魔女学園のTS生徒〜被検体の俺は美少女の皮を着せられ、魔女学園(女子校)へ編入する事に〜 作:海神アリア
……ですが、今回も長くなりそうなので、前後編に分割しております。
今にも雨が降りそうな曇天の夜、当然月明かりなど中庭は届かない。この暗い場所に於いては、妖精であるマギナの羽と、
そう、妖精とドラゴン、異なる種族である筈なのに、両者は全く同じ色の光を放っていた。ドラゴンは薄紅色の身体だが、鱗が放つ輝きがマギナの羽と同じ極彩色だった。加えて、翼を羽ばたかせる度に虹色の鱗粉が舞い散っている。その事実が、大賢者ラジエルが放った『このドラゴンは妖精を主食にする』という言葉に対しての、『何よりの裏付け』と化していた。
「……………………」
尤も、既に実物を自身の目で見た事があるマギナにとって、その裏付けは不要な物だった。
目を見開いている筈なのに、彼女の瞳は眼前の光景を捉えていなかった。眼に、脳裏に浮かぶのは、約700年前の光景。『赫の厄災』が引き起こした惨状だ。
その中でも、薄紅色の竜が群れを成して妖精郷の民を次々に屠った光景は、マギナの心に深い傷を残していた。
異世界の女神により送り込まれた怪物達が、自分達の国に土足で踏み入った際、妖精達は皆で立ち向かった。妖精郷の民は人間より遥かに優れた魔法の使い手だった。事実、悪魔や天使、魔物や他種族のドラゴンを次々に討伐していった。だが、あの薄紅色の竜が投入された事で、戦況は180度変わってしまった。
魔力が尽きた頃を捕食された者。同胞が食べられた後、ドラゴンの身体がより一層煌びやかになったのを目にし、戦意を失う者。弓矢による遠距離攻撃を試みるも、金属の矢尻では鱗に傷を負わせる事すら出来ず絶望し、足が
妖精郷の民は、散り散りになって国を出て行った。今となっては、逃げ出した妖精達の生死は分からない。最後まで国を守ろうとした、妖精郷の女王である『マギナ・ロイジィ・スワローテイル』には、民が逃げ延びた先で生きている事を祈る事しか出来なかった。
そんな凶悪なドラゴンと、悠久の時を経て再び対面する事になるなど、マギナは夢にも思わなかった。彼女が並行世界で見た、モザイクで塗り潰された未来のビジョン。何が起こるのか、何が自分達に襲いかかるのか、眼前の大賢者ラジエルが引き起こす事に関しては殆どの事が予知出来なかった。ただ唯一、マギナが予知出来た事がある。
このままでは、自身か蒼蘭のどちらかが命を落とす、と言う事だ。
そしてその予知に対する確固たる根拠が、大賢者からの『手土産』という形で現れた。決壊したダムの水のように、妖精淑女の顔から汗が湧き出てくる。否応無しに呼吸が荒くなるも、身体の代謝機能が追いつかない。
「マギナさんっ!!」
フラッシュバックと回想は、少女の叫びにより閉幕する。声を張り上げた蒼蘭の顔は、恐怖よりも『不安』と『心配』の色が僅かに上回っていた。
次の瞬間、異世界からの来客が空腹と興奮の余り咆哮を上げる。中庭に面していたガラスが次々に割れ、地上にいる蒼蘭と炎華は気圧されないように、尻餅をつかないように、踏ん張っているのがやっとだった。
(私は……何をやっているのかしら!)
マギナは両頬を腫れ上がらせる勢いで叩き、自分の目と心を覚醒させる。そして自身の魔力で生み出す使い魔-魔力生物-を、自身の周りに呼び寄せる。
ドラゴンの得意技、魔力を込めたブレス攻撃だ。
「皆、攻撃を防いで!!」
虹色の蝶が瞬く間に集い、主と少女達を守る防壁となる。
「これって確か……」
「渋谷であーしらを守ってくれたちょうちょ達だ!」
蒼蘭と炎華は、この効果に見覚えがあった。異邦の蟲使い-アラキーネ-が使った召喚魔法の余波から、虹色の蝶が極彩色のバリアとなって、自分達を助けてくれたのだ。
そう、
何故なら、虹色のバリアには次々にヒビが入っているからだ。バリアを構成する虹色の蝶も、
「くッッ……!!」
これ以上、ドラゴンの攻撃を真正面から受け止めるのは無謀だ。
(ならせめて、彼女達だけでも……!)
マギナは次なる一手として、より大きな蝶を魔力で生み出した。彼女の背中に生える妖精の羽と、同じくらい大きな蝶を。
「飛んで! それぞれ子供達を連れて、飛んで逃げて!」
マギナが叫んだ直後、ドラゴンのブレスによって、バリアが完全に破壊された。2人の少女の背中に張り付いた虹色の大蝶は、その衝撃で発生した爆風を利用して飛び立った。
(同じ方向に逃しちゃダメ……! より攻撃を躱せる確率を上げないと……!)
この場において最も避けるべき事は、全員がドラゴンに倒される事だ。そして、固まって逃げれば標的になりやすい。蒼蘭と炎華を別方向へ逃したのも、それを回避するためだ。強敵を、否、種族単位の『天敵』を前にしても尚、最善の道を瞬時に模索するマギナの判断力。『アゲハの大魔女』の肩書きは、決して羊頭狗肉でも過大評価でもない。
無論、
ブレス攻撃の余波で、少女を抱える蝶々は普段の様に飛ぶ事が出来なかった。背の低い蒼蘭の身体はまだ安定していたが、炎華を抱えていた蝶は衝撃波の影響が大きく、あまり高く飛べそうにない。
(なら、先に炎華お姉様を送り届けないと!)
魔力生物にマギナは魔力と命令を送り、炎華を抱える蝶の動きを加速させる。
「隙だらけだよ、大魔女さん?」
ラジエルの言葉に呼応するかの様に、
「何の! 空中戦なら望むところだわ!」
マギナは素早く飛び上がって竜の鉤爪を回避し、
「『光の短剣-カルンウェナン』!」
得意な光属性魔法で作り出し、空中に浮かべた何十本もの短剣を、雨霰の様に大賢者とその
「払い除けろ、
竜は主の命令に従い、大量に飛来する光の短剣を、剛腕の一薙ぎで退けた。
(私の魔法はあのドラゴンには効きづらいけど、狙いは別のところよ!)
マギナは大賢者達の出方を窺う。彼女がラジエル達を惹きつけている隙に、炎華は目的地の『中庭の向こう側』へと辿り着いた。ドラゴンを迂回する様に、中庭を低空飛行する形で、ラジエル達から目立たない様に移動していたのだ。ここで丁度、使い魔の魔力が尽き、炎華は地面へ飛び降りた。
「蒼蘭お姉様もすぐ送り届けるわ! だから、この中庭から出来るだけ離れて、そして聖お姉様を見つけ出して、炎華お姉様!」
「うん! ありがとう、マギナさん! セーラと一緒に、絶対にひじりんを助け」
炎華の声が、突如として遮られる。
中庭の地面が、炎華が踏み締めている箇所から、半径1m程の範囲が眩い光に包まれたからだ。
「あの光……まさか罠!?」
蝶に抱えられた蒼蘭は思わず叫び、マギナの使い魔を振り払って飛び降りようとする。
だが、時既に遅し。光が収まった時、炎華の身体は跡形も無く消えていたからだ。
「…………ッッ! 貴女だけでも逃げてッ!!」
マギナは使い魔に魔力を送り込み、極彩色の蝶は急上昇し、2階の割れた窓から蒼蘭を放り込んだ。
「ふむふむ、悪くない判断だね。他にも罠が設置されている危険性を見て、セイラを地上ではなく上階に移動させたか」
『運命因子』の逃亡先を眺めるラジエルの横顔を、カルンウェナンが掠めた。だが、ラジエルは僅かに顔を傾け、短剣の投擲を
「炎華……お姉様の事を、何処へやったの!?」
「おー、そんな怖い顔で睨まないでおくれよ。別に殺した訳じゃないさ。ただ、この館にある他の部屋に転移させただけ、安心してよ」
ラジエルが指を鳴らすと、地面から水晶の柱が4本出現した。その中の一つに、炎華の姿が映し出される。彼女は腰の辺りを摩りながら、床から立ち上がる。
『痛たた……思いっきし尻もちついちゃった……。てか、ここ何処よ? セーラは……良かった、巻き込まれてないっぽい』
水晶が映し出す映像は、ご丁寧に音声まで拾ってくれている。
「炎華お姉様、私の声は聞こえる!? 部屋の特徴とか、窓から見える景色とか、部屋の場所のヒントを頂戴!」
「あー、無駄無駄。こっちの声は向こう側には聞こえないの。映像もおんなじ、向こうからの一方通行」
水晶に向かって必死に叫ぶマギナを、ラジエルはケラケラと嘲笑った。大賢者を睨む妖精の顔は、魔女の卵達には決して見せない表情だ。
「何、人質のつもり!? 今すぐ解放しなさい!」
「酷いなぁ。人質が必要なほど、ボクは弱っちく見えるって言うのかい?」
ラジエルの『甚だ心外だ』と言わんばかりの声色は、
「さっきも少し言ったけど、これはボクなりに用意した礼節の証さ。この世界でも有数の魔法使い、『アゲハの大魔女』様に楽しんで頂けるよう、ちょっとした余興を用意したのさ」
ラジエルが再び指を鳴らすと、残りの水晶の内2本に、新たな魔女の姿が浮かび上がる。
「アディラ! 菊梨花!」
「キミが見繕った魔女の卵にも、この余興に参加して貰おうと思うんだ。ボクと、ボクの一番の愛弟子……『シスター14』ことショコラ・ヴァレンタインが催す余興にね!」
「どうして!? 何故彼女達を巻き込むの!?」
「いや、敵地に乗り込んだ時点で危険は承知の上だろう? ま、理由は他にも色々あるけど……メインの目的は2つかな?
1つ目はボクとショコラの力を見て欲しいんだ。ボクらの催し物を目にした時、果たして異世界の魔法使いはどんな反応を見せてくれるのかな? それって、非常に興味深いじゃないか! 何よりボクの自慢の愛弟子、彼女の力を存分に披露させたいのさ!」
無邪気さすら孕むラジエルの言葉が、魔の物による余興の開演を告げるベルと化した。
◆
(先程の光は、まさか『転移魔法』……?)
アディラと共に白百合邸裏口から突入した菊梨花は、自分が置かれた状況を冷静に分析する。先程まで行動を共にしていたアディラは居ない。つい先程まで彼女と共に、異邦の魔術師達相手に切った貼ったの大太刀周りをしていた所だ。アディラの作り出したゴーレムが悪魔達を薙ぎ倒し、菊梨花もまた己の魔法と愛刀で、魔術師達を次々に戦闘不能にしていった。
だが、用意した人員では歯が立たないと察したのか、或いは元から仕掛けた罠かは知る由もないが、先刻まで駆け抜けていた廊下から、この薄暗い部屋に転移させられたのだ。
『マギナ様が扱う"ワームホール"とは、恐らく別種の空間魔法……出入り口すら不要とは、敵ながら恐ろしい。いや、厳密に言えば、あの時に踏んだ魔法陣が出入り口に該当するのでしょうか……?』
菊梨花はここで一旦、転移魔法の考察を止めた。そもそも『空間魔法』それ自体が、今や使い手が殆どいない超希少な魔法だ。今頭を使うべきは、部屋の中にいる者達に対してだ。
「ほ、本当に来やがった!」
「だから言っただろ! 俺たちにも出番は必ず回って来るって!」
「全く……誰だよ、『大賢者様と聖女ショコラ様は敵を買い被り過ぎだ』とか言ってた野郎はよ?」
「わ、悪かったって! だから、あの御二方には黙っておいてくれ!」
暗い部屋の中でも、それなりに夜目が利く菊梨花は敵の数を捉えていた。人数は4人。菊梨花の来訪を受けて喋り出したのが3人、そして一切声を出さない、漆黒の甲冑に身を包んだ者が1人……。
(……いいえ。最後の1人は恐らく、人ならざる魔性の者ですね。身に纏う魔力と雰囲気が異質過ぎます)
最大限に警戒をしつつ、菊梨花は刀の柄を握りしめる。敵の魔術師達も彼女の殺気に気がつき、それぞれが持参したランプに火を灯した。
「へっへっへ……待ってたぜ、異世界の魔女!」
「おい、コイツ本当に魔女なのか? 持っている武器は確か『刀』って名前の、大昔に勇者が広めた剣なんだろ? あの小娘、魔術師じゃなくて剣士じゃねえか!?」
「落ち着けよ、大賢者様の情報に間違いは無い。何でも、物を硬くしたり柔らかくしたりする奇妙な魔法を使うらしい」
3人の男は、自分達と違う世界の魔法使いに興味津々の様で、品定めをする様な視線すら送っている。
「生憎ですが私は……私達は、同胞を助ける為にここへ来ました。早急にこの場を切り抜け、共に乗り込んだ仲間と合流させて頂きます。彼女達の事が心配ですし、何より時間が惜しいので」
抜刀した菊梨花は、刃と眼に鋭い光を宿らせながら魔術師達と対峙する。
「こっちも生憎だが、お嬢ちゃんの相手は俺たちじゃない」
「『シスター14からの贈り物』が、お前さんの相手って訳だ!」
内1人の言葉に呼応する様に、男達は自分達が手にした鎖を見せびらかした。その鎖が伸びる先は、異様な空気感を放つ、全長2m程の甲冑だった。より詳細に述べると、その鎖は漆黒の鎧を封印する様に巻き付いていた。
「俺たちの役目は、この『上級悪魔』が無闇に暴れない様にする事だったのさ!」
「そう、ここぞと言う場面で、侵入者にぶつける為にな! オラッ、獲物のお出ましだぜ、『
そう言うと男達は、手にした鎖に魔力を流す。すると鎖は砂の様に崩れ落ち、封印を解かれた上級悪魔-
「そんで俺たちのもう一つの役割は……」
「ああ……『巻き込まれない様に逃げる』事だ!」
「コイツ、聖女ショコラ様の言う事しか聞かねえもんなぁ! 巻き添えで挽肉になるのはごめんだぜ!」
魔術師達は背後の扉から廊下へと逃げ出した。菊梨花が扉から出る為には、目の前に鎮座する上級悪魔を討伐しなくてはならない。
「『甲冑を着た悪魔』とは中々に風変わりですが……私の敵ではありませんね!」
愛刀の『菊一文字』を手に、菊梨花は漆黒の鎧に突進する。防具を身につけた相手は、菊梨花の魔法とは相性最悪だ。甲冑の硬さを水飴程度に変えて、刀で斬りやすくする。ショッピングモールの時と同じ、謂わば彼女の必勝パターンだ。
鎧の化け物と聞いて、一瞬だけ『デュラハン』なるアンデッドが脳裏を過ったが、眼前の敵は幽霊の類ではなさそうだ。ちゃんと生きている。幽霊嫌いの副会長にとって、最大の懸念的は瞬時に解消された。
「御命、頂戴!」
鎧の悪魔が繰り出す、手甲と一体化した剣を用いた斬撃を躱しながら、菊梨花は敵の懐に飛び込んだ。剣を柔らかくしなかったのは、眼前の悪魔を最速で仕留め、他の仲間を助けに行くつもりだったからだ。故に、求められるは『最速且つ一撃必殺の太刀筋』だ。そして、菊梨花にはそれを実現できる腕前が備わっている。彼女の太刀筋は、菊一文字が漆黒の甲冑に吸い込まれる様な、鮮やかな代物だった。刃が悪魔の身体を捉える寸前、彼女は勝利を確信していた。
自分の刀が、
「……ッ!?」
反射的に帯刀少女は飛び退き、感じた手応えに強烈な違和感を覚える。だが、菊梨花は勇敢にも、『鎧の悪魔』に再度斬撃をお見舞いした。自分の魔法で
ガンッッ!!
鈍い音が部屋中に響き、刀が押し返された。二度も斬撃が通じない事実を前に、菊梨花は疑問を抱く。『何故、自分の魔法がこの鎧には通用しないのか?』と。それは当然且つ顕在な思考回路だ。
だが、タイミングが良くなかった。敵との至近距離で、思考を巡らすのは本来自殺行為だ。無論、菊梨花の魔法があれば、剣の攻撃も手甲による殴打も意味を成さない。彼女自身、無意識のうちにそう考えていた。そうした『先入観』は、往々にして人を危機に陥れる。菊梨花がそれに気がついたのは、
そう、鎧の腹部から、異形の頭が文字通り顔を出した瞬間だった。
「なッッッ!?」
流石の菊梨花も、これには仰天せざるを得なかった。血に飢え、下卑た表情を浮かべる異形は、瑞々しさが溢れる少女の腹部に牙を立てた。
「ぐぅッ…………!」
脇腹を食い千切られた少女剣士は、苦悶の表情を浮かべながらも、追撃を逃れるべく距離を取る。完全に不意を突かれたが、それでも半歩、反射的に身体を反らしていた。潜在意識による咄嗟の回避行動が無ければ今頃、
だが、弱った獲物を見逃すほど、上級悪魔は甘くない。左右合わせて2本、手甲と一体化した剣が、少女の身体を細切れにすべく襲いかかる。
(剣なら、私の魔法で柔らかく……!)
脳裏に考えが浮かんだ瞬間、菊梨花は行動に移していた。だが、魔法を行使した直後、1秒にも満たない時間で、彼女は次の行動に移っていた。即ち、後方への跳躍、回避行動だ。日頃の鍛錬で培われた反射神経と、並外れた『動体視力』の甲斐あって、彼女は再び己が命を拾う事が出来た。
剣が、柔らかくなっていなかった。硬さを保ったまま、菊梨花に襲いかかったのだ。
『何故?』という疑問は、最早湧かなかった。菊梨花の魔法の事は、彼女自身がよく知っている。『物体の硬さを自在に変える魔法』は、生物には通用しない。木材は柔らかく出来ても、生きている樹木を柔らかくする事は不可能なのだ。
「なるほど……
無論、悪魔と言葉を交わせる等とは考えていない。しかし、異形が浮かべた笑みは、彼女の仮説が正解である事を物語っていた。
だが、推察が当たっていたからといって、喜べるものではない。菊梨花の手元には今、ポーションが無い。転移直前の戦闘で、ウエストポーチが破壊されたからだ。回復手段が絶たれた状態で、自身の魔法が通じない『天敵』とも呼べる上級悪魔との戦闘を、彼女は余儀なくされてしまった。
後編は次の日曜日か、遅くとも6/26の金曜日には投稿予定です。後編に登場する強敵達との戦いも、是非見届けてくださいませ。