魔女学園のTS生徒〜被検体の俺は美少女の皮を着せられ、魔女学園(女子校)へ編入する事に〜   作:海神アリア

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さて、ここからが聖救出作戦の本番です。彼女を助け出して『学園に帰るまで』が、蒼蘭達に課せられた任務、もとい『試練』なのです。


第3章29話 舌戦、蒼石の魔女vs聖女ショコラ

 ◆

(有り得ない、有り得ない、有り得ない! 有ってはならない、有ってはならない! この様な結末、認める訳にはいかない!)

 

 聖女ショコラは、聖の取った『選択』を受け入れる事が出来ずにいた。そのせいで、自身の内に渦巻く感情が、彼女の魔力を迸らせている。

 

「セイラ・ルリウミ、貴女は自分のした事が、どれだけ愚かな事か理解しているのですか!? 貴女は、ヒジリの苦しみを、憎しみを否定した! 復讐を妨げるとは、そういう事なのですよ!?」

 

 剥き出しの憤りをぶつけられ、蒼蘭は多少なりとも気圧される。だが、それ以上に、蒼蘭は『意外』だと感じたのだ。

 

「私は、確かに聖の復讐を止めた。でも、その前に聞かせて。貴女は、聖の事を利用していたんじゃないの? 私を、『運命因子』を手に入れる為に、貴女達は私の友達を利用した……それだけの話でしょう? なのに……シスター14、どうして貴女はそこまで怒っているの?」

 

「『利用』ですか…………貴女には、その様に見えたのですね」

 

 ショコラから溢れ出す怒りの感情が、僅かに和らいだ。

 

「確かに、私は女神セフィリア様の為、そして我が師の為に貴女の確保を画策しました。ですが、ヒジリを救いたい気持ちに、嘘偽りはありません。……いえ、ヒジリだけでなく、救える子供達は救いたいと願っています。尤も、貴女に理解して貰えるとは思っていません」

 

 ショコラの声色には怒りだけでなく、自嘲、そして理解して貰えない事への悲しみが入り混じっていた。

 

「セイラ・ルリウミ、貴女は悪魔憑きでもなければ、悪魔の血族でもない。ましてや、この世界における魔法の慣習や、自身の力に対する不理解に苛まれた事など無いでしょう?」

 

「『決め付けないで』と言いたい所だけど、確かに私には、そういう経験は無いわ」

 

「ええ、そうでしょう。喫茶店で初めて貴女とお会いした時、魔法を披露する貴女の表情からは希(・)望(・)し(・)か(・)感じられませんでした。魔法がとても素晴らしい代物だと信じて疑わない、まるで魔法を覚えたての子供の様でした。勿論、その感情自体を否定するつもりは有りませんが……貴女は魔法が齎す『闇』の部分を知らな過ぎる。そう言った人種にはね……到底理解出来ない事もあるのですよ……!」

 

 ショコラから発せられる怒りの感情が、段々と強まっていく。

 

「さぁ、私の質問にも答えて頂きましょう。貴女は何故、ヒジリの苦しみを否定したのですか!?」

 

 その質問に、蒼蘭は聖女の瞳を見つめながら答える。

 

「私は、聖の苦しみも、悲しみも否定するつもりは無いし、ましてや『復讐は何も生み出さない』なんて綺麗事を言うつもりもないわ。だって実の母親から、ずっと自分自身を見て貰えずにいたのよ? 私個人としては、『そんな扱いに聖はよく我慢できたな』って思っちゃったわ。

 けれど、仮に後になって後悔や罪悪感に苛まれるなら……そんな復讐を、大切な友達にさせたくないわ。聖は優しい子だから、もしかしたら……ううん、きっと『お母さんを殺した』という事実に押し潰されてしまうと思ったの」

 

「それは、貴女の勝手な妄想では無いのですか? 『自分の友人は優しくあるべき、復讐を望まない存在であるべき』だという、価値観の押し付けではないと言いきれるのですか?」

 

 ショコラからの追及に、蒼蘭は一瞬だけ、迷いを見せる様に目を逸らす。

 

「私の願望が混ざってない……といったら、嘘になるわ。でもショコラ、貴女だって見たでしょう? 聖は、貴女が手渡した棍棒を使わなかった。復讐に迷いがあるなら、取り返しのつかない未来は選ぶべきじゃない。何より私は……聖の悲しむ顔を見たくない!」

 

「『迷い』ですか。その『迷い』をヒジリに植え付けたのは、他ならぬセイラではないのですか!? 何の事情も知らない人間の、浅はか極まりない妄言の所為で!」

 

「事情も知らない、2ヶ月程度の付き合いしかない人間の言葉で迷いが生じるのなら、そんな復讐はするべきじゃない。それに、本当に母親を恨んでいる人間が、『いつか家族と仲良く暮らせますように』なんて願いを抱く筈がないわ」

 

「貴女は何処までも……私達の苦しみを否定するのですか!?」

 

「……そういう貴女こそ、聖の『優しさ』を否定しているんじゃないかしら?」

 

「なっ……!?」

 

 今度は目を逸らさず、最初より遥かに強い意思を持って、蒼蘭は聖女の瞳を見つめ返す。

 

「悪魔憑きの苦しみも、悪魔の子孫が持つ悩みも私には分からない。けど、私は聖の優しさを知っている。聖は転校初日から話しかけてくれたし、魔力を使い果たした私を治癒してくれた。渋谷の街を案内してくれたり、課外授業ではお姉ちゃんを助けるのに協力してくれた。

 ううん、優しさだけじゃなくて、聖は嬉しい時には笑うし、悲しい時には涙を流す、普通の女の子。そんな子に、下手をすれば一生残る後悔を刻みたくない。勿論それは私の願望だけど……シスター14、憎しみだけを肯定する貴女も、私とさほど変わらないんじゃないかしら?」

 

 聖女ショコラは半歩、後ろによろめいた。自分の行動を否定されたショックと、『単なる綺麗事』に収まらない蒼蘭の言い分に対し一目置く気持ち、それでも尚収まらない怒りがごちゃ混ぜとなり、聖女の息を荒げた。

 

「違う……私は、ヒジリを否定などしていない……。ヒジリは私と同じ……あ(・)の(・)時(・)の(・)私(・)なのです……。だから、彼女が本当に幸せを掴むなら……過去の苦しみから完全に脱するには……私が示した方法が最善な筈…………!」

 

「……だったら、もう一つ聞かせて。白百合家の家伝が書き換えられていた事、貴女は知っていたのよね? 『知っていて黙っていた』のなら、改ざんした張本人と対して変わらないんじゃないの!?」

 

「甚だ心外ですね……あの程度の改ざん、初めて書物を見た『余所者』の私ですら気付けましたよ。この家は、それなりに名の売れた魔術師の家系なのでしょう? なら、見抜けなかったシラユリ家の者達の責任です。魔法の研鑽を怠り、誤った『知識』を正さなかった、その結果故にヒジリは苦しんでいたのですよ!」

 

 再びショコラの身体から、彼女の感情と連動する様に膨大な量の魔力が迸る。

 

「待つんだ、ショコラ。そ(・)れ(・)はあくまでも最終手段だ。キミはまだ、その力を完全に使いこなせていない」

 

 大賢者ラジエルが愛弟子を制止させ、

 

「……ッ!? も、申し訳ございません、ラジエル様!」

 

 聖女も師の言葉に従った。愛弟子が自身の魔力を抑えるのを見届け、大賢者は改めて蒼蘭に向き直る。

 

「中々に興味深い問答だったよ、セイラ・ルリウミ。どうやらキミにはキミなりの考えや想いを持って、この家に乗り込んだみたいだ。主義主張への共感云々は別にして、『自分なりの考えで行動した』という点については敬意を表そうじゃないか」

 

 断罪劇に口を挟んだ際の白々しい態度とは打って変わり、真剣な表情で青髪の少女を見つめている。宛ら、贋作と真作で態度を変える美術品収集家(アートコレクター)の様だ。

 

「いや、主張だけではないな。ボク自身、キミの存在そのものに興味を持っている。ボク達を欺き、その為に大胆にも自傷行為に出て、そして時魔法でホノカを助け出した……キミの行動は、確かにボクの想定を超えていたよ。一度だけじゃなく、一晩の内に何度もね」

 

「……それはどうも。まさか、敵である異世界人から褒められるなんて思ってもいなかったわ」

 

 そう言いつつも、大賢者からの思いがけぬ品評には蒼蘭も内心で大いに戸惑っている。

 

(普通、この状況で敵を褒めたりするか? こっちの油断を誘う為か……それとも単なる余裕か……?)

 

 蒼蘭は一旦、考えを止めた。ラジエルの実力を考えれば後者である可能性が高く、それは只々彼我の能力差を思い知らされるだけになるからだ。

 

「ボクだって、伊達や酔狂で『大賢者』を名乗っている訳じゃないんだぜ? 価値のある存在には、相応の敬意を払うさ。けどね……悲しい事に、キミがこれだけの努力を重ねても尚、ボクが見た未来は変わっていないのさ。だから、キミの行動は全てが無駄だったんだよ……」

 

 ラジエルは徐にハンカチを取り出し、目元を拭う真似をし……

 

「……何て考えるのは、三流の発想だよね」

 

 不敵な眼差しで蒼蘭を見つめ直す。射抜かれる様な視線を前に、蒼蘭は背筋を流れる汗の感触を自覚した。芝居掛かった大仰な振る舞いをしたかと思えば、途端に冷静な思考が垣間見える。そんなラジエルの二面性を前にして、蒼蘭は相手のペースに飲まれないように気を張った。

 

「なぁ……キミは一体、何(・)処(・)ま(・)で(・)の(・)未(・)来(・)を(・)変(・)え(・)ら(・)れ(・)る(・)んだい? まさかとは思うが……ボクが見た運命すら覆そうというのかな?」

 

「……少なくとも、私は聖を連れ戻すつもりで此処に来たわ。端(はな)から貴女達に捕まる気なら、皆を巻き込んだりしないし、聖を助ける為に小細工を労する必要なんか無いわよね?」

 

 大賢者からの問いに、蒼蘭は虚勢混じりに返答する。見習い魔女の自分がラジエルを倒せる可能性など、万に一つもない事は百も承知だ。しかし、そもそも悪魔騒動の首謀者が待ち構えているのを承知で乗り込んだのだ。未熟者なりの勇気と覚悟を持って、友達を助けに来たのだ。それも、多くの人の力を借りて。ならば、せめて最後まで成し遂げる事こそ、力を貸してくれた人達への返礼であり、自分が貫くべき意地である筈だと、蒼蘭は確信している。

 

 そして、そんな蒼蘭の表情を見て、ラジエルは何処か嬉しそうに口角を上げる。

 

「それが、キミなりの覚悟……いや、『勇気』ってヤツかな? なら、少し試させて貰おうじゃないか!」

 

 ラジエルが頭上に手のひらをかざすと、地鳴りの様な音が大聖堂中に響き渡る。次の瞬間、天井が徐々に空へ向かって移動していった。

 

「まさか、地下室の天井をくり抜く気!?」

 

「派手に壊すと、瓦礫が落ちてくるからね。流石に瓦礫で死なれたら味気ないだろ?」

 

 宛らUFOにでも連れ去られるかの様に、円形にくり抜かれた天井が宙へと舞っていく。そして、厳かな空間へ、巨大な影が差し込んだ。その正体に、蒼蘭の思考が一瞬だけ硬直する。

 

「アイツは……中庭のドラゴン!?」

 

 炎華が叫んだ通り、彼女達は『妖精の竜(フェアリードラグーン)』と早過ぎる再会を果たした。あろう事か、大聖堂の真上が白百合邸の中庭だったのだ。そして中庭では大賢者のペットが、ご主人様の言い付け通りに待機していたのである。

 

「ボク達が知る英雄譚でも、キミ達の世界の物語でも……人間の勇気を試し、英雄の資質を見極める存在と言えば、やはりドラゴンを置いて他に居ないだろ?」

 

 大賢者が不敵に笑うと、呼応する様に『妖精の竜(フェアリードラグーン)』が咆哮を上げる。僅かに溢れ落ちて床に鎮座していた天井の破片が、音響によって宙を舞い、粉々に崩れて吹き飛ばされる。

 

(この音量……!! フウカの音魔法の比じゃないわ……!!)

 

 悪魔討伐に邁進していたアディラも、初めて相対するドラゴンの強大さには二重の意味で衝撃を受けている。

 

(あれは……本物のドラゴンなの……? あんなの、勝てるわけないよ……)

 

 地下室に閉じ込められ、外部の様子を全く知らなかった聖は、突然現れた強力な魔物に萎縮して、蒼蘭の腕をギュッと掴んだ。だが、相手の巨躯とその身に携えた魔力を考えれば無理もない話だ。蒼蘭も炎華も、少なからず圧倒された相手なのだから。

 

「さて……断罪劇が思わぬ結末を迎えた以上、仕切り直しとさせて頂こうか。力尽くでもキミ達全員を、アイン・ソフィア王国へ連れ帰ろうじゃないか!」

 

 大賢者の宣言に、上空で羽ばたくドラゴンだけでなく、大聖堂内にいた魔術師と正教騎士が臨戦態勢を取る。

 

「ボクはセイラを相手取る。ショコラ達は他の物達を頼んだよ」

 

 大賢者の命令に、魔術師達は戸惑いを見せた。

 

「ガキ1人を相手にドラゴンって……幾ら何でも過剰戦力でしょ?」

 

「流石に買い被り過ぎじゃないですかい? 何だったら俺たちが……」

 

「言葉を慎み給え」

 

 口を挟んだ部下達だが、ラジエルの言葉と共に放たれる視線と魔力の圧により、忽ち静まり返る。

 

「先程も言っただろう? セイラの存在が、ボク達の計画を掻き乱している以上、彼女を最も警戒すべきだ。それに……」

 

 ラジエルは蒼蘭に視線を移し、彼女と交わした問答を思い返す。ラジエルは不思議と、蒼蘭の事が気に入っていたのだ。だが、その理由はラジエル自身にも計りかねている。少なくとも、蒼蘭が持つ『運命因子』の力だけでは説明がつかない、異邦の大賢者はそう考えていた。

 

「ボクはセイラの事を、もっと知りたくなったんだ。彼女が『妖精の竜(フェアリードラグーン)』にどう立ち向かうのか、特等席でじっくり見物させて貰おうじゃないか!」

 

「……畏まりました、大賢者様」

 

 互いに顔を見合わせる魔術師達を他所に、聖女ショコラがいち早く動く。彼女が操る影のスライムが床を這い、数々の魔法陣を生成する。

 

「私が従える悪魔達は、私の魔力がある限り何度でも蘇る! 再び現れなさい、『生きる鎧(リビング・メイル)』、『氷骨魔(ウェンディゴ)』、『冥巌魔帝(ガーゴイル・ロード)』!」

 

 漆黒の魔法陣が妖しく光ると、魔女学園の生徒達を苦しめた上級悪魔が再び姿を現した。

 

「凄え……あのレベルの悪魔を連続で、それも1人で再召喚するなんて!」

 

「上級悪魔の再召喚には、普通なら膨大な魔力と最低でも数日のインターバルが必要なはず……!」

 

「流石は聖女ショコラ様だ!」

 

 再び姿を現したショコラの僕(しもべ)を見て、囃し立てた魔術師も、聖女へ惜しみない賞賛を送る正教騎士も、皆が勝利を確信していた。

 

「……ッ、みんな!!」

 

 蒼蘭は後方へ振り向き、上級悪魔と相対する事になった友人らを案じて叫んだ。強力な悪魔が3体も現れた事で、大聖堂の空気が悍ましい魔力を帯び始めたからだ。蒼蘭だって彼女達へ加勢に行きたい。

 だが、蒼蘭と炎華達の間に、突如として一発の火球が放たれた。

 

「おいおい、人の話を聞いていなかったのかい? キミの相手はボクの妖精の竜(フェアリードラグーン)だよ?」

 

「クッ……!!」

 

 それは、ドラゴンの口から放たれた攻撃だった。中庭で見せたブレス攻撃より、威力を抑えた威嚇射撃だ。だが、それでも衝撃の余波と熱風が凄まじい。そして、この威嚇射撃で、蒼蘭は悟った。大賢者から指名を受けた自分は、この場から動く事を許されていないのだ、と。

 

「セーラ! あーしらなら大丈夫! セーラとひじりんは、何とか持ち堪えて!!」

 

 炎華は心配無用とばかりに声をかけるが、先程まで自分を苦しめていた巌の悪魔を前に、心が冷えるのを実感した。

 

「まさか、倒した筈の悪魔と再び戦う事になろうとは……!」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で、菊梨花が抜刀する。

 

「すずみーもボス悪魔と戦ってたんだ!?」

 

「ええ、葡萄染(えびぞめ)さん、ナヴァラトナさん、あの悪魔は強敵です! 鎧に擬態した悪魔で、魔法で柔らかくする事は不可能です!」

 

「なら、あーしもアドバイス! 岩の悪魔は建物の煉瓦とか岩を身体に纏っているから、めっちゃ硬いよ! 気をつけて!」

 

「これ、私も助言する流れかしら……? 兎に角、冷気に気をつけなさい。あと、氷で作った棍棒は絶対に避けなさいよ?」

 

 三者三様、端的且つ要点を絞ったアドバイスを交わす。そして、彼女達はあ(・)る(・)事(・)に気がついた。

 

「鏖殺せよ!」

 

 主人の命令を受け、上級悪魔は攻撃態勢に入る。だが、少女達は臆するどころか不敵に笑っている。

 

「燃え盛れ、『緋色に燃る炎の水車(ムーラン・ルージュ)』!」

 

 炎華が繰り出した炎の車輪が、氷骨魔(ウェンディゴ)目掛けて一直線に突っ込んでいく。氷の悪魔は棍棒で応戦を試みるも、武器ごと溶かされて炎にその身を包まれる。轟々と燃え盛る焔(ほむら)によって、氷骨魔(ウェンディゴ)は瞬く間に塵と化した。

 

「『妖剣技(あやかしけんぎ)-飛燕一閃(ひえんいっせん)』!」

 

 上級悪魔の討伐、その事実に狼狽える時間すら与えない。菊梨花の強烈な踏み込みと素早い斬撃が、言葉よりも雄弁に語っていた。狙いは冥巌魔帝(ガーゴイル・ロード)、身(・)体(・)を(・)物(・)質(・)で(・)覆(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)悪魔だ。対象が生物でないのなら、菊梨花の魔法は通用する。事実、冥巌魔帝(ガーゴイル・ロード)の皮膚を覆っていた岩はまるでドロドロに溶けたチョコレートの様に飛び散ったのだから。そして、身体を守る物が無くなり、皮膚が剥き出しになった瞬間を、帯刀の魔女は見逃さない。

 

「『妖剣技(あやかしけんぎ)-燕返し』!」

 

 初撃は普通の斬撃を振り下ろし、返す刀で刀身の一部を魔法で柔らかくして射程の伸びた斬撃を浴びせる技だ。本来なら、相手の距離感を狂わせる剣技だが、今回の菊梨花は後退しながらその技を放つ。所謂ヒットアンドアウェイ戦法、冥巌魔帝(ガーゴイル・ロード)を仕留めつつ距離を取る作戦だ。

 

 それは何故か? 

 

「擦り潰しなさい、『柘榴石の傀儡(ガーネット・ゴーレム)』!」

 

 答えは、アディラが作り出したゴーレムの攻撃に巻き込まれない様にする為だ。炎華と菊梨花が先に攻撃をしたお陰で、アディラには十分な時間が与えられた。普段は砂で作るゴーレムを、砂を魔力で圧縮させて生み出した柘榴石で製造する程の時間を稼いでくれたのだ。

 橙色(とうしょく)の巨人が、漆黒の鎧を掴み上げる。『生きる鎧(リビング・メイル)』は硬質化した皮膚の剣や自身の牙で攻撃をするも、ガーネットの硬さには文字通り歯が立たない。ゴーレムが手のひらに力を込めると、メキメキと言う音と共に硬質化した皮膚が砕けていく。そして遂に握り潰された上級悪魔は、ゴーレムの手が開かれると漆黒の塵になっていた。

 

「上級悪魔が……」

 

「瞬……殺……だと?」

 

 ギャラリーの異世界人は唖然とし、ショコラは己の失態に内心で地団駄を踏む。

 

(しまった……! 相手に対して天敵となる様にぶつけ、各個撃破の為に用意した上級悪魔……乱戦、しかも逆(・)に(・)相(・)性(・)の(・)悪(・)い(・)相手のいる状況では、余りにも不向き!)

 

 だが、聖女の焦りも無理はない。途中までは上手く進んでいた作戦が、たった1人の少女によって瓦解しかけているのだ。自分を信じてくれた師匠にも、これでは顔向けが出来ない。故に失態を埋め合わせをしようと試みたのだが、逸る気持ちが裏目に出てしまったのだ。

 

「……いいえ、まだです。大賢者様の期待に応える為にも、ヒジリ・シラユリ(かつてのわたし)を救う為にも、諦めるわけにはいかないのですよ!」

 

 聖女の叫びと共に、大聖堂の壁や床に夥しい量の魔法陣が浮かび上がる。

 

「闇をもって闇を祓い、影を知る故に影を討つ。されどこの身は『悪』には染まらず、我が力は他が為に、そして我が師との誓いの為に! 

 

 全悪魔解放、『宵闇の魔宴(ヴァルプルギス)』!」

 

 漆黒の魔法陣が妖しく光ると、数々の悪魔達が這い出てきた。グレムリン、レヴィアタン、バフォメット……白百合邸で待ち構えていた強敵を筆頭に、連日の悪魔騒動で姿を見せた悪魔達も呼び出された。今までショコラが喰(・)ら(・)っ(・)て(・)来(・)た(・)悪魔達が、次々と顕現しているのだ。

 

「まさか……物量で押し切る気ですか!?」

 

「関係ないわ、キリカ! 何体で来ようと叩き潰すまでよ!」

 

 迎撃の構えを取る菊梨花とアディラだが、流石にこの量の悪魔を捌き切る魔力は有していない。そして、それは同時にある残酷な事実を示していた。

 

(これじゃ、セーラ達を助けに行けない……!)

 

 炎華は奥歯を噛み締めるが、彼女も蒼蘭と同様に動く事が出来ない。この場を動けば、悪魔の軍勢は背後の蒼蘭と聖目掛けて突撃するからだ。

 

 ドラゴンに悪魔、決して学生魔女が戦う相手ではない強敵が、一堂に会する最悪の夜。友達を連れ戻しに来た少女へ降りかかるには、余りに過酷すぎる試練が幕を開けた。




次回、フェアリードラグーンとの対決です!
いよいよ魔法ファンタジーっぽい展開になって来ました…!

それと、前回チラリと『水着回の番外編を投稿するかも』的な事を申し上げましたが…次回の30話、その次の話辺りに投稿するかもです。もう9月で涼しくなりつつある時期ですが、もし投稿された時は見てくださいませ。

次回の第30話は、9/12(土)に投稿予定です。
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