人を含む全ての生物は、その内に魔力を宿す。
『その内』というのが何なのかは未だ不明であるが、それが生命であるなら必ず魔力が宿るのだと。
先生はそれに、『解釈は人によるが』と前置きして、こう答えていた。
「魔力は〝魂〟に宿ると私は考えている。
魔法も魔術も、またそれに連なる魔力技術全ての
根幹にあり、唯一共通しているのは想像力……
言い換えるならば『思い』『願い』というものだ。
そうすると魔力は〝願い〟の根源とも言える。
敬意も、殺意も、祈りも、全ては魔力から成る。
そしてその意思を内包するのが、魂だ。
全ての命が魂を持っている。
この世界に魔力のないものは存在しない。
つまり………願いを叶える力。
世界を揺るがす力が、全ての生命にあるんだ。
そして世界を創った神の御業をも、
ヒトが再現できる時が来るのかもしれん。
いずれ我々は、神にすら成れるのだと。
くくっ、面白い考えだと思わないか?」
愉しそうに笑う先生の姿は、よく覚えている。
恐ろしくもあり、そしてその言葉通り、面白い。
いつだって世界を動かすのは、人の意思だ。
前世でもそうだった。この世界もそうなのだろう。
そしてそれがいつか、神にすら届き得るのだと。
これが、面白くないワケがない。
人は、神に成れるのかもしれないのだ。
─────
─────────
「……くそぉ、先生の癖に
森全体に無駄に硬ぇ結界張りやがって……」
あの面倒くさがりがよくもまぁ、と歩きつつぼやく。杖を地面に突きながら、やっとこ景色の変わり始めた森の獣道を踏み締める。
結界の解除すら出来ないとは………不覚。
結界術そのものはともかく、その破壊と解除はかなり得意だと思えていたが、その自信も砕かれてしまう。なんで術式壊したら自動で別の術式が起動するんだ。手探りでのパスワード再ロックとか聞いてない。
どうにか結界に穴を開けたが、それも数秒ほど。
やっぱ俺ってば魔導の才能ないのかな……
「あー、腹減った。
まさか結界の解除に半日かかるとか……
とんでもねぇ爆弾残していきやがって……」
ポケットから非常用の干し肉を取り出して咥える。不味い。塩で辛うじて味付いてるかなって感じだ。あと硬い。噛み切れないので手で引っ張って、肉を引き千切りながらモムモムと咀嚼。そうしてやっと味が出てくる。薄いけど。
それにしてもこっちの食事はかなり……
いや、前世が良すぎたのだろう。先生の作ったメシを食べた時から思っていたが、あまり食事に期待してはいけないらしい。まぁ腐肉なんかよりはマシだが……
……………。食事があるだけいいか。
お陰でお料理上手になってしまったことだし。そう、ポジティブシンキングだ、おれ。
「近くに村があるとは言ってたけど、
この世界基準の『近く』も分かんねーし。
そもそも文明レベルもどんなもんなんだ、ここ」
家では電気変わりに蝋燭の火、マッチは見当たらず、魔法で着けた火ではあるが。そして凍りづけの地下の倉庫が冷蔵庫代わりで……駄目だ、参考にならない。
台所では釜戸や包丁、お玉なんかは揃っていた。
ベッドやら椅子なんかも普通に木で作られていたし、やはりそういう職人もいるのだろう。
……分からん。
あんな隔絶された場所で参考になるワケもない。
「………その辺も実際に見て学べ、ってか」
ニヤニヤ笑いの先生が頭の中でそう言っている。
なんかムカつくが、何事も経験だ。もう教訓である。
………と、その時。
──────────■■■■!!!
「うお、なんだ!?」
金属を擦り合わせたかのような、高い鳴き声。
静かだった森がざわめき始め、木々からは小鳥たちが慌てて空へと飛び立っていく。それらにつられて空を見上げれば、大きな影が真っ直ぐに横切っていく。
「魔獣……デカくね!?」
杖を抜き、周囲に魔力を巡らせる。
かなり大きい影だった、2~3mはありそうだ。ならば探知にもすぐに引っかかるだろう、……が。
「距離が、離されてく……!」
探知を続け、その影の行く先に走り出す。
あの魔獣は森では見たことがない。
先の鳴き声、恐らく仲間を呼んだ感じだろう。魔獣の縄張り争いか何かだとするなら……
追いかければ、街道に出られるはず。
この森ともおさらば………と、思った瞬間。
魔力探知に、新たに複数の反応あり。
この形は……人間!?
「これは………ヤバいか?」
走る速度を、上げていく。
木々を掻き分け、獣道から茂みを抜ける。
そして、そのまま走り抜ける。
広がっているのは広大な平原。
見渡す限りの緑……だが、その眼前に。
「……ヤバいな!」
横転した荷車を、大型の鳥の魔獣が取り囲んでいた。応戦しているのは、鞍をつけられた巨大な亀のような魔獣と、黒いマントを羽織り杖を持った若い男。その背後、荷車で縮こまっている小太りの男が一人いる。
鳥の魔獣、数は五。
あの亀みたいな魔獣は多分味方と見ていいか。
走りながら杖を振るい、火のエレメンタルを活性化。魔力で五つ弾丸を生成し、それに火のエレメンタルを付与させ──────
「レフィ、ショット!」
打ち出す。
紅蓮の軌跡を引きながら真っ直ぐに飛翔するそれは、鳥の魔獣、そのうちの一匹に突き刺さる、が、それを察知した他の四匹に、こちらに気付いて回避される。
……一匹落としただけでも上等か。
そのまま、マントの男の近くに滑り込む。
男は驚いた表情を一瞬見せるが、すぐにそれを真剣なものへと切り替えて、こちらを見る。
「味方、と見ていいか」
「……そういうことで、よろしく!」
息を整え、杖を構えながらハキハキ返す。
久しぶりに先生以外の人と喋るせいもあって自分でもテンションがおかしくなっている。前世でもそんなにコミュニケーション得意ではなかったので、ちょっと恥ずかしい。顔が熱い。
新たな敵に様子見に入ったらしい鳥の魔獣からは目を離さず、横目で男を改めて確認する。
イケメン。渋さ3割、格好良さ7割くらい。顔がいい。
……ではなく。
握っている杖は石造り。先端には魔石か、青い宝石が嵌め込まれている。白銀の髪に黒い瞳、羽織っているマントは小綺麗で、どこか高貴な雰囲気を感じる。
片耳には小さな白い雪のような宝石の耳飾り。貴族か何かなのだろうか。
「……お前も魔導士か。
悪いが、私は前衛は苦手でね」
そう言い、同じく俺を観察していたらしい男は静かに杖を構え直す。『お前も』という辺り、彼も魔導士と云うことだろう。そして、前衛が苦手、と先に主張。恐らく『お前が前に出ろ』と遠回しな言い口だろう。口は笑っているが、目元は鋭く、こちらを真っ直ぐに見据えている。随分と高圧的だなおい。少し怖いぞ。圧力も凄いぞ。
だが……ならば、やってやろうではないか。
成形魔術を発動、青白い直刀を造り上げてみせる。
「なら前衛は任せてくれ。多少は自信ある」
「……フ、お手並み拝見と行こう」
「アンタもちゃんと手伝ってくれよ」
「善処しよう」
逐一癪に触るやつだな。こんなんが第一村人かよ。
……まぁ、ここはやるしかあるまい。
自分から突っ込んだわけだし。
「来るぞ」
「見りゃ分かる!」
大きく鎌首をもたげ、一番近くの鳥の魔獣がこちらを睨む。その口元に魔力が集まっていく。魔法、それも風のエレメンタルを支配しているらしい。
魔獣もまた、魔導を振るう賢いものがいる。
魔法だけでなく、時には魅力や幻覚など、魔術などを用いるものまでいるという。流石に魔術を使うやつは見たことないが、魔法を使う魔獣は森にもいた。
そして、奴らは風のエレメンタルを支配している。
基本的に、そういう奴らは風の魔法に耐性がある……
というか、支配されたエレメンタルが同じ属性魔法を阻害してしまう、と言った方がいいか。
だが、相手は魔獣とはいえ所詮は鳥である。
翼を広げ、風に乗る生物。
同じエレメンタルに耐性アリではあるが、それを更に上回る風の魔法ならば、奴らの弱点に成り得る。
支配されたエレメンタルを、より強力な魔力で上から支配する。
風の魔法を発動、杖を、高く掲げる。
想像するは、渦巻く竜巻を。
エレメンタルへ。
吹き荒ぶ大嵐へ。
敬意を。
「吹き荒れろ!」
エーレブラスト 多重拡散型 〝
風の魔法、エーレの
風の魔法は渦を巻く。
その特性を利用し、衝突させることで加速、巨大化。
結果起こるのは、小さな竜巻の発生だ。
「■■■■■!!?」
「■■、■■■■!!」
「■■■!!」
それは気流を乱し、鳥の魔獣の放とうとした魔法すら霧散させ、その魔力を取り込んで更に巨大化させる。そして、その危険に気付いて離れようとした二匹をも竜巻に呑み込み、爆散。竜巻から吐き出されるように三匹の鳥魔獣が地面に叩きつけられる。
たとえ小さな旋風も、ぶつかれば竜巻となる。
塵も積もれば、というやつだ。
「ほう……!」
「ボサッとすんな! 今!」
「フ、感嘆する時間くらいあっても良かろう!」
好機。
鳥の機動力も、地に落ちれば意味はない。
走り出して悶える鳥魔獣の首へと剣を振るう。
キィィィン、という耳鳴りにも似た音と共に鳥魔獣の首が空を舞う。爽快感こそありはする、が。
慣れそうにない感覚。命を奪った感覚。
…………しっかりしなければ。今は、殺し合いだ。
「ふ、ぅっ、次!!」
地面を蹴りつけ、飛び立とうとする二匹目へ。
広げられた翼に剣を突き刺す。
「■■■■!!」
「逃がすか!!」
それでもなお飛び立とうとする魔獣。
だが剣を突き刺したまま、魔力を使って形を変える。刀身を、何本もの刺に変え、その身体を食い荒らす。
「■■──────!?」
短く高い、耳を突く断末魔。
刀身を元に戻して引き抜き、そして次に移る。
そして次の標的を視界に捉えようとした、瞬間。
「■■■■■■■!!!」
「っ、やべ────!?」
空から、五匹目が強襲してくる。
その鋭い爪を携えた脚が振り上げられ──────
「ヒューラ、ウエイブ────!」
その詠唱と共に、凄まじい魔力が現れる。
それと同時に、白銀の弧が、五匹目の鳥魔獣の身体を切断する。凍えるような冷気────水の魔法か。
血飛沫すら起こさず、凍結した鳥の魔獣は慣性のまま俺の左右に割れ、背後に落ちる。
───────とんでもない集中力と収束力だ。
肉体を切断するほどの魔法、それもこの速度で魔獣を凍りつかせるほどの出力まである。
「ヒューラ、ショット」
その言葉にあわせて振り返れば、飛翔する氷の槍が、最後の鳥魔獣を貫き、その身体と命を凍てつかせる。
杖と冷気を振るい、マントをはためかせる男は俺へと薄ら笑いを浮かべて、その石突きで地面を突く。
……侮っていたのは、こちらだったというワケか。
助けられたのはありがたいが………
悔しい。なんか、悔しい。
「………」
悔しさに苦笑いを浮かべ、俺は軽く手を振る。
侮っていたのは、本当にある。
あの先生の下で頑張って修行して、外に出てみれば、俺とは出力も収束力も桁違いの猛者がいた。
「………世界って広いなぁ……」
俺は、ぼんやり、そう口走っていた。