トリニティの12使徒   作:椎名丸

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こんなの学生に強いられていいことじゃない。



4・火の7日間

 

 桐藤ナギサ不予。

 

 この知らせはキヴォトスに雷鳴のように響き渡った。

 

 曰く、執務席から立ち上がったところで腹部の痛みからよろめき、椅子によりかかりながら座り込んでしまったという。その場に同席していた蒼森ミネ救護騎士団長に即座に救護され、安静を言い渡されている……どう考えてもストレス性の胃炎であった、それ以外は考えられないし、実際その通りであった。

 

 あまりに労しいことであり、学園都市国家キヴォトスの多くの人がその快癒を願い、見舞いの言葉は公式非公式問わず、多くのチャットアプリ・SNSが一時繋がりにくくなる程であったのだから、いかに多くの人から「慈愛の君」が慕われているかが判ろうものだ。

 

 この学園都市国家の歴史に残る偉大な名君の健康を、大勢が願っている。

 

 一般生徒たちや市民は祈ればそれでよかったかもしれないが、そうはいかないのが学園都市の運営。これだけ絶大な影響力を持つ大人物が倒れるということは……連邦生徒会長失踪と同様、よからぬ企みが堂々と横行するトリガーとなる。

 

 まあそれはいい。

 誰が暴れようが悪事を企もうが……最終的に全員殴り倒せば良いのだ。

 

 それが可能な力がトリニティにはある。正義実現委員会の指揮系統は委員長、剣先ツルギが統制しており、生徒会ティーパーティの指揮権に完全に服している。最終暴力装置である12使徒は変わらず健在で、トリニティ自警団のような一般協力者を含めればトリニティの中枢であるスクウェアは鉄壁であるし、トリニティ領内や周辺自治学区の警邏にも問題は発生しない。

 

 全学区の指揮系統も、伝統あるトリニティならではの体制で強固だ。

 

 トリニティ生徒会ティーパーティーは元々3頭制である、任期ごとにホストである首席生徒会長が入れ替わり、3派閥の公平な運営を心がけてきた。つまりホストが倒れても別の二人の内誰かがホストとなり統制を回復すれば良く。こういった喫緊の事態にはむしろ強い体制だと言えた……だが。

 

 今代ティーパーティーはこれまでのトリニティの伝統を一時停止し、ホストの任期交代を定めていない。これはサンクトゥス・パテルの両派閥からの進言によって今期1年に限り、フィリウスから出るある人物のみが、卒業までの全期間においてホストを務めるという特異な体制下にあった。

 

 史上最もトリニティを発展させた生徒会長候補である最上主、フィリウスの桐藤ナギサに1年の任期をというトリニティ全学園の声に押されてのものであり、その後押しは何より両派閥がしている。桐藤ナギサは民意によって選ばれた、トリニティの絶対君主なのだ。

 

 その絶対君主、慈愛の君の不予、あってはならない最悪の事態。

 

 現在のトリニティ・ティーパーティーは桐藤ナギサの能力と人徳に依って立っている、トリニティが信用されているというより、桐藤ナギサが信用されているのであって、学園組織全体が以前よりも格段に交流が増え関係が構築されて尚も、組織そのものが内外に信頼されているわけではない。

 

 これに過剰に反応するのが、慈愛の君に隠れた忠誠と信頼をある種の依存の形で示す、周辺他自治学区の生徒会首長達の存在だ。彼女達は桐藤ナギサを信奉しているのであって、他二人の次席生徒会長と関係深いわけもない。

 

 たった1人が倒れただけでこの事態、連邦生徒会長失踪のそれと殆ど変わらぬ光景が、またも訪れたのである。民主的な生徒会組織の重要性がわかろうものであった。

 

 この緊急事態に際して、次席生徒会長「百合園セイア」は声明を発表、直ちに学園自治区の統制を回復するため、学園全組織に対してホストを代行する告示を行った。サンクトゥス派の一時台頭である。

 

 桐藤ナギサの執務復帰時期は不明、連邦生徒会長のように行方不明でこそないのが救いであるが、少なくとも数週間以上は見込まれる……トリニティがこれまでのような優れた運営と対外政策が可能なのかどうか、首席生徒会長代行を見る目は不安に揺れている。

 

 キヴォトスの全土が、新トリニティ・ホストの一挙手一投足に注目しているのだ。

 

 そんな中、今や学園1つには収まらない影響力を持つ、ティーパーティーテラスのホスト席に座ることになった百合園セイアは、1人生気の抜けた目で天井を見やりながら呟いた。

 

「ァァ…………終わった……」

「ついにきてしまった、この時が……もう、終わりだ……」

 

 百合園セイアには未来を見る能力がある。

 その力が彼女に見せた、絶望の未来とは……。

 

 

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「このような形で……お会いすることになるとは思いませんでした……」

 

「改めて、初めまして先生……トリニティ総合学園、生徒会ティーパーティーのホスト……は今、セイアさんですが。生徒会長、桐藤ナギサと申します……横になった状態で、ご挨拶する無作法をお許しください」

 

 ゛あらためて、よろしくね。倒れたと聞いて、心配したよ゛

 

「ご心配をおかけしました、少し胃が……お恥ずかしいのですが、弱くて」

 

 ナギサはミネに叩き込まれた、救護騎士団のVIP病床にて先生を迎えていた。

 

 桐藤ナギサは限界だった。

 

 連日の激務も問題だったが、エデン条約関連も並行している中で、カイザーコーポレーションと舌鋒を交える事態になったことも大きなダメージとなったが、問題はそれで終わらない。

 

 各部門・各勢力の暴走。誰もそこまで指示などしていないのに、全力でカイザーを殺しにかかる内外のシンパ。トリニティ内部はまだしも、クロノスの政治部から個人のインフルエンサー、連邦生徒会内部の自称桐藤派さえも同調しており、正義の金床とばかり全力で殴りつけていく。さもナギサの御心のままにと……そこまでする気はなかった、遺恨が残るレベルまでカイザープレジデントを追い込む。

 

 あまつさえ麾下の12使徒がカイザー系列会社のお客様対応室にファンメールを入れるという壮絶な煽りを実行したため……余計に話が拗れ、結局通信越しとはいえ直接プレジデント本人と現状を確認するという苦労を必要とした。

 

 ナギサが12使徒に直接問いただしたところ、アビドスでの交戦の件とは関係なく。実際に長年カイザーホビー商品のファンであり、しかも殆どのDXモデルを予約で買う、優待契約付きのプレミアムユーザー✕12であることが判明するとプレジデントも矛を収め、今後も自社製品を贔屓にと言って撤退した……双方に甚大な心痛を与えてこの話は終わったが、ナギサは正直限界だったし、おそらくプレジデントも限界だった。

 

 ゛とても大変だったと聞いてるよ、頑張ったんだね ゛

 ゛アビドスの皆も、本当に感謝していた、ありがとう……ナギサのおかげだよ゛

 

「……はい、そう言って頂けると……」

 

 アビドスを救援したことに後悔があるわけではない、他ならぬヒフミの頼みであったし。苦しんできた彼女達に思うところは多々あった。でなければ榴弾砲など送り込まないし、少し迷ったとはいえ、12使徒を全員ティーポットに詰めて叩き込んだりなどしない。

 

 問題は更にその後。アビドス程度の零細学校にこれほどの手厚い支援。相手はカイザーという大物でありながら一歩も引かず、実質的に廃校騒動を解決に導くという慈しみと、容赦のない政治力の行使を目の当たりにした、キヴォトス各地の零細学校から慈悲を乞う懇願が激増したのである。

 

 確かにこれまでも多くの学校がこうして救われてきた、だからこそのトリニティと慈愛の君の名声ではあったが……これ以上はもう1学園が抱えられるリソースの限度を超えている。トリニティがいかに3大学園と言われる、万を遥かに超す生徒数と広大な自治区、軍事力を持つ強大な組織であっても……それを統制する桐藤ナギサは1人しかいない。

 

 トリニティはひとつの自治学園都市だ。

 連邦生徒会ではないし、彼女は連邦の生徒会長でもない。

 

「私が倒れてしまって、トリニティは今揺れています……お恥ずかしい話ですが、連邦生徒会長の失踪時と似たような状況が懸念されています。このままでは何かの事件を誘発しかねず……先生の助けを、お願いしたくここへ……」

 

 ゛うん、まかせて゛

 

「幸い、ゲヘナ側から今度結ぶ条約についての会議は体調が戻るまで延期しても良いと、心遣いを頂いています。ゲヘナ学園生徒会の万魔殿、そして風紀委員会から連名で正式にお見舞いの使者が訪れるなど……両校の歴史上初のこと、今までの努力が無駄ではなかったと、嬉しく思います」

 

「だからこそ、今これ以上の混乱が起きては困るのです……不幸にも我が生徒会ティーパーティーの中から……私同様に体調不良の者が複数出ております、事態に対処するためのリソースが不足しているのです」

 

 そもそもティーパーティーはトリニティの生徒会であり、運営組織だ。他学園自治区の自治権に介入する権利などないし、救援はあくまでトリニティという組織ではなく偶然を装った個人の範疇、12人しか動かさないのだからと……そう言い張っている。

 

 それでもやはり、12使徒を全力で暴れさせれば法的にまずい面など当然のごとく多々ある。破壊の規模も桁違いであるから、状況によっては謝罪・弁済も必要。ナギサ自身を運用責任者として最前面に、外務・総務・財務・法務の4室が実質的にこの活動を支えているといっても過言ではない。

 

 特に法務部の能力の限りと死力を尽くした法的解釈、先例を駆使し、歴史ある学園が溜め込んだ過去の解決事例、判決事例の記録を活用して更にはシスターフッドの協力も得ることで、その全てに勝利してきたのである。

 

 勝利してしまったのだ。

 

 無敵……無敵……無敵……!! 政戦両面で勝利し続けるトリニティの躍進は止まらない。学園全体のかつて無い一体感、全校生徒が上がり続ける自校の存在感に誇りを見出し、連邦生徒会の一部さえ……その姿に眩しいものを見るようになるのに時間はかからず、当然そんな存在が運営に苦しむ他自治学区からどう見えるかなど言うまでもない。

 

 自治区運営に関するあらゆる相談が、連邦生徒会ではなく……トリニティ・ティーパーティーに舞い込むようになるまで、そう時はかからなかったのである。

 

゛皆疲れてるんだね……やっぱり、支援の? 言ったらいけないんだっけ? ゛

 

「ええ、我がトリニティは他校の支援について……そうですね、先生に今更言葉を飾る必要はないでしょう、積極的に支援をしております」

 

 ゛うん、表立ってはやっぱり不味いんだね? ゛

 

「はい、調査により地区の治安維持能力を超えていると判断した場合、12使徒を「偶然」と称して送り込み、騒乱勢力を粉砕、必要であれば「それ以上」のことも行います。自治区法的には危険な行いであることは判っていますが、これは全てキヴォトスの平穏のため……けしてトリニティの利のためではありません……どうか……」

 

 ゛大丈夫、ナギサがそんなことをする子じゃないことは、私も、皆も、わかっているよ゛

 

「先生に、そう言って頂けると……心が晴れます」

 

 ゛尊い行いだと思う。でも、背負いすぎているかも゛

 

「その……通りなのでしょうね」

 

 限界だった。ナギサも限界だが、ティーパーティーも大概限界だった。

 

 学園エリートの証である筈の白制服は今や、疲れたOLの制服のそれと大差ないまで座り皺がついてしまった。先日の最後の追い込みは実に24時間を要し、法務室長の富士川は倒れ、今隣のVIP病室に寝かされている。

 

 各室長の疲弊も大概だが、その下の各役員・所属学生も疲労が濃い。

 ティーパーティーとは名ばかりと、ここ3週間で茶会を開けたのは二度……それもミカが無理やり、気分転換にと強制休みを作ってのもの。

 

 紅茶の香りを楽しむという行為を思い出して、涙を流す生徒さえいたという愁嘆場だった。これが全校生徒憧れの学園エリート集団にしてトリニティ総合学園の中枢、生徒会ティーパーティーの実情。

 

 そもそもが自治学区の運営組織である。歴史があるからこそ、ある程度どうにか回っていただけで、他校の面倒を見るのも、12使徒という桁違いの暴力装置を自由活動させるようなことも想定外だ。

 

 12使徒。トリニティの栄光……その力の源にして、この惨状の原因。

 

 悪い子達では、ない。本質は善性であり、自分の利のためにその力を振るうことはない。虐げられる弱者のために振るうと決めたその力は、外観的個性を潰してまで徹底する連携で、このキヴォトスのあらゆる悪を文字通り粉砕してきた。一方内面の豊かな個性は、口数の少なさに反して人好きのする気質であり。心から慕ってくれていることが判る、可愛い後輩達でもある……だが。

 

 12使徒は何かしらの命令を与えない場合、それぞれが自由警邏を行う。勝手に他自治区にも赴いて、その過剰すぎる暴力をもって人助けを実行する。善性の活動ではある、しかし政治的には危険すぎる。

 

 しかしそれを許すことが、彼女達が嫌っていた組織入り、ティーパーティーに入りナギサの命令によってトリニティのために力を尽くす条件であった、ナギサはそれを認め、交渉し、自分が面倒をみることを条件に先代ホストの承認を得て、入学したばかりの12使徒……特殊戦研究会12人に白制服を着せたのである。

 

 だからこそ12使徒は、究極的には桐藤ナギサの命令しか聞かない。

 

 ティーパーティーの白制服を纏いながら、彼女達がティーパーティーの指揮権に完全には服していないということを知っているのは……卒業した先代のホストを除けば、今代3人の生徒会長だけだ。これだけは他に明かすことは出来なかった、たとえ先生であっても。

 

 半ば制御不能の最終暴力装置、これが解き放たれた時、一体何が起きるのか。

 

 止める者なき12の翼がもたらす破壊力は、聖夜事変が示す通り絶大という言葉では表現しがたい程だ。ゲヘナのデーモンロード……空崎ヒナもいたとはいえ、あの夜……トリニティ・ゲヘナの両自治区の一部とD.U.アカハタ地区・シロハタ地区は、竜巻と地震が一気に来たような有り様になり……一夜にて戦場跡……廃墟と化した。ついでとばかりにブラックマーケットも火の海になり、D.U.側は元々再開発候補地区であったことも重なって、今も再建されていない。

 

 僅か13人で成せる破壊力ではなかった。巡航ミサイル数発程度で再現できるような惨禍ではない。その力の前にはスケバン・ヘルメット連合・マーケットガードも、そしてヴァルキューレさえも紙以下の抵抗しか示せず、ついには連邦生徒会長の直下戦力であるSRTさえ粉砕された。もうこのキヴォトスに……彼女達を止められる戦力は存在しない。

 

 13の人の形をした災害……それが空崎ヒナと、12使徒を示す言葉であった。

 

 この力の内、半分の引き金にナギサは指をかけている。

 その恐ろしさは、彼女にしか分からない。

 

 ゛まかせて、力になるよ゛

 ゛だからナギサはしっかり休んで、身体を大事にね゛

 

「ありがとう、ございます……」

 

 ゛疲れたんだね? 大丈夫、後の話は皆に聞くね。お休みナギサ゛

 

「………」

 

 胸に詰まるものがあった、ナギサを助けてくれるという大人の女性、先生の穏やかな声音が心に染みていくようであり、それが彼女の強張っていた全身の力を抜いていく。

 

 誰かに任せられるという安心感。久しぶりに、穏やかに眠れる気がした桐藤ナギサは静かに寝入り、何時ぶりかの熟睡という微睡みの中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 あれほど知っていたのに。

 

 自分の制御を離れた12使徒が、どれほど危険な存在なのかを。

 

 彼女達に明確な待機指示をする前に、ナギサは眠ってしまった。

 疲労と微睡みで低下した判断力が「12使徒を先生に任せた」つもりで彼女を眠りに誘った。

致命的な判断ミス、彼女らしからぬ失敗。

 

 今、彼女がそれを知ることはない。

 

 

 だが百合園セイアには見えていた。

 何が起きて、何が始まって、どう終わるのか。

 自分がその後にどうなってしまうのかも。

 

 この有り様の後に、まだこんな地獄が待っているのかよ、嘘だろ。もうやめようよエデン条約。いやエデン条約しないともっと不味い感じの未来見えてるけど、どうせこれあれだろ、あのダチョウ共が全部ぶっ壊してくよね? どうせいい感じにまとめて吹っ飛ぶだろ。問題はその過程なんだよ!! 私達が一体何をしたっていうんだ……いくらなんでもひどすぎる。というかあの12匹が動くと未来も動きまくって何が正解かもうわかんねぇよ、冗談だろ。こんなのってない、こんなのって……。

 

 

 桐藤ナギサが執務に復帰するまで……あと6日と21時間。





火の七日間は諸事情でダイジェストでお送りされます。

ワンチャン狙いの勇敢な悪党「ヨロシクニキー!!」

中小自治学区「お助けくださいーーー!!」

12使徒「!! のりこめー!!」

トリニティ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
ゲヘナ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
DU「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
ハイランダー「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
連邦生徒会「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
ヴァルキューレ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
SRT「このザマでうちら廃校にされるんでしょ? もうしらんわ……アホだろ」

7日後、百合園セイアは眠るように息を引き取った感じで引きこもった。

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