「バッファローをプレイ」
かつてはこのカードを盤面に送り込む際に対戦相手の顔色を盗み見ていたものだった。驚きと困惑の入り混じった色。目を見開く者すら居る。そんな表情を愉しむのが好きだったのだ。今はそんな助平心はおくびにも出さない。どうだよ、俺のカードはイカすだろ?とうの昔に環境から追い立てられたこいつで、これからあんたを刻んでやるよ。お気に入りのカードを手にしてニヤつきながら上目遣いで相手の顔を覗き見る時、そんな心の声が自分の顔色に滲んでいるような気がして吐き気がした。その日以降、彼はポーカーフェイスで伏し目がちに自慢のエースカードを盤面へと送り出すようになった。
「対応無いです。着地どうぞ」
えっ と声にならない声を飲み込んで彼は顔を上げた。
初見の相手は大抵いくばくかの逡巡を挟む。即答の"通ります"宣言は彼の顔を上げさせるのに足るものだった。対戦相手の背後にある窓から西陽が差していてその表情は窺い知れない。最近足を運び始めた出稽古先のカードショップ、バオバブの店内は茜色に染まりつつある。もうすぐ店員がブラインドを下ろしに来るだろう。先週来た時はそうだった。
「ターンを貰っても?」
対戦相手がつまらなそうに続けた言葉、その声色で彼は対面に座る男の表情を汲み取った。
テキストの確認無し。即断即決の判断力。恐らくは、あの時代を知っている者。バッファローが環境トップに君臨していた頃から今日まで、俺と同じように紙をしばいてきた者。きっとそうだ、そうであって欲しい。今日初めて卓を囲む相手に求めるものはただひとつ、アツい勝負だ。アンタが求めているものが俺と同じなら嬉しいよ。歴戦のバッファロー使いはこの試合で初めて口角を上げた。
「失礼、ターンを返します」
「ではドロー」
バッファロー、か。
西陽が背中を灼いている。不快だ。店員を呼んでブラインドを下ろしてもらってもよかったが、対面に座るバッファロー使いのテンポの良いターン進行のお陰で試合を中断するタイミングを逃していた。
彼は長くショップ通いを続けていた。カードを趣味としてこれまで生きてきた。フリプは学生の頃に死ぬほどやった。一緒に遊んでいた仲間達はとっくに紙遊びから足を洗い、彼だけがショップに取り残された。大会に出れば遊び相手には困らない。勝てば賞品も出る。暇潰しには絶好だ。
カードゲームに関して彼は酸いも甘いも噛み分けている。
あの頃散々殴り合ったバッファロー、かつてのエースアタッカーを現環境で使う者だって居るだろう。愛着、こだわり、あるいは呪縛。どんな理由でも結構じゃないか。百人いれば百通りの楽しみ方があるんだ。周囲の人間に迷惑をかけない限り、あらゆる楽しみ方は尊重されて然るべきだろう。
その大前提の上で、この対戦はショップ常設の公認大会だ。勝つか負けるかの真剣勝負。互いに勝利条件の達成を目指すのみ。大会に芸術点は存在しない。時代遅れのバッファローを使ってくれるなら願ったりだ。カードパワーの差を押し付けてそれで終わり、全勝の賞品を頂戴して鼻歌混じりに帰宅する。悪くない休日の過ごし方さ。不可解な点はただひとつ。この試合に勝てば本日の休日大会全勝だという点だ。
そう、ここは4-0卓。対戦相手はバッファローを握ってこれまで4名を屠って勝ち上がって来ている。尋常ではない。
3-0卓で鮫島を斬って安心していた。このショップで最も実力のあるプレイヤー。鮫島にさえ勝てば後は有象無象だと思っていたが。余程運が良かったか、あるいは本物か。前者であって欲しいものだがな。
彼は心の奥では分かっていた。幸運だけでバッファローが4-0して来る訳はないと。事実、対面の男は本物だった。
アニメのように、カードの中のキャラクターが3D映像で浮かび上がったらいいのに。そしたらアニメの主人公のように、痛快なバトルができるのに。彼らは子供の頃にそんなことを考えていた。
現実のカードなど地味なものだ。いかに天気晴朗なれど戦いの場は通い過ぎて見飽きたカードショップの店内。長机にパイプ椅子。隣の卓のプレイヤーと肘が当たるほどにぎゅうぎゅうに詰めて座らされ、見ず知らずの相手と形式ばった味気ない挨拶を交わし、難しい顔をして紙切れを並べ合っている。ただそれだけ。
それだけのことが、なぜこんなにも面白いのだろうか。
「バッファローで攻撃を…」
随分長期戦になっちまったが…これでケリだ。このまま勝たせちゃくれねえか?まっ…そうもいかねぇのが世の常だ。
「失礼、除去を」
易々と走らせると思うなよ。ここを止めなきゃケチなスリップダメージでもお陀仏だ。このワンパンは貰えねえ。
「対応で妨害」
捌きに捌かれてこのバッファローも4枚目だぜ?そろそろ定着させちゃあくれねぇか。後生だからよ。
「さらに対応でドロソ」
なんでさっきの空中戦で切ってねぇんだよ妨害を…!!せめて今引きであってくれ、この状況見越して温存なんて話は聞きたかねえんだ。このドロソで回答見つからなきゃヤバいぜ。
「ドロソ通った、解決どうぞ」
ドロソね…随分引きつけてから撃つんだな。ドロソ回したかった局面は何度もあったろうによ。手持ちの札だけで対応してきたってか?大変だな、お互いによ。
「では解決、引きます」
…っと!いいツモだ。大旱の雲霓ってやつかな。沁みる引きだぜ、絶好だ。
「…除去に対する妨害が解決待ちです。何か対応は?」
ポーカーフェイスだなぁ、何引いたかわっかんねェや。コントロール使って長いのかい?バッファローの時代にはどんなデッキを?あの時代に当たりたかったぜ、アンタ。
「対応、妨害に妨害を」
手こずったが…!!これで終いだ。バッファローさえ捌けりゃターン貰って高コストの置物で蓋。こちとら消耗戦を耐え抜いて捲りに行くのが楽しくてここまで通ってんだ。食いごたえのある相手だったな、天晴れだ。
「了解、こちらの妨害は消えます」
4枚目のバッファローまで捌いて来る。お気に入りで殴り切らせちゃくれねえか…最後のライフが遠かった。良い腕してるよ全く。
「では除去を解決します、バッファローを破壊」
おい鮫島、泣いて喜べ。お前並みに強いやつと当たったんだ。まさか既に知り合いか?もし違うなら驚くぜ、バッファロー使いだったんだ。そうだ、あのバッファローだ。馬鹿みたいに上手かった。もしかしたらおまえより…
「除去解決前にさらに対応を」
「ん…?」
「バッファローを生贄に火達磨、対象本体」
「…痺れるね」
通い過ぎて見飽きた店内。使い込み過ぎて見慣れたデッキ。同じような店舗大会に毎週出て、それでもカードゲームには飽きないのはなぜだろうか。勿論飽きてしまって去って行く者達も居て、一方で飽きもせず卓に着き続ける者達も居る。
ブラインドが下ろされて白々しい蛍光灯の明かりだけが支配する店内で、彼らは熱心に感想戦を繰り広げた。その様はさながら、旧友と共に映画を観た後で立ち寄る喫茶店での会話のようだった。