時刻、AM 07:18
キヴォトス海上・群島エリア 無人海域
連邦生徒会役員用、CH-47大型双発ヘリ、客室内
「さて……ようやく、二人きりになれましたね……リン代行」
「……やはり、そうでしたか」
「察しの悪い貴女でも、これならわかりますよね。さて、サンクトゥムタワーへの到着まではそれなりにあります……少しお話をしたく思いましてね、色々と」
「困難な仕事を多く任せてしまっていること、自治区への対応を任せきりなのは、申し訳なく思っています、カヤ」
「ああ、まあそれは良いんですよ……いや、良くはないんですけども……ほんとは全然あれなんですけども……これもう自分でやったほうが良いというか……カスみたいな対応されるほうが困るというか……」
「苦労をかけますが、お願いします」
「あーはい……書類は元々貴女にお任せですし? まあ今のペースなら茶道の呼吸してればなんとでも……いやそうじゃなくてですね!? ンン!!……こうして態々誰の耳も無いところで話しに来たんですよ? 単に不満を言いに来たわけがないでしょう……私はねリン代行、貴女が何を考えているのか、それをお聞きしたいんですよ」
「……」
「私達桐藤派を取り込みにかかる、上手くやりましたね……正直こうも綺麗に方針転換されると驚きが勝って、外堀が埋まるほうが早かった、お見事ですね、アオイさんも焦ったでしょう」
実際、リンの方針転換……桐藤派ことカヤ達との連立は上手くいった。
一気に多数派の長となったリンは連邦生徒会の止まっていた議決を通し続け、機能不全を回復。外回りを全てカヤに投げたリンが机に齧りついての決済連打があらゆる業務を片付け、必要とあらば代行権限の強行すら躊躇わなくなった結果……役員会の理解を得ようと拙い対人能力で努力していた頃より余程、連邦生徒達からの受けが良かった。
結局のところ代行だからと一歩引いていた頃よりも、覇気でゴリ押すほうが人は言うことを聞いたのである。それはカヤ相手でも例外ではない。
生徒会の長として明確なリーダーシップを見せること、それこそがリンに求められ、そしてこれまでできなかった事なのだから……だが、今は違う。
「役員会も実務も機能不全が改善され、業務も滞りが少ない……良い変化ですね、確実に」
「もっと早く決断するべきでした」
「いやかなり危ない橋ではありましたが!? ……どうなるかと焦りましたよ。どうせ根回し、殆どしてなかったでしょう? まさかいきなり生徒会長部屋に投げ込まれるとは思いませんでしたからね、冗談キツいんですが?」
「ええ、大祭の最中に思いついたので」
「あの時に!? ほぼノータイムで実行してるじゃないですか!? 根回しどころかその場のノリでやってるんです!? こんな大事なことをですね「ええこと思いついたわ」みたいなノリでやらないでくださいよ!? 生徒会爆発したらどうするつもりだったんです!?」
リンもカヤも気づいてないが、実はこの暴挙が某生徒達の「赤冬式奇跡のカーニバル」を防いでいたりした最適解だとは、夢にも思うまいという話である。
迷いが消えたリンは元々あった他人に対してわりと大雑把な対応をする気質が表に出ていたので、次から次へと来る、ナギサと話す時間を邪魔してくる自治区生徒会長達への応対を「カヤにしてもらえばいいか」と熟考(1秒)した結果だったりした。
「問題はなかったと思いますが」
「私にはありましたが!? 勝算も考えずにああいうことするのはやめてくださいよ!? 完全にキャラ違うじゃないですか!? 今まで何事も保守慎重派だったでしょ!? いきなりバクチ打ち始めるのはどうなんです!?」
「勝算はありました。話して、そして決めたのです……きっと大丈夫だと、彼女はそう、言ってくれましたから」
リンはナギサからカヤについての話を聞いている。桐藤ナギサから、直接だ。だから、ある意味では他のどの役員よりも「信用」できたのである。
同僚となってそれなり以上に長い、同じ生徒会の同級生だったが……今まで二人の道が交わることはなかった。今日、この日までは。
「……そういうことでしたか、ふふふ……流石はナギサ様」
「……」
「ようやく、腹の底を見せてくれましたね?」
カヤの糸目は開かれ、横に裂けた瞳孔がリンを捉えていた。粘りつくような視線がそこにある。聞きたかったことの糸口をやっと掴んだと言いたげな表情で。
カヤが知りたかったのはリンのナギサへの思い、スタンスだ。七神リンが桐藤ナギサにどんな感情を持っているのかを知るには、今の一言で十分過ぎる……あの優しい方は何時も、人が欲しい言葉をかけてくださる……。
「まあ私には判っていましたよ、あの方にかかれば融通の利かない堅物でも一皮剥くことなど容易いのですから……貴女を変えただろうナギサ様の言葉、私も是非、一語一句逃さずお聞きしたいところですが……」
「それは……できません」
「でしょうね、私もそうです。私だけが頂いた言葉があるように、貴女にもあるのでしょう? それで構いません、ですがリン代行、これで貴女と私はある意味同志……あの方に助けられ、そしてあの方の力になりたいと思う……ね、これからは「仲良く」していきましょうか」
だが、リンの対面で足を組み、両手指を絡ませて薄く笑う不知火カヤの姿はとても「同志」を歓迎している雰囲気ではない……瞳孔の奥にちらつく黒い炎……それは、まるで政敵を見る目。
ナギサを慕っているのは理解できた、歓迎すべき変化だ、ナギサ推しの同胞であることに疑う余地はない。しかしリンは連邦生徒会長帰還を待つ方針を崩していない……崩していないのだ。
それが、意味するところは。
「さてリン代行、私が貴女に求めること……もうおわかりですよね?」
「ええ」
「結構、では改めて……ナギサ様の連邦生徒会入りを我々で後押ししましょう。「彼女」が去ってしまった今……連邦生徒会長たるべき方はこのキヴォトスに唯一人、あの方に相応しい地位、頂点の位を、私達二人で用意しませんか?」
それこそが不知火カヤ率いる連邦生徒会の派閥、桐藤派の方針……だが、リンは。
「お断りします」
即答だった。短く、端的な……明確な意思を感じさせる、それは拒絶だった。
七神リンは、桐藤ナギサを連邦生徒会長として戴く気は、ない。
「何故です? あの方の素晴らしさを、理解できていない筈はないでしょう」
「ええ」
「理想の君主です、全てにおいて。あの方なら私達を、キヴォトスをより良く導いてくださいます。今のトリニティのような……あの平和で、無為に争うこともない、穏やかに過ごせる社会が実現できます。夢では終わりません、きっと手が届くんです」
不知火カヤには夢がある。
連邦生徒会に席を置き、防衛室の室長まで上り詰めた生徒としては大胆で、それでいて夢見る子供らしい望み。余人が聞けば一笑に付すだろう、それは中々に……そしてあまりに大胆な夢だった。
平和な社会。犯罪の無い社会、争いの無いキヴォトス。
武器を持たなくて良い、持つ必要がない、持たせない。法の秩序ある世界の実現。
大それた大望、実現不可能な望み。知れば誰もが訝しみ、笑うだろう夢。このキヴォトスでそんなことが実現できるわけがない、銃を持ち歩かない人間は裸でいるのと同じ、いや……それよりも珍しく、好奇の目で見られる社会。
このキヴォトスで「武器を持たない、持たせない」という発想が出てくること自体が尋常ではない。
「……」
「何が不満なのです? ナギサ様には確かに「彼女」のような個人の武力はありません、ですがそんなものは外付けで十分、12使徒がいればどんな輩も頭を垂れるでしょう」
力に対する力による圧政、12使徒の苛烈な思想は不知火カヤにも大きな影響を与えた。理不尽極まる暴力の権化、しかしその根底にあるのは常に弱者を助く善意だった。加減が効かない点以外は……理想的な、望ましい「力」だ。
強者による弱者の救済、それはいい、しかしそれだけではだめだ。
何かあれば誰しも銃を抜き、自力救済を是とする弱肉強食のこの世界で。彼女は噂に聞く「外」のような法による支配を、一人一人に武器の携帯が必要ない社会を夢見た。それは弱者が力によって容易に虐げられない世界。
自分自身が弱者の側という事情もあった、体格は小さく、非力で銃器の扱いも得意とは言えない。何度も理不尽な力の前に捻じ伏せられ、煮え湯を飲まされたことも一度や二度ではない。そういった「嫌悪」が捻れていった結果生まれた、特異な思想と言えるだろう。
自身を尊重しない相手に対して酷薄な面がカヤにはあった。しかし自分がより強い力を得ても、個人への報復には何故か走らず、社会に対しての変化を求めるようになる。
力による理不尽に対しての反逆、力を頼んで他人を平気で害する連中への絶対的な圧力。法による個人権利の規制、是非はともかく、それはやり方を誤れば圧政となりえる考え方。
この地でそれを実現するのは困難にすぎた、キヴォトスの民は弱い者に従うことなどないのだから。この国は法治国家とは言い難い、力だけが正義で法。
だが、そんなことは許せない。
力なき私は誰にも言うことを聞かせられず、誰からも尊重されないのか……そんなことを、許してなるものか。
ならばどうするべきか、どうあるべきか。法を定める絶対的な存在が必要だ、そして法を守らせるには……制度を作る側に、従わせるだけの力がなければならない、強大な抑止力が。
力に対する思想を支える物もまた力、矛盾と言える……しかし、必要だ。この社会を変えるためには、大いなる力とそれを行使する意思がなくてはならない。
力と意思を持つ者、それは超人。条件を満たしていた可能性があったのは、かつての連邦生徒会長のみであろう。そんな圧倒的な存在に至る生徒がそうそう居る筈もない。1つは持てれども、2つは持てない。
だが、力は「従えれば」良い。
「ナギサ様はご自身が「か弱い」方だからこそ「徳」がある……万人を意志で従えてこその君主です、あの方には人を従わせるための銃弾など……必要ないのですから」
ナギサは自身の銃「ロイヤルブレンド」に普段、弾丸を装填していない。何故か? その必要がないからだ。弾を込めないなら銃を持つ必要などない、ただキヴォトスの「常識」に合わせアクセサリとして持っているに過ぎない。
そう、必要ないのだ。12使徒に守られているから必要無いのではない、彼女の作り上げたトリニティという環境が既に、銃を必要としていない。学外に出ない日なら、弾を持ち歩いていない生徒は既に、ナギサだけではないのだから。
正義実現委員会という軍・法執行組織が十全に機能し、何かあれば12使徒という絶対的な武力による報復が約束されているトリニティ生徒に対して手出しできる者は少なく、学内もまた「執行」を恐れて自然、容易に争わない方向へと変化していった……まるで一校だけ別世界のような楽園、トリニティ。
君主の意思と法、警察力が十分に機能すれば、こういうことができるのだ。
不知火カヤの理想とする社会が既に、そこにはあった。
「あの方の在り方こそが……上に立つ者が目指すべき超人」
法を守らせる力を従えた存在こそが君主。
強者を徳によって従わせる、超越的な存在たる者。
このキヴォトスを変える人間、変えられる生徒は……そんな「超人」でなければならない。「彼女」にすらできなかったことが、桐藤ナギサという、違う形の「超人」ならば……。
「自分一人で全てをやれるから「超人」なのではない、意思と決意が周囲を自然的に従わせる……力なくとも誰もが尊び、敬う……あの姿こそが本当の超人たる者、君主の資質ではないですか」
それをお前も理解したのではないかという思いが、君主論となってカヤの口から語られる。同じ桐藤派の部下達でさえ、本質的には理解してない者も多い、しかし七神リンならば……もう一人の絶対者の側に居た、そして彼女と話した、今のお前ならばという思いから。
不知火カヤは、同志が欲しい。
「それでも私は、ナギサさんを連邦生徒会長にすることはできません」
「……理解できませんね、確かに「彼女」は強く、何でも出来た。間違いなく超人ではあったでしょう、私も憧れた。ですが「君主」ではなかった。私達を置いて何処かへ行った!何もかもそのままにして!」
その行動に、何らかの意図は感じる。
だがあれはないだろう。先生が来てくれたから、ナギサが12使徒を従えていたから「あの程度」で済んだものの、最悪の場合はキヴォトスが暴力に蹂躙されていた。
恐鳥は時に破滅的な破壊力を発揮する。もし12使徒として桐藤ナギサに臣従していなかったとしたら、かつての狂える恐竜のままだったのなら……見渡す限り地の果てまで廃墟にされていただろう。
それを知らないはずがない、何故なら「彼女」は12使徒となった彼女達の活動を、よく観察していたのだから……楽しそうに。どうして、何故、あの超人は私達に何も言わずに……去ったのか。
「……」
「一人で何もかも動かしていた「失敗」を、今誰よりも押しつけられている貴女が、何故そんなにも「彼女」を庇うんです? 貴女を苦痛から解放してくれる方を前にして、何が不満だと言うんです」
「彼女にもナギサさんにも、不満などありません、不足などあるはずもない……それでも、できません。認められない……それはできない」
「なら聞きましょう、何故?」
視線を落としていたリンが、カヤへと目を合わせた。
「そこに、ナギサさんの幸福がないからです」
リンの切れ目の眼光は、カヤが今まで見たことがないほどに輝いていた、その熱は怒りにも見えたが、違うようにも感じる。
だがその程度で怯むならばこんな場は設けない。不知火カヤは今日ここに、キヴォトスの未来と自分の夢を賭けた勝負をしにきているのだ。
「……連邦生徒会長の地位ですよ? このキヴォトスの、国家の頂点です。この地に生きるあらゆる人の頂きにありながら、幸福がないと? この国の全てを得るのですよ? それでも?」
苛立ちはある、だが今日この日までカヤは、リンの意思をここまで強く感じることは無かった。それはお互いの本音と苛立ちをぶつけ合う、本当の対話。連邦生徒会の会議室では一度たりとてできなかったことが、今なら。
「ええ」
「まるで理解者のように振る舞いますね、何故そう思うんです?」
聞くことができる。
「親しい友人達と共に学校で暮らし、毎日を過ごせること。忙しくてもきっと悪くない日々を……そして共に、卒業できる喜びを。彼女にとっての大切な時間が……私達の連邦生徒会には、無い」
最後の言葉は小さく、窄むようにして、リンは肩を落としながらそう漏らした。
本当は、共にあれたらという願いは大きい。
朝食を共にし、共に働き、共に学び。午後のお茶と共に語らい、残った仕事を共にして、残された余暇で共に出かける……夢だ、連邦生徒会で共に過ごせたらという、彼女が来てくれたらという、夢。
だが、それはできない。
ナギサに、彼女が苦心の末に作り上げた母校を捨てさせ、長い時間をかけて形作った人の輪を捨てさせ、キヴォトスを支えるためにと連邦生徒会に入ってもらう……一人の生徒として「彼女」の無事を願い、慈しんでくれる優しい人に、ただ求める……それは、間違っている。
押し上げれば応えてくれるだろう、キヴォトスのために懸命に働いてくれるだろう。トリニティという大学園をそうして支え、変えていき、今キヴォトス各地にも慈しみを見せてくれている……次はこの国全体だと、残された学生生活をそうして皆のために使ってくれと、願うのか? あの優しい人に。
カヤの言う通り、きっと理想の君主として振る舞ってくれる。多くを助けてくれる、問題は少しづつ解決されていき、きっと自分達も……そのために、求めるのか? 自分達のために「理想であってくれ」と求めるのか?
私が、彼女に。
居なくなってしまった「彼女」の時のように。
それは、できない。
リンの、生徒としての願い。あの共に居て嬉しい人と、あの思いやりに溢れた人と。忙しくてもきっと悪くない日々を……そんな学生生活を過ごしたいという、願い。
けれど、連邦生徒会に移籍するということは、絶対君主であることを強いてしまう。
リンは耐えた、しかしここはナギサの前ではない。
だから少しだけ漏れ出たのだ、本当の願いが。
ついに真意を漏らしたリンの、本当の願いに気づいたカヤは激昂した。
「それは貴女の望みそのものでしょう……!! 何故求めないんです!?」
カヤにはリンの気持ちはわからない。「彼女」を超人・連邦生徒会長としか認識していない不知火カヤには。彼女が居なくなった理由を、もしかしたら、絶対者として「あるべき」と自分が、自分達が強いたからかもしれないというリンの「傷」と「恐れ」が。
ナギサに君主を強いてしまうがために、心を殺して耐えねばならない、耐えようとしているリンの感情が理解しがたい。
不知火カヤの思想は、相応しい者とされた人物に、その相応しい地位を強いるものだからだ。
「望めば手に入れられる……必要だというなら周囲の生徒達も連れてくれば良い!! 諦める必要などないでしょう、仮にも代行として今頂点にある貴女はその権威を自分の意思で使えるのですよ、何故最初から諦めているんです!!」
「ナギサさんの意思を無視して、ですか? 私は、それをしたくない。権威も権力も、こんなことに使って良い筈がない……貴女もそれを判っているから、無理に外堀を埋めようとせず……ずっと彼女の翻意を願ってきたのではないですか?」
「乞い願う側の分を弁えている、それだけのことです」
そう、カヤにとって一番の難題は、理想の超人がこの国の頂点たる場所に興味がないことだった。自己評価の低さから何時も「身に余る」と言って憚らない、実質的に今、同じような存在感となっていてもだ。
貴女に務まらないなら、他の誰にも務まりなどしないというのに!
何処かのボタンが違えていれば、自分が超人になると決意し立つ可能性もあったカヤである。実績明らかな超人が立とうとしない事がもどかしくてたまらない。しかし完全に意思を無視することも得策ではないと理解はしている……。
能力だけで信奉しているのではないのだ。
共に理想を望んでほしい、できうることならば……あの方にも。
「……私と貴女の連名ならば、お考えを変えてくださるかもしれないじゃないですか」
「それを信じきれていないのなら、この話をするべきではないんです、カヤ」
提案するだけでも、困らせてしまう。こうして二人で話し「できない理由」を考えてしまうほどにリンは辛い思いだった、自分とて願いは同じなのだ。
だが、夢のような花園の楽園から彼女を連れ去る罪深さを、思う。あの優しい人を傷つけることなどできないと、七神リンは自身の願いに蓋をした。
何時の日か、帰ってきてくれた「彼女」と共に、三人で語らうその日のために……耐えると決めた不器用な少女の、外に中々出せなかった感情が巡ってやっと漏れ出た、圧縮されすぎた足らない言葉が「それはできない」だったのだ。
人を思うリンと、夢を追うカヤの二人は、願いを同じくしていながら対立するしかなかったのである。
「はぁ……全く愚かしい……できない理由を考えてばかりで、諦めていては何もできませんよ。リン、貴女のそういうところ、本当に目障りです」
「……」
「……譲る気はなしと、まあいいでしょう。貴女の考えも、ナギサ様に害意が無いことも解った。……融通の利かない働き者の同胞が出来た、それで今日のところは良しとしますか。まだ時間はあります、私は諦めませんからね」
この場で翻意させることは難しいと見たカヤは引き下がる、というより別の方法を取ることに決めた。ナギサはともかく、リンの外堀を埋めることには……躇う必要はないのだから。
え? クー? いや何アホなこといってるんです? 一体誰が書類とか決済全部回してると思ってるんです? この頑固で融通の利かない首席行政統括官にして会長代行の七神リンですよ。何のための分業だと? 自分からあんな書類地獄抱えに行く奴とかマゾだろ、頭がお花畑としか思えませんね(笑)。
この情勢でクーする奴いる? いねぇよなぁ!!
「本当に、精力的ですね……」
「貴女のせいで死ぬほど忙しいですけれど……充実はしてますよ。手が届くと信じられる夢を追うのはいいものですね、どうですリンさん、貴女も諦めずやってみては?」
「私も追っているつもりです、彼女が帰ってきたら、三人でナギサさんと一日お茶をする約束をしましたから」
「一日!? そんな強欲なことが許されますか!! 私は死ぬほど頑張ってやっと2時間半お時間頂いたんですよ!? ウジウジしてるかと思ったらそんな大それたことを考えてたんです!?」
「カヤも一緒に行きますか?」
「ま、まぁそうですね、ナギサ様のお時間を頂く日を独占しない、殊勝な心がけをするなら貴女もそう言うのですし? 吝かではありませんねぇ~」
「今度は色々なお菓子を作ってくださるそうです、カヤが以前頂いたのはロールケーキだけでしたね、私の時はミニケーキのアソートもでしたが」
「ほんとうですか!? なんとも心躍る……ん? ちょっとまってください、聞き捨てならないんですが!? 私の時 は アソートも? どういうことなんです!? これもしかして私マウント取られてます!?」
「?」
過負荷がかかると口が悪くなるリンだが、そもそも自然体で無自覚に煽りを実行する、本人はやらかしたつもりがないコミュニケーション問題タイプ……自分の発言にナギサ手作りケーキ体験マウントの自覚がないのであった。
そりゃあ3徹の後に会見とかしたら、暴言失言のお祭りにもなるよね。
それからカヤはリンに対して、お前それだからカス発言製造機、失言Tierトップとか言われるんだよ、アユムに感謝しろ、もちろん私にもな、私がクロノスと繋がってなかったら終わりだったぞオメーなどと説教しつつ、ナギサ様ファンクラブ新規参入者に推し活の心得とか色々、プロ同士ではないので多くを語って移動時間を消費した。
ゆっくりカヤちゃんと化した次席代行のトーク力は、コミュ力がカスなゆっくりリンちゃんこと首席代行にもクソ動画チャンネル程度には意図が伝わり、ナギサ推しポイント解説で二人はそこそこ盛り上がった。
一物抱えつつも、二人は一度腹を割って話したことで関係が改善されたのである。
それは連邦生徒会の執務室に戻り、これから迎えるだろう様々な困難に対して、強い協力関係となって立ち向かえる力となる筈だった。
サンクトゥムタワーに戻れたならば。
その日、連邦生徒会のヘリコプターが一機、消息を絶つ。
二人を乗せたそのヘリが、連邦生徒会に戻ることは無かった。
・優雅な車窓の旅
「おいしー!! ナギちゃんのケーキはやっぱり最高だね!!」
「ミカさん……はしたないですよ。仙崎さんも、さあどうぞ」
「ありがとうございます、まさか旅にもお持ちだとは、ご相伴に預かれて幸運です」
「首長茶会(閣議の方)では量的に難しいですが、私のお茶会ならお出ししたいですから」
世間からは神の下賜品に近しい扱いなナギサ作のお菓子類だったが。個人で招くトリニティ生達や、ハイランダー駅長仙崎のような親しくしていて住んでいる場所も近い外部生徒はそれなりの頻度で体験できたりした。
「ナギサ様手ずからのケーキを毎回頂いている身としては、外に漏れたらボコされるなと思いつつも、やめられませんね……こちらは今運転している重富に頂いてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろん。ですが彼女にはまた交代時に私からお茶と一緒に振る舞いますよ、ご心配なく」
「助かります、重富も喜びますね」
秘密にしているだけである、まあこんな役得外に漏れたらタコ殴りにされてぶっ潰されてもおかしくないわな。慈愛の君の手作りだぞ? 手ずからの紅茶とセットだ、しかも腕前はプロ並で美味しい!!
ちなみに時折来るミレニアム総領主とかにも振る舞われている、プリンの腕前も相当だとバレたらゲヘナプリンセスのイブキちゃんが遊びに来てしまうかもしれないね。
「さあツバメさん、皆さんも」
「恐れ多いことです」
「そう言わず、ここは列車の中ですから、今日は皆さんで席を共にしましょう」
12使徒の長、城島ツバメ達、Aチームの4人は静かにカーテシーで主の求めに応えると、席についた。この連中も実はかなりの頻度でナギサケーキを食べている、何かマジでヤバいことしてないかなと「お話」して様子を聞く機会は定期的にするようにしているからだ。
ダチョウの飼育は気配りが大事なのである。
豪華なお召し列車の編成には食堂車、つまりキッチン車もあるので、ナギサはこの機会に存分に趣味の腕を振るうつもりだった。護衛の装甲列車の人員にも停車時に勿論渡すつもりだ、こういう気配り心配りが死ぬほど信奉者を増やしてしまう理由なのだが、慈愛の君は今日もお気づきでない。