魔女学園のTS生徒〜被検体の俺は美少女の皮を着せられ、魔女学園(女子校)へ編入する事に〜   作:海神アリア

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えー、すみません。今回、ちょっと長めです。ですが、何とか先週の宣言通り、9/12に投稿完了です!

そしてゴリゴリのバトル回、是非蒼蘭ちゃん達の勇姿を見届けてください。


第3章30話 妖精の契りと蒼き星、少女を導く2つの光

 ◆

 背後から聞こえてくる咆哮に呻き声、そして背筋に伝わってくる禍々しい魔力。夥しい数の悪魔が発するそれは、視界を経ずとも蒼蘭の脳裏に地獄絵図を想起させる。そして彼女の頭上には、輝かしくも悍ましい妖精喰らいのドラゴン。これを『絶体絶命』と言わずして何と表現したら良いのだろうか? 

 

 しかし、蒼蘭は自分の腕を掴む手を優しく解きながら、安心させる様な声色で告げた。

 

「……大丈夫、大丈夫だから。聖は、私の後ろにいて」

 

 この状況が大丈夫でない事など、蒼蘭が一番理解している。だが、例え気休めに過ぎなくても、自分を掴む手が震えていたのなら、その手の主を安心させる言葉をかける必要がある。それが、大切な友達なら尚更の事だ。

 

「…………ダメだよ、蒼蘭ちゃん」

 

 聖は、それしか言えなかった。自分の指を解く親友の手もまた、自分と同じくらい震えているのを理解したからだ。しかし、それ以上の言葉が喉から出ない。眼前のドラゴンは、凡そ人間が叶う相手ではない。戦えば、蒼蘭は死ぬだろう。だが、戦わなくても死ぬ。背後の逃げ道は、大量の悪魔によって塞がれているからだ。加えて、聖にはドラゴンを討伐する術(すべ)を持っていない。幾ら怪我の治療や魔力の譲渡が出来ても、大切な人を脅かす敵を滅する事は出来ないのだ。故に、蒼蘭の代わりに戦う事も不可能だ。

 

「ごめんなさい……。私の、私の所為で……皆がこんな事に……」

 

 聖は、自身の無力さに嗚咽を漏らす。

 

「ねぇ、聖」

 

 悲しみに暮れる少女に、蒼蘭は努めて明るく声をかける。

 

「覚えてる? 私が、アディラと演出試合をした時の事。あの時さ、聖は炎華と一緒に応援してくれたよね? 横断幕やメガホンまで作ってくれてさ」

 

「……え? それは、覚えてるけど……?」

 

『何故、今そんなことを聞くのか?』

 そう言いたげな親友に、蒼蘭は少し微笑んだ。

 

「あの時は2人の応援のお陰で、演習場のアウェイな空気に飲まれずに頑張れたんだ。だからさ……心の中で良いから、また私を応援して欲しいんだ」

 

 そう言って蒼蘭は振り向き、改めて妖精の竜(フェアリードラグーン)に、大賢者ラジエルの使い魔に相対する。

 

「作戦会議は終わったかい? それとも、『今際の際の会話』だったのかな? ボク個人としては悲し過ぎるから、後者でない事を切に願うよ」

 

 挑戦的な物言いのラジエルに、蒼蘭は額に汗を滲ませたまま返答する。

 

「お生憎様。貴女の愛弟子さんにも言った事だけど、私は聖を連れ戻すつもりで此処まで来たのよ!」

 

 そう叫んだ蒼蘭の両手には、水の魔力が集約して一対の弓矢へと変貌する。そして矢を番え、弓を引き絞り、標的に狙いを定めたその時には、身体の震えは治っていた。

 

「穿ち貫け、『蒼石の流星(サファイア・ミーティア)』!」

 

 蒼蘭の身体には、聖から分けてもらった魔力が残っている。故に、蒼石(サファイア)の魔女は己の必殺技を惜しみなく使用できた。流星の如く飛び出した水の矢は、天翔る竜の顎(あぎと)を目掛けて一直線に進んで行く。

 

「へぇ……この状況でまだ希(・)望(・)を(・)捨(・)て(・)て(・)い(・)な(・)い(・)とは、見上げた度胸じゃないか」

 

 ラジエルには、蒼蘭の狙いが分かっていた。『アゲハの大魔女』、マギナとの戦闘の最中、妖精の竜(フェアリードラグーン)は彼女の光魔法によって顎を刺し貫かれていたのだ。ドラゴン特有の生命力によって傷口はとうに塞がれていたが、傷跡が完全に消えたわけではない。敵う筈もない難敵を前にしても、自棄にならずに相手を観察し、その僅かな綻びに狙いを定めたのだ。異邦の大賢者は少女の観察眼と不屈の精神に対し、掛け値なしの賞賛を贈る。

 

 しかし、勇気と知恵だけでは、ドラゴンを倒す事は出来ない。その残酷な現実を突き付けるかの様に、妖精の竜(フェアリードラグーン)は自身の翼を大きく羽ばたかせ、その風圧で『蒼石の流星(サファイア・ミーティア)』を掻き消した。蒼色の飛沫が夜の帳(とばり)に儚く舞い散る光景は、竜の鱗が放つ薄紅色の淡い光と相まって、側から見たらさぞ神秘的に見える事だろう。無論、己の固有魔法を破られた魔女にとって、この光景は『絶望』の2文字を体現した代物だった。

 

 否、その筈だった。これは客観的に考えて、未だ修行中の身である少女が味わえば、失意の底へと陥るに足る状況だ。

 

 だが、この少女は違った。幻想的に煌めく飛沫の中に、何の前触れもなく、もう一本の流星が顕現したのだ。いや、厳密に言えば突(・)如(・)と(・)し(・)て(・)現(・)れ(・)た(・)様(・)に(・)見(・)え(・)て(・)い(・)る(・)だけだ。実際には、既に矢は放たれていた。静止した、時の中で。水魔法の『蒼石の流星(サファイア・ミーティア)』に、時魔法による時間停止を掛け合わせた、正真正銘、『瑠璃海 蒼蘭/雨海 惺』だけの固有魔法。その星に名を冠するのならば…………

 

「『蒼石の流星(サファイア・ミーティア)-彗星(コメット)』!」

 

 少女は新たな魔法を声高に詠唱し、蒼き彗星はそれに応える様に夜の帳を翔け抜け、見事に竜の傷跡へ着弾した。妖精を喰らう悍ましき竜は傷を射られ、怒りと苦悶に満ちた声を上げた。

 

 

 それだけであった。

 身体に携えた僅かな隙を突いたにも関わらず、討伐するには至らなかったのだ。

 

「………………え?」

 

 眼前の光景に蒼蘭の口から、唖然とした声が漏れる。彼女なりに最善の手を打ったつもりだった。自らが持つ手札を組み合わせて、最大限の成果を生み出せる魔法を使った。だが、それでも残ったのは、倒すべき敵を倒せなかったという結果だ。それが絶望感を伴って、少女の身体へとのし掛かる。

 固有魔法と時魔法の併用による膨大な魔力消費も相まって、蒼蘭は全身が鉛の様に重くなるのを実感した。そんな失意の中に居る魔女に対して、ラジエルの惜しみない拍手が贈られる。

 

「いや、見事見事! 相手の隙を見出すだけでなく、それを突く為の『作戦』に、水と時魔法の組み合わせによる『発想力』、何より実際に自分の作戦を成功させる為の『勇気』! いや、キミは実に面白い! あの妖精の教え子にしておくには、余りに勿体なさ過ぎる逸材じゃないか!」

 

 大賢者の言葉に偽りは無い。これは、彼女の心からの賞賛だ。アイン・ソフィア王国に住む数多の魔術師が、欲して止まない代物を与えられた。蒼蘭は、十分に胸を張るべき偉業を成し遂げたのだ。しかし、ドラゴンがこの程度で討伐される生物であれば、幻想世界(ファンタジー)の重鎮に身を置く筈がない。大なり小なり物語を嗜んでいる蒼蘭は、絵本の中から『冷たい現実』という剣を突き立てられていた。

 

 だが、蒼蘭が苛まれる無力感などお構いなしに、ラジエルは明るく声をかける。

 

「どうしたんだい? キミの力を、もっとボクに見せておくれよ! この『贋作』が蔓延る世界の中で、キミは間違いなく『真作』だ! だってまだ、キミの闘志は完全には折れていないだろう?」

 

 ラジエルはそう言うと、己の使い魔に指示を出す。ドラゴンは先程のお返しとばかりに、蒼蘭をこの場に留まらせた火球を、今度は威嚇射撃ではなく直接ぶつけて来た。

 

(マズい、このままじゃ!!)

 

 そう、このまま火球が自分に向かえば、背後にいる聖も一緒に燃えてしまう。蒼蘭はその事に瞬時に気付き、よろけそうな足腰に力を込めて踏ん張り、聖の前に出た。

 

「奔流の盾よ、私達を守れ! 『瀑布の(カスケード・)防壁(バリケード)』!」

 

 流れる水がドーム状のバリアとなり、蒼蘭と聖を包む。竜の炎に対抗する水の盾、攻撃を防げるかは別の問題だ。奔流の防壁は、一瞬で蒸発した。火球の余波と水蒸気が熱波となり、剥き出しになった蒼蘭の肌を焼く。

 

「蒼蘭ちゃん!!」

 

 熱波によって体勢を崩し、倒れ込んだ親友に聖は叫ぶ。彼女は反射的に、『ヒーリング』で蒼蘭の火傷を治療した。

 

「ありがとう、聖」

 

「……蒼蘭ちゃん」

 

 蒼蘭は心配する親友の頭を撫で、少し強張った顔で笑顔を作る。

 

「大丈夫……私が、守るから……! 聖は、私達と一緒に帰るんだから!」

 

 蒼蘭は震える身体で尚、大賢者とその使い魔に立ち向かうつもりだ。少女の行動に、ラジエルは心の何処かで『言い表しようのない高揚感』を抱いていた。

 

(何故だろうか……? 何故ボクは、彼女の心が折れていないと分かったんだ? 何より、セイラがまだ立ち向かって来る事に、ボクは歓喜している。その理由は、一体何だ……? セイラは、ボク達が『勇者様』と再会するための鍵に過ぎなかった筈……)

 

 ラジエルは自分自身の感情に、少し戸惑っていた。だが、蒼蘭と視線が合った事で、彼女の瞳を見た事で、ある事に気がついた。

 

(そうか……セイラの瞳は……『勇者様』と同じ光を宿していたのか……)

 

 ◆

 蒼蘭が妖精の竜(フェアリードラグーン)と戦っている背後では、学園の魔女達が悪魔達と戦っている。炎が悪魔を浄化させ、ゴーレムが異形を叩き潰す。だが、多勢に無勢。少女達はジワジワと、劣勢へ追い込まれている。実際、炎華が放つ火炎は衰えており、アディラが作ったゴーレムは至る所が欠けてヒビも入っている。

 

「………………」

 

『悪夢』という単語の実例を、白百合 癒香は身をもって体感した。悪魔の大群に、炎を吐くドラゴン、などと言う外面上だけの話ではない。『それらが暴れている原因は何か?』という話だ。

 言うまでもない。この事態を招いたのは、癒香自身だ。この恐ろしい光景は、彼女が怪しい悪魔祓い(エクソシスト)に縋った結果だ。否、それよりもっと前から、彼女が自分の娘と向き合う事を怠った時から、最悪の運命へと至る道筋が出来上がっていたのだ。

 

「………………」

 

 彼女は最早、魔法を行使できる精神状態になかった。『これが悪い夢であって欲しい』と、癒香は今晩の内に何度思った事だろうか。だが、ルーン魔術の輝きや悪魔を捌く剣撃の音が、彼女を『現実』に引き戻す。人々の傷を癒やし、生命の営みを支える筈の白百合家当主が、少女達を傷つけ、大魔女を死に追いやった。『全ては、癒香(じぶん)が招いた結果だ』という、冷たく残酷な現実に。だが、幾ら後悔しても、幾ら罪の意識を自覚しようと、既に起こった事は変えられない。癒香の視界は、絶望のあまり色彩を失っていった。

 

『大丈夫……私が、守るから……!』

 

 モノクロの世界で、とある少女の声が聞こえた。癒香が声の方向へ視線を向けると、そこには恐怖に震えながらも、親友を守ろうとする少女の姿があった。

 

『聖は、私達と一緒に帰るんだから!』

 

 そう叫んだ蒼蘭の姿は、色彩を失った世界でも尚、燦然と輝いていた。絶望の中であっても、己の為でなく他者に希望を与えようと踠く少女の姿は、この世の何よりも色鮮やかに映った。

 その眩い光のお陰で、癒香は気付く事が出来た。自分の娘が泣いている事に。そして恐怖と不安に駆られながらも、友達の身を案じている事に。

 

(……本当に、情け無いわね)

 

 癒香は自分が手のひらを突いている大聖堂の床に、そこに刻まれた魔法陣に、ありったけの魔力を流す。経年劣化した魔法陣は本来の力を失っており、大規模な浄化魔法を使う事が出来ない。故に、直接悪魔を討伐する事は不可能だ。

 だが、どれだけの時が経とうとも、製作者が『白百合家』の長である事に変わりはない。質の良い魔法陣は、術者の魔法を大いに支えてくれる。

 

「我が身に宿る神秘の力よ、我が願いを叶え給え。罪に穢れし我が身なれど、この身体に残りし祈りを届け給え。芽吹きし幻想の担い手達へ、我が力をここに捧げる! 

 

 起動せよ、『咲き誇る白百合の園(ヴィクティム・オブ・)その花蜜を捧げよ(ホワイトリリーズ)』!」

 

 癒香の祈りと魔力が形となり、魔法陣の中に満開の白百合が咲き乱れる。無論、これは本物の植物ではなく、あくまでも『魔力がイメージとして形になった物』である。だが、魔力で出来た百合の花は、漂う香りが、空気に溶け込んだ蜜が、同胞の身体を癒し活力の元となる。

 

「この魔法……何だろ、凄く元気が出て来た!」

 

 炎華がそういうと、彼女が繰り出す炎が勢いを取り戻した。

 

「このままやっつけてやる! 『緋色に燃る炎の水車(ムーラン・ルージュ)』!」

 

 そのまま聖女ショコラが呼び寄せる悪魔達を、炎の車輪が薙ぎ払う。百合の花から放出される香りによって、炎華は魔法を放っても瞬時に魔力を取り戻す。

 

「凄い……魔法使っても全然疲れない!」

 

 手を握ったり開いたりして、魔力の感触を確かめた炎華が感嘆の声をあげる。それを見た異邦の魔術師達は、聖女を除いて皆が動揺する。聖女ショコラによる悪魔の大量召喚、それは異世界人達には勝利を確信させるものだった。実際、つい先ほどまで相手の魔力は底をつきかけていた。だが、癒香の使った魔法が、この形成を覆そうとしている。

 

「マズいぞ、奴らの魔力が回復している! 恐らくだが、あの花がある限り無制限に!」

 

「まだ召喚用の魔術道具を残している者は、全員ここで使い切れ! シスター14の援護をするんだ!」

 

「他はとにかく、ありったけの攻撃魔法をぶち込め!」

 

 各々が頷くと、百合の花園を作り出す治癒魔術師目掛けて、一斉に攻撃魔法が放たれる。魔力の源を断つ、この判断は正にセオリー通りと言うべきだろう。

 

「お生憎様、貴方達の思う通りにはさせないわ」

 

 アディラの言葉と共に、『柘榴石の傀儡(ガーネット・ゴーレム)』が癒香の前方に躍り出る。硬度と輝きを取り戻した柘榴石の巨人が、攻撃魔法を全弾防ぎ切って見せたのだ。

 

(この感覚……使った側から魔力が補充されている様ね。ヒジリのお母様、どれだけの魔力量を身体に蓄えていたのかしら?)

 

 アディラは内心で舌を撒きつつも、この状況を打開するべく動き出す。

 

「クソッ、あのゴーレムが邪魔だ!」

 

「いいえ、貴女達はこのまま攻撃を続けてください」

 

 不満を吐き捨てる正教騎士に、嗜める言葉が聖女から投げかけられる。

 

「シスター14! し、しかし、このままでは魔力の発生源たるユカ・シラユリを討つ事が……」

 

「構いません。このまま貴女達は注意を惹きつけてください。あのゴーレムは確かに厄介ですが、逆に相手の視界も塞がれます。故に」

 

 聖女の言葉と共に、影に潜む『シャドウ・デーモン』が、ゴーレムの側面を回り込んで癒香に襲いかかる。

 

「この様に回り込んで襲撃が出来ます」

 

「おおっ!」

 

 正教騎士は感服の声を上げる。物量一辺倒ではない臨機応変な戦い方、それを成せるのは悪魔達に細かい命令を出せるショコラの実力の高さを証明していた。

 

「やあっ!」

 

 尤も、一筋縄ではいかないのは、それこそお互い様だ。それを示す様に、菊梨花が気合いの雄叫びと共に悪魔達を両断する。

 

「他でもない、白百合さんが生存を願ったのです。彼女のお母さんは、私が守ります」

 

 次々に襲いかかる悪魔達は、魔を祓う『童子切』の前にバッサバッサと斬り伏せられる。見事なタイミングで捌いた菊梨花だが、瞳の奥では不安の色が見え隠れしていた。

 

(癒香さんのお陰で、私達の魔力は確かに尽きません。だからこそ、こうして大量の悪魔達を迎撃出来ています。しかし……シスター14もまた、一斎疲弊した様子がありませんね……)

 

 この一晩で、ショコラの実力は嫌と言うほど理解した。このまま拮抗状態が続いても、先に限界を迎えるのは自分達であろう事を、菊梨花は心の奥底で察していたのだ。

 

(この状況を打開するには、何か『決定的な楔』が不可欠です。しかし、それを打つには敵の数が多過ぎる……!)

 

 自分達では悪魔の相手で手一杯だ。『唯一、可能性があるとすれば』、その思いで帯刀少女は刃を振るい、手勢を決して自分の背後には行かせなかった。

 

 ◆

 手を握り締め、蒼蘭は体内に魔力が満ちる感触を確かめる。鉛の様な疲労感は完全に消え失せ、相手を見据える瞳は力強さを増す。

 

「成程ね。腐ってもシラユリ家、この世界じゃそれなりの家柄の魔術師って訳か。その長として、最低限のプライドと隠し球は持ち合わせていたみたいだ。ボクに言わせれば余りに今更、正(まさ)しく『後の祭り』ってヤツだけどね」

 

 大賢者は、皮肉と軽蔑混じりに白百合の家長へのコメントを残す。そして蒼蘭と目を合わせる次の瞬間には、彼女の瞳から侮りの感情は消え失せていた。代わりに期待や敬意というプラスの感情を宿している。

 

「とは言え、キミの実力を推し量るには絶好のシチュエーションだ。言うまでもないが、幾ら魔力を取り戻した所で、問題の根本を取り除けないと意味がない。さぁ、キミはこの場をどう打開する? 『妖精の竜(フェアリードラグーン)』を、そしてこのボク『大賢者ラジエル』を退ける手立てはあるのかな?」

 

 ラジエルにしてみれば、『勇者の面影を宿した少女』に対して払うべき敬意の度合いが、その他の有象無象と同等な訳がない。なので態度や目の色の変化は当然の事なのだが、眼前で表情がコロコロと入れ替わる大賢者に対して、蒼蘭はある種の恐怖と困惑を同時に味わう羽目になっている。

 

(落ち着け、兎に角落ち着け。相手のペースに飲まれるな! それに……まだ私には"秘策"が残っている!)

 

 蒼蘭はそう自分に言い聞かせつつ、期末試験の時を思い返す。暁虹学園の期末試験は筆記だけではない。教師の前で魔法を披露する実技試験も含まれているのだ。既に固有魔法を習得済みの蒼蘭にとって、一見すると有利な試験だった。

 

(ありふれた汎用魔法よりも、自分だけのオリジナル魔法の方が性能は高い。何より、『その魔法を編み出す発想力』も評価基準に含まれているってウワサだもんな。元々はアディラ嬢との演習に備える為の、マギナさんによる修行だったけど……こう思わぬ形で生きて来ると、ちょっと得した気分だな)

 

「あら、実技試験はそう単純なものではありませんわ、蒼蘭お姉様」

 

「んぐっ!?」

 

 屋外のベンチに座り、メロンソーダで一服していた蒼蘭に対して、学園の創設者でもある大魔女マギナが、教え子の気の緩みを指摘する。尤も、教え子の方は突如隣に現れた大魔女によって、仰天しメロンソーダを溢しそうになったのだが。

 

「ふぅ、咽せずに飲み干せました。突然の来訪は、もう何度も経験していますし、公共のベンチで飲み物を噴き出す訳には行きませんので」

 

「それは素晴らしい成長だと思うわ、お姉様♪」

 

「…………それで、先程の『実技試験は甘くない』というのは?」

 

「蒼石の流星(サファイア・ミーティア)は、確かに素敵な固有魔法だわ。でも学園の先生方は6月の演習試合を筆頭に、既にお姉様の固有魔法を目にしているでしょう? そして、来たる7月の期末試験。それは生徒達が『どれだけ成長したか』を評価する場でもあるのよ」

 

 そう言うと、マギナはすくりとベンチから立ち上がる。

 

「私からのヒントはこんな所かしら? とは言えお姉様にとっては、『魔女の学校』での初めての期末試験。気負い過ぎて欲しくは無いけど、試験を通して得る物は沢山ある筈だから、是非自分の糧にして頂戴な♪」

 

 立ち去る師匠を見ながら、蒼蘭はマギナの真意を推測する。

 

(詰まるところ、一度見た事のある固有魔法より『新しく開発した固有魔法』を試験でお披露目した方が良いって事なのかな?)

 

 確かに、もっと凄い魔法の開発に成功すれば、高得点間違いなしだろう。そうでなくても、『挑戦した意欲』だって評価される……かもしれない。具体的な評価基準は不明だけど、やって損は無いはずだ。

 その思いを胸に、実技試験へ向けて新技の特訓をした。元々アイデアというか、『こう言う事が出来たら良いな』という指針が蒼蘭にはあった。早い話が『蒼石の流星(サファイア・ミーティア)の同時射出』である。今まで以上に魔力を込めた状態で矢を放ち、それを分裂させる。理屈で言えば不可能ではない筈だ。

 結論から言うと、実技試験では2本に分裂できた。しかし、逆に言えば蒼蘭の魔力では2本までが限界だった。元々、彼女は最低でも3本の同時射出を目標に頑張っていたのだが、そう都合良くいかなかったのだ。

 

 だが、今この場では、蒼蘭に潤沢な魔力が供給されている。そして、蒼蘭がラジエルにはまだ披露していない魔法だ。何せ、今まで未完成だった固有魔法だ。幾ら大賢者が蒼蘭達の動向を覗き見していようと、頭の中に眠っているアイデアまでは把握出来ない筈だ。

 

(やるしか無い。今、この場で!)

 

 何故、マギナとの会話を思い出したのか、蒼蘭自身理解できなかった。だが、己の師が励ましてくれている気がしたのだ。故に彼女は奮い立ち、体内に満ち溢れる魔力を両手に込め、再び水の弓に矢を番える。先刻放った物より、更に魔力を練り上げて、それを水の矢に注ぎ込んでいる。

 

「何か仕掛けて来そうな表情だね、セイラ! でも、幾ら何でも隙だらけじゃないかな?」

 

 蒼蘭の意を決した瞳を見たラジエルは、妖精の竜(フェアリードラグーン)に命じる。

 

「ブレスを放て! 彼女の水を蒸発させてやるんだ!」

 

 ラジエルにして見れば、蒼蘭がこれから放つ魔法には大きく興味をそそられていた。だが、それ以上に『撃たせてはマズい』という確信があった。

 

(セイラの表情から察するに、何か奥の手を使うつもりだろう。勿論、それは別に恐れる威力じゃない。けど、セイラがこれから『奥の手を使う事』それ自体が、何かボク達に不利益を齎す。そんな気がしてならない!)

 

 ドラゴンは主人の命を受けて、地上に蠢く小動物を焼き払いにかかった。ドラゴンのブレスが直撃すれば、人間など良くて大怪我、悪ければ即死だ。故に天から下界を見下ろすドラゴンにとって、少女1人を消し炭にする事など造作もない。

 無論、それは『直撃すれば』の話ではある。とは言え、奥の手を使うために魔力を練り上げている最中の蒼蘭が、その場から動ける筈がない。故に避けられる可能性など、不要な心配事だ。しかし、

 

「受け止めなさい、『柘榴石の傀儡(ガーネット・ゴーレム)』!」

 

 ラジエル達は気付いて居なかったのだ。悪魔達を食い止めているゴーレムの側に、それを作り上げた少女が居ない事に。

 

「アディラ、いつの間に!? て言うか、貴女が離れたらゴーレムの強度が落ちちゃう!」

 

「ええ、本来ならね。でも、こうして魔力に余裕がある今なら、多少距離を空けたところで何も問題は無いわ! ヒジリのお母様のお陰で、悪魔達を相手にしている方を囮にして、貴女に加勢する事が出来たのよ!」

 

 駆けつけた令嬢に蒼蘭は驚くも、アディラは得意げに返す。そして、天から見下ろす竜と大賢者に、令嬢は啖呵を切る。

 

「お熱になる相手を間違えているわ、異邦の大賢者様! 高々学園の愛玩動物(マスコット)相手に得意げな様子だけど、この『柘榴石(ガーネット)の魔女』を相手取るには自信が無いのかしら!?」

 

 それを聞いた蒼蘭は、肝臓に氷柱を突き刺された気分になった。明らかに自分達より格上の存在を挑発するなど、命取りも良いところだ。

 

「アディラ、危険だって!」

 

「そんな事、この館に乗り込む事を決めた時から承知の上だわ! それに、セイラ。貴女には何(・)か(・)秘(・)策(・)が(・)あ(・)る(・)のでしょう? 私との、演習試合の時みたいに!」

 

「……!」

 

 図星を突かれた蒼蘭の反応を見て、アディラは意を決した表情となる。

 

「別に貴女の策を信じる訳じゃないけど、乗ってあげるわ! あの大賢者様にも、悪魔達を使って散々好き勝手に振る舞った相手にも、私が味わった敗北の屈辱をたっぷりと堪能させてやりなさい!」

 

「アディラ…………分かった! もう少しだけ、堪えて!」

 

「少しとは言わず、何十分でも持ち堪えて見せるわ!」

 

 突如現れた乱入者に対し、ラジエルは含み笑いをする。

 

「飛び入り参加とか、随分と元気が良いじゃないか。余興としては嫌いじゃないけど、些か無謀が過ぎるんじゃないかな?」

 

 ラジエルはドラゴンに合図を送ると、ブレス攻撃の威力が増す。幾ら硬度を高めた『柘榴石の傀儡(ガーネット・ゴーレム)』でも、とても耐えられる代物ではない。だが、耐えられる筈がない高温の吐息を前に、ゴーレムは今だに形を保っている。

 

「私は……私も、蒼蘭ちゃんを手助けする!」

 

 物体を修復する魔法『リペア』で、聖がゴーレムの崩壊を抑えて居たのだ。故に、柘榴石の巨人は竜の炎に屈しない。まだ屈してはいないのだ。

 

(アディラ……聖……)

 

 膨大な魔力を扱う影響で、蒼蘭は一瞬よろめいた。しかし、すぐさま体勢を立て直して、弓に番えた水の矢を成長させ、『妖精の竜(フェアリードラグーン)』へ向けて放った。水の矢は3本に分かれ、流星となってドラゴンの腹部へ飛翔する。

 

「獣を射止める三つの嚆矢、『蒼石の流星(サファイア・ミーティア)-三連星(オリオン)』!」

 

 ドラゴンの鱗は頑丈だが、腹部は柔らかい。そして、普段の蒼蘭では決して出せない威力の魔法。確かに勝機を掴むに値する固有魔法に思えた。

 

「これなら……行ける!」

 

 聖もそう感じたからこその言葉だった。

 だからこそ、竜の腹部で無情にも弾ける飛沫を目にした時の絶望感はより一層の物だった。

 

「残念だけど、ドラゴンは体内の魔力を使って身体能力を高める事が出来るんだ。攻撃力とか防御力とかね」

 

「そんな……私の、精一杯の魔法だったのに……」

 

 蒼蘭は愕然と俯き、勝利を確信した竜は大きく吠え、止めのブレスを浴びせる準備に入る。そして、その主人たる大賢者は、

 

 

(……いや、待て……何かおかしくないか?)

 

 自身に振り返る、奇妙な違和感を訝しんでいた。

 一見すると、未熟な魔女が放った彼女なりの渾身の魔法が届かなかった、単にそれだけの状況に思える。だがラジエルの脳は、この一連の光景に不審な部分を感じ取って居た。

 

(そうだ、何故だ? 何(・)故(・)セ(・)イ(・)ラ(・)は(・)よ(・)ろ(・)め(・)い(・)た(・)ん(・)だ(・)? (・))

 

 魔力が供給されている状態で何故、あたかも『魔力を使い切った』かのように、彼女の身体が揺らいだのか。彼女は『蒼石の流星(サファイア・ミーティア)-三連星(オリオン)』の為に、魔力を手のひらに溜めていた筈だ。

 

「いや、違う! ブレスを止めて、防御を固めろ!」

 

 ラジエルの叫びに、ドラゴンは主人の意図を量りねていた。だが、もう蒼蘭の魔法は発動している。三連星は囮。その直前に彼女は時を止めて、天空に向かって矢を放っていたのだ。宙を翔ける矢は、湿度の高い夏の空気から、水分をたっぷり吸収して成長している。課外授業で活躍した、蒼蘭の除湿魔法『ドリッピング』の応用だ。そして、膨大になった水の矢は分裂して地上へと降り注ぐ。

 

「迷える者を導くは、天に瞬く綺羅星達。我が友の道に光を照らせ、『蒼石の流星(サファイア・ミーティア)-北斗七星(グランシャリオ)』!」

 

 7つの流星がドラゴンの背面を捉えた。不意を突かれた『妖精の竜(フェアリードラグーン)』の動きが止まる。

 

「まさか、このボクを2度も欺くなんてね……。けど、背中の鱗は腹部より硬いよ? 折角の大技も、大したダメージを与えられず無駄になったね」

 

「…………ッ!」

 

 ラジエルの言う通りだ。不意を突かれた故に動きを止めたドラゴンだが、徐々に流星の勢いを押し返そうとしている。

 

『いいえ。彼女の、蒼(・)蘭(・)お(・)姉(・)様(・)の行動は、決して無駄ではないわ!』

 

「え……今の声は!?」

 

「マギナさん!?」

 

 蒼蘭と聖がほぼ同時に声を上げる。それに呼応する様に、ドラゴンの腹部が、内側から切り裂かれる。

 

「はあああっ!!」

 

 竜の体内から飛び出して来たのは、光り輝く剣を携えた『アゲハの大魔女』だったのだ! 

 

「マギナさん……生きていたんですね!」

 

 蒼蘭の声に、マギナは辛さを押し殺しつつ笑みを見せた。妖精を捕食する竜の胃袋、マギナにとって決して居心地の良い場所ではなかった。だが、教え子達の奮闘のお陰で、彼女は抜け出す隙を掴んだのだ。

 

 笑顔を交わす師弟を前に、ラジエルは信じられない物を見る様な表情を浮かべる。

 

「は…………? いや、待ってくれよ。とっくに消化されている筈だろ? だって、妖精の身体も魔力も、『妖精の竜(フェアリードラグーン)』の餌食になる。魔法による抵抗だって無意味……」

 

 その時、大賢者はマギナが持つ剣を視界に捉えた。あれは、かつての勇者が女神より与えられた『聖剣』であった。

 

(何故、あの妖精が聖剣を……? 確かに、持っているのは不思議じゃない。だが、ど(・)う(・)し(・)て(・)勇(・)者(・)で(・)な(・)い(・)者(・)が(・)扱(・)え(・)る(・)んだ? 聖剣を使えるのは、勇者の他には……)

 

 その時、ラジエルは一つの答えに辿り着いた。何故目の前の妖精が消化されなかったのか、何故聖剣を扱えるのか。それらが『アゲハの大魔女』の正体を導き出し、大賢者は自らの頭部に全身の血が集約するのを自覚した。

 

「まさか、お前は……お前の正体は!!」

 

 声を上ずらせながら、大賢者は妖精に襲い掛かろうとする。だが、幸か不幸か、ラジエルの言葉は遮られる事となる。何故なら、彼女目掛けて飛来する物を感じ取ったからだ。

 

「『蒼石の流星(サファイア・ミーティア)-第八の北斗星(アルコル)』」

 

 真の切り札、その名を静かに告げる蒼石(サファイア)の魔女。それと同時に、細く鋭い水の矢が飛来する。ラジエルは反射的に、手の甲でそれを防ぐ。防ぐ事しか出来なかった。中庭の時の様に、運命を捻じ曲げて回避する事が出来なかった。

 

「さっき、貴女は三連星(オリオン)が囮って言っていたけど、北斗七星(グランシャリオ)もある意味では囮だったのよ」

 

 大賢者の手の甲から、真紅の飛沫が飛び散った。それは、絶対的強者に打ち込まれた楔であり、反撃の狼煙だった。『運命の鍵』が、初めてラジエルにダメージを与えたのだった。その光景が反撃の合図である事を証明する様に、腹部を裂かれた異邦の竜は、轟音と共に地に伏した。




マギナさん復活!
蒼蘭ちゃんの新必殺技炸裂!
ドラゴン討伐にラジエルへの初ダメージ!

勝ったな、プール入ってくる!

という訳で、次回は水着の番外編です。最近めっきり涼しくなって来ちゃいましたが、インターバルも兼ねて、そして折角書いた物を放出する機会として、お付き合い頂ければと。
次回の更新ですが、シルバーウィーク中には上がる予定です。お楽しみに。
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