「魔法はエレメンタルの力を引き出す技術だ。
魔力によってエレメンタルを刺激・強化し、
現象を引き起こす」
「ふーむ」
「魔力操作の手本、というか完成形を見せてやる。
しっかり見ていろよ」
先生はそう言うと、その手で空を切るように振るう。
──────その瞬間。
「うおっ!?」
「フフ」
燃え盛る炎の球、それもバスケットボール大のそれが先生の周囲に三つ、同時に現れる。その熱の収束は、ごうっという音を伴って、その衝撃に思わず声を上げ後退る。そして先生が手を指揮棒のように振り上げ、その炎球もまたそれぞれ高度を上げる。
先生は横目でこちらを見て笑い、そしてまたその手を指揮棒のように、振るう。その瞬間に魔力の授業だということを思いだし、慌てて意識を魔力に集中させ、眉間に力を込めて目を凝らす。
「……」
なんとなく、分かる。
視覚で認識するものでもないが、見える風が流れると表現すればいいのだろうか、ともかくそういう感覚。まるで気流のようにうねるそれは、先生から炎球へと確かに流れているように感じる。
そして。
「そらッ!」
その気合いの入った声と共に、炎球がそれぞれ左右に曲線を描くように飛び、崖下の岩場に着弾し、それは小さな爆発の後、渦巻く炎の柱となって燃え上がる。爆風に煽られ、思わず腕で顔を覆う。
………分かったような気がする。
魔力操作なら、どうにかなりそうだ。
「こんなものだ………分かったか?」
「魔力は……なんとか。
まず火の出し方が分からん」
そこが問題だ。さっきの説明通りなら強く願うことで火や風が起こせるという話だが、ちょっとまだ現実味無さすぎるし……
そうして悩む俺に、先生は頷く。
「そんなお前にお誂え向きの魔術がある」
「魔法じゃなくてか?」
「魔法より簡単なものだ」
そう言うと、先生は手を高く掲げる。
するとその瞬間、青い光がその掌に集まっていくと、その光が少しずつ形を成していく。そして、瞬く間に青い光を纏った小さな短剣がその手に顕れる。
「おぉ……」
「〝成形魔術〟。
言葉通り、魔力を結びつけ形と成す魔術。
普通ならこんな玩具でも時間のかかる魔術だが、
恐らくお前の体質なら数秒もいらんハズだ」
「なんで?」
「お前は魔力を感じ取りやすい。
ならそれを形にするのも容易い……かもな」
「かもな、って……」
「何事も実践だ。なんでもいい、創ってみろ」
簡単に言ってくれる。
まぁ、確かに何事も実践である。胸の前に手を握る。
剣の柄を握るスペースを空けて、そして目を閉じる。
その隙間に、魔力を集めるイメージで。
「…………■■■■」
声。なんと言ったのか分からなかった。
それに意識を向けないよう、更に集中する。
強く、強く、敵を殺すための武器を、世界に願う。
身体が熱い。灼熱の火に炙られるような感覚。
けれど痛みはなくて、あるのはただ静かなふつふつと沸き上がるような、言葉にするなら、そう。
怒り。
何故そうなのかも分からない。
多分、これが………自分を動かす原動力なのだ。
無意識にそれを理解する。
そして燃え上がる炎のような怒りを、形にしていく。少しずつ、少しずつ、それは確かなものになって。
………そして、いつしか、それは重さを帯びていた。
「…………はぁ」
息を吐き、瞼を開ける。
胸の前、手の中にあったのは細身の剣。ただそれは、先生のものとは明らかに違うもの。その長さは勿論、その剣が放ち、そして纏う魔力の光は、真紅の色。
鮮やかな真紅の長剣。
その刀身は、まるで刀のような波紋が浮かび、そして片刃の造りになっていながら直刀である、歪なもの。それは、静かに赤光を放って。
「………」
それを、軽く振るってみる。
するとそれは、風を切る音と共に、ごう、と燃え盛る炎の声を上げて、揺らめいた。
まるで本物のようにそれは、この手の中にあるのだ。
まさに、炎の魔力剣。
色々と思うことはあるが………うん、満足だ。
しかもこの形には、というか刀には思い入れがある。素晴らしい出来ではないか、と満足げに先生へ視線を送るが、先生は眉を寄せて刀を睨むように見ている。
「……まさか、こんなものが。
その赤い魔力、ダンテ、お前は………」
「え、なんか不味いか?」
「……お前、なんともないのか?」
「別に? いや……ちょっと疲れたか?
魔力使うとこんな感じになるんだな」
不思議そうに尋ねてくる先生にそう返す。
少し怠い感じはしたのだが、すぐ調子は戻ってきた。魔力に意識を回してみれば成程、確かに身体の魔力がほんの少し減り、そして増えたような感じがする。
そして炎の意識を閉ざせば、その剣は溶けるように、ふわりとした霧のように、消え失せていった。
「そういうことでは……いや、いい。
ダンテ、その魔力は人前では使うな」
「その魔力は、って言われても……」
「心の奥で何を意識した」
「……えーと……炎みたいな怒ってる感じ」
「……………意識するのは……そうだな、月の光だ。
魔力は神秘に依るもの、そう考えてみろ。
青白く冷たい月光が、怒りを冷ますように」
「怒りを冷ます……ね」
再度、目を閉じて意識を心の奥へ。
そこにある青白い月を見上げて、次に、足元の水面に映ったそれを見下ろす。青白く冷たい月光の魔力を、この手の心剣へ映し取る。
そして、手の中に冷たい感覚。
軽く、そして、青ざめるように、心が冷めていく。
目を開ける。
そこにあるのは、先生が造り出した短剣と同じ、青い魔力の光を纏った、しかし形だけは、あの直刀だ。
「………形は変わらず、先と同じ直刀か。
なにはともあれ、珍しい得物を知っているものだ」
「なんで赤い魔力じゃ駄目なんだ?」
「怒りだけで魔力を振るえば、それに呑まれる。
敬意を忘れた魔法にあるのは驕りだけ、
そうなってしまえば、使い手は魔獣と同じだ」
「………え、ほんとに魔獣になるのか?」
「さぁな。……はぁ、全くお前は、
魔力技術の才能があるのかないのか。
教える度に何か起こるのはなんなんだ……」
全くである。いきなり死んだりしそうで笑う。本当に魔力技術なんて学んで大丈夫なのだろうか。笑えん。げんなりした顔でこちらを見下ろす先生に俺もまた、苦笑いを返す。
そして。
「……そら、始めるぞ」
「ん───────ッ!!?」
瞬間、先生が動く。
その手に握られた短剣が形を変える。それは、巨体な大槌となり、先生は長く伸びた柄を両手で握り締め、なんとこちら目掛けて振り下ろす。
それをなんとか反応し、咄嗟に背後へとジャンプして回避する。大槌が地面に叩きつけられる衝撃は、少しとはいえ離れた場所にいるこちらに届くほど。もしもまともに食らっていたらミンチにすらならない威力。
顔を上げ、先生を睨みつける─────よりも、早く。
「なに──────ッ!!」
「ほう、強度も中々……いや、私以上あるか?」
普段と変わらぬ無表情の分析。
ほぼ無意識で魔力刀を引き、再度変形し、振るわれた槍の横薙ぎを受け止める。ばちぃっ、という衝撃音は魔力同士が弾ける音だとすぐに分かる。
この手にあり、そして振るわれたそれは打ち合わせて鳴り響くような金属ではないのだから。
火花に代わり、魔力の青い光が弾ける。
押し込まれるのは凄まじい力。
先生の腕は10歳の俺と大差ない細腕だ。
だというのに、一体、この馬鹿げた力は………!
「魔力を身体に込めろ、
己の肉体全てを脳と魔力で動かせ。
………そら、まだまだ行くぞ」
「ッ、ふざけやがって………!」
本音が出る。………実践なら、死ぬ気でやらねば。
外から魂、そして全身に魔力を流す。
それを自覚すると同時に、先生の握る得物が変形し、槍から大斧へと変化した魔力が振り下ろされる。
それを、地面を蹴って先生の側面に回り込んで回避。そして全身に、熱と力が溢れてくる。
「掴んだな、その感覚を維持しろ」
「維持しろったって……!!」
初めてでも分かる、ほんの一瞬の身体強化。
それを最大限利用して、直刀を振るう。電撃のような弾ける音は、先生の構えた魔力の盾が砕け散るのと、全く同時。そして、その瞬間に強化も解ける。
全身がふらつく。まるで骨が抜けたよう。
気合いで地面に足を立て、手の中でほつれていく刀に魔力を集めて修復出来ないか試す。先生の成形魔術は崩れ、その魔力が霧散していくのが分かる。恐らく、一度壊されれば二度目に創れるまでにクールタイムが必要になるのだろう、先生の手に広がる魔力の粒が、その不安定さを示している。
だが、一歩遅れてこちらの魔力剣も消滅する。
やはり無理やり、精度の欠片もない修復では無理か。
「気付いたな、やはりお前は頭が回る。
さて、形成魔術だけで終わりではないぞ」
「!!」
たん、と先生がブーツの踵で地面を踏み鳴らす。
その瞬間、足元の魔力がうねるように暴れ始める。
その魔力の大きさが、地盤を動かす。
ヤバいのは火を見るより明らか。しかし、その魔力と揺れ始めた地面に足を取られ、動きすら封じられる。
「おい、おいおいおいおいッ……!!」
「何をしてもいい。これを打開してみろ」
大地が、波打つ。
「〝ガリア、ウエイブ〟」
その魔法の名が唱えられた瞬間、大地の波が、大きく空へと舞い上がる。そして高く浮かぶ土泥の奔流が、こちらを目掛けて扇状に襲いかかってくる。
大地の津波。
それはまさに、そう形容すべき災害だった。
「いや殺す気か!!?」
どう対処すりゃいいんだよ。
全力で思考を巡らせる。出せる手札は魔力の剣のみ、身体強化で飛び越えられる大きさでもないし、これを打開できる手段が一切見つからない。
赤い魔力の剣でもこれをどうにか出来そうにはない。逃げようにも後方は崖、離れているとはいえ恐らくは崖下まで逃げられても足をへし折られる。そしてその手段では逃げに徹さなければ、抵抗が出来ない。
必要なのは、打開策。
どうにかこれを突破しなければ。
後ろ向きに走りながら、思考を更に巡らせる。
「………あ」
………思い浮かんだのは、一種の賭け。
あの赤い魔力は〝成形魔術〟で刀にしたもの。なら、
「やってみる価値は……とか言ってられないか」
前方へ跳び、空中で身体を捻って着地。
大地の津波へと向き合う。
「──────」
息を吸う。息を吐く。
目を閉じて、意識を鎮めていく。
魂の奥底で燻る火種を、握り締める。
来た。身体が燃え上がるように熱い。
灼熱が、この手の中にある。
この身体も、何もかもを焼き尽くすような焔が。
───────感覚は、掴んだ。
「やはりな……!」
前方、どういうわけか上空に滞空する先生の声。
今狙うべきはそちらではなく、この泥津波。
「───────!!」
心の、魂の赴くままに、身体を動かす。
左手を真っ直ぐに津波へと向け、指を開く。
炎の宿る右手で、腰を擦る。マッチを燃やすように、強い摩擦が炎のイメージを加速させる。そしてそれを大きく後ろに回し、弧を描き、左手に合わせる。
右足を下げた、半身。
模倣するは弓の型。
伸びた左手の指で、弓を形造る。
右手に掴む炎の矢を、左腕に沿うよう引き絞る。
炎の弓。
「─────────!!!!」
全身の、周囲の、全ての魔力を、その矢に込める。
襲いくる大地の奔流へ、矢先を向ける。
世界が、その煌きに色を失う。
煌きの灼熱が、身体を焦がしていく。
薄れていく。掠れていく。
自分が、消えていく。
矢を放つ。
「馬鹿め」
「ごっ!!?」
瞬間、声が耳元に届く。
頭を掴まれたのを理解した瞬間、周囲の魔力が一気に消失したのが分かる。……が、炎は止まらない。
放たれた業火は静止した津波を貫くばかりか、大きくその巨大な爆炎を撒き散らし、その質量と威力で森を滅茶苦茶に破壊していく。
「………やり過ぎた……?」
「だから馬鹿と言ったのだ。
その胆力はともかく……まぁ、良い。
これでその力の一端が分かったろうしな」
全身から力が抜けていく。いや、既に抜けている。
やばい。あたまがまわらない。
「魔力欠乏。おまけに肉体のエーテル結合まで
無理やり魔力に変換したな。死にたいのか?」
「ころそうとしたのは、どっちだよ……」
「振り上げた刃など何時でも止められるわ。
全く、結界を二重に張ったうえに
こうして私が掴んで肉体を修復しなければ
お前、消滅するところだったぞ」
「しょうめつって……」
だめだ。なんだ、なんだしょうめつってのは。
まずい、いしきが
「む?……はぁ、寝坊助め。
………ま、初日にしては上出来だ。ゆっくり休め」
ねむい。
ねる。