半ば独立した小国家群……中央集権など夢のまた夢、これでは同じ国の民だとは到底言えないような情勢……で、あった。
中央の巨大学園トリニティに、偉大な君主が誕生するまでは。
急速に秩序を回復する中央。自治区の崩壊は食い止められ、再興どころか結束・再編まで進められようとしている。連邦生徒会長という絶対的存在が消息を絶つという異常事態に陥って尚……その流れは止まらない。
秩序が、治安が、経済が、未だ道半ばであれども……川を枯らせていたダムが決壊したかのような勢いを以て、下流が洪水と共に潤いを取り戻していく。
その流れは当然、外周圏にも訪れる。
人と物の移動が活発になれば当然だ、元々経済規模は中央が圧倒的。急な金の濁流に晒された外周圏は困惑した、中央に何が起きているのかと。
多くの生徒会長達はキヴォトスに覇を唱えかけた「雷帝」の暴風を知っている、再びあのような嵐の時代がくるのかと、調べようとし……。
そして知る、この変革を主導している生徒……君主の名を。
彼女は自治区学園郡を束ねる総領主の一人だという。大学園の軍事力を背景に……ではなく、善意の活動を積み重ねることでそれを成してきたのだと。
12の翼を使い、弱者の救済に尽力してきた。人心を掌握し、大学園の実権を握ると……その力を傾いた社会の再建のために振るい始め、今に至る。
「このキヴォトスに、そんなことをしてくれる生徒がいるなんて」
多くの自治区が半信半疑であった。所属学園が違えば他国人扱いな、お察しに余りあるキヴォトスの民度で考えられることではない。しかし時が経つにつれて中央周辺全体が変化を始めると……外周圏は強い興味を示すようになった。
慈愛の君とは一体どんな生徒なのか? トリニティ総合学園とは?
皆、知りたがる……しかし百鬼夜行のように生徒を派遣して情報収集している自治学区は稀だ、諜報能力があるような学園ばかりではない。だから個人が動く、休日に長旅してでも中央を見に行こうとする生徒が増えていった。
中央を自分の目で見た生徒達は困惑する。
聖夜の戦争を越えて新しい年を迎え、新年度と消えた連邦生徒会長と火の七日間……ほぼ毎週火の海になってんじゃねぇか!という有り様のキヴォトス中央は変わらず混沌の中にあるのに、状況はなんと好転しているのだ。
これで興味が出てこないわけがない。僅かな伝手やネットを介して外周圏は……静かに盛り上がりを見せていた。
そして来るエデン条約。
この歴史的同盟を前に関連情報として、中央の情勢や3大学園の関係性などをクロノスが改めてまとめ、解説する放送がニュースや特番を通じて流されるようになると……多くの自治区で更に話題が高まった。まさに今、求めていた情報だからだ。
中央は話題に飢えていた外周圏が、いまだかつてなく自分達中央に目を向けているとは気づいていなかったし、外周圏は断片的にしか中央の情報を持っていないことも災いした。
百鬼夜行・陰陽部が直接「忍者」を派遣してきたのはそれだけ重大な関心があると言っているようなもの。それを「流石に大学園の同盟だし興味あったのかな……」程度で流していたトリニティ上層部は地方が今、自分達をどういう目で見ているのかをご存じない。
彼女達が知りたいのは……君主、桐藤ナギサの、地方自治区へのスタンスだ。外周圏には今、期待があった。
「この流れが地方まできたら、もっと豊かになれる」
外周圏は一部を除いて多くが裕福ではない、一次産業主体の自治区は基本自活できるが自給自足に近く、飢えはしないが若者として不自由なく満たされているとは言えない。
そして連邦生徒会の訓示が行き届かない土地なので。
「この人が次の中央の生徒会長なの? だったら何か変わるかも」
「弱い子や苦しい自治区を助けてくれるんだって」
「ダチョウって鳥を12匹飼ってるみたい、これがマジでヤバくて悪党を見つけたら即火の海に叩き込むんだとか」「こわ」
とかになる。そんな中、始まるエデン調印式……。
中継を見ていたのは中央学区の学園だけではない。何時もなら中央の行事などあることさえ知らないか、無視している筈の外周圏の殆どが、エデン事件の最初から最後までを食い入るように見つめていたことなど、皆知る由もない。
彼女達が画面越しに目にしたのは……天使と悪魔、敵対してきたライバルが手を取り合い、数多の生徒達を率い、悪の大人と戦って勝利する物語のような出来事だ。
胸のすくような暴力、絶大な数と力と青き青春そのものな「熱」がそこにあった。
燻っていた地方生徒達は……爆発した。詳細は省くが爆発したし、まあまあ大変なことになった、青春だね。
ちょっと本人達に知られると不味い本とかもうっかり出たが、まあこれはいい。
連邦生徒会の権威が殆ど通用しない地方に突然、理想の君主の姿と「力と夢」をお見せしてしまったので、これが結構……いや大分刺激が強かったりした。まあわかるよ、無理もないわね。
そして火種がもう一つ。かの桐藤ナギサの麾下と名高い「12使徒」が外周圏の有力者と接触していたという。
曰く、何度もシャーレなる連邦の部署で交流しており、ある時は事故で彼女が失った屋台車の代わりとして豪華な移動店舗が贈られたとも……その価格は億円を超えていると噂された。
そんなものをポンと贈ってくれる気前の良さ、何より中央の頂点生徒が、外周圏の地方生徒にこんな心遣いをしてくれるなんて……聞いたことがない。
億だ、地方零細学校なら運営予算に匹敵する。億単位の金が個人で動いている筈などないと思い込んだ生徒達は「誤解」した。
経済格差の悲しさか……地方の億は運営費級の金額でも、金満トリニティの一応最上位生徒である駝鳥にとっては12匹分のポケットマネーなのだが、そんなの知るよしもないので……。
「12使徒は生徒会生徒……トリニティ生徒会からの心遣い、お近づきの印……?」
「 !! トリニティは、桐藤ナギサは、外周圏に関心があるに違いない!!」
……ということになった。
外周圏の小自治区達は今、まだ見ぬ君主の到来に心躍らせている。
連邦生徒会を超えかねない権威が今、突然外周圏で誕生しようとしていることに中央は全然お気づきでないし、知らないうちに当事者になってる桐藤ナギサさんも当然お気づきでない。
多くの人はお忘れかも知れないが、連邦生徒会への投票権は外周自治区にもある。地方とて連邦構成学園なのだから連邦生徒会に人を出せるし、1票という小さくも絶大な権利が確かにあるのだ、つまり……。
ナギサは自分の全然知らないところでマジでヤバい事態になっていることを全く、完全にご存知なかった。
日増しに高まる地方の中央への関心の中、外周圏の自治区生徒会はどうにかしてトリニティと接触したいと考えていた……しかしこれが容易ではない。事件の処理で中央はまだ混沌としているし、外交したくとも糸口さえないので、どこの学園も伝手を作ろうと躍起だった。
トリニティの最奥から殆ど出てこない桐藤ナギサと会談するのは難しい、突然外周圏の生徒会が会いたいと言っても常識的に要望が通るとも思えない。ティーパーティーに伝手を作るにしろ一度、接触しなければ……。
何か、桐藤さんと会うことができるような行事があれば、せめて生徒会の生徒にでも。けどそんなイベント都合よくあるわけ……。
ある、あったよ……!! 晄輪大祭!!
トリニティ来るじゃん!! 生徒会も絶対来るよね!? え⁉︎ 桐藤生徒会長来るの!? の、乗るしかねぇ!! このビッグウェーブに!!
そうして今年度の主催ミレニアムに、今までからすれば信じがたいほど大量の学園から参加の打診が毎秒送りつけられる異常事態に発展し、今まで修羅場に荒れ狂うトリニティ・ティーパーティーと連邦生徒会を横目に余裕ぶっこいていたセミナー(会計の早瀬さん除く)はエナドリ吹いてひっくり返った。
なんとその数、数千校。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
そうして聖鉄骨連休を完全に学畜として過ごした限界の早瀬ユウカは最終日……釘バットを握って走り出した。一刻も早くリオに帰ってきてもらうべく、タコをタコ殴りにするため、エリドゥ跡地に向かって……。
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「どうなることかと思いましたが……始まってみればトラブルも少なく。いえ、これは皆さんの不断の努力の結果でしょうから、安堵よりも先に感謝すべきなのでしょうね」
「キキキ!! 今ひとつ物足りんがな!! まあいい、楽しい楽しいエクストリームイベントも控えていることだ、緩急は必要よな!!」
「イブキもリョーちゃんのタケコプター楽しみー!!」「イブキさん!?」
「ご期待に応えなくちゃね」「やったー!!」
「そ、そんな……イブキさん……」
「キキキ!! どうした? イブキの愛らしさに言葉も出ないか桐藤ナギサ、無理もないな!!」
「その愛らしいイブキさんに暴力のお祭りを見せるのはどうなんですか……」
「キキキ!! ゲヘナでは日常だぞ? そうだな、いずれ我がゲヘナに来ると良い、名物のスマッシュ・ヒナチャレンジを見せてやろう」
「何なんですかその不穏なイベントは!?」
「学法違反者の処刑だ、ヒナの拳でふっ飛ぶ距離を賭けて競う。飛距離を当てた生徒にはプリンチケットを下賜していてな、稀に耐える見どころのある奴もいる、中々見ものだぞ!!」
「人間の飛距離で、賭けごとを!?」
「ピタリ賞にはイブキがプリン配るのー!!」
「イブキさん!?」
「何時来ても良いぞ、毎日あるからな!!」
「ゲヘナ本当にどうなっているんです!?」
微笑ましい談笑?を総領主貴賓室の展望席で眼下の運動会を見ながらしているのはトリニティとゲヘナの生徒会長、そして二人の間で愛嬌を振りまく少女イブキ。近衛の学兵に12使徒、ナギサの側にA1城島ツバメ、マコトの側にA3相楽リョウコ。
貴賓室には別会場の様子が映るモニターが設置され、見るに各地の盛り上がりも上々だ、晄輪大祭はまさに大盛況。
過去に類を見ない規模に膨れ上がった今大会の競技会場はここだけではない、各地区に分散し数多くの生徒を収容、中継を介しながら繋がっていた。中でもアスレチックスタジアムで行われる競技は特別……白熱していた。
会場の配置は日程や競技によって入れ替わるが、本会場アスレチックスタジアムに配置された学園と生徒は大いに羨ましがられていた。
競技後一位を獲得した生徒達が貴賓席に向かって一礼する様に、ウマゲー経験者な駝鳥一匹の感想が「某競馬場の天覧席」という展望エリアから、微笑んで手を振って応えるナギサと、笑いながら豪快に手を叩くマコトの姿はまさに君主。
そう、この晄輪大祭は正しく「天覧競技」であった。
比較的気軽に外に出てくるマコトと違い、ナギサは滅多にトリニティから出てくることはない。D.U.に来訪する時など12使徒が全周固めた上で大統領警護隊列のそれなので、殆どの生徒は直接目にする機会は無いに等しい。
だからこその盛り上がり、慈愛の君が見守る中で、試合に勝てばなんと自分に手を振ってもらえる……気合が入る生徒も多いのだ。
去年までかなり抗争をしていた両学園の長が、愛くるしい幼女を交えて談笑している様を、会場の生徒達は眩しいものを見るように敬意を込めて見上げている、それは新しい時代の到来を告げるに相応しい光景……。
に、憤懣やるかたないお姫様が1人。
「なーんか、釈然としないんだよね……」
「何がだい? ミカ」
「だってさぁ……あれ見てよセイアちゃん、ナギちゃんと羽沼さぁ……もう距離感あれじゃん、大人しい奥様とイケイケの旦那じゃん!! イブキちゃんも完全に懐いてるし!!」
「まあ、子は鎹とかいう諺もある……イブキが上手く間を持ってくれるから、仲が良好なのは幸いなんだが……距離が近いな、たしかにそこまで許した覚えはないね」
「でしょ!! ナギちゃんは私達のナギちゃんなんだけど!?」
「しかし、こう人目があると間に割って入るのは厳しいね、何か手はないものか……」
「いや、せっかく同盟したんですからやめてくださいよ。そういうのは……面倒事になるんですけど?」
貴賓室の一角でお茶会がてら囁き合うのはトリニティから聖園ミカ・百合園セイア、ゲヘナより棗イロハ。
「じゃあイロハちゃんさぁ? いいの? 羽沼がナギちゃんの魅力にやられちゃっても? 自分ところの総領取られちゃうよ?」
「ありえないですし、どうでもいいので」
「ありえないって何!? ナギちゃんに魅力がないとでも!?」
「はあ……」
「すまないねイロハ。最近はナギサがやけに湿った視線を集めているから、ミカも気が気じゃないんだよ」
「はあ……そうですか」
「あっ!! ナギちゃんの肩に手なんて置いて!! あいつ自分の顔が良いのをいいことにさあ!! 調子乗ってるよね!! 処す? 処す?」
「マコト先輩はあれが通常運転ですよ」
「あれで? 友人を誑かすのはやめてほしいものだね」
「はあ……」
自分大好きのマコトはそういう湿気った界隈とは無縁だし、ナギサのことを「まあまあ気に入っている」程度であることを理解しているイロハにとって完全にどうでもいい話題だった。
そりゃあんだけ人様の脳焼いてれば、おたくの総領はそうなるでしょうね……誑かしてるのはそっちでは? という感想しか出ない。
大祭運営のためにと離席しようとした調月リオをナギサが呼び止め、彼女自ら淹れた一杯の紅茶を飲み干してから去ったリオの、平時と雰囲気違いすぎな柔らかい笑顔を見れば……マジでそんな感想しか出ない。
他校の総領やっちゃってるのはそっちだろ……ナギサさんこそ常にこれなの? ヤバいでしょ、とは流石のイロハも口には出さなかったけれど。
ミカの機嫌を損ねているという状態は一般生徒ならMRS(ミカ・リアリティ・ショック)で気絶失禁も有り得る即時命乞いシチュエーションなのだが……イロハを含め、この貴賓室に立ち入れる生徒は皆大体肝が据わっているので動じない、が……。
自校生徒の激励のために応援席に向かった連河チェリノ、体調が芳しくないため先ほど下がった竜華キサキを除いて、居心地悪くこの場に残された外部生最後の1人は……側で宇宙怪獣空崎ヒナとサシで戦えそうなモンスタープリンセスがプリプリ怒り出している状況に、正直帰りたい気分だった。
だがそれは許されない。七神リンは今、連邦生徒会長代行の地位にあるのだから。
「七神代行、紅茶は苦手かな?」
「ナギちゃんの淹れた紅茶のほうがよかった? 私も下手じゃないと思うんだけどな☆」
「いえ……そういうわけでは」
「トリニティで一番紅茶上手なのはミネちゃんなんだけど、イメージ違いすぎて全然知られてないよねー」
「そうなんです? 意外というか……拳でわからせてるか、素手で戦車を裂けるチーズにしてる印象しかないですねぇ」
「救護ですらないんだ……」
「ミネはまぁ……普段が普段だからね、あれでも女子らしいところはあるんだよ。意外かもしれないが、サクラコよりはよほど生活能力もあってね」
「サクラコさん実は結構ポンって本当なんです? あれで? 世間のイメージ完全に暗黒卿ですけど」
「サクラコちゃんポンって!! アハハッ☆!!」
「勘違いされやすい子でね……」
「……」
本来この場で最も高い位にある筈のリンは、割と赤裸々に語られる両校幹部の一面という結構重大な情報に晒されつつも、この面子の中では大柄な体を小さく窄めて座っていることしかできなかった。
リンは立場や地位で気後れするような気質ではないし、代行とてキヴォトスの頂点、この国の君主には違いない。しかし今この場では……。
身に余ると思っている今の立場を苦心しつつも耐えているのは、何時か「彼女」が帰ってきてくれると信じているから……。
なんとかその時まで持たせようと、彼女からキヴォトスを預かっているのだからと……まさに全霊を尽くしているリンはしかし今……惨めだった。
キヴォトスの首班である連邦生徒会は正当なこの国の統治機関であり、頂点。キヴォトスを実際に運営しているのは今も確かに連邦生徒会。
それが軽んじられている現実を、リンは身に浴びている。
連邦生徒会長が健在である頃は、ここまでではなかった。トリニティの台頭とゲヘナの再編で大きく世情は動いたし、両校の存在感は高まっていたが。
……ここまででは、なかったのに。
「七神リン、気持ちは察するが……今はまず、そのカップを空けてほしいな。何、他意はないよ……ミカの慣れない給仕を笑ってやれるいい機会だからね」
「セイアちゃんさぁー」
気遣われていることぐらい、リンにもわかった。
「……お気遣いを」
「ナギサのあれは、真似しようと思ってできることじゃないし、そうあるよう求められることでもないんだ……あまり考えすぎないことだね」
「……」
「暗いなぁ……リンちゃんさん、ため息してると幸せが逃げるよ?」
「リンちゃんではありません……」「えー? リクちゃん達も先生もそう呼んでたじゃんね」
「連邦の権威を木っ端にされたんですから、あれで落ち込んでなかったら逆に心配でしたよ、マトモな感性の持ち主で安心してます」
「イロハちゃんも結構ゲヘナっていうか、まあまあ畜生だよね」
「そりゃゲヘナの生徒ですし」
「まあ、わからなくもないよ。あれには流石に驚いた……不味いことになりそうだ」
「それ、予知です?」
「状況判断だよイロハ、初めに声を上げたのは外周圏の生徒だ……夢で見なくても判る。絶対不味いことになってるぞ、直ぐに人を送って調べさせないと……」
「どうしよう……もう予感しかないよ……」
晄輪大祭の開会式では通例、連邦生徒会長が言葉を述べる。今回も勿論それは変わらない、代行だろうと今のリンは連邦生徒会長だ。するべきだし、しなくてはいけない責務、だからこそ短いが祝辞を述べ、自分の言葉で開催への思いを話した。
反応は、なかった。まあこれはリンの祝辞が悪かったわけではない、大体行事で偉い人の話は聞き流されるものだからだ。リン自身、1年生当時の晄輪大祭では聞き流していた身なのでこれはいい。
だが。
アビドスとトリニティの生徒……奥空と久留島といったか、その二人が無難な選手宣誓をした後。主催ミレニアムの開会宣言として調月リオ生徒会長が貴賓席から端的で事務的な挨拶をした……後のこと。
ゲストであるから特に発言する予定ではなかったゲヘナ総領、羽沼マコトが桐藤ナギサの腰に手して伴い、リオの横に並ぶと好き勝手に喋り始めたのである。
内容は特筆するものでもない、まあゲヘナらしい期待と激励だ。問題はその後……マコトはナギサにも言葉を促した。
トリニティの慈愛の君、あの桐藤ナギサが……人々に優しい声音で、大祭がこうして無事開催できることを「今、全ての生徒と共に喜び、分かち合いたい」と、そう言ったのだ。
全ての生徒、と……。
歓声が、スタジアムを包んだ。
「外周圏で一体何が起きているのか……接点なんて殆ど無いんだ、不可思議だよ」
「トモエさんとキサキさんのお二人に聞けば良いのでは?」
「どちらも外周圏最大級の自治区だ、地方の中の中央なんだよ。地方三大校のうち、あの二校は鎖国的なのもある、果たして知りたい事を教えてくれるものかな」
「内一校は鎖国的っていうか……あ、そうだイロハちゃん、ゲヘナはレッドウィンターと友好校じゃなかった?」
「まあ……そうなんですけど……いやー……冗談キツいですね……」
「わぉ……マジ震えてくるじゃんね……」
「……これほど、外周圏の生徒が大祭に集まったことはありません。知る限り、今までに一度も」
少なくとも、リンの知る限り前例はない。
それだけの生徒の歓声だった。
分散開催される各地も中継を通して、キヴォトスが声に揺れる。不思議な一体感に満ちた生徒達は、高まった熱を声に出して表した。
誰が始めにそれを叫んだのか、歓声は次第に「万歳」に変わる。声だけでなく身体を使った喜びが、確かな彼女への敬意として、生徒達の意思でそれは行われた。
万歳三唱。
連邦生徒会に一度として向けられたことのない敬意が、それを行う全ての生徒が自分達の意思で「君主」を迎えている、その光景を。リンは受け止めるしかなかった。
華やかな祭りの角で……なんと惨めな思いなのか。
連邦生徒会から人心が離れている……その明確な光景に、リンは言葉には出せず、しかし深く傷ついていた。
努力はしている……けれど、結果が伴わない。
「彼女」を欠いた瞬間からガタガタになる自分達連邦生徒会の惨状もそうだが、リン自身……考えないようにしていたことを今、見せつけられて苦しんでいる。
このキヴォトスの頂点として相応しい生徒は、本当はあの……この光景を見れば、明らかではないか……と。
必死にやっている……けれど、結果が伴わない。
屈強なメンタルでなければ務まらない連邦生徒の中でも鋼と称されたリンとて、比較対象としてこれほどの「差」を見せつけられては流石に凹む。
受け継いだものを、活かせない。「彼女」の積み上げてきたものを無為に食いつぶしているに等しい現状……リンはその原因が自分にあるのだと、思い詰め始めていた。
カヤからあれほど「体面を考えて発言を」と言われていたのに、どうしても出てしまう不要な言葉。態度も悪いと言われるが、そんなつもりはない……けれどそれこそが、「足りない」点なのだ。
せめてこの場にアユムがいれば、肩を落としたリンの内心を察して言葉を尽くしてくれただろう、しかしこの場にいる連邦生徒はリンだけだ。
総領主貴賓室に入る資格があるのは最低でも次席か「次世代」のみ、今の連邦生徒会でその資格がある生徒は居ない。リンは本来、その次席なのだ。彼女を助けてくれるナンバー2は、連邦生徒会に存在しなかった。
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「さあミカ、困ったことになったぞ」
「2年生になった瞬間から、困ってない時なんてあったかな……」
「やめよう、そういうのは」
小休止タイムでミカを外に連れ出したセイアは、長く苦しい戦いを共にした、今や頼もしい思いしかない盟友と密談することにした。急がねばならない……事態は一刻を争うのだ。
「んー……あれ、重傷だよね。どうしよっか?」
「どうもこうも、七神リンは連邦生徒会長派の筆頭だ……彼女に心折れて退任なんてされてみろ、何が起きるのか流石の君にだってわかるだろう」
「はーーーい、どうせお政治音痴ですよー……あのアホピンクがナギちゃんチャレンジしてくるんでしょ? 諦めが悪いったら」
君もアホとまではいかないけどピンクなんだけどな……とはセイアは口に出さなかった。まあ長い付き合いだし、怒りはしないだろうが、状況がシリアスすぎてジョークの余裕がない。
トリニティに、マジでヤバい感じの事態が迫っているのだ。
「もっと悪い、代行交代となれば代表選挙になる……そうなったら、ほぼ確実に次の連邦生徒会長代行は不知火カヤだ」
「でもあの子、自分がナギちゃんの上に立つのは解釈違いって全面拒否の姿勢だったでしょ? 忠誠心だけはあるんだから……」
「代表選が発生した時点でもう拒否などできないよ、した瞬間に内乱だ……まあ順当にいけば派閥の連中から神輿にされて強制就任だろう。ナギサの真似なんかするからそうなるんだ、けれどよく真似できたものだと思うよ、執念だね」
「不味いの? こっちの言う事聞いてくれそうなものだけど、やりやすくならない?」
「派閥のパワーバランスが崩れたら国政も傾くからこっちの負担も増える……だけですまないんだよ、おそらくね。連邦生徒会長にはある権限がある、代行の場合は制限が多いと聞くけれど……あの権限はそのままだろう」
「?」
「法務閥パテルの首長としては気づいてほしかったね、ミカ。生徒会長が交代する場合、代表選をするのは現職が不信任案を受けた場合か、後任を「決めなかった」場合だ、その法的正当性は?」
「……あっ!!」
「不知火カヤは間抜けじゃない、一度でも代行席に座れば生徒会長代行の職責整理と権限掌握をしてくるぞ。「連邦生徒会 外部 からの後任推薦に必要な条件」の存在に必ず気づく……自分で次の「正当な生徒会長」に席を譲れると知ったら……」
「そんなに簡単なものじゃないんだよね? ね?」
「集める書類も署名も準備もまあ膨大だ、まさにそうだね……しかし不知火カヤなら、ナギサを立てられると知ったら針の穴でも通してくるぞ。あれだけ働く生徒なんだ、そのぐらいなんでもないさ……14連勤7徹してたんだぞ? 超人は自分だろ……もう君がしろよ連邦生徒会長……」
その条件とは、現職生徒会長による推薦と「キヴォトス連邦構成学園全校による選挙」だ。
この場合、連邦法に基づく正当な投票の結果なので「代行」ではなくなる。
そして連邦生徒会長に推薦された後任には拒否権がない。
後任人事が否決されるためには賛同校が過半数以下である必要があるが、これが実行された場合……今の連邦生徒会の支持率から考えて、ナギサの満票による当選は確実だった。
約束された未来、それは。
チェンジ!! 代行じゃない連邦生徒会長!! 桐藤ナギサ就任!!
「ナギちゃん取られちゃう!!」
「まさかあの図太い七神リンがこうなるとは思っていなかった、良くも悪くも融通の利かない官僚という気質だから問題ないだろうと思っていたけれどね、こうなると話は別だよ……やるしかない」
「や、やっちゃうの!? 今ここで!?」
「ああそうさミカ、手段は選んでいられない……」
「ホントに? ホントに大丈夫? 不味いことにならない?」
「確かに賭けの面はある、けれど……もうこれしかないんだ」
トリニティが切れる最後のカード、ジョーカー。
それは12使徒の暴力、エースのカードではない。
セイアの未来視、キングのカード……ではない。
ミカの奇跡の聖なる鉄骨パワー、クイーンのカード、でもない。
「七神リンが、もしコロっといっちゃったらどうするの? アホピンクよりずっと危ない気がするよ……現職代行なんだよ?」
「それでも、それでもナギサなら……」
「超頑張って話術で……なんとかしてくれるさ」
ナギサの……決死のアドリブだ。
早瀬ユウカ(野球)「みてろ!! 二度とよろしくネキできねぇようにしてやる!!」
ダチョウと事故ってボッコボコにされ惨敗していたホド君ですが、ダチョウが帰った後に傷を癒そうとエリドゥ跡地に再よろしくネキしたらミレニアム号が「やあ」してて、奇跡のビーム攻撃で驚愕してたら釘バット握った早瀬さんも走ってきました、デカグラマトン勢の中では今一番の重傷。
尚、ユウカにかかってる負荷はノアにもかかってますが彼女は「まだ」キレてない。
・深い感謝
「トリニティの12使徒」雑談スレ
https://bbs.animanch.com/board/4552528/
なんと本作だけの話題スレッドが作られておりました。3日という凄まじい速さで埋まったようです、二次創作作品の話題がこういう場所で出てくる事自体稀だと思いますが、まさかの本作だけの話題でとは、深く感謝いたします。
多くの方に読まれているのだなと、こういうところが気に入られているのだなと、とてもありがたく読ませて頂きました。こんなにも話題にしてもらえれるのは幸せなことですし、継続の力になります。
沢山の評価、ココスキ、そして感想の投稿。何度も見返させて頂いていて、全てが力になっています。なくしては絶対にエデンも超えられなかったと思うので、ただ感謝あるのみです。なんとかこの声援を糧に、この祭り章を超えて最終編に行きたいところですね。これからも応援いただければ幸いです。