戦闘において最も神経を擦り減らす場面はどこか? 答えは一つとは限らないはずだが、しかし兵種による傾向というものは存在する。例えば空挺部隊なら敵地上空に侵入してから実際に飛び降りるまでの時間を挙げるだろうし、上陸部隊なら海岸に到着するまで舟艇の中で過ごす時間が候補だろう。
縦一本の単縦陣を組み、国防海軍の艦艇が救援要請を発した地点を目指す三隻。その中でLGディオネのパイロットたちは機体に乗り込み出撃の時を待っている。
「ディミ、今よろしいかしら?」
「……何?」
広い格納庫内の狭いコクピット内に流れる沈黙を、華がマギクリスタルコアの通信を使って破った。
「ディミはアンブロシアを卒業したら、やはりお国に帰って教導官を目指すのでしょう?」
「急だね。……まあ、そうだけど。そのための留学だから」
「寂しくなりますわ。今の内によくお話しておきませんと」
「本当、何? いきなり怖いな」
後輩たちのやり取りは、格納庫の奥から引っ張り出してきた予備機を乗機とする真緒も耳に入れていた。不吉な
「そう言う華は、アンブロシアに残らないの?」
「わたくしは奈良の実家に帰って家業を学ぶ予定でして」
「そっか。確か服屋だったね」
「お店があるのはそこそこ平和な場所ではありますが、もしも戦火で焼け出されたら、またこちらでお世話になろうかと」
「そんな縁起でもない」
こんなご時世なので、危険ではあるがある意味安定しているのがガーデンだった。
「私はどうしようかな~」
「貴方も国に帰りなさい。一応、お嬢様でしょう」
「そうかな? そうかも」
ディミトラは呆れて溜息を吐く。言動から想像し難いが、ユニカも地元ではいいところの家の娘なのだ。
「
艦船やLACを運用しているアンブロシアはガーデンの中でも特に専門性が高い。元生徒は有用な人材になるだろう。
「ですが、一部では批判もされていますね。悲しいことに」
「そうだね……」
華からの指摘にディミトラは遺憾に堪えない様子で頷き、一方でユニカはよく分かっていないようだった。そこでディミトラが改めて遠回しにせず直截的に言い直す。
「ガーデン教職員の多くが元リリィやマディックだから、縁故採用や依怙贔屓だと叩かれてるの。うちの海事科の場合は一般の女生徒も採ってるから、
「誰に?」
「昔ユニカが東京で喧嘩売ったような、進歩的な人たち」
「あーーーっ! あれ、私本当のこと言っただけなのに! 『土人』とか『火を吹いて腕伸ばせ』とか、ひっどい言われたよ!」
当時を思い出したのか、鼻息荒く憤慨するユニカ。
「ともかくそういう事情があって、我々アンブロシアはその手の人たちから、鎌倉府五大ガーデンと並ぶ『男性ヘイトガーデン』認定されてるわけ」
「ちなみに認定の基準についてははっきり公表されてはいません。ただ単に有名どころの名前を並べただけ……という説が有力ですわ」
なお認定されたガーデンの中でも百合ヶ丘女学院は理事長代行という高位職に男性が就いているのだが、彼は生徒に性欲を向けないであろう高齢者なので、その手の人たちにとっては男とカウントされないらしい。
「そもそも教導官がリリィやマディックから選ばれ易いのは、前線指揮官だった頃の
「なーに、それー?」
「……ユニカ、貴方は戦史や戦術論にももっと興味を持ちなさい」
ディミトラが目を細めて責めるような眼差しを向けた。すると華が助け舟を出す。
「リリィの運用も対ヒュージ戦術もまだまだ手探りだった時代、一軍人としてリリィの部隊運用を務めた経験に基づく石川氏の報告は、今でも貴重な資料として各国で紹介されています。レポートによると、リリィの強みとは高い戦術機動性と個人火器での高い火力、兵站に掛かる負担の軽さにあるとされ、また同時に既存の軍部隊や戦術との協同は困難を極めるという意見も述べられています」
実際、軍がリリィを指揮していた時は指揮官の人的損害が馬鹿にならなかったらしい。ヒュージもまた、ケイブと呼ばれるワームホールによって高い機動力と神出鬼没さを備えていたからだ。前線にノコノコ出てきた指揮車両など、熱線のいいカモでしかなかった。
「それが現在のガーデン体制、高い独立性とリリィによって完結する部隊編成が出来上がった要因の一つと言われてる。でもどういうわけか、あたかも軍や国が被害者のように語られがちなの。企業が何も無いところから勝手にガーデンを建てたとでも思ってるみたい」
「ふーん、不思議だね。でもディミ先輩、被害者って言うけど、何の被害を受けたの?」
「ワンチャン、ガーデンに入って指揮官だか提督だか先生だかになれる希望を潰されたってこと」
ちなみに件の石川精衛氏も男性なのだが、やはりその手の人たちは彼の存在やレポートを無かったことにしている。異性愛者で妻子持ちで日本国籍保持者の国家公務員(軍人)という、その手の人たちにとって模範的な人物であるにもかかわらず。
◇
LGディオネを含む海上機動戦隊は最前線である倉敷を離れて東に逆戻り。やがて本土と四国、間に挟まれた幾つかの小島を繋ぐ長大な橋が見えてくる。一見すると深刻な損壊の無い、車道四車線に鉄道複線が走る複合橋。瀬戸大橋だ。
ここに至るまでヒュージとの接触は一切無かったが、それが逆に戦隊の警戒を強めていた。
「UAV一番機、映像通信途絶!」
旗艦ルヴェリエ。艦橋下方に位置する
「UAVの帰還は待たない。最大船速」
「最大船速!」
司令の言葉を艦長が復唱して然るべき要員に伝達する。
現代の軍用無人機は無線による遠隔操作方式ではなく、人工知能によって自律したプログラミング方式が主流であった。電波妨害を考慮してのことだ。現に今もUAVからリアルタイムで送られてくる映像が途絶えている。着艦できない場合、人工知能は付近の島に不時着する判断を下すだろうから、後々回収すれば良い。
艦隊最大速度、27ノット。ドック型揚陸艦としては快速のルヴェリエは護衛を引き連れ東へ進む。そうしている内、CICの電測員が周囲の異変に気付く。
「マイナスマギ濃度上昇! レーダー、ノイズ増大します!」
「これより艦隊通信は発光信号とマギクリスタル通信に限定する。各艦、射撃指揮システム、ヒュージサーチャーにリンクせよ」
ヒュージを動かすエネルギーとなるマギを負のマギ、マイナスマギと呼称する。このマイナスマギがヒュージの体内のみならず、周辺の空間に滞留すると様々な影響が生じてくる。取り分け大きなものが、体調不良と電波異常。電子機器の不調により通信・索敵・観測等を大きく制限された人類は戦術の変更を余儀なくされてきた。
「しかし妙だな、艦長」
「はい。岡山南岸からも香川北岸からも、大型ヒュージや大規模な群れの動きは確認されておりません」
「となると、やはり海中か」
司令の問い掛けに、隣席に座る艦長が答えた。亜麻色のふわりとした短髪を持つ、司令より年上の女性だ。
電子機器に異常をきたす程マイナスマギ濃度が増大しているのならば、必ず近隣でラージ級以上のヒュージか大規模なヒュージの群れが活動しているはず。それがまだ未発見ということは、海中に居る可能性が高い。
「司令、ベストラを出すべきです」
「そうだな」
予定をやや繰り上げて命令が下される。
「両舷前進微速! ドック注水用意!」
艦長の指示により旗艦から減速を始める。と同時に、それまで単縦陣で航行していた艦隊に変化が生じる。後続の艦、ネレイドとナイアドがルヴェリエの左右に布陣し横一本の単横陣へと移行した。上空と水中からの襲撃に警戒するためだ。
そうしてドックからLACを繰り出すべく動いていたその時、ヒュージサーチャーを監視していた電測員が声を上げる。
「ヒュージサーチャーに感。右60度、距離12000、数は6」
「ドック開放準備」
艦長はそのままベストラの出撃準備を継続させる。敵が空から来るなら艦隊の火器で牽制できるし、海から来るならまだ間に合うと判断したのだろう。
瀬戸内海のような多島海や入り組んだ沿岸部での索敵では、ソナーに比べてヒュージサーチャーの優位が増す。ヒュージは潜水艦などと違い、浅瀬に張り付いたり陸地に上がったりできるからだ。それに元々気象や潮流等の環境要因に左右され易いソナーは制約も多い。とは言え一度ヒュージを捉えてしまえば、大雑把に探知するサーチャーよりソナーの方が有用な場面も出てくる。
「ソナーに感。これは……は、速い! 敵速度50ノット!」
「まさか、魚雷?」
「音紋照合、ミドル級リッパー種ジュージェ型と確認!」
切迫した水測員の報告を受け、艦長はチラと横に視線を向けた。するとややあって、CIC全体に行き届くように司令の声が響く。
「この場で後顧の憂いを絶つ。LGディオネ戦闘準備」
本来の目的である要救助対象へと急ぐか、目前の脅威を優先するか。判断が下されると、すかさず艦長が具体的な行動を指示する。
「注水は間に合いません。そのままドック開放後にベストラを発艦。以後、本艦は増速、最大船速。対潜・対水上戦闘用意」
水底から剥かれた牙が今、眼下の海で振るわれようとしていた。
◇
足が二本ついているLACはドックに注水せずとも発艦できた。では何故ルヴェリエはウェルドックを有しているかというと、その他の上陸用舟艇や無人潜水艇なども運用するためである。LAC母艦と銘打ってはいるが、それしかできない船ではないということだ。
開放された後部ハッチを足で蹴り、真緒のベストラは海中にその身を投じた。全身から攻め寄せてくる水の圧力も何のその、推進器を吹かし両腕の旋回で姿勢を制御した後、敵のやって来るであろう方角に向き直る。
「ルヴェリエよりディオネ01へ。敵集団は40ノットに減速、深度3。艦隊はこれに対して機関砲射撃を実施する」
「了解。艦隊射撃後に戦闘を開始します」
連絡要員として母艦に残っているマディックと、マギクリスタル通信でやり取りする。マギクリスタルコアに内蔵される通信機能はある程度のマイナスマギ濃度の中でも有効だが、長距離通信には不向きという欠点もある。
艦砲や機関砲は水中の敵を撃つためのものではない。あそこまで水面近くなら撃破までいかなくとも何らかのダメージを負わせられるかもしれないが。しかしそれにしても、高速で動き回る相手には気休め程度だろう。
母艦からの通信通り、海上ではすぐに砲戦が始まった。機体の中の真緒に子細は掴めないが、三隻から三門の30mm機関砲が、浅深度を疾走するヒュージたちに砲弾をばら撒いているはずだ。
「うぅん……船の方にも対潜魚雷積んでたらなあ」
「仕方ありませんわ。万事に対応できないのは、我が戦隊の辛いところです」
今更な愚痴を漏らすユニカを華が宥める。
ガーデンが海上戦力を保有することについては、当初から様々な方面で難色を示されてきた。艦載兵器をフリーハンドでフル装備というわけにはいかず、任務に合わせて換装という落としどころで決着が図られた。
海上機動戦隊の創設意義は制海権や制空権の確保ではない。ケイブを用いるヒュージ相手にそれは大した意味を成さないし、ヒュージの側も面の制圧を仕掛けてこない。彼女らが結成された意義は敵根拠地の撃滅にあるのだ。更に言えば、ヒュージはこれまで海上通商路の破壊を企図した行動を取ってこなかった。
「だけど今回の件で、流れが変わるだろうね。このヒュージ、明らかにうちの艦隊を待ち構えていた。瀬戸内海どころか、下手すれば世界中の戦略が引っ繰り返るよ」
真緒の声はいつになく硬い。アンブロシアが特殊なのであって、水上戦闘・水中戦闘が可能なガーデンなどそうはない。
「敵集団、深度10でなおも前進!」
再び母艦からの通信が入り、真緒は思考を眼前の問題へと切り替える。
やはり艦上からの砲撃で脱落したヒュージはいなかった。ただ牽制にはなったようで、敵はより深く潜り綺麗な二列縦隊も散り散りになりかけている。
「華、ユニカ、艦隊直掩。ディミ、敵の方が大分速い。深追いせず迎撃に専念」
「了解!」
配下へ指示を出す間にも、先頭のヒュージが迫る。視界が大きく制限される水中だが、機載のヒュージサーチャーも活かして接敵に臨む。
沿岸部のガーデンならばジュージェ型を目にしたことぐらいはあるだろう。巻貝のように渦を巻いた胴体に、複数本の湾曲した刃に囲まれた頭部。その頭部の左右には一際大きな剣を生やし、彼のヒュージの好戦性を物語っている。真緒たちも実際幾度となく戦ってきた。決して油断できる相手ではないが、この水中速度は端的に言って異常であった。
「魚雷、発射」
真緒の合図により真緒機とディミトラ機が共に右腕部の魚雷を放つ。カバーをスライドさせ開放された連装発射管の奥から、気泡を上げて海中に顔を出すとスクリュープロペラによって標的へと走り出す。
幾ら魚雷と誤認するほど速くとも、本物の魚雷は避けられないだろう。そんな真緒の予想は呆気なく裏切られる。機内の正面モニターに敵影が揺らいだかと思った直後、右真横に急変針して更に加速した。四本の魚雷は目標のあとを追いかけようとするものの、両者の旋回半径は隔絶しており、早々に的を見失って明後日の方向へ迷走してしまう。
「これは、思った以上にヤバい奴だ。華、一体そっちに抜けた。ディミ、左右に散開して後続を叩くよ」
先頭の敵に突破されても真緒機は振り返らず、二番手の進路上へと立ち塞がった。すると相手も変針せず真っ向から突き進んでくる。
今度はすぐに魚雷を撃たない。爆発の余波に巻き込まれないぎりぎりのラインまで引き付けるために。
「こっちは最高速度で38ノット。どうせ追いかけっこじゃ勝ち目は無い」
水の中で50ノット出せるような化け物でも、流石に攻撃態勢に入ると多少は速度を落とすらしい。チャンスがあるとするならそこだろう。
十分以上に引き付けたところで、真緒は左腕部の魚雷を一本だけ発射した。敵は進路そのまま、今度は逃げない。それでも寸前でまた避けるのではないかと厳しい顔でモニターを睨む真緒。ところが敵影が逃げない代わりに、真緒の放った魚雷の反応が消失した。それとほとんど同時に、前方で生じた水中爆発によって真緒の乗機は激しく揺さぶられる。
「ぐぅぅうっ」
身を預ける座席と握りしめた操縦桿がガタガタ震え、舌を嚙まないよう強く引き結んだ口からは苦悶が漏れる。
そんな真緒の瞳に、ベストラのモニターに、ジュージェ型の姿が映った。かと思えば、頭部をぐるりと囲む湾曲刃が一本、ヒュージ本体を離れて水中銃の如く撃ち放たれた。無論プロペラなど付いてはいない。マギによる推進か、水の抵抗の中で苦も無く奔り、真緒の機体へ肉薄する。
腰部と脚部のハイドロジェットで超高圧の水流を吐き出し、真緒機はすんでのところで敵の一刀を回避する。ところがその動きを読んでいたかの如く、ジュージェ型本体が左右一対の長刀でベストラの胴体を捕らえた。真緒が操縦桿を押したり引いたりと離脱を試みるが、楕円体の体を左右からガッチリ挟み込んだ刃は獲物を離す気配を見せない。
「真緒様、こちらは片付けました。援護を」
「必要ないよ。更なる後続に備えて」
華からの申し出をあっさり断ると、真緒はベストラを浮上させ続ける。ヒュージに捕まえられたままで。
「ディオネ01より艦隊へ。左135度、距離1500の海上に敵を誘導する」
真緒は海中の僚機ではなく海上の味方へ支援を求めた。噴出する水流の勢いに任せて遂に海面へと到達すると、ベストラは自身の腹を挟んで離さないヒュージを空に向けて掲げる。
仰向けで海面に浮かぶLACとそれに引っ付くヒュージ。そんな奇妙な絵面は重々しい砲声で掻き消えた。哨戒艦の一隻、ネレイドの艦首に備わる多面体の砲塔が30mm機関砲弾を放ったのだ。海面上に露出したヒュージに向けて、真緒機ごと。
気分は林檎を載せた頭か、はたまた扇を掲げた小舟か。いや、実際はそんな優雅な代物ではない。毎分200発の鋼鉄と爆薬の暴風が、無防備に水面を揺蕩う真緒機を容赦無く巻き込んでいく。ミドル級以下なら艦載の通常兵器でも撃破可能。幾つかの至近弾の後、まな板の鯉と化したジュージェ型は直撃弾を浴びて爆散するのであった。
一方、ヒュージと共に砲撃に晒された真緒機は大きな損傷は負ってない。カタログスペック上はギガント級の攻撃にも耐えられるのだ。マギを伴っていない艦砲に撃ち抜かれることはまずないだろう。もっとも、機体の中に掛かる衝撃まで完全に殺せるわけでもないのだが。
「んんっ……残りのヒュージは、どうなった? ディミ?」
衝撃に揺さぶられた頭を左右に小さく振りながら、真緒は再び機体を水面下に潜らせる。通信に対する応答はすぐには返ってこなかった。だが時折深部で起きる水中爆発が、戦闘の最中であることを示してくる。
「こちらディオネ03! 敵二体と交戦中! 連中、ベストラの装甲を抜けないと見るや、撃ち出した刃を爆破させてきました!」
通信が返ってきた頃にはディミトラの機体を視野に収めていた。見る限り、四肢も無事だし推進器も機能しているようだ。他方で敵影の位置はサーチャーで確認した。左右に大きく散ってディミトラ機を挟撃する構えを見せている。
「ディミ、レアスキルを使えばヒュージの攻撃が読めるよね」
「はい。ですが攻撃を読めても、ここまで速度差があると対応できるかどうか」
「いや、それで十分。底まで移動しよう」
真緒はディミトラを伴い下降していく傍ら作戦を説明する。二機は10mも潜らない内に水底に到達した。浅海の瀬戸内海、中でも岡山と香川に挟まれるこの
「敵が動きます。二時方向と十時方向から、同時に来ます」
「やっぱり、狙い澄ましたクロスアタックだ」
ヒュージは基本的にフレンドリーファイアを恐れないが、効率的な戦法を学習している節はある。個々の経験に基づく学習は勿論のこと、同じネストに属する群れの中で共有されるケースも確認されていた。
「敵、突撃開始! 距離1400……1200……1000、進路そのまま!」
レアスキル『この世の理』がヒュージの攻撃方向をスキル使用者のディミトラ本人に視覚情報として映し出す。しかし彼女自身が懸念したように、敵の急変針に鈍重なLACでついていけるのか。その点を考えれば、未来予知のレアスキル『ファンタズム』の方がこの場では有効かもしれない。
しかしいずれにせよ、戦闘の真っ最中に仮定の話は不要。真緒はベストラの両腕部に装備された連装魚雷発射管をそれぞれ左右から迫る敵に向けた。
敵もまた頭部の刃を射出して二機のベストラを狙う。撃ち出したところからまた新しく刃を生やし、また撃ち出す。そうして十本を軽く超える凶器が両側面から真緒たちに襲い掛かる。ディミトラの言ったように、ジュージェ型の刃はベストラの装甲に当たった直後、盛大に爆ぜた。あるいは当たらなくとも、傍を通過した途端に弾け飛んで金属の破片を周囲にばら撒いた。真緒は発射管の照準を維持して耐える。
「距離800!」
ディミトラの報告を合図にして真緒は魚雷を発射する。両腕からの四本一斉発射だ。カバーのスライドした発射口を飛び出た魚雷は確かにヒュージの方向へと走り出したものの、標的に接触する手前で海底に突っ込んでいった。
「よしっ」
真緒が思わず発した声の通り、誤射ではない。地面に突き刺さった瞬間、命中箇所を中心に膨れ上がるように爆発の圧が広がり、海底の土砂を水中に噴き上げた。すると辺り一面に真っ黒いカーテンを展開されたかの如く、視界を覆われた。ただの土砂では、こうはならない。
「ヒュージ変針、左に30度」
真緒はディミトラの指示に基づき射角を調整し、暗闇の中で魚雷を発射した。ややあって、カーテンの向こう側から新たな爆発が巻き起こる。
ディミトラの方も同様に対処したようだが、二人は念のためヒュージの残骸を確認した。
「内海や内湾の浅海域では生物の老廃物や給餌のゴミ等が流されずに堆積することがある。流石にこれは予想以上だけど」
堆積物が拡散する中で、真緒たちの機体は水面目指して上昇し始める。少しでも詳細に状況確認するためだ。
「ディミ、魚雷は?」
「残弾0です」
「こっちはあと一発。対潜は厳しいかな」
「敵が来るなら、機体をぶつけてでも止めてみせます」
「それはちょっと、最後の手段にしておこう」
そんな彼女らが新たな敵を見つける前に、再び通信が入る。ただしマギクリスタル通信ではなく、水中音響通信によるノイズ交じりのものだった。
「……マイナスマギ濃度が低下してる? まさか、あのミドル級六体で通信障害を起こしてたのか」
驚く真緒をよそに、ノイズがだんだんと薄れて感度がクリアになっていく。聞こえてきたのルヴェリエ艦長の落ち着いた声だった。
「――――ディオネ各機、帰投せよ。戦闘終了、ディオネ各機は帰投せよ」
「ディオネ01よりルヴェリエ。ジュージェ型はどうなったんですか?」
「五体撃破、一体は南西方面へ逃走中」
そう聞くや否や、真緒は操縦桿を横に倒していた。
「すぐに補給して追い掛けないと。あんなものを野放しになんかしたら、どうなるか」
この
「いや、帰投しろ。あれは追わなくていい。今は」
「あっ……了解」
司令に重ねて指示されて、熱くなりかけた真緒の頭はクールダウンする。本当に戦闘は終わったのだと。
母艦に戻ってから知ったのだが、救援要請を出していた国防海軍の艦船は既に窮地を脱していた。厄介な水中の敵を、真緒たち海上機動戦隊が引き付けた甲斐があったのだ。