時刻・AM09:30
トリニティ・スクウェア。
ティーパーティー、総領主館……仮眠室。
「…………なんて、ことだ」
「!? セイア様!! セイア様がお目覚めに!!」「セイア様!!」
百合園セイア、起床。
夢の中も辛ければ現実も辛い、責め苦のご帰還である。
「セイア様、お体を支えます……誰ぞある!! ミネ団長を呼んでください!!」「天田様を此処へ!! セイア様がお目覚めになられたと!!」
救護騎士団とティーパーティーの生徒が弾かれたように飛び出していく、それぞれの上長を呼びに、淑女らしからぬ駆け足で急ぎ駆けていった。
救護騎士団生徒はともかく……通常、総領主館でティーパーティーの白制服を着た生徒が許される行いではない。
過労寝落ちで廊下と床に転がってる、お淑女NGシーンは時折あるが……それはそれ、これはこれ。淑女の立ち振舞いを気合で維持している学畜茶会生徒がこの場で駆け足など、よほど事態が切迫していなければする筈のないこと。
つまり、それだけの事態にトリニティが見舞われているということだ。
セイアは未来視の夢見の中でそれを見た、わかっている。
わかっているが……わかっているが……いくらなんでもこれはないだろ。
時刻は現在午前9時30分。
一般的学生感覚からすれば寝坊だし遅刻を意味する時間だが……ここはそもそもトリニティ総合学園の中枢たるスクエアの最奥、総領主館の仮眠室である、帰れてないので扱いは登校済み……出席に問題はない。
問題があるとすれば、時間だ。
午前9時、これが意味するところは……。
「お、遅かった……か……」
「セイア様!!」
扉を突き破る勢いで登場した蒼森ミネが見た、セイアの表情は端的に言って青ざめていた。手短にお付きの救護騎士団生徒から体温・脈拍等々の報告を受けつつセイアの手を取るミネの所作は、その登場の荒々しさから想像もできないほど優しく、そして慈しみに溢れた温かいものだった。
ミネの体温を強く感じるほどにセイアの体調は悪い。未来視を酷使すればするほどに悪化する、しかも今回の潜航深度は限度一杯のそれだった。寝台から自力で起き上がることもできなければ、まともに口を開くこともできない。
「ミ、ミネ……」
「いけません、ゆっくり息を吸ってください。落ち着いて……私が合わせます」
ミネとセイアは『茶道の呼吸』を意識して行い、力尽きた身体に活を入れるべく、セイアは己を抱きしめ、支えるミネの身体を通して感じる彼女の息遣いに合わせていく。
セイア自身は茶道の呼吸を習得できていないが、熟練者のミネが身体を重ね、セイアはそれに合わせることで茶道力(??)を活性、活力を分け与えてもらうことができるのだ。
これぞ蒼森ミネが習得した北斗診拳奥義の応用……そんな救護技ダチョウも想定してないですよ、新技開発までスピード感ありすぎませんかね。
セイアが今年に入ってから去年よりも更に無茶をしまくっていたのは、このミネの壊れスキルの支えがあってこそだった。気力体力無限のミネにHPとSPを譲渡してもらえるなら……無限に働けるだろ!! という徹夜明けな学畜の思いつきは、ミネ自身にかなり激しめの救護をされて頓挫していたが、緊急事態はその限りではない。
「セイア様……!!」
財務室長天田が息を切らせて入室するも、ミネの言葉無き鋭い視線をもって報告を制される。ミネはセイアの呼吸を整えることを優先し、天田もそれに従い、その場で跪いて頭を垂れセイアの言葉を待つ。
「ミネ、だ、いじょうぶ、だ……落ち着いて……きた」
「いいえまだです、こんな低い体温で……話は後に」
だが確かに、セイアは急速に回復しつつある。
ミネの強く頼もしい息吹が、セイアに湧き上がるかのような生命力を吹き込んでくれる……その暖かさをセイアは全身で感じていた。
これほどのダメージならば、ミネがいてくれなければセイアは当分寝たきりもあり得る程の深い手傷だ。ミネを頼りにしているからこその、覚悟を決めた極限の限界潜航、強い信頼が無ければ取れる手段ではない。
「……ミネ、私の息を支えてくれ。君がいてくれれば、大丈夫だ。このまま聞くよ……現状は、どうかな。いや……概ねは、わかっている」
弱々しくも握り返された、重ねた手から伝わる思いを受けたミネはセイアの代わりに息をするように、無言でセイアの身体を優しく抱きしめ、呼吸を深める。
救護バーサーカーであるミネは平時なら患者を気絶させてでも寝かせている状況だが、今のセイアはそれすらできる体調ではない。全霊を尽くしてセイアの体調を上向かせようと、北斗の医術より学んだ全てをもって、互いの経絡を通じて生命の息吹をセイアに流し込んでいった。
「セイア様……誠に、まことに申し上げにくいことを、お伝えしなくてはなりません……。天田はこの件について、ただお詫び申し上げる他にありません、どうか……どうか平に、平にお許しください……」
「君のせいでは、ないよ……」
ホントにそうだよ、クソバカしかいないのかよこのキヴォトスって国はよ。
毎度毎度こんな有り様にしやがって……始末つけるほうの身にもなれっていうんだ!!
絶望の未来……その一歩目が、今始ま……ってる!! もう既に!!
時刻は9時を過ぎている、それは地獄カウントダウンスタートから60時間を意味していた。想定されたお祭り騒ぎ、奇跡のカーニバル……そのボーダーラインの72時間にはまだ後12時間はある……あった。
キヴォトス中央最大の空港が、係留されてた戦艦ごと月まで吹っ飛んでなければね!!
そう、百合園セイアは間に合わなかったのだ。
「規模こそまだ小規模ですが、D.U.並びに各自治区において既に騒乱が発生しております。夏休みということで祭り気分なのか、深刻度は現状軽微です……ですが。連邦生徒会は空港の事態把握を理由に会見を先延ばしにしていました所、先程やむなく……そして七神首席ならびに不知火次席が姿を現さなかったことで……」
リンはともかくカヤが出てこない、これが不味かった。
なまじ働き者で外面も良かっただけに、今回に限って初動が遅く、そして本人が出てこない……つまりリンとカヤに、連邦に何かあったと勘が良い連中に気づかれてしまったのだ。
主にカイザーとかね。
今までのリンちゃん代行単独体制なら「まあそんなこともあるか」だった可能性はあったのに、頑張った結果こんな詰み方するとはカヤちゃんも想定してないよね。
しかしまだリカバリーは利く筈だ、今なら、まだ……。
「……扇喜財務室長は、どうしたんだい?」
「会見をしたのは体育室長です、そこで……その……」
「みなまで、いわなくて良い……」
同僚を急に失い、メンタルズタズタの状態で連邦を指揮しなくてはいけなくなったアオイは限界だった。アオイを労る意味でもハイネがメディアにせっつかれた流れで、ぶら下がりインタビューを会見という形式で受けたわけなのだが……。
ハイネには気の利いた隠蔽工作などできない。クロノスの生徒にスッと失言誘導されて「今頑張って探してるところだよ!!」という一言をもってジ・エンド。こうして奇跡のカーニバルが今始まる……というところでセイアの起床であった。
「もう、終わり、です……こんな……」「どうしてこんなことに……」
天田に付いている茶会生徒達から絶望の声が漏れる。事態を先んじて止められるセイアが健在ならば、なんとか連邦のトチりだけはカバーできた可能性はあった。しかし空港が見事に吹っ飛んでいるわけで、これでは時間稼ぎは難しかったと、皆理解していた。
確認できた事実関係からすると空港の爆発自体は12使徒のせいではない。しかしSRT3小隊、そして使徒を2小隊も投入しても空港が吹っ飛んだ以上、防ぐことは難しかったのだろう。打てる手は打った上での結果だ……受け入れるしかない。
しかし連邦がこうして詰んだ結果、自分達トリニティがこれから何をする羽目になるのか……誰も言わずとも皆理解している。
ティーパーティー生徒達は既に夏休養解除を察し、総員茶会会館で待機していた……そこでキッチリ仕事しようとしてしまうから永久に頼られ続けるんじゃないですかね。地獄を感じても自己判断で集まるし、逃げずに欠員なく皆戻ってくるのは本当に感動する。な、涙が出ますよ。
セイア指揮の元、これから始まる火消しと後片付けの日々を予想した彼女達だったが……。
「……12使徒は? BとCは何処に」
「現在、第三空港(跡地)にて残骸の撤去作業に従事しておりますが……」
今のセイアは、完全にキマったブチギレFOXなのだ。
「……ティーポット1号・2号を、COOLからHOT。最大武装状態で、2小隊の迎えに出すんだ。回収後……事態の収拾まで、無制限治安戦を……命じる」
「「「「!? セイア様!?」」」」
「ビームライフルの使用を……許可。空対地ミサイルも、全弾懸架。容赦するな……目についた騒乱勢力を全部平らにしろと……命じる、時間がない……今から……3日以内だ……!!」
「セ、セイア様……どうか、どうかそれだけは!! まずうございます!!」
「ナギサ様が中央におられない今に、無制限治安戦など命じたら!!」
まだワンチャン小火で済むかもしれない中央が……火の海に!! そんな叫びがあがるも、百合園セイアは動じない。決断的強固な意志をもってダチョウの投入を決した。
しかも期限は3日、3日で全てのカタをつけろと言っている。
どんな有り様になるのか予想もつかない、今までとは装備が違う……火の七日間においてはアメミットもなければビームライフルもなかったのだ。火力が違いすぎる……これを制限無しなど破滅の惨禍どころの騒ぎでは。
「ETOの規約に基づき、ゲヘナに要請……風紀委員を選抜して、事態収拾に当たるようにと、空崎ヒナに通達。そして正実を、動員する。動ける者から直ちに……即応、体制……」
いくらセイアが苛烈の君とか呼ばれるような生徒でも、ここまで強権を開幕ブチ込みなどしない。そもそもセイアは事態を常に軟着陸させようと努力を重ねるタイプであって、風評に反して何かあったら即ボコすようなことは実際にはない。
確かにこれと決めたらやることは凄まじいが、今回はやりようが尋常ではないのだ。ETOを含めた正実の動員など、本来なら戦争に相当する事態だと言える。
「セイア様!?」「どうかお考え直しください!!」
「くどい……時間がない……今より、この後に来るほうが不味いんだ……」
「後!? 一体、何が始まるというのです!?」
「今に判るさ……わかりたくもないが……そうだ、ハナコは? 浦和ハナコは今何処に?」
その突然の名に天田は困惑する。
浦和ハナコ、セイアと何処で接点を得たのか親しくしているとは聞いているが……サンクトゥス閥の者ではないし、補習授業部の一件でサボタージュの事情も判明し、惜しいとは思いつつもティーパーティーへの勧誘も停止された今となっては、彼女は無辜の一般生徒でしかないのだ。
その実態は伝説のアウトロー、ファウストの盟友にして謀略を請け負うブレーン……補習授業部(仮)こと、やろうと思えばキヴォトスを転覆可能な存在だったりするチームファウストの一員であることを、百合園セイアは勿論、彼女達もご存じない。
こいつらもしれっとセイアの未来観測を潜り抜けている、ガチでヤバいタイプの生徒である。ハナコはともかく、アビドス連中と被り物で暴れ回ってたヒフミはなんなんだよ。
「浦和様ですか? 阿慈谷様と共に元補習授業部、そしてシスターフッドの若葉、図書委員の古関と共に島の調査を兼ねた旅行と伺っております……セイア様の船をお使いになられていますが、ご存知なかったのですか?」
「コホッコホッ!? 私の船!? 聞いてないぞ!!」
「セイア様!! 安静に!! 新壇中!!」
「ア゛ーッ!! ミ゛ネ゛ーッ!?」(秘孔を突かれてピキキってる)
「セ、セイア様ー!!」
それは百合園丸Ⅱことセイアの高級クルーザー(二代目)でリゾート気分で島へと出港した、阿慈谷ヒフミの卑劣な借りパクであった。
愛(戦)車の私物化を既成事実にしてしれっとマイカーにしているヒフミにとって、友人の友人が年に数回使うかどうかな放置船を『借りる』ことなどなんでもない。
ヒフミ曰く、機械は定期的に動かさないとだめですとのこと……まあ正しくはある。
港でセイアの船を見つけたハナコとの会話は「ハナコちゃんのお友達なセイア様の船なんですね!! じゃあ使ってないし、これを借りちゃいましょう!!」である。これが秒で出てくるのがファウストたる者だ、目的のためならば悪気は全くない。
「ハァハァ……海にもう出ているなら……至急連絡を。目的地の島は例の所だろう。その島から、南に見える小島へ……向かうようにと」
「直ちにいたします……若葉と古関はユスティナ遺跡の調査となっておりましたが、島に何か問題が……?」
「そっちはいい……ホバークラフトを……探させるんだ……」
不可解な指示、しかし疑問はあれど従うことに迷いはない。これまでのセイアの実績からして、必ず何か意味があるからだ。動員の翻意こそ願ったが、天田はセイアが『やる』と決めたら必ず理由があることを理解している。
もう長い付き合いだ。予知を使い倒してトリニティの、キヴォトスのために挺身してきた、尊敬しかない我らがサンクトゥスの主たる百合園セイアの側近として、天田は常にその指示に全幅の信頼を持って従ってきたのだから。
今更少々のことでは狼狽えたりはしない、動員は驚きだがそれだけの事態が『来る』のだろう。今より後がとセイアが言うのならば……本番は……これから……諸般の連絡は手元で常に進めている、そんな中で飛び込んでくる正実生徒が……。
「大変です!! 先程、警護中隊の仲正より緊急連絡が!!」
「!? ……セイア様の御前です、内容は正確に、簡潔に」
「じゅ、12使徒A小隊が!! ハイランダーの装甲列車隊と共に外周圏環状鉄道の沿線を焼き討ちに!! 沿線の自治区は火の海です!!」
ですよね、だろうと思ったよ。茶会生徒達は天を仰いだ。
「ナギサに手を出されて、大人しくしてる筈なんて……ないだろう……」
「そうですね……けれど困りました……どうしましょう……」
そうなるとわかっていたものの、実際に聞くと意識が遠のきそうなセイアだった。
攻撃開始は夜明けと共に、ハイランダーの始発と同時に開始されていた。始発電車は客車ではない……装甲列車が1番列車だ。
仲正イチカの連絡は遅いと言える、奇襲後の無線封止解除と共にこちらに一報を送ってきたのだろう。無線封止までやるあたり、ダチョウの本気度が透けて見えるので最悪だ。
列車でGO!! しているダチョウをこの場から止めることはできない。
ナギサが止めきれていないということは、襲撃を受けたことで頭に血の上ったダチョウが全ギレであることを意味している。このままでは中央が滅茶苦茶になりそうなところにきて外周圏まで『おしまい』にされてしまう、収拾など不可能!! 悪夢!! 地獄のような責め苦!!
中央は良い、どうせこの『後』で大惨事になるからコラテラルダメージで済ませられる。いや済ませたくないし正直現実逃避してるだけだが、もうこの際それはいい。
しかし外周圏が吹っ飛ぶのは不味い、焼け野原(予定)の中央の復興のためにも……外周圏の傷は浅くあってもらわねばならないのだ。
だがダチョウは止まらない!! ハイランダーも止められない!!
このままではきたる脅威を待たずして、破滅!! キヴォトス炎上のお知らせ、この奇跡のカーニバルで疲弊したところに脅威が迫ったら流石にどうにもならない。今度こそ終わり、キヴォトス最後の日だ。
だが、百合園セイアには秘策があった。
「………ミ、ミカ……ッ!! や、るんだ……!!」
セイアは最後の力を振り絞って、袖の中に隠していた、小さな機械のスイッチを押した。それは、通信装置。ある信号を彼方へと送る、百合園セイアに残された最後の手段。
「た、たの……ん……」「!? 救護!!」
「セイア様!? セイア様が!!」
「セイア様ーッ!!」
・
・
・
「プレジデント、続報が。やはり連邦に何かが起きております、代行と次席が揃って行方不明は確実かと、ヘリの遭難で間違いありません」
「ほう……例のリゾート帰路で行方不明という推測は正しかったか」
カイザーコーポレーションの主、カイザープレジデントは油断なく情報を掴み、その詳細を知ろうと、今あえて『見』に回っていた。
今なら連邦生徒会を武力制圧も容易だが、自分の起こしたわけでもない混乱に乗じるのはリスクも高い。発掘戦艦のこともあるので、今派手に動く必要はないという冷静な判断である。
「はっ……しかし妙です、揃って移動していた不用心はあります、ですがこうも簡単に消されるとは。元SRTが警護に付いている筈でしたが、FOX小隊は例の空港に居たのだとか」
「それはよい……しかしマアンナ号は沈んだか、惜しいな……」
D.U.第三空港を巡る戦いは戦艦マアンナ号の自爆によって終結した。
プレジデント的には、発掘戦艦vsミレニアム級2隻という激アツイベントを期待していたので、ワクワクバトルシップマッチの前に片翼落ちは残念な思いである。
リザルトとしては防衛目標の喪失、特殊戦チームの戦術的勝利にして敗北だ。
奪取は防いだものの……奇跡のグラスラ大爆発によって艦は爆沈。空港に係留されていた全ての施設・飛行船を巻き込んで炎上し、夜を昼にするような輝きと共に……空港は無事更地となったのであった。
ダチョウと選抜隊やSRT? 全員無事ですね。この程度のトラブルでくたばるようじゃ、特殊戦のエリートなんて名乗れませんわ。
種明かしをすると、調月リオ謹製のプロダクト・エリドゥモデル……ミレニアム製耐爆シェルターコンテナに、ダチョウ以外スルっと全員滑り込んで退避完了という具合だったりする。
空港には安全確保のために一定間隔でこれが設置されてるんですよ、皆リオ会長に足を向けて寝られないよね。
ダチョウ? Cチームは爆発に空中で巻き込まれましたけども……この期に及んで、その程度でダチョウがどうにかなると思ってる連中がいるなら驚きですよ。
20トン爆弾2発で吹っ飛んだ戦艦の自爆に巻き込まれたんだから、せめて怪我ぐらいしろよ。デカグラマトン達は必死に逃げながらそう思ったが現実は厳しいのだった。
「現状は我がカイザーに有利だ。工作は続けているな? 進捗はどうか」
「抜かりなく、連邦の混乱により上首尾に進んでおります」
「それならよい……。ジェネラル、再度聞くがこの一件『我が社ではない』のだな?」
プレジデントの懸念はここにあった、連邦への工作はしているが、連邦生徒会長代行と次席を一度に消すというのは彼の想定の中にはない。ここまでしてしまうとキヴォトスの治安の底が抜けてしまいかねないという懸念があった。
キヴォトスの支配を目論むカイザープレジデントだが、彼はこのキヴォトスに根ざした大企業の主である。本業のビジネスが大惨事になるような事態は自分が覚悟の上で行うならともかく、何者かの思惑ではとばっちりもいいところだし、許す気もない。
それに先日社内の方針を固めて指示を出したばかりである。
社内の意思統一に不備があるならば、計画以前に企業体制の問題だ。ビジネスの今後に関わる……浪漫も野心もあるプレジデントだが、先ず万単位のグループ社員を抱えた企業群の長なのだ。
「はっ、各部署に再度確認しましたが間違いありません。末端組織の暴走もありませんでした。企業連も不活性となれば未確認の勢力によるものかと思われますが」
「ふむ……僅かな隙を逃さない、見事な一手だがよくもやる……何者か知らんがな。機会は機会だ、利用はさせてもらおう」
そう言いつつもプレジデントはあまり嬉しそうではなかった。状況を大きく動かす一手は自らが行いたいというタイプのダークサイド大人である彼にとって、他人の思惑で動くというのは好ましくない。
そういうところがダチョウからも慕われる大物ヴィランたるポイントなのだが、この悪としての美徳は時にその身を守るし、座していようと好機もやってくる。
何故なら、丁度その頃同時刻。全ギレの百合園セイアがダチョウに「全部まっ平らにしてこい」と命じた瞬間であるからだ。
ここでうっかりウキウキして表に出ていたら、襲撃を『巻き』で行っているダチョウが走って来ていた。凄い勢いで襲われて月面送りだったのだ。
「連邦の内部による工作の可能性を強く考えております、例の生徒ではないかと……変更されたヘリの運行スケジュールを把握していたのは連邦生徒だけです」
「企画室の内海といったか。だとしたら見事なものだ……殆ど影も踏ませずに政敵を一掃したのだからな、我ら大人顔負けかもしれん」
「警戒が必要かと」
「かまわん、今は好きにさせておけ……いずれ事態も収束しよう」
新たなプレイヤーの参入、しかしプレジデントは動じない。何故なら……。
「桐藤ナギサがいるかぎり、代行の存在はそれほど重要ではないのだからな」
トリニティ以外眼中にない。連邦が多少上手く回し始めたところで、カイザーの脅威となるのは同じ大人である先生はともかく、生徒であれば桐藤ナギサ率いるトリニティ・ティーパーティーのみだとプレジデントは確信しているのだから。
桐藤ナギサと競り合う日々は、これまでのヌルい競り合いは何だったのかというほどの負荷と充足を彼にもたらしていた。ここ数年で彼が感じている『ヒリつき』は激アツの極みだ、今にも1222万円を単勝穴馬にブチ込んでしまいたくなるような高まりが常にキマっている。
消えた連邦生徒会長も中々だったが、あれは所詮強すぎる個でしかない娘。組織を作り、人を育て、トリニティという学園国家を率いて挑戦してくるあの娘こそが、己に最高の瞬間をくれるのだ。
よって今は色々と今後のイベント準備で忙しい、見に回っているのもそのためだ。
「当面は我が社の被害を軽減する方向で動かねばならん。発掘戦艦のことが優先される、基地の警戒は緩めるな、毎度のことだが機材の盗難が激しい」
「警戒を厳にいたします……」
カイザーグループが受けるデイリー盗難被害はキヴォトスのトップ企業に相応しいものだ、カイザージェネラルも言葉を失う被害額……。
カイザーメカはキヴォトスの荒くれ達にとってその場で拾えるボーナス機材のような存在感だ、ノリで強奪して扱うアトラクションのような扱い。
カイザー製の車両や航空機といった機材類の盗難率は超高い。
性能が優れているから人気というより、安価で数があり、調達が容易なためだ。悲しいことに一部を除いて使い捨て前提で、性能には基本期待されていない。
傑作機ゴリアテといった評判のいいタイプのカイザー機材の盗難対策はいずれも硬い。反面、戦闘車両などは実質安物のゴミだし盗まれても良いやという割り切りが感じられる……兵器を作ってる側のやる気が感じられないという評判にはこういう側面もあった。露骨な程クオリティに差がある。
カイザーグループ製品の花形は民生品であって武器ではない。
プレジデントの浪漫的思惑と裏腹に、グループ社員のやる気は売り上げに比例しているので、主に自社で使う兵器類の開発は片手間の仕事という認識があった。
これでは士気が上がらないしクオリティも低い。社内工業デザイナーのやる気がデザインに反映されている分、見た目だけは良いが……性能は今ひとつの真相がこれである。
ビジネスガチ勢なカイザーグループ、その社内論理は「売上は正義」だ。
たいして売れないような兵器の開発に時間を使うのは勿体ない、万倍売れる民生品こそが大正義。このキヴォトスを、そして何よりも自分達の暮らしをより豊かに……売上の金は全てに勝る、これがカイザーグループ社員の認識だった。
カス揃いの大人蔓延るキヴォトスでは、真っ当に製造業を突き詰めると評判がすごく良い。注文通りの物を作って納期通り納品できれば濡れ手に粟なのだ。
こんな有り様なので、ダークサイド全開の金融系グループ各社とライトサイドな製造部門各社の仲はすこぶる悪い。
ダークサイド金融の評判が、製造サイドの良いものを安く沢山作って広く売るという方針の邪魔でしかないからだ。カイザーローンといったダークサイド寄りの部門がぶっ潰れた時、製造系グループ社員達は祝杯を上げた程。
だがそういった清濁併せ呑むプレジデントのカリスマに双方心服している。浪漫の人なのにビジネスには誰よりもガチだし、荒事にも躊躇いはない強さも併せ持つ上に公平だ。何せ自分達の仕事をしっかり評価してくれる最上位長という存在は、キヴォトスでは稀も稀。
カイザーグループはダークサイドではあるが、紛れもなくホワイト企業なのである。
ダークサイド企業の倫理観じゃねぇだろ、ダークサイド廃業しろ。
「フ……内海か、覚えておこう」
悪のカリスマ、カイザープレジデントの目に留まったダークサイドの才能ある生徒。その名は連邦企画室の課長、内海……しかし彼女が今、何をしているのかと言うと……。
・ ・ ・
「ぅ……ぅ……」
「課長、起きてください……まだまだ仕事はありますよ」
連邦生徒に休みなどない。
このキヴォトス最上位の学畜として酷使の日々である。腹に野心を抱えたダークサイド寄りの生徒といえども例外はない……働け、労働だけが連邦生徒を解放する!!
「おかしいな……今夏休みの筈なんだけど……寝る間もないっておかしくないかな黒澤ちゃん」
「さあ? 夢でも見てたのでは? 私は特に夏休みという感覚はありませんね。それより書類を急いで仕上げてください課長、ただでさえ押しておりますので」
「ひどすぎる……こんなのってないよ……」
今現在、内海のデスクがある企画室は絶賛別部署の書類決済を代行している最中。企画を立ち上げたり色々精査する暇など今はない、行政の方に回ってくれという上室、統括室からの指示だった。
「どちらか片方にすればよかったのに、2人纏めて行方不明になどするからです……しばらく大人しくしておくのではなかったのですか? 私に相談もなく謀をするからこうなります、仕事増やさないでくださいよ」
部下の黒澤は涼しい表情で書類を捌きながら、敬愛する上司にしてダークサイド面での主、内海に苦言を呈する。まあ苦言といっても仕事を増やすな程度で済ませる彼女は、かなり悪寄りの生徒だ。
「え? ちょっとまってよ黒澤ちゃん、代行達消したの私じゃないよ? え? え? 黒澤ちゃんがやったんじゃないの? どういうこと?」
「? 課長の指示もないのに何故私が? カヤはともかく、リンを悪くは思っておりませんよ? この件、課長ではない? ヘリのパイロットは課長の手の者だと思っていたのですが……違うのですか?」
この2人、実は学籍ロンダリングで連邦に潜り込んだダークサイド生徒である。
連邦内部の柔らかい肉を啄んで上手い汁を吸おうと編入し、美味しく利権を頂いてからいずれ離脱する予定……だったのだが。
出身は外周圏の場末、最下層の学園スラム。そんな学籍もあるだけに等しいような底辺から連邦に入れるだけのバイタリティと能力が裏目に出てしまい、今ではすっかり抜け出せない連邦幹部役員に収まってしまったおマヌケさんだったりもする。
中坊ダチョウ大暴れのせいで発生した、一時期の連邦生徒緊急大募集でハードルが下がっていたとはいえ、彼女達のような悪さが目的の生徒達の浸透を許してしまった連邦生徒会だったが……よけいなことが考えられないレベルの過重労働を強いられることで訓練されすぎてしまった彼女達はすでに、連邦の屋台骨……。
ミイラ取りがミイラってやつですかねこれ。
「そうだよ!! 2人揃って居なくなったらこんな有り様じゃん!! 流石にノリでやるにも限度があるよ!! 私だってそれぐらい考えてますって黒澤ちゃん!!」
「はあ……時折とんでもないガバをされるので、今ひとつ信用しきれないのですが……本当に? 偽りなく? ヘリパイの子の暴走とかは考えられませんか? 課長の言葉を曲解したとか……」
2人はもう辞めたくても既に辞められない。
というのも……配下のダークサイド生徒を連邦に上手いことやって数多く呼び込んで立場を与えたのは内海だ。スラムで過ごした生徒達からすれば、忙しかろうとここは光の当たる場所……連邦生徒の地位は自治区生徒よりも名目上は上であり、エリート。
労働条件以外は大逆転のサクセスだと言える。2人も大手を振って歩ける立場は惜しいし、面倒を見ている配下生徒達を見捨てて逃げるのも心苦しい、彼女達の多くは自分達のフォローがあるからなんとか連邦でやっていけているのだ。
そんな派閥の長となってしまっている内海と側近の黒澤は、既に連邦から抜け出せない状態……この上は寄生する宿主が倒れないように決死の働きをする必要があった。
「ないよ!! というか私、2人揃ってリゾート行ってたことすら知らなかったよ!! あの日は私達仮眠室で晩酌(ノンアル)してたでしょ!! どうやって指示とか出すの!!」
「はあ……」
「信用ないなぁ!!」
しかし稼ぎのために火遊びはする。
火の七日間では加減をミスって大惨事を誘発してしまったし、エデン関連では情報も売った。接触してきたMOUSE小隊を通し、マダム・ベアトリーチェの工作活動に協力した連邦の間者とは彼女達のことである。
連邦の持つ機密パスコードを渡せという要求に、黒崎コユキのスキルという『解錠できる』情報を売ることで保身を図りつつ要求を躱してみせたように、ダークサイド界隈で修羅場をくぐった手腕と経験値が、今まで誰にも足取りをつかませなかった。
そうして内海はダークサイド界隈との繋がりを活かして時折後ろ暗い企みをしていたのだ……いや、派閥の長ってね、お金がいるんですよ……面倒見なくちゃいけない子が沢山いるの。外周圏の路地裏からここまで来たし、連邦の給料はそこそこだけど、大勢養えるほどじゃない、地元スラムの子達のこともあるの、ほんと大変なのよ……。
「となると、やはりカイザーですか、よけいなことをしてくれる……」
「プレジ? どうかなぁ……暗殺とかするタイプには思えないんだけど、あの人結構脳筋だよ? 浪漫全振りだし……」
カイザープレジデントが逆境無頼っぽいことはわりと連邦生徒達には周知だった。立場は帝愛感あるのに、やってることはかなりギャンブラーなのである。
「ですが2人揃ってというタイミングはそうあることではありません、配下のジェネラルという線も……何故か警護のSRTが居ないというのも不可解です。いえ、カヤがFOXを使って何かしているのは判っていましたから、遠ざけていたならあの子の自業自得でしょう……リンを巻き込まないでほしいところです」
「黒澤ちゃんはリンちゃんへの好感度高いよね何故か、カヤちゃんは嫌いなのに」
「リンは見ていていじらしいですからね。けれどあいつはだめです、自分というものがないんですよ。人の真似しかできないタイプです……慈愛の君のエミュなど怖気が走りますね、お前は私達と同じだろうと、身の程を知れと思います」
「白にも黒にも身軽になれる、被ったガワで性格の欠点も隠せる。けど足元は見えてないから、無自覚に地雷も踏む。私ああいう『足りない』子は好きだけどね」
カヤから自分達と同じ『悪い子』の雰囲気を感じ取っている2人の評価は、別の世界線で彼女がやらかしただろう事件を鑑みれば良い勘をしていた。
その世界線で自分達はリンとカヤに出会うことは無かったし、外周圏の端で誰にも知られず、雪に埋もれて冷たくなっていたのだということを……二人が知ることは永遠にない。
「課長も変わらずお趣味が悪い。しかしカイザー以外に思いつく勢力がありません。ブラックマーケットや企業連といったダークサイド勢もいますが、はたしてこれほど首尾よく2人を消せるものかというと」
「想定カイザーとして、今後はどうなると思う? 何が目的?」
「さあ? 私にはなんとも……このサンクトゥムタワーを占領してキヴォトスは今日から企業国家!! とか厨二病みたいなことを言い出すかとも思いましたが、初動以降特に動きもない、不可解ですね」
「実はあんまり狙いなんてなかったりして」
「まさか……あのカイザーが課長みたいなことをするとも思えませんし……」
「なんかdisられてない私!?」
だが、カイザーに狙いなどなかった。
そもそも犯人でもない……カイザーも、内海も、お互いを犯人だと思い込んでいるだけの無実の人というこの真実、現実。
バカしかいないのかい!! なんなんだよこれは!! (ブチギレFOX)
流石に面白すぎるじゃろ(笑) エクストリーム・ピタゴラスイッチかの。 (観戦白FOX)
セイアはクズノハの庵の床で転がりながらブチギレていたりした。
では、一体誰が犯人で、誰が黒幕なのか……。
その答えは……ある海域の島にあった。
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「……ぅぅ、ここは」
不知火カヤが目を覚ますと、そこは質素な部屋だった。
窓はない、鉄材に厚い塗装のされた壁に覆われた、まるで独房のような部屋。窓はないが換気はされているのか、ベンチレーターの音だけが響いている。
「何処なんですかここは? それにリンさんは?」
疑問に思いつつもカヤは自分の服装を見る、連邦の白制服は脱がされ、見覚えのない制服に着替えさせられていた。銃は……寝台横の棚に置いてある、武装を取り上げられていないということは、拘束されているわけではなさそうだった。
カヤは鉄の扉を開け、廊下へと出る。
少し錆があるのか動きは重い、そこでカヤは鉄扉が防火壁であり、かつ水密扉であることに気がついた。水密扉……つまりここは。
「船の中ですか? となるとやはり誰かに救助されて……」
それほど大きな船ではないらしい、廊下は短く。そして光の漏れている階段が先にある。甲板に出られる場所だと思ったカヤは少し警戒しながら先を進んだ。海の音が聞こえる。
しかし階段を上るカヤは訝しんだ、この船に揺れはない。
海上で揺れない船などある筈がないというのに、全くもって地上と変わらないのだ、その答えを外に出ることで知ることになる。
カヤの眼前にあったのは、陸地だ。
正確には砂浜だった、カヤの乗っている船は砂浜に座礁している……いや、これは。
「ホバークラフト?」
「あ、起きたのね」「!?」
声に驚いて振り向いたカヤを、ホバークラフトの艦橋の上から覗き込んでいた少女の姿。それは……。
「貴女はジャブジャブ・ヘルメット団の!!」
「あれ? 私のこと知ってるんだ? いつの間にか知られる名になってたなんて驚きね」
「んじゃあらためまして、河駒風ラブよ……もう身体は大丈夫?」
・救護の呼吸(茶道共有版)
蒼森ミネの考案した救護対象生徒への輸血ならぬ輸気を目的とした救護術。
相変わらずナーフされない茶道の呼吸の応用技にして北斗診拳とニンジャの秘術が融合した奇跡の概念。
生命力の弱った対象を抱きかかえ、北斗診拳で学んだ経絡を通じ自身の息吹を対象に重ねて活力を譲渡、かつ救護対象の回復力を増強する新技。素晴らしいところは茶道の呼吸という難度の高い技術を習得できない生徒であっても、使用者が使えるのならば効果が望める点にある。
有識者の下江コハル曰く、使用者が対象を抱きかかえ、身体を重ねて呼吸を合わせる必要があるため絵面がエ駄死であるという意見もあるが、自力で再起できない患者であっても急激な回復が望める点で極めて有用である。しかしながら恥ずかしがらず、心底真剣真摯に救護対象と向き合わねばならない点で、救護騎士団員にとって正しく奥義に相応しい救護術と言える。
ところで茶道の呼吸って本来単なる深呼吸じゃなかったですっけ?
使用生徒がバグだから回復してるだけじゃなかったです……?
あ、そういうものってイメージがキヴォトスに定着しちゃったから?
じゃあもうナーフとか……そうすか、無理すか……。