トリニティの12使徒   作:椎名丸

81 / 86

・千鳥ミチルさんってどんな生徒?

イズナ「部長は凄いです!! 色んな忍者のことを知ってて、いっぱい楽しいことを教えてくれます!! 本当は強いけど隠していて、でも悪いことをしている人を見つけたら許さない、そんなところが大好きです!!」

ツクヨ「部長は優しいです、こんな私でも何時も肯定してくれて⋯⋯忍者のことも沢山教えてくれるんです⋯⋯段々色々なことができるようになりました、部長のおかげです。修行も、動画も、私、楽しくて」

ニヤ「にゃはは⋯⋯いやー、ほんと色々助かっとりますわぁ。百花繚乱があんな感じなんで、もうもし居なかったらと思うと怖くなりますねぇ、にゃはは。これからもひとつ、頼みますよぉ」

カホ「ニヤ様が楽をしようと多用するのはどうかと思うのですが⋯⋯本当にもし特殊戦活動をしてくれていなかったらと思うと青くなりますね⋯⋯けれど、正式な部活にしなくていいんでしょうか? そのほうがカバーにはなるといいますけれど」

チセちゃん「わーい、また一緒にこの世を暴力しよー」



40・ニンジャ・ガール・スタンディング

 

「どうなってるんだ!! ええ!! ニャテ・マサムニェさんよォ!!」

「桐藤ナギサも、足止めさえすりゃあ大した影響はねぇって言ったのはアンタだろ!!」

「やべぇよやべぇよ⋯⋯次々と各地の同業と連絡が取れなくなってやがる⋯⋯」

 

「落ち着け⋯⋯!! まだ連中は遥か遠くじゃ⋯⋯ここは百鬼夜行の自治区内、それも沿線ではないんじゃぞ、奴らがどんな暴虐を働こうが⋯⋯!!」

 

「駅の周りはどの組も大事なシノギが集まってる!! それが焼かれてるんだ!! 冗談じゃねぇぞ!!」

 

 所は百鬼夜行自治区、人知れぬ暗がりが生徒達を寄せ付けぬ、隠れた暗黒街の一角。幾人ものやくざ者が集まり、互いに罵声を浴びせ、己らの待ち受ける運命を避けようと足掻いていた。

 

 外周圏を一つの円に繋ぐ環状鉄道はキヴォトス外周圏の血脈であると同時に生命線である。当然それは百鬼夜行自治区にも通っている⋯⋯今その鉄路を走る『死』こと、ハイランダーの装甲列車列が百鬼夜行自治区にやってくるのは⋯⋯翌朝。そこが彼らの野望の終点である。

 

 そう、彼らにできることはもう何もない⋯⋯単純に弱いからだ。

 

 ハイランダーの装甲列車列はなんと25両、かつてない兵力だった。見なくてもわかる、ヤバすぎる。保線車両込みだろうと、火砲を積んだ列車が20両以上も集まれば、自治区を丸ごと消滅させられそうな火力があるのだ。彼らは迫る処刑の時を前にして抗う術も持たず、ただ頭を抱えるしか無かった。

 

 おまけにその周囲には⋯⋯。

 

「本当にビーム撃ってくるぞ!! あんなのと、どうやって戦えばいいんだよ!!」

 

 まあでも狂った鳥類と、その携行ビーム兵器は流石にちょっと想定してないですよね。あと一息で5連射してくる謎のグレネードも異常すぎる威力で本当にどうしようもない。

 

 尚、エデン事件で消費した弾薬はゴルコンダ渾身の増産で完全充足である⋯⋯ゲマトリアいいかげんにしろよ。

 

「信じられねぇ⋯⋯!! あいつら、駅前のビルをなぎ倒してやがる!! 何考えてやがるんだ!?」

「戦車砲直撃したってのに微動だにしてねぇ⋯⋯本当にあれは生徒なのか⋯⋯怪獣だろ⋯⋯!! あんなの⋯⋯!!」

 

 彼らは映像でしか見たことのなかった12使徒という生徒達が、どういった存在で、どういうことをしてくるのかを本当の意味で理解していなかった。

 

 なんならもっと上位の宇宙怪獣がゲヘナ地方に生息しているが、その中央真実を彼らはあまり信じていなかった。地方常識で考えれば、腕を振るう衝撃波だけで人間が吹き飛ぶとかジョーク映像の類だからだ⋯⋯だが現実は真実となって迫ってくる。

 

 中央と地方の生徒同士がお互いを知らないように、大人達もまたそうであった。

 

 一般的に考えて、12使徒の警護しているナギサへの攻撃など自殺だ。彼らにはそういう常識がないので、大した覚悟もなく手を出してしまった、これはその結果。

 

「何か手はねぇのかよ!! 中央に借りれる手のツテはないのかマサムニェさん!!」

「ブラックマーケットのガードを借りれないか交渉してたんじゃないのか、どうなったんだ!!」

 

「それは⋯⋯」

 

「もう戦える兵隊はいないんだぞ⋯⋯雇える傭兵はいないのか!!」

 

 今ブラックマーケットは炎上中で大変ですからね、返信とかあるはずもなく。しかし最初からマーケットガードは派兵などする気は全く無かった、助けるつもりなど元よりない。

 

 金とかで解決できない? ダークサイド大人なのに? という疑問を多くの方が思われるかもしれない。だが外周圏の暗黒社会は中央とはまた違ったロジックで動き、独自の勢力圏と情報網を持っている。縄張り意識が土地との紐づけが強いがために、中央のダークサイド界隈との繋がりは薄く。中央からの流れ者はいるが、そういった者は中央との繋がりを失っている輩ばかり。

 

 ⋯⋯そしてそういう連中はもうとっくに逃げてるんですよね、ダチョウが来るってのに、こんなところに居られるかよ!! あばよ!!

 

 流石キヴォトスだぜ、クズしかいねぇ。

 それに、中央の暗黒社会は地方を端的に見下している。

 

 中央から地方に流れたダークサイド大人・暗黒勢力など、中央で生き残ってきたエリート・ダークサイド民からすれば敗残者であり、負け犬でしかないからだ。そんな程度の連中が幅を利かせてしまう地方など明確に格下。

 

 外周圏という『ぬるま湯』の中、緩いシノギでしか生きられない連中など、中央のダークサイド勢からすれば『お遊び』と鼻で笑われるようなレベルでしかなかった⋯⋯何故ここまで中央と地方で差があるのか。

 

 今更説明する必要ありますか? そうですね、ダチョウですね。

 

 そりゃまあ5年も凶暴な鳥類の暴虐に晒されてきた、中央サバンナのダークサイド連中は訓練されすぎている。高々シノギのネタが1地区2地区ごと吹っ飛んだところで、もう何も感じない⋯⋯わけではないが、過酷な大自然の摂理を前にすれば受け入れるしかない。

 

 中央ダークサイド民ならば、商材・資産の分散保護は嗜みだ。そんな基本中の基本を怠るようなマヌケにダークビジネスマンは務まらないので当然だった。

 

 カイザーと並ぶダークサイド大人の集まり、企業連から言わせれば⋯⋯「まさかお前、たった一つのシノギで会社(組)の看板支えてるとか正気なのか? それでもビジネスヤクザかよ」と言った具合だ。

 

 カイザープレジデントというガチ勢の逆境無頼が、熾烈な競争と称するほどのヒリつく表裏ビジネスの応酬が日々行われる中央からすれば⋯⋯地方の商売も犯罪も意識が低すぎる。

 

 もっと熱くなれよ!! 稼げるぜ!! 景気は良いからな!! 作っても作っても需要においつかねぇぜ!! なんせ定期的に焼け野原だからよ!! ガハハ!!

 

 ダチョウが襲ってきたら何もかも灰になる環境で生きてるんですよね、中央のダークサイド大人達は。

 

 そして焼き討ちしてくるのは別にダチョウだけではない、なんならそっちのほうが多いまである。サバンナには何かあると暴力で全てを解決しようとする逞しい野生の生徒達が多いんです。ダチョウはね、その鎮圧にも来ちゃうんです⋯⋯どっちにしろ燃えちゃうね。

 

 そんな野生の王国キヴォトス、これには先生も赴任初日から驚愕しかなかった。

 

 カイザーは当然として、ブラックマーケットや企業連、傭兵連合といった独自の武装勢力を抱えたダークサイド大人達は、そんなほぼ毎週火の海になる中央に慣れすぎているので、装甲列車が25両編成で走ってきて砲撃してくる程度⋯⋯いやこれはちょっと流石にヤバいな、無理ですわ。

 

 とはいえ受け止め方の心構えが全然違う、キヴォトス中央のダークビジネスマンシップは甘くないのである。

 

「桐藤ナギサに許しを請うしかないってのか? 生徒だぞ相手は⋯⋯!!」

「けどよ、このままじゃ俺達⋯⋯!!」「助かる手は、俺等⋯⋯このまま、し、死んで⋯⋯!!」

 

 命乞いは最後の最後にする降伏の作法、生徒ならまだしも⋯⋯ダークサイド大人であるならば、戦う前から負けを認めて土下座で相手を迎えるような体たらくなど恥⋯⋯。

 

 高々一回シノギをふっ飛ばされた程度でこのような泣き言⋯⋯プレジデントどころかカイザー系列一般ダークサイド社員でさえ、見れば失笑すらしない程度のダークサイド大人としての格差があった。

 

 12使徒からカイザーへの評価が高いのはここである。

 

 常に勝ちを狙い、最後まで諦めず戦う。カイザー社員は命乞いなどしない、敗北を認めた証として行われるのは生徒会⋯⋯主にトリニティ・ティーパーティーへのクレームだ。

 

 暴力・謀略で負けたのなら、政治で勝ちを拾いに行くのがカイザーコーポレーション。この悪としての気位の高さと生き汚さこそが、キヴォトスのトップ暗黒メガコーポの証。

 

 地方の犯罪勢力が中央からさして相手にされていないのは相応の理由があった。ダークサイドにはダークサイドの作法や守るべき様式美というものがあるのだ。

 

 「開幕命乞いの検討だと? ⋯⋯勝つ気がないのか? それでもダークサイド大人かよ、ゴミが⋯⋯ガッツを見せろ!! 戦わねぇカスはダークサイド以前に大人じゃねぇだろ!!」

 

 取引のある地方ヤクザから相談を受けた、元PMC理事ことカイザー営業課長の感想は辛辣だが真理だった。

 

 でもカイザー社員のそれも役職持ちに相談するのが間違ってるよ。課長はフルパワーアビドスにダチョウを5匹も添えてとかいう地獄にも、何だかんだキレながらトッコんでいく奴だし、カイザーコーポレーションはキヴォトスで一番バイタリティ溢れてる大人の集まりだぞ。そこに命乞いの相談とか(笑)。

 

 

 ⋯⋯そんな慌てふためく後ろ暗き暗黒社会の大人達、天使の羽を踏みつけてしまったばかりに、迫る処刑の時に怯えて狼狽える姿を⋯⋯闇の中から静かに見つめる目があった。

 

 

 この場の誰もその存在に気づきはしない。空気と一体化したかのような存在感。

 

 そこにいる筈なのに、この場にいないという極まった隠形が、大人達の直ぐ側にありながら彼女を『無』に変え、彼らの話を一語一句逃さず捉え、マイクを通してある場所へとリアルタイムで送信している。胸元に取り付けられた小型ボディ・カメラで、会合の様子を録画しながらである。

 

 完全に闇に溶け込んだその姿は小柄、とても隠れるには向かない艶やかな制服に、落ち着いた色彩のマフラーをメンポの代わりに巻き付けた⋯⋯少女の名は。

 

(どぉして、どぉしてこんなことになるにょぉぉぉ⋯⋯)

 

 百鬼夜行、忍術研究部の長⋯⋯千鳥ミチル。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 時は遡る。

 

「にょえぇぇぇ⋯⋯あ、あたし一人なのぉ⋯⋯!? しかも配信!? どういうことなのぉぉぉ!?」

 

「お願いしますよぉ、ほんっとこれ大事なコトなんですねぇ⋯⋯にゃはは⋯⋯いやマジで、これ冗談抜きなんですよねぇ」

 

 陰陽部に呼び出された千鳥ミチルは百鬼夜行の事実上の生徒会長⋯⋯天地ニヤのいつにない真顔とお願いに迎えられていた。

 

 何時も余裕がある感じで力の抜けたニヤらしからぬ、珍しいガチな様子に背筋の伸びたミチルだったが、嫌な予感は的中する。

 

「下手人のニャテ・マサムニェ氏ですけれど⋯⋯急いでこちらで身柄を確保して、制裁キメたあとに吊るしておく必要があるんですよねぇ、何故かわかります?」

 

「わ、わかんにゃいかなぁ⋯⋯」

 

「またまたとぼけちゃって!! ⋯⋯冗談言ってる場合じゃないんですよミチルさん、下手人を確保しないまま12使徒とハイランダーが百鬼夜行自治区まで来てしまったらどうなるか⋯⋯列車が通った後をみればわかりますよね? にゃはは⋯⋯」

 

 はい焼き討ちですね、間違いない。大学園だから容赦してくれるとか、配慮してくれるとかは期待しないほうがいいですよ。

 

 この時点では、ナギサとミカはまだお休み中でダチョウとハイランダーの動向と意志が確認できていないので、ニヤの焦りはガチだった。しかも犯人は自分達百鬼夜行の自治区から出しているので、マジでヤバい。

 

「で、でもぉ⋯⋯イズナとツクヨが戻ってからでもぉ⋯⋯」

 

「それでは遅いんですよねぇ」

 

 ニヤは急いでいる、あまり時間の猶予はない。

 

 桐藤ナギサが、12使徒を引き連れて百鬼夜行に到着するまでにケリをつける必要があるのだ。ここでのんびり話をしている時間が惜しい。きたる桐藤ナギサとの会談までに、全ての準備を終わらせなければならない。

 

 天地ニヤは桐藤ナギサを警戒していた。

 

 ニヤはナギサとそれなりに話したこともあるし、大学園の責任者生徒として関係も政治的なものだがある。穏やかな人柄で話しやすい、好感が持てる生徒。

 

 しかし、腹の底が読めない相手だ。

 

 慈愛の君とはいうが、いざ粛清となるとその凄まじさは⋯⋯苛烈の君とか呼ばれている百合園セイアよりも遥かに強烈。

 

 明らかにやりすぎな12使徒の暴れを許容していることから、一線を越えた相手に対してはかなり酷薄なのではないかと思っていたし、それでいて手当の丁寧さと誠実さは慈しみに溢れており⋯⋯実際強い二面性を感じる場面がいくつもあった。

 

 ニヤの懸念はここにある、ナギサが今回の襲撃でどういった感情であるのかがわからない。この焼き討ちはハイランダーの暴走にも見えるが、12使徒が暴れ散らかしていることから、ナギサの指示である可能性は高い。

 

 桐藤ナギサは12使徒を用いて初撃で力をもって相手を叩き、静かになったところで語りかけて許しを与え、シンパにするという行為を度々してきている。敵対閥の取り込みが上手い、トリニティの戦略はシンプルだが効果的なマッチとポンプだった。このキヴォトスでマッチは自分である必要はない、揉め事は巷に溢れているからだ。それを利用し、火消しという『正しい』立場に自分を据えて、勢力を拡大してきた⋯⋯。

 

 力を見せつけねじ伏せるが、その力で従わせるわけではない。ここが今までの君主、生徒会長達には見られなかった特徴。

 

 これが外周圏の落ち度を利用した戦略の可能性を捨てきれない。襲撃犯の背景次第でどういった要求が出てくるのかわからないのである。実際首謀者を自領から出している現実はニヤの立場を苦しいものに変えていた、これをどう躱すか⋯⋯。

 

 

 だが天地ニヤには秘策がある。

 

 百鬼夜行の誇る闇の生徒⋯⋯忍者だ。

 

 

「ミチルさんなら、お一人でも余裕でしょう? 期待しとりますよぉ」

 

「まってぇ!? 配信は!? どういうことなのぉ!?」

 

「処刑シーンを広く配信して、片付けはこちらでしましたよというアピールのためですねぇ⋯⋯忍者としての技を表に出してしまうのは、お嫌だと思いますけども⋯⋯どーかここは一つ!! こらえてやっちゃってほしいんですよぉ!!」

 

「え、ぇぇぇ⋯⋯」

 

 嘘である、ニヤの企みはこれまで秘されに秘されてきた百鬼忍者の長の技を表に出すことで『衝撃』を演出し、事件の首謀者とその背景、現場となった場所に世間と、何より桐藤ナギサと12使徒の意識を向かわせないための手段だ。

 

 一度しか使えない手だが、この窮地⋯⋯ニヤは躊躇わない。

 

 百鬼忍者の噂がかなり浸透してきている中、以前ほど自由自在には使えなくなってきているものの⋯⋯百鬼の三忍たる彼女達の実力はそんな程度で活動に支障をきたすようなものではないという信頼がニヤにはあった。

 

 百花繚乱が機能停止し、百鬼夜行の舵取りは以前より難しくなっている。だがニヤが度々頼みにしてきた忍術研究部の実力は疑うべくもない。この三人が使えていなかったらと思うと、寒気のするような薄氷の立ち回りがこれまで多々あった程に信頼と実績が既にあった。

 

 今時点で調べのついているニャテ・マサムニェの一党は100人前後と思われるが、文字通り一騎当千である三忍、しかもその長であれば全く問題はない、ニヤはそう確信していた。

 

「でも、は、配信なんてぇ⋯⋯」

 

 だが千鳥ミチル、渋る。

 

 普段、動画チャンネル『少女忍法帖ミチルっち』で表に出しているのは創作系の忍者の話や、技を見せるといってもお遊びのものばかり⋯⋯千鳥ミチルが忍者としての本気の技を表に出すことはなかった。忍者としてのあり方を追求している彼女としては闇の技を見せるのは受け入れがたいことなのだろうとニヤは思う、しかし引くことは出来ない。ここが謀りのキモなので、飲んでもらわないといけないのだ。

 

 なりふりは構わない⋯⋯秘密だった忍術の開示というインパクトがなければ、この後のナギサとの会談で有利に立ち回れる要素がない。

 

 だからこそニヤはいつもの緩い雰囲気ではなく、真剣さがある程度伝わるように表情を意識し、かつ下手に出過ぎないようミチルに語りかけている。千鳥ミチルは実力者だが、政治的な話になると押しが弱く、これまで『上手く』扱うことができた⋯⋯握っている弱みもあるのだ。

 

「お渡ししてある配信用の機材、もっといいものに変えますしぃ、今回使ってもらうボディ・カメラとマイクはそのままお渡ししますからねぇ、にゃはは」

 

「ゔぅー⋯⋯」

 

 だからニヤは『スポンサー』としての立場も使っていく。天地ニヤが忍術研究部につけた首輪はこれだけではないが、たとえ強かろうと政治力の無い僅か三人の非公式部活を『誘導』する程度のことはなんでもない。

 

 上手く押せば押し切れる、普段から何かと上手くやってきているのだ。久田イズナと大野ツクヨの二人を、陰陽部からの指令を伝える場にあまり呼ばないのは、千鳥ミチル一人であればコントロールが効くというニヤの自信と経験があるからだった。

 

 今年になるまで忍者としての技を秘匿しきり、強くはない普通の生徒だと周りから軽く見られようと耐え忍んで隠れてきた彼女を見つけ、その力を闇の生徒として扱えるようにできたのは、心底僥倖の一言である。百花繚乱が半ば解散しているのだから尚更だ。

 

 さしもの千鳥ミチルも後輩達の指導があっては本性を隠し切ることは出来ず、ニヤ達陰陽部にその存在と実態を悟らせることになったが⋯⋯百鬼夜行連合のため、その力を振るってくれればという思いは、思いの外あっさり快諾される。

 

 普段は言動の軽い自信家、しかし実態は真の実力を誇る本物の忍び。

 

 天地ニヤは、千鳥ミチルを信頼していた。もっと早くに出会えていたら⋯⋯。

 

「情報のあった場所はこのあたりですねぇ、ミチルさんであれば容易く見つけられるでしょう、以後の行動は一任いたしますんでぇ⋯⋯それでは⋯⋯大勢が焼け出されることがないよう、今回も、そのお力を貸してくださいねぇ」

 

 ⋯⋯その実力を疑ったことは、一度もない。

 

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

(む、無理だよぉぉぉぉ!! イズナがいないのにぃぃぃぃ!!)

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 千鳥ミチルは、一般生徒である。

 

 はっきりいって世間が思うような実力者では全然なかった。

 

 下がっていくニヤに声をかけられず、内心青い顔で必死に転がるのを耐えていたミチルはマジで限界だった。今日この日まで無理難題をどうにかこうにか大回転してこれたのは、優秀にすぎる素直で先輩思いの⋯⋯思い込みがわりと強めな後輩二人の力があってこそ。

 

 しかし今日、イズナとツクヨは外周圏で起きているこの騒ぎを把握するために先んじて各地に派遣されていて、この場にはいないのだ。

 

 つまり、ミチルが自分自身で犯人とその取り巻きを倒し、事件を解決する必要があった⋯⋯。

 

 倉庫の喧騒、その暗闇の中から場を探るミチルが見る限り、排除対象は120人。

 会議の場となっているこの倉庫の中には60人、外に60人。

 

 騒ぎを起こせば即120人対1での戦いになるだろう⋯⋯無理だよぉぉぉこんなのぉぉぉとか叫びたいミチルだが、ニヤは「この程度余裕だろ」ぐらいの勢いでいる。

 

 だってニヤ達陰陽部は、ミチルが百鬼の三忍の長であり、外周圏でも桁違いの実力者だという噂通りの⋯⋯絶対的な強者であることを疑っていないのだから。

 

 何故も何も⋯⋯問われるままに、お調子こいてガチ忍者ムーブをペラペラとフカしてきた、これまでの自分の言動のせいなので⋯⋯誰かのせいにしたくても自分の顔しか浮かばない。

 

 実際にはミチルを持ち上げまくる二人の後輩の顔も浮かぶべきなのだが、愛する後輩達のせいにする他責の念はミチルにはない。そういう気質なのだ、だからこそイズナもツクヨもミチルを慕っている。

 

 とはいえ、桁違いのガチ強者であるイズナとツクヨに、お調子言動の結果、より上位の忍者と煽てられ、表は忍者リスペクト少女、裏では恐るべき真の忍者という体で通してきたミチルはもう、引っ込みがつかなくなっていた。

 

 今更、あたし実は弱くてこんなの全然なんですぅーとか言えるわけがない。

 

 陰陽部だけでなく、後輩達のキラキラした目を思うと⋯⋯嘘でしたとかとっくに言い出せる空気では全然無かったのである。

 

 ミチルは必死こいて、これまでどうにか繕ってきた。

 なにせ忍者らしい動きができないわけではないのだ。

 

 実際外を警戒する警備60名を完全に出し抜き、この場で静かに闇に潜んで証拠を記録し続けている。強者と戦いにならないよう、息を殺して隠れるようにしてきた、危機感が鍛え上げた悲しいスキルだったが、役には立つ。

 

 ミチルはこれまで強者との接触を意図的に避けてきた。

 

 噂が噂を呼び、その実力を測ろうと勝負を挑まれることが最近増えていたし、どこに行っても視線が痛い。今までとは配信も考えられないぐらい視聴者が増えたが⋯⋯その多くは配信の内容よりミチルの実力が見たいとせっつくようなものばかりで、趣旨に共感してくれる視聴者は⋯⋯そこそこ増えてはくれているので、それはまあいい。

 

 とにかく自分が本当は弱いと知られぬように、空気と一体化するような隠形を自然と身に着けていたミチルは、忍ぶだけなら確かに忍者だった。

 

 そして気配遮断と共に、こういった後ろ暗い場を見つけられる探りの技術も体得していた。戦いにならぬよう、トラブルを避けるために必要な察知力だ⋯⋯悲しいことにこれは逃げるための技術。

 

 しかしこの会合場所と首謀者ニャテ・マサムニェを見つけたのはミチル自身。

 

 そういうことができるので、満更全部嘘ではなく、それがまた勘違いを加速させ、ニヤから依頼される任務の難度は上がり続けてきた。

 

 実際、今までこういった危うい場面は何度もあった、そのたびにどうにかこうにか⋯⋯イズナとツクヨがいいタイミングで来てくれたりと、奇跡のタイトロープを上手く切り抜けてきたミチルだが、今回はなんとソロで襲撃LIVE配信をしろというお達しで回避不可能。

 

 しかも失敗すれば、母校百鬼夜行が火の海になるかもという責任重大すぎる重責のおまけ付きだ。

 

 ついでに時間もない、朝にはハイランダーの装甲列車25両がお出ましだ、ダチョウ4匹と⋯⋯聖なる鉄骨の君を乗せてである。

 

 聖鉄骨の君はマジでヤバい、人間であるかどうかさえ疑問しかわかない存在。

 

 鉄骨姫大暴れだった晄輪大祭のエクストリーム野球を後から記録で見たミチルはぶっ飛んだ。野球と聞いていたので仕事はこっちで受けて、二人には楽しんでもらおうと送り出したのに⋯⋯あんなに恐ろしい競技だとは思っていなかったミチルだったが、ニヤからあともう少しで自分も出場させられそうになっていたと聞いて気絶しそうにもなっていた。

 

 そういう地獄から度々救ってくれるニヤには、配信機材を含めて色々恩がある⋯⋯冷静に見ると囲い込んできて無理難題をブチ込んでくるニヤのそれはマッチポンプだし騙されているのだが。ミチルは母校百鬼夜行にちゃんと愛着があるし、忍者と部活を肯定してくれる後援者の頼みは本当にキツいけど、悪と戦う忍者らしい正義の行いでもある、だからそれは良い。

 

 良いけれど⋯⋯流石にこれはないでしょ!!

 

 隠れて見た、ついさっき配信待機に切り替えた自分のLIVE配信画面は、同接が見たことのない桁のトンでもない数になっていた。

 

 待機画面に飛び交うコメントも、事件の全貌や首謀者への考察等よりも「いつ始末する? もう待ちきれねぇよ!!」とか「早く見せてよ忍者の技!!」とか処刑ショーにワクワクしているキヴォトス各地から大量のアクセスがあり、このままだとこの場のニャテ・マサムニェ達がいつ気づくかわからない。

 

 そしてモモトークでニヤから「証拠の記録は十分ですぅー、じゃ⋯⋯あとはよろしくおねがいしますねぇ」と一報があった⋯⋯。

 

 もう、もう逃げられない。

 

 自分が120人のダークサイド大人に捕まりボコボコにされる様が全国放送⋯⋯そんな責め苦を悲観するミチルだが、フレンドコメントにイズナとツクヨ、そして以前忍者のことを楽しそうに聞いてくれたゲヘナから旅行に来ていた子、イブキの応援コメントが書き込まれた今、逃げることなんて⋯⋯できない!!

 

 けど死ぬ!! 絶対死ぬ⋯⋯!! 

 

 ミチルは限界だった、しかしやらなくてはいけない。

 緊張で心臓が爆発しそうなほどに鼓動が高まる⋯⋯。

 

(もう、もうやるしか、やるしかぁ⋯⋯にゃいぃ⋯⋯)

(何か、何かぁ⋯⋯手は⋯⋯手はぁぁ⋯⋯!!)

 

 全土からの期待と自分に憧れてくれた子達の思いに背を押され、震えながらも前に出ようとした時、限界のミチルの中に浮かぶ一つの考え。

 

 ある忍者作品曰く、忍者には忍者魂というものがあり、危機的状況になるとそれが覚醒し、強大な力を得る⋯⋯こともあるという。

 

 忍者魂の憑依に賭ける⋯⋯それは偉大な先人達⋯⋯物語の強い忍者のそれを思い切り再現⋯⋯真似をするということ。

 

 ハズレを引くと常人の三倍程度の脚力とかいう、使えると思うけど妙に評価の低いデスノボリ?スキルが生えるが、無いよりはマシ⋯⋯そんな妄想ともつかぬ分の悪い賭けにすら縋ろうとするほど、ミチルは追い込まれていた。

 

 力だ、力がいる。勝つための力が、欲しい。

 

 スゥーハーッ スゥーハーッ

 

 部長も使えますよね? とか言って当然のようにイズナとツクヨが嬉々として見せてくれた、妙な深呼吸をミチルは行いながら⋯⋯イメージする⋯⋯悪を処刑する、無慈悲で力強い忍者を。

 

 それは力ある忍。

 

 創作の中で輝く数多の忍者達の中からミチルが普段憧れを以て仰ぐ、正義の心を持つかっこいい忍者存在ではなく⋯⋯力を以て力を制する、ダークヒーローのような忍者を想起した。

 

 千鳥ミチルは、力を欲して⋯⋯願い、祈り、そして。

 

 意識が、澄んでいく。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 組長達ダークサイド大人が言い合う不毛な会合、それを警備していた一人のヤクザ・ガードマンは呆れとともに、ふと暗がりを見た⋯⋯気になったわけではない、警備なのだから暗がりを警戒するのは当然だ。

 

「⋯⋯!?」

 

 そこに一人の少女がいた。

 

 視線を外していたのは数秒でしかない、確かにその場には先程まで誰も居なかった。忽然とこの場に存在しなかった者が現れる⋯⋯それは。

 

「誰だ!!」

 

 彼の誰何の声で、荒れ狂う会合の場から全ての者達がそちらに視線を向ける。

 

 闇の中に浮かぶ一人の生徒、艶やかな制服に地味な色のマフラー⋯⋯季節は夏がこようというのに、そんなもので口元を隠した少女。

 

 その目、その目を見た者達は背筋に怖気が走った。

 

 暗い、暗い目だ。まるで深淵がそこにあるかのような闇を湛えた目元の奥から、闇のような視線がニャテ・マサムニェだけを、真っ直ぐに射抜いている。

 

「お前は!?」

 

 知っている、この場の者達の多くが、その少女の名を知っている。

 

 百鬼の三忍、そう呼ばれ最近噂になっている生徒の名をニャテ・マサムニェ含めて幾人もの大人達は知っている。

 

 連中に工作を受けたと思しき事は何度もあった。今年になって活動を始めた、油断ならぬ陰陽部子飼いの特殊戦、闇の生徒⋯⋯だからこそ警戒はしていた。この場は秘匿され、密かに多くの警備をつけた。

 

 百鬼夜行陰陽部が、その連中を派遣してくるかもしれないという恐れは常にあった、だから⋯⋯その生徒を知っている、その生徒の名を。

 

「お、お前、お前はッ!!」

 

 ニャテ・マサムニェが立ち上がり、その名を告げようとした、その時。

 

 

 パン。

 

 

 その音に場が静まり返った。びくりと背筋が震える者すらいた。誰も動くことはできなかった。

 

 両掌を合掌のように打ち鳴らし、胸元で鋭く掲げた少女が厳かに⋯⋯そして流麗な所作で視線を外さぬまま、頭を下げて挨拶を行う。

 

 

「ドーモ⋯⋯ニャテ・マサムニェ=サン⋯⋯ダークスレイヤーですぅ」

 

 

 恐ろしすぎる空気と視線とは裏腹に、その言葉は舌っ足らずで、柔らかいものだった。

 

 千鳥ミチルは挨拶を行い⋯⋯忍者としての名を、名乗る。

 

 それはトリニティ在住の、とある忍者有識者がSNSで不定期連載しているニンジャ・ダークヒーローストーリーの主人公、ケン・フジキのニンジャネーム⋯⋯悪を許さない者、拷問者ダークスレイヤー!! 有名小説である、これは無論偽名!! だが名乗られた。

 

 百鬼夜行の常識として、挨拶はされれば返さねばならない。

 

「ド、ドーモ、ダークスレイヤー=サン⋯⋯ニャテ・マサムニェです⋯⋯貴様!! やはり百鬼の忍者!! 撃て!! こいつを撃て!! 忍者じゃぞ!! 討ち取れぃ!!」

 

 周囲のヤクザ・ガードが一斉に銃をミチルに向けようとする、が。

 

 ミチルの両掌がブレるように滑る。

 それは手をこすり、左右横に滑らすようにして射出された⋯⋯。

 

「「「「なーッ!? バカナーッ!?」」」」

 

 周囲50名程の、銃を向けようとしていた大人達⋯⋯全員の銃、その機関部に手裏剣が突き刺さっていた。

 

 一度に50枚の手裏剣を投擲!? そんなことができるわけがない、わけがないのに⋯⋯現実としてヤクザ・ガード全員の銃は鋭い刃が機関部に食い込み、動作不可能だった。僅か一挙動で50名を倒すこと無く戦闘不能にする、それはまさしく絶技。

 

 手裏剣など銃弾が効かないキヴォトス人にとってお遊びの道具でしか無い⋯⋯そんな常識を完全破壊する、圧倒的で衝撃的な技が披露されたのだ。

 

 これぞニンジャ、ダークスレイヤーの得意とする技、一度に1000枚の手裏剣を投げると謳われし、竜巻手裏剣の応用。

 

 ミチルのボディカメラはその一部始終を、挨拶の姿勢を解いた瞬間から目視困難な速度でまるで『発生した』ように見える手裏剣が両掌で半径数十メートル、分散した50目標の手元の一点に一挙動で投擲⋯⋯いや最早それは射出だった、そんな絶技を完全に記録し、配信する。

 

 < これだ!! これが見たかった!! 忍者マジですげぇぇぇぇ!! >

 < 本当に忍者なんだ!! マジこんなことができるのか!! >

 < これが⋯⋯千鳥ミチルかよ⋯⋯!! >

 < 凄すぎて震えてくるよ!! >

 < すごいわ、私のデストロイヤーじゃこうはいかない⋯⋯ >

 < なんという強化率⋯⋯これほどの生徒がまだ >

 

 LIVE配信だ、開幕あまりのインパクトにキヴォトス全土が揺れた。

 

 千鳥ミチルは絶技を披露しても一言も喋らない、静かに歩みだしニャテ・マサムニェがいる長机に向かう。その様は図らずもガチ忍者として暴れまわるガチモードイズナのそれと、凍てついた空気も、音のしない歩法も同じだった。イズナの本気の姿を知っている面々からすればそれは驚くべきことではない。イズナをアプレンティスとするその師こそは、この千鳥ミチル⋯⋯ダークスレイヤーなのだから。

 

「か、囲め!! 相手は一人じゃぞ!!」

 

 ニャテ・マサムニェの檄が飛び、ヤクザ・ガードが一斉にナックルガードを装着してミチルを押しつぶそうと⋯⋯。

 

「一人?」

 

 暗黒の目を湛えた氷の表情は変わらず、目だけが更に、恐ろしげに細められたミチルの姿と声に、駆け出す足が止まる。その一瞬の隙、その僅かな一瞬の間に。

 

 存在しない気配が生えていた。

 

「ドーモ」

 

 ニャテ・マサムニェの背後の柱、その影から一人の少女の姿が浮かび上がる。

 

「ドーモ」「ドーモ」

 

 ヤクザ・ガード達の背後の柱、その影から二人の少女の姿が浮かび上がる。

 

「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」

 

 周囲を見渡し、狼狽えるヤクザ・オヤブン達を囲うように、数多くの少女達が現れる。

 

「「「「「「「ドーモ」」」」」」」」

 

 全周、存在しない気配の少女に彼らは囲まれていた。

 

「ぁ⋯⋯な⋯⋯」「なんなんだよっこれ!?」

 

 全員、同じ顔。眼の前の少女、千鳥ミチルと全く同じ存在が全周に59名。本人を含めて60名が彼らを包囲していた。これこそはさる忍者活劇物語に登場する影分身の術⋯⋯その上位版、多重影分身の術。

 

「ガッ!?」「こっこいつら幻じゃないのかよ!?」「うわっ離せこの!!」

「グワーッ!? なんて力してんだ!? お、折れるぅ!!」

 

 音もなくそれぞれが滑り込むように至近の相手に近づき、瞬時に倒し、締め上げる。それは衝撃に揺れるヤクザ達に立ち直る時間を与えぬ早業だった。

 

 一瞬で59人を排除、あまりにもスマートでいて、圧倒的な力。

 

 影分身の術など現実に披露されたのはキヴォトス史上初である、それらしいことは噂されていたが、こうして記録映像に完璧に残ったのは初めてのことだ。連続して披露される忍者の絶技にキヴォトスは大興奮という言葉では冷めやらぬほどの熱気に包まれていた。

 

 < 影分身!? マジであるのかよ!? すげぇぇぇぇ!! 本当に影分身だ!! >

 < 幻影じゃない!? マジか⋯⋯本当に分身なのか? >

 < 質量のある残像でもなく!? >

 < 59人も影分身、それも独立して動かせるってマジか⋯⋯ >

 < これが⋯⋯ニンジャ⋯⋯エイカちゃんの話そのままだ >

 < 素晴らしい⋯⋯これほどのことが可能だとは、クックックッ >

 < ミメシスではない? 純粋な分体、意識を分けた影だというのか、興味深い⋯⋯ >

 

 ガチで忍者らしい忍者の技に全土が驚愕だった、眉唾だと思われていた噂の技の数々は真実であり、しかも明らかに先程とは別系統の忍術だ。手裏剣を暗器のように使う技と影分身の術は、技と術の二系統を千鳥ミチルが修めていることを示している。そしてこれらを使いこなす千鳥ミチルの実力もまた噂通り真実だと、キヴォトス全土が確信するに足る、絶対的な存在感。

 

「く、くるな!! 来るんじゃない!! 誰か!! 誰かおらんのか!! 外の護衛は何をしておるんじゃ!!」

 

「増援は、来ないよぉ」

 

 ふやけた口調からは想像もできない底冷えする声音がニャテ・マサムニェにかけられる。

 

 そう、増援は来ない。

 

「ま、まさか⋯⋯」

 

 何故なら、ミチルの影分身は『多重』だ。

 それが何を意味しているのか、説明するまでもないだろう。

 

 ニャテ・マサムニェが無線を取り出そうとしたその瞬間に、千鳥ミチルはもう彼の横に居た。配信視聴者の視線では画像が歪むようにして加速した? 瞬間距離が詰まったようにしか思えない、これぞ忍者の歩法『縮地』、一瞬で相手との距離を無にする一歩。

 

「ヒーッ!!」

 

 ニャテ・マサムニェの着物を胸元から掴んだ千鳥ミチルの、威圧的な深淵の瞳が彼の目を覗き込む。暗黒そのものが覗き込んでくるかのような視線にニャテ・マサムニェからダークサイド大人の恥も外聞もなく悲鳴が漏れる。

 

「仲間のぉ、数とぉ、配置はぁ?」

 

 < インタビュー!! インタビューだ!! >

 < ダークスレイヤー、千鳥ミチルのインタビュー!! こえー!! >

 < ミチルちゃん? ミチルちゃんなんだよねこれ⋯⋯うそでしょ⋯⋯ >

 < ごめんなさい⋯⋯!! 今まで馬鹿にしてて⋯⋯ゆるしてぇ!! >

 < こんな超忍者相手に調子こいてた生徒とかいるのか、度胸あるな⋯⋯ >

 < こんなに強いって知らなかったんだけど!! ちゃんと強いなら強いって言ってよ!! >

 

 ボディカメラ越しで見る威圧的なインタビュー、尋問の様子を見る全土視聴者も震撼。忍者(笑)とか言ってた1年2年時代を知る同級生達も震撼。まあこんなガチの存在を可愛いことしてるなぁとか、子供っぽいとか笑ってたとか、思い出せば恐怖に凍りついても仕方ない。

 

 ミチルが今まで笑って許していてくれたから、皆命があっただけだと思うよねこれは。

 

「はわっ、はわわーッ⋯⋯オガーッ!?」

 

 千鳥ミチルの拳!! 重々しい一撃にニャテ・マサムニェの顔が歪む!!

 

「仲間のぉ、数とぉ、配置はぁ?」

 

「た、たすけ⋯⋯グワーッ!?」

 

 千鳥ミチルの拳!! 重々しい一撃にニャテ・マサムニェの顔が歪む!!

 

「仲間のぉ、数とぉ、配置はぁ?」

 

 容赦なし!! 無慈悲!! 普段の千鳥ミチルを知るものならば、恐れ慄くほどの落差。怖すぎる⋯⋯普段ゆるキャラみたいな暖かさの少女が一転して地獄の獄卒みたいな存在感。拷問者ダークスレイヤーの名に恥じないインタビュー(拷問)に全土が震撼する。

 

 直前まで戦えないとか泣き言を言っていた少女の姿ではない、千鳥ミチルに一体何が?

 

 その真相は⋯⋯人々がミチルに向けていたイメージ、想像だ。

 

 以前ゴルコンダはキヴォトス各地で発生する怪異、深夜の遊園地事件などの説明を先生に求められた際、こう言った。

 

 

「言うなればあれは、現代の都市伝説、怪談……あるいは俗にクリーピーパスタとも呼ばれる、本来真実ではなく無意味な筈のお話が自ら崇高の境地へと至った非常に稀なケースなのです」

「つまり神秘も恐怖も無いままに胎動した、新たな崇高。無限に繰り返される中で偶然に意味を孕んで誕生した、稀有なテクストを持ちうる記号……。これは非常に興味深い、ぜひとも解釈されるべき記号であるわけでございます」

「本来神秘と恐怖がない場において発動しますが、神秘と恐怖がある場合にも一定の条件で形を変え、歪んで発動することがあります。人々が持つイメージ、想像、願望とは、それ自体がある種テクストを付与する行為に等しい⋯⋯もちろん一人一人のそれは僅かな影響力しかありませんが、数が集まれば話は別。そしてそれに『増幅器』の力が重なれば⋯⋯」

 

「The Library of Lore(止め処無い奇談の図書館)とでも申しましょうか。生命・物体を問わず、ある種の概念が力となって形になることもある、そういうことです、先生」「そういうこったぁ!!」

 

 

 こういうことは知ってる奴に聞くに限る。専門家、研究者の正しい使い方だね。

 

 ゲマトリア、流石こういった案件のガチ専門家なので、先生もこの手の案件で困ると最近結構話を聞きに出向いて会っていたりする、モモトークのアドもありますよ。

 

 でも真実の羽とか超兵器を超絶量産したり、その遊園地事件でしっかりデータ取って、何に使おうかとかウキウキしてたの忘れてねぇからな、シバいとくね⋯⋯。(バット握ったシロコをけしかける先生)

 

 では、以上ゴルコンダの解説をふまえて、千鳥ミチルがキヴォトス全土から想像されていたイメージを思い出してみましょうね。

 

 ・普段は一般通過生徒だが、秘された実力は外周圏でも桁違いの強者

 ・誰にも見つかることのない隠形の極致に至りし忍者

 ・汎ゆる忍術を修めたグランドマスター級ニンジャ

 ・凄まじい実力を持ちながらも、忍者としてあるために力を隠す

 ・陰陽部特殊戦部隊の長であり、今年になって後輩の指導を始めた

 ・その指導力は凄まじく、後輩の実力も桁違いのものに

 ・だがそれを歯牙にもかけない実力者であり、人格者

 ・普段のカバーに漫画やアニメといった創作忍者の紹介をしている

 ・リアル忍術だけでなく、創作忍者技の再現と研究をしており、実際再現できる

 ・とにかく千鳥ミチルは謎が多い

 

 千鳥ミチルは『謎』の塊であるが故に、人々の想像を掻き立て、それがテクスト、記号として成立してしまう。全ての忍術を使えるのだという人々の想像が、強大な力を彼女にもたらそうとしていた。

 

 目立たないようにと、常に逃げ回っていたことで実像を固定されなかった要因が大きい。千鳥ミチルは謎が多いという概念、そのイメージがもたらす影響を大きく受けてしまうことになったのだ、こんな形で発動する奇談あります?

 

 そして、秘密の存在が今日ここで明かされる⋯⋯それは、まさにライブラリー・オブ・ロアという術式の開示。式はその姿を開示される瞬間、強い力を放つ⋯⋯この瞬間にだ。

 

 ミチルに向けられていた全てのイメージが、力となってその身に降りる!!

 

 忍者魂の憑依現象は『現実』になり、ミチルは強い忍者のイメージを求めたことで⋯⋯ニンジャ、拷問者ダークスレイヤーに成り切ってしまった。

 

 この場にいるのは千鳥ミチルであり、伝説のニンジャ、ダークスレイヤー。

 ダークスレイヤーは悪に容赦はなく、慈悲はない!!

 

「た、たすけ⋯⋯グワーッ!?」

 

 千鳥ミチルの拳!! 重々しい一撃にニャテ・マサムニェの顔が歪む!!

 

「仲間のぉ、数とぉ、配置はぁ?」

 

 人が変わったかのような暴力性の発露!!

 

 これには小馬鹿にしてきた同級生達だけでなく、半ば騙して良いように使ってきたニヤ達陰陽部の面々も震撼!! ついでに忍者真実を目の当たりにしたダチョウ達キヴォトス中の強者達は大歓喜!! マジですげぇ!! 本当にクソ強い!! やるときはちゃんと容赦ねぇの最高だよ!!

 

 常々賑やかで穏やかだからこそマジで怖いし、正しき心を持ち、容易に争わない普段の自制心が尊敬の念を得る。このたった1度の配信で、千鳥ミチルという存在はキヴォトスに伝説となって刻まれることになった。

 

 彼女が心から信じる、忍者という存在への憧憬が、人々の願いと混ざり合い、力になり、憧れが本物になった瞬間である。

 

 ミチルの心に、望み思う忍者に『なり切る』というスイッチが作られた。

 

 弱い心は悪を許さぬ強い心へと補強され、苛烈な忍者の魂はミチルの正義の心が邪悪なそれを跳ね除け、ただただ悪を許さぬ⋯⋯そして必要な時以外に力は見せない、人々のイメージそのままの忍ぶ者⋯⋯忍者として、今日ここに降臨(エントリー)した。

 

 百鬼の三忍、その長⋯⋯。

 伝説の忍者、千鳥ミチルは⋯⋯現実となる。

 

 

 





・ダークスレイヤー
トリニティ在住の忍者有識者がSNSで不定期連載している忍者活劇小説、忍者真実を広くキヴォトスに広めることになった要因の一つ。極めて暴力的な描写と特徴的な台詞から中々の人気を泊することになった。

とっくにご存知なんだろ? そう、ダチョウB2、羽沢エイカの「前」に見たアレを参考にした戦犯小説。どうしてニンジャ真実をキヴォトスに広めるようなことしたんですか? どうなるかなんてわかりきったことだろボケ。

百鬼忍者が考えられない強化を受けている要因の一つだし、作中の技はイズナ経由で概ねキヴォトスに輸入されている。もちろん作中最強の技はナーフされないアレ「茶道の呼吸」。

・多重影分身の術
別名「俺は増えるぜ」。ミメシスのようでミメシスではない原理で作動する分身系術式。千鳥ミチルの専用術式、専用スキルのようでイズナとツクヨは使えない。まあイズナは夢幻、ツクヨは幻影使えますし⋯⋯この手の技が標準スキルな忍術研様子おかしすぎるだろ、幻影とか使えるの他だとネルと、抜け羽根を媒介に幻影貼り付けるの成功したミカぐらいのもんだぞ、いいかげんにしろ。

質量があるっぽい残像にすぎない幻影と違い、ガチで質量があり存在がある。しかも独立して動作するし本体が思考分割してるわけでもないという超技、効果時間は短いが、そういうレベルの話で済む性能の術ではない。最大展開人数は100体で180秒。数を増やすと弱くなるが、みちぅ本体のパワーがほぼ神話級で相当なんですが? 40体も展開されたらサバンナの生き物枠以外はだいたい詰む、無法の極み。

尚、スイッチが切れると性格もニンジャのミチル=サンからみちぅに戻るので使えなくなる模様。

・無慈悲処刑列車ハイランド・デストレイン
ハイランダー怒りの装甲列車25両編成、ナギサ様お召し列車の前を邁進する走る暴虐。エデン事件レベルでも出動は20両ちょっとだったと思いますけど。これは何? どういうことなの?

レール敷設車両と工作車両も混ざっていて、破壊工作をものともしない走る戦艦。合計40門以上の火砲と小火器多数で固めた移動式処刑装置。ハイランダーの栄誉、超VIP客おもてなし運行を台無しにしてくれたゴミを地上から消すために、ついで普段から運行の邪魔になってるクズの処理にと中央指令と地方指令の合意の元各地から集められ合体したバトルトレイン。

余談だが、ヤバかった頃の仙崎駅長の薫陶厚い激アツな後輩達が多数乗り組んでいるらしく、基本的に無慈悲。言動も倫理観もダチョウと大差ない⋯⋯だって2年生、つまりサバンナ世代が中心ですしね。ハイランダーでサバンナ世代ですよ? わかるでしょ? どういう連中か。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。