時刻・AM10:55
アビドス自治区境界線。
砂狼シロコのお気に入りの丘。
41・穏やかな?日々の終わり
砂狼シロコはその日、気分が良かった。
「ん⋯⋯そうさ、100%暴力~もうぶちのめすしかないさ~」
「この世のカス~皆殺しにしながら~」
我が身で風を切る感覚、流れていく景色。自転車で大地を駆けることが、こんなにも心地良い。思わず歌が漏れるほどに、砂狼シロコはその日⋯⋯気分が良かった。
進む道に少しずつ、ざらついた砂が増えていく。
アビドスの地が近い……彼女が帰るべき家へと。
アビドス高等学校、それはシロコの拠り所にして居場所、愛すべき母校。
古い記憶のないシロコにとって、全ての思い出はあの砂の大地と共にある。ホシノとノノミに迎えられ、居場所を得た砂狼シロコの⋯⋯そこは魂の故郷。
「ん!! そうさ~100%筋力~もう漲るしかないさ~」
「この世のゴミ~全殺しにしながら~」
アビドスには今まで色々な事があった。辛いことも、良いことも。
入学した頃は、学校存続の危機など意識していなかった。ホシノとノノミがそれを感じさせないように⋯⋯してくれていたのだと気づいたのは何時だったか。
それからシロコはアビドスのため⋯⋯ホシノとノノミのためにできることを探した、三人での暮らしを失わないためにはお金が必要だったから。
ホシノの稼ぐ賞金以外にろくな収入のないアビドスで、三人が飢えずに済んでいたのは、かなりの部分ノノミのおかげだ。アビドスは学内も住民も人は少なく貧しかったが、皆が温かかったし、飢えに苦しむことも雨風の寒さに震えることもなかった⋯⋯アビドスは借金に苦しんでいても、恵まれていた。
そうではなかった⋯⋯恵まれていなかった、困窮した学園がいくつも倒れ、廃校になってしまったというニュースを何度も目にしてきた。
それは我が身のように悲しかったし、明日は自分達かもしれないという思いもあった。だから、皆明るく振る舞っていても⋯⋯焦燥感は常にあったのだ。それを一番感じていたのはきっとホシノで、だからシロコは支えたかった、何としても、何をしても。
しかし、変わらない、変えられなかった。足りないものが多すぎたから。
そして1年が過ぎ、アヤネとセリカが入学し、アビドスは5人になる。
後輩ができた喜びに、シロコは希望を見た、そんな気がしていた。
以前よりずっと賑やかになった教室での暮らし、それを見るホシノとノノミの横顔⋯⋯うれしかった。だから自分の、皆の居場所を守りたいと、より強く思い、願った。けれど状況が悪くなり始めたのも、その頃。
利息と返済の重み、乏しい収入、そして繰り返される襲撃⋯⋯。
限界が近い、それを焦りと共に感じていた時⋯⋯学校への道で、砂狼シロコは1人の大人と出会った。
全ては、それから。
だから、今は違う。何もかも、違う。
道が、先が、未来が開けている、そう感じる。
自分達の足で此処に、立っていられると、思えるから。
「ゲッート~ゲッート~賞金首~力と夢のカーニバル~」
「チェーンジ~ゲッート、悪を滅ぼせ超暴力(スーパーゲパルト)」
「掴め賞金首~チェスト~チェスト~、吊るせ手柄首~チェスト~チェスト~」
歌が続くほどに、シロコはとても気分が良かった⋯⋯なにせ今日の稼ぎは激アツなのだ。
「ラララ、手柄首~ラララ賞金首~」
「キャバーン!力の証さ100万円!キャバーン!夢の成就さ1000万円!」
ついさっきシロコがヴァルキューレに引き渡したカスの賞金はなんと1000万円、単独でこれはかなりのハイレートだと言える。通常、キヴォトスに蔓延る指名手配ゴミ処理の報酬は一人あたり1000円から1万円前後が相場で、重要指名手配クラスのカスでも10万円から、高くても50万円といったあたりが多い。
連邦生徒会と主に被害を被った自治区市民や生徒、生徒会が懸賞金を出し合って賞金を設定し、賞金稼ぎ達に落とし前をつけさせる、マンハンター制度はアビドスのような学園にとって大事な収入源。アビドス生ならば朝一番の賞金リストのチェックは嗜みだった。手配犯の特徴さえ覚えておけば、今日みたいなラッキーヒット(意味深)が狙える。
よほどの重犯罪者でもなければ4桁万円というのは珍しい。本日朝の手柄首、なんでも以前アリウスの教官をしていたとかいう雇われダークサイド大人で、他にも余罪が山程あるらしくまさに激アツな獲物。
以前から目撃報告もあったし『親友』経由でミレニアムのハッカー集団、ヴェリタスの支援が受けられたシロコは、それを前々から狙っていた。
集団でなく一人で1000万円というのは過去最高のアツさだ、とても美味しい。きっと褒めてもらえる、皆喜んでくれる、そう思うとペダルを漕ぐ力にも張りがでる。
返済は順調で、金銭的な余裕から暮らしぶりも以前とは比べ物にならない。それは情けで下げ渡されるような金でも、頭を下げて借りる借金でもない。自分達で勝ち取ったもの。そのことがより、シロコを『狩り』に奮い立たせていた。
既にケジメ(打ち上げ)済みのため取り下げられたが、エデン事件の主犯だったマダム・ベアトリーチェの賞金額は当時1億が指定されていたので、また落とし前チャレンジが必要なビッグイベントをやってくれないかなとシロコは思っていた、今度の賞金はアビドスがもらう。
だってマダムがあと5回はイベントをやってくれたら、アビドスの借金が全部返済できるのだから。
そう、5回。つまり残り5億。
アビドスに重くのしかかっていた借金こと約9億円、しかし既に4億円の返済に成功⋯⋯あの、廃校騒動からまだそんなに経ってませんが? どう考えても様子おかしいペースでは? だができる、最強の傭兵学園、アビドスならば。
「今にもチェスト~漲る暴力さあカチ割れカスの脳天~⋯⋯ん、電話」
< や、シロコちゃん今どこかなー >
「ん⋯⋯ちょっと気分よくて、寄り道。丘のところ、少し遠回り。そうだホシノ先輩、さっきアツい獲物捕まえた、すごく美味しい」
< 例のダークサイド大人、捕まえたんだってね、お話きてるよー >
「うん、嬉しくて思わず強めの拷問(インタビュー)しちゃった」
< 千鳥ミチルちゃんのあれ? >
「ん、かっこよかった。震えるほどセンス良いインタビュー、仲間の、数と、配置は?」
フリーランス・ダークサイド大人に仲間などいないし、数と配置も何も1人だ。勿論それを知っているシロコに聞きたいことなどない、それは純粋に拷問であった。
< でも拷問は程々にしとこうね、シロコちゃん⋯⋯ >
「じゃあ素直になる魔法にする」
< やることは同じなんだよねぇ⋯⋯ >
砂狼シロコ、すでに全キヴォトスに名のしれた伝説級生徒にしてアビドスの誇るマンハンター。身内に愛情深い一面と同居する、冷酷無比にして残虐なる狩人。酷薄なる狼の拷問がダークサイド民を襲う!!
神話級生徒1人、伝説級生徒4人(+1)という異常学園アビドスは今や全国レベル知名度を誇る少数精鋭を極めた傭兵学校で、その暴力はキヴォトス中の手配犯を震え上がらせている。
アビドスのスーパーエクストリームやきうでの活躍たるや⋯⋯5人しかいない学園で4人も出場してくるとかヤバすぎてドン引きですよ。
オマケに試合中の無慈悲残虐行為といったら、ダチョウすらタケコプターにしてしまう小鳥遊ホシノとか恐怖の象徴でしかない。そら手配犯がアビドスの学章見たら「アバーッ!? アビドス!?」とか言って泣き出しますわ。
こんな連中が、最近⋯⋯全国各地によろしくニキしてくるのだ。
「そうだ、春風号は?」
< 朝イチで整備から戻って来たよ。あと今日もカーゴに燃料車が載せてあったね……やっぱり満タンにしてくれてる。燃料代はせめて出させてって言ってるのにね⋯⋯ >
「整備毎満タンだと燃料代も馬鹿にならない筈なのにってアヤネが言ってた、気を使われてるね⋯⋯じゃあ、今日も午後から出る?」
< そうだねぇ、セリカちゃんが張り切ってるから、アヤネちゃんに操縦してもらって、一緒に行ってくるかな外周圏。ピックアップできる依頼もいくつかあるし、目星もついてるからね >
今やアビドスの象徴である重武装重装甲のガンシップ、濃紺のV22オスプレイはダークサイド民にとって死の鳥も同然。特徴的なその爆音が響く時、それはアビドスの推参を意味した。
デスメッセンジャーの異名を頂戴した元トリニティのティーポット3号予備機、今のその名は春風号。温かな春の風の名を持つ機体は、弱者には希望となる春の訪れを告げ、悪党には春一番を意味する凍てついた突風をもって死を告げている。
小鳥遊ホシノの存在は既に『1人12使徒』といったレベルにあり、明らかな神話級生徒。
春風号を駆って全国どこにでも出没してくる、12使徒と並んで出くわした時点でジエンドなギミック同然の存在感⋯⋯今や全キヴォトスから「スーパーエクストリーム野球みたかよ? あの空崎ヒナと対等だっていう、聖園ミカとガチれるんだぜ? 明らかに人間やめてるだろ。他の生徒も様子がおかしすぎる⋯⋯全員が伝説級以上なのかよアビドス!!」とか思われている。
ミカちゃんをスッと人外枠に入れている、心無いキヴォトス市民の声に深く傷ついた当人はともかく。ホシノはエデン事件とスーパーエクストリーム野球で得た名声に困惑しつつも、得られた知名度がアビドスに資金を集める助けとなり、喜んだ。
アビドス指名で、高額で危険な賞金首の刈り取り依頼が来るようになったのだ。
中央だけでなく、外周圏のような地方からの依頼が最近特に多い。抗争は多いのに警察力が乏しい地方では、賞金稼ぎ・傭兵の需要はかなり高い、自衛力のある自治区ばかりではない。地方ではヴァルキューレなど慢性的に人員不足であるし、キヴォトスにおける自治区とは、基本自力救済の世界である。
だが、桐藤ナギサの翼下では違う。
トリニティの庇護下にあるか否かで、これほどまでに差が出てしまうのだ。
トリニティの勢力圏とその周辺ではダチョウという凶暴にすぎる鳥類が闊歩しており、事故ったらマンハントされたほうが遥かにマシな目にあう。よって被害は自然、トリニティの勢力圏から離れた場所で発生するようになり⋯⋯かくて賞金稼ぎ達の黄金時代が到来するのである。
そんな業界で名うてとくれば、まず挙がる名は便利屋68の陸八魔アル、そして伊草ハルカだったが⋯⋯高額賞金首を狩っても何故か換金しないこともある便利屋68と違い、アビドスは純粋に稼ぎのために戦う怜悧なプロ賞金稼ぎの学園と認識されつつあった。
すると一つ問題が発生する⋯⋯人がいなさすぎて連絡できる窓口がないのだ。アビドスの校舎に電話はありません、ネットの学校公式アカウントもないです。
< ん? アヤネちゃん? ⋯⋯わお。今ね、遠山ちゃんから手続完了の連絡もきたって。すごいねシロコちゃん、首1つで1000万円なんて新記録じゃない? やったねぇ >
「うん、美味しい。もう入金あったの? 嬉しいな、ティーパーティーはいつも手続き早くて助かる」
というわけでアビドスへの依頼は『何故か』トリニティを経由するようになり、最近はティーパーティーが依頼の仲介整理・管理、事務手続きに至るまで支援している。
まるでトリニティがアビドスを抱き込んだように見えますねナギサ様、こんな少数精鋭のガチ戦闘学園をお抱えにできるなんて流石です⋯⋯。
しかし、当然のように桐藤ナギサは何もご存知無かった。
だが世間の認識はとっくに『そう』であり、アビドスと話がしたければ先ずトリニティを通すのが基本ルートだと思われている。
春風号を受領した際、塗り直す時にアビドス全員の意見一致で決まった、感謝の念から出た『トリニティの紋章を残そう』のせいなのだが、関係者全員そんなの意識していないわけで⋯⋯。
そうして茶会で担当生徒が選任され、いつも通り仕事を⋯⋯書類慣れしている茶会生徒は、自分が他学の傭兵仕事の事務手続・入金管理をしている事に、特に違和感をもっていなかったし、必然的に窓口がトリニティにスライドしている事にも、当事者全員が誰も疑問をもっていない。
こうして回ってきた案件を黙って何でも処理してしまうから、無限に仕事増えるんじゃないですかね。
まあ訓練されすぎた茶会生徒にとって、この程度の仕事は片手間である。数多ある他学の自治区行政代行処理してる謎の状態よりは全然楽勝な仕事だ、何より茶会が絡むと何事も円滑に進む。
「賞金満額、毎回ちゃんとでるの凄い。未払いが1回もない、うれしい」
< 助かるよね、条件で渋ってくるような案件もないし、踏み倒しも全然ないし >
権威最高のトリニティ・ティーパーティーが窓口になれば、賞金の遅配などありえないし、総務と情報部が審査するので騙して悪いが系の依頼など見逃されるわけがない。
アビドスの後援者はトリニティでナギサ様なんだが? 慈愛の君のお顔に泥を塗る気か? そんなにダチョウのご挨拶をされたいのかよ? となるので、真っ当な依頼しかアビドスにはいかないのだ。
ホシノやシロコがただ無心に得意科目の暴力を振るうだけでよくなっているのは、こういう有形無形のサポートに包まれているからだった。約束を守らせる力、これこそが大学園の後ろ盾という強さ。
事務手続きはアヤネに負担が集中しがちだったので、機材設備の整備維持だけでなく、こういった細々した事も全てが大きな助けだった。アヤネが学校の運営に集中できるようになった影響は小さくない、アビドスに自治区として再起の芽が出始めている程に展望が、未来が見えている。
< 振り込み額見てさ、セリカちゃんが嬉し悔しがってるよ。リゾート旅行明けの一番首だし、額もアツくて誉だって >
「セリカもがんばってる、でも簡単には負けない。そうだ、エイカは?」
< 今日は戻ってないよ、ニュース見てると色々あって皆で焼き討ちしてるみたい、事件かな? >
まあ……事件は事件ですね。
具体的には連邦生徒会長代行失踪事件と。(クロノスはさぁ⋯⋯)
桐藤ナギサのお召し列車爆破未遂事件と。(これはマジ大事になるので秘密)
戦艦マアンナ号強奪未遂空港爆発事件とか⋯⋯。(隠蔽できるわけ無いだろこんなの)
色々の一言で流されて良いわけがない感じだよこれ。
イベント盛りだくさんだね、バカのカーニバルだよ。
このレベルのビッグイベントを「ちょっと派手だね」程度で流してるキヴォトス人おかしいよ。聖夜事変とか一週間戦争とか火の七日間とかエデン事件で感覚麻痺してるんじゃないですかね。
だから砂狼シロコの興味は事件ではなく、親友のことに向いていた。
「ん⋯⋯早く戻ってこないかな、新記録お祝いチャーシューしたい」
< エイカちゃんチャーシューマシ好きだもんねぇ >
我が友、羽沢エイカの『戻る』場所はトリニティじゃなくてアビドスになるべき、とシロコは思っているし、ホシノもなんか自然にそんな感覚で話しているので、当事者鳥類の状況は既に焼き鳥だった。
リーダーのことをクソボケとか笑ってる場合じゃないのはお前もなんだが?
自然とアビの制服着せられて馴染み、仲良く暴れて当たり前のようにアビに賞金を入れていく鳥類が5人からどんな扱いをされているのか⋯⋯まるで理解していないお前の姿はお笑いだったぜ、これミレニアムでも似たような光景見ましたね。
シロコは丘の上で遠く、中央の方角を見る。
遥かな遠く、地平の先の向こうに見える尖塔の光が天を照らす方角、そこに上がる煙が空を汚す光景はシロコからは見えない。アビドスは中央の管区だがD.U.からは遠い、この距離から様子を知ることは難しかったが、あの空の下に彼女がいるのだとシロコは感じた気がした。
< シロコちゃん? >
「ここからだとエイカのところ、見えないなって」
< 流石にアビドスの入口からだと遠いねぇ >
羽沢エイカ、トリニティから来たマイベストフレンド。
最も新しいアビドスの仲間にして親友の同級生。
トリニティ、トリニティ総合学園⋯⋯カイザーとの戦いの終盤についにやってきた支援の手。榴弾の雨が飛んできたあの時、12の翼がやってきたあの日を忘れた時はない。
先生が来てくれ、なんとか繋いだアビドスの命脈。それでも包囲は狭まり、足掻くように戦う日々、ここが勝負と打って出たあの日⋯⋯砂狼シロコは『親友』と出会った。
「モモトークいれておく、終わったら戻ってきてって」
< 夜に大将の所で合流できたらいいね、セリカちゃん今日は夜にバイト入るみたいだし >
「ん」
噂通り、その白制服の生徒達は圧倒的に強かった。
連携は凄いし、身体能力はこれまで見てきた生徒とは桁違いで、ホシノに近い。容姿は似せているし服装も一緒、全員全く同じ動きをするので個性もわからない12人のうちの⋯⋯1人。基地の下層を目指して一緒に進むうち、隣り合ってカバーする立ち位置にいたので話をした、12使徒の1人。
それは不思議な感覚だった、相手が何を考えているのか、お互いなんとなくわかるのだ。エイカの『姉妹』は言葉が必要ない理解で繋がる12人と聞いた⋯⋯けれどシロコには他の11人の考えていることはわからない。でも、エイカとはわかりあえる。
その時、シロコの脳内に溢れ出した存在しない記憶⋯⋯。
アビドスで共に暮らすエイカの姿。皆で一緒に賞金を稼ぎ、笑い合って6人で絆を深める光景がそこにあった。
ホシノの羽毛布団になったエイカ。ノノミと筋トレで指ダンベル耐久チャレンジしてるエイカ。セリカに羽根をモフられ続けるエイカ。校舎の砂を羽ばたきの風圧で雑に飛ばし、アヤネに叱られるエイカ。そして自分と⋯⋯自転車で二人走って通学する日々が⋯⋯溢れるように浮かぶ。
だから天を仰いだシロコの口から漏れたのは、その事実を確認するだけの言葉。
「ん⋯⋯⋯私達は⋯⋯『親友』だったみたいだね⋯⋯」
まだ出会って1時間もないですよね!? とかアヤネとセリカに突っ込まれたが、シロコは気にしない。
最初から相性は良かった、しかしお互いを知れば知るほどに噛み合っていく。だから、騒動のカタがついてエイカが姉妹達とトリニティに帰還する頃には⋯⋯。
「ん⋯⋯ベストフレンド⋯⋯チャリは良い。シロ、今度走りに行こ」
そうなった、いや⋯⋯『そうだった』。
何せ趣味も合うのだ⋯⋯自転車とロングランに興味を持ってくれたのは今までエイカだけだったし、身体能力も同格で何百キロだろうと一緒に走ることができた。
1人で風を切って走るのは悪くなかった、でも⋯⋯。
友達と一緒に走るのは、もっと楽しい。
1本の道が続く広大な平野、広がる天地を二人、自転車でどこまでも走る感覚。時に並走し、時に互いを風よけにして走り、視線をあわせる⋯⋯言葉はいらなかった。お互いの存在を風と共に感じるだけで、砂狼シロコは満足だった、こんなにも満たされる瞬間があるのかと、喜びの中にあった。
学校の問題はどんどん解決していき、借金は順調に消え、暮らしは上向き、大学園はバックアップに徹してくれる適切最適な距離感。先生はいつも気にしてくれていて、忙しいのによく会ってくれる。
アヤネとセリカの表情も明るい。何よりホシノの雰囲気が、ノノミの様子が⋯⋯昔よりもずっと良い。そして、心強い『親友』がいる。
だから⋯⋯きっともう心配は、何もない。
あの時は3人だった、けれど今は6人。
倍に増えたのだから、幸せも倍になる。
アビドスは大丈夫、きっと、これからも。
< しばらく走ってくる? >
「ん、そうする」
< お昼までにはもどっておいでね、シロコちゃん >
「わかった」
通話が切れ、スマホを仕舞ったシロコはふと、空を見上げる。青い空、雲の僅かな青空が広がっている。1人で走るにはもったいない、良い天気、空気だった。
深く、息を吸う。胸に満ちる⋯⋯砂と風が運ぶ、青空の匂い。
シロコが寝かせていた自転車を起こそうと屈んだ、その時。
背後に気配を感じた。
丘陵にあるこの草原の近場に、人の住んでいる場所などない、誰も居るはずがない、しかし。
今、大きな影が⋯⋯シロコを青空から遮っている。
「!?」
振り向き、即座に飛び退く姿勢で下がったシロコは、見た。そこに聳える大きな⋯⋯人のものとも、彫刻ともしれぬ、仮面をつけた、巨大な人影の姿を。
「誰!?」
巨影は答えない、人なのか? それとも以前夜の廃遊園地で遭遇した『怪異』の類か。突然現れた存在はシロコに何も答えない⋯⋯しかし、敵意は、感じなかった。
そして。
「⋯⋯」
背後に、別の気配が現れる。
こちらは人だ、間違いない。鍛えられた砂狼シロコの感覚が、それを人間だと言っている。仮面の巨影には感じない、静かだが強い力を感じる、息吹がある、しかしその存在の圧力たるや⋯⋯。
そして、背後を流し見たシロコの目に映る⋯⋯その姿。
毎朝、鏡で見る自分の目と同じ色を持つ⋯⋯いや、似ているどころではない。これは似すぎている、あまりにもその女は、自分と特徴が⋯⋯酷似しすぎていた。
「⋯⋯!?」
色違いの愛銃と同じ物を緩く構えた、黒いドレスの女。
それはまるで⋯⋯。
「生き別れの⋯⋯姉!?」
「「 !? !?」」
・
・
・
「あっ見えてきましたよ!! あれがきっとそうですね!!」
「地形図の特徴と海岸線が一致すれば当たり。ヒフミ、あっち側から近づいてみよう」「はーい!! あーてかーじ!!」
「近くの島と聞いていましたけれど、それなりに距離はありましたね」
「ホバークラフトを探してって言われたけど⋯⋯無人島なのに? ってヒフミそんなに船を振り回さないでよ!! この船、結構大きいんだから!! というかこれセイア様のなんでしょ!?」
「うう⋯⋯調査が終わったと思ったらまた調査、はぁ⋯⋯もうずっとティーパーティーにこき使われている気が⋯⋯」
「けど今度は人命救助みたいですから、私が頑張ります!! ウイさんは休んでいてください」
「本当に人命救助なら、それこそ任せきりというわけにもいかないでしょう⋯⋯ヒナタさん程じゃないですけど、私もそれなりに力はあるので動きますよ⋯⋯」
「ウイさん⋯⋯!!」
「な、なんですか、もう⋯⋯」
阿慈谷ヒフミ率いる補習授業部4人、そして図書委員より古関ウイ、そしてシスターフッドから若葉ヒナタの計6名。奇妙な組み合わせの面々は夏の小旅行にと海へと繰り出していた。
正しくは4人が海に出るついでに、発見されたユスティナの遺跡らしきものの調査を抱き合わせにされた小旅行である。そのためウイとヒナタが同行しているといった構図。
島の遺跡調査は上手くいった。その過程でユスティナの亡霊が湧き出す事態が何度もあったが、補習授業部小隊4人でかかれば大した脅威ではない⋯⋯が。
「ヒナタさんは遺跡でもずっと戦い詰めだったじゃないですか、もっと私達を頼ってください!!」
「うん、銃弾を弾くまでは難しいが⋯⋯私も見劣りはしないはずだ、任せてほしい。それにしてもシスターフッドの生徒は凄いな、本当に銃撃が全く通らないなんて」
若葉ヒナタ、ユスティナ・ミメシス相手に無双。
彼女はシスターとしての『位』こそ高くはないが、シスターフッドの中でも指折りの実力者にして剛力無双、無類無敵と謳われし、敬虔なる聖堂騎士の1人。
聖堂騎士とはあくまでマスター位階生徒達の俗称であり、シスターフッドにおける正式な役職ではなく、彼女達に上下はないが⋯⋯もし正式であれば、ヒナタは聖堂騎士団長位を賜っていたかもしれない位階にある、自称物品整理係のシスターだった。
「ちょっと強すぎて驚きでしたね⋯⋯シスターフッドはいつからあんな修練を? 何か妙なことになってるとはマリーちゃんから聞いていましたけれど⋯⋯」
「去年の夏前でしたっけ? ハードスティックや銃剣で弾を防ぐ鍛錬が始まりまして⋯⋯気がついたら皆できるようになってたんですよね」
そう、ダチョウ渾身のやらかしの一つ。ジェダイ・ナイツのライトセイバーコンバット伝授であった。
エーカ、オメーはなんでセイバーコンバットの型とか全部覚えてんだよ、他に覚えとくべきもんが沢山あっただろ。
というかフォースとか無い世界ですよねここは、なんでジェダイの技が再現されてるんです? 歌住サクラコとか明らかにフォースの導きがある挙動してますけど何故なんです? というか存在感がかなりベイダー卿だよ、胡散臭さと怖さが悪化してます!!
シスはシスでもシスフってね。というわけでシスターフッドは今現在、宗教集団であると同時にほぼジェダイの騎士団みたいな感じだった。
「何でシスターが銃弾弾くようなことしなくちゃいけないんです⋯⋯意味がわかりませんよ⋯⋯」
「ヒナタさん、凄かった⋯⋯」
「いえ、私なんて全然で⋯⋯ちょっと力が強いだけというか」
その実力⋯⋯全然ちょっとどころではない。
若葉ヒナタ、文句無しに聖堂騎士の頂点生徒。エデン事件ではセイバー警棒が破損するまでに盗難スーパーアバンギャルド・ターボカスタムを1人で4機も撃破した豪傑である。
その得物は両端から伸びる、黄色に輝くツイン・セイバー警棒。型は最高難度のジュヨーという、真の強者にしか許されない位階……フォースグリップをしてこない以外は挙動がほぼロードベイダーなダース・サクラコに並ぶ近接無双の存在なのだ。
身体は色々と大きいが優しげで気の強くなさそうなゆるふわシスターという、いかにもカモにされそうな空気感を出している若葉ヒナタ、シスフの外部活動にと領外へ出るとお調子連中に絡まれることも多々あるのだが⋯⋯いざ反撃となれば、お出しされる暴たるやこれ⋯⋯とんだトラップであった。
「ハナコちゃんはヒナタさんの事、先に聞いてたんですよね?」
「ええ、ツバメちゃんが「安心して頼って良い」って言ってましたから」
「ツバメがそう言うなら相当だね、流石だ」
「⋯⋯シスターフッドってそういう部活なんだっけ⋯⋯?」
「そんなわけないでしょう⋯⋯ユスティナの聖徒達、明らかに困惑してたじゃないですか」
まあご先祖様も驚くよね、末裔が突然ジェダイナイツになってたら。
今回の遺跡調査についても「シスターヒナタが同行するならば、危険はないでしょう」というシスフのご推薦があり。ナギサに随行するため旅に同行できなくなった補習部最後の仲間、城島ツバメからは「シスフ最強格だから問題はない、安心していい」という文言が出るほどの存在感である。
実際現れたユスティナ・ミメシスらしき亡霊達が攻撃してこようものなら、ツイン・セイバー警棒でシバき倒して圧倒していたので全然危険はない。
ツイン・セイバー警棒は扱いが難しいが攻防一体であり、銃弾はヒナタに対して全く有効ではなく、本人の素防御力は重戦車どころか戦艦のそれだ。前列に立って輝く棒を振るえば後ろの5人はピクニック中のアトラクションぐらいの空気感。
余談だが、セイバーコンバットの一つジュヨーは動きの激しめなスタイル。改造シスター服や水着がアレでかつ、色々と立派な体躯のヒナタがツイン・セイバー警棒を縦横無尽に操ると⋯⋯それはもう大変な光景だったりする。
暴れまわるヒナタパイを見つめながら、コハルは死刑かどうかを慎重に見極める必要があった。
「ヒフミ、砂浜を見つけた。⋯⋯そこに何かある、この船ぐらいのサイズ、おそらく⋯⋯」
「ホバークラフトは砂浜に上がれますよね? たぶんそれです!! 見つけましたね!!」
「連邦生徒会長代行達がそこにいるって話だったけど、なんでこんなところで遭難してるんだろ⋯⋯」
色々あったんですよ⋯⋯色々。
具体的には赤冬特製カンポットでヘリのパイロットやってる旧友を歓待したアホのせいですね。キヴォトスには飲酒運転の概念があまりないので、関係者全員にその自覚はなかった。
「⋯⋯うん、間違いない、ホバークラフトだ。ヒフミ、浅瀬になるからあまり近づかないようにしよう、座礁したら私達も遭難だ」
「あっ、見て!! 手を振ってる人がいる!!」
コハルが指差す先には、まだ遠いが人影がいくつもあった。こちらに両手を振る生徒らしき少女達が幾人もいる。
「どうやら無事みたいですね⋯⋯皆さん怪我がなくてよかった」
ヒナタが安堵の息を吐く、要救助者達を無事発見だった。
「⋯⋯⋯⋯その、なんと言ったらいいのか⋯⋯」
だが古関ウイ、違和感。
「本当に、遭難してたんです?」
無人島のビーチ、そこは艶やかなパラソルが立ち並び、ビーチベッドが並べられ、今ついさっきまでバーベキューをしていた感丸出しの⋯⋯あきらかにリゾート満喫してただろう光景そのものだった。
どう見ても遭難してるタイプの暮らしぶりではない、ヘルメット団生徒の連中とか両手に串焼きの魚握ってるじゃねぇか。
双眼鏡の先にいる生徒のうち、パラソル下のビーチベッドで手足を投げ出し、寝相悪く明らかな完全寝をキメている生徒の顔を、古関ウイは興味がないので知らなかったが⋯⋯その生徒こそ。
連邦生徒会長代行『次席』不知火カヤ防衛室長長官である。
休暇は終わりだ、働け連邦生徒!!
・そうさ100%暴力、掴め賞金9億円
作詞 川澄スミカ 作曲 城島ツバメ
歌詞
そうさ、100%暴力、もうぶちのめすしかないさ
この世のカス、皆殺しにしながら
そうさ、100%筋力、もう漲るしかないさ
この世のゴミ、全殺しにしながら
ゲット、ゲット、賞金首、力と夢のカーニバル
チェンジ、ゲット、悪を滅ぼせ超暴力(スーパーゲパルト)
掴め賞金首、チェスト、チェスト
吊るせ手柄首、チェスト、チェスト
ラララ、手柄首、ラララ賞金首
キャバーン、力の証さ100万円
キャバーン、夢の成就さ1000万円
今にもチェスト、漲る暴力さあカチ割れカスの脳天
掴め賞金、そうさ、100%暴力、もうぶちのめすしかないさ
アビドス応援ソングとして12使徒により作詞作曲された威圧的な歌、主にシロコがサイクリング中に歌っている。あまりにもあまりな歌詞のため、アヤネとセリカからの評判は芳しくない様子。