「困りましたねぇー……」「どうするのよ!! これじゃ私達も遭難じゃない!!」
「落ち着いてコハル、連絡は取れる、助けは呼べる」
「そうですね、待てばいいだけですし」
「あの!? 待ってる間に連邦が、キヴォトスが大惨事続行なんですけども!!」
「戻ると言って戻れないのは……連邦からの連絡が途絶えたのも不安が……」
「ウイさん、何か思いつきませんか?」
「いや、どうして私に……何も出来ませんよこんなの……」
「本が直せるなら船も直せたりとかできないか? 凄腕の修復師だとツバメから聞いている」
「本と船とか何も接点ないでしょう!? 期待が大きすぎるでしょうがそれは!! 紙と鉄ですよ!! 私の専門は古書!! シミコじゃないんだから……」
「シミコちゃん、本さえ読めば何でもできますもんね」
「そうなの!?」「トリニティの図書委員凄すぎでしょ……」
「読んだ専門書の専門家になりきれるって聞いたことありますねぇ」
「連邦に欲しすぎる……」
「しかし、これでは助けが来るまでに何日かかってしまうのか……」
「………これは、モールス? 古風ですねぇ……」「ハナコちゃん?」
「どうやら助けが来そうです、ちょっと予想外のところから」
「「「「「「予想外?」」」」」」
「お見苦しい姿で失礼します、先生」
゛黒服? ってどうしたのその傷? また何か悪巧みしてたの?。゛
唐突な黒服の登場に先生は驚かない。でも見た感じ結構ボコされてることに、わりと無反応なの笑っちゃいますよね。日頃の行いだよ……。
「これは手厳しい、ですが今回は……容易ならざる事態と言えましょう。キヴォトス全体の今後に関わる程の、重大な問題が発生したのです。正しくは、発生する過程にある……と申しましょうか」
゛現在進行形で大惨事だったけどね……まって、まだ終わってないし、これから始まるってこと?。゛
「その通りです、流動的な状態にあり、既に事態が始まっている可能性が高い」
先生も百花繚乱絡みの案件がなければ急いでシャーレに戻っていた程度には中央が大荒れなことは把握していたので、まあその関連だろうなと思う先生は、自分がこのサバンナ現実に……次第に慣れてきていることにお気づきでない。
が……黒服がボコされてる姿には、結構慣れてきている先生だった。
セイアが何かヤバい未来を見た話は触りだけ聞いているので、これからいったい何が飛び出すんやろな……ぐらいには先生にも心構えができている。キヴォトス赴任の先生たる者、少々の事で驚いていたら心筋が耐えられない。先生もまた、サバンナへの順応を強いられていた。
だが、事態はその想像の……遥か斜め上をいく。
「ゲマトリアは壊滅しました」
゛!?。゛
「まあそれ自体はよくあることなので、特に問題はないのですが」
゛壊滅するのがよくある事扱いなの、意味わかんないよ!! 問題なくはないでしょ!?。゛
「おっと、そういえば先生が赴任されてからは初めてでしたね、それでは困惑されるのも無理もない。今年度はこれで2度目です、例年より非常に低調なペースと言えましょう、去年の同時期には既に4回は壊滅しておりましたので……クックックッ」
゛ゲマトリア本当におかしいよ……。゛
よく壊滅してちゃだめだろ!! それって壊滅って言わないよね!? 黒服のサバンナ感覚に先生は突っ込みまくるも、エリート・ダークサイド男性である黒服にとって組織壊滅は「稀によくある」扱いで全然余裕そうだった。研究進むんならまぁ……これぐらいは誤差だし、とか思っている。
黒服とゴルコンダ、研究成果+1の結果として、他が-10とかになっても特に気にしないメンタルの連中なんですよね。デカルコマニーも「そういうこった!!」で、基本全肯定だし……。
紳士マエストロに対してだけ先生が穏当に接するのは、社会的権威がマジでヤバいのを差し引いても、このあたりの気質の差が全てだった。
文言は難しいし、世俗に興味がない、まさに芸術家って感じの気難しい人って巷で噂だけど、話してるとそんな感じあんまりしないよね……なんでこんな紳士が黒服達とつるんでるんだろ……という先生の認識は半分正しく、半分読み違えている。
マエストロもヤバい時はちゃんとヤバいですよ。ダチョウの異様に荘厳な銃とか思い出してください、あれメイド・イン・マエストロですよ先生。弾がゴルコンダ担当だからお忘れなんじゃないでしょうか、最近のキヴォトス大破壊の一翼を担ってる超兵器なんですが。
゛ゴルコンダやデカルコマニーも無事なの?。゛
「ええ、揃って少々煤けておりますが特に問題なく。この程度のトラブルはまだ些細な部類です、襲撃されることには慣れておりますので。今は被害の詳細を調べておりますよ」
ダチョウに4年間襲われまくってきたゲマトリアは襲撃に慣れすぎているので、研究所ごとビルが松明になった程度ではまだ些細なトラブルという感覚だった。
資産・研究物の分散管理も当然している、デキるダークサイド大人の嗜みです。
゛壊滅するのも襲撃されるのも、慣れたらだめでしょ……様子おかしいよ……あり方を改めようよ……。゛
ちなみに黒服の言う『壊滅』とは自社ビル含む研究施設等々の爆散とかそういう感じの事で、自分達がボコされている件はカウントしていない。
ゲマトリアの男衆は基本「死ななきゃ安い」という感覚で日々をエンジョイしているので……ボコされたところで「おっと、スーツを新調しなくてはいけませんね」とかいうレベルの話に過ぎないのだった。
しかし、ゲマトリアの紅一点は違う。
「ですがマダムが少々……」
゛もしかして、ベアトリーチェは……。゛
黒服の沈痛そうな趣に、マダム・ベアトリーチェの末路を察した先生だった。
一般的感覚であれば、この流れだと儚くなっている感じの導入だが……。
「エデン条約の日よりは軽傷です。ですが、また入院を余儀なくされましたので、随分と荒れておりましたね」
゛やっぱり……また病院送りにされてる……。゛
マダム・ベアトリーチェ、一週間ぶりシーズン5度目の入院……。
色彩なんぞカスだろ論理でアヌビスシロコに向かって尊大に上から目線で得意げに仕掛けるも……。
あれ!? なんか様子が……ちょ!? お前、これ!! 色彩パワー添加生徒がこんな強いのおかしいだろ!! その強化率はズルだろ馬鹿!! ンァーッ!!
みたいな感じでギャン切れしながら、無事ボコされてズタズタにされていた。
マダム迫真のダークサイド病院救急外来への直接転移送り……。
わりとシロコ*テラーはぶっ殺す勢いだったと思いますけど、レベリングが間に合いましたねマダム。救急外来がリスポン地点扱いまである常連過ぎて、闇医者も最近慣れてきたのか「またかよ……懲りないねあんたも」みたいな顔をされている。
ベアトリーチェの転移スキルは逃走のためではなく、救急車の代わりとして存在する。セルフ119コール……ノータイムで入院可能なサバイバルスキルなのだ。
先生も最初から、もしかして死んだ?とかではなく、ベアトリーチェまた入院してるんだろうな……ぐらいの感覚でいるので慣れは怖いですよね。
ゲマトリア神秘研究所メンバー五人中、四名が負傷、うち一名重傷で入院……自体は全然大したことない扱いであった。
そう、ゲマトリア壊滅とはあくまで施設のことであって、メンバーの状態は一切考慮されていないのである。君ら『外』から来てる筈だし大人だから神秘も無ければ茶道の呼吸とかも使えない筈ですよね? 何なの一体……。
アフロみたいになってる黒服も見た目の割に全然平気そうで、先生は改めてドン引きした。
しかし気になることが一つ、ゲマトリアを壊滅させたのは誰なのだろうか。
相手が12使徒であれば『もっと酷い』ことになっていそうなので、違和を感じる先生は一つのことを考える。セイアが何か重大な事件の予知をしているという、ナギサ達からの知らせ……。
大事件の予告ともいうべきそれは、危機への警鐘。
常時このザマのキヴォトスで、大事件という扱いのイベント……怖いです。
それにゲマ研が壊滅というのも不自然だ。ゲマトリア神秘研究所は生徒達からの認識はわりとホビー企業の大手なので、直接攻撃されることはあまりないが、ダークサイドビジネス大人とは普通に競り合ってる様子だし、そも簡単に倒せるような連中ではない。
ゲマ研の各地施設には無茶苦茶に強化されたスーパーアバンギャルド君ターボカスタム(量産型)が守衛に複数配備されているので、エデン事件で大暴れしたように、ダチョウでもなければ基本死ぬ目に遭う。
シロコ*テラーは転移で侵入したので幸運にもアバンギャルド君と遭遇せずだったが、ゲマビルに追い放火をキメに来た暴れ生徒・大人達は見るも無惨な姿にされている。
自動警備ロボットとしてハイエンドなだけはあり、スーパーアバンギャルド君ターボカスタム(量産型)は一般通過勢には手も足も出ないスーパーメカだった。ゲマトリアはこれを増減あれど常時11機は保有している金満企業、その守りはかなり硬い。
それらを全て乗り越えて、ゲマトリアを壊滅させたと言うのならば……。
゛これから起きる問題って、セイアの予知と何か関係が?。゛
「確定ではありませんが、彼女の予知と無関係とは言い難いでしょう。『色彩』が到来した事にも関連があると考えております」
゛そうなんだ………って『色彩』!? それって前に言ってた、もの凄い脅威なんじゃ!?。゛
先生はダチョウ経由でゲマトリアが『色彩』という謎の侵略概念に対抗する研究機関でもあると聞いていたので、サラッと流された感じが驚きである。明らかにそれが原因だし、ヤバい感じなんじゃないの!? という話なのだが……。
「先生、このキヴォトスは日々多くの騒動があります。何せ普段が普段ですので……到来した『色彩』が、真実彼女の予知した破滅的予測と同一の案件なのか、断定できない部分があるのです」
゛そんなことある!?。゛
毎日が破茶滅茶の大騒ぎすぎて、何が危機なのかわかりませんってやつだ。
ド派手なイベントの連続だった、今日ここに至るまでの瞬間がまさにそうで、色彩など一切関係なくこのザマである。イカれてるだろこの国はよ!! マジでヤバい筈の外来の侵略概念が、その他大勢の起こすイベントの1つ程度の扱いなのどうかしてますよ!!
゛ぇぇ……いやでも『色彩』って、あれ……? ぇぇ……??。゛
「クックックッ……いやはや、常日頃から活気に溢れていることが判断を迷わせ、時に悩ましくもなるとは。このキヴォトスは地域が少しばかり壊滅する程度の事はよくあることですし、『色彩』が引き起こす事態とはまた別件があるとするならば、実に興味深い……クックックッ」
゛よくあることで済ませたらだめでしょう!? 少々でもないんだよ!! ……じゃあ『色彩』は、実際そんなに脅威というわけじゃないんだ……?。゛
「いえ? この世界に終焉をもたらすでしょう」
゛だめじゃないの!! 絶対にそれが原因じゃないの!! 軽すぎるよ!! 扱いが!! 世界の終焉ってそんな大したことない感じで流されちゃだめでしょ!!。゛
世界の終焉だよ!? もっと何か、こう……あるだろ!? リアクションが!!
世界がヤバいを前にして、一般成人女性並感の先生は終焉とか破滅とか威圧的な文言に驚愕しかないが、黒服は全然動じてない。まあでもこの連中がガチ目に焦り始めたらマジで詰み盤面かもしれないから……。
「先生……研究者としては推論を確定のように話すことは憚られるのです。それは探求者としても誠実ではない、現状ではあくまで可能性の一つにすぎないということを除外してはならないと考えています」
゛ほんとなんでそういうところだけ真摯なの!?。゛
「ですが嚮導者に導かれた『色彩』の存在、神秘の反転と恐怖、死の神アヌビスが顕現している以上、可能性は10のうち9と言ったところではありましょう。いやはや、いずれにせよ結果は世界の崩壊……これは困りましたね……クックックッ」
゛ちょっとまって、知らない単語が多すぎるんだけど!? せめてそのあたりの説明を私にしてから困ってほしいんだよね!!。゛
「全く予想できない、残りの1……それもまた、興味深い……確率10%の変化球、その先を是非見たい。おっと、話が飛躍してしまいましたね。ですが先生、私が現在知りうる情報もさほど多くはありません、詳しい話はゴルコンダを待ちましょう、場合によっては面白いことになるかもしれませんしね、クックックッ……」
゛先に世界の終焉止めてからでしょ!? 仕事してよゲマトリア!! そのための研究所なんでしょ!?。゛
「クックックッ……研究の建前でもありますが、その通りです。ですが残念なことに今我々は色彩の攻撃を受け壊滅しておりますので……現状わりと無力でして」
゛肝心な時にさぁ!!。゛
「ああ、そういえば先生。色彩の嚮導者ことプレナパテスという存在が来訪しております。厳密には敵の首魁……というわけではないようなのですが、いずれ先生が相対することになるでしょう……我々の推論が正しければ興味深い事態です。お会いになる場に、是非立ち会いたいと思うのですが」
゛まずその推論がどうとか、内容を先に話しなさいよ!! まだ何もわかってないのこっちは!!。゛
「しかし我々の無力化を真っ先に図ってくるとは、中々やるものです。色彩自体にそういった思考の概念はないと考えていたのですが……これが嚮導者、プレナパテスの力ですか。脱帽するしかない……いえ、私は帽子を被りませんがね、クックックッ」
゛黒服ーー!!。゛
・
・
・
「あ゛ーー、ホントいったぁーーい!! もう身体バキバキなんですけどー!?」
「………うる……さい……」
「まあそっちはもっとバキバキだもんね!! あははは!!」
「笑い事、じゃない……おろして……」
「もう一歩も歩けないっしょ? 大人しく抱えられときなさいよ、安心しなー? あーしがすぐ妹のところに連れてってやっからさぁ」
「冗談じゃ、ない!!」
「わっ、あばれんなってー」
路地裏を2人が往く、だが歩くのは1人。もう1人は背負われ、力尽きたようにしてその背にもたれ掛かっていた。身長は二人とも殆ど差はないが、抱えられた1人は黒いドレスと長い髪が相まって、おんぶのように背負って歩く1人を覆うようでもあった。
背負われているのは……アヌビスシロコこと、シロコ*テラー。
背負うのは賞金稼ぎの生徒、戸塚。一般通過というにはあまりにも活力に溢れたその姿は、シロコ*テラーもそうであるが、二人してズタボロの様相だった。まあさっきまで死ぬほど力と力のぶつかり合いしてましたからね。
しかしアヌビスシロコが力なく背負われているということは……。
「あーしの勝ちなんだから、大人しく弱者は跪いてひれ伏しな?」
シロコ*テラー、ガチの敗北……。
4対1でかつ、連戦に次ぐ連戦だったとか、自称妹を称する異常者に左肋骨全損にされていたとはいえ、アヌビスシロコは普通に敗北した。まあ今彼女を背負ってる奴は普通の一般通過とはあまりに言い難い生徒ではありますけど……だが、これが現実。
テラーだろうがなんだろうが、サバンナでは弱者に人権はないのである。
「……3人、あのままでいいの?」
「あー? 何? 心配してくれてんの? 優しいじゃんシロ姉。まー平気平気、もう少ししたら起きてくるっしょ。弱者に人権ないのは、あーしらマンハンターも同じだからさー、ボコされてひれ伏してんのは自分らが悪いっしょ」
「姉じゃない……おかしい……これじゃ修羅の国……」
いかなシロコ*テラーも、クタクタの状態では襲いかかってきたダチョウ2.5匹相当の4人組に勝つことは出来なかった。死力を振り絞り、なんとか3人は倒すも……文字通り全身の骨をヒビまみれにされて無事力尽きた。
最上位の賞金稼ぎ生徒である『よろしくネキ倶楽部』相手にソロで3キルは誉だと、自称妹が知ったらまたしてもよくないテンションの上がり方をしてしまうキルレートだが、アヌビスシロコはご存知でない。
よろしくネキ倶楽部のリーダーと名乗った生徒、戸塚は砂狼シロコのことをよく知ってる様子だった。
しかし、シロコ*テラーは彼女のことなど、全く知らない。
居なかった、こんな生徒。
知らない、こんな生徒。
砂狼シロコの友人を名乗る生徒、戸塚は口数が多かった。一方的に喋りまくる、典型的なギャルの生徒……名を聞かれてシロコと答えれば「それ妹の名前じゃーん、やっぱ記憶喪失ってマジ? でも妹の名前は覚えてるとか、あーし感動しちゃうな」等とのたまう始末。
そんな戸塚はアビドスをよく知っていた。
シロコ*テラーは、彼女を知らないのに。
「あーし、シロとは仲良いんだ。まー商売的にはライバルだけど、こないだもシロにネイルしたげたりさ」
「でもホシノはゆるさーん!! あいつ今までぜったい手抜いてたろ!!」
「ノノはやたらパイのでかい子なんだけど、フワフワなのは見た目だけで滅茶苦茶ゴリラでさ、握力あーしの倍あるんよ!! ヤバくね!?」
「セリ子はめっちゃ頑張ってバイトしてんの。賞金稼ぎのほうが実入りは良いと思うんだけど、普通の稼ぎも大事だってさ、真面目な子だよほんとさ」
「アヤネ正直めっちゃ頑張ってると思うわ、それもこれもホシノが銭勘定ぜんっぜんできないからなんだけどさ、あいつマジなさけないわー」
「てか、エーカの奴完全にアビ扱いされてるけど、いいのあれ? 二重学籍ってヤバくなかった?」
等と、かなり親しげな様子で自称妹と知らない誰かとアビドスとのエピソードを語る戸塚に、シロコ*テラーは困惑と……強い寂しさを覚えてしまう。
あの頃の自分に、こんな……学外の友人など居なかった。アビドスの、砂に覆われた校舎だけが、ホシノ達と共に過ごした日々が、全てで……。
いや、先生が来てくれた。先生が……でも。
全てを失ってしまって、ここにいる。
全ては自身の弱さが招いたことだ……。
彼女の口から語られる日常が、失ってしまった日々がそこにあることに、シロコ*テラーはあまりに辛い思いだった。掴まっている彼女の肩を、思わず強く掴んでしまう程には。
聞きたい、けれど、聞きたくない。身体に力が入らないことが、この場から逃げ出せないことが、彼女の胸を苦しくする。
「どったの? 傷が痛むー?」
「……そうじゃない」
自分の知らない自分の友人。そして自分の知らない6人目のアビドス生。何故そうなったのかはわからない。けれど……探せば、前にもいたのだろうか……何かが違っていれば、上手くやれていれば、私も……出会うことが出来たのだろうか。いや、もし彼女達があの時もいたのだとしたら、私は……彼女達を、認識することさえなく……。
暗い想像に沈んでいくシロコ*テラーが知ることはない。彼女の辿った結末の中で、今自分を背負う知らない友人は普通科の普通の生徒として過ごし、世界と共に最後を迎えたことを。6人目のアビドス生などは存在すらしておらず、影も形もなかったことを。
「痩せ我慢するところはシロとおんなじね、シロ姉。痛いなら痛いって言いなー、ほら呼吸しろ呼吸、スゥーッ!! ハァーッ!!」
「息をするだけで、傷が治るわけない……」
「そんなわけないっしょ、アハハハ!!」
「そんなわけないのはこっちの………な、なんなの……!?」
「茶道の呼吸知らないの? うそー? 遅れてるっしょ、マジ? 今どきハイレートの生徒でできない子は少ないよ? 深呼吸して茶道力?活性化させると折れた骨とかもピタッとくっつく人権技なんだから」
「何を、言ってるの……!?」
息をするだけで傷が塞がっていく光景をリアルタイムで見せられるアヌビスシロコ、ガチのドン引き……なんなのこれは!? 何が起きて!?
色彩パワーを遥かに超える、想像を超えた野生の力がそこにあった。
「そういやシロもできなかったわ、でもシロってばクソほど硬いから、そんなに必要じゃない感じなんよね。てーかホシノのやつは使えるのに使ってこないあたり、マジ舐めプが過ぎてムカつくー!!」
「使えるの!?」
「神話級生徒が使えないわけないじゃん、空崎ヒナやダチョウとガチってる時に回復入れてるのみたもんね。クソ硬い奴に使われるとさぁ、ほんとめんどいったら」
「神、話……!?」
意外にもアビドスの生徒で極悪リジェネ、茶道の呼吸を会得している生徒は少ない。ホシノの他はエイカだけ……いや、ダチョウはトリニティの生徒ですけど。
しかしリジェネはダメージをそもそも受けないなら、特に必要ないスキルでもある。
よって神話級生徒でも積んでない生徒はおり、要するにそれは聖園ミカ……けどミカちゃんは聖なる鉄骨無敵バリアで、減衰値超えない限りは全属性ダメージ100%カットしてくるから回復スキル積む必要ないんですよね。よしんばプライマルアーマー抜けたところで本体防御力と回避力が、その……。
深呼吸で怪我が治るって何!? おかしいよ!? とかドン引いてるミカちゃんですけど、ご自分はそんなレベルを遥かに超越した領域にいらっしゃるのでこう……。
神話級生徒とは、このように隔絶した領域に達した生徒である。
限界の限界を更に超えた領域、神秘の形質を先に進めた、原初の神たる概念に人の器の形のままに至る者。『崇高』へと至りし道の半ばにある、まさに形ある奇跡。既に存在強度の桁が違う。
だから神話級生徒は目に見える程のダメージを受けるという場面がまず少ない。もしこれを折れる程に打ち据えられるならば、それは神にも悪魔にもなれる力だろう。
いるかなぁ……こんな連中に回復スキル。バランスというものを考えてほしいですよね。ホシノはやってみたらできただけらしいですけど、君はポジションがタンクでしょ……過剰だよ。そういうのは後輩達に必要なスキルでは?
しかしいずれも高い位階にあるアビドス生徒は全員精鋭も良いところなので銃弾は銃口から見切って避けるし、荒事は先制して潰す傾向にあった。後輩達が傷つかないよう盾で立ち回るホシノの動き、そして攻撃は避けるように仕込んだ暁のホルス式教育の賜物だが、総じてアビドスは被弾率が低いのである。
朝から晩までバイトで走り回りつつ、片手間に賞金首も狩るセリカを見るように、スタミナ豊富なのであえて呼吸で強制回復する必要性も薄い……一周回って茶道の呼吸を使わなくてもやっていけるのだ。
だが、激しいインフレが進むサバンナでは使えたほうが良いスキルである。厳しい生存競争に勝ち残るため、多くの生徒達が日々進化している。
よって最近、アビドスの教室でダチョウが呼吸法を講義する光景が見られた。ホシノは感覚型なので教えるのは向いていないためだが、実際ダチョウは技術を教えるのが上手い。
特戦研の精鋭を3学年に渡って鍛え上げ、アグレッサーとして正義実現委員会を精鋭主義の権化としてきた連中が、教練下手なはずがないんですよね。
「おっと、なんかやな気配がする……」
路地裏を進む戸塚は、あえて暗がりを選んでいた。言うまでもなく賞金のかかったシロコ*テラーを衆目に晒さないため、横取りを警戒した忍び歩きなのだが……それが通用する相手ばかりではない。
「あっ!! いたよー!! ワカモちゃんの情報通り!! アルちゃんこっちこっち!!」
「げっ、ムチュキ。ということは……」
「う、うごかないで、ください……」
音もなく現れ、2人の背後でショットガンを構える姿。ゲヘナの制服はそのままに、今は名うてのアウトローにして爆弾魔、そして暴力の権化と語られる2人の生徒達。
「ちょっ、ハルカさぁ!! 横入りはマンハントマナーがなってないっしょ!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! でも、アル様の命令ですから……抵抗したら潰しますから……」
「ム、ムチュキィー!!」
「あは、心配しなくても横入りじゃないよー、でもその人は渡してもらおうかなって」
「そういうのを横入りって言うんじゃん!!」
戸塚がシロコ*テラーを背負ったまま、片手の拳銃を口で噛み、スライドさせて装填、戦闘態勢に入る。浅黄ムツキと伊草ハルカはお荷物を抱えたままで勝てる相手では絶対にないが、戸塚はシロコ*テラーを投げだしたりはしない。
それは激アツ賞金首を取られまいとするためではなく、友人の姉だからだった。怪我もしている、どうしてそれを窮地だからと地に放れようか……いやでもあの、そういう優しさはボコす前に……。
一触即発、しかし始まりかけた争いを止めたのは、新たに駆け込んできた1人の生徒。
「まってまって!! そうじゃないのよ!! ハァッハァッ……ええと、オホン!! こんにちは、戸塚さん。少しお話がしたくて参上したわ!! 便利屋68として、よろしくネキ倶楽部と交渉させてちょうだい」
颯爽というには、息を切らせて少し格好のつかない生徒、陸八魔アル。
「周りに他のハンターは無し、1人か……で、やっぱり戸塚……」
そして鬼方カヨコ。
「アルちゃーん!! マンハントにもルールってもんがあるっしょ!! 天下の便利屋が賞金首横取りは誉がないっしょ!!」
「クランリーダーとして正式に挨拶してるのにアルちゃん呼びはやめてちょうだい……!! ってそうじゃないわ!その人はアビドスの関係者よ、賞金とか関係なく、無事送り届けないといけないの!!」
「……便利、屋」
シロコ*テラーにとっても、それは懐かしい名。
陸八魔アル率いるクラン、その名は便利屋68、ここに推参。
今やキヴォトスに轟くアウトロー4人組、このサバンナたる過酷な大地で勇名轟くそのクランは、シロコ*テラーが知っているものとは存在感が、かなり異なる。
数多くあるマンハンター生徒達のクラン・部活の中でもトップ層に君臨する、キヴォトス最強格の一つ。義理人情に熱い侠客と名高いが、その名を至高の領域たらしめるのが……かつて12使徒と戦い、空崎ヒナとも戦い、生き延びている事実だった。
それは誤解から生じた偶発的な広域事件、容疑の首謀者だと罪を擦り付けられた生徒を守るため、狩りにやってきたマンハンター達、そして12使徒と空崎ヒナを前にして、アウトローの筋を通した伝説の一夜。
己の道を通すためならば……絶対的存在を前にして、満身創痍になろうとも尚、仁王立ちし、否と吠えた陸八魔アルの名声は本人の希望とは違った形で至高の頂にある。戸塚も軽いノリでアルちゃん呼びこそしているが、心底痺れた憧れの生徒……。
アウトランダーズが羨望と共に見つめる憧れの君にして、ナイトランナー達の尊敬を一心に集めた、誇り高き暗黒街の女王。
なのだが。
「ってもうお姉さんズタボロじゃない!! ま、間に合わなかったの!? なんてことなの!?」
地獄の環境サバンナのせいで、アルちゃんはアルちゃんのまま、そんな妙なことになってしまったのであった。
肝心なときは一歩も引かないのに、普段は流されるままの人間凧状態でサバンナの吹き荒れる暴風に空を舞わされる少女は、今日も「はわわっ」て感じで何時もの驚愕顔のまま、肩で風を切るとは言い難い小市民ぶり。このギャップが良いという生徒も少なくない。
「やっぱり、もう狩られてた……社長、無事に保護はできなかったけど、目的は果たそう」
「え、ええ、そうね……急いで保護しないと、というかこれはもう病院送りでしょ!! アビドスの前に行くべきは病院よ!! 救急車!! カヨコ救急車よばないと!!」
「今はどこも大荒れだから、呼んでもたぶん来ない。私達で連れて行く方が早いと思う……そういうわけだから、身柄は預かるよ。狩ったのは貴女、私達は賞金必要ないから、申請は貴女がして、証言もするから」
「そっちはアビからの依頼ってこと? なら先に言ってよねー……ハルカに背後に立たれるの心臓に悪いったら」
「ごめんなさいごめんなさい、でも、すぐ殴れる位置にいないといけなくて……」「怖」
「はーいそういうわけだから、もらっていくねぇ……わ、こりゃ酷いや」
「まーそういうことならいっかー……シロ姉、便利屋は口約束もちゃんと守るところだから大丈夫、そのまま病院連れてってもらいなー」
「……っ」
シロコ*テラーにとっては良いか悪いかわからない状況だ。便利屋は面識がある、そして前で最後の頃に相対した……特にアルは本当に最後の最後まで自身に語りかけてくれた相手で、本当は顔をあまり見たくない。
いや、違う……砂狼シロコは、彼女に合わせる顔がないのだ。
転移で逃げたくともダメージが深すぎて離脱がまだできない。先生の……プレナパテスのいる領域に飛ぶには、まだ……。
あと少し、あと少し息が整えば……。
だから、その声が聞こえた時、息を呑み、心臓が跳ねた。
「皆おまたせ、確保できたの? 助かるよ―」
聞き間違うはずがない、ずっと聞いてきたその声音を。
通りから漏れる逆光の先にいる、小さな姿を。
あんなにも会いたくて、こんなにも会いたくない、砂狼シロコにとっての……最初の家族。
「ホシノ、ごめんなさい……彼女、もう大怪我したあとみたいで……」
「いやー……正直戸塚ちゃんに狙われたら無理だよ……でもありがとね」
「でやがったーホシノー!!」「戸塚ちゃんさぁ……加減してよー……」
小鳥遊ホシノが、そこにいた。記憶の中の、そのままの姿で。
「貴女がシロコちゃんのお姉さん? はじめまして、私はホシノ、小鳥遊ホシノ。シロコちゃんのいるアビドス高校の……一応生徒会長ってことになるのかな、今は」
だから、まるで初対面のように語りかけられることが、あまりにも辛かった。
「……ぅ、ぁ……」
差し出される手、それはかつて拾われた、あの時を思い出す、そんな仕草。
「……社長、ホシノ、これは急いだほうが良さそう」「普通に大怪我よこれ!!」
「そうだね……そういえば、お名前はなんて言うのかな? すごく育ってるけど、本当によく似てる。けどあの子もスクスク大きくなっちゃたからなぁ……ならそんなに歳は離れてない? ………でも、なんだろう、思い出すと言うか、既視感というか……」
「ホシノ?」
カヨコの問いに、ホシノは答えない。
首を傾げたホシノの中に、何か……不思議な既視感があった。
違和感といってもいい。極めて奇妙だ……身近な存在の感覚がそこにある。彼女から、する。それこそ、かつての出会いの瞬間、その時の事を思い出していたのは、シロコだけではなかったのだ。
だから、別人である筈の彼女に対して……その名が漏れた。
「………シロコちゃん?」
それで、シロコ*テラーは決壊した。
「あああああああああ!!」
それは一瞬の隙。
ドンと吹き出すようにしてシロコ*テラーの全身から漏れる『黒』、その圧力を耐えきったホシノ以外の全員を弾き飛ばし、大地に転がるようにして、そして影に沈むようにしてその場から消えていったシロコ*テラーの姿を、驚きとともに全員が見送るしか無かった。
「ちょっと!? 今の何!? どこに行っちゃったの!?」
「消え……た?」「今の何ー!?」「なーるほどー、これがワンアクションで逃げられる例のジツかー……すごいじゃん!!」
「あっあっあっ、すみませんすみません!! 逃がしましたすみません!!」「はいはいハルカちゃん落ち着いて落ち着いて」
「………今のは……」
一瞬でしかない出来事。だから『黒』に沈むシロコ*テラーの表情が見えたのはホシノだけ。
悲しそうに歪む、その顔を見ることが出来たのは、1人。
「ホシノ!! 急いで探さないと!! あの怪我じゃ!!」
「……そうだね、でも近くに気配はないよアルちゃん、あれは……かなり遠くに行けるみたい」
「そんなことわかるの!?」
「わかるよ」
ホシノの違和感は直感として、そして敵味方識別を気配という感覚で探る神話の領域に至りし生徒だからこそのもの。レーダーいらず、ソナーいらず、壁の向こうだろうと人の気配を探れるホシノにとって、この場が裏路地だろうとも見逃す道理はない。
もう、近くには居ない。わかるさ……だって毎日、それを感じているのだから。校舎の屋上にいたって、遙か先から、いつも自転車に乗ってやってくる……愛しいあの娘の気配を見逃したりはしない。
あんなにも、心に馴染んだ気配を。
見た目は違う、似てはいるが……ずっと大人っぽい。
だからそんな筈はない、ある筈がない事である。
しかし、ホシノの感覚は……。
あの娘を、砂狼シロコだと言っている。
・地点XXX
「キヴォトス全域上空に未知のエネルギー反応!! 複数!!」
「正確な数がまだわかりません、輻輳を起こしているのか解析困難、レーダーコンタクト無し、反応はエネルギー波形のみです!!」
「……これは、やはり例の?」
「おそらく、危惧された事態。それが、ついにやってきたということ……欲を言えば、もう少し準備期間が欲しかったですね」
「最善は尽くしてきたわ、貴女も私も、そして皆も、なら……勝つだけよ」
「……そういうこと真顔で言われると……」
「? 各地で備えは進んでいるようだけれど、それぞれ独立した動きで纏まっているわけではないわ、もう一押しが欲しい」
「全体の方針を固める、中心が必要というわけだね、道理だ」
「……救難信号を受信!! SOS、及び平文「救助を乞う、我連邦生徒会長代行」これは!!」
「あの行方不明だった? なんてタイミング……どうします?」
「救助が必要よ、今すぐに」
「なら急ごうか、変針!! 224!! とーりかーじ!! 増速!! 第二戦速へ!!」
「集合をかける手間が省けたと思いましょう、さて……間に合えばいいですが」
「!? これは!! 空が!! 赤く!?」
「言った側から……」
「……急ぎましょう」