魔女学園のTS生徒〜被検体の俺は美少女の皮を着せられ、魔女学園(女子校)へ編入する事に〜   作:海神アリア

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前回、蒼蘭ちゃんは無事に白百合家の末妹、直ちゃんの救出に成功しましたが、まだまだ苦難は続きます。そして、今回も鬱要素というかシリアス要素があるので、ご承知おきください。


第3章24話 聖女の誘い、乙女の再誕

 ◆

 白百合邸の一室、様々な箱や袋詰めの品物が保管された部屋に連れ込まれた蒼蘭は、決して物音を立てない様に息を殺している。

 

「…………行ったみたいですね」

 

 ドア越しに廊下の物音を聞いていた(なお)が、少しホッとした表情で蒼蘭に向き直った。大きく息を吐いた後、蒼蘭も胸を撫で下ろす。

 

「また助けられちゃったね。本当にありがとう、直ちゃん」

 

 笑顔で礼を述べる蒼蘭に対して、またしても直は複雑な表情を浮かべた。

 

「お礼なんて、要りません。先輩を助けたのは、色々と聞きたい事があるからです」

 

「聞きたい事?」

 

「例えば、『中庭にいるドラゴンは一体何なのか?』とか……『どうして先輩が(うち)に居るのか?』、『先輩の()()()()は何なのか?』とか、挙げていけばキリがない程、聞きたい事は山積みです」

 

「あー……うん、直ちゃんが私を怪しむのは無理もない事だよね……」

 

 改めて自分の立場と服装について言及されると、蒼蘭としては返答しづらい。人様の家へ強引に押し入ったのは確かだし、オマケに露出度の高いシスター服を着て家宅侵入をやらかしているのだ。誰がどう見ても不審者である。

 

「まぁ、そこは一旦……一旦ですけど、傍に置いておきます。私が知りたいのは、もっと根本的な事…………『今、何が起こっているのか』という点です。

 

 正直に言うと、お母さんが招いた魔術師達は信用出来ません。彼ら彼女らに今の状況を聞いても、さっきみたいにはぐらかされるだけです。それに、失礼を承知で言わせて貰えば、()()()()()()()()()()()()()()()()ので」

 

 直の言い方は少し冷淡にも聞こえるが、状況を考えれば無理もない。自分の母が、姉を悪魔から救うために読んだ筈の人間達が、何やら騒ぎを起こしているのだから。具体的には中庭にドラゴンを呼び出し、それ以外にも家中で騒音を響かせているのだ。母が招いた魔術師達に対し、不信感を募らせるのは何ら不自然な事ではない。

 

 ならば現時点において、そんな胡散臭い魔法使い以外に誰が直へ真相を語ってくれるのか……? それは消去法で、彼女の眼前にいる怪しいコスプレイヤーしか存在しないのだ。露出度の高い聖女しか居ないのだ。客観的に見れば、直が置かれた状況も充分に理不尽な状況と言えるだろう。

 

(それにしても……)

 

 直は改めて、眼前の上級生を値踏みする様に見つめる。初対面の、自分の母に食ってかかった時の印象とはまるで別人だ。怪しい魔術師達から自分を庇おうとした時の凛々しい表情。格上相手との戦闘でも諦めず活路を見出し、自分達を助けてくれた時の懸命な表情。そして自分が治癒魔法で回復した時や追手をやり過ごした先刻、お礼を言う時に見せた無邪気な笑顔。お人形の様に整って可愛らしい顔立ちに加え、見事なまでにコロコロと変わる表情に、何処か惹かれる物を彼女は感じていた。

 

(多分、悪い人じゃないんだろうな)

 

 そう思ったからこそ、彼女は蒼蘭に頼りたいと考えたのだ。そんな後輩の思いが通じたのか、瑠璃海先輩は直の質問に答え始める。

 

「そうね……一言で言えば、聖や直ちゃんのお母さん……癒香さんは利用されているわ。この世界とは異なる世界の魔法使い、『大賢者ラジエル』と『聖女ショコラ』にね」

 

 蒼蘭の言葉に、直は唇を噛み締めた。何か裏がある事は薄々感じていたが、『母親が誰かに騙されている』と言われてしまうと、やはりショックだ。

 だが、『母を利用した黒幕』の存在が居ることは、直にとってある意味では救いだ。実のところ、下の姉の話をする時の癒香は、何処か強迫観念的な物に取り憑かれているみたいで、直は僅かに苦手意識があった。もし、母親の気が狂った原因が先祖代々の言い伝えによる重圧でなく、黒幕による外的な物ならば……。

 

(お母さんが少し変だったのは、お母さんの所為じゃない。もし、何もかもが解決したなら……きっと、お母さんもずっと『優しいお母さん』のままでいられるよね……?)

 

「直ちゃん?」

 

「へ?」

 

「大丈夫? なんか、『心ここに在らず』って感じだったけど?」

 

 蒼き聖女が、悩める少女へ心配そうな表情へ向けている。蒼蘭の端正な顔立ちも相まって、直の瞳には本物の聖女の様に映った。一瞬、ほんの一瞬だけ聖女の表情に目を奪われたが、白髪の少女は頭をブンブンと振ってそのフィルターを取り払う。

 

「い……いえ、大丈夫です! それで、その大賢者と聖女とやらは、お母さんとお姉ちゃんを何故利用したんですか!? 奴らの目的は!? お母さんとお姉ちゃんはどうなってしまうんですか!?」

 

 正気に戻った直は、矢継ぎ早に質問を投げかける。

 

「ごめん、私も全部を知っている訳じゃないの……。聖が狙われた理由についてはステラさん……マギナさんの助手が調べているわ」

 

「そうですか……」

 

 落胆の色を含んだ少女の声が、蒼蘭の胸に罪悪感の棘を刺す。書斎を出る前にステラから伝えられた『推測』を、話すべきか迷っていたのだ。しかし、まだ彼女の調べ物が完了していない以上、不用意に直の心境を害する事はしたくなかった。

 

 ならばこそ、蒼蘭は自分が成すべき事を成し遂げなくてはならない。

 

「大変な時に悪いんだけど、私からも質問良いかな? もし、直ちゃんが聖の居場所を知っているなら、教えて頂戴」

 

「聖お姉ちゃんの居場所……?」

 

「私は……私()は、聖を助けるために、この家に来たの。その為に今、炎華達が、皆が懸命に戦っているわ。私は聖だけじゃなくて、皆の想いに応えなきゃいけないの! 私は、聖を何がなんでも助けなきゃいけないの! だから、どうか教えて! 今、頼れるのは直ちゃんしか居ないの!」

 

 蒼蘭は直の肩を掴み、懇願に近い形で親友の居場所を尋ねた。年下の少女に縋り付く形になるが、今更恥も外聞もない。助けるべき友人も、共に助けに来た友人も、無事で居られるか否かは蒼蘭自身の行動に賭かっている。何より彼女は『大魔女マギナ』に託された身だ。

 蒼蘭の必死さが伝わったのか、暫しの静寂を経て、白髪の少女は口を開いた。

 

「…………聖お姉ちゃんは、地下室に居ます。お母さんがお姉ちゃんを、そこへ連れて行きました」

 

「その地下室には、どうすれば行ける?」

 

「この部屋を出て右に進んで、廊下の突き当たりにある階段が、地下まで繋がってます。階段を降り切ったら正面に進んで、一つ目の角を左に曲がれば地下室です」

 

「ありがとう! 私、絶対に聖の事を助けるから!」

 

 蒼蘭が踵を返して部屋を出ようとしたその時、彼女の足がふらついた。

 

「あ……れ……?」

 

 一瞬、身体が宙に投げ出され、直後に重量の影響を全身で実感した。

 

「先輩ッ!」

 

 倒れそうになる蒼蘭を、直は両手で受け止めた。相手が小柄な体格故に、年下の彼女でも背中を支える事が出来たのだ。

 

「ごめん、直ちゃん。私、急に力が抜けちゃって……。そうだ、魔力回復のポーションを飲めば……」

 

「待ってください。少し、先輩の脚を診せてください」

 

 そういうと、直は自分の手のひらで、スリットから露出した蒼蘭の太ももを摩った。

 

「さっきの戦闘、脚への負担が見た目以上だった様です。だから、ここで治癒魔法を重ねがけします」

 

 白髪の少女は目を瞑り、手のひらへ魔力を集中させる。

 

「『ホーリー・ヒーリング』」

 

 聖が扱う『ヒーリング』より上位の回復魔法、それを脚や下半身へ集中させ、蒼蘭の症状を改善させた。

 

「脚の感覚が……めっちゃ楽になってる! 凄いよ、直ちゃん!」

 

「それと、ポーションは温存した方が良いです。いざという時のために。それに魔力の譲渡・供給は、私達家族の専売特許ですから」

 

 そういうと、今度は蒼蘭の額に手のひらを当てて、

 

「我が身に宿る神秘の力よ、耗弱(こうじゃく)せし者の支えとなれ。『魔力譲渡(エーテル・ギフテッド)』!」

 

 詠唱と共に、自身の魔力を蒼蘭に分け与えた。

 魔力の消耗が激しい身体に、澄んだ泉の様な力が流れ込むのを蒼蘭は実感した。ポーションとは異なり、()()()()()()を身体に流し込まれる為、回復効率が段違い。身体にじんわりと活力が漲っているのがその証拠だ。

 

 そして蒼蘭は、この感覚を知っている。聖から魔力を譲渡された時と同じ感触だ。友人との繋がりを改めて実感しつつ、小さな治癒魔術師に尋ねる。

 

「本当に、ここまでして貰って良いの……?」

 

「……疲れている人や怪我している人を見捨てるなんて、それこそ治癒魔術師としてダメじゃないですか。何より先輩は……お姉ちゃんの友達なんでしょ?」

 

 容姿や扱う魔法だけでなく、直の心遣いに対しても、蒼蘭は親友の面影を感じたのだった。

 

「うん……聖は私にとって、初めて出来た『魔女のお友達』よ。彼女のお陰で、私は初めてだらけの魔法の世界を歩く事が出来たわ。だから、私は聖の事を、絶対に助けたい。助けなきゃ、いけないの」

 

 半分は己に向けた決意として、もう半分は直を安心させる言葉として、蒼蘭はハッキリと口に出した。『有言実行』と言う物がどれほど難しい事か、蒼蘭、否、()は18年の人生で少なからず知っている。だが、聖と直の為にも、今この場に於いては口に出すべきだと自分の直感が告げていた。

 

「だったら……だったら、お母さんの事も助けてください!」

 

 直は聖女の手を掴み、今度は自分が懇願する立場となる。縋られた聖女の脳裏には、この家の主との、最悪な初対面の記憶が蘇った。

 

(落ち着け……直ちゃんだって、お母さんの事が心配なんだ。聖に対しては最悪な母親だけど、直ちゃんにとっては、きっとそこまで悪い母親じゃないんだ……)

 

 無意識のうちに、蒼蘭は爪が食い込むくらい強く、拳を握っていた。『兄弟姉妹間の差』という物には、蒼蘭自身も覚えがある。何かにつけて優秀な姉と比べてくる周囲の皆様のお陰で、惺の中には強烈な忌避感と共に刻み込まれていた。

 

「ここの部屋……保管場所なんです。聖お姉ちゃんの、誕生日プレゼントや、クリスマスプレゼントの」

 

「は……?」

 

 突如として告げられた真実に、蒼蘭は思わず呆気に取られた声を漏らす。

 

「聖お姉ちゃんが、取り憑かれた悪魔から解放されて戻って来たら、今までお祝い出来なかった分、毎年買って取っておいたプレゼントを渡しながら、お祝いするってお母さんが言ってました。そのお祝い、ずっとお母さんは楽しみにしていたんです。だから、聖お姉ちゃんだけじゃなくて、お母さんの事も助けてください!」

 

 蒼蘭は、一番近くにあったプレゼントの箱を慎重に持ち上げる。

 

『聖へ

 8歳のお誕生日(たんびょうび)、おめでとう!』

 

 包装された箱に付属したメッセージカードには、母親からの祝いの言葉が綴られていた。

 

「はぁぁぁ………………」

 

 体内に溜まったマイナスの感情を全て吐き出すべく、蒼蘭は敢えて物凄く大きな溜息をついた。

 

「分かった……。聖を助けるついでに癒香さんも連れ戻して、そんでキミのお母さんには、直ちゃんと聖に謝らせるよ。娘に心配をかけるダメな母親を、ちゃんと叱ってあげるんだよ?」

 

 部屋中のプレゼントが、癒香がどれだけ不器用な母親かを物語っている。故に、こうして冗談めかした物言いをしないと、呆れの余り助ける気が失せそうで怖かったのだ。

 

「ありがとうございます、瑠璃海先輩!」

 

「まぁ、あまり過度な期待はせずに待っててくれると有難いわ。それじゃ、私は地下室に行ってくるね」

 

「待ってください、私も!」

 

「それはダメ」

 

 蒼の聖女は表情を急激に引き締め、動向を申し出た少女を嗜める。

 

「敵がまだ歩き回っているかもしれないし、貴女を上級悪魔との戦闘に巻き込む訳にはいかないわ。危険だもの。何より、直ちゃんに何かあったら、聖が悲しむわ。この家の間取りについては直ちゃんの方が詳しいでしょ? なら、事が終わるまで何処かに隠れてて!」

 

「わ、分かりました」

 

「分かってくれて、ありがとう。それじゃ、今度こそ行ってくるね」

 

 蒼蘭は部屋を出て、教わった道順で地下室を目指す。階段を降りる頃には、癒香への呆れは薄れ、『聖と直の為に』という決意が改めて芽生え始めていた。

 

 ◆

(白百合邸地下室にて)

 

「どうして……どうしてこんな事に……」

 

 譫言(うわごと)の様に呟きながら、癒香は自らが依頼をした悪魔祓い(エクソシスト)、シスター14こと聖女ショコラへと歩み寄る。

 

「何故ですか、シスター14! 聖に取り憑いた悪魔が、完全に表面化しているではないですか!? 貴女はどうして、私の娘を奪った悪魔に、力を与える様な事をしたのですか!?」

 

「何故も何も……これが『彼女本来の姿』だからですが?」

 

「ふざけないで!」

 

 怒りを携えた眼差しで、癒香はショコラを睨み付ける。だが、10代半ばと思しき聖女は歯牙にもかけない様子だ。

 

「何を言ってるの……お母さん?」

 

 今ひとつ状況を飲み込みきれない聖が、母親を宥めようと歩み寄る。

 

「……ッ! 近づかないでッ!」

 

 母に差し伸べられた娘の手は、パシンッ、という音と共に払い除けられた。

 

「お母……さん?」

 

「この期に及んで、まだ娘に成り代わろうと言うの!? この悪魔!!」

 

 聖へ向けられた視線は、凡そ母親が娘に向けるそれではなかった。目には涙を湛え、宛ら肉親の仇を見る様な代物だった。

 

「分かっていたつもりでしたが……()()()()()()()()()のですね」

 

 白百合親子の様子を見たシスター14は、心底失望した表情で癒香を見つめた。

 

「……何よ、なら貴女は、何を知っていると言うの!?」

 

「敢えて言うなら、()()()()でしょうか?」

 

 そう言うと、聖女ショコラはゆったりとした足取りで聖にの元へ近づいた。瞳には、聖に対しての憐憫と慈しみを携えて。

 

「私にはヒジリの、彼女の気持ちが痛いほどに分かります。私も、()()()()()()大人達から、理不尽な言葉を浴びせられて来ましたから。『お前は不幸をもたらす血筋の娘』、『お前が村に悪魔を呼び寄せた』、『人でなしの悪魔の手先め』等々、例を挙げればキリがありません。そういう意味では、私とヒジリは同類……同じ『傷』を持つ者同士という訳です」

 

「同じ傷……?」

 

 ショコラの言葉を反芻する様に、聖は呟いた。半ば無意識の行動だったが、ショコラはそれを聞き逃さなかった。聖に対してショコラが浮かべた微笑みは、まるで旧知の友へ向ける物の様だった。

 

「幼き日の私は、自分の意思で誰かを不幸にした事など無かったというのに……大人達は信じてくれませんでした。それに忌まわしき村娘に与えられたのは、言葉だけではありません。悪魔祓いと称してナイフで皮膚を削がれ、腕に木の杭を刺された事もありましたね」

 

 自らの過去を嘲笑うかの様かな、哀しき笑みを聖女は浮かべていた。そして表情とは裏腹に、ショコラは自身の左腕を右手で力一杯握り締めている。握り潰してしまいそうな程に力を込めているのは、当時味わった痛み故か、或いは彼女を傷つけた村の大人達への怨嗟故かは分からない。

 

「何故、私がこの様な仕打ちを受けたのか……我が師、『大賢者ラジエル』と出会った事で分かりました。奴らは私の出自や体質といった、表面上の事柄しか見ていなかったのですよ。だから、私の中に在る意思や感情を無視した、あの様な残虐な行動が取れるのです。

 

 ヒジリ、貴女にも覚えがあるでしょう?」

 

 そう言いながら、シスター14は自身の影に潜む者を呼び寄せた。悍ましい魔力が滲み出る聖女の手足、悪魔を捕食する漆黒のスライムを。

 

「無理解な大人と言うのは、どの時代にも、どの国にも、どの世界にもいるものです。私は、それをよく知っています。そして当然、無知なる者から受ける仕打ちの辛さも、ヒジリが味わった苦しみも、身に染みて理解しています。何せ私は『悪魔憑き』、ある意味ではヒジリの同類なのですから」

 

 そう言いながら、ショコラはスライムの中に自らの手を入れ、『悪魔の手』と化した自分の手を抜き取った。赤黒い皮膚に鋭利な爪、異形の手を目にした癒香は息を飲み、その反応を受けて聖女は溜息を吐く。

 

「『肝要なのは力の出自ではなく、その力で何を成すか』、これが我が師である大賢者様の教えです。例え闇の力を持って生まれたとして、その力を用いて他者を助けたのなら……具体的には幼き友を蛇の毒から救い出したとしたら、彼女の善行は否定され得る事なのでしょうか?」

 

 ショコラの言葉に、母と娘は少なからず衝撃を受けた。彼女は、聖が5歳の頃に遠足で行った人助けについて話しているのだ。

 そう、()()()()()()()()()()を、異邦の聖女は肯定したのである。

 

 サキュバスの姿となった聖を、慈しみ溢れる表情で優しく抱きしめた。

 

「大丈夫、私は貴女の味方です。私は、貴女が抱える苦しみを、悩みを、共に分かち合うつもりで来たのです」

 

「ショコラ……さん?」

 

「私の事は呼び捨てで構いません。出来れば、親しみを込めて『シスター14』とお呼び下さいな。それに私達は同じ苦しみを持つ者同士、誰よりも仲良くなれるとは思いませんか?」

 

「でも、私は……私、何が何だか分からなくて……。私は、何処にでも居る平凡な魔女で、治癒魔法の才能は彩月お姉ちゃんや直より無くて、魔力を上手く渡せない白百合家の落ちこぼれで…………

 

 私はそんなありふれた…………ありふれた()()だった筈です! なのに、自分の身体が……これじゃ、本当に悪魔じゃないですか……」

 

「確かに、貴女の身体には悪魔の力が宿っています。でも、貴女は貴女。()()()()()()()()()ずっと存在していました。貴女は誰かに取り憑かれた訳ではない。貴女の人生は、ヒジリ本人が今まで歩んで来ました。だからこそ、貴女は自分の力を友達の為に使う事が出来た。違いますか?」

 

「それは……」

 

 シスター14の、大賢者ラジエルの仲間の言葉に耳を傾けるのは危険だ。聖の理性は、確かにそう告げている。だが、シスター14は、聖の存在を認めている。例えその身が他者とは異なる、悪魔の力を宿した身体であっても、聖は他の誰でもない聖本人なのだと言っているのだ。

 そして、それは何よりも聖が欲していた言葉であり、本来なら異邦の聖女ではなく、実の母親がかけるべき言葉だった。

 

「私は、ずっと認めて欲しかった……。だって、私はずっと目の前に居たのに、お母さんは私の事……見てくれなくて……」

 

 聖女に抱きしめてられた聖は、彼女の胸の中で涙を流す。

 

「ずっと、悲しくて、寂しくて、辛くて……私、どうすれば良いですか? どうすれば、この悲しい気持ちを取り除けますか?」

 

「大丈夫です。元々今回の儀式は、貴女が生まれ変わる為の儀式なのですから。貴女は今日から、新しい自分に生まれ変わるのです。自分の力を自覚した貴女は、自分が正しいと思う使い道を選んで良いのですよ」

 

「そ、そんな事……いきなり言われても、具体的にどうしたら良いのかピンと来なくて……」

 

「ならまずは、『感情に委ねる』事から始めましょう。見たところ、貴女は自分の気持ちを抑え過ぎるタイプの人間です。我慢や平静は美徳ではありますが、自分の気持ちに正直になるのが、生まれ変わる第一歩です。

 

 なので、ほんの少しだけ、私が背中を押しましょう。儀式の為に、髪の毛を少々頂きますね」

 

 そう言うと、シスター14は鋭利な爪を用いて、聖の髪を数本、先端部分だけ切り、自身が従える影のスライムに取り込ませた。

 

「でも、この身体……悪魔になった私を蒼蘭ちゃん達が見たら、もし蒼蘭ちゃんや炎華ちゃんに嫌われたら……私、怖いです……」

 

「安心してください。少なくとも、私はヒジリを嫌いになったりしません。私は、貴女のそばに居ますよ」

 

 聖が、異邦の聖女へ心を開きつつある様を、癒香は呆然と見つめていた。側から見たら、余りに異様な光景だ。侵略を企てる異世界人が、何故此処までこの世界の者に心を砕くのか? 

 

(彼女の目的は、聖に取り憑いたサキュバス……? でも、代々伝わる書物には、『サキュバスは異世界の悪魔』と書かれていた筈……。何が何だか分からない……分からないけれど、このままではダメよ!)

 

 経緯はどうであれ、自分は異世界人を招き入れてしまった。ならば、その責任を果たさねばならない。異邦の聖女は自らが止めなくては、その思いでショコラへと駆け寄った。

 

「聖女ショコラ! 貴女の思い通りにはさせない! 貴女の目的が、聖の中に居るサキュバスの『リリス』だと言うのなら、私は白百合家の当主として、貴女を阻止するわ!」

 

 癒香が手にしているのは、杖型の魔術道具だ。杖に込められた攻撃魔法を、彼女の膨大な魔力を用いて、至近距離で炸裂させる。回避も防御もさせない、確実に仕留める為の一手だ。

 そして、それはあらゆる意味で『最善』とは程遠い選択だった。癒香がもう少し冷静だったなら、自分の娘の瞳が、妖しげな真紅の光を灯す様を見逃さなかった筈だ。

 

 瞬間、癒香の動きは止まった。止められた。

 聖の手刀が、腹部を貫いたからだ。

 

「あ…………」

 

 腹部と口から血が吹き出し、地下室の床を赤く染める。

 

「いけませんね、いけませんよ。貴女、人の話を聞いていましたか? 私は元より、貴女達が言い伝えて来た『悪魔』に興味などありません。

 

 そもそも、貴方の娘は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え…………?」

 

 受け入れ難い真相が、異邦の聖女から告げられる。

 

「何を言って……だって、私達の御先祖様はずっと……」

 

「その『言い伝え』が、そもそも誤りだったのですよ。よもや、それに気が付かないとは……」

 

 足元から力が抜け、癒香は膝をつく。そんな彼女を、瞳に涙を浮かべながら見下ろす者がいた。

 

「そうだよ、お母さん。見た目はちょっと……どころじゃなくて、だいぶ変わっちゃったけど、私はずっとお母さんの娘だった。少なくとも私は、そのつもりだったよ……? 

 

 なのに、どうして『私』を見てくれなかったの? お母さんは、目の前の私より、御先祖様の書いた本の方が大事だったの……?」

 

 癒香は、自分の中で様々なものが揺らいでいた。先祖代々から伝わる書物、その内容とはかけ離れた娘の主張。そして、今こうして悲しみの涙を流す我が子。

 

(もしかして……本当に私の娘は、悪魔に憑依された訳ではないの……?)

 

 癒香の中の『知識』を始め、培ってきた教えや価値観が揺らいでいる。だが、余りにも遅かった。手遅れだった。

 

「私はいつか、普通の家族になれると思ってた……。蒼蘭ちゃんと沙織さんみたいに、仲の良い家族になりたかった! 沙織さんは、課外授業で蒼蘭ちゃんを異世界人から助けたし、バイト先のメイド喫茶へ遊びに来てた! 蒼蘭ちゃんだって、沙織さんを守る為に課外授業で戦ったし、沙織さんがお客さんとして来てくれた時、何だかんだ満更でも無さそうだった!」

 

 娘の言葉が、癒香の心臓へ杭の様に突き刺さる。そのまま聖に首を掴まれ、身体を壁に押し付けられた。

 

「カハッ……ゲホッ……」

 

 背中の痛みと衝撃で再度血を吐いた母を、娘は真紅の眼で見据えていた。

 

「私も……そんな家族に、いつかなれるって思ってたのに……信じてたのに……」

 

 聖の表情と言葉を前に、癒香の心はは大きく揺らいだ。

 

(聖……貴女が、他の何者でもなく、本当に私の娘だというのなら……私は、私は!)

 

 娘を抱きしめ、謝罪をせねばならない。10年近く避けていた、聖本人を見ていなかった。決して赦される事ではないが、かといって何もしない理由にはならない。行動に移すなら、今すぐに移さねばならない。

 

 だが、母親の想いは届かない。首を掴まれ、声が出せない。精神が大きく動揺している今、治癒魔法も使えない。そして、このままでは出血多量で死に至る。それでも足掻こうとする癒香の姿をみて、聖女ショコラは侮蔑の表情を浮かべる。

 

「いけませんね、いけませんよ。何故今更、『ヒジリの母親に戻れる』などという妄想を抱けるのでしょうか?」

 

「貴女、聖に何を……」

 

 腹部と口から血を吐きながら、掠れた声で癒香は聖女に問う。

 

「大した事はしていません。洗脳や催眠といった、心を操る行為はしていません。ただ、彼女の感情を雁字搦めに抑え込んでいた理性の鎖を、ほんの少しだけ緩めただけです。

 

 さぁ、一体娘は、貴女にどれだけの恨みを抱いているのでしょうね?」

 

 聖が拳を握り締める。積年の悲しみと辛さを、ここで晴らす為に。娘の瞳に浮かぶ涙を見て、癒香は己の行動と、差し迫る『運命』を呪った。

 

 が、その拳が振るわれる事はなかった。

 バァン、という金属音と共に、地下室の扉が吹っ飛ばされたからだ。

 

 そして、息を切らしながら入室するのは、シスター服に身を包む青髪の少女だ。

 

「見つけたわ……聖女ショコラ! 聖を……私の大切な友達を返せ!」

 

 真っ先に己の視界に入った異邦の聖女を睨みながら、蒼蘭は勇敢にも啖呵を切ってみせた。

 

「いけませんね、いけませんよ。今はヒジリが生まれ変わる為の、大事な儀式の最中なのですから。それを邪魔するのは頂けませんね」

 

「何が『儀式』よ! 私は、聖を取り返しに来たのよ! そっちこそ、邪魔をするつもりならやっつけて……」

 

「蒼蘭…………ちゃん?」

 

 蒼の聖女は、声のした方へ顔を向け、言葉を失った。全身の血流が止まり、感覚が無くなったかの様な衝撃を受けた。

 何故なら、自分を『蒼蘭ちゃん』と呼ぶ、親友の面影を色濃く残した悪魔(サキュバス)が、白髪(はくはつ)の女性を殺しかけている現場へ、最悪のタイミングで居合わせてしまったからだ。

 

 片や、自分が誰かを傷つけている所を、大切な人に目撃された事への動揺。片や、大切な友達の変わり果てた姿と、成そうとしている行動への衝撃。

 

 2人の少女は、互いに次の言葉が見つからなかった。




蒼蘭ちゃんと聖ちゃん、暫くぶりの再会です。
果たして、変わり果てた親友を前に、蒼蘭ちゃんは己の成すべき事を、『聖の救出』を達成出来るのか…。

来週までには次話を投稿する予定ですので、一先ずは彼女らの再会を、皆様だけでも祝ってください。

そして、本編がこんな大変な状況で言うのも何ですが、明日の7/13は聖ちゃんの誕生日です! 折角ですので、是非とも聖ちゃんの誕生日パーティ回、『第3章12話 サプライズはお仕事の後で』を読みながら、聖ちゃんの誕生祝いをしてください!

あ、蒼蘭ちゃんへの応援コメントや聖ちゃんへの誕生祝いコメントなどありましたら、気軽に聞かせてください。(本編がこんな大変な状況で言うのも何ですが[2回目])

【7/19:追記】今晩の19:00、最新話投稿します!
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