瀬戸内攻防   作:坂ノ下

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最終話 足跡

 近傍に倉庫群や工場群がひしめく神戸港では本日もコンテナ船含む多数の船舶が出入りしていた。また泊地西側は広大な埋立地が本土から伸びる道路橋によって繋がっており、その終端に位置する軍民共用の空港が港に負けないぐらいの働きぶりを臨海地域の人々に見せつける。

 

「これは、月単位かな?」

 

 港の一角に浮かぶ浮ドッグを近くの埠頭から見上げた真緒は、合金の入れ物の中でじっと動かず船体各所からバーナーの火花を散らす母艦の姿をしみじみと見つめていた。

 

「ちょうど定期点検の時期もやって来るから、まあ、三か月は見るべきね」

「私たち卒業しちゃうよ~」

 

 隣に立つ美月からの言葉に冗談めかして返すが、実際言っていること自体はそう間違ってはいない。二人は高等部三年生なのだから。リリィが第一線で戦える時間は、短い。

 

「あれだけ暴れたんだから休養も必要でしょう。船もLACも人も」

「一番暴れてたのはサングリーズルだけどね」

「……まさか、陽動班がそのままネスト落とすとは思わないわよ」

 

 ヒュージネストから可能な限り多くのヒュージを引き離し、ガンシップから降下してくる四個レギオンから成る攻略部隊の負担を軽減する。それが真緒たちLGディオネとLGサングリーズルに課せられた役割だった。ところがその勢いのままにサングリーズルがノインヴェルト戦術を開始し、ディオネも流れで露払いを務め、攻略部隊より先にネストの主であるギガント級を撃破したのだ。

 

「でもお陰で残敵の掃討がスムーズだったでしょ?」

「確かに、早いとこ帰ってこれたのは良かったわね」

 

 鴨之越海岸ネスト討滅を以って、ディオネは艦隊共々神戸のガーデンへと帰還していた。通商破壊活動を目論むヒュージの一群をネストごと葬るという目的を無事に達成できたからだ。

 とは言え、これで懸念が完全に解消されたわけではない。ネスト間の情報共有が鈍いのは事実だが、他に同じことを始めるネストがあってもおかしくない。むしろあとに続く者たちが出ると考える方が自然だろう。

 

「艦隊のメンテに三か月……。それまでにまた似たようなヒュージがやって来たら……」

「どの道、アンブロシアだけで解決できる問題じゃあないわよ」

「それはそう。だからガーデンがあちこちに働き掛けてるわけだ」

 

 話の最中、真緒は視線を海上の浮ドックから陸地の波止場へと移す。その際に自分たちの上司にして教師である女性の白軍服が目に入った。埠頭近くの事務棟から出てきたのだろう。真緒と美月の居る方に真っすぐ向かって来る。

 

「二人とも、こんな所で油を売ってたのか」

「油なんて売ってないですよう。今後の我が校の行く末と瀬戸内海戦線の大局について、思いを馳せてたんですよ」

 

 真緒は九鬼司令――戦隊がこんな状況では九鬼教導官と呼ぶべきか――へ調子の良い言葉を返した。確かに嘘ではないのだが、教導官からは苦笑のような微妙な表情をされる。

 

「先生、実際どうなっているんですか? 海上部隊設立の話は」

「ああ、ガーデン横断風紀委員会の会議では前向きな形で纏まったよ」

 

 美月が口にしたのは、他ガーデンの動向に関する疑問。即ち、アンブロシアの海上機動戦隊に類似した島嶼戦部隊が増えていくかどうか。今後も海上通商路におけるヒュージの活動が活発化するのなら、避けては通れない課題である。

 

「特に九州や関東のガーデンは近場に要港を抱えるだけあって乗り気だったな」

「九州はネストを全て撃破済みなのも大きいですよね。余裕があるから。今は中国地方奪還に掛かり切りですが」

「ガーデンはいい。ガーデンは。ただ、それ以外が問題なんだ」

「あっ……」

 

 真緒と美月は思わず首を回して目を見合わせる。すぐに心当たりに思い至ったからだ。

 

「我々アンブロシア一校だけでもあれだけ議論になったんだ。他が一斉に倣うとなると、反発も想像できるだろう」

「お金は掛かるし、船は払い下げなきゃだし、ですか」

 

 つい最近も、彼女ら海上機動戦隊の武装制限解除に際し激しい抗議活動が為されたばかりである。単純な金額の問題もあるが、それ以上に、軍艦という兵器はある特定の層にとって侵されざるべき存在なのだ。これは理屈だけではなく、魂の問題でもあるのだ。

 

「確かに彼らの言うように、国なり軍なりが音頭を取るべきことなんだろう。だが政府はいつも通り日和見的態度だし、海軍は意欲に乏しくすっかり()()の姿勢に入っている」

 

 ここで教導官が言っている守りとは、戦術的な話ではなく制度的な話である。無論、全てにおいてそうだというわけではない。ただガーデンやリリィが絡む話に国防海軍が及び腰なのは間違いないだろう。

 

「あー……海軍はそれどころじゃないですもんね。絶賛炎上中で」

 

 真緒は先日に流し見したネット記事について思い出す。隊内でのセクハラを訴えた国防海軍の女性兵士に対し匿名で誹謗中傷していたのが同じ海軍の高級将校だと発覚してしまい、海幕長が釈明会見に追われた事案があったのだ。

 政府や軍上層部にしてみれば「せっかく関係者を処分して鎮火しかけたのに余計なことしやがって!」と怒り心頭なところ。その一方で海軍戦略を日々議論し海軍の伝統・格式を尊ぶ市井のファンたちは「取るに足らない微罪で騒ぎ立てて軍の名誉を不当に貶め社会の分断を煽る二毛作女によくぞ物申してくれた!」と拍手喝采を上げていた。

 

「こんな状況じゃあ、リリィを含む海上部隊を作らせて、あわよくばそれに絡んでやろうなんて、軍の方からじゃ言い出せないでしょ」

「いや、流石に炎上の件が直接的な原因ではないだろう……。不祥事一つで二の足を踏んでいたら、今頃軍は解隊しているよ。大きいのは、やはり予算と艦船の問題だろう」

 

 九鬼教導官は首を左右に振って真緒の言を否定した。

 艦船導入によって生じる運営費の出処は確かに重大事項である。

 

「ただ何にせよ、海上部隊の新設は一朝一夕でできることじゃないのでは? 乗組員の養成なんて特に。幾つかのガーデンは事前に水面下で動いていたのかもしれませんけど……」

 

 装備以上に繊細な問題を孕むのが人員だ。首を傾げる美月に対し、教導官が今度は首を縦に振って首肯する。

 

「その通りだ。完全なる国土奪還に向けて海上部隊の増勢は不可欠だが、今すぐにというわけにはいかない。故に次善の策が必要となってくる」

「次善?」

 

 疑問の声を上げる生徒たちの前で、教導官の視線がガーデン校舎の方に向けられた。

 

「それを今から自分の目で確かめてくるんだ。油を売ってないでな」

「分かりました」

「だから油売ってないですってぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンブロシア敷地内の開けた空間に設けられたガンシップ発着場。耐熱性の高いコンクリート舗装は限定的ながら固定翼機の運用能力も備えていた。

 発着場脇の駐機場には人員輸送用の小型ヘリやUAVの他に、一機見慣れぬガンシップの姿がある。通常、ガーデンがリリィの空輸に使用する機体は胴体主翼下に兵員ポッドを二つ懸吊するのだが、その見慣れぬ機体は兵員ポッドの代わりに四機のLACを吊るしていた。

 

「これが、燈子先生の言ってた次善の策?」

 

 駐機場の傍で真緒が小手をかざしながら機体を見上げる。彼女の傍らには美月の他に後輩たちも居た。

 

「成る程、これでネスト付近の海域まで飛んだ後、低空で機体を投下するってわけね。ガンシップは既存の機体を小改装するだけでいいみたいだし。これならよそのガーデンでもそう時間を掛けずに用意できそう」

 

 腕の中に抱えたタブレットの画面にLAC運搬仕様機のデータを映しつつ、美月が明るい声を上げた。

 

「でも艦隊の代わりには、ちょっとねえ」

 

 一方、真緒は微妙な顔で微妙に言葉を濁す。LAC部隊の輸送や展開だけならこれでも十分なのだが、本格的なネスト攻めとなれば不安がある。

 

「だから次善の策、海上戦力整備までの繋ぎってことでしょう。LACとガンシップなら船に比べてまだ揃え易いから」

「待ってください。ということは、今後ベストラやエル・ベストラのような水陸両用機が増産されてくるのですか?」

「そういうこと。これまでのディオネでの運用実績を見て、導入を希望するガーデンが増えてきたのよ」

 

 ディミトラの問いに対し、美月は満足そうに両腕を組んで答えた。LACが幾ら高価と言ってもそれは通常のチャームと比較した話であり、流石に軍艦には遠く及ばない。必要人員に掛かる経費まで考慮するなら猶更だ。量産するとなれば多少はコストダウンも図れるだろう。

 

「これが私たちの戦いの結果、成果なんだ。これってネストを落とすのと同じぐらい重要なことじゃない?」

 

 そう言って真緒が後輩たちへ順々に目配せすると、ディミトラは深く頷き、華は微笑みを浮かべ、ユニカは二度三度と首を大きく縦に振る。自分たちの行ないや振る舞いがもたらした影響。それを思えば誇らしくもあり、またプレッシャーも大きくなる。

 

「真緒の言う通りね。当初はその有効性を疑問視され金食い虫呼ばわりされた水陸両用LACが認められたんだから。間違いなく、私たちが上げた成果よ」

「うんうん」

「じゃあその成果を有効活用するための訓練をしましょうか」

「えっ、今から?」

「先生からも指示が来てるわ。ガンシップからのLAC空中降下と緊急展開の訓練」

「え~っ、今からかあ」

「ガンシップ側の調整もあるから、私も乗り込むわ。皆も用意してね」

 

 途中から真緒を無視しつつ、タブレット端末をつつく美月がパイロットたちに搭乗を促した。その中でも一年生のユニカは隊長とは正反対にやる気に溢れている。褐色肌の中に爛々と輝く目が映えた。

 

「やったー! LACで飛んでみたかったんだー」

「ふふっ、その内単機で飛ぶ日が本当に来るかもしれませんわね」

 

 華の予想もあながち間違いではないと真緒には思えた。LAC、ひいてはチャーム全体の進歩は近年目を見張るものがある。それが本当に必要な機能なら、実用化に向けて進んでいくだろう。未来の戦場では今とはまた異なる光景が広がっているはずだ。

 

「ほら、真緒も早く乗って」

「分かった分かった」

 

 美月にせっつかれ、自身の機体に向かって歩いていく。ガンシップの機体下に直立姿勢のまま立つ7mの巨人。その背後から近付いた真緒は軽く跳躍して胴体下部に取り付くと、内部へ繋がるハッチを開放した。特に設備が無くとも乗降できるのは、地味に便利なリリィの利点である。

 コクピットに入った後、長時間の作戦を考慮してそこそこ座り心地良く作られたシートに腰を下ろす。それから暫くして感じた浮遊感。中の操縦者は何も操作していない。LACを吊るすガンシップが離陸したのだ。

 

「ところで、行き先はどこまで?」

「訓練場所は淡路島東部海域から同島東岸まで。先生が事前に訓練許可を取ってくれてるわ」

「わー、用意がいいなあ」

 

 真緒は通信機でガンシップ機内の美月とやり取りしつつ、コクピット全周に映し出された外部カメラの景色を見やる。地上1000mからは陸地に囲まれた湾の形がよく見えた。南の方では、三隻の大型船と二隻の護衛艦が外海へ向けて走っているところであった。

 

「九州か、関東か」

 

 あるいは更に遠くの地か。船団の旅路を思い浮かべながら、リリィは幸運を祈った。

 彼女たちはアンブロシア。ネレイデスにあやかる海の守護者である。

 

 

 

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