転生魔導記   作:青い灰

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8話 紅髪の少女

 

 

 

 

「………」

 

 

漂うのは、死の気配。

血の香りすらも掻き消すほどのそれは、洞窟の岩壁に並べられた魚人の死骸から発せられている。かなり、いや、凄まじいと言えるほどの手練れだろう。

 

戦闘手段も毒だけではない。

 

打撲痕、恐らくは蹴りによるものだろうそれもまた、正確に魚人の腹部を捉えて吹き飛ばし、洞窟の壁へと叩きつけている。

 

突き刺さった矢は手製だろうか。

短いが、太く、そして貫通力もあるらしい。木製だがその先端には鋭く削られた石が取り付けられ、何度も再利用しているのだろう、かなり磨耗も見て取れる。見つけたものはもう不要と判断されたものだろうが、まだこれでも人を射れば殺してしまえそうだ。

 

矢に、刀剣、それに体術。

魔力の痕跡こそないが、かなりの腕前だ。ましてや、これだけの数の魚人を倒しきっている。複数人いる、というのも考えられるが………

 

 

「足跡は、一つか」

 

 

再び洞窟は砂浜の地面へと変わっている。その場へと屈み、そこに残されたものを確認する。足跡が一つ、続いていた。形状からしてブーツだろうか。

 

そして……流石に群れには部が悪いと判断したらしく、その足跡を追って、多くの魚人の足跡が続いている。

そして、次の瞬間。

 

 

「……!」

 

 

ギィン、という、まるで金属のような音が耳を突く。

それは洞窟の砂浜の先……このまま、真っ直ぐ。

 

急いで立ち上がり、そのまま走り出す。

砂浜の地面は足を取られ動きにくい。だが、もしも、これがあの宿の娘さんのものならば。

 

走るまま杖を後ろに向け、風のエレメンタルを使い、魔力を込める。そして詠唱と同時に、跳ぶ。

 

 

「エーレ、ブラスト!」

 

 

身体を強烈な風圧で押し、前方へ一息に吹き飛ばす。そのまま曲がり角に合わせて砂浜に足をつき、すぐに杖を構え直し──────

 

視界に入ったものを、認識する。

 

 

「レフィ……!」

 

 

同時に炎を展開し、成形魔術で弾丸を構築。

 

 

 

 

そこにいたのは、魚人に囲まれた紅髪の女の子。

 

 

 

 

「ショット─────!!」

 

即座に魚人らへ杖を向けて照準を合わせ、炎を纏った弾丸を打ち出す。ごおうっ、と風を鳴らして飛翔するそれはこちらを認識した魚人を次々に奇襲していく。そして最後に、ちらりとこちらを鋭い視線で一瞥した少女が、その両手に握る獲物をくるりと手の内で回し構え直す。

 

 

「───!」

 

 

そして。

 

瞬きの間に、少女が駆け抜ける。

その手に握られた二本の短剣が閃き、奇襲により怯む魚人の喉笛が、引き裂かれる。そこから一歩、遅れて噴き出した鮮血が降り注ぐより早く、少女は動く。

 

そのすぐ近くにいた魚人の腕が宙を舞い、次の瞬間、その胸に刃が突き立てられ、少女の脚が回れば、肉を引き裂くように刃が振るわれる。

 

 

「………!」

 

 

走りながら、それを見届ける。

二体の魚人が崩れ落ちる真ん中で、その血も浴びずに少女は冷たい視線を次の標的へと移している。

 

………とんでもない速さだ。

息切れすら起こさず、彼女は踊るように刃を振るう。踊るよう、と表現したものの、それは血と彼女の纏う赤黒いマントを伴って、苛烈極まりないものだ。

 

はためくマントは次々にその色を強くする。

噴き上げる血は、その周囲を染めていく。

 

魚人どもが、いや、俺も含めたその場の全てが、その舞踏に足をすくませている。俺が、彼女の近くにまで駆け寄る頃には、彼女は包囲網を既に破り、六体もの魚人を血の海に沈めていた。

 

 

「手出しは不要だったか?」

 

「そうでもない。でも、お礼はあと」

 

 

表情も声音も変えず、彼女は淡々とそう返す。

魚人どもは同胞の死に怒り心頭らしく、残った三体の魚人は俺たちを囲うように動き、唸り声を上げる。

俺は彼女に背を向けて、それに警戒する。

 

 

「二匹、お願い出来る?」

 

「問題なしってな。こちらこそ、

 助けに来といてなんだが、一匹頼むぞ」

 

「…………分かった」

 

 

次の瞬間、背後から気配が消える。

俺も同時に成形魔術で杖の上に大振りの大剣を創り、跳躍。魚人の片方にジャンプ切りを繰り出す。

 

 

「おらァ!!」

 

「■■……!!」

 

 

砂浜に叩きつけられた大剣は土煙を舞いあげ、間一髪回避した魚人の視界を奪う。

 

 

「ぬ、ぉおおぉッ─────!!」

 

 

そしてその回避方向へ足を強く踏み込み、再度砂煙を舞い上げる薙ぎ払いを、魚人の腹へ叩き込む。それはその体躯をねじ曲げ、そして派手に内臓を撒き散らし上下に切断、血飛沫を踊らせながら上半身が空を舞い最後にぐちゃりと白い砂煙に華を咲かせる。

 

 

「■■■■■■■─────!!!」

 

「!」

 

 

砂煙に飛び込み、こちらへ襲いかかってきた魚人を、ほぼ反射で屈んで回避。握る大剣の魔力を変化させ、その形、その刀身を限界まで凝縮させる。

 

細身の刀身は、だが両刃であり、凝縮した魔力により硬度も切れ味も貫通力も、今まで作れる中で一番。

それに合わせて柄を変化させ、それを強く握る。

 

刺剣。

西洋のレイピアを参考に、というか、それをそのまま模倣して創ったものだ。先生曰く『古い貴族の剣』。今はもう使う者の少ない、数十年前の武器らしい。

どの世界も、刃は斬るものと突くものがあるようだ。

 

 

「っ、ふ……ッ」

 

 

間合いは十分。遠すぎず、近すぎず。だがただの剣は間合いに僅かに入らない、微妙な距離。それが刺剣の完璧な距離になる。呼吸を整えると同時に足をひねり身体を回して後ろへ下がる。

 

半身。右足を前に、左足を後ろに。

握る刺剣を、顔の横に。その切先を、照準に。

 

その魚人の頭を、確かに捉える。

 

強襲を避けられた魚人が背後を向くよりも速く強く、足を踏み出し、引き絞った腕を一心に伸ばす。

その勢いと重心を乗せた、全身全霊の突きを放つ。

 

「しッ───────!」

 

真っ直ぐに、その頭を刺し貫く。

それは肉と骨を貫くが、その抵抗は一切なく、まるで呑み込むように、切先はその頭蓋を、その頭を貫通。風を切る音すらも僅かなもの、だが流麗の剣にしては似つかわしくない、重い剣技。

 

 

〝クー・ドロア〟

 

 

前世のフェンシング競技にはこんな名の技があった。真っ直ぐな突き技。実際にやっている人には悪いが、その名前を使わせてもらった。

競技を、殺し合いに持ち込むのは不粋極まりないが。それにただの見様見真似だ。フェンシングの経験など俺にはない。

 

 

「ふ、ぅ……っ!」

 

 

脱力と同時に剣を少し引き、貫いた頭を刎ねる。

引きずり出された脳と風穴の空いた頭が空中を躍り、それが落ちると同時に、成形魔術を解除。手の内から重さが消え、疲労が一気に襲ってくる。

 

刺剣は強度も鋭さもあるのだが、突き技特化の剣術は集中力がごっそり持っていかれる。間合い管理に体の動き、それに合わせてくるだろう相手の動きの予測。体勢の崩れた相手を仕留めるには最適だが、ただ力を振り回すのならば普通に剣の方がずっと楽だ。

 

今の間合いなら、槍か斧槍は近すぎる。

剣や短剣は間合いに入っていないし、魔法魔術ならば発動までに魚人の回避や反撃が間に合ってしまうし。やはり、刺剣が最適解で良いはずだ。

 

 

「………終わった?」

 

「ん、あぁ。そっちの一匹も終わったみたいだな」

 

 

振り返れば、そこには短剣を握ったままの少女。

琥珀のような眼が俺を映す。

 

 

「………」

 

 

改めて、その姿を確認する。

赤黒い返り血に染まったフードマント。動きやすい、黒革の軽装。それに合わせた革の長手袋をしており、その右腕にはクロスボウが装着され、そこから短剣を握る親指に、引き絞られたゴム紐が張っている。

腰には短剣用の革鞘に、また大口の小瓶が二つ並び、小瓶の中にはそれぞれ薄緑、薄い黄色の液体。

 

鮮やかな紅髪に、琥珀色の鋭い眼。

顔立ちはどこか幼いような感じで、しかし彼女の纏う雰囲気は逆に、大人びているような印象もある。

かなりの美少女だ。それも可愛い系の。

 

どいつもこいつも美形だな。惚れ惚れするのと同時に少しうんざりしてしまう。俺もそんなに顔が良いって訳じゃないし、寧ろ俺の顔あんまりパッとしないし。

 

そんなことを考えていると、その琥珀の瞳が更に鋭く尖り、こちらを睨みつけてくる。

 

 

「何?」

 

「……いや、何でも。

 悪いな、ジロジロ見たりして」

 

 

かなり警戒されているらしい。

そりゃまぁ、こんな危険地帯で急に他人に会ったならそうもなるだろう。基本的に町や村の外は無法地帯、そんな中での見知らぬ他人は信用出来ないし、してはいけない類いのものだ。魔獣が化けている可能性すらあるのだから。

 

とにかく、まずは事情の説明だ。

周囲を見渡して敵がいないことを確認してから、腰のベルトに杖を差す。まぁ杖がなくても魔術は使えるが素手で自分が無力であることを示す。

 

 

「俺はダンテ。カロンの村の宿屋の女将さんから、

 ここに来たっていう娘さんを手伝いに来た。

 あんたがその娘さんで合ってる……よな?」

 

「…………。

 一応、その宿と女将さんの名前を確認させて」

 

「宿の名前は『沈む夕日亭』。

 女将さんの名前は『ディエラ』だ。合ってる?」

 

「…………うん。合ってる」

 

 

彼女はふぅ、と息を吐く。

どうやら少しは警戒を解けたらしく、ほんの少しだがその視線の鋭さが緩んだ気がした。俺もそれに心中で胸を撫で下ろす。今にも斬られそうな雰囲気だった。

 

 

「………私はルーナ。

 あなた、村の人じゃないみたいだけど、誰?」

 

「ただの旅の魔導士だ。身分証はないけどな」

 

「………悪いけど、帰って。

 今のを見れば分かるだろうけど、ここは危険。

 私はまだやらなきゃいけないことがあるから」

 

「そういうワケにもいかないんだよな。

 しかし………やらなきゃいけないこと?

 それこそ、こんな洞窟でか?」

 

 

そう問いを返せば、彼女は少しだけ顔を背ける。

その眼にはまたもや鋭さが戻っており、だが苦い顔。

何か事情があるようだが。

 

暫しの沈黙。

 

答えを待っていると、彼女は再び、視線をこちらへと向けて口を開く。

 

 

「………かなり大きいサーペントを見たの。

 アレを放置すれば、村が危ない」

 

「サーペント………」

 

 

サーペント、というと大蛇の魔獣だ。

その体長は数メートルほどだが、その大きいものは、小さな山ほどもあると聞く。問題なのはその生息域で海を泳ぐもの、砂中を泳ぐものがいる。そのために、海にいたものが地上へと這い上がることもあると。

 

確かにそんなヤツがいたのなら、村も危険だろう。

 

 

「洞窟の奥にいた魔獣たちが溢れてきたのは、

 恐らくそいつがこの洞窟に縄張りを作ったから」

 

「……そういや、洞窟からも魔獣が

 よく出るようになったって言ってたな」

 

「途中に死体を見たでしょ、あの人は

 洞窟の調査をしてから行方不明だったの。

 被害はもう出てる。何とかしないといけない」

 

 

……どうやら、彼女も村のことを考えてのことらしい。

最初はたった一人で無謀だと思ったが、それはそれで彼女も被害を広げたくないとの考えもあるのだろう。事実、彼女は強い。

 

だが。

 

無謀には、変わらない。

 

 

「なら、手を貸さないワケにはいかないな。

 手は多い方がいいだろ」

 

「……私はあなたのことをよく知らない。

 あなたの命を、私は勘定に入れないけど」

 

「そりゃそうだ」

 

 

知らない誰かが何処で死のうが知ったことではない。

そんな考えはこの世界でも顕著らしい。

 

 

「だがあんたは生きて連れて帰らにゃいかん。

 宿代が懸かってるんでな」

 

「や、宿代……? そんなことのために来たの?」

 

「金は大事だぞ」

 

「それは……そうなんだけど……」

 

 

腑に落ちない様子で彼女、ルーナは眉を寄せる。

まさか金に眼が眩んだとは思うまい。実際はそこまで金には困窮していないが、今の物価とか分からんし。金はあるに越したことはないだろう。

 

 

「……本当に死んでも知らないよ?」

 

「死んだら死んだでその時だ。

 ヤバいと思ったら俺を囮にして逃げろよ」

 

「大丈夫かなこの人……」

 

 

いつの間にか人格を疑われている。

そんなにおかしなことを言ったような覚えはないが。死んだらもう諦めるしかあるまいし。美少女を助けて死ぬのは男冥利に尽きるというやつだろう。

まぁ、死ぬようなことになれば奥の手がある。

サーペント程度なら森でも戦ったことはあるし、特に問題もあるまい。多分、きっと、めいびー。

 

ちょっと引いた視線を感じながら、洞窟の奥へと足を進める。警戒されているのなら、相手に背中を見せて無防備をアピールする。後ろから刺されるのは困るが恐らく大丈夫だろう。

 

 

「さ、そうとなればさっさと行くぞ。

 日が暮れる前に帰らねぇと心配されるぞ」

 

「え、あ、うん」

 

 

ぱたぱたと慌てた足音が後ろに続く。

そうして、俺たちは洞窟の先へ先へと。

 

 

「……まぁ、いっか」

 

 

そんなどこか諦めたような声が、ぼそりと聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────後になってみれば。

 

 

 

 

 

この時から、何かを感じていたんだと思う。

 

 

きっと、ずっと、探していた、なにかを。

 

 

 

 

 

 

この出会いが、いつか。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を、自分にしてくれる気がしてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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