トリニティの12使徒   作:椎名丸

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「⋯⋯⋯ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯一体⋯⋯何⋯⋯」
「なんで、どこに行っても襲われて⋯⋯こんなに治安、悪かった? 流石にそんなこと⋯⋯」

「いたぞ!!」

「!?」

「ヒャハァ!! まちがいねぇ砂狼姉だぁ!! 300万円はアタシが頂くぜ!!」
「ぬかせぇ!! 私んだ!! 砂狼姉の懸賞金は私の総取りよ!!」

「砂狼、姉!? どういう、こと!?」

「お前、記憶喪失らしいなぁ⋯⋯可哀想に、けど安心しな、すぐ妹のところに送ってやるよ、ヒャア!! そしたら300万円はアタシのものだぁ」
「生き別れの姉妹だって? 苦労したんでしょう? それも今日まで⋯⋯あんたは妹と再会できてハッピー、私は300万円の懸賞金がもらえてハッピー、今日はいい日じゃないのさ!!」

「なんで!? 懸賞金!? どうして!?」

「なんでぇ知らねぇのかよ? 生き別れの姉妹が可哀想だって、トリニティの慈愛の君とゲヘナの総大将が連名で懸賞金かけてんのさあんたに、有力なら情報料ですら10万だ、こいつは大層な御慈悲だよなぁ!!」
「最初は捕獲100万だったけど、砂狼姉、あんた強いからねぇ⋯⋯いい感じに賞金膨らんでて嬉しいったらないね!!」

「なんで!? それに私は姉じゃない!!」

「降伏するなら待ってやるぜぇ⋯⋯10数えてやる、9、8、7」

「な、なんなの⋯⋯!! こんなの前には!?」

「6⋯⋯ヒャア、我慢できねぇ、ゼロだぁ!!」



43・ツインターボ・カルバノグ

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! アバーッ!!」

 

「⋯⋯⋯⋯」(絶句)

 

「あーあ⋯⋯ま、そんなにうまくはいかないものよね」

 

 不知火カヤ、横転。七神リン、絶句。河駒風ラブ、達観。

 

 自分達が事故って行方知れずになってる間に、お祭りになってたキヴォトスの様子を伝え聞いて、休暇の終わりを理解する流れであった。

 

 これにはビーチベッドで呑気にお昼寝していた、不知火カヤちゃんさんも勢いよく転げ落ちるしかない。

 

 わかっていただろうにのう、リン、カヤ。このサバンナたるキヴォトスで、予想通り穏やかに物事が進んでいる筈がないと。色々あって気が抜けていた2人は、普段らしからぬ楽観でいたのだが⋯⋯まぁ海でゆっくり過ごせる時間が強制的にできちゃったから、しかたないよね。

 

 ちなみにラブはなんとなく察していた勢であるが、気を遣ってあえて黙っていただけ。

 

 だってヘルメット団だし⋯⋯比較的穏健なシノギで暮らしているラブ達ジャブジャブ・ヘルメット団も不良だし、ヘルメット連合に属しているのだから⋯⋯普段の荒くれ層がこういう時に、どういう挙動をするのかは誰よりも知っている。

 

 身動きできない状況であれこれ不安に思わせて焦らせる意味はないし、今はとにかく休んでほしい⋯⋯そういった2人への心からの気配りだった。なんて出来た人間性、どうして不良なんてやってるんでしょうね。

 

「あはは⋯⋯というわけなんです。今キヴォトスは『それなりに』大変なことになってるみたいなんで、早めに戻ってきてもらえると助かりますっていう、ティーパーティーからのお話でした」

 

「「⋯⋯すぐに戻ります⋯⋯」」

 

「はい⋯⋯」「はーい、お片付けしますねー!!」

 

 連邦生徒3人は沈鬱な表情だが、1人はまだお元気。

 

 こういう時に頼もしいのが赤冬出身生徒。成績優秀、心身ともに屈強でかつ楽観的。連邦生徒会をかなりの部分で支えている赤冬出身生が各部署で重用されがちなのは、試される大地で生き抜く、こういった底抜けの明るさと、苦難を笑顔で乗り切る気質にあった。

 

 まあクーデターとかを計画しがちな、ちょっとした欠点はありますけども。

 

「皆さんがご無事なことは船舶無線で既に知らせましたから、慌てなくて大丈夫ですよ」「ありがとうございます⋯⋯」

 

「お片付けは私達も手伝います!!」

 

「⋯⋯皆さん無事だし、じゃあ私は船に⋯⋯」「ウイさんはパラソルとかお願いしますね!!」「え!?」

 

「うちのホバークラフトは⋯⋯置いていくしかないわね。仕方ないわ、そのうち燃料もってこれるといいんだけど⋯⋯これ、あたしたちの家なのよ」

 

「あ、大丈夫です!! そのことはもう天田さんにお願いしてありますから、後ほどオデュッセイアから給油艦のチャーターをしてもらえるよう、取り計らってくれるそうですよ!!」

 

「給油艦のチャーターって⋯⋯トリニティってやっぱすげーわ⋯⋯」

 

「そ、そう⋯⋯助かるわ⋯⋯ならホームレスにならないで済みそうね。回収終わるまでは公園で暮らすかな⋯⋯テントとかも持ち出さないと」

 

「それも手配してもらいましたから心配いらないです、ちゃんとしたホテルがありますよ!!」

 

「いたれりつくせりで怖いんだけど⋯⋯というかさぁ」

 

 連邦生徒とヘルメット生徒の間に、違和感が広がっていく。この阿慈谷ヒフミという生徒、さっきから先回りするようにして、自然体でティーパーティーに要望を通しているが⋯⋯。

 

 いくらトリニティでも、学籍のないヘルメット団の生徒のために、オデュッセイアから燃料給油艦を1隻丸ごとチャーターしてくるとか普通ではない。

 

「給油⋯⋯艦、ですか」「みたいですね!!」

 

 それも給油『艦』だとヒフミは言った、給油船ではない、それは軍艦を意味する。まず燃料給油艦は単艦運用はしない、オデュッセイア海洋学校本校艦隊の所属であり、本校艦直属の駆逐艦が必ず最低2隻は随伴するような存在。リンの疑念は当然だった、軽々しく引っ張ってこれるような存在ではないのだ。

 

 どんな権力があれば、そんな要望が通せる?

 

「お話は⋯⋯財務室の、天田室長と?」「そうですー」

 

「生徒会閣僚級生徒と直通で話が通せるの、流石トリニティですよね」

 

 カヤはトリニティのスピード感のある組織構成に慣れているので感覚が麻痺しているが⋯⋯どう考えても茶会の最上位生徒と『自然に』話せて、この『要望』を通せる、眼の前の生徒が普通ではないのは明らかだ。

 

 リンが天田室長かと聞いて肯定されたのをみて、連邦一般生徒2人に電流走る。トリニティ・ティーパーティーの財務室長は閣僚級生徒にしてトリニティの最高幹部である、それに「お願い」?

 

 あ、ヤバい。これお気楽にお相手したらマズい身分の方だ。

 

「⋯⋯お手間を、おかけいたします⋯⋯」「いつもありがとうございますー」

 

 連邦生徒に珍しいカーテシーでもって、上位生徒に向ける所作で改まってのお礼申し上げ。

 

 自称帰宅部、そして補習授業部(仮)の部長だという生徒、その『本当の』所属、本来着ているべき制服の『色』を察し始めた連邦生徒2人、栗原と神田の応対がスッと丁寧になっていったのを見て、ヘルメット団生徒達も背筋が伸びていく。

 

「その、阿慈谷⋯⋯さん、ってティーパーティーなの? 上に即そんな話が通るって⋯⋯もしかして、その⋯⋯茶会の、偉い生徒だったり⋯⋯する、します?」

 

「え? あはは、違いますよー、私なんか全然普通の一般生徒ですから!!」

 

「そ、そう?」(普通の生徒が、茶会の幹部に一言「お願い」だけで話、通せるわけねぇよ⋯⋯これ、やっぱ⋯⋯)

 

「その、あたしチャーター代とか絶対払えないんだけど⋯⋯」

 

「ナギサ様から「人命第一の結果、尊い行いです。私からオデュッセイアにお礼をしておきますので、ご心配なくとお伝えください」って、モモトークもありましたから大丈夫ですよ。危機を察して燃料切れ覚悟で助けに行くなんて、とっても凄いことですもんね!!」

 

 ナ ギ サ 様 か ら モ モ ト ー ク。

 

 背筋の凍る現実である。慈愛の君と個人の関係が持てる生徒など、最早このキヴォトスに限られた地位の生徒しかいない。

 

 ナギサのモモトークアドレスを持っているリンとカヤこそ衝撃は少ないが、一般生徒からすれば⋯⋯そんなの殿上人の証、もう正体確信であった。緊張しないようにとの気遣いか、あくまで今はオフだから帰宅部と言い張ってるだけなのだと。

 

 茶会の上級生、それも閣僚級生徒を顎で使える生徒など、派閥首長か⋯⋯その『次代』だけだ。

 

 つまり、2年生である眼前のこのお方は⋯⋯次なるトリニティの⋯⋯。

 

「「「「「「あ、ありがとう、ございますぅ⋯⋯」」」」」」

 

「?」

 

 そのへんにいる普通の一般通過権力者にして無頼の王、阿慈谷ヒフミを前にした生徒達の、直角90度のオジギが決まる。

 

 なおヒフミのカバンの中にひっそりとある『紙袋』の存在を知ったら、オジギの角度が90度を超えた後に土下座になってしまうだろう事実を、彼女達はご存じない。まあ表の顔(予想)も大概ですけど⋯⋯。

 

 どう考えても茶会の幹部生徒、それも桐藤ナギサの側近にしか思えない言動。そうとは感じさせないよう一般生徒のように振る舞ってはいるが⋯⋯滲み出る大物感に、緊張を隠せない生徒達であった⋯⋯。

 

 ヒフミは意図してそういう物言いをしているわけではない、あくまで全てを善意でお願いし、ヘルメット団生徒の立場と懐事情を鑑みて、自然体でお願いし、その結果を伝えただけ。

 

 図々しくもある。しかし純粋に人を思って行動し、力ある生徒にも臆さず要望を言える、お願いをすることができる阿慈谷ヒフミは⋯⋯人を助けるために、走り回ってくれる生徒。だからこそ人に好かれるし、ナギサにも気に入られ、茶会が下にも置かないのである。

 

 従わせるのではない。彼女のお願いを叶えて、自分にできることなら助けてあげよう、そう思える少女だからこそ⋯⋯阿慈谷ヒフミの周りには人がいる。

 

 ちなみにそんな阿慈谷ヒフミにも伝えられていない事があった、具体的にはナギサへの襲撃だ。

 

 その結果外周圏がエラいことになってる案件は、彼女を経由してリンとカヤへ伝えられていなかった。意図的にだ、まあそんなの外部に漏れた日にはえらいことになってしまうので茶会関係者以外には秘された、ティーパーティー最上位幹部、天田の的確な状況判断である。

 

 ダチョウが現地にいるんだし、現地が気がついたらなんとなく燃えていること自体は『よくあること』で、わりと済ませられるというのもあった。(茶会生徒気合の結果であってノープランだと炎上です)

 

 装甲列車が沿線で暴れているニュースもしっかり報道されているが⋯⋯「ハイランダーも夏祭りだし張り切っとるね、景気良くやっとるわ」とか「今年のBON祭りは外周圏で始めるの?」とか生徒や市民がテレビ見つつお昼ご飯食べながら呑気に言ってる有様だ、イカれてるだろキヴォトス。

 

 現地のナギサと本校の茶会共々、ハイランダーの上と速攻で話をつけ、現場の暴れとナギサ襲撃の案件を切り離して扱うことでエデン事件レベルにエスカレーションすることを防ぐ、鍛え抜かれた茶会匠の技である。

 

 こんな時のためにこそ、ティーパーティーの生徒達は日々激しく訓練されて⋯⋯訓練されたいわけじゃないんだよな、穏やかに暮らさせてくれよ。

 

 ヒフミに渡された情報が選択されているのもそのため、これは事態収拾のための情報統制だったが、天田の知らないところで大きな意味があった。

 

 そう、ティーパーティーは誰一人として⋯⋯阿慈谷ヒフミがキヴォトス史に残る伝説のアウトロー『ファウスト』であることを、ご存知なかった。

 

 茶席を共にして談笑してる相手がキヴォトス最上位の要注意生徒だと知る由もない、茶会生徒達(情報部含む)の姿はお笑いだったぜ。

 

 ちなみにナギサ襲撃案件をファウスト様が知らされていた場合、補習授業部は臨戦状態になってしまい、ヤバい策謀を即興で始めてしまう。リンとカヤも真顔になって政務従事生徒の力でそれを助けだしてしまうので⋯⋯キヴォトスに対してはともかく、トリニティにとっては地獄になる。

 

 セイアがロクに詳細を語れぬままに再びぶっ倒れた後でも、スーパーセーブをキメていく茶会幹部勢のファインプレーである。3年間もティーパーティーに居たら訓練のされようが違いますよ、流石最上級生だね、かわいそうだよ。

 

「とはいえ急ぎましょう、アオイ達が心配です⋯⋯ハナコさん、連邦生徒会からの返信はありましたか?」

 

「⋯⋯いえ、まだ。トリニティを経由して一報が入ったとは思うのですけれど」

 

「⋯⋯混乱しているにしろ、何かしらレスポンスがあると思うんですけどね。アオイさんはどうしてるんでしょうか⋯⋯私、ちょっと嫌な予感してきましたよ、リン」

 

 ヤバいですよね、具体的にはクーとかが大好きな生徒を抱えてる防衛室とかさ。

 

「⋯⋯カヤ」

 

「そんな目で見ないでくださいよ!! 私のせいじゃないですよね!?」

 

 そうかな? そうかも。あと、どの部署も一定数はレッドウィンターから生徒を迎えてるんですよね、構造的欠陥があるよ連邦生徒会。

 

 アオイなら即一報を入れてくるはずという2人の共通見解があるので、これは何か起きてるなと察してしまうリンとカヤであった。

 

「正実の治安維持部隊が動員されてるけど⋯⋯私、本当に行かなくていいのかな⋯⋯」

 

「コハルちゃんみたいに休暇中の1年生は除外ってなってますし、大丈夫ですよ!!」

 

「そうですよ、だからコハルちゃんは私達と一緒にいましょうね」

 

「うん、それに生徒や自治区は特に影響を感じてない、治安も維持されている⋯⋯だからティーパーティーも混乱を『それなりに』と言ったんだと思う」

 

「ええ、だからお二人がそんなに気に病まれなくても大丈夫だと思いますよ、それほど混乱してはいないのでしょうし」

 

「そうなのかな⋯⋯? でも電話の時後ろの様子が⋯⋯ムギュ!? な、何よハナコ!?」

 

「ティーパーティーが皆さん、お忙しいのはいつものことですから、ね?」

 

 ハナコがコハルを抱きしめ、自身の身体にめり込ませて二の句を止めた。

 

 浦和ハナコ、トリニティ仕草を見抜く能力はトリニティ随一の生徒。一見穏やかなままのトリニティの一方、D.U.その他や外周圏が『まあまあ火の海』になっている段階で、裏で進行している事態を察している。

 

 日常生活になんら支障がないのだから、茶会が問題をそのレベルに抑えているのだとハナコには理解できている。この場でそれを指摘する意味はない、どうせ2人はサンクトゥムタワーに戻ってからが地獄だし⋯⋯…。

 

 穏やかな日々で、思いやりの沈黙を覚えた浦和ハナコであった。

 

 これも気遣いだ。自分がしてもらったように、他人にもそうしてあげる⋯⋯それは、今に至るまで様々な善意に触れてきたことによる、彼女の成長。

 

 言葉の裏を読む癖は治らない。しかし、もしかしたらあったかもしれない世界線のように⋯⋯それをつまびらかに、悪趣味に解いて揶揄するような気質は、今の彼女にはない。

 

 ティーパーティーが自分達に必要以上の情報を与えないのは⋯⋯善意なのだと、今のハナコにはそう、理解できるのだから。

 

 かつて悪辣・悪趣味の極みであったトリニティ仕草は、人々に日常のままの日々を甘受させるための、事態を事件と認識させないように行われる⋯⋯貴人の見栄、高貴なる痩せ我慢という概念になっていた。

 

 頂点お嬢様に泣き言は許されない。

 貴族は人目があれば、常に余裕を見せなければならないのだ。

 

 尊い仕事だと思う。

 

 しかし浦和ハナコ、自分がその立場になるのはノーサンキューである。

 

 普通の女の子でいることを友達に肯定された才媛は、今のところその才能を活かす必要はないし、その気もないのだった。

 

 しかし、求められれば⋯⋯頼ってくれるのならば、その限りではない。

 

 だから浦和ハナコは。

 

「何か力になれることはありますか?」

 

 と送った、自分への返信に。

 

「大丈夫だ、問題ない。船旅を楽しんでくれ、帰ったら旅の話を聞かせてくれると嬉しい、ハナコ」

 

 という、城島ツバメとのモモトークのログを見ながら⋯⋯その時を、待つに留めた。

 

 

 ・・・

 

 

 準備はそれから程なく終わった。ラブ達は戻ってこれる当てがあるので、ホバークラフトから持ち出す品もそれほど多くはないからだ。

 

 ゴムボートで沖に止めてあった豪華な大型クルーザー「百合園丸」に乗り込む。

 

「さあ準備完了です!! 皆さん忘れ物はないですか?」

 

「ぅぅ⋯⋯私達のおうち⋯⋯」「必ず取りにもどってくるからなぁ!!」

 

「泣くんじゃないの、もう⋯⋯別に壊れたわけじゃないんだから。ヒフミ、大丈夫よ、出しちゃって」

 

「はーい!!」

 

「はぁ⋯⋯本当に連邦はどうなってるやら」

 

「結局内海課長しかまともに連絡が取れないのは⋯⋯室長達は一体どうしたというの⋯⋯」

 

「混乱の収拾中だから心配しないで、一応回ってるから、でもできるだけ早く戻ってきてって、どういうことなんでしょうね? マジ震えてきましたよこれ⋯⋯崎守さん、甲斐さん⋯⋯信じてますからね⋯⋯冗談じゃないですからね⋯⋯」

 

 期待感高まりますよね、夢と希望のカーニバルとか、そんな感じの。

 

「あとは帰るだけか⋯⋯釣りをしたり、島の遺跡を巡ったり、秘密を探したり、海で遊んだり⋯⋯色々なことが体験できた、ありがとう皆。サオリ達にも⋯⋯こういった機会があればいいな」

 

「またやりましょうね!! 今度は皆さんも誘って!!」

 

「今度は皆さんを連れて行くのもいいですね、それに夏休みはまだまだあります、ね⋯⋯アズサちゃん」「うん」

 

「戻ったらウッチーに聞いてみようかな⋯⋯動員対象外でも私だって、何か力になれるかもしれないし⋯⋯」

 

「コハルは偉いな」「な、なによ!?」「ツバメはきっとそう言う、私もそう思うよ」

 

「や、やっと帰れる⋯⋯もう日差しなんて浴びたくないですよ⋯⋯」

 

「でもウイさんと外を歩くの、私は嬉しかったです」「ヒ、ヒナタさん⋯⋯」

 

 ひと夏の思い出となる旅が終わり、帰路へと至る。ある者は惜しみ、ある者は不安に思いつつ、旅の締めくくりが始まる、青春の1ページにまた一つの記録が残されようとしていた⋯⋯が。

 

 

 波もあったので⋯⋯全員気がついていなかった。

 

 百合園丸が、なんか若干傾いていたことに。

 

 

「さあ百合園丸発進です!!」

 

「豪華クルーザーなのに漁船みたいな名前してるのね⋯⋯」

 

「⋯⋯あれ?」

 

「? どうしたの、ヒフミ」

 

 キースイッチを回す⋯⋯反応無し。

 

 エンジンはかからず、訝しむヒフミはもう一度回し⋯⋯反応がないので計器を調べていく。

 

 港に放置されていた百合園丸は、一応は管理されていた。委託を受けた業者が管理維持をしていた『筈』である。だから最初こそ調子は悪かったが、エンジンはかかったし、航行も支障はなかった。

 

 ヒフミは大体の乗り物を動かせる、それもかなり上手に⋯⋯であるが、整備までできるわけではない。愛車のクルセイダーちゃんならば多少は日常整備ぐらいできるものの⋯⋯流石にこんな大型クルーザーのメンテナンスは難しい。

 

 しかしコンソールメーターに並ぶ、エンジンの様子を知るための計器の意味はわかる。出航する時、島から離脱する時、どういった状態だったのか、運行に問題ない状態にあるのか、異常な状態であるのか、理解することが、できる⋯⋯。

 

 なので、それを見れば⋯⋯何が起きているのか、わかるのだ。

 

「ヒフミちゃん?」

 

「あれ? あれあれ? どうして?」

 

「どうしたのよヒフミ」

 

 エンジンオイルの量を示す、メーターの針が下がりきっている。

 

 最初から? そんな筈はない、だってこの島に来るまでは基準値で⋯⋯。

 

「⋯⋯いや、その⋯⋯あはは⋯⋯」

 

「ヒフミさん?」

 

 ヒフミがスターターを回す⋯⋯何も起きない。オイル量が無い場合、油量センサーが異常を感じ取って、焼き付かないようにエンジンを始動できなくしてしまう。

 

 船の水準器⋯⋯右に傾斜有り? 確かにちょっと傾いてる⋯⋯ような⋯⋯。メイン・サブタンク、共に残量ゼロ。エンジンチェックランプ⋯⋯油量警告⋯⋯点灯、つまり⋯⋯。

 

 エンジンから、オイルが漏れて⋯⋯船の中に、右側に、溜まって⋯⋯。

 

 

 

「エンジン⋯⋯かからないみたいで⋯⋯ど、どうしましょう!?」

 

 

 

「「「「「「「「⋯⋯⋯ええええ!?」」」」」」」」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「⋯⋯それで、何のつもり?」

 

 扇喜アオイは現在、連邦生徒会第一会議室の一角で複数の生徒に囲まれていた。

 

「いやぁ⋯⋯とっくにご存知なんじゃないですかね?」

 

「わからないわ」

 

「⋯⋯カヤ室長とリン代行が護衛なしで一緒にヘリで移動なんて、どうして許可したんです? 2人に何かあったら、こうなるとわかっていた筈」

 

「⋯⋯私が、許可することじゃないわ」「止めることはできたはずです」

 

 見れば周囲は『桐藤派』の生徒ばかりである。今日、アオイは自身の派閥の者は殆ど周囲に居なかった、一気に支柱を欠いた連邦をとりあえず現状維持するために散っているのだ。だからこそ今、こうして他派閥生徒に囲まれている。

 

「あたしらがどういう疑問をもってここにいるか、わかってんでしょ? 実際どうなんです? 暫定代行様」

 

「冗談じゃないわ!! その呼び方はやめなさい、何のつもりなの!!」

 

「皆ね、そういう謀があったんじゃないかって、思っているということっすよ」

 

「!! ふざけないで!! そんなこと、するわけがない!! 私が!! リン先輩を!? いい加減にして!!」

 

 ヘリの運行スケジュールが変更されたこと、誰が乗って誰が操縦して、何時、どこにいって、何時に帰還するのかを知っていたのは誰か。こうなることで連邦生徒会長代行にスライドするのは誰か、状況的に疑われてしまうのがアオイの今いる立ち位置だった。

 

 冷静に考えれば事態は偶然だと想像はつく、我らがナンバースリーは破格の優秀さだが、どう考えてもリーダーシップが上手く取れるタイプの生徒ではない。

 

 それに誰よりもリンとカヤの価値がわかっている彼女が、リンを慕っているアオイが、こんな自爆に等しい行為なぞするか? 必死に捜索指示を出す姿は痛々しささえあった。だから冷静になれば、そんなことをするはずがないと⋯⋯理解はできる。

 

 だが「どうして」が積み重なれば、こうなるまでそう時間はかからない。ギリギリで回っていた組織のバランスが崩れると、不満もまた爆発するのだ。 

 

「んまぁ、真偽は後々ゆっくり調べるとして⋯⋯アオイ先輩には悪いんですけど、しばらくお休みしてもらおうかなって」

 

「ご、ごめんなさい⋯⋯アオイが頑張ってくれているのは、わかっているんですけど⋯⋯ワンチャン、なので⋯⋯」

 

「貴女達!! それがどういう意味かわかって言ってるの!?」

 

 ワンチャン⋯⋯ありまぁす⋯⋯。

 

 そう、ワンチャンがね⋯⋯それはもちろん⋯⋯クー!!

 

 カヤというストッパーを失った桐藤派が、カヤという失った空の神輿を担いでクーデターという冷静に考えると意味不明な状況である。キヴォトス人の頭のおかしさが煮詰まったフルスロットルの急展開に、今はまだ島のビーチで横転してるカヤちゃんの理解は当然追いつかない。

 

 正直自分達が何をしてるのかは彼女達自身も良くわかっていない疑惑があった、自分達の支柱たるカヤと共に、ああはいっても頼りにしてきた最優秀生徒、リンを一気に失って不安感に突き動かされた、現状を変えようという切迫感が溢れた、恐慌と言える。

 

 連邦生徒は連邦生徒会長という大樹を既に一度失っている、一度あることは二度もある。2人がこのまま⋯⋯会長のように帰ってこないのではないか? という恐ろしさは、余人にはわかるまい。

 

「やめなさい⋯⋯そんなことをしても、何も変えられない、ただ状況を悪くするだけなのよ!!」

 

「捜索へのリソースをちょっと増やすだけですって、アオイ先輩もしてたじゃないっすか、会長失踪の時に」

 

「既に十分なリソースを使っているわ⋯⋯連邦生徒会長の捜索に回していたチームも呼び戻したのよ、イーグルアイだって予備機含めて全部回してる⋯⋯これ以上は無理よ」

 

「そ、それは⋯⋯英断だと、思っています、けれど⋯⋯」

 

「不足っすよ⋯⋯もっと勢いよく行きましょうって、ね」

 

「キヴォトス自体の運営を軽んじるわけにはいかないわ、それは貴女達だって、わかっている筈⋯⋯馬鹿なことはやめて、一線を越えたら、私は貴女達を⋯⋯!!」

 

「そんな不思議なことすか? クーってのは、基本伸るか反るかっすよ!! アオイ先輩!!」

「まあ赤冬伝統の行事なんで!! アオイちゃん先輩もチェリノちゃん見習って敗者復活頑張ってもろて!!」

「連邦に来てから一回もないから、なんだか落ち着かなかったんだよね」

「そうそう、他所は毎日クーはしないっていうから、今週かな?今週かな?ってずっと思ってたのに、もう何か月もなくて⋯⋯なんだか不安になっちゃったもん」

「中央ってクーする文化ないんだって先輩から聞いて⋯⋯びっくりしちゃった、どうやって不満とか生徒会に伝えてるんだろうって」

「だよね、異文化って感じで未だに慣れないよね」

 

 その時⋯⋯扇喜アオイ、気づく。

 

 この場にいるの⋯⋯ほぼレッドウィンター出身者ばっかりじゃね? と。

 

 そういえば同級生でわりと関係良好である筈の崎守も、レッドウィンター出身である。そして彼女から赤冬の冗談のような風習の話を昔聞いたことを思い出す⋯⋯いや、当時は気弱だが押しの妙に強いところもある友人が、珍しく冗談を言うな⋯⋯ぐらいに思っていたのだが⋯⋯。

 

「アオイ、心配しないで⋯⋯クーは、勝てば官軍だから⋯⋯アオイにもワンチャンは、きっと、あるから⋯⋯」

 

「レ、レッドウィンタァァァ!!」

 

 アオイ迫真の絶叫。でも自分の部下にも勿論赤冬出身生徒は沢山いるし、なんならアオイ自身が可愛がってる財務書記の子もレッドウィンターの出だったりする⋯⋯いや、だって優秀で⋯⋯我慢強くて⋯⋯明るくて良い子だから⋯⋯。

 

 レッドウィンター出身生徒の良いところは多い、だがクーデターはする。

 

 いつクーが始まるのかな? とか内心思いながらワクワクしていたりする自分の腹心を心から可愛がっている、お前の姿はお笑い⋯⋯できないな、おいたわしいよ⋯⋯。

 

 そんなイカれた赤冬生徒大量登用という、冷静に考えなくてもヤバすぎる爆弾を連邦生徒会が抱えている理由は勿論ある⋯⋯。

 

 

 それは5年前に遡ること⋯⋯中坊ダチョウ大暴れ開始による、D.U.を襲った破滅的惨禍が生んだ、耐えられる官吏がもういねぇ!!という、野生の王国化の序章によるものだった。

 

 その日、世界は知ることになる⋯⋯ダチョウという恐怖の鳥の存在を。

 

 まあ今までも十分荒廃が進みつつあった学園都市国家キヴォトスであったが、ある日突然⋯⋯見たことねぇような凶暴な鳥類(これでもまだ中坊1年生の幼鳥である)が、当たる端から全てを火の海にし始めたことで⋯⋯グレートリセットが強制発動したのであった。

 

 沈む!! 沈む!! 音を立てて沈む!! キヴォトスの治安が!! 物理的な音(倒壊音)を立てて!! 

 

 当時のヴァルキューレ他治安維持組織は、どうにか鎮圧を試みた。だがその全てが失敗する⋯⋯その鳥類はあまりにも強すぎた。どう考えても中学生に許される戦闘力ではない、かわいい盛りであるはずの小柄でまだ翼も小さな⋯⋯中学生にあるまじき、凶悪凶暴に過ぎる狂気の生徒。

 

 体制側も、反体制側も、気に入らない行いをしていると見れば⋯⋯一切の容赦なく破壊しつくす破滅の小鳥。恐怖に凍りつく政務・治安維持従事生徒達⋯⋯それが野生の王国化の序章に過ぎないことを、当時まだ中等部や高等部1年生であった生徒達は知る由もなかった。

 

 毎日のように、燃え上がる車がいくつも転がるD.U.の大通りを、パレードと称して走るダチョウに誰も彼も引きずり回されてる地獄のような光景が⋯⋯それから3年間も続いたのだ。

 

 当時のヴァルキューレ最高学年にして卒業する生徒達は、キヴォトスから離れる時、疲れ切った安堵の表情で晴れの日を迎えたという。

 

 ちなみに全てにおいて「後は⋯⋯任せた⋯⋯」されたのが、当時ピカピカの1年生だった尾刃カンナちゃんである⋯⋯そら3年後スターダストよろしく、険しいお顔にもなりますよね。

 

 その後も3年間、被害はD.U.に留まらず、近隣の中央自治学区にも広く及んだ。トリニティやゲヘナにミレニアムも当然のように被害を受けており、大学園とて無傷で済んだわけではない。

 

 キヴォトスにおける中学生は子供の中の子供という扱いであり、自治区学園の庇護下にあり、罪を犯しても指導はされるが矯正局への収監といった犯罪者扱いはされない。中学校は基本高校学区の下にあり、庇護されその下の法に従う。よって本来荒くれの不良となった中学生の指導は、管理自治学区の高等部が行う⋯⋯が。

 

 その狂気の12人が通う学区はブラックスポットにある『極道中学』、周辺を統括するトリニティにもゲヘナにも属してはおらず、法を定めるべき高等部が存在しない。ならばD.U.の管轄かというと、そうとも言い切れない、暗黒街にある逸れ者生徒が通う独自学区。

 

 手が付けられない不良中学生達の流れ着く場所⋯⋯修羅の土地にしてドブ、ゴミ溜め⋯⋯中等部の体裁だけはある、見捨てられた土地だ。

 

 12匹の凶鳥が支配するようになった、その暗黒学区には最早誰も手が出せず、結果ダチョウの中学卒業のその日まで⋯⋯狂気の鳥はキヴォトスをサバンナの大地に変えつつ、ほぼ完全に放し飼いだったのである。

 

 後に慈愛の君と呼ばれる⋯⋯偉大な生徒が現れるまでは。

 

 本当に偉大過ぎる⋯⋯桐藤ナギサが一部から神のように崇められているのは当然で、無理もないのだった。

 

 そう、このような有様の地獄の過負荷を5年間にわたり浴びてきた連邦生徒会・ヴァルキューレへの新入生徒が減るのも当然の環境。被害を直接浴びている、中央の学区からは特にである。

 

 そうなると⋯⋯人員の確保のためには、要求成績の基準を下げ、外周圏からも広く生徒を募集する必要があった。

 

 水準さえ満たし、連邦入りの意思さえあれば⋯⋯果ては僻地の学園スラムからも生徒が集められた。その中には身分を偽ったダークサイド生徒も混ざってはいたが⋯⋯背に腹は代えられない。

 

 だが外周圏での生徒募集で⋯⋯成績優秀でかつ心身頑健で気立ても良い、気質の明るい生徒ばかりなのに、連邦入りを快く受けてくれる生徒が多い学園が『発見』される⋯⋯その名はレッドウィンター連邦学園。

 

 傾いた連邦生徒会は、辛抱強く、そして我慢強く、何故か出世欲は薄いのに成績優秀でよく働く、赤冬生徒達によって建て直されたのである。以降、連邦生徒会は毎年かなりの数の赤冬生徒に連邦入りを打診し、迎え入れてきた⋯⋯。

 

 それだけ赤冬生徒が増えれば当然、クーの高まりは抑えられない。

 

 では何故、これまでクーデターが頻発せず、赤冬仕草が冗談だと思われてきたのか⋯⋯それは。

 

 

 このキヴォトスを統べる神の恩寵と法による、生徒と市民の地、その隣接した諸島の主権者、暴政の破壊者にして、国民の再生者かつ後援者、士気と政治と治安機関の創造者、新世界で最初の生徒会を統べし者、信念の擁護者、法と秩序の創設者たる国土の主『連邦生徒会長』の力ですね。

 

 

 これまでクーデターしやすい気質が表面化しなかったのは、恐鳥の過負荷に耐えられなくなった上級生達に代わり、絶対的なる圧倒的な優秀さを誇り、1年生にして連邦生徒会長に就任した『超人』の存在が大であった。

 

 クーが趣味の生徒達にクーする必要がないほどに慕われ、赤冬出身生徒達を完全にただの能吏としてコントロールしていたのだ『彼女』は。

 

 そらまぁ超人ですわ、納得しかない。

 

 ガチの偉業で感動しますよ⋯⋯こんなの他に誰ができるんだよ? ナギサ様ならできる? まあたぶんできるけどさ⋯⋯ソロで政務の全てを回し、片手間に外交の全てを破滅させずに回し、ついでに内部の統制を完全掌握する人柄の良い、当時『1年生』⋯⋯そりゃ現3年組の誰もが掛け替えのない存在だって行方を捜索しますわね。

 

 超人有識者、不知火カヤ曰く⋯⋯『彼女』とナギサの違いは、身体能力と人の使い方にあった。

 

 超人といえども得意分野の差はある、『彼女』は人に本質的には頼ることがない、人柄以外は完全無欠にすぎるがゆえに組織力の連帯を重視しない。最強の個にして完全な個、何でも出来てしまう人⋯⋯王だ。

 

 逆にナギサは身体能力的には弱者であり、政務能力は最高水準だが『彼女』の一歩後ろにいる、全てに高水準だが万能ではない。だが人の調和、組織の連帯を重視し、意思統一の成された完全なる巨大組織を背景に和を以てなす、人を使う人⋯⋯君主。

 

 この2人の方向性の異なる超人の力が合わさる時⋯⋯このキヴォトスに絶対的な栄華が⋯⋯そう、自分の求める、理想の世界がきっと。

 

 だが1人は去ってしまった、私を置いてどこかに。ならば⋯⋯『彼女』なき世界で、このキヴォトスの頂点たるべき生徒は⋯⋯桐藤ナギサ、ただ1人。

 

 私ですか? 努力はしてますけどね、これじゃあ到底超人とは言えませんね。(笑) まだまだ足りません、不足ですよ⋯⋯ナギサ様の作り上げた人の和にくらべればね、物事はチェスのように簡単には進まないものです、無策でギャンビットなど間抜けのやることですよ。(笑)

 

 理想はまだ潰えていない、超人はまだ、この世から失われてはいない。天性の超人か、努力によって至った超人か。後者がまだここに、夢はまだ⋯⋯潰えていない。

 

 憧れの果てにある超越者は『彼女』だが、身体能力が高くない自分が求めるべき、進むべき理想の姿はナギサの姿、というのがカヤの結論。

 

 2人共、ぐうの音も出ない超人である。超人に一家言ある不知火カヤが真の超人と認めた、ただ2人の生徒のうち1人、それが連邦生徒会長たる『彼女』であった。

 

 超人のハードルが本当に超人すぎて感動しますよ、こんな生徒が毎年出てくるとは思わないでくださいね!! 当代に2人もいるのは異常なんです!!

 

 

「んじゃあそういうわけなんで、まずは恒例の地下牢スタートってことで⋯⋯」

 

「アオイ、脱獄の基本は、腕力か鍵開けです⋯⋯アオイは身体が細いから⋯⋯これを渡しておきますね⋯⋯」

 

 崎守、かつて母校で愛用したピッキングツールを友人に進呈⋯⋯友情を感じる心温まる場面だが、出てくるのがピッキングツールという段階で様子がおかしすぎる。なんて倫理観してんだこいつらはよ。こんなもん渡されてアオイちゃんにどうしろっていうんだ。

 

 なお、レッドウィンターにおいて鍵開けは嗜みである。地下牢スタートの最初の関門を超えられないような生徒に、レッドウィンター生徒である資格はないのだ。中央の常識が通用しないにも程があるぜ、イカれてるよ試される大地は!!

 

「くっ⋯⋯」

 

 アオイ、ガチのピンチ⋯⋯地下牢スタートを超えるには赤冬力が低すぎる。

 

 だがその時。

 

 

「まぁまぁまぁ、ちょっと待ったちょっと待った」

 

 

「!? 内海!?」「内海⋯⋯どうして、ここへ?」

 

「ありゃ? 内海ちゃん先輩?」

 

 アオイが捕まり地下牢(連邦ビルにあるわけないのでヴァルキューレの)に連行される寸前でインターセプトしたのは、企画室の課長生徒⋯⋯内海。

 

「はーい、皆に酷使されてる、可哀想すぎるなんでも屋の内海ちゃんですよ⋯⋯。まぁまぁここは落ちついて、クーは面白そうではあるけど、今じゃないかな今じゃ」

 

「えー? 内海ちゃん先輩も乗り気だったじゃないっすか、今更裏切りはなしっすよー」

 

「内海!? 貴女まで!?」

 

「まったまったアオイちゃん、私は味方だって。いやー甲斐ちゃんさぁ、確約の言質も取ってないんじゃ片手落ちだよ? 私は何か記録に残るようなことした? それじゃだめだめ⋯⋯どっちに転ぶかはちゃんと見極めないと、それに囲い込みはしっかり手を回さないと成功しないし、大抵途中で後ろからドスッだって⋯⋯まだまだだなぁ、甲斐ちゃんは」

 

「うへ⋯⋯流石プロのやり口は勉強になるっす⋯⋯」

 

「内海⋯⋯邪魔しないで、ください、何をしに来たんですか?」

 

「崎守ちゃんには随分嫌われたもんだねぇ⋯⋯悲しいなぁ」

 

 防衛室次長崎守が内海を嫌っているのには理由がある、崎守は1年生の半ばまでいた、レッドウィンター保安部時代に内海が広域犯罪生徒であったことを知っているからだ。

 

 証拠は残っていない、だが間違いなくあの時の⋯⋯。連邦で再会した時から、警戒はしていたが、今まで一歩も裏取りができていないため、告発することは出来なかった。相手は課長、自分は次長、出世こそ先に連邦入りした自分が上だが、優秀さ、上に取り入る上手さでは相手が勝る。

 

 崎守がこのクーデターのついでに、ひっそり始末しようとしていた生徒⋯⋯それがここで出てくるのだ、その狙いは一体⋯⋯。

 

「それでさ、このクー⋯⋯思いとどまる気はなぁい? 今やると色々大惨事で困るんだよね⋯⋯仕事がさ⋯⋯私はそろそろ、ちゃんと寝たいなぁって」

 

「何が狙いと聞いています」

 

「いやだから、寝たいんだって⋯⋯それだけだって⋯⋯休もうよ皆で⋯⋯休めるようにしようよぉ⋯⋯」

 

 ダークサイド生徒内海、ガチの本音。

 

 裏も何も無い、迫真の睡眠が欲しい宣言。連邦の何でも屋扱いになってる彼女の仕事量は部下の黒澤共々、一般役員の3倍はある、徹夜三日目⋯⋯リンでさえ判断力が鈍る領域にいるので、もう策謀とかしていられるような活力はない。脳疲労の極致です⋯⋯。

 

「やーでも、いけるやんってチャンスきたら、クーの高まりに身を任せるのも良いと思うんすよね」

 

「⋯⋯貴女は信用できません、この場に黒澤抜きで出てきた不用心、後悔してください」

 

「⋯⋯ッ!! 内海、逃げて!! 誰か人を!!」

 

「あー⋯⋯平気平気、まあ任しといてよ。んーやっぱだめかぁ⋯⋯じゃあ仕方ないなぁ⋯⋯あんまりやりたくなかったけど⋯⋯」

 

「貴女1人で私達に勝てると?」

 

「驚くなぁ⋯⋯」

 

「「?」」

 

「⋯⋯私が無策でここに来ると思ってる、皆の呑気さに驚いたって言ってんの、んじゃ黒澤ちゃん、あとよろしくー」

 

 < はい、課長。ちゃんと隠れてないと巻き添えにされますよ >

 

 内海の側近、黒澤の声が突然、部屋のスピーカーから流れる。

 

「はーい、心配性だな黒澤ちゃんは」

 

「!? 黒澤!? どこに!?」

 

 < 間抜けな崎守、お前のようなグズはカヤの副官にお似合いですよ、ではしばらくお前達はベッドで休暇です、しばしリフレッシュしてきてください、その間の仕事は不本意ですが⋯⋯ >

 

「私達が⋯⋯やっとくねぇ⋯⋯あんまりだぁ⋯⋯」

 

「な、何を!?」

 

 < お二人共、意志は固いようですので処置を。マーカーの位置です、財務室長と課長以外の生徒は好きにしてください、ではよろしく >

 

 その時、地上何階かという連邦ビル会議室のガラスに、影がさす。

 

「えっ!? えっ!?」「ちょっ!? ま!? ここ地上何メートルだと!?」

 

 < 即応できないお前は、だからグズだというんです >

 

 影ではない、人だ。

 

 ワイヤーで勢いをつけて、振り子のように大窓を突き破ってきたのは、2人の生徒の姿!! 轟音と共にガラスの破片が舞い、風に巻いてその場の生徒達を狼狽えさせる。

 

「「 ワッショイ!! 」」

 

 転がり入る2人の人影、薄灰色の長髪に大きな翼、そして誰もが知る白制服に、M14バトルライフルを抱えたのは⋯⋯生徒!! 完全武装の⋯⋯学兵!!

 

 轟音を立てて連邦ビルの大ガラスをぶち破り、エントリーしたのは⋯⋯。

 

 

「アバーッ!? ダチョウ!?」

 

 

「ハローワールド!! マイネムイズ? 炭沢リク!! こんにちわー!!」

「ん!! これからインタビューします!! 仲間の!! 数と!! 配置は!!」

 

 





・賞金稼ぎの生徒

マンハンター生徒の平均的民度。
人狩りを専業でやってるプロ賞金稼ぎ生徒とかは大体こんなもんですよ。お行儀はアビドスだって大概じゃないですか。駆られる側と大差ない、定期的にハントされる側と立場が入れ替わることもあります。


・百合園丸

セイアが所有する普通の超豪華クルーザー。
電子戦システムと同額ぐらいの高級なお船だとかなんとか⋯⋯けどセイアが忙しいせいか海に遊びに行くことが殆どないので、ほぼ港で放置されている。

実は二代目、先代百合園丸は去年の夏に奇跡の海、オデュッセイア慟哭の夏祭り編で色々あって港全域に放たれた200本の魚雷のうち1本が刺さって爆沈、静養に来たセイアの眼の前で沈没した。おおむねダチョウとミノリのせい。

その後買い直したほぼ同型の船で、業者に使わない間の管理をまかせていたが⋯⋯本当に全然使われないので、調子こいた業者の怠慢でほぼ完全に無整備だった⋯⋯わけではないのだが、動かなさすぎたのでオイルシール類がダメになっていて⋯⋯。

ヒフミの言う通り、機械は定期的に動かさないとだめなのである。


・カルバノグの兎⋯⋯兎の出番無しで、完!!

まあチームrabbitは特殊戦としてバリバリ働いてる途中なので⋯⋯ダチョウのエントリーでカルバノグの兎編はナレ死しました、お疲れ様でした⋯⋯。



・ご挨拶

もうすぐトリニティの12使徒投稿開始から2周年ですね⋯⋯まさかここまで続いてしまうとは。エデンで終わる気だったのが遠くまで来てしまいました、そして完結まで全然進捗がよくないまま、二周年を迎えてしまうことに忸怩たる思いがあります、どうにかスピートアップしていきたいところですね。

感想用のあにまん専スレッドも毎回立てていただき、とても感謝しております、うれしみの極致です、なんとか皆さんの声援でエタらずに進んでおります、ただ感謝しつつ、二周年の日を超えて、完結まで走れたらと思います、よろしくお願いします。

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