「先行する国防海軍護衛隊が戦闘に入りました」
ルヴェリエ艦橋で通信士から報告を受けた九鬼司令は隣席の艦長に視線を移しながら椅子から立ち上った。
「我々もCICに移る」
「了解しました」
その場を艦橋要員に託すと、二人は長い艦内階段を下って下方を目指す。人工皮革の安全靴が段を踏む度、金属音が鳴る。目的地は艦橋構造物直下、艦の中でも一、二を争うぐらい堅固な位置にあった。
戦闘指揮所。電子ロックの扉が開くと、司令と艦長の前に円形の空間が広がった。
「あれ、一人前にピケット・ライン敷いてるよ」
「ヒュージのくせに生意気っ」
指揮所内にはアンブロシア海上勤務者用の白制服を纏った者たちが詰めている。その中には職員に交じって海事科の生徒の姿もある。入室した二人に気付くと、彼女ら全員が居住まいを正して目礼を送ってきた。
「状況は?」
指揮所内中央付近にあるデスクの前に司令が立った後、同じくデスクを囲むようにして立った艦長が尋ねた。それに答えるのは、哨戒長を任じられていた職員だ。
「先程14:30を以って護衛隊が荘内半島北方海域のヒュージ群と戦闘に入りました。第一波はスモール級が10。しかしながら、敵は同様の哨戒線を少なくともあと二つは展開しています」
司令たちが囲んでいるデスクの上では、戦場とその周辺一帯の電子地図が映し出されていた。地図上の彼我戦力や天候等のデータは各種センサーや偵察報告によってリアルタイムに更新される。現在判明しているところによると、荘内半島から東の地点に少数のヒュージが南北に線を引くように配置されていた。
「ラージ級以上は確認されません。護衛隊の戦力なら突破は容易いと思われます」
「しかしこのヒュージたちは鳴子。もはや奇襲効果は期待できないでしょう。敵主力の集結は避けられないと見るべきす」
敵にこちらの進軍を察知される、と艦長は早々に結論付けた。ヒュージ同士のコミュニケーションについては未だ解明されてはいないものの、何らかの手段でネストに通報されると考えたのだ。それは過去の戦闘報告・戦闘分析からくる判断だった。
「司令、LGディオネの出撃を前倒しする必要があるかもしれません。当初の予定とは変わりますが」
「ああ。できるだけ温存しておきたかったが、その時が来れば止むを得ん」
ミドル級以下ならば艦載の通常兵器でも撃破可能。だがリリィたちのマギを温存したいがために、LACを出し渋って艦隊壊滅となれば目も当てられない。
「艦長、少し急ごう。荘内半島北方に達する手前で、護衛隊の後方につける」
「はい」
艦長は机上の戦術地図から視線を上げて号令を発する。
「増速、第三戦速!」
「第三戦速!」
艦隊速度24ノット。海上機動戦隊の三隻は機関の出力を上げ、戦場となる西の海域へと急ぐ。
◇
火器の発達した現代、軍艦は敵弾をまともに受けることは難しい。それ故、海戦は如何に早く敵を発見し先制攻撃を仕掛けるかが命題となっていた。戦闘艦の建艦もそういった戦術に適した設計が為されてきた。
ところがヒュージという新たなる敵の登場は現代海戦術を否定した。ヒュージを瞬間的に長距離移動させるケイブは交戦距離を装甲艦時代、下手をすると帆船時代まで狭めたし、高濃度のマイナスマギは艦の電子機器を狂わせ通信手段や誘導兵器を阻害する。
至近戦闘を強いられるようになった各国海軍は軍艦に機銃を増設するようになった。昔ながらの対空防御である。何故なら洋上で最も脅威になるのが、数が多く機動力の高いスモール級飛行ヒュージだからである。撃墜までいかずとも追い払うことができればそれで良いため、安価で総弾数の多いものが好まれた。日本国防海軍の
「対水上戦闘用意」
しかしながら、ミサイルの万能性が損なわれたのは遭遇戦や防衛戦など受け身での話。攻め手となった場合は依然として強力な兵器である。
「目標、前方スモール級三番から五番」
進軍時の単縦陣から一転、左右に広く散開した
「SSM、攻撃始め!」
船体中央部の両舷に一基ずつ設置された四連装のランチャーが首を振り、白い発射煙と共にミサイルを吐き出した。目標とするヒュージの数と、きっちり同数のミサイルを。発射器から離れた十発の飛翔体は当初こそ山なりに飛びかけたが、不必要に高度を上げず海面からさほど遠くない位置を突き進んでいった。
「目標一番から十番、反応消失」
護衛艦に搭載される多機能レーダーにより敵撃破を推定。この時点ではまだ電子装備も有効に機能していた。
敵に反撃する暇も与えない一方的な結果。だがこの程度の前哨戦で浮かれるような者は、この護衛隊には一人も存在しない。彼らは陥落指定地域と化した広島の呉から退避してきた一部なのだから。
「敵第二警戒線、位置変わらず、距離10000」
「引き続きSSMで同時攻撃を仕掛ける。第三戦速」
ネストへと至る道のりを、少しでも多くのヒュージを漸減することで少しでも平らにならすのが彼らの任務だった。そのために本命部隊よりも先行し、真っ先に敵勢力圏内へ入り込んだのだ。勇敢さの代償は遠くない内に支払うことになるだろう。だがそれも織り込み済みで彼らは異形蔓延る海の戦場に出ている。
この後、ヒュージ第二波・第三波を撃破した護衛隊が敵主力に接触したその時、ようやく本当の戦いが始まるのであった。
◇
荘内半島北方沖。海上機動戦隊は先行する護衛隊に再び追い付いた。この時、真緒はLAC格納庫に隣接した待機室の長椅子でお呼びが掛かる瞬間を待っていた。
「右90度、並びに左60度に新たなケイブ現出! ヒュージ反応なおも増大中!」
「護衛艦『くしろ』に投弾多数! 被弾炎上!」
「ネレイド及びナイアド、対空戦闘開始しました」
直接目には見えずとも、戦場の様子は艦内通信を通して伝わってくる。端的に言って、苦戦中。護衛隊がヒュージの哨戒線を全て突破し、展開する敵主力に猛攻を浴びせて崩しかけたまでは良かったのだが、そこから状況が一変した。
「正面戦闘で敗北しつつも艦隊を誘い込み、南北からケイブで挟撃。してやられましたわね」
「それも、伏兵は足の速い飛行型ばかり。始めから狙ってたとしか思えない」
真緒の対面の長椅子に座る華とディミトラがヒュージ側の動きを思い返して唸る。正面の敵は偽装後退、というわけではないのだろう。流石にそこまで器用ではない。本当に総崩れしていたため、護衛隊も誘引されてしまったのだ。無論、護衛艦の本来の交戦距離はヒュージなどよりもずっと遠いのだが、敗勢の敵を殲滅すべく距離を詰めて艦砲を使用中だった。何せミサイルだけでは数が足りない。周囲が入り組んだ多島海という状況も不味かった。
「ねえ、私たち出なくていいの? すっごくヤバそうだよ!」
椅子の横に立つユニカが食い気味に主張してくる。華やディミトラも口には出さないが恐らくは同じ気持ちなのだろう。しかし真緒は首を縦には振らない。
「まだだよ」
「でも!」
「その時が来たらちゃんとお呼びが掛かるから。燈子先生から、ね」
諭すように、自分自身に言い聞かせるように。
海の上、船の中では舵取りを担う者への信頼が命綱となる。だから真緒は腰を下ろして待つ。
ただそうしている間にも、事態は刻々と進んでいく。
「左舷より敵機接近! 高度150、数8!」
「機関砲、攻撃始め!」
揺れを増す船体が、戦いの激しさを否応なしに理解させてくる。船内に砲火が飛び込んでくることはないが、それも時間の問題のように思わされた。格納庫とその待機室は艦の後部中央よりやや下。そこで彼女たちはひたすら待つ。
「マイナスマギ濃度上昇!」
その報告を待っていたかのように、真緒は顔を上げる。
「LGディオネLAC部隊、出撃用意」
待ち望んでいた九鬼司令の言葉がスピーカーから流れ、立ち上がった四人は一瞬だけ視線を交錯させた後、隣室に向けて走り出した。
格納庫の中、居並ぶLACの元に真緒たちが近付くと、それぞれの機体に取り付いている八人のアーセナルから視線が注がれる。その内の一人、真緒機の足元に立つ美月が真緒を呼び止めた。
「フォノンメーザーの連続使用は、まあ余裕をもって十発と見ておいて」
「うん」
「予備魚雷はたっぷり積んでるから。あと、いざとなったらバックパックごと交換もできるわよ」
「りょーかい」
それだけ言葉を交わしてから、真緒は機体に乗り込んだ。コクピットでシステムを起動、外部モニターで足元から離れていくアーセナルを確認。しかしドック内に水は流れてこないし、外倒しのハッチも開かない。今回は状況が状況なだけに、艦尾からの出撃ではなかった。
「LAC各機、機体ロック確認。作業要員退避確認。リフトアップ、リフトアップ」
格納庫内のスピーカーからオペレーターの音声が流れた後、足元の床が揺れた。床と一体化していた昇降機の足場が真上に向かって上昇し始めたのだ。格納庫の高い天井はLACの頭上部分だけ開閉し、薄暗い空間の中に光差す青空を映し出していた。機体ごとゆっくりと昇っていく真緒に、司令から通信が入る。
「ご覧の通りだ。状況は切迫している」
「マイナスマギが上がったってことは、アレが出るってことですよね?」
「その可能性が高い。が、今の乱戦状態ではそれだけにも構っていられないだろう」
「一応、念のため聞いておきますけど、航空支援は?」
「当てにはするな」
「たはは、了解」
国防空軍が姫路に基地を設置していたはずだが、地上支援で手一杯なのだろう。いつもいつでもエアカバーを受けられるのなら、苦労は無いというものだ。
やがてリフトの上昇が止まる。終着点はルヴェリエの後部甲板。左右両舷に設けられた機関銃が今まさに上空へ火箭を伸ばしている最中だった。また彼方の空には小さい黒点が幾つも浮かんでおり、そこに向かって艦首の砲塔が機関砲弾を撃ち放っている。
四機のLACが甲板上で背を向け合うように円陣を組むと、今度はルヴェリエ艦長から通信が入る。
「敵はリッパー種ダオ型、爆撃仕様のBタイプと雷撃仕様のTタイプが混在しています。LGディオネは本艦を狙う敵編隊の迎撃を優先してください。ただし水中にヒュージが出現した場合、そちらの対処を最優先で」
「了解しました。ちょっと船が揺れるかもしれないけど、許してくださいね」
「ふふっ、構いませんよ。慣れてますので。新型機の力、期待しています」
先の武装制限解除により対潜魚雷だけでなく対空ミサイルも装備したルヴェリエだが、迎撃の手は多い方が良い。
「各機、対空戦闘。海に落ちてもいいけど、置いていかれても泣かないように!」
真緒が隊に指示する間にも、艦橋後部の十一連装の発射機がミサイルを吐き出した。噴射煙の尾を引いて翔けるそれらはヒュージの飛行編隊に突き刺さり、大空にパッパッと赤い花を開かせる。しかしヒュージの侵攻は止まらず。至近の爆発によって陣形を乱されながらも十機以上が進軍を続ける。
そこへ艦上の銃架に据えられた近接防御火器が火を噴いた。この12.7mmは元々は不審船や工作船対策として護衛艦に積まれたものであり、対空兵器としてカウントされてはいなかった。しかし現代の超音速戦闘機には通用しなくとも、ヘリ程度の速度で飛んでくる飛行ヒュージ相手ならば対空戦闘の任にも堪えられる。
敵機の接近に合わせてディオネもまた弾幕に加わろうと動く。
「できるだけ引き付けて撃つ! ディミ、発射のタイミングは任せた!」
「はい!」
接近途中でコースを変えバラバラに舞い始めた敵編隊を前に、LACは上半身を斜め前に傾けて背中のバックパックを前方に向ける。このバックパックは下部が化学ロケット搭載の推進器で、上部が四連装魚雷発射管を二つ横並びに取り付けた複合装備であった。
発射態勢を整え操縦桿の発射スイッチに指をかけた真緒。そんな彼女たちを嘲笑うかのように、飛行ヒュージが銃火の光を躱しながら横切っていく。そのヒュージ、ダオ型は菱形の胴体から鳥の翼の骨格みたいな両翼を生やしている。本来なら鋭利な刃物同然の翼で接近戦を仕掛けてくるところだが、このBタイプやTタイプは翼下に爆弾もしくは魚雷を吊るして襲来するのだ。近年になって姿を現したタイプであり、アンブロシアが懸念してきた「海上護衛戦の激化」を裏付ける存在と言えよう。
「――――今っ!」
ディミトラが合図を出した瞬間、艦の左舷に陣取っていた真緒機とディミトラ機が同時に魚雷を発射する。レアスキル『この世の理』により敵の攻撃コースとタイミングを読み切ってのカウンター。爆撃態勢に入ったばかりのヒュージたちは機首を起こそうとするも間に合わず、ロケット推進で飛ぶ十六発の弾頭に正面衝突していった。
漂う雲を全て吹き飛ばさんばかりの大爆発がルヴェリエ上空に現出する。しかし当然これで終わりではない。
「各機、個別に迎撃!」
すぐさま真緒の次なる指示が飛ぶ。纏まった敵集団を撃破したのはいいが、少数ずつの編隊が次々に迫っていた。
仰角一杯に空を向いた艦載機銃が弾幕を張り、LACの胴体チェーンガンが海面へ30mm弾をばら撒く。爆弾を抱えたまま火達磨になり墜落するヒュージが居れば、早々に投棄して身軽な翼で艦橋を斬り付けるヒュージも居る。ケイブとマイナスマギにテクノロジーの利を殺されたことで、海戦はさながら二次大戦期の様相を呈していた。
「雷跡! 右60度!」
右側方の海面に白い軌跡が二本走っている。魚雷だ。これを避けるべくルヴェリエが面舵を一杯に取ると、艦首が右を向いて6000tクラスの船体が大きく曲がり始めた。最大戦速での急回頭によって、艦全体が波の抵抗に遭って大きく揺れる。
「さっきは落ちていいなんて言ったけど、洒落になんないね……!」
真緒は歯を食い縛って機体のバランス取りに努めた。甲板からずり落ちないようLACの体を屈めて。一応、足裏に滑走防止のスパイクは付いているが、それだけでは心許なかった。
無事に海面の雷跡を躱し、艦の舵が正面に戻った直後、息つく間も無く次の脅威が。
「正面0度、敵雷撃機! 高度5!」
ルヴェリエオペレーターの悲鳴染みた報告。それもそのはず、艦載兵器の死角である海面すれすれを這ってきたのだ。大胆不敵にも真正面から。
真緒は一瞬悩んだ。艦橋を飛び越して艦首側に向かおうか、と。しかしすぐにその考えは捨てる。
「正面敵機、撃破!」
仲間からの通信が入った。ルヴェリエ艦上にはLACだけでなく、ディオネに所属する五名の生身のリリィがチャームを構えて敵を待ち受けている。戦闘行動中の艦の上でも自由に動き回れるのは、マギの防御結界に守られたリリィならではの立ち回りだろう。
「ソナーに感。右120度、距離8000」
その通信によって、対空戦闘へ注がれていた真緒の意識が一瞬で引き戻される。
「数は6、水中速度30ノット、本艦に向かって接近中。LGディオネは直ちにこれの対処に当たってください」
「了解。艦の護衛はディオネ04から09が、ディオネ01から03が水中目標に対処します」
真緒はオペレータにそう返答した。敵の数にもよるが、戦力配分は予め決めていた。新型機の性能も勘案しての判断だ。
「と言うわけで、皆、ルヴェリエの方はよろしく」
「あーい」
「了解しました」
LAC搭乗のユニカと生身のリリィ五人が帰るべき母艦のために残る。彼女らの返事を聞きながら、三機のLACは甲板の縁へと歩いて向かう。
全高7m近くに達する新型が四機も居ると、如何にルヴェリエの甲板とはいえ窮屈さを覚えずにはいられない。思えばLACも随分と様変わりしてきた。初期型の背丈は大よそ4mほど。任務も専ら土木・建築作業。それが今や倍に迫るぐらい大型化し、海の中に潜っているのだから。
そんな窮屈さからも暫く解放される。隊長機を皮切りに、一機ずつ甲板から海中へと身を投じていった。
「敵増速、50ノット!」
母艦からの報告で真緒はいよいよ確信する。前回苦戦を強いられ、今回彼女らが敵地深くまで乗り込む原因になった存在の到来を。しかし逸る気を一旦抑え、まずは
「耐水膜、正常。マニピュレーション、正常。ハイドロジェット推進器、正常。FCS、ヒュージサーチャー、正常。ディオネ01、システムオールグリーン。02と03は?」
「02、問題ありませんわ」
「03、同じく全システム正常」
訓練で既に何度も乗ってはいるが、新型での実戦はこれが初めて。出撃前、そしてこの入水時と、機体チェックは自然と入念なものになる。巨大な金属の塊で広い海の中へ繰り出そうというのだから、当然だ。
「ソナー反応、分裂。半数以上がこちらに真っすぐ迫っていますわ」
「
まさか本当にヒュージが分裂したわけではあるまい。確かにそういうヒュージもいるにはいるが、これは投射武器を放ったのだろう。
「真緒様、散開しますか?」
「いや、このまま躱して敵に接近する。二人とも付いて来て」
ディミトラの提案とは正反対の道を選択した。足裏と腰裏にある噴射口から超高圧の水流を吐き出して、新型機エル・ベストラが水を掻き分け進み出す。
迫るソナー反応。正体はジュージェ型の放った小型湾曲刃だ。誘導機能があるのか、カーブを描き軌道を変えてきた。鏃型の陣形を維持して航行するLACの三機編隊に対し、何十本という数が矢継ぎ早に襲い掛かる。的を外した刃は水底に突き刺さると同時に爆発、土砂と堆積物が舞い上がって海水を黒く染めていく。最初はLACの通過した後方だけ、しかしすぐに進行方向の前方にも刃の弾幕が降り注ぎ、忽ちの内に真緒たちは爆発の渦中に放り込まれた。
「ただ今の速度、48ノット」
華からの通信。そしてその言葉を裏付けるかのように、黒暗の中から一機も欠けることなくLACが飛び出した。腹を真下に向けたうつ伏せの姿勢で高速航行。試験中には最高速度52ノットを叩き出していた。従来機から大幅に向上し、件のジュージェ型にも匹敵する。これがエル・ベストラの力、その一端であった。
「敵捕捉。梯陣の先頭から片付けていくよ」
「了解!」
「了解致しました」
ジュージェ型の編隊は横一列の横陣から斜めに角度を付けた梯陣を採っていた。射撃のため速度を落としたのか、エル・ベストラの進行速度が想定外だったのか、動きが鈍いように真緒には見えた。
三機のLACは腹這いの高速航行姿勢のまま背中の魚雷発射管を解き放つ。魚雷を放った後も行き足を緩めず敵編隊へ突貫する。するとジュージェ型は先頭の者からくるりと向きを変えて後退し始めた。魚雷があとを追い、更にLACも追う。左右に蛇行し、上下に深度を変えて、多島海で決して広くもなく深くもない海域でヒュージが逃げ回る。
十本以上もの魚雷は目標を捕捉し切れずに、一本また一本と脱落していった。そんな中でも海底に衝突したものは爆発の衝撃によって、逃げるジュージェ型にダメージを与える。元来、対潜兵器は目標に直撃させるような兵器ではなく、衝撃で圧壊させるための兵器であった。
魚雷群の圧力からようやく抜け出した敵の先頭、その直上に真緒機がつける。急旋回して引き離そうと試みる敵だが、真緒の機体は食らいついて逃がさない。直線のスピードでも運動性でも、かつて翻弄された相手と互角以上に戦えていた。
「銛が復活してる……。やっぱり生え変わるのか」
真緒はジュージェ型の頭部を囲む小型湾曲刃が六本全て揃っているのを見て取った。それも当然。新しく生えてこないと、あれだけの弾幕は展開できないだろう。
観察もそこそこに、下方で必死に逃げ続ける敵に向けて真緒機の両手がかざされる。胴体に比して長めの多関節の腕が真っすぐに伸び、三本のクローに囲まれた掌には砲口が開いていた。標的に向けた二つの砲口内で光が迸る。同時に黄金色の可視光線がジュージェ型の頭を射る。しかしそれはフォノンメーザーそのものではない。音波は目視できない。光線は、言うなれば照準調整用の曳光弾。直後にジュージェ型の頭部が圧壊、フラフラと失速した胴体は水底に墜落して爆発四散した。
似たような爆発が後方でも二つ起きていた。華とディミトラも同様に白星を上げたのだろう。
真緒機は一度編隊を組み直すため、腹這いから直立の姿勢に移行する。最高速度一歩手前から急減速。制動まで多少は空走するが、概ね想定通りの位置で止まることができた。
「真緒様、右っ!」
ディミトラの切迫した警告は間に合わない。真緒機は横からの衝撃に横倒しにされかける。二本の刃に左右から胴体を挟まれて、その勢いのままに押し流されていく。残りの敵が反転して逆襲を仕掛けてきたのだ。
射出用の短刀は別に頭部両脇から伸びるジュージェ型の長刀。それはエル・ベストラの傾斜装甲を断ち切ることはできなかったが、拘束から逃れることも許さなかった。真緒機にがっちりと組みついて海中を何処かに向け駆ける。
「このまま行くと……陸、荘内半島」
真緒は機載のソナーで周囲の地形を確認する。この先にあるのは、四国から瀬戸内海に突き出た細長い半島。戦闘の最中に随分と南の方まで来ていたようだ。
陸地に上がるのなら良い。むしろ望むところである。だが岸壁にぶつけられるのは勘弁願いたい。
真緒機は自由が利く左腕のクローをジュージェ型の頭に突き立て引き剥がそうとする。しかし灰色の刃は万力の如く機体に固定されビクともしない。クローの食い込んだ頭から青い体液を滲ませて、ただ海を汚すばかり。
そうしている内に陸地が目前まで迫っていた。柔らかい砂浜に連れてってくれるようなサービス精神をヒュージに期待はできないだろう。新型機、エル・ベストラの装甲に賭けるという選択もある。しかしこれはまだネスト攻略の前哨戦に過ぎない。避けられる消耗は避けねばならない。故に真緒は賭けは賭けでも、違った形で賭けに出た。
「……ふぅっ!」
若干の心構えを整えた後、陸地へ激突する前に真緒の足が思い切りフットペダルを踏み込んだ。機体は掴み掛かっているジュージェ型ごと浮上して海面に上がる。そこから更にバックパックの推進器が火を吐いて、一機と一匹は宙に飛び上がった。波打ち際の、いかにも凶悪そうな岩肌を越えて、内陸寄りの土の上まで到達する。無理な体勢で飛んだので綺麗に着地とはいかないが、丸みを帯びた楕円体の体で胴体着陸を敢行。背の低い草に覆われた地面に擦り付けながら徐々に速度を殺していった。
「ぐっ、うぅ…………。さっきのとこより、マシっ」
コクピットを震わす振動に歯を食い縛って真緒は機体を起き上がらせる。衝撃でジュージェ型の拘束は解けていた。が、勝敗はまだ決まっていない。真緒のエル・ベストラがそうであるように、ジュージェ型もまた水の外でも活動できるのだ。100mほど離れた場所にマギの力で浮遊していた。
長刀の切っ先から胴体後部まで、全長およそ5m。見た目の印象はどちらかと言えば海棲生物に近いものの、名前はジュージェ、ペルシャ語で鶏。かつてペルシャ湾から上陸して湾岸諸国を襲った際にこの名が付けられた。
ジュージェ頭部の中央に光る青白い光点が真緒機と正面から向き合った。そんな時、分断されていた僚機より通信が入る。
「真緒様、ご無事ですか?」
「うん、大丈夫」
「ディミ共々もう少しで到着できますが、敵もまたそちらへ向かっていますわ」
「分かった、ありがとう」
通信の最中に敵が動き出した。こちらに向けて前進しつつ短刀を連射してきたのだ。
矢継ぎ早に飛来する刃に対し、真緒機は長い腕を振り巨大な爪で弾き返していく。弾かれた刃はあちこちの方角に飛んだ後、宙で炸裂して散った。そうして敵と同様に真緒機も前に向かって走り出す。左のクローを後ろに引いて、一撃を加えるために。
陸上においても良好な走りを見せて、エル・ベストラの三本爪が敵を引き裂いた。だが後方にのけ反ったジュージェ型は最後に残った二本の長刀をも撃ち出してくる。エル・ベストラの装甲はこれに耐えた。あまりに近過ぎて弾速が乗らなかったのもあるだろうが、傾斜した機体表面は甲高い衝突音を響かせて敵の刃を弾いてみせた。
「ええい、しぶとい!」
間髪入れずに伸ばした右のクローで敵の頭を掴み、接射同然の至近距離でフォノンメーザーをお見舞いする。一瞬で頭部が潰れ、残った胴体は宙に放り投げられると遅れて爆散するのだった。
機体の両腕をだらりと垂れ下げて、真緒は墜落した敵の残骸に目をやる。しかし新型機の力に余韻を感じる暇もなく、周囲の爆発に揺さぶられた。北の空を向けば、二体のジュージェ型。そうかと思えば、敵の新手は真緒の見ている前で地上からのミサイルに撃ち落とされた。
三機のLACが慣れぬ土地で対面する。
「陥落指定地域だというのに、他にヒュージの姿が見当たりませんね」
不審がるディミトラ。
「あるいは近辺のヒュージは全て艦隊に向かったか、ネストの防衛に回ったのでしょうか」
こちらは華の推測。それはそれで懸念材料だ。
しかし母艦から連絡――マギクリスタルコア通信ではなく通常無線――が入ったことで、推測は一旦中止となる。
「――――周囲にヒュージ反応無し。戦隊、警戒態勢に移行。LGディオネは帰投せよ。警戒態勢に移行、LGディオネは帰投せよ」
上昇したマイナスマギが元に戻った証であった。