瀬戸内攻防   作:坂ノ下

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第8話 御伽噺の地

 薄闇に包まれた洋上。三隻の船が横陣となり、まるで息を潜めるかの如くゆっくりと航行する。両脇の2000tクラスは積極的な攻撃対象にならなかったせいか、目立った損害は無い。一方で中央の6000tクラスは艦橋構造物周辺に破壊の痕が見られた。爆撃箇所は黒に染まり、一部装甲が陥没し、機関銃が一門だけ銃架ごと吹き飛ばされていた。ただそれでも喫水線下に深刻な手傷は負っておらず、艦の航行に支障は出ていない。

 そんな6000tクラス、LAC運用母艦『ルヴェリエ』の中では次の戦いに備えつつ、先の戦闘に係る分析も為されていた。

 

「護衛艦『くしろ』大破航行不能、『よねしろ』『つるみ』中破、『すずか』小破……。やっぱり護衛隊の方は被害が大きいわね」

 

 艦内食堂、端っこのテーブルの上でタブレット端末を広げた横河美月が渋い顔をして画面に人差し指を走らせる。

 

「まあ、攻撃を引き受けるために先行してくれたわけだしね。あの空襲はちょっと想定以上だったみたいだけど」

 

 美月の対面の席に腰掛ける下村真緒は言葉に諦観の念を滲ませる。艦隊がヒュージにケイブで奇襲されて無傷でいられることが如何に困難か、アンブロシアの者なら誰でも分かっているはずだった。

 ただそれにしたって一戦でこの被害は大きい。短期的に見れば艦の被害が、長期的に見れば人的被害が気になるところ。不幸中の幸いなのは、外洋に比べで波が穏やかで陸地に近い瀬戸内海が戦場だった点だろうか。実際、大破した『くしろ』については処分ではなく曳航の判断が下されていた。

 

「護衛隊は堺基地へ撤退。私たちだけでネストのヒュージを陽動しなきゃならなくなった。……真緒、勝算があると思う?」

「……陽動だけならね。ただ、うちのネレイドもナイアドも元々純粋な戦闘艦じゃないから、艦隊が乱戦になったらきついだろうね」

「ネストを潰せても、ガーデンに帰る船がなくなるのは御免だわ」

 

 ルヴェリエの護衛を務めるその二隻の元になった()()型哨戒艦は、名称の通り哨戒するための艦。後付けで武装を強化したものの、本来は正面切っての艦隊戦に投入するようなものではなく、平時における領海監視を主任務と想定した艦種である。にもかかわらず、船体の拡張性をこれ幸いと、国防海軍は戦闘任務を含むあらゆる作戦に()()型を動員していた。そうせざるを得ないのだ、現状を鑑みれば。

 

「作戦は続行する」

 

 ルヴェリエの艦長を伴って真緒と美月のテーブルにやって来たのは九鬼燈子司令だった。ガーデンの校舎内は別として、艦内の食堂は職員用と生徒用で別れているわけではない。海軍の艦船だって、近年では士官用と下士官兵用とで分けたりはしないのだ。

 

「ただし内容は多少修正されることになるが」

「と言いますと?」

「本命のネスト攻略部隊の内、レギオンが一つ我々と共に陽動に加わる」

 

 当初の予定では、真緒たちディオネがネストの西で陽動を仕掛けた後、アンブロシアと西方ガーデン統合司令部から応援に派遣されるリリィたち、合わせて五個レギオンが北東から降下しネストを叩くこととなっていた。その内の一つを陽動側に振り替えようというのだ。

 

「どのレギオンを回してくれるんですか?」

「本校のレギオンじゃあない。統合司令部からの応援部隊だ」

「ええっ?」

 

 真緒は司令の答えを聞いて目を丸くした。普通に考えれば、連携を考慮して同じアンブロシアのレギオンを寄越してきそうなものである。

 

「応援部隊の詳細については後程送る。……不満は無いと思うがな」

「はあ……」

 

 口の端を微妙に吊り上げる司令。こういう時の彼女は大抵確信がある時だった。なので真緒は言われた通り、あとで詳細を確認しておくことにした。

 

「それから、攻略対象の鴨之越海岸ネストですが――――」

 

 次に艦長が口を開いた。

 

「我々はここに残る敵戦力はそれほど多くないと分析しています。先の荘内半島沖での海戦の際、多数の飛行型ヒュージとケイブを動員したためにネスト内のマギが減少、現在彼の地のヒュージの活動は低調であると」

「それは、確かな情報なんですか?」

「UAVと衛星画像、更には現地のリリィたちから得た情報を踏まえての判断です」

 

 陥落指定地域内に残ってヒュージと戦い続けるリリィも存在する。ただ()()の判断基準の一つに、地域内のガーデンのみでは当該地域の防衛や奪還が見込めない、というものがある。そういったガーデンは往々にして設備機能が低下しているか喪失しているので攻勢拠点としては使い辛く、本件でも情報支援をはじめ間接的な支援に留まっていた。

 

「しかしそうは言っても、主のギガント級は勿論、ネストの防衛に当たっている多くのラージ級が健在だ。厳しい戦いに変わりはないだろう」

 

 ――――とは司令の言。厳しくとも作戦が続行されるのには無論、訳があった。水中高速型ヒュージによる海上通商破壊戦術、それを他のネストにまで拡散される前に巣ごと叩き潰す。アンブロシアにとっての最優先目標と言っても過言ではなかった。

 

「ネストへの攻撃開始は翌早朝となる。先の戦闘から立て直すのに十分な時間とは言い難いが、それは相手も同じこと。この外征を以って、確実に殲滅する」

 

 エリアディフェンスさえ無ければあちこちにケイブを湧かせて傍若無人に振舞うヒュージだが、彼奴らの力も無制限で絶対的なものでは決してない。ヒュージが活動するにもケイブを発生させるのにも、ヒュージネストのマギを消費しているのだ。敵が回復し切るリミットは定かでないが、攻めるなら早い方が良いのは間違いないだろう。

 被害担当となった護衛隊のお陰で、アンブロシア側には喪失艦もなくLACも全機健在だ。作戦の実行は可能だと判断されたのだろう。休む時間も多少はある。パイロトには。

 

「それじゃあ、私たちアーセナルは最後の調整、済ませておきましょうか」

「ごめんねー、徹夜になるけど」

「こっちは戦闘始まるまでが仕事だから。そっちは気にせず休んでおきなさいよ」

 

 真緒は右手をひらひらと振り、席を立ち上がった美月の背中を見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日04:15。瀬戸内海、香川県荘内半島西方沖。一列横陣の軍艦三隻から、遠く前方に半島の陸地を臨む。半島の手前には円形状の小さな島があり、その先の海面からは天まで昇る光のベールが広がっている。巨大な円筒形のベールは分厚い靄がかかったかのように内部を見通すことができないが、そこにあるのは紛れもなくヒュージの巣、ヒュージネストである。

 ヒュージが何者で何処から来たのか、今もって解明されてはいない。世界で初めてネストが発見されたのが台湾の台北市であり、南極での戦役において世界各地へ拡散したことまでは確認されている。ただ確かなのは、ヒュージがネストを拠点として人類の勢力圏に攻め入ってくるという事実。

 そんな敵の牙城を前にして、艦隊前面の海域に四機のLACが展開していた。浅深度で先行し、周囲の様子を窺いつつ戦闘開始の時を待つ。

 

「皆さん、ご存じでしょうか? あちらの丸山島は、彼の有名な浦島伝説の舞台と言われているそうですわ」

 

 LAC機内のマギクリスタルコア通信で石本華が言う。島とは彼女らの眼前、ヒュージネストの手前に位置する円形状の島。これから彼女らが陽動として暴れ回る予定の場所である。

 

「ふ~ん。だからお誂え向きにあんなものが居るわけね」

 

 真緒の視線の先にはコクピットのディスプレイ。その一角には事前偵察によって明らかにされたヒュージの情報が映し出されている。亀のような外見のラージ級ヒュージだ。一方で、後方の艦隊にとって最大の脅威となり得るジュージェ型は確認されていない。

 

「あの御伽噺、主意がいまいち読み取れない。単純な報恩譚とは言い難いし、因果応報譚とするには理不尽過ぎる」

 

 日本の国民的童話について、ディミトラ・ディノクラティスが所感を述べる。幾ら日本暮らしが長くとも、あの話の真意を推し量るのは確かに難しいだろう。当の日本人にも難しく、解釈が分かれているぐらいである。

 

「亀を助ければお宝貰えるんでしょー?」

「私たちはこれからその亀も龍宮城も叩き潰すの」

 

 何の気なしに放たれたユニカ・ラーホーリーの言葉に、ディミトラが釘を刺した。亀は亀でも棒切れで虐められるような亀ではなく、浜辺を荒らし回るような亀なのだ。たとえ助けたとしても、連れて行ってくれるのはせいぜい地獄ぐらいのもの。

 

「まあそういうわけで、化学兵器染みた煙に巻かれる前に、亀退治といきますか」

 

 真緒がそう締めたところで、ちょうど機内の通信機が母艦からの通信を流し始めた。明瞭でよく通る声、司令の声だ。通信要員として旗艦に乗り込んでいるマディックのマギクリスタルコアを通しているのだ。

 攻撃開始まで、あと少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旗艦ルヴェリエ、戦隊司令の九鬼だ。この鴨之越海岸ネスト討滅を以って、海上機動戦隊の瀬戸内外征は一区切りとなるだろう。皆、今までご苦労だった。これからも引き続き苦労を掛けるが、よろしく頼む」

 

 作戦開始を前に、通信を介して指揮官が皆に語り掛けると、艦内・機内の皆は黙して耳を傾ける。司令の声を除くと水を打ったかのように静まり返った様は、正しく嵐の前の静けさであった。

 

「陸上での迎撃だけでは限界が来る。我がアンブロシアの懸念は現実のものとなった。諸君らの弛まぬ鍛錬も、血と汗に塗れた戦いも、全てはこの時のために」

 

 元々彼女らは実験的な部隊であった。ヒュージ相手にまともな海戦を挑むガーデンなど、そうは無い。しかし今や彼女らは実験部隊とは言い難いほどの場数を潜り抜けてきた。彼女らの功績は、類似の部隊を設立するよう他のガーデンを後押しすることだろう。

 

「今日の戦いは、我々を陸へ押し込めようとする敵への()()()となる! 我が物顔で這い回るヒュージどもに、この海が誰の物か、教えてやれ!」

 

 演説が最高潮に達すると、静かだった艦内が俄かに騒々しくなってきた。そしていよいよ、誰もが待ち構えていた瞬間が訪れる。

 

「目標ヒュージネスト、攻撃を開始せよ!」

「SSM、攻撃始め!」

 

 司令に続く艦長の号令一下、ルヴェリエの艦橋構造物前部の両舷に設けられた四連装発射器が回転して狙いを修正する。対潜兵装と同じく、今回の出撃で追加搭載された兵装だ。白煙の尾を引いて飛び出した対地ミサイル群は、海面から屹立するヒュージネストに次々と着弾していった。奇怪な光のベールを爆炎が包む。しかしその先の光景は容易に予想がつくところ。大型ヒュージと同様、ネストにも通常兵器通用しないのだ。

 しかし傷は付けられなくとも、ねぐらの壁を派手に叩かれた住人たちは怒り心頭。炎と黒煙が晴れ切らぬ内に、ベールの内側から銀灰色の怪物が群れを成して押し寄せた。ネストのある浅瀬から、沖合の艦隊に向けて。その身が完全に海水の中へ浸かる直前、突然水柱が立ち昇ると共にヒュージたちの金属染みた体が力無く沈んでいく。

 

「水底に敵影無し。LGディオネ、上陸しネスト前敵集団の陽動に入ります」

 

 連絡を入れてきたLAC部隊は全機が最前線に投入されている。艦隊直掩は生身のリリィのみ。リスクはあるが、ネスト前での陽動はそれだけ困難な任務となる。

 

「LGディオネの丸山島上陸を確認。増援レギオンは予定通り360秒後に降下、陽動に加わります」

「困難な作戦になるが、彼女らなら成し遂げてくれるだろう」

 

 後方洋上で部下を、生徒を信じる司令と艦隊も含め、短くて長い戦いへと突入するのであった。

 

 

 

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