魔女学園のTS生徒〜被検体の俺は美少女の皮を着せられ、魔女学園(女子校)へ編入する事に〜 作:海神アリア
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大聖堂は少しの間、静寂に包まれた。異邦の大賢者が従えるドラゴンが腹を割かれ、鱗から光を失った後、地に伏したその瞬間から、誰も声を上げなかった。実際には一分にも満たない時間なのだろうが、私には長い長い沈黙に思えた。
が、私の内心は"静寂"とは程遠かった。
(良かったぁぁぁ! マギナさん、生きてた! ドラゴンも倒してくれた!!)
中庭でマギナさんと分かれた時、私は気が気じゃなかったのだ。そりゃ、お師匠様は私の知る限りで最も凄い魔法使いな訳だし、ラジエルの言葉だって信じた訳じゃない。だが、万が一にもマギナさんがドラゴンに捕食されたまま帰らぬ人になったら……想像しただけでも悲しいし絶望的な状況だ。
しかし、実際には彼女は生きていた。そして目下の強敵である、
「いいえ。感謝するのは私の方よ、蒼蘭お姉様。貴女の『
心を読める妖精淑女は、私が抱いた感謝の心に言葉で返す。
「あ、ありがとうございます……。で、でも! 私一人じゃ無理でしたよ!? アディラと聖のサポートがあったからこそ、私が攻撃する隙が生じたのですから!」
「ええ、勿論。2人にも、そして、この場で尽力してくれた
地上に降り立ったマギナさんは初代理事長らしく、大人びた言葉遣いで優雅にお辞儀をする。竜の返り血を浴びて尚、その所作は煌びやかに見えた。大聖堂に咲く白百合の花も相まって、彼女の姿はより妖精らしく映り、思わず見惚れてしまいそうになった。
「って、そうだ! マギナさんの身体、洗わないと!」
ドラゴンの腹の中なんて、胃液やら何やらで居心地悪いに決まっている。オマケに返り血まで浴びているのだから、早く水で流した方が良い。こういう時こそ、水の魔女たる私の出番だ。
「……待って! 先に貴女の左腕を水で流して頂戴!」
打って変わったマギナさんの深刻な声色によって、私は自分の腕が
「……あっ、いつの間に!?」
「ドラゴンの血は、魔女の皮膚に良くないのよ。だから、急いで血を出来る限り流して頂戴! 聖お姉様とアディラも、血を浴びていたら流して貰って!」
言われてみれば、左腕が少しピリピリする様な感触があった。私はシスター服に仕込んだナイフで左側の袖を切って、マギナさんの指示通りに自分の左腕を水で洗い流す。
「2人は大丈夫?」
「ええ、私もヒジリも、血は浴びていないわ。だから、ここは私達に任せて、貴女は大魔女様の身体を流しに行きなさい」
アディラに言われるがまま、私は師匠の身体に水をかける。そしてその間、アディラ達は警戒態勢を取ってくれているのだ。
未だ、次なる行動へ移さないラジエルに対して。
「……
先程からブツブツ呟いているが、上空に居る所為か上手く聞き取れない。だが、視線だけは私から離さなかった。直接見ずとも、肌で感じる程に強い視線を送られているからだ。私は1番の安全地帯と思しき、お師匠様の側へと更に近づく。
「すみません、大きなタオルとかは持ってなくて……ハンカチ程度じゃ足りないですよね」
「心配無用よ。これくらいなら、直ぐに乾くから見てて」
そういうと、マギナさんは自分の身体を発光させ、身体にかけられた水を瞬く間に乾かしてみせた。光の魔法ってこんな事も出来るのか、凄いな。
……っと、それはさておき……
「良かった、これで一安心ですね!」
この私の発言は真っ赤な嘘である。上空から降り注ぐ大賢者の視線は一層強くなり、背後では聖女ショコラを取り巻く者達が何かを話しているからだ。
未だ『挟み撃ち』の構図は続いている。この状況で彼等が何を話しているのか……
「なぁ……見たかよ……?」
「これは幻覚でも、夢でも無いのよね?」
「ああ、信じられない事だが……少なくとも夢じゃねえぞ…………!
あの小娘が、『セイラ・ルリウミ』が、
…………え?
え、そっち!?
驚くポイント、そっちなの!?
「いや、んな訳あるか! 普通、ドラゴンぶっ倒したマギナさんの方に驚くでしょうが!?」
私は思わず振り向いて、ショコラに付き従う魔術師達へツッコミを入れる。が、逆に『お前は何を言っているんだ』と言いたげな視線に晒される。
「貴様、決して届かない筈の攻撃を命中させておいて……『ラジエル様の運命力』を覆しておいて、最初に出てくる言葉がそれか!?」
信心深そうな正教騎士が吠える。叱責というより、『お前は何を言っているんだ、頭が何処かおかしいんじゃないか!?』と言いたげな、理解の及ばぬ相手に対する批難めいた叫びだった。
「落ち着け、奴の口車に乗せられるな!」
先程叫んだ男性とは別の、女性の正教騎士が仲間を制止させる。
「見ただろう、先程の攻撃を! 数々の魔法を囮にし、本命の矢を当てた手口を! 奴は可憐な少女とは程遠い、人を欺き毒を喰らわす『狡猾な蠍』だ! 無知を装い油断を誘い、可憐な顔の裏に隠した毒で刺しに来るぞ!」
うわ、もうボロクソ言うじゃん……。そりゃ、結果だけ言えばラジエルとショコラを騙した事にはなりますがね……。
こちとら、そうするしか他に手段が無かったんだよ! 直ちゃんを助けた時も、聖に魅了されたフリをした時も、さっきの
が、苛立ち以上に『こそばゆさ』、『面はゆさ』が先行している。何故なら、先程の
「我が師匠である大賢者様に、ほんの僅かでも届いたという訳ですか。『運命因子の少女』、セイラ」
私の内心を知ってか知らずか、ショコラが私に険しい表情を向ける。だが、お陰で今の状況を再確認できた。まだ『悪魔騒動』の首謀者達は健在だ。ラジエルとショコラ、この2人から逃げるか、或いは倒すか……。どちらにせよ、私には今宵大一番の賭けがまだ残されている、という訳だ。
「まさか、『師匠に怪我をさせた事に怒っている』とか言わないよね? 貴女達がしでかした事を考えれば、あの程度の痛みじゃ釣り合う訳ないでしょう?」
一歩ずつ距離を詰める聖女ショコラに対して、挑発と本音、半々程度に言葉を放つ。これだけの騒ぎを起こして、聖を危険な目に遭わせたんだ。彼我の実力差は承知の上だが、叶うなら今宵の黒幕に『何らかの落とし前をつけてやりたい』とも思っている。
「いいえ、怪我なら幾らでも治せます。ですが……貴女は何処までも、私達の邪魔をするつもりなのですね。己が運命に立ちはだかる壁……成程、『女神セフィリア様』は、私に貴女という試練を課したようですね」
ショコラが歩を進める度に、彼女が放つ敵意と魔力が肌に伝わってくる。この感覚は……まさか、さっきラジエルから止められた『最後の手段』ってヤツなのか……!?
「それは早合点というもの。貴女方を懲らしめたい者は此処にもおりますので」
私とショコラの間に割って入って来たのは、煌々と輝く杖をステラさんだった。
「ステラさん、その杖は!?」
「何と言う事は有りません。癒香さんから送られた魔力を少しずつ溜めていたのですよ。ショコラ・ヴァレンタイン、彼女を確実に打破する為に」
杖に刻まれたルーン文字がより一層輝きを増し、ステラさんが身につけたローブがはためいた。
「万象を封じる白銀の世界へ、
静かな詠唱と共に、蓄えた魔力を一気に放出する。直後、ステラさんの立ち位置より奥の空間が、全て凍りついた。聖女ショコラも、側近の魔術師や騎士も、抵抗すら出来ずに氷像となった。
驚くべきは氷魔法の威力だけではない。確かに大分涼しくなったが、私達側の空間は凍っていないのだ。大理石の床と白銀の世界が、ステラさんを境界として綺麗に分たれていた。その精密度合いこそ目を見張るべき技術だろう。実際に度肝を抜かれた私が言うのだ、間違いない。
「大魔女様、今参ります!」
ショコラ達が動けなくなったのを見て、癒香さんと彩月さんがマギナさんに駆け寄った。
「貴女の身体、全てを治癒致します。『セイクリッド・ヒーリング』!」
遠目で見ても、聖や直ちゃんのより強力な治癒魔法だと分かる。癒香さんの魔法はマギナさんの身体から、傷跡や胃酸による火傷を一瞬で消し去った。
「ありがとう、助かったわ」
「そんな、お礼なんて! 私の所為で、大魔女様のお手を煩わせたのですから、これくらい……」
「謝るべき相手が違うわ」
癒香さんの言葉を遮って、マギナさんがピシャリと言い放つ。
「私なんかより、もっと大変で怖い思いをして、それでも友達を助けに来た人達が居るのよ。私に謝るくらいなら、その気持ちを彼女達に向けて頂戴」
マギナさんに諭された癒香さんは、完全に言葉を失って項垂れた。それでも、治癒だけは止めなかった。
「……尤も、一番悪いのは
完全に回復したマギナさんが再び輝く剣を構え、ラジエルに向き直る。
「……その『聖剣』でボクに立ち向かう気かい? 勇者様を奪っただけじゃ飽き足らず、彼の剣でボクを倒すだって……?
笑えない冗談はやめてくれよ。その剣は
私の肺は数秒、その機能を停止した。ラジエルの冷え切った声色と、彼女から発せられる殺気を前に、身体が酸素を取り込めなかったのだ。中庭で見せた余裕綽々で飄々とした態度とは完全に真逆、大賢者が放つ殺意と魔力の圧は、一歩でも動けば全身に刺さりかねない程に鋭利だった。
かと言って、ここに留まる訳には行かない。これから始まる、マギナさんとラジエルとの戦いに巻き込まれない為に。震える身体を懸命に動かして、少しでも距離を取る。今の自分に出来るのはこの程度、他には隙を見てマギナさんの援護くらいだろうか?
(いや……ラジエルにこれ以上、私の攻撃が通用するのか?)
一度喰らった以上、不意打ちが通用する可能性は限りなく低い。なら、やはり巻き込まれない様にするのが最善だ。幸い、後ろの敵はステラさんが全員凍らせており、後退する事は危険じゃない。横目でチラリと、聖とアディラに視線を送る。私達はほぼ横一列に並んでおり、どうやら2人とも考えは同じの様だ。
「『贋作』ね……。私では貴女の御眼鏡には適わないようだけど、関係ないわ。貴女達の企ては、全てこの場で斬り捨てる!」
輝く剣を手に、マギナさんが叫ぶ。ラジエルもまた、中庭で見せた魔導書『
だが、戦いの火蓋は、突如として夜空に生じた『真紅の光』によって遮られた。星明かりの無い曇天の暗闇が、何の前触れもなく真っ赤な光に染め上げられたのだ。空から降り注ぐ赤い光に、ラジエルを含めたこの場の全員が目を奪われた。
それは、文字通り
(何なの、これは……? あの穴は、あそこから溢れる真っ赤な光は何なの!?)
世界の終わりすら予感させる現象の中、私は理解が追いつかずにいた。今の自分に分かる事といえば、空の穴から溢れる赤い光には膨大な魔力が含まれている事。そして、余りにも『悍ましい何か』が込められた代物だと直感的に理解した。例えば並の魔法使いがあの光触れれば、きっと皮膚など忽ち焼け爛れてしまう。そんな予感がしてならないのだ。
その時、私の身体は突如として後ろに引き寄せられていた。大きくのけ反りながら引っ張られる姿勢になったため、私の視界はハッキリと捉えていた。
空の孔から、『真紅の雷』がマギナさん達目掛けて降り注ぐ瞬間を。
「マギナさんッ!!」
思わず叫ぶも、私の声は雷鳴に掻き消され、悍ましい魔力の閃光が網膜を支配した。
◆
今から約16年前、この世界の空に穴が開いた。それは、時間にすれば1分にも満たない刹那の出来事だった。だが、魔力を感知できる者達は、確かに目撃したのだ。
この世界の人間が、本能的に恐れる光。異世界の女神が放つ、真紅の光を。
(空の大穴、赫く染まった夜空……。まさか、マギナさんの言ってた『赫の厄災』!?)
後天的に魔力を感知出来るようになった蒼蘭は、大魔女の話を思い出す事で、ようやく事態を飲み込めた。そして、自分や聖達が無事だったのは中庭の時と同様に、虹色の蝶が引っ張ってくれたお陰だと気づいた。
(もし……マギナさんの使い魔が、私達を引っ張ってくれなかったら……)
少しずつだが、蒼蘭の思考回路も鮮明さを取り戻す。だが、既に細胞単位に刻まれた『恐怖の記憶』に支配された友人らと比較して、だいぶ遅い状況把握であった。
突如、大理石の床を叩く音が響く。杖、鞘、そして柘榴石の手甲……それらは、立ち眩みを起こした魔女達が放った音だった。
「え……みんな、どうしたの!?」
明らかな体調不良を訴える彼女達へ、蒼蘭は心配の声を上げる。
「………………」
が、返事をする者は居ない。皆、夜空の大穴を見つめたまま、硬直していたからだ。大理石に滴る冷や汗だけが、蒼蘭に向けられた返答だった。アディラ達の顔からは血の気が引いており、身体が痙攣している。ステラは学生達と比べて症状は軽いが、それでも明らかに普段とは違う。何故なら表情筋の硬いステラが、ここまで明確な動揺を見せる事自体が異常だからだ。
(皆の様子がおかしい……と言っても、そりゃ当たり前だよな……。ハッキリ言って、あの穴から漏れ出ている魔力は異常だ。魔力の濃度も、放ってくるプレッシャーも、何もかもが)
蒼蘭は炎華と、そして聖の方へ視線を変える。炎華は浅い息を繰り返し、とても苦しそうだった。そして、聖は……
声が出せない状況下で口を動かし、雷に打たれた母と姉、そして彼女らを庇ったであろうマギナへ懸命に腕を伸ばしていた。身体の至る所が恐怖で硬直し、その場から動けずとも。
蒼蘭は凄惨な事態を前に、自分の唇を噛み締める。動きたくても、動けなかった。今動けば、次は自分が標的にされる可能性があるし、そもそも治癒魔法が使えない蒼蘭には、どうする事もできない。幸い、癒香と彩月の身体は、呼吸によって僅かに動いていた。重傷だが、まだ死んだ訳ではない。それは
歴史書は語る。『かの光は、この世界の魔女を狂わせる』と。だが厳密に言えば、全ての魔女が正気を失う訳ではない。魔法の研鑽をある程度積んだ者であれば、恐怖こそ感じても正気を失う事は無い。尤も、狂気に堕ちない分、そちらの方がある意味では苦痛かもしれない。
(そもそも……アレが『異世界の女神』の力、或いは女神それ自体なら……)
目まぐるしく移り変わる状況に翻弄されながらも、蒼蘭は思考を巡らせる。そして、『異邦の女神の襲来』という最悪極まりない推察を脳が導き出し、数周遅れで彼女もまた恐怖に全身を浸されていた。
もし、この場に『運命の女神セフィリア』とやらが乗り込んで来たら……? 大前提として、神に人が挑んで勝てるわけが無い。少なくとも、魔女歴2ヶ月程度の惺など女神の前では塵芥だ。
(今、この状況でラスボス戦とか、どんな冗談だよ……。幾ら何でも笑えない、いや表情筋一つ動かせねえよ……)
惺の防御反応が、最悪の状況を中和させようと語彙力を駆使するも、最早どうにもならない絶望的状況下では焼石に水だ。
が、光すら届かない絶望の世界で、声を張り上げる者が居た。
「母なる女神セフィリアよ! 貴女の元にて『大神官ラジエル』が乞い願う! 『勇者再臨の鍵』を傷つけぬ為に怒りを鎮め、どうか我らの行末を静観してくださいませ!」
神の使徒たるラジエルが声高に願うと、夜空の孔から溢れ出す光は徐々に収まっていく。やがて、その孔すら閉じられ、跡には綺麗な星空が広がるのみだった。
「ラジエル、貴女は……」
『私達を助けてくれたのか?』
そんな馬鹿げた質問を口にしかけ、蒼蘭は慌てて口を閉ざす。強力過ぎる魔力に当てられた所為か、彼女の脳には霞がかかっている。
そして、思考が上手く纏まらない少女の前に、ラジエルはふわりと舞い降りた。少しだけ、その顔を強張らせながら。
「どうやら、女神様は相当ご立腹の様だ。こうなってしまった以上、何が何でもセイラを連れて行く必要が出てしまったね」
「……ッ!」
ラジエルに手を伸ばされ、反射的に蒼蘭は飛び退いた。着地した足元に冷気が漂う。そこは、ステラによって凍らされた場所だった。だが、それ以上の寒気が蒼蘭の背筋を伝っている。何せ、ラジエルが本格的に自分を確保しに動いたのだから。
「させないッ!」
マギナが聖剣を手に飛び上がり、ラジエルへと切り掛かる。その剣撃を、大賢者は『
(魔導書で剣を防いだ!?)
蒼蘭は魔導書の強度と、剣を受け止めたラジエルのフィジカルに度肝を抜かれた。が、その直後にラジエルが発した言葉が更に背筋を凍らせた。
「ショコラ、起きてくれ! キミの力が必要だ! こうなってしまった以上、『奥の手』の使用を許可する!」
「……何を言っているのかしら? 貴女の愛弟子なら、私の愛弟子が動きを封じていますわよ、大賢者様?」
「いやいや。流石にそれは、ボクの愛弟子を甘く見過ぎだよ、大魔女様」
ラジエルは不敵に微笑みつつ、マギナへ言葉を返す。次の瞬間、大聖堂の後方半分を覆っていた氷が弾け飛んだ。
(……ッ、一体どうやって!?)
何故氷の拘束が破られたのか、一瞬の出来事故にステラですらタネが解らずにいる。
「ですが、何度でも拘束するのみです!」
「それはムリだよ、大魔女のお弟子さん。『奥の手』を解放したショコラに、
ラジエルの言葉をガン無視して、『雷光のルーン』でショコラを攻撃する。
「
ルーン魔術の雷をその身に受けて尚、ショコラは平然と詠唱を続けている。ステラだけでなく、薄気味悪さすら感じさせる光景に、地上にいた全員が無意識のうちに半歩後退る。
「顕現せよ、『海の魔神-フォルネウス』、『嵐の魔神-フォカロル』!」
次の瞬間、聖女ショコラの背からはグリフォンの翼と、クトゥルフめいた異形の触手が姿を現した。ショコラの変貌に気を取られ、一瞬だけステラの魔力が弱まった。
その一瞬を、異邦の聖女は見逃さない。
「カハッ……」
触手は肉の槍となって、ステラの腹部を貫いた。掠れそうな咳と共に、ステラは血を吐いた。そのまま、触手は刺された魔女を壁に叩きつける。
「………………」
一瞬の出来事だった。何が起こったのか、視覚は眼前の光景を捉えていても、それを受け入れる事を蒼蘭の脳が拒んでいた。
が、ショコラと目が合った瞬間、彼女は地下室でショコラと対峙した時の事を思い出す。
(あの時、私の水魔法が効かなかったのは……あの『魔神』ってヤツの所為!?)
ショコラ本人が言っていた様に、フォルネウスは『ソロモン72柱』の一柱、海の魔神として語り継がれる悪魔だ。その魔神を宿したのならば、水魔法に耐性があっても不思議ではない。
この時、咄嗟に『ソロモン72柱』の名前が出て来たのは、それが現代社会において、ゲームや漫画のモチーフになる程に親しまれた物だったから。
だけではない。
歴史・逸話にて語られるソロモン王に知恵を授けた者。それが他でもない『あの天使』だったからだ。
(そうさ、神の叡智を書物として伝えた者。この世界では確か……『大天使ラジエル』って呼ばれてたかな?)
「……ッ!?」
脳内に響いた声に、口から心臓が飛び出すのを蒼蘭は錯覚した。
(この魔法……マギナさんのテレパシーと同じ!?)
(いいや、ボクはあの妖精とは違って、心の奥底まで無断で読み取る礼儀知らずな事はしないさ。あくまでも、普通の会話の範疇さ。
それより……どうだい? 『大賢者ラジエル』が
(『創り出した』……だと!?)
ラジエルの言葉に対しては、当然様々な疑問が浮かんでくる。だが、今は何よりもまず、聖女ショコラへの対処だ。
「ショコラに水魔法は通用しない! だから、お願い! 私では決定打を与えられないから、皆の攻撃魔法が頼りなの!」
声を上げ、情報を共有し、そして自分が一歩前に出て、攻撃が通用せずとも共に戦う意志を示す。
(サポート程度なら私にも出来るはず……!)
蒼蘭は自分に言い聞かせつつ、折れそうな心を奮い立たせる。そうしないと、本当の力を発揮したショコラに気圧されてしまうからだ。目の前に居るのは、今までの聖女然とした少女ではない。それは、ステラを瞬殺した事からも一目瞭然だ。
だが、それだけではない。先程目の当たりにした『苛烈な真紅の魔力』と、何処か似たものを蒼蘭は感じさせられていた。
「任せてよ、セーラ! あーしの魔法なら、悪魔にだって通用するから!」
炎華が蒼蘭の元に駆け寄り、共に戦う意志を示す。しかし、彼女の顔からは普段の活力を感じられず、声の端が震えている様に感じた。
だが、それでも、残された少女達が闘志を取り戻すには十分だった。彼女達は勇気を振り絞り、悪魔騒動の首謀者と対峙する。
「今の私には、貴女達では敵いません。それでも、私に挑むというのですか?」
「私達が生き抜く為には、聖を連れて帰る為には、そうするしかないんでしょ!?」
「そうですか……」
ショコラは憐れみの表情を浮かべた。まるで、無知な子供を咎める様な視線だった。
(いえ、何も知らないのは無理もない事。ならば、彼女達には正しい『知識』を教えるのみです)
考えを改めると、異邦の聖女は礼服の裾を摘んで、師である大賢者に倣って優雅にお辞儀をする。
「それでは戦いの前に、改めまして自己紹介を」
何故、このタイミングでの自己紹介なのか?
それは決闘前の名乗りであり、少女達に自分が何者であるかを知らしめる為。
「私の名は『ショコラ・ヴァレンタイン』。子供達には親しみを込めて、『シスター14』と呼んで頂いてます。そして──」
そして、それは『答え合わせ』の為。
何故、ショコラが『知識』に拘るのか。
何故、ショコラから女神の魔力と似たものを感じるのか。
何故、未来を見通せる大魔女マギナが、喫茶店で彼女の来訪を予知出来なかったのか。
そして、これは蒼蘭達が知る由もない事だが……あの夜、悪魔召喚の儀式で
その答えを、異邦の聖女は静かに口にした。
「私は女神様に仕える運命の使徒。『大神官ザフキエル』とお呼びくださいませ」
今宵一番の衝撃に、蒼蘭は思わず心臓を押さえる。
(『ザフキエル』……まさか、『ラジエル』と『ザフキエル』って事は!?)
『知識の天使』の冠した名は、答え合わせを端的に終わらせ、少女達に衝撃と絶望を与えた。大神官、女神に仕える『10人の使徒』。その1人こそが、今宵に連なる全ての黒幕だったのだ。
ザフキエル……某デート系小説の影響で名前自体は有名かもしれませんが、元ネタとしてはセフィロトに於ける第三の守護天使、『知識』や『理解』の天使なのです。女神セフィリアが抱える10人使徒、その内の1人が第3章の黒幕にしてラスボスだったのです。
そんな敵組織幹部戦、次回から本格始動です!
シスター14改め大神官ザフキエルの暴れっぷりに、乞うご期待!
そして、次回更新は未定となってます。それまではメイド喫茶回や水着回、七夕デート回などを見て、色々な惺ちゃんで癒されて頂ければと。