「………ふん」
降りしきる、雨の中。
女の視線の先にあったのは小さな木箱。開かれた蓋、そしてその中にいるのは、なんと人間の赤子だった。
女は鼻をならしてそれを見下ろす。
最低限の薄汚れた布切れにくるまれた赤子は、だが、生気はなく、青白い肌で呼吸があるかも怪しかった。
「せめて来世は、良い生を歩めよ」
女はその黄金色の目を細め、そして背を向けようと、足を進めようとして。
「…ぅ…ぁ」
「!」
その小さな声に、改めて顔を向けた。
そしてその木箱の傍に腰を下ろし、赤子を見下ろす。
──────赤子は、静かに呼吸を再開していた。
「お、ぎゃあ……」
女はそれを見て、驚いたような顔をして……
そして、その頬に優しげな微笑みをたたえた。
「………強い子だ。最期まで、諦めないか」
女は手を伸ばす。
そして赤子もまた、手を伸ばす。
女の手と、赤子の小さな手が触れる。
互いに、確かな暖かさがあった。
「……お前なら、もしかしたら……」
女は、呟く。
そして静かに、もう片方の手で木箱を持ち上げた。
「ならば死ぬな。生きてみせろ、私の下で」
女は笑いかける。赤子は、黒い瞳にそれを映した。
ずるりと歪む空間に消えていく、己と女の姿を。
───────
─────────
気が付いたら赤ちゃんで、美人な魔女に拾われた。
おかしいな。俺ってば、前世じゃそんなに徳を積んだ覚えはないのだが。うん、それはともかく、どうやら俺は異世界の人間に生まれ変わってしまったらしい。あんなフィクションだとしても、自分の身に起きたとなると割と呆然となるものだ。
なにせ赤ちゃんの身体は不自由すぎる!
喋れねぇし!力弱ぇし!なによりトイレがしんどい!
こちとら漏らすのは忌避感しかないのだが!
……というワケで、なんとかそれを卒業できて。
この世界に来てから10年が経った。
感想。魔法すげぇ。
指パッチンで火を出せる親代わりの魔女サマ。なんとそれだけではないらしい、かなりの頻度で空間が歪み魔女サマはそこへ消えていく。そして再び同じように空間が歪めば、魔女サマは食料やらが詰まった木箱を手に戻ってくるのだ。もしや転移魔法とやらでは?
もしかしなくても凄い魔法使いなのだろう。
だって転移魔法ってそういうイメージがあるし。
というワケで、俺も魔法を使いたい!
いつか魔女サマが魔導書云々と言っていたのできっと色々な魔法もあるのだろう。楽しみだ。
折角の第二の人生なのだ。楽しまなければ損である。あんな最期になったのだから余計に。
そして今日。
朝食の乾パンを齧りながら、魔女先生の話を聞く。
「さてダンテ、お前も10になったな」
「10歳になったら魔法を教えてくれるんだよな。
先生がそう約束したんだし」
ダンテ、というのは新しい俺の名前。
前世でいう神曲を思い出す。地獄巡りとはロマンだ。やれと云われたら嫌だが。普通に苦行でしょあれ。
そして俺の言葉に、先生は渋い顔をする。
先生、というのもこの魔女がそう呼べと言ったから。血の繋がりがないってのも言い聞かされてきたのだがまさか気にしているのだろうか。それはともかく。
「………ダンテ、私の口調が移ったな」
「元々こうだ」
「その元が私になっているという話だ」
そうでもないんだよなぁこれが。
ていうか前世の記憶あるってバラしてもいいのか?
ともかく、10歳になるまでは魔法は教えないという話だが、なんでも小さい頃に魔法を使ってしまうと、魔法が暴走する恐れがあるらしく、それによる死人も出ており、魔法協会とやらが10歳からと定めたとか。
怖い話である。
「話を戻すが、魔法は危険の伴う技術だ。
最悪自らが使った魔法で死ぬこともある。
それでもやる覚悟があるか?」
「やる。楽しそうだし」
「…………まぁいい。理由はなんであれ、
お前がやるというのなら私は否定しない。
それを食い終わったら外に行け。私は先に……」
言い終わるより先にパンを口に詰め込む。
「
「………喉に詰まらせるぞ」
詰まらせた。
そんで渡りきったハズの三途の川が見えた。
家は深い森の中にある。
昔探検したのだが、魔物は出るし道はループするしで断念した。先生曰く、幻覚作用のある結界を森全体に張り巡らせているのだとか。魔物は据え置きらしい。あとスライムもいた。窒息死しかけたところを先生に助けられたのも今となってはいい思い出、いや完全にトラウマだわ。死ぬかと思った。一度死んでるが。
それはともかく、そんな森を歩きながら先生と話す。なぜか先生と歩いていると魔物は現れない。なんで?
「さて、魔法だが……ダンテ、お前は小さい頃から
勝手に魔導書を盗み見ていたな、分かるか」
「なんもわからん」
「だろうな。文字を教えた覚えはない」
「卑怯者め」
「なんとでも言え。勝手に魔法を使われて
お前に死なれたり家が燃えたりするよかマシだ」
「仰る通りで」
はい納得できる理由でした。
そりゃそうだわ。魔法暴発なんてもんがあるのだからそらそうだ。誰だってそーする。俺もそーする。
ていうか魔法暴発して死人出すってヤベーな。本人と言わず死人、と言ったのだから魔法を暴発した子供、またそれ以外の死者が出ているということだ。怖い。
「ともかく、だ。着いたぞ」
「え……うわっ!? ホントだ!」
そう言われて、森を抜けたのに初めて気付く。
そこは大きな崖の下だ。大量の岩が地面から突き出す様は、どこか痛々しさすら感じる、しかし荘厳だとも思えるような、そんな景色が広がっていた。
というか、初めて森の外に出た。
振り返れば、確かに森がある。
「……結界って凄いな。これも魔法なんだろ?」
「凄いのは結界が、ではなく細工が、だがな。
あと言っておくが、結界術は魔法ではないぞ」
「え、そうなのか?」
「魔法と魔術の違いだ。後で教えてやる。
まずは魔法を使いたいのだろう、見ていろ」
呆ける俺を他所に、先生は掌を崖下の岩へと向ける。瞬間、その掌の前方に小さな光が凝縮し、一瞬にして熱を放つ光球が……いや、炎の球が、生成される。
そして。
「っ…!?」
ごう、と凄まじい風が吹き荒れる。
それは先生から放たれたもの。正確には、その反動。思わず腕で顔を覆い、だが視線は外さない。
灼熱の球が、弾丸のような速度で放たれる。
それは瞬きすら許さぬ速度で岩へ着弾、どごぉん、とまるで映画で使われる火薬のような爆発を引き起こし土色の煙を上げ始める。
「………!」
その煙が晴れて、漸くその威力を認識する。
………着弾した場所だけではない。
その周囲の岩も、纏めて消し飛ばすほど。
それだけでは飽き足らず、それは崖の壁、そして下の地面すらも抉り取り、クレーターを形成していた。
唖然とする。こんな馬鹿げた威力とは。
まるでミサイル、いや、それ以上かもしれない。
技術どころか、これでは、完全に兵器ではないか。
……自分の認識を、再度改める。
そう、ここは異世界。常識など、通用しない。
「さてダンテ、今の魔法だが」
先生が、口を開く。
顔を上げて気付く。先生は、笑っていた。
あんな狂暴そうな笑みは、見たことがない。
だが不思議と、怖くはなかった。
あんなものを見せつけられたというのに、だ。
「なんの魔法だと思う?」
「え……そりゃ、火の魔法じゃないのか」
何も考えずにそう答えてしまう。
後になって考えれば、そう聞かれた時点で火だけではない、と言えただろうに。今は本当に動転していた。そしてそれを聞いた先生はフッ、と鼻を鳴らす。その仕草で自分のミスを自覚した。
「甘いな。確かに本元は火だが、
今のは火、風、重力の合成魔法だ」
「火と風はともかく重力とかあんの?」
「お前の言う火、風は古来からのエレメンタルを
用いた魔法技術だが、重力は人間が開発した
魔力の使い方で……と言っても、まだ分からんか」
「分からん」
「だろうな。
あと驚かせようと思って出力を上げた」
「子供か?」
思わず突っ込む。
割とそういうとこあるよね、好感度高いよ。基本的に仏頂面ではあるが内面が結構おもしれー女してるわ。そういうとこ好きだよ。
「炎自体は火の魔法で形成し、
それを重力の魔法で弾き出して発射、
着弾の瞬間に風の魔法を発動する。それだけだ」
「それだけがどんだけ難しいかって話では?」
「そうだな」
「開き直っちゃった」
「ではやってみろ」
「無茶を仰る」
「何事も実践だ」
「だからって道理を無理で通そうとするな」
「英才教育とはそういうものだ」
「そういう概念あるんだ……」
それはそう。規制年齢ギリギリからのチャレンジだ、確かに英才教育とも云えなくもない。スパルタの国もびっくりな厳しさであるが。
……まぁ、何事も実践らしいし。
やってみりゃいいんでしょやってみれば。
「………」
「どうやらやる気になったようだな」
「やる気にされたの間違いでは」
「ではまずは魔力の知覚からだ」
「話聞いて」
……とまぁ、こうして。
俺、ダンテの二度目の人生が始まったワケである。