瀬戸内攻防   作:坂ノ下

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第5話 雌伏

 瀬戸内海と外洋の玄関口であり、吊橋によって陸路で淡路島と繋がる近畿地方の要衝。広大な埋立地に日本五大港湾の一つを抱える神戸市に、アンブロシア女学苑高等學校は校舎を構えていた。

 そのアンブロシア保有の浮ドックには海上機動戦隊所属の三隻の姿がある。中国地方奪還を支援すべく征西していたはずの彼女らが帰還した理由、それは極めて単純明快。継戦に必要な物資が尽きかけていたからだ。まともに戦えるLACは予備機を引っ張り出しても三機のみ。予備パーツも魚雷も残り僅か。艦船の燃料・弾薬や食料等の補給はわざわざ神戸まで返ってくる必要はないが、LACの場合はそうはいかなかった。メーカーが示し合わせたお陰で通常のチャーム同士ならば内部パーツに互換性がある。しかし流石に5m超の機動兵器との互換性を求めるのは無理な話だろう。

 合金製の浮ドック、その凹の中、上からクレーンを垂らされ整備を受ける母艦をLGディオネの隊長と副隊長が並んで眺めていた。

 

「全艦に対潜魚雷の発射管を載せたそうよ」

「早いね。こっちに戻ってきてすぐに作業を始めてたでしょ」

「あの戦闘の直後から、ガーデンが国に働きかけてたみたい」

 

 対ヒュージのためとはいえ、一ガーデンのアンブロシアが軍艦を持つまで一筋縄ではいかなかった。艦載兵装の制限はその名残である。今回、正当な理由の発生により制限が解除されたというわけだ。

 

「それで、実際どう? あれと戦った当事者としては。次も勝てそう?」

「……正直、分からない。もっと広い海域で徒党を組んで来られたら、うちのベストラでどこまでやれるか」

「正直ね」

「だから正直って言ったでしょ」

 

 真緒は憮然とした顔で美月に答える。幼稚舎から腐れ縁のあるこの同輩相手に、見栄を張っても仕方がないからだ。

 

「そっちこそ、何かとてつもないビックリドッキリ新兵器を作って助けてくれないわけ?」

「そうしたいのは山々なんだけど、私、新規開発は得意じゃないのよねえ。専門は整備と改修」

「あっそう」

 

 さも興味が無いような態度でぞんざいな相槌を打つ。本当はほんの僅かに期待してたのだが、勿論顔には出さない。

 二人が駄弁っている場所は、洋上の浮ドックを臨む小高い崖の上。そこには屋根と柱と長椅子だけの、小さな東屋が建っている。

 沖合から吹く涼しい海風に黒髪を靡かせ真緒は、ふと腕時計の針に目をやった。時刻は午後二時半を少し回ったところ。

 

「もうすぐ時間だ」

 

 真緒と美月の二人はアンブロシア生徒会長の森下雅枇から呼び出しを受けていた。先の海戦に関してはガーデンへ十二分に報告済みなので、何の用件なのか真緒には予想がつかなかった。

 

「じゃあ、戻ろうか」

 

 出頭、もとい、呼び出し場所はアンブロシア敷地内にあるガンシップ発着場前の待合室。真緒は東屋の脇に止めてある自転車へ歩いていくと、サドルではなくその後ろの荷台スペースを跨いで座る仕草を見せた。

 

「ちょっと、真緒」

「何? 早く行こうよ。雅枇が待ってる」

「帰りは運転、交代するって言ったでしょ」

「そうでしたっけ? ウフフ」

「は?」

「いたたたたっ。冗談、冗談だってば」

 

 美月に後ろから腰をつねられて、真緒は席の前後を交換するのであった。

 崖の上の展望台からアンブロシアの敷地までは、斜面を下れば目視で見える距離である。しかしこの下り坂が意外に長い。崖の高さの割に、勾配が緩やかなお陰で。

 真緒が二人乗りの自転車をえっちらおっちらと漕ぎ始めて幾らもしない内に、頭上から大気を震わす轟音が聞こえてくる。東の空を見れば、一機の航空機がこちらに近付きつつあった。

 

「何だろう? ガンシップ……より大きいかも」

「よく見えない。真緒、もっと寄せて!」

「無茶言うな! こっちは自転車だぞ!」

 

 後ろの方で身じろぎされるものだから、荷台がぐらぐら揺れる。真緒はハンドルを握る両手とペダルに乗せる両足を使って必死にバランスを取っていた。

 やがて件の航空機が下降に入ると、その正体に美月が見当をつける。

 

「ああ、あれ、天津重工の大型輸送機だ。いや、エンジン音と尾翼のシルエットがそれっぽかったのよ」

「天津? もしかして、雅枇の用件に関係してたりして」

「あり得るわね」

 

 突然の来客に好奇心をそそられつつ、二人は白塗りの校舎目指して自転車を走らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 果たして美月の見立ては正解だった。アスファルトに覆われた開けた空間、アンブロシア女学苑高等學校のガンシップ発着場、その駐機場に普段は見掛けない機体が一機止まっていた。ガーデンが運用するガンシップより一回りも二回りも大きい。その貨物スペースの広さは徒歩の人間だけを想定したものではないだろう。

 

「やっぱりね」

 

 発着場前の待合室の窓ガラス越しに、ずんぐりとした白銀の輸送機を眺めながら美月が一人納得したように頷いた。

 そうしている間に部屋の奥に続く扉が開いて中からお目当ての人物、雅枇が出てくる。隣にもう一人伴って。

 

「そんな……。下々の者たちが命懸けで戦ってる間、我らが生徒会長は見知らぬ美女と仲良くやってただなんて……」

「いや、知ってるでしょう。柳都の麻嶺さんよ」

「ごきげんよう。お久しぶりです、お二方」

 

 ロングの銀髪は生糸みたいにさらさらで、アンブロシアのセーラーとは対照的な黒のジャケットを腰に巻き付けている。チャームメーカー天津重工総帥令嬢にして、新潟のガーデン柳都女学館二年生。それが彼女、天津麻嶺(あまつまれい)である。

 

「麻嶺さんと天津の輸送機が来たってことは、チャームが補充されるのね」

「その通りです美月様。今回持ってきたのは私が開発した機体ではありませんが、ご挨拶も兼ねてということで」

 

 麻嶺との会見の場にLGディオネの二人が呼び出された理由は簡単だ。彼女が持ってきたというチャームはLACなのだろう。アンブロシア工廠科の倉庫にもまだ予備機は残っているが、損耗分を補填できるのは有難い。

 

「既に輸送機からそちらの格納庫へ移しているところです。この後、ご覧になりますか?」

「是非っ!」

 

 真緒が口を開くよりも早く、美月が首を大きく縦に振った。天津の令嬢に興味の無いアーセナルなど中々居ない。彼女は新開発、美月は整備・開発と得意分野は異なるが、だからこそ学べるところが多いのだ。幾ら十代の小娘といっても、畑違いの優秀な人間を認められないほど狭量ではない。

 かくして四人は待合室のソファから立ち、補充機の待つ格納庫へ移動することになった。LAC格納庫は港湾区画にある。水陸両用機を運用しているのだから当然だ。ここガンシップ発着場からは多少離れているものの、港と発着場の間には搬入用の地下通路が通っているのでLACトレーラーに載せての運搬に支障は無い。勿論、人員の方は地上を通って向かうのだが。

 

「麻嶺さん、天津重工が先週発表した布都御霊(ふつのみたま)のバリエーション機のことだけど――――」

「バレルパーツの変更と砲撃出力の抑制で軽量化、白兵戦寄りの調整がコンセプトですね。持ち味が薄れるので私自身はあまり好みではありませんが――――」

「そもそもあれだけの高出力砲撃機で白兵戦も自在にこなす御台場や桜ノ杜が特殊なわけで、布都御霊は天津の主力量産機なんだから汎用性の向上は――――」

 

 道中で話し込んでいるのは美月と麻嶺のアーセナル二人。真緒の記憶によると、天津の令嬢は実家のセールストークにあまり熱心な方ではなかったはずなので、単に技術者の性が発露した結果なのだろう。

 アンブロシアはLACを除いた天津重工製のチャームはあまり運用していない。にもかかわらず両者の関係が緊密な訳は、船舶分野にある。海上機動戦隊を構成するルヴェリエ、ネレイド、ナイアドの三隻の戦闘艦や港湾部で用いている小型船舶は全て天津重工神戸造船所にて建造されたもの。財閥系企業である天津はチャーム関連以外の軍事産業においても老舗なのである。

 そうこうしている内に一行は港の方までやって来た。岸壁に面したボックス型の倉庫内にLACの格納庫兼整備場がある。通用口から中に入り、狭い廊下を通って開けた空間に出た。そこはいつもなら、ディオネの愛機たちが佇んでいる場所。しかし今、真緒たちの目の前にあるのは見慣れたベストラとは違う。

 

「ご覧の通り、補充機はベストラではありません。天津重工とユグドラシル社が共同開発したその後継機になります」

 

 胴体はベストラと同じ楕円体のボディだが、そこから伸びるのは水中抵抗を減じる緩やかに湾曲したシールド型の肩と、可動域に優れる多関節の長い腕。手は五指のマニピュレーターではなく、三本の武骨なクローとなっている。また頭頂部に生やした通信アンテナと思しきブレード型の突起も前には無かった特徴だ。

 

「LACM-04エル・ベストラ。ベストラの名を残してはいますが、形式番号から分かる通り改修機ではなく新規設計の新型機です」

 

 麻嶺の説明を耳に入れながらも、真緒と美月は全高7mの異形を食い入るように見上げていた。その両腕と両手を目にすれば、従来機よりも一層異形感を覚える。

 

「本機は腕部だけでなく脚部パーツも見直すことで陸上での運動性能向上に成功。腕部魚雷発射管は廃止し、代わりにバックパックの推進器上部と一体化させた四連装発射管を二基設け、同時発射数と携行弾数を増加。胴体30mmチェーンガンは可動域を拡大させて取り回しを良くすると共に、巡航時は機体内に格納して水中抵抗を防ぎます」

 

 腕部と脚部の変更により従来機より大型化したが、運動性はむしろ上がっているらしい。腕から背中へと移動した魚雷も、弾数の増加は操縦者としては有難いところ。あと気になるのは、マニピュレーターが巨大な爪に変わって既存の携行火器を持てなくなった点か。これは一概に良し悪しを決められないだろう。

 

「そして最大の特徴が、白兵戦用クローに包まれた(てのひら)。天津で開発したフォノンメーザー砲を搭載しています」

「実用化してたの!?」

 

 美月が麻嶺へ飛び掛からんばかりの勢いで食い付いた。

 アーセナルではない真緒でも聞いたことぐらいはある。音波の振動によって敵を攻撃する兵器だとか。無論、実物を見たことは無かった。この時までは。

 

「確かにチャーム関連技術の陰に隠れてはいましたが。そうそう、テストは既に済んでいるのでご心配なく」

「……よくよく考えてみれば、ヒュージは水辺に巣を張るんだから研究に力を入れるのも当然だったわね」

 

 ヒュージ相手に生身のリリィが水中戦を挑むのは自殺行為だったので、優先度は下げられていた。しかし水中戦可能なLACの登場によって事情が変わったのだ。

 

「以上のように、本機エル・ベストラは従来機に比べて白兵戦能力、陸上運動性、水中戦闘力が向上した純粋な性能向上機となっています。……失礼、マニピュレーターの汎用性が低下したので、建設機械としての能力は劣っていました」

 

 最後に麻嶺がそう纏めると、パンと乾いた音が響いた。美月が自身の両の手を打ち合わせたせいで。

 

「素晴らしい! まるでアンブロシアの精神が形になったようだわ!」

「うち、そんな精神だったっけ?」

 

 幼馴染の感動に茶々を入れる真緒。

 一方今まで黙って見ていた雅枇だが、麻嶺の機体説明が終わるのを待ってたのか、軽く咳払いしてから口を開く。

 

「元より貴方たちディオネの戦闘記録は天津重工と共有し、研究開発にフィードバックさせていたわ。ただそれよりも以前から、本格的な水中戦闘が可能な機体は模索されてきた。今は良くても、いつヒュージどもが海上通商路の破壊に乗り出してくるか分かったものではないのだから。先の海戦で敵が見せた動きは、その端緒となり得るでしょう。少なくともアンブロシアはそう判断したわ」

 

 あの戦場において、ジュージェ型はまず最初に貨物船を襲い、次いで救援に来た国防海軍の護衛艦を襲い、そして最後に海上機動戦隊へ待ち伏せを仕掛けてきた。偶然でないのは明らかだ。

 

「新型が間に合ったのは不幸中の幸いってところかな」

「ええ、そうね。あまり当たって欲しくはなかった予想だけど、当たってしまったものは仕方がないでしょう。真緒、貴方たちLAC搭乗員はこのエル・ベストラ操縦の習熟を。美月たちアーセナルは天津重工の整備要綱を叩き込んでもらうわ。可及的速やかに」

 

 真緒の言葉に頷きつつ、雅枇が中々シビアな注文を付けてきた。期限は明言してこないが、もしもまた件のジュージェ型が再び猛威を振るうようなら、出撃せざるを得ないだろう。のんびりできないのは確かである。

 

「大丈夫です。ベストラと共通する部分も多いので。あなた方なら短期間でモノにできるはず」

「本当?」

「気合があれば」

「えぇ……」

 

 麻嶺が自信をもってそんなことを言い出すので、真緒の口は引き攣った。しかし考えてみれば、彼女はあの柳都女学館のリリィ。何も不自然な発言ではない。

 

「とにかく、()()()が来るまで万全の態勢を目指しなさい。本件は我が校にとっての最優先事項よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真緒たちが神戸に帰還して幾日か経過した。浮ドック内で武装の追加を施されていた三隻の軍艦も、既に措置を終えて岸壁に係留されていた。その他損傷個所の修復等はなされたが、次に備えて本格的なドック入りは見送られたのだ。

 港湾に整備格納庫にガンシップ発着場に、広大な敷地を有するアンブロシアでは福利施設も整えられている。群青色の大阪湾を一望できるガーデンテラスもその内の一つであった。石材の白タイルが敷き詰められた空間に、同じく石製のガーデンテーブルと椅子が何組も置かれている。

 空に薄っすら雲がかかった夕方、訓練場を出たその足で真緒はガーデンテラスにやって来た。そこで自分より長い黒髪の後姿を見つけると、ニヤと笑みを浮かべて近付いていく。

 

「燈子せんせー、サボりですかぁ?」

 

 椅子の背もたれに体を預けていたのは九鬼司令。いつも艦内では一本に縛っている長髪は解き、身に纏う白カッターの上の方のボタンは開けている。

 

「やることを済ませたので暇を持て余している。君こそ、新型の習熟はいいのか?」

「ぼちぼちですねえ。基本はそこまで変わってないので。あとは実際に敵と殴り合ってみないと、何とも」

 

 通常、海上部隊はローテーションを考慮して三組ほど編成されるのが理想とされている。一組が海の上で任務に当たっている間、他の組を整備や休養、訓練等に割り当てられるからだ。ところがアンブロシアの海上機動戦隊の場合、そのような艦隊単位のローテーションは前提とされていない。予算や人員の都合もあるが、それ以上に彼女らの任務の性質に依拠していた。制海権の維持ではなく、敵根拠地(ヒュージネスト)の撃破を主目的にするという点である。なので少なくとも艦船部隊に関しては、常に臨戦態勢である必要は薄かった。

 とは言え、司令はLGディオネの担当教導官でもあるので、完全な()()()()()でもないのだが。

 

「何もかも手探りなこの状況で、君たちはよくやっている。身贔屓を抜きにしても、そう思うよ」

「本当ですか?」

「本当だとも」

「それでしたら、今これから予定が空いているようなら、是非ともご褒美が欲しいものですねえ」

 

 真緒は椅子に着席したままの司令に対し、背後から頬を寄せていく。すると司令は整った眉を縦に上げ下げしながら目線だけ真横に動かした。

 

「ついに三十路前の教員にまでちょっかいを出すか。正に『貧すれば鈍する』だな?」

「貧してませんよ? ただちょっと世間の木枯らしに凍えそうなだけで、別に貧してはいませんよ?」

 

 研ぎ澄まされたナイフで心をチクリと刺された珠緒は虚勢を張る。完全に自業自得だが、ぐうの音ぐらいは上げたくなるのが人の情だろう。

 そんな教え子に対し、司令は小さな溜息を一つ吐く。

 

「ふぅ……。まったく、教導官を口説こうなどと十年早い」

「でも逆のパターンはあるみたいですよ」

「逆?」

「主にイルマとか東京御三家とか清澄白河とか大樹の園とか、あとイルマとか」

「特殊なケースを引き合いに出すんじゃない」

 

 勝手にシンパシーを抱いていた遥か東方のガーデンに思いを馳せる。

 しかし何だかんだ言っても司令はこういうやり取りに付き合ってくれるのだ。船から降りている時は。

 

「まあ君のことだから釘を刺す必要は無いとは思うが、羽目を外すのも程々にな。あの取り逃がしたヒュージ、案外早く見つかるかもしれないぞ」

「えーっ? 楽観論なんて、らしくないですね」

「なに、瀬戸内は広いといっても、積極的な攻勢を仕掛けるための拠点となれば、ある程度は絞られる。奴は逃げる時にケイブを使わなかったしな」

 

 次なる戦いを予感させる予言めいた言。真緒の左が作る握り拳に、自然と力が入ってくる。

 その時は、近そうだ。

 

 

 

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