時刻・AM00:32
D.U.湾岸エリア、第3空港
飛行船係留区画および、物資搬入連絡通路、海底トンネル内部、B-5区画
キヴォトス・D.U.第三空港。
湾岸埋立地に建設されたD.U.近郊では最大の滑走路と整備格納庫を持つ大空港。広大な敷地面積はキヴォトスでよく使われる大型飛行船を多数係留させることが可能であり、それに見合った格納庫が立ち並ぶ、キヴォトスの中にある巨人の国。
夜、空港が眠る時間であっても飛行船係留区画はある程度ライトアップされている。
格納庫に収められない多数の船が露天係留されているからだ。飛行船という航空機は突風等に弱いため、様子が把握しやすいようにそうなっている……白い巨体が光に照らされ立ち並ぶ、さながら歪な神殿のような光景。
その中で、一際目立つ巨大過ぎる船体があった。ミレニアム・サイエンススクールの叡智と合理、そして名前の無い神の知識をも集められた、動く科学の要塞。
ミレニアム級装甲飛行戦艦2番艦……マアンナ号。
全長402m、全幅全高もおよそ100m超に達するキヴォトス史上最大の装甲飛行船。並んだ大型飛行船とされる物たちが小舟に見える圧倒的な巨体が、駐機場に王者として君臨していた。
この巨船を格納できる施設などミレニアム以外にある筈もないので、当然露天係止……しかし海風など物ともせぬその姿は、時折びゅうと吹く疾風にも微動だにしない。
夏の暖かさを含んだ風、それに耐える人影がライトに照らされた巨体の下にあった。
息を潜め、しかしバリケードを構築し、搭乗タラップがある船体下部のアクセスポイントを守っている。
この巨大過ぎる飛行船を、僅か4人で守らなければならない生徒達。
「RABBIT3、現状知らせ」
< RABBIT3よりRABBIT1、FOX小隊・DOG小隊共に無線は不通。局所的にやってる強力なジャミングかもね……地上はこんなに凪いでるのに先輩達とだけ繋がらない。たぶん下は電磁波の嵐だよこれ >
「なんとかならないのかモエ、これじゃ向こうがどうなってるのかもわからない」
「有線の通信経由機なりを設置できれば……接敵時は地下の緊急固定電話機が使えたことを考えれば、バイパス……モエ、そちらは?」
< そう思って作業ドローンは向かわせてたけど……だめだね、戦闘で回線がやられたか、誰かに細工されたか…… >
「先輩達がそう簡単に遅れを取る筈もない。なんだけど、どうにも嫌な感じだ」
「RABBIT4、周辺に異常は?」
< RABBIT4、異常……ありません……風の音、だけですぅ…… >
SRT・RABBIT小隊の4名は、FOX達からマアンナ号の警備を任されていた。
彼女達は未だこのキヴォトスでSRTと名乗れる生徒、SRT特殊学園の正式な身分を保持した最後の4名……FOX1、七度ユキノがこの場所を任せたのは、表の肩書を維持している彼女達に最後の守りを任せる必要があったからだった。
本土にこの騒ぎを知られるわけにはいかないユキノ達だが、マアンナ号が直接攻撃され始める事態になれば隠蔽は最早不可能。そうなった時、事態の打開にSRTが関与していたという姿を見せるための配置である。
そして、地下の戦力が陽動である可能性はあった。戦力の配置は不可避だ。
実力不足だから先輩達に続けなかったわけではないと、そう伝えられていても……RABBIT小隊長である月雪ミヤコは歯がゆい思いである。地下トンネルでは先輩達が僅か2小隊……8名のみで敵の攻勢を凌いでいる。
敵は明らかに多く、その正体も掴めない……戦力差を考えれば1小隊がここで遊んでいるのは悩ましい、しかし敵の目標がこの船であることは明白だった。マアンナ号が何者かの手に落ちればキヴォトスの危機、絶対に守らねばならない。
「夜の空港か、不気味な静けさだな……地下は火事場だってのに」
「そもそも何処から侵入しているのか……RABBIT3、何かわかることは?」
< 監視カメラの目を盗んでるけど、今のところは怪しいものがないね。地下連絡通路の大元はいくつかあるんだけど…… >
「明らかに100じゃきかない兵力だぞ、絶対に何かある、よく見てくれモエ」
< 簡単に言ってくれるなぁ……ハックしてるカメラは全部が全部暗視な訳じゃないんだよ、持ち込めた偵察ドローンだって数がないんだからさ >
< ど、どうしようミヤコちゃん。沢山きたら私達だけじゃ…… >
しかし、動ける生徒はあまりにも少ない。
敵勢力不明、総数不明、情報支援もなく……事実上ミヤコ達は孤立無援だった。
それは今地下で戦う先輩達も同様。最後の通信の様子から相当な数の戦力が侵攻してきていることがわかっている、僅か2チーム……8名でそれを防がなければならない。
援軍が必要だ、それも今すぐに……数、あるいは質を備えた精鋭が。
しかし、泣き言は許されない、先輩達がブラックオプスとしての戦いをするというのなら、自分達はこの持ち場を死守してみせねばならないのだ。
RABBIT小隊は今やSRTのバッジを許された最後の生徒……最後の小隊。
学園が復活するその日まで、自分達4人は……SRT特殊学園の代表なのだから。
「……警戒を厳に。小隊、索敵を継続」
<<< RABBITチーム、アイ・コピー >>>
事あれば戦う、死力を尽くして信じる正義、このキヴォトスの平和のための戦いを実行する。しかし1年生であるRABBIT小隊はエデン事件を通じて特殊戦として実戦を積んだものの、まだ経験は少ない。しかもこれから始まるのは多数相手の防衛戦。ここが本丸で、自分達4人が……最後の砦。
信頼できる筋に急報は流している、増援が間に合えば良い。
だが……もし、間に合わなければ……。
「先生……」
ミヤコは各地に配置したドローンの暗視映像を覗きながら、今は百鬼夜行にいるという、信頼する大人の事を思った。
< !? 警報!! エリアB-1-2に不明動体反応!! 識別……アンノン・オートボット、4脚タイプ!! 海中から!? >
「ッ!! 小隊迎撃用意!!」
・
・
・
< DOG1よりFOX、我弾薬射耗しつつあり!! >
「FOX1了解、DOG小隊は後退して給弾。FOX3、スイッチする、前進してDOGの後退を援護。FOX4は支援射撃、弾薬残数に注意」
「FOX3、アイ・コピー!! ジリジリ押されてるわね、弾もそんなに余裕はないってのに」
< FOX4、アイ・コピー。事前に予備弾薬を持ち込めただけでも御の字だよ、陣地構築の時間もなかったらと思うとぞっとしないねぇ >
「一機一機の脅威度は低い、落ち着いていけ。クルミ、近接戦を強いられる、頼む」
< まかせといて!! >
「FOX2、通信は?」
「FOX2よりオールコマンド、外部との通信は全帯域でダウン、有線も遮断。ジャミングに対処できないかぎり地上との通信は不通ね、初手で支援要請をかけたFOX1の判断を称賛します」
< DOG1も同意、けどあの恐鳥が援軍だなんて、頼もしいやら恐ろしいやら >
「SRTとしては歯がゆいが……目的が優先だ、遅滞戦闘を継続する、FOXチーム前進!! 殴り返せ!!」
<<< FOXコマンドユニット、アイ・コピー!! >>>
埋立地の空港と本土を繋ぐ海底トンネル、物資搬入路は広大な地下空間。
航空機の胴体といった、大型部品を乗せた貨物列車が行き来するために作られたこの連絡通路は今、銃声と爆発音響く鉄火場だった。
代行失踪事件の発生から程なく、SRTとしての自負を持つ生徒達は密かに集まり、失われた指揮系統からの命令を待たずして行動を始めていた。事態の破局を座して待つなどSRTのすることではない、危機にあってこそ自分達が働かねばならないのだから。
だが、不知火カヤ防衛室長がリン代行と共に行方不明になり……代行指揮官を失ったSRT系生徒達の反応は2つに別れた。
彼女の捜索か、不明敵からの防衛か。
これはどう考えても何者かの策謀である、ならば迎撃のために情報を収集し、警戒し配置につかねばならない。敵手を暴くための索敵も必要……しかし、行方不明な代行指揮官の存在もまた気がかりだ。
去年度の中頃から信頼たりうる姿を見せ、動き、義務を全うしてきた防衛室長不知火カヤは、今やSRTの面々にとって得難い上司であるだけでなく、恩人でさえあった。自分達の母校SRTが完全消滅を免れているのは、あの手この手を駆使して駆け回ってくれた彼女あってこそ……。
雨の解散式、あの日……彼女からユキノ達にかけられた言葉に、何一つ嘘はなかったのだ。
学園は無くならず、解散していることになってはいてもSRTの存在感はむしろ増している、エデン事件で結果を見せた今……内外だけでなく世間からの後押しまでもあるのだ。
信じてついて行ったからこそ今がある。
SRTの流儀に理解ある上司が見せる、キヴォトス国防の責任者たる誇り。エデン事件では拳銃たった一丁を握りしめ、自分達の前を走ろうとするその背中に……隊員達の胸中に、こみ上げるものさえあった。
警護の名目でカヤの側に置かれたFOX小隊を羨む声が、ユキノの学友達から出るほどの強い信頼。
それだけの実績を去年から積み上げてきた、理想の上司として意識して振舞ってきた不知火カヤの、努力の結果といえる。物を知らず現実を知らず、自分の理想だけを求めて他者を見下し利用していった、別の世界線とは、信頼のされようがまるで違った。
だからこそ、その警護を全うできなかったユキノ達の自責の念は大きい……他に与えられた任務があり、それがたとえ本人があの日「二人きり」を望んだ結果だったとしても、許せるような判断ミスではなかったのだ。
( ……迷うな、捜索は別部隊がしている。この場を凌がなければ、あの船を奪われる事こそ、真に防がなければいけないんだ…… )
表に見せず、この場の指揮をする七度ユキノには苦悩と焦りがあった。
SRTの生徒は個人の感情で動くことは許されない。武器は自ら判断しない、それを誇りにしてきた少女に強いられた、自己の判断による決断の時は……酷く急に、そして猶予なくやってきた。
事故というには都合があまりにも良すぎる。大学園の自治区総領主達の多くが中央に居ないタイミング、支柱を欠いた連邦生徒会。治安維持組織の半数は休暇で配置を離れた今、狙われる物は何か……。
運用責任者のいなくなった連邦最強の新兵器が、あろうことか大した警備もつけられず、空港に係留されている。
間違いなく今、キヴォトスに重大な何かが迫っていた。それを防ぐ事こそが自分達に課せられた責務なのだと信ずるしか、ユキノに選びうる選択肢はなかった。感情に任せて動くことは出来ない……できないのだ。
これが何らかのテロであれば、必ず二の矢がある。
だからFOX小隊長、七度ユキノは捜索ではなく、防衛を選択した。
< せめてあと1小隊、CAT小隊の皆でも居てくれたら…… >
< 泣き言言うんじゃないの!! 8人いれば十分!! 気合入れていきなさい2年共!! >
クルミの叱責がDOG小隊長、2年生の土佐に飛ぶ。FOX3たる彼女のそれは虚勢ではない、信頼する学友がこれだけいれば耐えきれるという信頼があった。
しかし、援軍がなければ状況は悪く、僅かな戦力を分散させられている。
「……RABBITに支隊をつけてやりたかった」
「ユキノちゃん……」
七度ユキノの偽らざる本音は、通信にのせなかった。
元々ヴァルキューレに移籍しているFOX小隊達上級生チームはヴァルキューレの指揮下にあるため、簡単に動くことはできない。
ヴァルキューレは代行達の失踪という事態を知らされておらず、通常授業・業務の中にある。事態を知らされているのは公安局の一部と、元SRTの生徒だけ……。
事態の収拾のために動く、それこそがSRTのするべきことだ。しかし自分達が全員集まればそれだけで「何かある」と知らせて回るようなもの……。
制約なく活動できる部隊は少なかった。防衛室長の警護であるFOX小隊、休暇で休みを合わせていた元DOG小隊、そしてSRTとして正規の独自行動を許されているRABBIT小隊だけ。
他のチームは動かせない。3小隊12名、僅かこれだけが今動かせる戦力。
そう、現実として増援がなければ現状は詰みだ、それを即断できたからこそユキノは12使徒の来援を乞うた。自分達には戦車を素手で引き裂けるほどのパワーはないし、弾薬無しで継戦することは難しい。
< どけ!この! >
< ……ターゲットダウン。FOX3、右側面にねじ込んで隊列を崩して、射線を通すよ >
< FOX3、りょーかいっ!オラァ! >
しかしSRTだ。
彼女達は連邦生徒会長の握り拳たる者、キヴォトスでも有数の「戦闘部隊」としての訓練を重ねた戦闘のプロフェッショナル。場所は閉鎖空間、敵に数の利など生かさせない。
通路奥からの狙撃には狙撃で対処、フロントマンのFOX3は敵を遮蔽に使って射線を捌き、隙を「作って」FOX4の狙撃で高脅威目標を即殺していく、カウンタースナイプという技能だ。FOX4、オトギの最高の技量と反応速度で相手を完全に封殺する。
「FOX2、あの自動貨車の制御を奪えるか?」
< そう思って有線してあるよ、ご注文はバリケードの追加かな? >
「頼む、前進だ。前線を押し上げて空間の猶予を作る、合わせてくれ」
< FOX2、アイ・コピー。10カウントで貨車を前進、速度は時速5キロに設定。カウント!! >
FOX1、ユキノとFOX2、ニコの阿吽の呼吸が丁寧に相手の突撃発起を挫く、遮蔽物の間を行き来し、FOX小隊は僅か4人で3桁は優にいるだろう敵性オートボットを排除していく。
最低限度・最高効率の銃撃。敵オートボットの多くは人型で、弱点は共通……装甲はあれど2発もあれば無力化には十分だ。激しい銃撃がユキノ達を襲うが、遮蔽物を上手く使うSRTの生徒に対して、全く有効ではない。
それは、連邦最高練度部隊に恥じない戦いぶりだった。
( 強くはない、しかし見たことのないタイプだ……カイザーでも企業連でもない、ブラックマーケットの独自規格? それにしては数が )
局所的には圧倒的に優勢、所詮相手は二足歩行型のオートボットやドローンタイプ。見たことのない型だが脅威度は馴染みのある物とさして変わりはない、撃てば壊せるし、殴れば倒せる。積み重なる残骸はまた遮蔽として使われ、時に押し、時に引いて……これほどの数的劣勢で戦局は安定の中にあった。
懸念は、弾薬のみ。タイムリミットがあるとすれば、これだ。
< DOGチーム、給弾完了!! ステンバイ!! >
「FOXチーム、25m前進する、DOG小隊は援護を。残り予備弾薬を申告」
< 残念ながら今の給弾で残数50%、粘れてあと30分と思われます先輩。DOG1よりFOX1へ意見具申、トンネルの爆破封鎖は検討されますか? >
「ネガティブ、影響甚大な上に進行ルートが別に移る可能性が高い。増援の到着まで耐える……心配するな土佐。連中がここまで来るのに30分もかからないさ」
< そう願いたいもので……!? 振動センサーに反応、大きいのが来ます!! 歩行音、音紋パターンから4脚タイプ 歩行戦車!! 数少なくとも5!! >
「本腰を入れてきたな、対戦車戦闘用意!!」
・
・
・
時刻は日付が変わる頃、客車内の寝室でナギサは未だ眠れずにいた。
「……」
「もうナギちゃんったら、そろそろ寝ないとさ」
ミカはナギサと共に、同じ寝室の隣り合う寝台にて就寝の予定だった。
ミカの隣はこの世で一番安全な場所という認識がナギサにはあり、ミカ自身もまたその自負があるので、幼馴染と共に就寝する機会こそ昔よりは減ったが、今も時折あることだ。
部屋の外には護衛の正実部隊から仲正イチカが城島ツバメと交代で守衛として待機しており、列車の外に向けては12使徒A小隊とハイランダー鉄道警備隊……装甲列車が警戒しているので、このお召し列車隊列は今キヴォトスで最も堅固な要塞といっていい。
だからナギサの心配は自分の身よりもキヴォトス中央……トリニティに残してきたセイアのこと、そしてリンとカヤの二人の安否である。
ナギサはこれまで、自身の身の安全に関して疑ったことは一度もない。
ミカ不在のエデン事件の時でさえも「最悪あの子達を解き放てばいいし……でも後が……」とか思っていて、実際その通りにした、結果も服が少し汚れただけだ。
12使徒の警護能力はキヴォトスでも最上位。1000m先からの狙撃さえも護衛対象を翼で問題なく守ってみせる12使徒だ、これを常に側へ最低一人は置いてきた。
去年の中頃まではナギサも、内外に「色々と」狙われることはあった。しかし彼女達がナギサへの被弾を許したことは一度としてない……正直、12使徒に掴まってしまった犯人の悲惨に過ぎる末路を心配する日々……。
だからナギサは、何が来ても「大丈夫」と思っていたし、実際これまでもそうだったので、自身が害されるかもしれないという感覚は……全くなかった。
「ミカさん……ちょっと状況が、心臓に悪くて……」
「それはそうなんだけど……今から張り詰めてたらまた倒れちゃうよ?」
しかし、正直心臓と胃がキュッとなっている、こんなのマジでありえない。
連邦会長代行が揃って行方不明の状況、中央から離れている自分含めた総領主級の生徒会長達。夏休みだから当然なのだが治安維持機関の生徒はいわゆる半舷休息、完全に休みモードで対処能力はよくて50%、悪ければ40%を切っている。しかも司令塔不在、こんなのどう対処しろと?
百合園セイア一人に課して良い負荷であるはずがない、いくらセクシーなセイアちゃんでも、椅子から悲鳴を上げて転がり落ちるレベルの事態……。
これで「代行達行方不明だし、ケーサツも休み……これもう好き放題できるじゃんね、夏のお祭りだろ!!」とか全キヴォトスに気づかれてしまったら終わる……終わってしまうでしょこんなの。
外周圏旅行から帰ったら全面焼け野原のキヴォトス中央とかどうすればいいんですか? これ全部あと投げられるの……もしかして私ですか?
そうですね!! いよいよその時ですよナギサ様!! いえ、連邦生徒会長!!
火の海になったD.U.の駅に到着した瞬間、ナギサ様のご帰還だバンジャーイ!!になることは明らかな状況だろ。もうだめだ、おしまいだ……こんなことありえない……なんで二人揃って護衛無しで動いてたんです!! リンさん!! カヤさん!!
悲鳴を上げてのたうち回りたいのはナギサの方だった、列車の旅人である今の自分からは、殆ど何も手の打ちようがないという現実がナギサの胃を強めに攻めている。
「ぅぅ……」
「うーん……寝れなくなっちゃうかもだけど、紅茶いっとく?」
「頂きます……」
深夜、ほぼ常飲の安定剤(紅茶)に手を出す17歳の娘可愛そうがすぎるでしょう。
しかし明日以降も停車駅では現地の生徒会長達と会って会談しないといけないので顔色だけは戻さないといけないのである、責め苦……!! これが過酷なサバンナと化したキヴォトスにおける、政務従事生徒の現実であった。
ミカが紅茶を淹れようと寝台から起き上がった、その時。
「ナギサ様、ミカ様、ご就寝中に申し訳ありません、緊急です」
ノックの音と共に、寝室の扉を守っていた仲正イチカの声が通る……この時間にだ、間違いなく何かがあった。
「起きています、どうぞ」
それを感じ取り、一瞬で気を正したナギサは背を伸ばして答え、迎え入れる。
「失礼いたします、ナギサ様、ミカ様。12使徒、花川よりキヴォトス中央にて問題発生との知らせがありました。D.U.の空港が襲われているとのことです……こちらも警戒を厳に、先程アポストルA小隊が臨戦警戒に入りました、私の中隊も既に即応に備えております」
「空港? サンクトゥムタワーじゃなくて?」
「……マアンナ号ですね?」
「そのようです、お疲れのところ申し訳ありませんがお着替えをお願いします、明日の到着予定駅に関しては仙崎駅長と協議の……」
その時、僅かに列車のものではない「揺れ」を感じた。
そして護衛隊の無線に叫ばれるその正体とは……。
「……!? 鉄橋!? お二人ともそのまま直ぐに脱出の用意を!!」
「!?」「えっえっ!? ちょっ、私達まだパジャマなんだよ!?」
「鉄橋が落とされそうっす!! いそいで!!」
・ ・ ・
「トリニティの生徒で飛べないのはナギサ様だけだ、私が抱える。正実中隊はハイランダーの生徒を任せる、全員での脱出を厳命、急げ。仙崎駅長、すまないが」
「保線できていないこちらの落ち度ですよ……列車を捨てます、ナギサ様には代えられませんからね」
12使徒A4、夕立イトが客車外の天井にて警戒配置していたことが功を奏し、鉄橋の破壊工作に気付いた面々は脱出の準備を進めていた。今すぐ減速すれば鉄橋の手前で停車できる……だが。
その周辺には確実に埋伏された襲撃部隊がいる。装甲列車を織り込み済みで襲ってくる連中だ、間違いなく重装備である筈。
脱出と同時に戦闘になるだろう、僅かな時間で対処せねばならなかった。武器弾薬の運び出しはもちろん、警護するナギサとミカの二人を守り反撃……いや、安全を考えれば二人を抱えて鉄橋を飛び越えるのが最善。
トリニティ生徒の中でも「飛べる」面々だけが揃えられていたことが功を奏した、列車を止める気なら敵勢力は橋の向こうにはいない……越えさえすれば、敵の襲撃もかわせるのだ。
しかし外に出るためには減速しなくてはいけない……そうしてブレーキを入れようとした仙崎の元に。
< えきちょー!! 加速して!! 力行、全開一杯!! >
「はぁ!?」
前列護衛の装甲列車、運転機関士、橘ノゾミから通信が入る。
「冗談でしょう!? 鉄橋が爆破されているんですよ!?」
当然の反応だ、列車は空なんて飛べない、銀河鉄道よろしく折れたレールが上に向かったところで重すぎる、向こう岸まで飛んでたどり着くなど不可能だ……だが。
< 橋は落ちないって!! あの鉄橋は少々の爆薬じゃ壊れないよ!! いいから今すぐ力行!! 全ノッチ!! そしてぇーこっちは減速!! ヒカリ!! 重連するよ!! 加速して客車を押して!! えきちょー連結器用意!! >
橘ノゾミはCCC所属、各地の線路・鉄橋の状態は頭に入っている。爆煙の規模から鉄橋に致命的なダメージが入っていないと判断したノゾミは、列車を止めることで囲まれるリスクより、車列ごと通過することを即断した。
< こころえたー、連結器展開、速度あわせるー!! >
「!! 車列連結器展開!! カバー開放!! 重富!! 後部車両も用意!!」「は、はい!!」
後列の装甲列車、姉の橘ヒカリは状況を目視せずとも、双子の妹の判断を信じ、即座に加速して連結態勢に入る。
そして仙崎もまたプロの鉄道生徒、逡巡すること無く必要な操作を即座に行う。速度の基準は自分の列車だ、5両編成であるため加速には時間がかかる、迷うことが許された時間は実質6秒程の猶予しかなかったが、仙崎は即決で実行し、5秒の余裕を稼ぐ。
「橘妹、いけるのか?」
< いけるって!! まあみててよ!! すっごいケーキ奢ってもらった分は仕事しないとね!! >
現在地、鉄橋へと向かうこの場はゆるいカーブ。渓谷の間に立つは大鉄橋……先頭車両のノゾミからは、その橋から立ち上る爆煙が暗視スコープ越しによく見えた、その発生場所もだ。
( 橋脚接合部のトラス構造、基部じゃない、レールは無事。爆煙の規模から見て爆薬の量は知れてる……あれは鋼橋で合成桁橋、強度から逆算して……車列の総重量は )
鉄橋の構造、耐荷重、ダメージ部位による低下強度。そして各列車の車重と車列の総重量を瞬時に概算で計算したノゾミは根拠をもって、通過は可能だと判断したのだ。
プロの鉄道生徒であるノゾミが、予定通過区画の線路データを記憶していないなどありえない。そこには各鉄橋の耐荷重も含まれる……列車の運行には重量計算が欠かせないのだから。
そしてハイランダー生徒は鉄道の敷設も自分達で行う、必要施設の建築を自力でするため、その調査を行うCCC所属の生徒は構造計算ができてあたりまえである。
伊達に1年生でCCCの幹部生徒などしていない、橘姉妹は本当の意味で優秀だからこそ、桐藤ナギサのお召し列車護衛を任じられたのだ。
< いけるいけるー……速度同調、連結器軸線、かくにんー!! ごー!! >
全ノッチ最大加速中な列車同士の走行中連結など神業の領域だ、しかもゆるいとはいえカーブの途中である。並の腕なら激突してまず脱線という恐るべき行為を、驚くべきことに3人のハイランダー生徒は連結部を目視すらせず、速度計と手元の感覚だけで実行した。
「鉄道中学から6年やってても、こんな速度域で連結なんて初めてですよ……っ」
< がったーい!! ……!! 後部おっけー、いけたよー >
< もうちょい……もうちょい……えきちょー!! >
コン、そんな音が二回響いた。
操作の難易度を考えれば、それは信じられないほど静かな音と衝撃だった。しかも連結決断からおよそ180秒という考えられない早業、全く淀みのない3人の連携が一発で決めた、技能という芸術だった。
「……!! 連結確認……や、やれるもんですねぇ……」
< 固定確認!! やるじゃんえきちょー、パヒャヒャッ!! >
< えきちょー、伊達じゃないー >
「ナギサ様を乗せてこんな運転することになるなんて、心臓に悪い……先頭車両に操作を回します、橘ノゾミ運転士、マス・コントロール・ユーハブ」
< 了解えきちょー!! 橘、マス・コントロール、アイハブ!! 重連いくよっ動力車同調!! ヒカリ!! 出力調整して!! >
< おー >
重連、重連運転。お召し列車の動力車は先頭の1両だけ、前後の装甲列車2両分のエンジン出力を連結して合わせ、3両分のフルパワーで車列を最大加速させる……それが橘ノゾミが即断した鉄橋の通過方法であった。
もし通過中に万一鉄橋が砕け始めるとしても、速度をもって一気に通過する。そのための加速だ。何より重くなる、車列重量が重いほど、爆発の影響でレールの歪みがあったとしても押し通ることができる。
しかし重くなれば減速は難しい。もう行くしかないし、ここから次の駅までノンストップを強いられる一発勝負だ。
「……全隊、脱出の手順を確認しつつ、衝撃に備え。車両は損傷した鉄橋をこのまま通過する、総員備えろ」
素人目に見ても神業を、僅かな猶予で成したそれを見て……城島ツバメはハイランダー生徒達のプロフェッショナリズムを信じると決めた。
< ちょっ!? ツバメ!? マジっすか!? >
「列車は任せてるんだ、できるというなら最後まで信じるのが筋だろ。イチカ、中隊をまとめておいてくれ、ナギサ様には私がご報告に上がる」
< パヒャヒャッ!! 豪胆だねー!! >
「橘妹」
< んー? >
「お前なら任せられる」
ただ専門家に投げるのとはわけが違う、城島ツバメは桐藤ナギサの玉体を預かっているのだ。その12使徒の長が、主の身を他人に「任せる」という決断をする重さ、判断の重大さ……それだけの信頼を受けたのだということを、運転士たるノゾミはわかっている。
それは己が職務のプロフェッショナリズムを徹底する生徒同士だからこその、理解。
< ……んじゃあ、はりきっていっちゃうね!! >
< あー……ツバメはさぁ…… >
「? どうしたイチカ?」
< イッチも人のことあんま言えないじゃんね、なあ姉妹達 >
< そうですわね > < まあ……そう、かも? >
< えっ!? >
「アポストルリーダーより護衛隊各位、全周警戒。敵性と思しき不明存在は見つけ次第撃て、誰何の必要はない、以後車列に接近する物はすべて敵だ、殲滅しろ」
<<<<<<<< オールコマンド、アイ・コピー!! >>>>>>>>
・ ・ ・
「最高速度到達!! さあ一発勝負だよ!!」
全速に達した車列の先頭で、橘ノゾミは運転台から身を乗り出し、暗視スコープを覗いて線路の先を見ていた。一杯の位置まで押し込まれたマスコンを左足で押さえながらである。乗り組む他のハイランダー生徒達が驚くような操縦姿勢だ。
「た、橘さん!? 危ないよ!?」
まもなく直線、鉄橋が真正面に見える。
彼女がそうまでして睨んでいるのは、レールだ。
爆破の影響で歪んだ可能性のあるレールの状態を見逃すわけにはいかなかった。状態が悪ければ動力配分を適宜調整しなくてはいけない、鉄橋上で動輪を空転などさせては終わりだ。
「やっぱ任された以上はさ、最善ってやつを尽くさないとね!!」
そして見た、右側のレールが左側に比べ、ほんの僅かに沈んでいる様を。ダメージがあったのは右橋脚側だ、可能性はあった。しかし予想通り軽微、けど横転の可能性は……0じゃない。
ノゾミは「最善」を選択した。
「砲列車!! 主砲旋回!! 左45度!! 俯角5!!」
「え!? 橘さん!?」
突然砲を動かせと言われて混乱する生徒達を尻目に、ノゾミはレールだけを見続けていた。
「ふくしょー!!」
「は、はい!! 砲列車主砲旋回!! 左45、俯角5!!」
右に沈んだレールに向かう、車列に抱えた砲列車という重い装甲車両。
重心が高い砲列車、これが沈んだレールのためにバランスを崩す可能性を、ノゾミは無視しなかった。一番の重量物である「砲身」を左側に寄せ、俯角で下げて、車軸にかかる荷重のバランスをとったのだ。
その角度、重心を動かしすぎない最善にして最適。それはプロフェッショナル、橘ノゾミの丁寧でいて最速の、乗客の安全と乗り心地がための「良い仕事」であった。
「けーてきぃーー!!」
ノゾミの右足が警笛のレバーハンドルを蹴り飛ばし、夜の闇を切り裂いて快音が空に響く。
昼間であれば赤く美しい大鉄橋が、恐るべき速度で迫ってくる。
あまりの速度で通過しようとしているためか、襲ってくる筈の襲撃者達からは何もリアクションがない。意表をつけた、やっぱりこれが正解と確信し、操作に集中する。
損傷した橋に突入する列車の速度は、誰が見ても非常識な領域にあった、しかし。
「鉄橋通過、今!!」
恐れた揺れは……殆ど無かった。
多くの生徒が身構えて迎えた時は、殆ど数瞬で終わる。
そう、時間にして1分もない。
列車は無事に、全てを振り切って……鉄橋を通過した。
・D.U.第3空港
D.U.の湾岸埋立地に建設された巨大空港。
主にキヴォトス全域で使われる飛行船の運用を行う空港で、整備格納庫から露天係留施設まで大いに充実しているキヴォトス空の船旅の玄関。
自治区学園私有の飛行船も委託で管理されていたりと、飛行船文化が発達したキヴォトスならではの空港施設。大小様々な船が出入りしているので、一般的な空港とは全然スケール感が違う。
最近400m級のイカれたデカさの船を「置くとこないから……」とかいって連邦生徒会から投げられ、空港管理者が「ヒョエーッ!!」となったりした。マジで邪魔すぎる……一隻で何隻分の空間占有するんだよこいつは!!
そういうわけで警備どうこうとか考えてる余裕はなく、そもそも私らも夏休みだし、置いてはやるから後はしらね、されている……あの、その船が暴れたらキヴォトスは大体3日もあれば火の海になるんですが? 盗難とか……対策されて……ないですよね、はい。
・重装甲列車+砲列車
ハイランダー鉄道学園の虎の子、学区線に配されている装甲列車とは異なり、CCCが保有するガチの戦闘用車両。調子こいてきた商売敵と駅舎を襲ってくるカスをレールの錆にするための戦争用な奴で、20mm機銃4連装機銃群、76mmオートカノンを備えた陸の護衛艦。
こんなの2セットも出してきたハイランダー、妙にナギサ様に気を使いますね? 理由? そんなもんナギサ様体制以前と以後でハイランダーの収益と被害額が「ぜんぜん違う」からにきまってるでしょ。
車両1つ廃車にされるだけでどんだけ手痛いと? 治安が劇的によくなってる今を考えたらさぁ……もうずっとキヴォトスにいてほしい!!ってなるよね。
尚、ゲヘナ線区は史実とかわんないです……ゲヘナ生は元気一杯!!襲撃勇気と列車強盗欲100倍!!助けてヒナちゃん!!あっやめてそれ連射されたら車両も一緒に木っ端微塵にあーっ!!